オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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 クラスチェンジすると言うカジットの真の目的を知っていたらアインズさん的には興味湧いただろうしワンチャンあったんじゃないかなと思う。


第14話 レジーナ対カジット

 霊廟の前へ着いたモモンとレジーナ。怪しげな詠唱をする六人ほどのローブ姿が目に付いた。アンデッドの群れを蹴散らしながら高速で移動して来たため周りには自分たちと彼ら以外何もいない。発生元を中心点として霊廟の周りはドーナツ状の空白地帯になっていた。

 こちらの存在に気付いたローブが動揺したように蠢き、そのうちの一人が指示を仰ごうとしてさしたる警戒も無くリーダー格の男の名を呼んだ。この時点で相手を指定して発動する類の魔法に対する知識が無いことを露呈したに等しい。弱点の割れている魔法詠唱者(マジックキャスター)などただの木偶と同じだ。

 

「はい、バカ確定」

「おぬし、何者だ」

 

 気怠そうにため息混じりで無造作に近付いてくる全身鎧(フルプレート)。癇に触れたのかカジットと呼ばれたリーダー格の男は不満を隠そうともせずに誰何(すいか)する。

 

「ンフィーレアを返してもらいに来た」

「あの女め、尾けられたか。我らを見られたからには生かして返さん」

 

 杖を掲げた取り巻きが前に出る。緊迫した雰囲気を出すが、モモンはそれが滑稽に見えた。彼らにすれば後ろ暗い儀式を部外者に見られたのだからと思えば理解もできたが、こちらからすればまるで脅威を感じるものではなかった。

 

「雑魚に用は無い。レジーナ、やれ」

「りょーかいっす! ≪ファイヤーボール/火球≫!」

 

 熱波と上昇気流を生み出しながらたちまち炎が彼らを包んだ。暗闇に咲いた光の花は肉の焼ける匂いを漂わせて荒れ狂う。炎が引いた後にはいくつかの黒焦げになった死体が横たわった。唯一生き残ったのはカジットのみ。

 

「ありゃ、≪レッサー・プロテクションエナジー/下位属性防御≫っすか」

「ぐっ……」

 

 わずかな耐性の差が明暗を分けた。死ななかったものの炎が這いずり回ったカジットのローブは所々が焦げ、本人の顔にも黒い煤が付いている。

 相当な威力にカジットは驚いたものの、相手の最強手を耐えてしまえば魔法詠唱者(マジックキャスター)への脅威は薄らぐ。それにこちらには長年魔力を蓄積させたマジックアイテムと、それを用いた切り札もある。生まれた余裕から内心では喜色が沸々と湧きつつあった。

 

「あーららー、どーしてここが分かったのかな?」

 

 場違いな調子で声を上げながら霊廟から出てきた女がいた。黒焦げになった死体を見ても眉ひとつ動かさず、ふぅんとむしろこの状況を楽しんでいるような薄笑いを浮かべた。姿格好からしてンフィーレアを直接攫ったのはこいつと見ていいだろう。妥当性も無く一般人をいきなり攫っていくヤツがまともだとは思えない。(はな)から交渉するつもりが無いのは恐らく向こうも同じなら、話は早いに越したことは無い。モモンは軽く挑発混じりにクレマンティーヌを誘い出し、一対一の格好を作って霧の向こうへ消えた。

 

 

 

 残されたのは冒険者レジーナと死霊遣い(ネクロマンサー)カジット・デイル・バダンテール。

 相手が魔法詠唱者(マジックキャスター)ならば、自分の切り札はまさしく最強のジョーカーだ。クレマンティーヌと違い、遊ぶ趣味は無い。力の誇示も兼ねて、強力なアンデッドを召喚するべく懐の輝石を高らかに掲げる。

 

「死の宝珠よ! 我に力を与え給え!」

 

 土地に堆積した負の力場に、蓄積した魔力が奔流となって右手の宝珠から吹き上がる。濃くなった影に気付いたレジーナが飛び退いたところへ上空から叩きつけられた爪が土を抉り、埋葬のために緩くなった地を揺らした。見上げたレジーナが見たモノは、全身が骨で組成された中型モンスター。無事に召喚を遂げたカジットは勝ち誇った口調で滔々(とうとう)と語る。

 

「どうだ。儂の召喚した骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は一切の魔法を通さぬ。魔法詠唱者(マジックキャスター)たるおぬしに勝ち目は無いぞ?」

 

 これを聞いたレジーナは警戒するように後退り、疑いの言葉を投げる。

 

「な、なにを言って……デカいのは驚いたけど、こんなの私の≪ファイヤーボール/火球≫でイチコロっす!」

 

 直径一メートルほどの大火球がカジットへ飛来する。しかし死の宝珠を通してカジットの支配下にある骨の竜(スケリトル・ドラゴン)。その左腕が射線上に割り込み、金属のような怪しい光沢を放つ骨の左前脚に触れた瞬間炎は即座に霧散する。当然の帰結とばかりにカジットは無言の笑みを浮かべた。

 

「そんなはずは……くっ! ≪ファイヤーボール/火球≫! ≪ファイヤーボール/火球≫!」

 

 連打も虚しく、先の映像をトレースするように火球はスケリトル・ドラゴンに阻まれる。

 

「ファイヤーボール! 出、出ないっ」

 

 レジーナの指先には炎が集まる気配も無い。消耗からか恐怖からかカジットには分かりかねたが、足は震えていまにもその場に崩れ落ちそうな様相を呈している。

 

「魔力が尽きたか。それほどの威力の第三位階魔法が連打できるのは敵ながら凄まじいと褒めておこう。だが人の身ではそこいらが限界よ! おぬしの才能に免じてせめて一撃で仕留めてくれる。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)よ、奴を踏み潰せ!」

 

 命令を受けた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は、振りかぶった右前脚をレジーナ目掛けて振り下ろす。それは抵抗を許さない強烈な一撃だった。ひとたまりも無く命を奪うであろう爪は風圧で砂埃を巻き起こし、飛び退くこともしなかったレジーナを確かに捉えた。

 

「ん? ……な、なんだと!?」

 

 砂埃が落ち着いた後にカジットが見たモノは意外という形容を飛び出したものだった。打ち下ろされた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の前脚を、両手で横に掲げた鎚矛(メイス)で受け止めるレジーナの姿。掛かった加重を示すように、彼女の足首は地面にめり込んでいる。前後に軽く開いたうち、前に出した右足を強く踏み込むと、全身のバネを利用して骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を押し返す。体勢を崩した相手の側面へ回り込み、すかさず鎚矛(メイス)を叩き込んだ。

 特効のある殴打武器を受けた左前脚の一部が砕け散り、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は威嚇の咆哮を上げる。

 

「バカな……≪レイ・オブ・ネガティブエナジー/負の光線≫!」

 

 宝珠から黒い光が砕けた箇所へ照射され、映像が巻き戻るように受けたダメージが修復される。通常のアンデッドは治癒系の魔法で回復できない。この例外も死の宝珠ならではのアドバンテージだ。

 

「魔法効かないとか言ってたのにズルいっす」

「う、うるさい! それよりおぬしは何なのだ。凄腕の魔法詠唱者(マジックキャスター)かと思えば屈強な戦士にも引けを取らぬ膂力。首に提げたプレートは偽りではないのか」

 

 さあ、どうっすかねーと鎚矛(メイス)を器用に指先で振り回すレジーナ。その表情に沈んだ様子は無い。物理攻撃でもそれなりに立ち回れるのならば余裕が出るのも理解できる。

 予想外ではあったが、カジットの計画に変更は無い。得体の知れない相手は手早く決着を付けるべきだ。三たび死の宝珠を掲げ宣言する。

 

「認めよう。おぬしはこの儂が全力を出すべき相手だ。そして己の不運を嘆き後悔するがいい!」

 

 負の魔力を吸い込んだ土が大きく隆起し、爆発した。撒き落ちる土砂の奥に現れたのは二体目の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)。正真正銘カジット最後の切り札だが、物理攻撃しか手の無い相手に複数で掛かれば単純な手数で圧殺できる。必勝の一手であった。

 

 それはレジーナも分かっているらしく、渋面を作って鎚矛(メイス)で自分の肩をトントン叩いている。

 

 やがて意を決したレジーナは向かって左手近い位置にいた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に殴りかかった。反応して振り下ろされる爪を左右へのステップで華麗に躱し、振り抜かれた鎚矛(メイス)は骨の寄せ集めでできた脚の一部を粉々に砕き、バランスを崩した巨体がたたらを踏んで傾く。

 腕を伸ばしきって勢い回転するレジーナの視界に高速で飛来するものがあった。攻撃直後の硬直状態では回避する術は無い。そう判断したレジーナは素早く鎚矛(メイス)を正面に両手で構えて2体目の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の尾撃を食らい、吹っ飛ばされた勢いのまま墓石を三つ四つと破壊しながら地を転がった。

 

「ぐぅ……ゲホッ! う……」

「手も足も出なかろう! あばらが砕けたか」

 

 勝ち誇りながらカジットは抜け目無く≪レイ・オブ・ネガティブエナジー/負の光線≫で骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の砕けた脚を再生させた。それを恨みがましく睨みつけるレジーナの口元には一筋の赤い血が流れている。

 瓦礫を腕で払って緩慢な動作で立ち上がるレジーナと、それを油断無く観察するカジットに届く声があった。

 

『ルプスレギナ・ベータ、ナザリックが威を示せ』

 

 それは霧の向こうにクレマンティーヌと共に消えていった冒険者モモンの声だった。何のことだか分からないカジットは軽く首を傾げると注意をレジーナへ戻す。その瞬間、そこには恐怖がいた。

 

 ()()の号令が掛かった刹那、ルプスレギナは自分に≪ヒール/大治癒≫を使用し、鬱陶しい肉体の損傷を全快させる。全身の汚れを素早く叩き落として首を左右に振って体に問題は無いことを確認。ナザリック地下大墳墓の戦闘メイド(プレアデス)が一人ルプスレギナの立場に戻った瞬間、湧いて出た思いは目の前の奴に如何に絶望を与えてやろうかということだった。

 服装についてはアインズからそのままで良いと言われたので素直に従っていたが、至高の御方に創造され賜った衣服は自分たちにとって一種の神聖さすら感じる宝物なのだ。それをあいつは土で汚した。どれだけ後悔させても足りない。いっそこの手で引き裂いてやりたいが、それでは生温い。

 怒りと憎しみと愉悦と歓喜を練り込んだオーラが噴出し、それを本能的に感じ取ったであろうカジットは目を見開いて口を金魚のように開閉している。まるで陸で溺れた河童だ。

 

「さぁ、自分の力に酔う時間はおしまい。随分溜まった()()を支払ってもらうっす」

「ま、魔法のポーションでも隠し持っていたか? だが魔力が回復しても魔法に対する絶対耐性を持つ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)には勝てんぞ」

「ぶっ! ぶははははっ! も、もーだめっすあははははは!」

 

 カジットの宣言に、ルプスレギナは哄笑を返した。それは気が狂った訳でも無く、本当に面白おかしくてたまらない、そんな笑い方だった。

 

「あー…………笑った笑った。いやーあんたピエロの才能あるっすよ。そーすか魔法の絶対耐性すかー。いやーこれはかなわないっすー。おかされるっすー。たすけてー。ぶふっ!」

「何がおかしい!」

 

 傍若無人に一人で大笑いしたと思ったら、人を舐め切った態度。頭に来たというよりも、カジットはこの女の底が見えず得体の知れない不穏さを感じて強い語調で言った。

 その相手は笑い過ぎて滲んだ涙を指で拭いながら、薄ら笑いを浮かべている。

 

「確か骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は第6位階以下の魔法を無効化するだけだってナーちゃんが言ってたっすよ。まあ口で言って聞きそうにないし、実演してあげるから精々絶望すればいいっす」

 

 ルプスレギナの掌が燃え上がり、逆巻く炎は収束して直径十センチほどの紅玉と化した。周囲にはなおも炎がまとわりついて、吹き出ては中心核に吸い込まれていく。たちまち核の色は(あか)く染まり、今にも爆発しそうな臨界状態になる。

 

「な……なんだその魔法は! バ、バカな! だいいちおぬしの魔力はもう」

「あんなもん演技っすよ。束の間の優越感は楽しめたっすか? 『冒険者レジーナ』には勝てたかも知んないけど、()()()()()()()()()()()()……アンデッドには火葬がお似合いっす。≪ブロウアップフレイム/吹き上がる炎≫!」

 

 薙ぎ払うように横一文字に振った手から解き放たれた炎はたちまち二体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)をあっさりと飲み込み、十メートル以上の炎の柱を生み出した。高熱の炎の中で巨躯がボロボロと崩れ出し、最後に炎が勢いを増した瞬間に限界を迎え塵となって燃え尽きる。一瞬で蒸発した周囲の水分は上空へ吹き上がり、それでもなお排出し切れない熱波が爆発じみた勢いで周囲へ広がった。

 熱風をそよ風とばかりに気持ち良さそうな顔で受けるルプスレギナの赤髪が激しく揺れる。まるでそれは遊ぶのが楽しくて喜ぶ狼の尻尾そのものだった。

 

「五年を費やして練り込んだ儂の魔力が……この一夜で消え去ると言うのか!」

「ぷぷっ、五年も掛けてあんなガラクタしか作れないんすか。体張ったギャグもいけるとかやっぱりあんたピエロっすね」

「ガ、ガラクタ……」

 

 力無く崩れ落ちるカジット。手に持った死の宝珠を通して分かってしまったのだ。召喚した骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は消滅させられた。支配下から魔力が霧散してしまったことを。

 元々召喚に使う魔力コストは安いものではなかったが、冒険者二人を片付けて都市をまるごと死の渦に巻き込めば多少の元は取れる計算だった。だが切り札を消滅させられてしまっては負のエネルギーの回収効率は激減する。五年を掛けた計画は躍進どころか頓挫を余儀無くされた。

 

「無駄な努力お疲れ様っす。お、いいっすねその表情。失意と恐怖が混ぜこぜになってどうしたらいいか分かんねーって顔っす」

 

 にこやかな笑顔を浮かべながらゆらりと歩み寄る。その手にはしっかりと握られた鎚矛(メイス)

 

「ま、あんた程度に手こずってると思われたくないし、そろそろ終わりにするっす」

 

 言うが早いか、緊張のあまりにカジットが瞬きをした瞬間、ルプスレギナは消えた。魔法で不可視化したのではなく身体能力をフルに発揮して移動しただけなのだが、静から動への変化が凄まじ過ぎて視覚に捉えられなかったのだ。

 視界から消えた敵。本能的にカジットが振り向くと、そこには凄惨な微笑みを湛えながら鎚矛(メイス)を低空姿勢に構えたルプスレギナがいた。

 バックハンドブローの要領で刹那に放たれた一撃は鎚矛(メイス)とは思えない超高速の軌跡を描いてカジットの胸元へ叩き込まれ、その勢いのまま振り抜かれた。男の背からは内臓と骨の混じった血飛沫が飛散し、殴り抜けた鎚矛(メイス)の形のままぽっかりと空いた大穴からローブへ赤黒い染みが広がっていく。

 

 地に斃れ伏したカジットを尻目に服の汚れを改めて払うと、モモンたちが消えていった方向へ足を向ける。そろそろあちらも片が付いている頃だろう。敬愛する主人の下へ向かうルプスレギナの足取りは軽い。




 ブロウアップ・フレイムは原作で位階が明言されていません。が、魔法職のナーベラルが第8位階まで使える事と、パラメータグラフ見た限りではルプスレギナの魔法攻撃が大体ナーベラルの8割強ほどあったので、第7位階でもおかしくはないかなと。なのでこのお話ではブロウアップフレイムは第7位階の位置付けにしています。

 近接戦闘も魔法攻撃も回復も変身もある何気に万能ルプスレギナですが、ユグドラシル的には中途半端な器用貧乏の様な気がしてならない。


2016.7.17 感想で指摘のあった誤字直しました。サンクス!
2018.11.3 行間を調整しました。

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