第16海 嵐の前の平凡な日常
<書斎>
サアアァァァァ……
成人「……雨、ですねぇ」
翔「ああ。嫌な時期だぜ」
六月の中旬となり、梅雨を迎えて外は雨が降っている。雷は聞こえないようだが、どう考えても目の前の人間(?)が出れば雷が落ちそうなので外出は控えさせておこう。
翔「それよりも、聞いたんだろ?海軍が企てている作戦の事」
成人「ええ、勿論です。だから、こうやってその作戦の詳細を纏めてるんですよ。
貴方は……どうせ、奇抜な作戦を?」
翔「アハハ……ばれちったか」
翔が苦笑いをして頭を掻く。唐突に不敵な笑みを微かしている時こそ翔が何かを閃いた証なのだ。
成人「まあ、そうでしょうね。
源義経やあの神威大門の中学生並の策士ですからね。貴方の恐ろしい作戦、期待しております」
翔「ああ、任された。お前も度肝が抜けるくらいの作戦をしてやる」
……恐らく、使うのは翔さんの能力に関わるもの……整備をしておくべきですね。
成人「でも……これはどうします?
空母四隻も沈めたこの戦い、貴方ならどうします?」
翔「簡単なことさ。余計なのを入れる。海外艦9隻と俺ら5人だ。そしたら、運命もことごとく覆る」
そこを推量しないのですか……と翔さんの前向きな考えに僕もそれにつられてしまう。
翔「それに……その四隻+二隻の艤装を新しくするよう望達に依頼している」
成人「貴方は干渉なさらないんですね」
まあな、と翔は足を組んで紅茶を一口飲む。こう見ると、相当な美青年なのに頭はバカというか主人公らしいというか……周りを惹き込んで当然ですね。
翔「だが、やってくれるはずさ。
咲姫は対艦弓矢を用いてでの戦闘、希は他の艦に格闘戦を徹底的に叩き込んでるさ」
成人「貴方は?ただお茶をすするだけですか?」
翔「やるさ。潮達の、本格的な訓練をさ。
……アイツら、見た時に何かを感じたんだ。燃え盛る炎、清らかで激しき水、可憐で美しき花、高く高く聳える山。そんな力を見た」
力、か……確かに見えている。しかも潜在能力は翔並に底知れず、下手すれば既存の深海棲艦を圧倒している。
その力を解放して制御しきればどれだけ頼もしいものか……
翔「んじゃ、失礼する」
成人「お茶洗って下さいよ」
あいよー、とカップとコースターを持って部屋を出る。
さてと……僕も資料を纏めなくては。
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<工廠>
カァン!カァン!
望「赤城の飛行甲板どうだ?」
“もう少しですー!”
“あっとぅいですー!!”
“これでプリンできるかもです”
望「プリンは父さんに頼みなさい」
はいですー、と妖精さんの愉快な声が絶え間なく聞こえる工廠の中で僕はある艤装の開発に手を焼いているのだ。
“むーさん、提督からの依頼は中々の難題ですね”
望「まるで竹取物語のかぐや姫が五人貴族達に与えた難題『仏の御石の鉢』『蓬莱の玉の枝』『火鼠の皮衣』『龍の頸の玉』『燕の子安貝』のようだね。
まあ、ごもっとも蓬莱の玉の枝だがね」
“ハハハ、確かに”
工廠長も僕の比喩表現に上手いと笑ってくれた。
まあ、父さんの内容もなかなかだけどね。
望「まさか『赤城山の煉獄』『加賀岬の津波』『蒼龍の吹雪』『飛龍の稲妻』『銀鶴の神風』『縁鶴の聖光』を艤装で表現しろって……まあ簡単だけど」
“エターナルサイクラー万能すぎますね。しかも、それを炎や氷の力に変換できる装置も超小型化されてマジで何者ですか彼……”
望「ん~……父さんは凄いとしか言い様がないね。製作したLBXは兵器に等しいほどの性能で下手すればそれで世界が恐怖に陥るほどだからね」
“LBXパネェッスね。でも、そんなのを使えば深海棲艦なんてちょちょいのちょいですよ”
望「……工廠長、LBXは人々に笑顔や希望を与えるものだ。君も潮達がやっている光景を見ればいい。
LBXが本当に輝ける場所は『戦争』ではないのだ」
“……そしたら、この子達も私達もいいんですがね”
全くだ、と僕も手を動かす。明石と夕張も妖精さんの指揮とこの難題に立ち向かっている。
明石「……よし、正常わね。望さん!難題を一つクリアしました!!」
夕張「私もよ!後でアクィラさんに試してもらおうかしらね」
望「ありがとう。後4つ、明日中にやるぞー!」
『おー!!』
全員がファンティングポーズを取り、その直後にそそくさと手を動かし始める。
さてと……この難題を空母(かぐや姫)達にご献上しないとね!!
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<ハザマ 海上>
希「フン!ハァッ!!」
響「うぐっ…!」
電「はにゃ~!」
希「フッ……ふぅ。これで全員やったね。ほらほら、どうした~?」
海上に倒れている艦娘を前に、あたしは鼻を鳴らして彼女達を見下す。
武蔵「うぐぐ……この宮本武蔵の名を持つ私が……」
大和「でも、無理もありませんね。こんな巨体で軽快な相手をすることへの課題を見つけられたので」
天龍「それは大和さんらの事だが、一応スピードのあるオレらがやられちゃあマズいだろうが」
希「ん~?まあ、それもそうだよ。一応、君達も大きな戦いの時、迫られた時に対応できないとね」
持っているコダチの輪をくるくると回しながら足や膝、肘を使った技を見せる。
長門「私もそういうタチだが、希のような本格的なものではなく相手を怯ませるものなのだが」
希「へぇ、一応近接するんだ。なら、ナックルやダガーを持った方が効果的だよ。後、速力と装甲も強化しないとね」
長門「ああ、だから……もう一回頼む!」
天龍「あっ!オレもやるぜ!剣を持っている以上、近接できなきゃ宝の持ち腐れだ!!」
龍田「私もやるわよ~」
長門と天龍、龍田がやる気になり、あたしもコダチをしまって拳を強く握って構える。
長門「(……)」
希「んじゃ、行くよぉ!!」
海面を蹴り、まずは長門に突撃する。
長門「(私の弱点は下半身と背後、そこを意識すれば……なっ!?)」
希「ハァッ!!」
思ってた通り、顔面に拳を入れる。無論、手加減してだ。それに、長門は後ろに宙を舞うが見事に手で海面を捕まえて受け身をとる。
長門「(一瞬の隙も逃がさないというのか……!!)」
希「ハアアァァァ!!!」
長門「ぐううぅぅぅ!!捕まえた!」
無影脚を掴まれるが、咄嗟に膝を曲げて片足で長門の肩を蹴りつけて回避する。後ろから迫る気配に地面に手をつけて足を回転させる。
キキィンッ!!
天龍「ッ、クソッ!!」
龍田「簡単には攻撃できないわね……」
三人が後ろに飛び退いて距離を取るが、足の遠心力を生かし片足を引っ込めて手で地面を蹴って長門の腹を直撃させる。
長門「グフッ……!!」
希「……!!」
そのまま長門の腹を足場に蹴り跳んで天龍と龍田に踵落としを喰らわせる。
天龍「ぐぉっ!!?」
龍田「ぐぁっ!!?」
パシャッ
そのまま海面に着地する。観戦していた艦娘はこの光景に唖然としていた。
希「ふふふ……体が身軽ならこんな事すらできるんだよ?」
吹雪「いやいやできませんよ!?」
リットリオ「普通に無理がありますよ!?」
ローマ「というか私達には出来ない出来ない!!」
やっぱりか、と苦笑いをして頭を掻く。とりあえず、と開き直って格闘戦の訓練を続行するように促す。
希「それじゃ、やるよ!!相手はあたし、砲撃禁止よ!!」
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<弓道場>
シュバッ!シュバッ!!
咲姫「引いて撃つまでの時間は一秒で済ませなさい!!敵は待たないわよ!!」
赤城「はい!!(っ、流石咲姫さん。射撃武器を主に使うだけあって厳しい……!!)」
加賀「……!!(一秒もの間で矢を取り引き狙い射るをするなんて、それぐらいでなきゃ航空母艦たる私達の身は自らの力で守れないのね……)」シュバッ!!
室内弓道場の中、私は弓矢を持って相当厳しい事を口にしながら私自身もその数倍のスピードで矢を射る。
アクィラ「うぅ……もう無理ですぅ……」
咲姫「しゃんとしなさい!!」
飛龍「ハァ、ハァ……初めて体力を問われた気がするよ……」
蒼龍「やだやだぁ。きついよ……」
翔鶴「っ……指がつった……」
瑞鶴「っ……指切ったわ……」
流石にキツそうわね……これを始めてもう一時間。全員が汗だくになっていた。
咲姫「……よし、終わり!皆疲れたでしょ?しっかり休んで午後5時に一時間またやるわよ!」
グラーフ「ッ!?し、正気か!?」
赤城「やるしかありませんよ。私達自身も翔さん達に甘える訳にはいきませんからね!」
加賀「確かに、今まで翔に頼りすぎたわ。それに……これをやってる理由があるなら相当厳しい戦いになるかもしれないからよ」
瑞鶴「アンタに同情するわ。あたし達は清志提督の艦娘で翔の元にいるんだから、他のより強くならなくちゃいけない」
そんな話をしながら、皆は弓道場の休憩室に寝たり座布団に座ったりする。
蒼龍「あ゙~づがれ゙だ~」
サラトガ「ハァ……しかも蒸し暑い」
翔鶴「まあ、日本ですからね。皆さん、お茶ですよ」
翔鶴の淹れたお茶をすすり、私も一息つく。
咲姫「ふぅ~……でも考えればもう二ヶ月ね」
赤城「ですね。私達と翔さん達が出会って、もうこんなに経ったんですか」
飛龍「楽しい事は一日が早いですからねぇ。まあ、これは別として」
咲姫「そういえば、前は何やってたのかしら?」
確かに、赤城達に会う前の事は思い出が薄すぎて思い出せない。
瑞鶴「そういえば、咲姫達って前は何やってたの?」
蒼龍「あっ、それ聞きた~い!」
あらら……まあ、ネタはたくさんあるからいいや。
咲姫「ん~……前は大したこと無かったよ。
でも、もう相当前の事、私が翔や成人君と会った時が一番楽しかったなぁ」
加賀「惚け話はよしてちょうだい」
咲姫「分かってる。
そこは今のような現代じゃなくてね、自然が溢れてて人間だけじゃなく妖怪や神、鬼といった沢山の種族がいた世界なの。
そこで私達は生活してたの。まあ、その世界って強い男性が翔と成人君ぐらいしかいなかったの。皆女の子、しかも相当な美女ね」
そういえば、私と翔君が会ったのはその世界が闇に包まれた真っ只中だっけ。そこで一目惚れ。あの時は17ぐらいだった気がする。
グラーフ「……そして私達とも絡んでいると。翔は随分と女が絡んでいるのだな」
咲姫「まあ、成人君がいなかった時翔は一番強かったとも言えるし、彼の力や人柄に惹き込まれた人も少なくないよ。でも、女の扱いが雑だったのは今も昔も同じ」
翔鶴「アハハ…」
その主犯六人が明後日の方向を向いて枯れた笑い声を上げる。
翔「よく男勝りな魔法使いが物を盗もうとした時は翔のパイルドドライバーやコークスクリューが炸裂してたし、親友に対してはよくジャイアントスイングしてたよ。
まっ……それが翔の愛情なのかしらね」
赤城「まさしく、私達もそうなんでしょうかね?」
アクィラ「だとしたら、いい迷惑ですね」
休憩室の中に笑いが溢れる。私もつられて笑ってしまっていた。
サラトガ「それじゃ、私はちょっとお風呂に行きます」
赤城「ああ、私も行きます」
加賀「赤城さんが行くなら私も」
飛龍「疲れたなぁ。お湯に入ってくつろごうか」
蒼龍「ねえ、誰か私とババ抜きしない?」
グラーフ「おっ、私が引き受けよう」
瑞鶴「あたしもやるわ」
咲姫「……んじゃ、私もやろうかしら?」
サラトガを先頭に空母の列の中に私も混じる。やはり、昔を思い出すなぁ……