深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.05

 駒王町に無差別に召還した悪魔の軍勢。幾ら失敗作とは言えど、超越者に至る為に研究が施された実験体達だ。一体ずつ見ても優秀、並の上級悪魔では相手にならない。数も揃えている。敗北の要素はない。

 しかし、理性も知性も失った獣のようになった弊害か、その差は相手の質と戦略によって埋められていく。少しずつ、少しずつ異形の軍前はその数を減らされつつあった。

 特に眼を引くのは、白の熱線が尖兵を焼き払っていく光景。それを可能としているのは赤龍帝と、赤龍帝に抱えられた猫又だ。完全に逃げに徹している『騎士』の赤龍帝に追いつけるものはなかなか居らず、その赤龍帝が抱えた猫又から放たれる熱線の威力も桁違いだ。

 最も目立つ迎撃は赤龍帝と猫又だが、駒王町には様々な勢力が入り乱れている。連携を取る訳ではないが、己の領域に近づく者を確実に撃破している。それを確認してコーネリアは顎を撫でる。

 所詮、使い道のない廃棄物と押し付けられたものだが、なかなかどうして。初手としては良かっただろう。だが、情報を流していた事でしっかりと対応が行き届いている。満足げにコーネリアは笑みを浮かべる。

 これがリアス・グレモリーの望んだ世界。勢力も、種族も、その垣根を越えて手を取り合える。偶然もあれど、彼女が切っ掛けを作り、育て上げた成果とも言うべきものだろう。それを改めて目にして、胸に浮かぶ思いの名前はなんだろうか、と。

 しかし、逡巡は一瞬で捨てられる。どの道、この襲撃の成否がどうであろうと自分達の存在はここで終わる。後の事など考えてはいない。上は自分を完全に捨て駒にし、それを自分も了承した。

 まさか自分が相手に情報を流していた等とは、あちらも思ってはいないようだけれども。そんな事を思いながらコーネリアは笑みを浮かべる。

 

「戦おう、と思っているのは本気ですからね。えぇ」

 

 上については知らない。政治的な思惑など、今の自分には最早どうでも良い。

 しかし、さて。ここまで綺麗に対応されてるとなれば、あと一押しかとコーネリアは頷く。

 かつかつ、と靴音を響かせた先。そこでは鎖が擦れる音が響いている。何かが鎖で縛られ、鎖を摺り合わせながら藻掻いているのだ。

 その様をコーネリアは何も感情を映さない瞳で見据える。

 

「……悪魔は実力社会。敗北すれば何もかも失う。血筋がどうであれ、それだけが絶対の真理」

 

 転送魔法陣を起動させる。鎖に縛られていた何かを中心として、光が溢れていく。

 鎖が弾けていく。それは拘束具だ。どす黒い響きが木霊する。それは怨嗟の叫び声だった。憎しみを凝縮したような獣の咆哮。

 コーネリアは沈んでいくように魔法陣に消えていく姿を見送る。

 

「さぁ、行ってらっしゃいませ。因縁の地で、会いたかった方と会えますよ。――シャルバ様」

 

 

 * * *

 

 

「……く、は、流石に……息切れ、ですか……!」

「白音、大丈夫か!?」

「……ごめん、なさい、これ以上、は……」

 

 最も戦場で目立ち、注目を集めながら疾走していた一誠。その一誠に抱えられるままに迎撃を続けていた白音だったが、変化を維持する体力を失ったのか、変化が解けていき、一誠に身を預けるようにして力を抜いてしまう。

 その全身には汗が浮いており、このまま戦わせる訳にはいかない。白音が数多くの異形を焼き払ってくれたものの、まだ敵の数は多い。どうする、と一誠が状況判断をしようとした瞬間だった。

 

「随分と暴れ回ったな、兵藤一誠!」

 

 声が響く。後ろから聞こえてきた声に振り返る前に異形の一体がひしゃげるようにして吹き飛んでいき、壁に叩き付けられる。

 一誠の肩を叩くように置いて、姿を見せたのはサイラオーグ・バアル。一誠はその姿を見て、目を輝かせる。

 

「サイラオーグさん!」

「よくやった。お前達が攪乱してくれたお陰で用意も整った」

 

 ふっ、と笑みを浮かべてサイラオーグは眼前の敵へと視線を映す。

 

「相手は知性も理性もない獣のようなものと言えど、その力は並の悪魔では歯が立たんだろう。ならば、戦略を以てその差と数を覆す。我が眷属達よ!! グレモリー眷属に遅れを取るなよ!! ここ死線とする!! 何が何でも守り抜けッ!!」

『御意にッ!!』

 

 サイラオーグの宣言に呼応するように馳せ参じる者達。それはサイラオーグの眷属達だ。個ではまだ劣る面も多いだろう。それを連携で封じ込めていく。

 

「赤龍帝、その子を預かりますわ」

「コリアナさん!」

 

 戦いに目を奪われていた一誠だったが、横合いからかけられた声に振り返る。そこにはサイラオーグの眷属の『僧侶』、コリアナ・アンドレアルフスが控えていた。

 

「この子の力はまだ必要になるわ。後方ではソーナ様が陣を敷いているの。そこで休息させる、いいわね?」

「良いんですか?」

「えぇ、役割分担よ。連絡、斥候、運搬はお任せくださいませ」

「護衛には私もつきます、兵藤殿」

「ベルーガさん!」

 

 『青ざめた馬(ペイル・ホース)』という地獄の最下層に住まうという馬に跨がった甲冑姿の男、ベルーガ・フールカスに一誠は笑みを浮かべる。

 お互い、駒王の地で活動する悪魔だ。懇親会なども開かれる事もあって、相手の人柄はよく把握している。その能力も。一誠は一つ頷いてコリアナに白音を預ける。

 

「お願いします」

「一誠……ごめんなさい、すぐに戻りますから」

「いいって。頑張ったな、白音」

 

 苦しげに息を吐きながら白音が告げるのに、一誠はその頭を軽く撫でる。十分だと、手を離してコリアナとベルーガの2人に頷く。

 一誠の頷きを見たコリアナはベルーガの背に跨がるようにして、そして2人を乗せたベルーガは戦場から離れるように駆け抜けていく。

 

「……後ろに憂いがないなら、俺ももう容赦しねぇ」

 

 1人で戦っているのではないのだと、その信頼が一誠の中で抑えていた感情を膨れあがらせて行く。それは怒りであった。この状況を生み出した悪魔も、獣のように狂い果てた異形に対しても、今起きているあらゆる状況に対し、一誠は憤る。

 そんな一誠の横に並んでいたサイラオーグが不敵な笑みを浮かべる。

 

「こうして肩を並べて戦う日が来るとは。なってみると、なるほど。心地良いものだ」

「俺もですよ、サイラオーグさん」

「では、ここからは死線だ。俺も全力で行く。ついてこれるな? 赤龍帝」

「勿論ッ!」

 

 サイラオーグが片手を挙げる。それに合わせて一誠も拳を掲げ、サイラオーグと手を打ち合わせる。そのまま互いに好戦的な笑みを浮かべ、吠える。

 

「ドライグゥッ!!」

「レグルスゥッ!!」

 

 一誠が左手を掲げ、サイラオーグが吠えるように、それぞれの名を呼ぶ。

 一誠の左手に嵌められた『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の宝玉が光を放つ。

 サイラオーグの傍には、いつの間にか少年が跪いており、身につけていた仮面を外す。

 そうして現れたのは、金色の獅子。これぞ神滅具に属する『獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)』、その異常体であり、サイラオーグに仕える眷属が1人。

 金色の獅子が猛り吠える。主の戦意に呼応するかのように。そして金色の光が溢れ出す。

 

「「『禁手化(バランス・ブレイク)ッ!!』」」

 

 2人の禁忌に破る宣誓が響き渡る。一誠は全身に赤き鎧を、そしてサイラオーグは金色の獅子の鎧へと包まれる。

 赤龍帝と獅子王。力の権化を纏った2人はそうして肩を並べるようにして敵陣へと飛び込んでいった。

 

 

 * * *

 

 

 その後方、一誠が説明を受けた後方の陣ではイリナが忙しなく動き回っていた。

 陣として選ばれたのはリアスの通う駒王学園だった。その旧校舎の中に作られていた会合場所を即席の作戦室へと早変わりわせて、彼等は前線で戦う者達を支えるべく奮闘を続けていた。

 

「これから防御用の護符と、治療・強化用のポーションをありったけ錬成するから! 負傷者には優先的に、戦場に運ぶならいくつセットが必要か言って! あと陣の防衛用に必要なものはこっちで用意するから、とりあえず数だけ言って! 作った順に運び出していいから! 急いで!!」

 

 イリナは転送魔法陣からストックを引っ張り出し、積み上げながら叫ぶ。足りない分はここで錬成して補う。回復から防御用、更には能力増強まで次から次へと出てくる品々に目を丸くする者もいたが、それを纏めたのはソーナだった。

 

「リストはこちらで作ります。報告は手短に! 前線の維持には私達の動きが関わっています! 後退組の受け入れ体勢、防衛、やるべき事は山ほどありますよ!」

 

 ソーナの号令に、シトリー眷属達も速やかに行動を開始していく。連携が取れたその様にイリナは感心したように頷く。改めて見れば、眷属達にも『王』の個性が出ている、と。

 そんな事を思いながら作成の手は止めない。全体の戦力向上こそがイリナが今出来る仕事、前線を支える物資を供給し、運搬させる。誰1人欠けさせる事なく、この戦いを乗り切るその為に。

 

「イリナさん、私もお手伝いします!」

「朱乃にこっちに回ってて頼まれたからね」

「アーシア! トスカまで! 貴方達がいれば百人力よ!」

「ここなら表立って悪魔に協力してる、なんて見えないでしょう?」

「それもそうね、頼りにしてるわ。朱乃とイザイヤは?」

「これだけの騒ぎだからね、「素養」のある一般人が巻き込まれていないか見る為に2人で街を見回ってるわ。直接交戦は避けるようにしてるから、そこは安心していいわよ」

「そちらには私からも人員を出します。前線の憂いを断っておきたいですからね」

 

 ソーナが話に加わるように口を挟む。そうして、それぞれの顔を見合わせて頷いて動き出す。ソーナは集めた情報を魔法で浮かせた紙やペンで速筆していき、イリナはアーシアとトスカの手を借りて支援物資を纏めていく。

 イリナがここに残っているのは物資の供給という仕事もあるが、ここの防衛の為だ。だからイリナはここから離れる事は出来ない。それ故に、今も前線で戦い続けているだろう仲間の事を思い、ぽつりと呟く。

 

「……無事でいなさいよ、皆」

 

 

 * * *

 

 

「来るのが遅い! 死ぬかと思ったのよ! 本当に! 空気読めないとか、本当顔だけの男ね!」

「はいはい、無事で何よりにゃん」

「本当、よく逃げ切ってくれたわ」

 

 戦場の一角、正臣さんの手を借りて離脱に成功したらしいレイナーレと合流出来た。イリナをソーナに預けて、黒歌と急いできたのだけど。無事で良かったわ、本当に。

 安心したのか、レイナーレの口から飛び出すのは不満の数々だ。それを適当にいなしながら受け止める黒歌。そんな2人のいつもの様子に私は胸を撫で下ろす。

 

「けど、よくやるわ。幾ら何でも手を広げすぎじゃない? 全方位に敵ばらまいてるんでしょ?」

「私達を狙う、って言うなら杜撰にゃ。私達を狙うなら、ね」

「? 違うの?」

「私達を狙っているのはネビロスよ。でも、動いているのはコーネリア。建前って言ってたもの、彼はただその動きに便乗して、別の狙いで動いてる」

「別の狙い……?」

「確かに私達を捕まえる、って言うならもっと限定的に私を追い込めば良い。でも、それをしないで広範囲に被害をばらまくのは……ただの嫌がらせにゃ」

「嫌がらせ……? え、引くわ……その為にこれだけの事してんの? あの優男」

 

 嫌がらせ。黒歌の称したコーネリアの今回の動きに私は眉を顰める。確かに嫌がらせと言えばそうなのだろう。

 駒王町は私にとって理想の地だ。多くの種族が集まり、争う事無く共存している。それが波風を立てずに不干渉を貫いている状態でも、小さな切っ掛けを積み重ねていけば共に歩める未来を開けるかもしれない。

 そんな夢を描いている場所だ。だからこそ、他の勢力には事前に警告を出して関係者に被害が及ばないように備えていた。けれど、これではそうも言ってはいられない。私が予想していたよりも的確に最悪な事をされた。

 

「でも、まだこれだけなら……足りない」

 

 最悪は踏み抜かれた。でも、まだ一歩足りない。駒王町に存在する多くの勢力に無差別に攻撃を仕掛け、混沌を招く。これだけならまだ足りない。確かに超越者を生み出す実験で生まれたという悪魔、その強さは並ではない。

 けれど前線で頑張ってくれている一誠やサイラオーグ達が連携すれば倒せない相手でもない。だから、あと一歩、あと一押しが足りない。

 そう思っていた私の知覚の端に何かが引っかかった。猛烈な違和感、そしてこびりつくような悪寒。墨を塗りたくるような悪意、それが私の全身を駆け巡った。

 

「2人とも、離れてッ!!」

「え?」

 

 咄嗟に私が叫ぶ。レイナーレが呆気取られ、そんなレイナーレの首を引っ掴んで黒歌が距離を取る。

 空に影、周囲を淀ませるような邪気に魔力。黒々とした混沌を纏った“ソレ”は私に叩き付けるようにどす黒い魔力塊を解き放ってきた。

 一呼吸、それだけで『龍身転生』を発動させた私は殴り飛ばすように放たれた魔力塊を弾く。弾いた拳に張り付くように熱が残る。これは怨嗟だ、憎しみや恨み、辛み、あらゆる黒々とした感情を込めた一撃。

 

「リィ、アァスゥ・グゥ、レモリィーーーーーッ!!」

 

 咆哮が響き渡る。その姿に、私は自分の目を疑った。まるでズタボロで見る影もない姿になっているけれど、そのオーラと声を忘れた事はない。何故、と問う声が膨れあがり、その名を呼んでしまう。

 

「シャルバ・ベルゼブブッ!?」

「オォォォォオオ! 殺ス、殺す、コロす、リアァス・グレェモリー!! アァアアアアアッ!!」

 

 黒にも近くなり、異様とも言える光を放つ魔法陣から圧倒的な魔力弾が打ち出される。私は咄嗟に地を蹴って回避する。その一つ一つが恐ろしいまでの密度と怨嗟を込めて放たれ、周囲を蹂躙し、呪いに侵していく。

 狂っていく。建物が腐り落ちていく、木々がその身をねじ曲げていく、狂気が空気すらも変質していく。存在するだけで周囲を呪い尽くす害悪の化身。そうとしか言えない姿に私は目を奪われていた。

 

「生きて……いたの? いえ、貴方、まさか……!」

「ガァァアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 返る言葉はない。正気もない。ただ吠える。憎し、憎し、憎し、怨敵や憎し、と。ただその思考のままにシャルバは荒れ狂う。その狙いをただ1人、私に定めて。

 咄嗟に防御の姿勢を取る。シャルバの一撃を受けた腕が灼かれていく。へばり付くヘドロのような憎悪が身を溶かすように不愉快な音を立てる。それは当然、激痛を伴いうものだ。咄嗟に歯を噛みしめて、叫びたいのを噛み殺す。

 

「ぃっ、つぅ……!!」

「死ネ、死ネ、死ネ、苦痛ヲ受ケロ、呪イヲ受ケロ、私ガ受ケタ全部、全部、全部! 呪イアレ! 災イアレ! 腐リ落チテ果テロ! 惨タラシク死ネ!!」

 

 ただ怨嗟の声に突き動かされるようにシャルバは距離を詰める。彼の身に包まれた邪気が固まっていき、黒々とした鉤爪を形成する。

 その鍵爪で引き裂かんと迫るのを間一髪で回避するも、ただの指先が掠っただけでそこから侵蝕されるように痛みが加速する。掠ってもダメとか……!

 

「――うっさいよ、お前」

 

 再び私に迫ろうとしたシャルバを黒歌が勢いよく回転しながら地に叩き付けるように蹴り落とす。死角から黒歌の一撃を受けたシャルバは小さなクレーターを作りながら地に沈む。

 咆哮は止まない。今の一撃で止まるような相手ではない。それは当然わかっている。そんな半端な相手ではない。

 

「な、何よ、こいつ……! あの時にリアスに消し飛ばされたじゃない!? なんで生きてるのよ!?」

「生きてたのか、死んでたのかは知らないけれど、実験に使われたんでしょう。素材としては優秀だったんでしょ?」

「……」

 

 正当なるベルゼブブの血統。旧魔王派の中でも旗頭とも言うべき存在だった。そう言われれば確かに納得出来る。……同時に、心の中に浮かんだ蟠りに歯を噛む。

 また、こうして因縁が姿形を変えて私の前に現れる。シャルバがこう成り果てたのも私がやった事だ。この怨嗟に塗れたおぞましき存在も、私が生み出したんだ。

 

「……黒歌、レイナーレ、下がって、私が――」

 

 私がやる、と言いかけた腹に黒歌の拳が突き刺さる。割と洒落にならない角度で入った拳に私は思わず咳き込む。そのまま、襟首を掴むようにして後ろに投げられる。レイナーレにぶつかって、レイナーレがカエルが潰れたような声を挙げた。

 

「阿呆。ここは私が相手するにゃ。アンタは相手にしなきゃいけない奴がいるでしょうが」

「で、でも!」

「こいつはもう意識なんて残ってないでしょ、救うも何も、こいつは終わってる。殺すしかない。わかるでしょ? こういう手合いは私の獲物、さっさと行くにゃ」

 

 ひらひら手を振る黒歌の背をジッと見つめる。……もう一度、シャルバを見る。その目が私と合う。そこに理性の色はもう見えない。かつてあった風格はない。ただ、ただ私を睨み、憎み、恨み、疎む、そんな悪意の色しか見えない。

 一息を吐く。そして、改めて黒歌へと死線を向ける。かけるべき言葉はもう決めていた。

 

「ここは任せたわ、黒歌」

「あぁ、こいつを出したならそろそろ出てくるでしょ。行ってきな、リーア」

「えぇ。レイナーレは本陣に戻って。1人でいけるでしょ?」

「怪獣大決戦になんて誰が付き合うかっての! 私は帰らせて貰うわよ!!」

 

 レイナーレが悪態を吐きながら全力で飛んでいく。シャルバはそれに反応する事はない。ただ、私自身が狙いという訳ね。

 そんなシャルバの様子を見て、黒歌自分の肩に手をかけて首を回す。何度か骨を鳴らすように回してから、懐に手を入れる。

 取り出したのは血の丸薬。それを取り出して、放るように口の中に入れる。勢いよく丸薬を噛み砕く音が聞こえる。

 

「……どいつもこいつも背負って、背負わせて、本当になんだってんだい。だったら少しぐらい清算してやらないとワリに合わない話だよ」

 

 ざわり、と黒歌の気が膨れあがる。ちりちりと肌を震わせるような闘気。それを膨れあがらせながら、黒歌はシャルバを見据える。

 

「お前は私が潰す、私が壊す、私が滅する。触れるな、ケダモノ風情が。私の大事なものに泥つけてんじゃないよ」

 

 爆発寸前、黒歌の感情と混ざり合った気が黒歌を中心に渦を描く。その渦の中心で黒歌は宣誓する。

 

「平伏せ、我宿すは覇の権化なり。――『仙龍変化・覇黒』」

 

 骨が軋むにも似た音が響き渡り、黒歌の体が変質していく。それは白音の『変化』と近しくて、しかし異なるもの。黒々としたオーラを纏うは、憤怒、憎悪、殺意、混沌とした感情に彩られた漆黒の龍と猫が入り交じったような人型。

 瞳孔が裂けた瞳で黒歌はシャルバを睨み付ける。呼吸を一拍、瞬きの間に黒歌はシャルバとの距離を詰めていた。握りしめた拳が音を置き去りにするように振り抜かれる。

 鈍い衝撃音、遅れてシャルバが吹き飛び、ビルの壁へと叩き付けられる。黒歌がシャルバを殴り飛ばした瞬間、黒歌が踏みしめていた大地も陥没し、ひび割れていた。

 

「立て。その程度な訳ないでしょ、恨みが、辛みが、憎しみが、その程度で呪おうって言うなら――何倍にしてでも祟り殺すわよ」

 

 不吉の凶猫が喉を鳴らす。獲物を前にして、狩りの時間を告げるかの如く。禁忌なる『覇』を纏い、黒猫は牙を剥いた。

 

 

 

 

 


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