深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.04

 文字通り、嵐が過ぎ去った次の日のグレモリー邸。破損した家具などは既に元通りになっていて、そこにはいつもと変わらぬ光景が広がっている。

 違うのはそれぞれの心境。イリナが朝食を用意して、レイナーレが朝のニュースを何気なしに見ている。

 私はイリナが用意してくれた紅茶を飲みながら気を静める。そうして各々、時間を過ごしていると居間の扉が開く。入ってきたのは一誠だった。

 

「おはよう、一誠」

「おはよう、リーア」

 

 学校に来る前に少し早めにウチに寄って貰うように頼んで、指定していた時間の少し前。そして一誠が席に着いたのと同時に姿を見せたのが白音と黒歌だった。

 白音はいつもの様子で、黒歌は普段とは少し違う、どこか静かな様子だった。そのまま席に着いて、イリナも朝食の用意が終わったようでテーブルに並べていく。

 

「イッセーも食べる?」

「俺は軽くでいいや。家で食べてきたし」

「それでも食べるんだ」

「うまいからな。あ、ドリンクは勘弁な」

 

 チッ、とイリナが舌打ちをするのを全力で聞こえない振りをする。そうしている間に全員分の朝食が用意されていく。並び終えた所で、レイナーレもテレビの電源を消して席に着く。最後に用意の終えたイリナが席に座る。

 

「まずは食事を済ませましょうか。それからこれからの話をしましょう」

 

 私の言葉に皆、否を唱える事はせずに静かな朝食が始まる。普段であれば賑やかしに話題を振ってくる黒歌が静かなものだから、自然と誰も口を開かない。

 そんな静かな朝食はあっという間に終わり、私は口元を拭ってから一息を吐く。全員が食べ終わったのを確認してから口を開こうとして、私よりも先に口を開いたのが黒歌だった。

 

「まず、その、ごめん」

「……黒歌が謝る事はないと思うけれど」

「うんにゃ。これは一種のケジメにゃ、ここから大丈夫。これで切り替えたから」

「わかったわ。じゃあ、これからの話をしましょう。恐らく、近日中に私達を狙って襲撃があるでしょうね。正確に言うと、黒歌と白音、貴方達が狙われるでしょう」

「はい」

「研究資料ねぇ……心当たりがありそうなものなんて持ってにゃいんだけどね」

「何か預かったものとかないの?」

「……あっ、髪飾り……」

「……あれか」

 

 2人の心当たり。それは母親の形見である髪飾りだ。当初は白音が身につけていたけれども、そういえば白音もあまり身につけなくなったのよね。

 結局、実家に置いてきたままだったかしら。今度、アジュカ様にでも預けた方が良いかしら。そっちの方も調べられるなら調べて置きたいし、今は手元にないというのはそれはそれで僥倖かもしれない。

 

「白音は一誠と、イリナは黒歌と行動をして頂戴。で、レイナーレ」

「何よ?」

「貴方は教会や、他の勢力に事が起きた際に不干渉と関係者が巻き込まれないように備えておくように伝えて貰うわ。元々、『神の子を見張る者(グリゴリ)』時代にやってたでしょう?」

「……はぁ、またそういう役回りを私に押し付けるのね。まぁ、いいけれど」

「他の勢力に飛び火させる訳にはいかないもの。教会には正臣さんがいるから、一般人の避難誘導は教会に先導して貰うのが良いかしら。後は朱乃達にも話して手伝って貰うとして……サイラオーグとソーナには私が話をつけてくるわ。あの2人は巻き込まない訳にもいかないからね」

悪魔(みうち)の不祥事だしにゃ。他の勢力はあまり関わらせないように、或いは被害を出さない事が目標かにゃ」

 

 黒歌の言葉に私は頷く。サイラオーグとソーナはともかく、今回は朱乃と言えどあまり関わらせたくない。勿論、直接的にではなく間接的にはその手は借りたいと思っているので合わせて相談するつもりではあるけれども。

 今回の一件で再び駒王町での問題を大きくしたくはない。だからこそ、他の勢力の影響や介入は最小限に抑えたい。私の考えを皆も理解してくれたのか、各々頷いてくれる。

 

「コーネリアは……恐らく私を狙って来るでしょう。決着は私がつけるわ」

「……それでいいのね?」

 

 レイナーレが念押しをするように確認を取ってくる。私は強く頷くのを見れば、レイナーレはそれ以上、食い下がるような事はなくあっさりと引く。

 あの人と戦う事に思う事はある。けれど、これは私にとっても譲れない部分だ。あの人との決着は他でもない私自身の手で。

 

「リーア。それなら、それ以外は私達に任せて貰えるって考えていいんだね?」

「……貴方達が危なかったら、手を出すわよ」

「本当はリーアの特異性を表に出したくはないけど、超越者候補って言ってたって事はある程度、リーアの情報はあっちに漏れてる」

「ネビロスは私と白音を手に入れれば、なんて考えてたんじゃないかにゃぁ。超越者を作るのに必死こいてるのに相手側に候補がいるだなんて気が気じゃないにゃ。そこに自分達の望む研究結果がある可能性もあるんだったら、思い切って来るんじゃないかにゃ。ただでさえ、ここ数年の内乱の鎮圧で反抗勢力も大人しくなったしね」

「……裏でオーフィスが噛んでると思う?」

「ない、とは言えないね」

 

 オーフィスの名を口に出せば自然と拳を握る力が強くなる。関わっているとなれば、本当に因果は深いと思うのだけど。それに今回、襲撃がどの規模になるかはわからない。……いえ、規模は計る事は出来ないけど、はっきりと言える事はある。

 コーネリアは私が『全力』を出せる状況を用意してくる。私が本気にならざるを得ないように。その為に状況を詰めてくる筈。私を観察し、私に対して執着を抱く相手なら、そして望むものが私との全力での闘争なら。

 胸が軋む。こんな筈じゃなかった、なんて。今更の泣き言を胸に押し込めて皆の顔を見回す。

 

「私の夢をここで潰えさせない。相手が誰であろうと。だから皆――私の為に、戦って」

 

 一誠が力強く頷く。

 イリナが笑みを浮かべる。

 白音が胸元に手を当てて目を閉じる。

 レイナーレは興味なさげに。

 そして、黒歌は真っ直ぐに私を見て。

 

「勝ちましょう。私達の明日の為に」

 

 

 * * *

 

 

 学校で私は朱乃とソーナに声をかけて、サイラオーグが務めている用務員室で今回の経緯を説明した。

 3人とも引き締めた表情を浮かべて私の話を聞いてくれている。頼りになる相手がいる、というのは心が少しだけ和らぐ。

 

「……じゃあ、今回は私達は直接関わるのを避けて、避難の誘導や被害の規模が広がらないように立ち回ればいいのね」

「えぇ、朱乃。今回は悪魔側の諍いだから。あまり他の勢力に損失や影響を与えたくないのが私の願いよ。サイラオーグとソーナは付き合って貰う事になるけれど……」

「それについては構わん。元より、その為に俺はここにいるのだからな」

「……でも、私達だけで対処出来るの?」

 

 ぽつり、と不安を零すようにソーナが呟く。ソーナの疑問も最もだ。私達は表向き若手悪魔だ。サイラオーグとソーナには私の力は見せた事はあるけれど、底までは見せた事はない。

 人工的に超越者を作り出す。そんな研究をしていた相手が襲撃をしかけて来る。そんな相手を対処出来るのか、というソーナの不安は最もだと思う。だからこそ考えていた案がある。

 

「有事の際にはソーナ、貴方は冥界へのパイプ役になって欲しいの。お兄様達には事前に伝えてはあるけれど、今回はあいつらの尻尾を掴むチャンスでもあるわ」

「……事が起きたら、私は後ろに下がれと?」

「自分に対処出来ないと判断したらでいいわ。ソーナならその判断を間違えない。一歩後ろに引いて戦況を見ていて欲しいの。そして、必要になれば……」

「私が魔王様達に援軍を要請する、と。……最初から備えておく事はどうしても出来ないのね?」

「相手を誘い込む為には、私達は表向き、いつも通りにしていなきゃいけない。予め戦力を呼び寄せるのは相手に動きを知られていると喧伝してしまうわ」

「……わかったわ。その役目、引き受けるわ」

 

 ソーナは少し考え込むようにしてから頷いた。実力、という意味ではソーナは私達に劣る。けれど、その勘や頭の回転は私なんかよりずっと優れている。全体を俯瞰して、判断を過たないという意味ではソーナに任せるのが一番だと私は判断した。

 朱乃は眉を寄せて腕を組んでいた。その表情には明らかな怒気を感じる。そんな朱乃に苦笑してしまう。

 

「怒らないでよ、朱乃」

「……必要な事だってわかるわ。けれど、また直接手を貸せないのね」

「私がやれない事を頼めるだけありがたいわ」

「わかってる。……わかってるけれど、どうしても思い出してしまうの」

「……何を?」

「貴方が暴走した、あの日のテロの事を」

 

 朱乃に言われて思い出す。もう何年も前になるあの日の事。私にとっては忘れ去りたい、けれど忘れられない致命的な失敗をした日。

 夢に向かって進みつづけて、大切なものを失いそうになってしまったあの日の事は私にとっても心に楔を穿ったままだ。

 でも、あの時とは違う。私には眷属がいて、それに今、こうして顔を合わせてる頼もしい友人達がいる。

 ……1人で何でも出来ると思っていた訳じゃない。でも自分の手で為さなければ意味がないと。だから頼る事なんてしなかった。それは間違いだと、私はもう知っている。

 

「あの時とは違うわ。あの時と同じになんかさせない。これ以上、私の夢を誰にも邪魔させない。争う事は避けられないわ、自分と違う誰かがいる限り。でも、私は可能な限り手を取り合える世界が良い。争わずに済む世界が良い。誰も傷つかない世界が欲しい。だから今回の襲撃者を逃す事はしない。真正面から叩き潰す」

「言うようになったな。よほど腹に据えかねてると見た」

 

 サイラオーグが笑みを浮かべて言う。そうね、私はきっと、今回怒るべきなんだと思う。実際、怒りは溜まっているのは感じる。でも、まだ解き放つには早い。私が怒りを露わにするとしたら、まだ足りないものがある。

 その足りないものを、最後に埋めるのは……きっと、コーネリアと相対した時じゃないと、この腹に淀んだ感情を形にする事は出来ない。そんな時が来て欲しくないと望みながら、埋まってしまうだろうピースに思いを馳せて、私は重く息を吐き出した。

 

 

 * * *

 

 

 コーネリア・フォカロルは微睡みに自分の一生を振り返っていた。

 衰退していく一族、なんとか復興を果たそうと尽力していた日々を思い出す。

 決して楽な道ではなかった。レーディングゲームでも上位に上り詰めようと、誰に笑われようとも研鑽を欠かさずにいた。

 眷属達とも誓い合った日々、夢、希望。その全てが一瞬にして崩れ去った。

 紅い髪の幼い姫君。最初は凡庸と下した彼女は、その実は予想だにしない化物だった。

 何故、と問わなかった事がなかったと言えば嘘になる。どうして報われないのか、と。

 地位を失った。機会を失った。多くを失った自分に差し出されたのは、破滅への誘惑だった。

 誰に付き合わせる訳でもなかった。眷属達は全て手放し、好きにさせた。新たな主を見つけるも良し、はぐれになるのも良し。最早、全てがどうでも良くなった。

 狂いそうだったのだろう。いや、もう狂い果てたのかもしれない。そうなりながらも、たった一つ残った衝動に突き動かされるように力を求めた。

 今までの半生が塗り潰される程の苦痛と絶望にのたうち回った。その代償は時間だった。実感出来る程の破滅へのカウントダウン。あぁ、自分は永くないと悟った。

 恨みはない、と語った。けれど、その実、コーネリアは確かにリアス・グレモリーを怨んでいた。怨んでいたのだ。それは泡沫のように昇華された。

 

「……行くか」

 

 全ては泡沫に。自分の功績は何の意味も成さず、研鑽した力は何を掴む事もなく、受けた苦痛は相応の対価を齎した訳でもなく。失われ続けて行く一生だった。今なお、砂時計の砂が落ちるように自分が磨り減るのを感じながら、彼は歩き出す。

 何も手元に残るものはなかった。そこに恨みはない。憎しみもない。ただ、あるのは一つ。

 

「所詮は使い捨ての手駒、寿命も尽き、理性も砕けた失敗作。さて……まずはどう出る? リアス・グレモリー」

 

 コーネリアが号令を下すように手を振る。そこにいたのは、醜悪な異形の群れだった。

 己の血統を覚醒させるようにあらゆる実験を施され、異形に落ちた悪魔がいた。

 魔法にすら手を出し、改変を行い続けて原型すらも思い出せなくなった者がいた。

 他の種族から拉致し、転生させた上で実験を施して壊れてしまった魔獣がいた。

 ここには壊れた命しかなかった。蝋燭の火は、最後の瞬間には強く燃えさかる。

 壊れた命達が、災禍となって襲いかかる。そこに大義も、信念も、何もない。

 そう、何も残らない。ここにあるものは何も残る事はない。ただ嵐のように吹き荒ぶ。

 さながら、それはワイルドハントのように。嵐の中心であるコーネリアは、やはり変わらぬ笑みを浮かべていた。

 

 

 * * *

 

 

 それは突然だった。前触れもなく、日常は崩れ去る。

 駒王町が結界に覆われていく。それは日常と非日常を隔てる。異変に察知したのは、日常に紛れた非日常の住人達。既に備えていた彼等は身構え、そしてその無軌道さに唖然とした。

 駒王町の各地へ転送魔法陣を経由してきたのは、最早何者かもわからなくなった異形の群れ、群れ、群れ、群れ! 1体、2体、3体、次々と雪崩れ込むように異形は駒王町へと蔓延り出した。

 理性もなく、思考もなく、ただ本能のままに。己の身を灼く痛みを振り払うように彼等は無軌道に暴れ始めた。目につく全てを破壊するかのように、狂気を孕んだ咆哮を次々と響かせながら。

 その群れの中、赤い閃光が疾走する。駆け抜けたのは一誠だ。一誠の手には白音が片手で抱きかかえられ、一誠の首に手を回すようにして体勢を固定する。

 

「来るとは思っていたけど、白昼堂々とかよ!」

「幸いなのは結界をあっちが展開してくれた事ですね。結界を感知したものを引きずり込む仕様のようです。一般人は巻き込まれてはいないとは思いますが……これほどの規模であれば、潜在的な人がいれば巻き込まれてしまうかも……」

「……そっちは朱乃達に任せるしかない! うじゃうじゃ沸いてくるぞ、こいつら!!」

 

 咆哮を上げながら襲いかかって来ようとする異形を剣で斬り付ける。だが、打倒にまでは至らない。白音を抱えたまま、一誠は地を蹴って疾走する。数が多すぎる。囲まれないように立ち回るのが精一杯だ。

 しかし、だからこそ目立つのか。一誠達に惹かれるようにして異形がどんどんと密集していく。白音も一誠に抱きかかえられながらも炎を放つも、一撃を与えただけでは止まらない。苦痛に足を止める事なく、狂った雄叫びを挙げながら向かってくる。

 

「これが……超越者を作る実験の結果だって言うのかよ!」

「……こんなものに、私の両親が」

 

 一誠は歯噛みする。相手の強さに舌を巻くのも一つだが、明らかに尋常ならざる様子の、原型すら留めていない者を見ては叫びの一つも入れたくなるというものだ。

 それは白音にとっても同じ思い、いや、もっと複雑だろう。今はこの世から去ったとは言えど、後天的な超越者を作ろうとした実験に関わっていたのは事実なのだから。

 皆、壊れている。ここにいる異形は全ては壊れている。その事実を感じ取る度に一誠と白音の心にやるせないものが駆け巡っていく。これこそが闇、悪魔の抱える闇の一端なのだと。

 

「ちくしょう……! ちくしょう! こんなの、許されていいのかよ!! あぁもう、邪魔だッ!!」

 

 一閃。手にした剣で進路を塞ぐ異形をまた1体斬り伏せながら、そのままその体を蹴って前へと進む。

 足の速さには自信がある一誠だが、その実、面での制圧攻撃には滅法弱いという弱点を孕んでいる。一誠の基本はヒットアンドウェイ、避ける隙間がない飽和攻撃とは相性が悪い。

 『禁手(バランス・ブレイカー)』になって底上げをすれば、とも考えなくもないが、敵の総量が見えない。つまりスタミナ配分を考えなければ潰れてしまう。

 

(どうする……!? 逃げ続けてもジリ貧だぞ……!)

 

 一誠に焦りが生まれ始める。その表情を見た白音は意を決して、懐からリアスの血で作った丸薬を取り出す。

 

「一誠、そのまま足になって貰えますか? 私が焼き払います」

「白音、やれるのか?」

「この為に研鑽してきました。ただ、アレは主に迎撃に使う為に動きが制限されるので、このまま私を抱いて運んでください。後ろから追ってきた相手を一掃します」

「OK、じゃあしっかり捕まっててくれよな! 全力でエスコートするぜ!!」

「もっと夢があるエスコートが良かったですが……言ってもられませんね。この鬱憤を晴らすつもりでいきます」

 

 冗句を交わし合いながら、白音は口に含んだ丸薬を噛み砕く。一瞬にして白音の姿が龍が混じった姿へと変化していく。『仙龍変化』を遂げた白音は、尻尾を一誠に絡めるように巻き付け、姿勢を固定する。

 息を吸う。焔による光が収束する。それは珠を作るように白音の口元に集っていき、咆哮を挙げながら迫ってくる異形を睨み、白音は息を吹き付けるように解き放つ。

 

「――『白焔(はくえん)』」

 

 吐息と共に発された白き焔の熱線は一誠達を追っていた異形の群れを飲み込むようにして膨れあがっていく。その目立つ一撃は、各地での闘争の幕開けを打ち鳴らすかのようでもあった。

 

 

 * * *

 

 

「だぁーーーー無理無理! タイミング最悪ッ! 孤立してる時とか死ぬ! 死ねる! 死ねた! 死ぬか阿呆ォッ!!」

 

 一方、その頃。別の場所ではレイナーレが全力で翼を羽ばたかせて逃げ回っていた。運悪く、この時彼女は単独行動をしていた。慌てて合流しようとした所でこの無差別テロである。思わず中指を天に立てたい程だった。

 迫り来る異形に振り返るようにして『拒絶の光魔槍(カオス・リジェクション)』を振り抜く。近づくな、と拒絶の意志が形となり、結界を展開して弾き飛ばす。その度に脳が揺さぶられるような反動にレイナーレは眉を顰める。

 

「死ぬか、こんな所で死ぬか、こんな所じゃないのよ、巫山戯るな、あぁもうじゃうじゃ鬱陶しい! 消えろ、失せろ、邪魔、邪魔、キモイ、ウザいーーーッ!」

 

 時に這い蹲り、転げ回りながらレイナーレは攻撃を回避する。しかし数は増えるばかり、レイナーレは舌打ちをする。多少、無理をしてでもここ一帯にいる敵を拒絶して焼き払うか、と自爆上等の思考が脳裏を過る。

 死ななければ問題ない、よし潰す。その間、約1秒。レイナーレがありったけの怒りと理不尽を槍に込めて解き放とうとした瞬間、風が駆け抜けた。

 感じたのは肌がちりつくような感覚。悪魔の身になってから感じられるようなった、ぞっとするような悪寒。それは聖なる波動そのもの。レイナーレを救うように割って入った一陣の風は、眩いまでの清らかな波動を放つ剣を手にした男。

 

「やぁ、レイナーレさん。大丈夫ですか?」

「正臣!」

 

 レイナーレが目にした男は、八重垣 正臣。駒王の地にいる教会の戦士において最強の剣士。それが柔和な笑みを浮かべて立っている。

 

「準備はしておいたけど、まさかここまで無差別とは。少しばかり手を貸させて貰うよ」

「……ふんッ! 礼は言わないわよ!」

「元気そうで何よりだ。ここは任せて行ってくれ」

「1人で大丈夫なんでしょうね?」

「いつまでも、何も出来なかったと嘆くのは格好が悪くてね」

 

 苦笑を浮かべて正臣は剣を構え直す。その背中を一瞥してから、レイナーレは気に食わなそうに一度だけ鼻を鳴らしてこの場を離れていく。

 そのレイナーレを見送った正臣は周囲の悪魔を見やる。一つ一つの個体でも十分、自分を粉砕するだけの力を感じる。やはり人間の身は脆弱だ。改めて実感させられる。

 

「だけど、諦める理由にするのは格好悪いよな」

 

 教えを施していた少年、一誠が今も戦っているだろう。いや、彼はずっと戦い続けてきた。その姿を知っている。規模を縮小していたとはいえ、教会の戦士もこの街の治安には関わり続けてきたのだから。

 前へ、前へ。皆、進んでいく。そう、だからだ。自分もそうあろう。最早記憶に遠く、しかし面影が色褪せない彼女を脳裏に浮かべて。

 

「あぁ、この先には君がよく好んでいた洋菓子屋があったな。結界が解けてしまえば、街が蹂躙されてしまうかもしれない。もしそうなったら、君は多分悲しむだろうなぁ。そんな事にも、今更になって気付くんだって、本当に僕はダメだな。でも、だからこそ今、こうしていられる事を……いつか君に伝えられたらいいな、クレーリア」

 

 呟き一つ、笑みを浮かべて、しかしすぐに戦士の表情へと切り替える。

 

「行くぞ、オートクレール。――この場の不浄を切り払い、浄化しよう。汝等、悪魔にも救済があらん事を」

 

 賜った聖剣を携えて。かの聖剣使いもまた、いつかの後悔を拭う為に。咆哮を響かせる悪魔の群れに臆する事なく、戦場へと身を投じた。


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