深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.02

「リーア、手紙が届いてるよ?」

「手紙?」

 

 朱乃達が来てから少しして、その手紙は私の下に届いた。

 イリナが手渡してきたのは、悪魔の字で書かれた手紙だった。珍しい、と思いながら差出人を見る。

 そこに記されていた名前に私は驚きを隠せなかった。その名前は、記憶の片隅に残っていた相手だったから。こうして見るまでは思い出す事はなくとも、私はその名前を覚えていた。

 コーネリア・フォカロル。かつて私が戦った事がある彼から届いた手紙。あれから接点というものも無く、こうして手紙を出されるような覚えなどない。

 驚きながらも内容を確認する。要約すると、近日中にこちらに訪問したいとの事。訪問? 思い当たる事がなく、私は首を傾げる。

 

「誰から?」

「……昔、少しだけ接点があった方よ。交流もあった訳ではないのだけど」

 

 確か、コーネリア様は大王家の派閥の悪魔だった筈。あれから近況を聞いた覚えはないけれども、サイラオーグなら何か知ってるかしら。

 突然の手紙、訪問の希望。言いようのない不安が胸を過った。何かが起きてしまうような、そんな予感。それを誤魔化すように首を左右に振った。

 

 

 * * *

 

 

「コーネリア・フォカロル? ……あぁ、彼か」

 

 手紙を受け取ってすぐ、私は学校でサイラオーグにフォカロル様の事を尋ねに向かった。

 私の口から出た名前にサイラオーグは心当たりがあるように頷いた。しかし、その表情はどこか浮かないものだった。

 

「知ってる?」

「あぁ。お前が駒王町を治めるに当たって試験役に選ばれたフォカロル家の悪魔だったな」

「彼から手紙が届いたの。私に訪問を希望している、との事なんだけど……」

「……それはまた、唐突な話だな」

「そうなのよ。だから何か知らないかな、って」

「俺が知っているのは……お前に負けた後、フォカロル家は大王家の派閥から外れたという事だけだ」

「……私に負けたから?」

「あぁ。あれからレーディングゲームの参加もしていない筈だ。実質、フォカロル家は断絶した、との声もある」

「……知らなかった」

 

 悪魔の社会は実力社会。力なき者、敗北した者は全てを失う。そんなのわかりきった事だった。だから、私が勝った事でフォカロル様が築き上げてきた地位を失ったのは自然の成り行きなんだろう。

 それでも事実を知れば心が痛む。私にはあの勝利が必要だった。私が望む未来を掴み取る為にはどうしても。けれど、その為に誰かを踏み台にしてしまう事にだけはどうしても慣れそうになかった。

 一度、首を左右に振る。意識を切り替えるように努め、サイラオーグへと視線を合わせなおす。

 

「近況とか、何も知らない?」

「大王家の派閥から外れた後は何も知らん。……だが、あれだけの有力者だ。悪魔でも珍しい慢心をしない男だ。このまま伏しているとは思えんが」

「会った事はあるの?」

「一度な。まだ彼が大王家の派閥の際、声をかけられた事がある。……俺の研鑽を真っ直ぐに認めてくれた数少ない相手だ。ただの一度だが、よく覚えている」

「……そう」

 

 サイラオーグも知らない、か。これならソーナに聞いても多分わからないと思う。シトリー家も派閥としては魔王派。大王家の派閥に関しての情報を持っているとは思えない。

 やっぱり理由らしい理由は想像が出来ない。少し悩むように唇を撫でてから、意を決したように頷く。

 

「直接会った方が早そうね」

「そうだな。性根が悪い御仁ではないとは思うが……」

「理由は直接会って尋ねるわ。それが、私がすべき向き合い方だと思うから」

 

 理由はどうであれ、彼の未来の道を阻んだのは私だ。恨み言なら正面から受け止めるべきだし、何かの意図があっての事なら直接会うのが礼儀だと思うからこそ。

 

「あまり気負うなよ、リーア」

「心配しないで。これは私が果たさなきゃいけない責任だもの」

「言っても糠に釘か。まぁ、上手い事やれ」

 

 ふん、だ。思わずサイラオーグに舌を見せながら私は用務員室を後にした。

 そのまま少し離れて、壁に肩と頭を預ける。気負うな、と言われても無理だ。そういう性分だってわかりきってる。気が滅入る。会いたくない。そんな思いが渦巻いている。

 それでも向き合わないと。ただ、その意志が折れぬように私は壁に預けていた身を離した。

 

 

 * * *

 

 

 それから数日が経過した。訪問の希望には許可の返信をしつつ、こちらの都合を合わせて訪問の日時などを手紙で連絡し合う。数度、手紙でのやりとりを繰り返し、指定された訪問日に彼は姿を見せた。

 コーネリア・フォカロル。かつて私が戦い、下したフォカロル家の悪魔。その姿は記憶にある姿とそう変わりはなかった。柔和な美青年、そんな印象も変わらない。その端正な顔に笑みを浮かべてコーネリア様は私に手を差し出した。

 

「お久しぶりです、リアス・グレモリー。美しくなられましたな」

「こちらこそ。ご健勝のようで何よりでございます」

「堅苦しい挨拶はこのぐらいにしておきましょう。……しかし、本当に美しくなられました。ヴェネラナ様のお顔を拝見させて頂いた事がありましたが、よく似ていらっしゃいます。それに眷属達も抱え、立派になられたと見えます」

 

 コーネリア様の視線が私の後ろに控える眷属達へと向けられる。一誠はどこか緊張した様子で、レイナーレは面倒くさそうに。イリナ、黒歌、白音は自然体のままだ。

 うーん、一誠もそろそろこういった社交界とかに慣らせて方が良いかしら。『騎士(ナイト)』だから傍に控えて貰う事も増えて来るでしょうし。

 そんな事を思考の隅に置きつつ、コーネリア様を家に上げて席について貰う。白音が用意したお茶を口にして、コーネリア様は笑みを浮かべる。

 

「ありがとう。君は……塔城 小猫、だったかな?」

「……はい。ご存知だったのですか?」

「少し。いや、今回の訪問に関わっている、と言うべきか」

「え?」

 

 思わず白音が間の抜けた声を出した。私も虚を突かれたように目を見開かせてしまった。

 訪問の理由に白音が関わっている? 控えていた黒歌の気配が鋭くなったのを感じつつ、私はコーネリア様に目を細めながら問いかける。

 

「……それは、どういう事でしょうか?」

「その経緯を説明する為に、今の私の立場をお話した方が良いでしょう。私は今、ナベリウス家と懇意にさせて頂いておりましてですね」

「ナベリウス……」

 

 ナベリウス家は良くも悪くも有名な家だった。その家柄の特徴として、研究熱心である事。その研究成果は冥界の文化の発展に貢献に大きく寄与しているけれど、同時に黒い噂も絶えないのがナベリウス家である。

 ナベリウス、と。その名を聞いた黒歌の気配に一瞬、黒いものが滲み出る。今にも牙を剥きそうな殺意にも似た気。しかし、表に出したのはほんの一瞬で、すぐに気は収まっている。正直、無理もない話だと思う。

 黒歌と白音の出自にナベリウス家が関わっている。正確には、そのナベリウス家の分家だけども。白音には伏せているけれども、黒歌の両親が関わっていたのがそのナベリウス家の分家だから。

 色々な伝手を頼ってナベリウス家の動向は探っていたけれども、昔から黒い噂が絶えない家柄だ。情報の隠蔽もお手の物なのか、いまいち決定的なものとなる証拠が掴めずにいた現状だけれども……。

 

「かつてナベリウス家……正確にはその分家なのですが、そこである研究が行われていまして。そこに関わっていたのが」

「待ちな。それ以上は言わせないよ」

 

 黒歌が身を乗り出して来て告げる。普段であれば明らかなマナー違反だ。けれども、その反応を予想していたのかコーネリア様は口を閉ざし、涼しげな様子で黒歌へと視線を向ける。

 一方で、白音は黒歌の様子に困惑していた様子だった。黒歌の反応に戸惑うように視線を向けている。

 

「……成る程、妹さんの方はご事情を知らないと」

「アンタ……」

「では、敢えて伏せるようにお話させて頂きましょう。端的に言えば、塔城 黒歌と塔城 白音を私が懇意にさせて頂いているナベリウス家の方と引き会わせたいと、そのお願いをしに参ったのです」

「黒歌と白音を?」

「えぇ。理由は私から口にしない方が良いですね?」

「……お姉様?」

 

 白音が睨むように黒歌を見据える。黒歌は苦虫を噛み潰したような表情のまま、コーネリア様を睨んでいる。余計な事を、と言わんばかりに唸り声すら挙げている。

 黒歌の両親への思いは複雑だ。普段は意識しないように、どうでも良いと押し込めているけれども、その実情は愛憎半々といったものだ。呆れもあり、悲しみもあり、怒りもあり、ごちゃ混ぜの状態だ。

 それを予想のしない所から刺激されたのだから、黒歌も昂ぶっているのだろう。これは仕方ない、と私は溜息を吐いて黒歌を制する。

 

「黒歌。落ち着きなさい」

「リーア……」

「話すわ。良いわね?」

「ちょっと!」

「じゃないと話が進まないし、白音だってもう子供じゃないわ。これは主の命令よ、聞き分けなさい」

 

 言い含めるように念押しをすれば、黒歌は言葉に詰まったように歯を噛む。歯を噛み砕かんばかりに食いしばり、視線を逸らした。

 白音は言いたくない、告げたくない、と。黒歌の数少ない『本気』の我が儘を無碍にしたくはなかったけれども、状況がそうも言ってられそうにない。

 

「白音。貴方のご両親は、ナベリウス家と関わりがあったのよ」

「……そういう事でしたか。今、なんとなく察しました」

「えぇ。ただ、私もわからないのが、どうして今になって黒歌と白音を引き合わせたいと言う話になるのでしょうか? コーネリア様」

「お二方のご両親はナベリウス家の研究に携わり、その恩があって……というのが、建前です」

「……建前?」

「リアス様は、お二方のご両親の研究が何だったのかご存知で?」

「……いいえ」

 

 私の返答に、そうですか、と柔らかな笑みを浮かべたままコーネリア様は頷く。

 そう、結局の所、黒歌と白音の両親がどんな研究をしていたかまで掴む事は出来なかった。何かの実験があり、その実験により起きた大爆発で両親は帰らぬ者となった。そして私に拾われ、今に至る。

 その決定的な要因となる研究内容。それは何もわからないままだ。

 

「コーネリア様は、研究内容はご存知という事で? その為に黒歌と白音を探していたという事でしょうか?」

「えぇ」

「その内容を教えて貰っても?」

「はい、構いませんよ」

 

 ニコニコと、変わらぬ様子で喋り続けるコーネリア様に妙な違和感を覚える。

 嫌な予感がする。この予感がした時は、大抵外れないものだ。そうして私が思った通りに嫌な予感は現実となる。

 

「お二方のご両親が研究していたのは、後天的な“超越者”を生み出す事です」

 

 ――思わず、私は拳を机に叩き付けていた。

 それでも変わらず笑みを浮かべているコーネリアに私は歯を剥くように睨む。

 

「後天的な超越者……悪魔のイレギュラー体、お兄様やアジュカ様のような例外を生み出そうとしていたと?」

「えぇ。お二方の母上である猫又は優秀な仙術の使い手であり、父上である人間は優秀な研究者でした。そして、その研究の目標こそが超越者の後天的に作り出す事でした」

「それは、真っ当な研究なのですか?」

「字面だけで言えば素晴らしい事でしょう? それが表に出ない、という事はそういう事です」

 

 私を含め、この場にいる誰もが唖然としていた。その中で動いたのが黒歌だった。黒歌はコーネリアに歩み寄り、その襟首を掴み上げる。

 

「……本気で言ってるの、ソレ。全部、事実だって言うの? ねぇ?」

「はい。どうやら、貴方の父上は研究資料を何かの形で残していたらしく、その痕跡を追うべく私は貴方達を探して……」

「そんな事はどうでも良いのよッ! そんな、超越者を生み出そうって研究をして、それで死んだの!? 私の両親は!?」

「残念な話だとは思いますが……私はそう聞かされております」

「それを話した意図は何? 馬鹿みたいに正直に話して、それが、はいそうですか、なんて信じられると思ってる訳ないでしょうね……!?」

 

 襟首を掴む黒歌の手に震える程に力が篭もっていく。両親の話は黒歌にとっての逆鱗だ。だからこそ、今にもコーネリアを殴り飛ばしそうな黒歌の手を掴む。

 まだ、話して貰わなければならない事がある。私に手を掴まれた黒歌は、感情が綯い交ぜになったような表情で手を解いて背を向けた。小さく縮こまった肩が震えている。……こんなに感情を露わにしたのは、久しぶりに見たわね。

 

「……黒歌も問いましたが、一体何の意図があってこの話を? その話を私に、魔王の妹である私に聞かせた意図をお聞かせ願いたい」

「懇意にさせて貰っている、とは言いましたが……これは貴方を責める話ではないのですが、貴方に敗北してから私は大王家の派閥から外れ、家の没落は免れませんでした」

 

 襟を正しながらコーネリアが語り出す。それは私の心を抉るように響くも、奮い立たせるようにして表に出さないようにする。

 

「その後、私はナベリウスの分家から極秘裏に誘いを受けました。“力が欲しくないか”と」

「……まさか」

「えぇ。私は、後天的な超越者に至る為の実験体としてこの身を売りました」

 

 変わらぬ微笑みに、怖気が走る。渦巻いていた怒りが掻き消えそうだった。代わりに浮かび上がるのは、足下が崩れてしまいそうな絶望感。

 ――あぁ、私はこの人の一生を、本当の意味で台無しにしてしまったのだ。

 

「しかし、やはり研究資料が例の事故で失われ、進展しませんでした。それ故、お二方を探し出すというのがナベリウス分家の、もっと正確に言えばネビロスの意向です」

「ネビロスですって!?」

「えぇ。かつてルシファーに仕えていた番外の悪魔の家系が一つ。そして、現在の悪魔社会から断絶していると思われているネビロスです」

 

 次から次へと出てくる情報に驚きが止まない。必死に自分を落ち着かせるように息を整えながら、視線を向け続ける。

 わからない。コーネリアの意図が掴めない。その情報は私に伝えればどうなるのか位、彼だってわかっている筈だ。違法な研究、暗躍しているかつてのルシファーに仕えていた番外の悪魔の動向。彼がそれに与するなら、私に情報を話すのが理解出来ない。

 

「……尚更わからないわ。何故、それを私に話すの?」

「貴方に話せば、魔王にこの話が伝わるでしょう?」

「……狙いは何?」

「私は自ら望んで身を売りましたが、中には下級悪魔や転生悪魔を研究素材として『利用』しています。その現状を看過する事はしないでしょう?」

「……その悪魔達を救いたい、と?」

「いえ。別に、そういう訳でも」

 

 期待した反応とは異なる反応に、やはり私は理解が出来ないと眉を寄せてしまう。

 

「わかりませんか? えぇ、そうですね。ふふ、私は少しでも貴方に『理解が出来ない』という気持ちを味わって欲しかったのです。意地悪が過ぎましたね」

 

 柔らかな笑みを浮かべていたコーネリアの表情が、僅かに歪む。それは今まで貼り付けていた笑みとは異なる、心の底からわかるだろうと思う笑み。そこには喜悦しかない。ただ、ただ純粋な喜びしか感じられなかった。

 

「恐らくの話ですが、お二方が決定的な研究の資料を持っていても私は長くはないでしょう。自分の体の事です。“運悪く”才能だけはあったようなので」

「……その生涯の終わりが近い、と。その終わりに何を望むのですか?」

 

 

「――貴方との再戦です」

 

 

 コーネリアが口にした言葉に、理解が追いつかなかった。

 私は呆然と立ち尽くす。コーネリアは私を見て、微笑みながら続ける。

 

「別に、恨みはありません。あの敗北は当然の結果であり、私のフォカロル家の復権という夢は露と消えました。私が至らなかった、ただ、それだけの話です。フォカロル家を担う者としては何もかも潰えました。けれど、私はまだ生きている。そして、どうしても追い求めたいものを得ました」

 

 朗々と語るコーネリアの口調に、悪意の欠片もない。ただ、ただ、彼は純粋に。

 

「あの敗北を越えたい。貴方が見せた力を、あの底が見えない力の果てが見たい。家の復興? 貴方への恨み? そんなものは即消え失せたのですよ。ただ、私は貴方の底が見たい……! そうでしょう!? 超越者候補のリアス・グレモリー!!」

「……ッ!?」

「貴方の事をずっと調べてきました。貴方の性格、信念、理想、実績、貴方という理解不能を私は理解したかった。何故、と問う己の内側の声に抗えなかった。そうして知りました。貴方はただ、ただ優しい世界が欲しいだけ。その為に全てを為した、その為に全てを積み上げてきた! 私はですね! リアス・グレモリー!」

 

 両手を広げ、コーネリアが告げる。天啓を受けたように、それが唯一の願いだと語るように。

 

「貴方に魅せられたのです。貴方の力に、貴方の向かう未来に。だからこそ、貴方の障害になりたかった」

「――――」

「だからこそ貴方の敵となる。私が表立って塔城 黒歌と塔城 白音の招待に失敗すれば、ここを襲撃する手筈となっているのです」

「馬鹿な……」

「それだけ超越者の誕生は悲願なのですよ、彼等にとって。そう、復権の為には力が必要なのですから。ですが、私はそんな未来はどうでも良い。えぇ、私はもう未来など求めてなどいません。ただ、貴方と本気の再戦が叶えばそれで良い。貴方が最も力を発揮するその瞬間、その際に障害として立ち塞がる事が叶えばそれで良いのです」

 

 再戦。あの時の戦いをもう一度。ただ、その為に。ただ、それだけの為に……?

 

「そんなの、言ってくだされば、」

「叶いません。普通の方法では、真っ当な手段では貴方は私に向き合ってくれない。向き合っても意味がない。かつての私では届かない事など誰よりも私が理解している。私は貴方の通過点でした。私が戦いたいのは、そんな貴方なのです。隣人でも、庇護される対象でも、並び立つ者でもなく、私は貴方の敵でありたいのです」

 

 ……理解出来ない。どうしても狂ってるとしか思えない。でも、彼がこうなってしまったのは誰がやった事だ? その事実が、深く突き刺さる。

 

「知っています。こう言えば貴方が深く傷つく事も。予想しています、きっと貴方は私を救おうとするだろう事も。貴方の願いも、理想も、望む世界すらも私は好ましく思います。けれど、私はそんな貴族としての誉れより、一個人としての願いを優先した。それだけの事なのです」

「コーネリア……様」

「呼び捨てで結構。私は貴方に並ぶ者ではありません。ただ、貴方を阻む障害です。この町を蹂躙しましょう! 貴方の望みを砕きましょう! そうした先に、私が望む貴方がいる!」

 

 その言葉に動く者達がいる。一誠とイリナ、黒歌だ。3人が同時に動き、コーネリアへと襲いかかろうとする。

 風が室内に吹き荒れる。強く、勇ましい嵐。かつてのそれとは比べものにならない風が3人を一蹴する。風が吹き荒れるには、この室内では狭すぎる。強烈な嵐を前に私達は後退を余儀なくされる。

 

「貴方の強さは“羨望(ねがい)”であり、そして“欲望(のぞみ)”だと語りました。私も倣いましょう。私は決して貴方を怨まず、憎まず、疎まず。貴方を好み、貴方を羨み、貴方を妬み、貴方に手を届かせる為に、望みのままに」

「貴方は……!」

「恨みでは貴方が損なわれてしまう。憎しみでは貴方が潰えてしまう。どうか、どうか気高き貴方のままで。悲劇に涙し、喜びに華を咲かせ、夢見る程に美しいままに。その為ならば、私は幾らでも狂い果てても構わない。――それでは、次は襲撃の際に。ご警戒を緩ませる事なく、ゆるりとお待ちください」

 

 吹き荒れる嵐の中、優雅に一礼をしてコーネリアが姿を消す。転送魔法を元々仕込んでいたんだろう。そうして残ったのは嵐が過ぎ去った爪痕と、残された事実だけ。

 コーネリア・フォカロル。かつて私が通過点として倒した相手。その後を知る事もなく、知ろうともしなかった。理由なら幾らでも挙げ連ねる事が出来る。果たさなければいけない事があったから。ただ、それだけ。

 

「……あ、あぁ、あぁああ、ぁ、ぁ、」

 

 足から力が抜ける。その場に跪いて、どうしようもない現実に呻き声と涙が零れた。

 止まらない、どうしようもなく墜ちていく。確かなまま、いっその事、壊れてしまえば良いと思うのに。こんな絶望感は感じた事はない。オーフィスに与えられた絶対的な絶望感ともまた違う。

 これは私の行動の結果が生み出した罪の重さだ。かつて、クレーリアさんの恋の成就を奪ったように、イリナを家族と引き離してしまったように、私が私がある為に起きた事だ。

 あの人は、私に何を見たんだろう。わからない、わからない。わからないから、手を伸ばせない。ただ、私と戦おうとするあの人を迎え撃つ事しか出来ない。

 恨みもない、憎しみもない。そう言った彼は、きっと本心だったんだろう。ただ、競いたいだけなんだ。果てが見たいだけなんだ。ただ、私の敵でありたいと純粋に願っているだけ。

 それを私は相対する位置でしか彼を見る事が出来ない。そして彼は私の望む未来を阻むのだろう。彼が、そう望むのだから。

 否定する訳でもなく、拒絶する訳でもなく、ただ、そう望むから。その事実に段々と目の前が真っ暗になっていく。何も考えられない、何も考えたくない。

 

「リーア!? リーア、しっかりして!? リーア!!」

 

 声がする。私を呼ぶ声がする。ただ、今は何も反応をする事が出来なかった。

 あぁ、私はあの人と殺し合うのだろう。そうしなければ終わらない。何も、何も。

 間違いだったんだろうか。間違いだと言うなら、どこからどこまでが間違いで。

 何をしたら、全てが正しいままに私は私である事が出来たんだろう。

 今は、もう、何もわからない。

 


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