深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.08

 季節は丁度夏。つまり、学生には夏休みという心躍る行事が待っている。

 そんな夏休みに私は眷属を引き連れて日本の山奥にあるグレモリー家の別荘へとやってきていた。ここは普段は人の目から隠れるように存在しており、人の目に触れないように修行をするのには丁度良い。

 

「……本気で修行するのね」

「当たり前でしょう。その為に一誠達の宿題も先に片付けて貰ったのだから」

 

 夏休みの宿題は夏休みの初日に片付けさせて貰った。とは言っても宿題があるのは一誠と白音だけなんだけども。一誠は決して突出して成績が良い訳でもないけれど、悪い訳でもない。

 一方で白音は絵に描いたような優等生だ。更には独学とはいえ勉強をしているイリナの手助けもあって、宿題は初日に全て片付いている。その間に私と黒歌で領地の経営をソーナやサイラオーグ、更にはお父様達に連絡して引き継ぎを終わらせてある。

 こうして万全の体勢でレイナーレの特訓の状況が整った訳で。ここは別荘の居間で私と私の眷属、そしてアジュカ様が顔を出してきていた。とは言っても、アジュカ様はお話が終わったら直帰する予定ではあるけれども。

 

「さて、改めて確認としましょうか。レイナーレの力についてね。レイナーレの力は私や一誠、イリナが扱う『無色の力』と何も変わらないわ。ただ、違うのはその性質ね」

「一誠やイリナが『正の力』なら、レイナーレは『負の力』という事ですね?」

「そう。今後は『反無色(アンチ・カラー)』と呼ぶけど、自分自身の特性や力を伸ばす為に増幅や補助に使っている一誠とイリナとは真逆。『無色の力』に対しての反転した属性や結果をぶつけて破壊し、相殺する力と言えるわ」

 

 白音の確認の声に私は頷いて見せる。それにイリナと一誠が渋い顔をする。レイナーレは暗い表情を浮かべている。同じ眷属の仲間となったものの、互いの能力は相反する者。敵対する、という可能性は考える訳ではないけれど、自分の能力に対して特攻とも言える相手がいるのは気持ちが落ち着かないだろう。

 レイナーレはどちらかと言えば、そんな力に対して忌避感を持ってるようだけれども。今回の合宿はその意識の改革の為に必要な事でもある。こほん、と咳払いをしてから話を続ける。

 

「『反無色(アンチ・カラー)』の欠点は、その力が自分自身にも影響する事。レイナーレの力は本来は『無色の力』そのもの。『反無色(アンチ・カラー)』という特性はあっても、通常の使い方だって出来る筈なのよ。イリナが忠実な例かしらね。基本を突き詰めたスタンダードな使い方と言えるわ。一誠は目に見えてる形ではないけれど、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の力に乗せる事で自らに適合させ、成長速度を伸ばしているんじゃないかというのが現在の仮説ね」

「成る程ね。じゃあ、レイナーレの力は機能不全を起こしている、ってのがレイナーレの状態って事にゃん?」

 

 黒歌がレイナーレへと視線を向ける。そのレイナーレの腕には腕輪がつけられている。それはレイナーレの魔力と光力を吸い上げてレイナーレが力を暴発させないように抑えている拘束具と言える。

 レイナーレには事前に説明をし、この腕輪をつける事を同意して貰っている。本人も自分の意志一つで何かが起こしてしまう力を野放しにはしておきたくないという事で、これをつける事で少し安心していたようだった。

 

「今回の合宿の目標は、レイナーレの力をコントロールさせる事。そして、一誠」

「……お、おう」

「貴方と互角に戦えるレベルまでレイナーレを育てる事が目標だけど、良い機会だわ。貴方も自分の修行を優先しなさい。貴方には別メニューを用意しておくから。貴方には白音をつけるわ。基本、白音とツーマンセルになると思って頂戴。イリナはこっちと貴方達をそれぞれ行き来するとは思うけど。良い機会だから魔力の使い方のレクチャーも受けなさいな」

「……わかったよ」

 

 一誠は少し考えてから素直に頷いた。一誠は『騎士(ナイト)』としての成長は素晴らしいけれど、その点、悪魔としての力の使い方には未だ及第点ギリギリと言う所が正直である。

 『赤龍帝の籠手(ブースデッド・ギア)』の使い手としては成長しているけれども、神器なしの悪魔としては魔力を覚えたての赤子のようなものだ。今までは『赤龍帝の籠手』で底上げしているから問題がなかった。

 しかし、これは良い機会だ。籠手を頼らない魔力の扱いにも慣れて貰おう。力のコントロールを学べば、まだ持続時間の短い『禁手(バランス・ブレイカー)』の安定にも繋がるのではないかという打算がある。

 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』は一誠の一部とも言えるから、それに頼り切りが悪いとは言わないけど、今回のレイナーレの一件もある。もしもの事を考えれば、切っ掛けとしては良かったのだと思う。

 

「そういう訳で、一誠をお願いね。白音」

「はい、お任せください」

 

 白音は強く頷く。顔は引き締めているもの、その猫耳が少し嬉しそうに揺れたのを見逃さなかった。一誠に告白してからというものの、白音は一誠への好意を表に出すようになっていた。

 今も顔を引き締めているものの、ちょっとした仕草に出てしまうのは愛らしい。それに一誠も気付いてるのか、気まずそうに頬をぽりぽり掻いてたけれど。まぁ、満更では無さそうなので敢えてそっとしておく。

 二人の修行内容は方針は立てたものの、二人で相談して内容を立てて貰う事にした。後で目を通して、アジュカ様にも意見を貰うつもりではいるけれど。そして、一誠と白音が退室するのを見送る。

 部屋に残ったのは私とレイナーレ、そしてイリナ、黒歌、アジュカ様の5名。一誠達の足音が遠ざかったのを確認してから私は黒歌へと呟くように伝える。

 

「……黒歌。防音用の結界を念の為、お願いして良いかしら?」

「お気遣いどうもにゃん」

 

 黒歌が指を鳴らすと、部屋一室が防音の効果にある結界に閉ざされた。そんな黒歌の様子にイリナとレイナーレが訝しげに見ている。平然としているのは私とアジュカ様だけだ。

 まぁ、突然防音用の結界を張ったら何事かと思うわよね。ただ、こればかりは一誠と白音がここにいると少し不都合なので、こういう手を取らせて貰った訳だけども。

 

「尤もな話もしたし、修行もさせたかったのは事実だけど。ここからはあの二人がいるとちょっと不都合だったから」

「一誠と白音には不都合?」

「今回、レイナーレの力をコントロール、或いは矯正するに当たって適任がいるのだけど……あまり公には言いたくはないのよ。これを知っているのは私を含め、魔王様達、あとは両親とお義姉様、グレモリー家関係者の一部だけだから」

「……どういう事?」

 

 初耳だ、と言うようにイリナが目を瞬かせる。アジュカ様は平然とした様子で腕を組んでいる。イリナは訝しげに黒歌へと視線を向けた。黒歌は肩を竦めるように見せてから腕を組んで黙り込んでしまった。

 状況を掴めなかったレイナーレは首を傾げて周囲を伺っていたけれども、なんとなくここまで来れば察しが付いたのか、訝しげに黒歌を見つめる。

 

「……もしかして、私の指導役って黒歌?」

「そうよ」

「なんで黒歌なの? それに、一部の関係者しか知らない事って何?」

「そうね。私が反則技を使えば、その限りじゃないのだけど……」

 

 こほん、と息を吐き直してから、私はその事実を口にした。

 

「単純にルールを決めて戦えば、黒歌は私より強いわよ」

「……え?」

「事実だ。実際、実力だけで言えばグレイフィアと肩を並べられる。もしかしたら、本気を出せばグレイフィアに勝ち星を取る事さえも夢ではないだろうな」

「はぁ!? グレイフィアって、あの『銀髪(ぎんぱつ)殲滅女王(クイーン・オブ・ディバウア)』でしょう!? それに黒歌が勝てる!?」

「いや、勝ちたくないにゃ。勝ったらこれ幸いと面倒事を押し付けられるに決まってるにゃ」

「ひ、否定はしないんだね……?」

 

 イリナが呆けたような声を出しつつも驚きを隠せずにいる。私の言葉を補足するようにアジュカ様が頷く。レイナーレは疑惑に満ちた瞳で黒歌を見つめている。黒歌はただ涼しげな表情で腕を組んだままだ。

 そう。私が『魔性喚起』を使えば負けるとは言わないけど、けれど『やり合いたくない』という意味では黒歌が今の所、一番なのだ。通常の『龍身転生』や、『祈念変性』で力比べしても黒歌には勝てないと思う。まぁ、正攻法では、と頭には付くけど。

 

「実質的、私達の中でまともに戦わせたら一番強いのは黒歌って事になるわ」

「そこまで持ち上げられてもにゃぁ」

「……それは、リーアより強いから一誠達に言わなかった、って単純な話じゃないわよね?」

「えぇ。実際、一誠と白音は黒歌の実力は“ある程度”、把握はしてるわ。底は見せてないけど。そうでしょ?」

「まぁね。程々に『勝てない』レベルには見せてるけど」

「普段、黒歌がぐーだらしているように見せ掛けてるのも、いえ。リラックスした状態で過ごそうとしているのも理由があるものね。まぁ、理由があっても流石にお酒は飲み過ぎだと思うけれど!」

「あー、そのお説教については勘弁にゃ。話が脱線するから次に進むにゃ」

 

 手をひらひらと振りながら黒歌がズレかけた話を元に戻そうとする。理由に心当たりはあるとはいえど、あれは流石に目に余るので飲酒量に関しては改めて追求するとして。前はレイナーレを理由にしていたけれど、今後は状況が変わるし、改めさせるには良い機会なのだから。

 さて、それはさておき。確かにそれは別の話だ。本題の話に戻さなければならない。

 

「ちなみに言っておくけど、黒歌の『駒』はイリナや一誠、レイナーレのように変異させて使用している訳ではないわ」

「まぁ、それでも『戦車(ルーク)』を二つ消費しているという意味では稀有ではあるんだが……」

「で、本題なのだけど。黒歌は仙術の使い手よ。レイナーレ、仙術のデメリットについては知ってる?」

「仙術のデメリット……世界に漂う気を取り込む仙術は、邪気や悪意を取り込む可能性があって、暴走する危険性を秘めてる、で合ってるわよね?」

「その通りよ。黒歌はね、敢えてその邪気や悪意を常に取り込んでるのよ」

「は?」

 

 レイナーレが間の抜けた声を漏らした。イリナも目を丸くしている。まぁ、その反応は至極ご尤もだろう。今しがた説明させた暴走を孕む仙術のデメリット。それを敢えて黒歌が取り込んでいるというのだから。

 これが一誠と白音には隠している秘密の一つである。だからこそ、あの二人にはそれらしい理由をつけて退室して貰ったのだから。混乱の様子を見せているイリナとレイナーレを見ながら私は説明を続ける。

 

「黒歌は敢えて限界ギリギリまで取り込んで、かつそれを暴走させないように保っているのよ」

「まぁ、危なかったらリーアの血で作った中和剤で誤魔化してる時があるけどね」

「最近はほとんど使ってないじゃない。最近使ったと言えば、実家に帰る前だっけ?」

「グレイフィア様にちょっかいかけられるだろうとは思ってたにゃん。案の定だったから、その状態で行けばどうなった事か。まぁ、休暇にはなったから良いけど」

「なんでそんな危ない事を……?」

 

 非難するようにイリナは黒歌を睨む。危険と言えば、確かにその通りだ。仙術による邪気や悪意の取り込みは暴走との隣り合わせだ。過剰に取り込みすぎれば、それこそ私の暴走と同じように自分自身すらも破滅させてしまう。

 そんなイリナに肩を竦めて、組んでいた腕を解いて机の上に頬杖をつく黒歌。どこかやる気が無い、投げやりな態度を取りつつ黒歌は口を開く。

 

「そんな危ない事をしてる私が、どうして白音に気付かれないと思うにゃん?」

「え?」

「白音は同じ仙術の使い手にゃん。術の熟練度で言えば、もう白音の方が術の幅も制御も上達してるにゃ。そんな白音が私のしている事に気付かないのは、さてにゃんででしょう?」

「……それを気付かせない程、コントロール出来てるって事? 若しくは偽装する方法がある?」

「どっちも正解にゃ」

 

 ニッ、と笑みを浮かべて黒歌は頷く。そう、つまりはそういう事だ。黒歌が積極的に動かないのは『実力を明らかにさせない為』という理由もあるけど、黒歌自身の研鑽の為でもあるのだ。

 一誠と白音の前面に出して、戦力を隠匿する。特に黒歌は私にとってはイリナとは別の意味で切り札だ。何せ、あのお義姉様の後継者として定められている程だ。本人は面倒事を押し付けられると頑なに嫌がってるのだけど。

 だが、それは黒歌を多用させない為という意味もある。黒歌の力が如何に制御出来ているとはいえ、危険性が無くなった訳ではないのだから。私の血液から作った中和剤があればその限りではないけれど、できる限り私達の特異性は表に明かすべきではない故に。

 

「レイナーレの力の内容を聞いて思ったのよ。貴方は一誠やイリナよりも、黒歌側の方だってね。私の『無色の力』と黒歌の仙術は取り込む力の違いはあれど、その技術は応用に使えるの。私も黒歌から仙術の『型』を教えて貰って『半龍化』しなくても戦えるようになったのもそれが理由よ。まぁ、そこまで誇れる程強い訳じゃないけど」

「つまり、レイナーレの力のコントロールを教えるのには打って付けという訳だ。これは俺からも太鼓判を押そう」

 

 アジュカ様からも後押しの太鼓判を貰う。しかし、イリナとレイナーレは疑問を浮かべたままだ。特にイリナは目を釣り上げている。

 

「でも、だからってどうしてそんな危険な事を……」

「あのね、イリナ。確かに負の感情ってのはね、暴走の危険を孕むにゃ。だからこそ、それを糧とした力の恐ろしさはわかってるにゃん? 『魔剣』とか、『竜殺し(ドラゴンキラー)』とかね。私の力はあの系統に近いにゃ。だから私はそれを制御して扱えるように、普段からそうしてるってだけにゃん」

「どうしてそこまでするの? 私がここにいて聞いて良いって事は『女王(クイーン)』として、この内容を把握して良いって事なんでしょ?」

「そんな難しい話でもないんだけどにゃ。そっちの方が出力が出るし、仙術のデメリットを逆手にとって流用してるって事にゃん」

「デメリットを逆手に流用? ……つまり、意図的に暴走させた力を制御してるって事?」

「制御出来てるなら暴走とは言わないにゃ。でも、仕組みとしてはそういう事にゃ。負荷をかける事によって『本来歪むもの』を正しい形のまま補強してるって事だから」

「……あぁ、だからなのね。レイナーレの指導役として黒歌さんが適任だって言うのは」

 

 そう。黒歌は仙術のデメリットである世界の邪気を敢えて取り込む事で力を爆発的に向上させる事が出来る。その爆発力が『戦車(ルーク)』の特性と噛み合って生み出されたのが、お義姉様と良い勝負が出来るという黒歌の力の正体だ。

 だから真正面からぶつかると私が押し負ける。しつこいようだけど、正攻法であれば。ただこっちが『反則技』を持っているように、黒歌もまた『反則技』がある。だから比べる事にはあまり意味がなかったりする。

 

「まぁ、実質私は真っ当な仙術使いじゃないにゃん。邪道や邪法の類だし。才能はあると言われたから、真っ当な仙術を鍛える事も出来たけど。ほら、そこは真っ当な仙術使いは白音がいるし。これは私が欲しい力を得るには必要な代償なだけ。それだけの話にゃ。ちゃんと安全策も取ってるから安心して欲しいにゃ。その判断はちゃんとしてるから、今日まで悟らせずにやってこれたでしょ?」

「……まぁ、それはそうだけど」

 

 それを言われれば何も言えない、と言うようにイリナは口を閉ざしてしまう。私も黒歌に言われた当初は心配したけれども、言っても頑なに聞かないから小言を言うのも諦めてしまった。

 そして今の黒歌がある。黒歌がいるからこそ、レイナーレに道を示す事が出来る。何が幸いするかなんて、やはりなってみないとわからない。だから信じた道を進んだ黒歌の事を私は誇りに思いたい。

 

「ただ、楽な使い方じゃないよ? 確かにそっちの素質はありそうだけど、基本的に私の力の使い方は“呪い”と言ってもいいにゃ。それが怖いとか嫌だったら、ちゃんと心を入れ替えてイリナ達のように真っ当になった方が良いにゃ」

「……」

「……ま、そうは言っても心はそいつだけのものにゃ。皮肉だろうとなんだろうと、レイナーレにはそっちの素質がある。それを伸ばすか、ここで芽を摘むかはレイナーレ次第にゃん。それが力を選ぶ責任って事よ」

 

 組んでいた腕を解いて、黒歌はレイナーレを真っ直ぐに見つめて言う。普段のおちゃらけた空気は鳴りを潜めている。黒歌から真っ直ぐ視線を向けられたレイナーレは逡巡した後、そのまま視線を俯かせる。

 レイナーレが目を閉じて、何かを考えるようにして時間が過ぎていく。やや長い間を取ってから再び顔を上げる。その顔から怯えの色は消えない。それでも目に力を込めて、レイナーレはしっかりと告げる。

 

「……正直、嫌よ。怖いもの。でも、だからって放置したくない。だから教えて」

「……ま、覚悟って言うには後ろめたすぎるぐらいだけど、踏ん張ろうとするなら及第点かにゃ」

 

 苦笑いを浮かべながらも黒歌は応じるように頷く。レイナーレの意志を確認してから、黒歌は私に視線を移す。

 

「じゃあ、リーア」

「何?」

「アンタはこの合宿中、休んでおきな」

「ん? 私も手伝おうと思ってたけど」

「手伝って貰うよ。但し大量に血液抜くだろうから、大人しくしてなって事にゃん」

「私の血を使うの?」

 

 実際、具体的な方法は黒歌に任せていたので、私の血がそんなに必要になるのかと目を瞬かせる。私は人にものを教えるというのが苦手だ。特に力のコントロールに関して言うならば、独自の感覚すぎて誰にも共有して貰えない。

 そう考えれば黒歌に任せてしまった方が良い、と判断していたのだけど。そんなに私が大人しくしていなきゃいけない程に血を使うつもりなんだろうか?

 

「まぁ、壊す寸前まで私の力を注ぎ込んで、無理矢理コントロールに慣れて貰うって荒療治だけどね。やりすぎた時と、力のコントロールの訓練以外の時はリーアの血で中和剤を作って飲ませるけど」

「えっ」

「うわ……」

 

 レイナーレが石のように固まって、イリナが口の端を引き攣らせている。

 

「あ、イリナも勿論協力して貰うにゃ。ただ、それ以外は自由にしてて良いから一誠やイリナを見てても良いし、研究をしてても良いにゃ。必要になったら呼びに行くから」

「……それレイナーレ、壊れない? 大丈夫?」

「は? 壊すつもりに決まってるにゃ。じゃないと治らないでしょ?」

 

 真顔になって黒歌は何でも無いように告げた。……思わず、私も言葉を無くす。それは本当に荒療治すぎるのではないかと思ってしまう程に。

 

「ほ、程々にね? 黒歌」

「リーアが甘いんだから、私はこれぐらいでいいにゃ。第一、アンタだって一度やらかしてるらしいんだからわかるでしょ?」

 

 『ジャガーノート』の事を引き合いに出されると何も言えなくなるので黙ってしまう。あの時の記憶はあまりないというか、あの時の事実は消し去ってしまいたいと今でも思う程だ。

 それから何度か休養を取って、ようやく復調したのだからレイナーレの問題がどれだけ根深いかは察する事は出来ていると思う。私も荒療治は覚悟の上だったけれども、黒歌が思ったよりも苛烈だったので唾を飲み込んでしまう。

 

「誰かを妬んでる暇があったら這いずってでも前に進むしかないのよ。レイナーレ、アンタは救いの手を差し伸べられて、その手を取ったんだから。振り払うのも自由だけど、それは自分の意志でやりなさいにゃ。離されるのを待ってたら、また同じ事を繰り返す事になるにゃ」

「……わ、わかったわよ」

 

 黒歌が目を鋭くさせて言い切るのに対して、レイナーレは戸惑い怯えながらも頷いた。

 こうして黒歌によるレイナーレの修行が始まる。合わせて一誠と白音の修行も。私は力を伸ばそうとする眷属の為になるようにしよう。その為に出来る事と言えば……。

 

「……とりあえず、血肉がつきそうなものを食べる事かしらね」

「料理は私がやるから、リーアは休暇だと思って休んだら?」

「……それもそうね」

 

 事前に別荘には食料は蓄えてある。それでも必要になったら買い出しには行かないといけないけれど、私が買い出しを手伝うなどと言えば何を言われるかわかったもんじゃないわね。イリナの調子を見てると。

 気が休まる訳ではないけれど、今は皆が無理をして倒れないように監督するのが仕事だと思って割り切ろう。

 そうして、私達の夏休みという名の合宿が始まるのであった。

 

 

 


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