深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.07

「……なんでアンタと一緒に寝なきゃいけないのよ」

「貴方の夢の中に入り込む為には一緒に寝なきゃいけないからでしょう」

 

 アジュカ様の家、私に用意された部屋のベッドで私とレイナーレは向かい合っていた。一緒に寝る、と言うが本当に文字通りだ。私がレイナーレの夢に入り込んで、そこにグレートレッドを呼び込んでレイナーレと対面させるにはそれしかない。

 その為、一緒に寝なければならない状況が発生した訳なのだけど、レイナーレはぶつぶつ文句を言って素直に寝ようとしない。せめて手を繋いで寝てくれないと夢に潜り込みにくいから、手を繋いで欲しいのだけど。

 

「怖いの?」

 

 びくっ、と。私の問いかけにレイナーレは震えた。レイナーレの力の特性が垣間見えてから、レイナーレは神経質なまでに私とイリナから距離を取ろうとしていた。仕方ないとは思うけれど。

 下手をすれば猛毒にもなり得る、なんて言われながら相手に触れたいなんて思える訳がない。私の問いかけに枕を抱き締めながら身を縮めてしまう。様子を伺うようにこちらを見る瞳は恐怖の色が浮かび、その顔は強張っている。

 

「……怖いわ。触れたら、し、死んじゃうかもしれないんでしょ……?」

「意識してなければ大丈夫よ。そうしたくない、って思ってれば大丈夫」

「……本当? ぽっくり死んだら殺すからね?」

「随分と無茶を言うわね。……ほら、こっちに来なさい」

「ちょ、ちょっと!」

 

 拉致が明かないと、レイナーレの首根っこを掴むように引っ張る。そのまま顔を胸と押し付けるように抱き締める。暫し、暴れ回って爪を立てて引っ掻き回すレイナーレに眉を顰めながらも抱き締める力を緩める事はしない。

 

「ほら、大丈夫でしょ」

「……ッ!」

 

 レイナーレを横に倒すように、一緒に横になる。血が浮かぶ程に爪を立てていた指は、今度は先程の激情が嘘のようにか弱く震えている。

 レイナーレは顔を上げない。その体を震わせて、身を縮めている。何故か脳裏に既視感が浮かぶ。いつか似たようなものを見た気がする。そんな事を思いながらレイナーレの頭を撫でる。すると、黙り込んでいたレイナーレが口を開く。

 

「……私、昔、悪魔を殺したわ」

「レイナーレ?」

「下級悪魔だったけど、せせら笑ったわ。だって、光が弱点な悪魔に私は光が使えた。だから簡単に殺せた。私、嘲笑ってたわ。悪魔如きが、って。今、そんな私が悪魔になってるのは皮肉よね……」

 

 ぽつり、ぽつりと。レイナーレは自嘲するように呟きを零していく。悪魔を殺したのは、シャルバのテロの時の事だろうか。あの時は私も詳しい状況を知る事が出来なかったからわからないのだけど。

 

「ずっと、妬んでたのよ。一誠も、イリナも、朱乃も、アンタも。皆、力を持って、選ばれて、特別で、認められて、自分の努力がちっぽけで羨ましくて、悔しくて、苦しくて」

 

 レイナーレの言葉は止まらない。顔を埋めるようにしている為、その表情は見えない。泣いているのか、怒っているのか。ただ一言で表せない複雑な感情がレイナーレの口から吐き出されているのを私は止める事はしなかった。

 好きにさせるようにレイナーレの背中を心音のリズムに合わせて叩く。小さく震えている、幼くなってしまった彼女の体を包み込むように抱きかかえながら。

 

「……力が欲しかった。認められれば何でも良かった。でも、今は怖い。自分が持ってしまった力が怖い」

 

 最後は消え入りそうな声で呟きが零れた。それから言葉を発する事無く、小さな嗚咽を零す。

 

「なんて事ないわよ。大丈夫、その力は貴方を傷つけないわ。力はただ力よ。貴方が間違わなければ大丈夫」

 

 言い聞かせるように呟きながら、レイナーレの頭を後ろから手を回すようにして撫でる。

 それから暫く小さな嗚咽を零しながら、レイナーレは時間をかけて寝付いたようだった。けれど私は逆に目が冴えてしまって眠れる気がしなかった。

 

「……否定に、拒絶か」

 

 先程から妙に感じていた既視感は、遠い過去の自分だった。私の力が初めて暴走したあの日を私は思い起こしていた。

 何もかもが嫌になって、触れるものを全て傷つけた弱い自分。今の力を知る切っ掛けになった幼い自分。そんな姿をレイナーレに重ねてしまう。

 じくじくと熱病のように。心に鬱屈したものが広がりそうになるのを、吐息と一緒に吐き出して散らす。私の苦しみと、レイナーレの苦しみは同じものじゃないから。

 よく似ているかもしれないけれど、これはレイナーレの悩みだ。レイナーレにしか持ち得ないものだ。そこに私が何を思うのは自由だけど、勝手な共感を押し付けちゃいけない。

 寝よう。レイナーレが力を恐れるならば、その力を正しく振るえるように。その為に導きとなれるのは私しかいない。すっかり静かになってしまったレイナーレを抱きかかえ直して、私は目を閉じた。

 

 

 * * *

 

 

 『夢』に潜っていく。以前に入り込んだ時とは違う、まるで部屋の中ような場所。そこにレイナーレが膝を抱えて蹲っているのが見えた。部屋の中に足を付けて、レイナーレへと声をかけようと一歩を踏み出した時だった。

 思いっきり鼻をぶつけた。予想していなかった痛みに思わず涙目になる。

 

「……っ~~、……何よこれ?」

 

 鼻を押さえながら、自分がぶつかったと思わしきものを確かめる。それは見えない壁だった。

 手を触れれば、明らかに反発するように抵抗される。これ以上は先に進ませないと、近づけさせないようにとするように。言うなら拒絶の壁だろうか。

 

「レイナーレ! 聞こえてる!?」

 

 中央で膝を抱えるレイナーレは蹲ったまま、僅かに肩を跳ねさせるだけで何も言わない。顔も上げないで、そこから動こうとする意志がないように思える。

 思わず舌打ちをする。これが今のレイナーレの『夢』の形という事は、レイナーレが強く抵抗や拒絶を意識しているという事なのだろう。

 何度か壁に触れてみたけれども、来るな、と言わんばかりの抵抗の意志が叩き付けられる。まったく厄介に拗らせてくれちゃって……!

 

「グレートレッド! 見てるんでしょ! さっさと来なさい!」

「――呼ばれるのは久しい、我が夢」

 

 私が叫んだ瞬間、赤いドレスを纏った私と瓜二つの女性が姿を現す。差異と言えば、その頭部に竜の角がある事と、髪の色彩が『紅』ではなく『赤』である事。久しぶりに見たグレートレッドの姿に私は思わず眉を寄せた。

 

「貴方、まだその姿使ってるの?」

「我が夢とおそろい。おっぱい、おっぱい」

「はいはい、おっぱい、おっぱい」

 

 胸を合わせようとしてくるな、この残念龍神。抱きつくように胸を合わせようとしてくるグレートレッドの顔を掴んで、思いっきり力を込めながら抵抗する。暫し、押し合いになっていたがグレートレッドが諦めて一歩離れた場所で距離を取り合う。

 口を開けば胸の話題しかしないから、かなり前から無視していたのもあるけれど気にした様子はないようだ。そもそもこっちが無視しようともグレートレッドには筒抜けなので私の抵抗は無駄とも言えるけれど。

 

「で、グレートレッド。聞きたい事があるんだけど」

「この娘の事?」

「そう。アジュカ様は『反無色』って言ってたけど、実際どうなの?」

「肯定。理屈はあってる。『力』に個性はない。個性をつけるのはいつだって力を担う者だけ」

「レイナーレが力を拒絶してるって事?」

「否定。力が“力を持っている”事を否定し、拒絶し、嫌悪している。仄暗い夢」

 

 グレートレッドの感情を見せない淡々とした声が事実を告げる。相変わらずの喋り方だけれども、それ故にレイナーレの現状に眉を顰めてしまう。

 なるほど。拒絶は拒絶でも、『力』そのものではなくて。力が“力を持っている事実”を嫌って拒絶しているという事。遠回りに思うけれど、そう言われれば納得する。

 レイナーレが心の奥底で望んでいたのは平穏だった。何も起きる事もない、追われる事もない。ならばその原因たる力が『無力』になってしまえば方法としては間違ってはいないだろう。力がある前提で、その力に対するカウンターなのだから。

 

「この力で私に悪影響はある? 例えば、『反無色』の力で私を殺すとか出来るの?」

「出来なくはない。でも、夢物語。我が夢は器。色をつけられても染まらなければ変わる事はない」

 

 ふむ。染まらなければ、という事は私がレイナーレの抵抗をそのまま真に受けなければって事かしら。私はやっぱり『無色の力の器』そのものだからこそ、レイナーレが私を問答無用で滅ぼす事は出来なさそうだ、と。

 

「だが、我が夢の欠片は別」

「欠片……イリナや一誠の事?」

「肯定。夢の子とドライグ、夢の力を組み込んでる。この娘と反発し合う。水と油」

 

 水と油、か。同じ液体であっても混ざり合う事がない。一誠やイリナが未来や思いを重ねていく前向きなものだとすれば、レイナーレはその真逆の後ろ向き、停滞や衰退と言うべきなのかな。だからこそ、お互いに反発し合う。

 

「反発……か。それなら一方的にレイナーレがイリナや一誠の力を消せる訳じゃないの?」

「力が足りれば。けれど、この娘は脆弱。根幹に迫る『夢』には無力、逆に押し負ければ反動が行く」

「イリナと一誠を転生させた駒を変質させたけど、あれは?」

「出来なくはない。今の所、空論」

「……出来ない、とは断言出来ないと」

「それに、あれは我が夢の力。与えられた者が望む限り、その形を取り戻す」

「え? それって、破壊されても再生するって事?」

「時間はかかる。そのまま壊れる場合もある。欠片次第」

「その人次第、って事ね……だからレイナーレが破壊出来たとしても即死したりはしないと」

「あの娘は我が夢の『魔性喚起』に近しい。『消滅』と『拒絶』の違いはある」

「……あぁ、あれに近いのね」

 

 今は使うのを封じている私の切り札、『龍身転生・魔性喚起』。あれは私の悪魔としての性質を『無色の力』で喚起する事で私自身の存在を強化しつつ、私の想いを実現する形態だ。疑似的というよりは、もう別種となった『消滅』の力を使えるようにもなる。

 ただ、あんな馬鹿げたものをほいほい使ってたら私の精神が磨り減る。なので普段は使わないようにしている。イリナから渡された錬成物を使って変化する『龍身転生・祈念変生』の方がよっぽが負担が少ない。

 というか『魔性喚起』と性質が似ているのね。あれは意識したもの、事象を『消滅』させる事でなかった事にする事が出来る。望めば望んだ分だけ、出力さえ上げればオーフィスとだって殴り合いながらも、周囲に被害を出さないようにする事も出来た。

 ただ、それが出来たのは私が無尽蔵に『無色の力』を引き出し、制御出来ているから出来た芸当だ。しかも多大に精神力と自我を消耗する。それと似ているという事であれば、レイナーレが私のアレと似たような事が出来たとしても、出来る事の幅が段違いに狭い筈。

 認識したものを『消滅』させられる私と、接触しなければ『拒絶』出来ないレイナーレの差と考えればわかりやすいだろうか。

 

「……ん? それってつまり、レイナーレの力って『無色の力』が絡まない普通の力にも有効なの?」

「否定。あれは呪いのようなもの。思念の起点を埋め込めば可能」

「……呪い、か」

 

 つまり『無色の力』に影響されていない力には、一度『無色の力』を埋め込む必要があると。効果は恐ろしいけれども、種がわかってしまえば怖くはない。要はレイナーレを接近させなければ良いのだ。

 そしてレイナーレの地力はお世辞にも褒められたものじゃない。前に出なければいけない、という意味で比べると一誠には遙かに劣るのだ。一誠がこの特性を理解していればレイナーレが追いつけない速度で移動しながらヒットアンドウェイに戦法を切り替える筈。

 イリナは難しいかもしれないけれども、あの子も全てを『無色の力』で賄っている訳ではない。錬金術師でもあるし、その内、対策を立てる事も出来るだろう。

 後、思い浮かぶ方法としてはレイナーレの『拒絶』を上回る出力で圧殺する事。それは二人であれば簡単だと思う。私も含めて、レイナーレは私達の天敵になり得るけど、今の時点では脅威度は低い。どっちかというと問題は……。

 

「……それを、自分に向ける可能性はある?」

「自己矛盾による死。肯定する」

「あぁ、やっぱりそうなるのね」

 

 レイナーレの『拒絶』が『無色の力』由来である事は間違いない。それはグレートレッドの反応からも確信して良い。問題は、その力の発現の仕方が下手をすれば自分すらも破壊してしまう可能性があるという事。

 同一の力でありながら、自らの破滅させかねない力。……もの凄く心当たりがある。認めたくはないけれど、凄く心当たりがある。自分の思い出したくない醜態を思い出させられるという意味で。

 例えるなら、イリナと一誠が私の力の良い所だけを持って行き、代わりに出力が私ほど望めないように。レイナーレは私の力のデメリットだけ持って行ってるという事だ。その分、出力は出しやすいみたいだけれども。

 基盤となる感情が、正の感情か、負の感情か。多分それだけの違いなんだろう。力は力でしかなく、力の属性を決めるのはいつだって力の担い手の個性でしかない。特に『無色の力』はそういうものだ。

 

「私が『悪夢』に落ちたように、レイナーレも『悪夢』になる可能性はある?」

「肯定」

「あぁ、もう……何から何まで私の悪い所と似なくても良いでしょうに」

 

 つまり行き過ぎれば自分自身を壊してしまう爆弾だ。負の感情の制御というのは難しい。私がかつて至った『ジャガーノート』のようなものだ。

 あれは力を暴走させて、自我を削りつくしながら敵を殲滅する。その代償は自分自身そのもの。レイナーレのここまでの性質を思うに、あれと似たような末路を辿ってもおかしくない。

 

「レイナーレの力を矯正する事は出来るわよね?」

「力は力。使う者が望めば」

「心の問題、ね。それが聞ければ良かったわ」

 

 つまり永遠不変の特性ではないという事がわかった。それがわかれば十分だった。

 壁で私と距離を取っているレイナーレは、私達の会話の内容が聞こえているのか、いないのか。ただ膝を抱えて、身を縮めるようにして動こうとしないままだ。

 溜息を吐いて壁を撫でる。やはり拒絶されているように私の手を弾こうとする。通り抜けようと思えば通り抜けるだろうけど、今はその必要はないだろう。無理にこじ開けなければならない程じゃない。

 

「レイナーレ、おやすみなさい」

 

 聞いているかわからないけれど、今日はここまでで良いだろう。だいたい対策が浮かんだ。後はレイナーレが何を選ぶか次第でもあるだろう、と。

 そうしてレイナーレの夢から抜けていく。レイナーレとの夢の接続が切れて、自分の夢の感覚だけが残る。グレートレッドも私について来る。それは水の中を泳ぐように、どこか楽しげに。

 ……そういえば、と。私はふと心に疑問を浮かべる。不思議と自分から聞こうと思った事はなかったけれども、私のこの疑問に答えられるのもグレートレッドぐらいしかいないと思う。

 

「……ねぇ、グレートレッド」

 

 私を呼びかけると、宙を泳ぐように揺蕩っていたグレートレッドが動きを止めて、私を覗き込むように視線を向けてくる。同じ顔だけど、まったく感情の色を窺えない。けれど小首を傾げている仕草がアンバランスでちぐはぐだ。

 

「……ぁー、うん。ごめん、やっぱり、なんでもない」

 

 何故か、心に浮かんだ疑問を口にするのを躊躇ってしまった。今まで聞かなかったのも、思えばこんな躊躇いが常にどこか心の中にあっただろうか。それが自然とグレートレッドとの距離を作っていた気がする。

 繋がっている私達だけど、今、私達の距離は途方もなく遠く思えた。この問いかけをしてしまうと、私達の繋がりが切れてしまいそうな気がしてしまって、言葉がそれより先に出てこなかった。

 

「――オーフィスの事なら、我は知らない」

 

 ふと、グレートレッドが口付けをしそうな程に距離を詰めて私に言った。思わずどきり、としてしまう。それは距離を詰められたからか、或いは口にする事を躊躇った問いに答えが返ってきたからか。

 あぁ、そうか。私が口にしなくても私達は繋がっている。だから口にせずともわかってしまうのは当たり前だ。……そう、私がグレートレッドに聞きたかったのはオーフィスの事だった。

 どうしてオーフィスが私を狙ってくるのか、とか。昔のオーフィスはどんな龍だったのかと。グレートレッドなら答えられるのだろうか、と。けれど、予想に反してグレートレッドは否定した。

 

「我は、“今”のオーフィスの事は知らない」

「……? “今”のオーフィス……?」

「アレは我が知らないオーフィス。そもそも互いに興味がなかった。ただ同じ場所から産まれた。そして今は違う。それだけ」

 

 ……今は違う? それはどういう事だろう。何か奇妙な違和感が引っかかる。

 でも訪ねる事は出来なかった。グレートレッドが聞かれるのを嫌がっているように感じたから。そう思えば、今の今までグレートレッドに聞く事をしなかったのも理解が出来る。

 グレートレッドが拒絶をしている事を私は感じ取っていたからこの疑問に蓋をしていたのだろう。でも、正直驚いた。グレートレッドも「嫌だ」って思う事があるのだと。それもオーフィスの事を聞かれるのを嫌がるなんて思わなかった。

 

「グレートレッドはオーフィスの事、好き?」

「興味ない。好きも嫌いもない」

「……そう」

「……ただ」

「?」

 

 私の先を行くように背中を見せるグレートレッド。宙の中で広がる“赤”の色彩に目を奪われる。後ろに手を組むようにして、どこか遠くを見つめているようなグレートレッドの姿はまるで絵画のような芸術的な光景に思えて言葉が出ない。

 

 

「――……少し、寂しい」

 

 

 ……それ以上、私達の間に言葉はなかった。グレートレッドが何故、オーフィスに対して寂しい、と言葉を残したのか。その理由を聞いてはいけないような気がしたから。少なくとも、この時はまだ。

 

 

 * * *

 

 

 朝。アジュカ様は魔王の仕事の為、冥界に戻ってしまっているので私達の世話はアジュカ様の従者が用意してくれている。レイナーレはどこか気落ちしたままで、食欲もあまり無さそうだ。

 そんなレイナーレを心配しつつも、どう声をかければ良いのか迷っているイリナ。私も特に食事中に声をかける事はなく、朝食の時間は無言のまま過ぎ去っていった。

 

「……さて」

 

 食事を終えて一息を吐いてから私は改めてイリナとレイナーレへと視線を向ける。レイナーレはどこか竦んだ様子のまま、私に視線を向けてくる。

 

「とりあえず、思ったより悪い事にはなってなかったわ。それについては安心しなさい」

「ほ、本当に?」

「現時点では、と言う話ではあるけれどね。それでレイナーレ」

「な、何よ……?」

「詳しくは後で説明するけれど、まずは貴方は意思確認を取っておこうと思ってね。まぁ、貴方のこれからの将来設計の話なんだけど」

 

 それにはレイナーレは身を固くして私を恐る恐る見てくる。イリナもレイナーレを案じつつ、私の言葉を待っている。

 お茶を一口。喉を潤した後、私は二人を見渡した後、言葉を続ける。

 

「今の所、色々と諦めて制限つきで平穏に暮らすか、それとも死ぬ気で努力して力を使いこなして貰うかの2択ね」

「……制限つき?」

「し、死ぬ気で努力って……」

「制限っていうのは、レイナーレには今後、魔力も光力も封印して実家でメイドして貰うとか、後方での仕事をして貰う感じかしら。ただし、自由はなくなると言う意味では神の子を見張る者(グリゴリ)での待遇とあまり変わらなくなるので、私としては却下」

「選択肢を出しておいて却下なの!?」

「当たり前でしょうが。何のために貴方を転生させたと思ってるのよ。色々と把握した結果、貴方には無理矢理にでも強くなって貰うわよ。詳しくは後で一誠達が集まってからね。予定としては我がグレモリー眷属総出のブートキャンプよ」

「ブートキャンプ!?」

「本当に嫌だって言うなら考えてやらなくもないけれど、その分私に何を返せるか商談が始まる事になると思いなさい?」

 

 目を細めながらレイナーレに言い切る。後ろに下がる場合は、正直、神の子を見張る者(グリゴリ)の時とあまり変わらない待遇にはなると思う。なので、これは最終手段に等しい。

 だいたい、この問題はレイナーレが自分に何も出来ないと思っているから問題で、更に出来るようになってしまった事に対し怯えてしまっているのが問題なのだ。多少の荒療治で治した方が良い。それは私自身、経験済みだ。

 

「1ヶ月よ」

「1ヶ月?」

「1ヶ月で貴方には一誠とまともにやり合えるぐらいにまで成長して貰う」

「は?」

「まぁ、それでダメだったら改めて駄目な方向で話を考えましょう。という訳で1ヶ月ぐらい修行の時間を取りましょう。領土の運営はソーナとサイラオーグに頼んでなんとかして貰いましょう」

「ちょ、ちょっと!? 選択肢があるって言ったじゃない!?」

「あるわよ? ダメだった時の保険としてね。これは主としての命令よ、いいこと? レイナーレ」

 

 私は机に拳を叩き付けて軽く音を出す。びく、とレイナーレが身を震わせる。そんなレイナーレを一度睨み付けた後、私は自分でもアジュカ様が浮かべるような笑みを浮かべて言い放つ。

 

「私の眷属になった以上、私から逃げられると思わない事ね?」

 

 愛すると決めた。自分の眷属で、守るべき子だ。消極的な手を取るのは最後で良い。

 決して彼女はもう、可能性がない訳じゃないのだから。むしろそれを放置する事でレイナーレが自分の死を望むかもしれないというのなら、お節介だと言われようとその手を掴もう。

 彼女は一度、自分の手を取ったのだから。なら、後は離さず、振り回して、引き摺っていくだけだ。自分の足で立てるようになるまで。 


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