深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.05

 『夢』に潜る時に意識するようになったのは、形ない自分を思い起こす事から始める事。自分の存在を思い浮かべて固定して、そして目を開くように意識を広げる。

 準備を整えて、私はレイナーレの『夢』へと潜り込んだ。まるで水の中へと沈んでいくような感覚に身を任せて落ちていく。底は深く、闇は濃い。これはレイナーレの意識が『夢』の奥底へと引っ込んでしまっている為だと思う。

 暫し、沈むのに身を任せていると光が見えてきた。あれがレイナーレの『夢』への入り口だとあたりを付ける。もしもこれが見つからなかったら、と思うとゾッとする。それは精神が完全に崩壊した事を証明するという事に他ならない。

 つまり、まだレイナーレの意識は残っている。しかし光への距離が遠い事から、その眠りもまた深いという証明だ。このまま闇に沈ませる前になんとかしなければならない、と。気を急かすようにして光に向かって突き進んでいく。

 そうして光をくぐり抜けた先で宙へと放り出された。唐突に降りかかる重力の感覚に戸惑いながら、なんとか着地を決める。

 

「っと……ここがレイナーレの夢……」

 

 光をくぐり抜けた先、今までの暗闇から目が慣れるのに少し時間を要してしまう。ようやく見た景色はあまりにも見慣れた景色だった。思わず呟きを零してしまう程に。

 

「……駒王町?」

 

 歩き慣れた街の姿がそこにはあった。太陽の位置から見て、まだ朝頃だろうか。そんな風に歩きながら周囲の様子を伺う。

 自分が出たのは住宅地の一角のようで、しかし細部が自分の知るものと異なる。知っている筈の建物がなかったり、逆に知らない建物があったり。なのにここは駒王町なのだと不思議と確信出来る。

 これはレイナーレがここを『駒王町』と定めているからだろう。夢の世界に入り込んだ際の共鳴とも言える感覚からそれを察する。だから私もこの町を駒王町だと思えているのだと。

 私と共通の認識が共感される程に、レイナーレにとっても駒王町というのは特別なのだろうか。周囲を歩きながら思考を巡らせる。夢の中では駒王町の朝の風景が再現されているのか、町行く人の中にも顔を覚えている人もいて、なんだか新鮮だ。

 そうして歩いている内に、目の前を一人の少女が慌てて駆け抜けていくのを見た。ぶつかりそうだったので、咄嗟に道を譲るように位置をずらす。その擦れ違う瞬間、高鳴るように響く何かが自分の中に広がる。

 

「ごめんなさい!」

「え、えぇ……」

 

 そうして走って行く少女の背中を見送って、私は思わず立ち尽くす。

 身に纏っていたのは学生服だ。長い黒髪を揺らして走って行く姿は、見知った姿はとは違うのに『彼女』だと判断出来る。自分の中に響き渡った感覚が嘘を吐く筈がない。だからこその差異に私は違和感を抱かずにはいられない。

 

「……今の、レイナーレ?」

 

 だがレイナーレにしては幼かった。しかも学生服を纏っている。どこかへと走って行く姿は遅刻した学生そのもの。夢の世界でなら望む姿になる事だって出来る。現実の世界と姿違う事だって不思議ではない。

 けれど、レイナーレがそんな平凡の夢を見ている事が少しだけ驚きだった。そんなイメージがなかった。不意打ちで知人の知らない一面を覗き込んでしまったようなもの。そこに気を取られすぎた事を意識して、首を左右に振る。

 

「ここは夢だもの。そういう事もある。……問題は」

 

 そう、問題は『夢の世界』と『現実の世界』の彼女の姿に差異がありすぎる事のみ。これが夢なだけなら良い。しかし夢と現実の差異が大きく、更に意識が浮上してこないという事は『夢の世界』にレイナーレが囚われているという事実を指し示す。

 それは起き上がれる筈がない。彼女の意識は今、夢に偏っている。現実の姿を忘れてしまう程に。それが意識的なのか無意識的なのかはともかく、目覚めを拒絶していると言う事に他ならない。

 とりあえずレイナーレを追わないといけないだろう。私を見てもレイナーレが反応しなかったという事は、彼女が現実を認識出来ない程にこの夢に溺れているという事なのだから。そこから引き上げるには、彼女に現実を思い出させなければならない。

 それは下手をすれば世界を、夢を壊す事に他ならない。レイナーレの意識がここまで深く沈んでる事を考えると、それはレイナーレの精神の崩壊を意味している。慎重に動かなければならないだろう。

 私はこの世界にとって『異物』でしかない。故に自分の存在を希薄にするように意識して、レイナーレの後を追った。

 

 

 * * *

 

 

 レイナーレが向かった先へと足を進めていくと学校があった。レイナーレが纏っていた制服と同じ制服を着た少年少女が授業を受けている姿が眼に映る。

 自分の姿を見られないように存在感を消しながらレイナーレの姿を探す。そして教室の一つで授業を受けているレイナーレの姿を見つける。そこで思わず驚いて声を上げてしまいそうだった。

 

「じゃあ次の問題をそうだな、おう。一誠、解いてみろ」

「俺っすか!? え、えーと」

「ほらほら、残り5秒、5、4、3……」

「わー、待ってくださいよ、アザセル先生!!」

 

 レイナーレと同じ制服を身に纏った『一誠』と、教鞭を手に取っているスーツ姿の『アザゼル』。そんな一誠の様子を見て笑っている『イリナ』や『朱乃』がいる。

 そんな一誠の様子に呆れたように溜息を吐く『白音』。楽しげにからからと笑っている制服を着崩した『黒歌』。見知った顔が生徒として、その教室で授業を受けている風景がそこに広がっていた。

 良く見れば『イザイヤ』や『トスカ』、『アーシア』の姿を見受けられる。彼等の存在は明確に個性を認識出来る。ここがレイナーレの意識にとって中枢、彼女が夢見る風景に他ならないからだろう。

 

「ったく、おい。レイナーレ、じゃあお前が解いてみろ」

「はい」

 

 名指しをされたレイナーレが前へと出て、黒板に描かれた問題をすらすらと解いていく。そうしてレイナーレの解答を見たアザゼルが顎をなぞり、笑みを浮かべる。

 

「よし、正解だ。流石だな、レイナーレ」

 

 ぽん、とアザゼルがレイナーレの頭を撫でる。それにレイナーレが嬉しそうに、誇らしそうに笑みを浮かべる。そんな姿を窓越しに見つめて私は胸を思わず押さえた。

 そこにいたレイナーレはあどけない少女そのものだった。誰かに認められて、笑っていて。そこに陰りの色は見えない。陽だまりの中で微笑む平穏そのものが形になっていた。

 

「悪い、レイナーレ」

「いいわよ、別に」

「一誠はだらしないですねぇ」

「本当だにゃ」

「黒歌には言われたくないっつーの!」

 

 一誠が片手を上げて謝り、レイナーレが何でも無いように返事をする。そんな様子を見ていた白音が呆れたように溜息を吐いて、同意を示してからかう黒歌。

 抗議の声を上げる一誠の様子を見て、イリナと朱乃が顔を見合わせている。誰もがそんな様子を咎める事なく、いつもの風景のように受け止めている。

 皆が笑っている。楽しそうに、当たり前のように。そんな夢を彼女は見ていた。私は一歩、後ろに下がるようにしてその場を離れる。人気がない場所まで来てから、背中を壁に預ける。吐き出した息は重くて、肩にかかる重力が増したようにさえ思う。

 

「……夢、か」

 

 夢は心そのものを現す訳じゃない。これは願望の一欠片。だから、これがレイナーレの全てという訳ではない。それはわかっている。けれど、もう彼女にはこれ以外にないのだ。かすかに残った光、望んだ景色がこんなに穏やかで平和な世界。

 些細な夢だと言うのは簡単だ。だけど、それがどんなに難しい事かを私は知っている。そしてレイナーレだって知らない訳じゃないだろう。だからこそ、そこから導き出されるこの世界の有り様に私は唇を噛んだ。

 

「……起こすべきなのかしら」

 

 ここにいるレイナーレは彼女本人であり、けれどまったく異なると言える。夢の中の彼女は、夢の中と言えどその日々を積み重ねて生きている。平穏を、欲したものを、願ったものを形にして。

 この世界からレイナーレを起こすという事は現実に彼女を連れ戻す事に他ならない。こんな暖かな世界から連れ出す事は、レイナーレにとって本当に幸せなんだろうかと脳裏に過る。

 もう少し、もう少しだけ様子を見よう。まだ判断するのは早い。そう自分に言い聞かせるようにしながら、私は深呼吸をしてから背中を預けていた壁から離れた。

 

 

 * * *

 

 

「放課後どうする?」

「カラオケでも行く?」

「あ、ごめん。今日用事があるから」

「そっか。じゃあ、また明日な」

 

 平穏は続いていた。私の見知った顔が生徒として、穏やかに暮らし、何かを抱える事も、追われる事もないままに過ごしている。そんな夢に正直言えば私は目を奪われていた。

 もしも一誠達が何も知らないまま、過去の悲劇も何もなくて、それでも今の関係性だけが残っていればこんな光景に近かったのだろうか、と。だからこそ都合の良い夢、不都合が排除された静寂の夢。

 各々皆が散っていく。レイナーレはそんな皆を見送って、一人帰路につくように歩いて行く。空は夕焼けに染まっていて、黄昏が空を彩っていた。そんな黄昏の中、レイナーレから距離を取るようにして彼女の背中を追う。

 商店街にレイナーレが足を向ければ、商店街の人達と穏やかに会話を重ねて買い物をしている。レジ袋と学生鞄を揺らせてレイナーレは歩いて行く。その姿は有り触れた学生の日常の風景そのものだった。

 そんなレイナーレが足を向けたのは、街を一望出来る高台の丘。夕陽は沈みかけ、間もなく黄昏も終わるのだろう。空に群青の色が増え始め、コントラストが描き出す空を見上げながらレイナーレは街の風景を見つめていた。

 

「……いい加減、出てきたら?」

 

 唐突に振り返りながらレイナーレが告げる。それは、明らかに私に向けられたものだった。思わず驚いて息を呑んでしまう。少し迷ってから、レイナーレの前に姿を現す。

 夕陽を背に立つレイナーレは穏やかに笑っている。その表情に私は思わず、目を反らしてしまう。見てられなかった。見てはいけなかったものを見てしまったと罪悪感が膨れあがっていく。

 

「……いつから気付いてたの?」

「朝、擦れ違った時から」

「……そう」

「でも、はっきり認識したのは一人になってからよ。あぁ、これって夢なんだなって」

 

 荷物を地面に置いて、レイナーレは再び背を向けて駒王町の街並みを見下ろす。夜が迫ってきている為か、街は灯りを付け始めているのが見える。やがて夜に沈めば、ここは人工的な灯りに照らされた違った風景を描き出すだろう。

 背中を向けているレイナーレがどんな顔を浮かべているのかは見えない。逸らしていた視線を彼女の背中に向けながら、私はなんと声をかければ良いのかわからずに沈黙してしまう。沈黙を破ったのはレイナーレの方からだった。

 

「……笑ってくれていいのよ」

「笑う?」

「私の夢。そう、こんな些細な夢しか私は思い描けなかった。認められて、何も不都合が起きなくて、笑って過ごして、皆の輪の中にいて……」

 

 一つ、一つ。指折りで数えながらレイナーレは言葉を紡いでいく。夕陽の光の所為だろうか。そんな姿が今にも消えてしまいそうで目を離せなかった。レイナーレが振り返る。

 笑みを浮かべていた。楽しそうで、穏やかで。けれど、どうしようもなく諦めたようにレイナーレは笑っていた。普段より幼い彼女の姿が現実のレイナーレの姿を重なる。それが彼女が現実を認識し始めた象徴に思えて胸が締め付けられる。

 

「貴方にとっては、ちっぽけな夢でしょう? 少し頑張ってれば届いたかもしれない夢。でも、私にはそれを望むしか出来なかった。そこに手を伸ばす事が出来ない。ほら、ちっぽけでしょ?」

「……だから、笑えって?」

「笑わないの?」

「笑わないわよ」

 

 距離を詰めるように歩を進める。手が届く距離まで近づいて、けれど手を伸ばす事が叶わなかったのは私も同じだった。

 彼女の隣に立って駒王町を見下ろす。笑える筈がない。だって、レイナーレの些細だと言う夢は私だって憧れるものだ。焦がれるほどに欲しいものだ。誰もが当たり前のように笑っていて、誰もが不自由なく過ごして、穏やかに過ごしていける世界。

 

「……笑えないわよ、この世界は素敵じゃない。立派な夢じゃない……」

 

 呻くように呟く私に隣に立つレイナーレは何も言わない。隣に立っている筈なのに、お互い向いてる方は真逆で視線が重なる事がない。それが途方もなく私とレイナーレの距離を隔てているように感じる。

 

「私だって、こんな世界が欲しかった。だから手を伸ばしてる。今も、ずっと」

「変な悪魔」

「また言った。……仕方ないでしょ、そう思っちゃったんだから。嘘を吐いたまま生きられる程、図太くないのよ」

「アンタは私と違うのに、どうして私がみっともなく思っちゃう程に弱いのかしらね」

「違わない。何も違わないんだよ、レイナーレ。私は弱い。ただ、選択肢が多かっただけ。だから何も選ばないという事を選べなかった。それを何回も後悔してる。だからみっともないんでしょうね。一度選んで、それが正しいって思ってるのに、何度もそれを疑って、それでも同じ答えを選ぼうとしてる」

 

 そう、と。レイナーレは特に何も返す事なく、相槌を返すだけ。

 ……ダメだ。私に、彼女をここから連れ出す事を幸せだと思えない。ここから先に続く彼女の道に幸福を確約出来ない。だから、ここで去ろう。そう思う自分がいて、私は咄嗟に言葉を紡ぐ。

 

「これは、夢だよ。――夢は、叶えようとするものだよ」

 

 この夢を尊いと思うからこそ、否定を敢えて口にした。ただレイナーレが幸せである事を望むなら、ここで去るべきだ。そう思っている。今も、その安寧を願う気持ちを否定する言葉を吐く度に私は軋みを上げている。

 でも、この軋みこそが必要なんだ。私には。どうしようもなく弱い私には、それでも誰かを守りたいと願うからこそ必要なんだ。だって、今もレイナーレの帰りを待っている子達がいる。

 

「帰ろう、レイナーレ。貴方は起きて、この夢を叶えるべきよ」

 

 レイナーレへと視線を向ける。彼女もまた私に視線を向けていた。どこか虚無を感じさせる無表情、感情の色を見せないままに。

 

「……私に、生きろって言うのね」

「えぇ。夢を見続けるのではなく、夢を叶える為に」

「それが私にとってどれだけ苦痛かわかってても、そう言うのね」

「痛みがない世界が幸せなのか、私には確かな事は言えない。この夢が続く事が貴方の幸福だと思う自分もいる。――でも、それを許せない。許しちゃいけない」

 

 レイナーレ“が”幸せになるだけなら、それで良い。

 でも、今も目を閉じれば感じる。夢の彼方先、そこで力を送り続けてくれているイリナの気配を。白音と黒歌の気の波動を。それを支える一誠の思いを。更にその遠くには、レイナーレを案じている朱乃がいるだろう。

 だから、ダメだ。連れ戻さないとダメなんだ。ここがどれだけ正しい世界だったとしても、望まれるべき世界だったとしても、私は否定しなきゃいけない。だってここには『私達』がいない。誰も『生きて』いない世界なんだから。

 

「私は、貴方を幸せにするって約束なんて出来ない。でも、道を拓き続けるよ。貴方が自分で選べるように。だから貴方は今、ここで私の手を振り払っても良い。それで私は貴方を諦められる」

「……どうして、そこまでして生きられるのよ」

「皆がいてくれるから。私は、一人じゃ何も出来ない。一人で夢を見ても叶えられない。最初から終わってる世界じゃ息が出来ない。それは死んでるのと変わらない。だから生きていく為に、全部飲み込んでいくって足掻いてるんだよ」

 

 レイナーレに向けて手を差し伸べる。けれどそれ以上先は求めない。私が差し出した手をレイナーレはぼんやりと見つめている。

 私の生き方が、泥を啜るようなみっともない生き方と思われても構わない。無様でも良い。笑われても良い。それでも誰かが私を望んでくれるなら、それを裏切れないと思えるなら私はまだ立っていられる。

 

「例え世界が私を裏切ったとしても、誰かが私を望んでくれるなら、私は生きる為に戦うよ」

 

 レイナーレは何も言わない。何も反応を示さない。……ダメ、か。悔しさに思わず目を閉じて、手を下げようとした。

 ぱん、と。渇いた音と同時に手に衝撃が走る。レイナーレが叩き付けるように自分の手を私の手に重ねていた。

 俯いているレイナーレの表情は見えない。けれど、その両頬から涙が伝っていくのが見えた。片手で私の手を取って、そのままもう片方の手を添えるようにして両手で握られる。

 

「……アンタ、馬鹿よ。絶対後悔するわよ。私みたいなの、拾った事を絶対後悔するんだから」

「……いいよ。その後悔の度に、何度も今の選択が正しかったって信じようとするから」

「矛盾してるじゃない。最初から信じてるものだけを選べばいいじゃない……」

「今、貴方を信じてる。その次の今も、何度も重ねる今も、この選択を間違っていなかったって思う為に生きるよ。もしも間違ってたとしても、その間違いを取り戻す為に走り続けるよ。必死に足掻いて、苦しくなっても、いつかの為に」

「……馬鹿、本当に馬鹿」

 

 レイナーレが顔を上げる。そこには、涙を流しながらも憑き物が落ちたように笑うレイナーレがいた。

 

「だったら、ちょっと私もそんな馬鹿な夢の続きを見たくなったじゃない」

 

 しっかりと握られた手を握り返す。今度は、心の底からこの言葉を伝えられる。

 

 

「――帰ろう、レイナーレ。私達の『世界』に」

 

 

 * * *

 

 

 ――……意識が浮上する。一瞬の意識の断線からの浮上は、思わず体をよろめかせてしまう程だった。

 そんなよろめかせた私の肩を支える手がある。視線を向ければイリナがいた。心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

 

「リーア、大丈夫!?」

「……大丈夫。ありがとう、イリナ」

 

 息を深く吐いてからイリナに笑いかける。夢の中に深く潜っていると、現実に戻って来る際に酔うような感覚があるのが難点だ。今回はかなり深奥に潜っていた分、反動が大きかったみたいだ。

 そして呻き声が聞こえた。私が握っている手の先、そこにはベッドに寝かされているレイナーレがいた。けれど、その姿を見て私は目を丸くした。そこにいたレイナーレの姿は、『夢』の中で見た少し幼くなっていたレイナーレだったから。

 

「リーアが起きる少し前に、レイナーレさんの変化があったのよ。少し若返ったみたいだけど……」

「大丈夫よ、大丈夫」

 

 目を丸くした私にイリナが現実の状況を伝えてくれた。何が起きているかわからないままの変化は不安だっただろう。だから、安心させるように私は呟く。

 やがてレイナーレが目を開いていく。暫く夢心地といった様子で虚空に視線を彷徨わせる。

 

「レイナーレさん!」

「……ぁ、一誠……?」

 

 真っ先にレイナーレの顔を覗き込んだのは一誠だった。一誠に声をかけられて、ようやく意識の焦点があったのかレイナーレが名前を呼ぶ。自分の名を呼ばれた一誠は、本当に安心したと言うように表情を綻ばせる。

 

「良かった、このまま起きないんじゃないかって……本当に良かった……」

「……は? 何? どういう事よ?」

 

 一誠の様子に狼狽しながらレイナーレはゆっくりと身を起こした。そして私達に囲まれている状況にぎょっと目を見開かせる。

 

「な、何よ、この状況!?」

「覚えてないにゃん? レイナーレ、転生が終わった後に意識を失って、気を失ったままだったにゃん」

「はぁ? 何よそれ、失敗したって事?」

「いえ、成功しましたよ。けど……」

「……けど、何よ、白音?」

「ここに鏡がある。これを見て貰った方が早いだろう」

 

 ニヤニヤと笑うアジュカ様がレイナーレに手鏡を渡す。鏡を手渡されたレイナーレはなんで鏡なのか、と言うように訝しげに自分の顔を鏡に映す。

 鏡に映った自分の顔を見てレイナーレが固まる。そのまま、ワナワナと震えだして鏡を睨みながら大きな声を上げた。

 

「な、何よ、これーーーーーっ!?」

 

 その耳を劈くような大音響に皆が耳を塞ぐ。ただ一人、アジュカ様だけが良い反応だと言うように笑っているのが印象的だ。こうなる事をわかってて渡したんだろうなぁ、本当に性格が悪い。悪い魔王様だわ。

 やっぱり夢の中での記憶は覚えてないみたいだ。けれど、あそこでの会話は確かにレイナーレに影響を残したのだと思う。それが今、元気に叫んで混乱しているレイナーレが証明そのものだと。

 ……いつか後悔する、か。そうかもしれない。それでも生きて行こう。今、選んだものが美しいままと思えるまま、残していけるように。ぎゃんぎゃんと騒ぐレイナーレを見ながら、私は思わずおかしそうに噴き出してしまうのだった。


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