深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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Chapter:ネフィリム・チルドレン

 ――多分、この瞬間が幸福と呼べるのだと。そう思っているんだ。

 

 

 * * *

 

 

 どうも、皆さん。僕の名前はイザイヤと言います。

 突然ですが――今、僕は命の危機に瀕しています。

 

「ぐぅぅうううおおおおおおッ!!」

「そのまま集中しろ、イザイヤ。余分な力は俺が半減してやる」

「自らの中にある力を信じて、さぁ! 奇跡を起こすんだ!!」

「だからって、これ凄くしんどいんだけど!?」

 

 血反吐を吐きそうになりながら僕は必死に自身が練り上げた力を制御しようとしていた。

 僕は神器と呼ばれる不思議な力を授かって生まれた。それは『魔剣創造(ソード・バース)』と呼ばれる魔剣を作り出す力を秘めた力。

 それだけじゃない。更に僕には『聖剣』を扱う因子を秘めた選ばれた子供……だった。まぁ、因子は秘めているだけで聖剣を操る事は出来なかったんだけどね。

 つまり、僕は魔剣を創造する力と、聖剣を操る因子を少しだけ伴って生まれた普通じゃない子だった。それ故、実験体として消費されそうにもなった事があるけれど、これは過去の話だ。

 今、僕が何をしようとしているのか、いや、正確にはさせられようとしているのかというと、僕の作り出す魔剣に『聖属性』を混ぜ合わせようという無茶な要求である。

 つまり、聖と魔の融合。しかし、それは反発し合う属性で混じり合う事はない。だったらなんで僕に聖剣を扱う因子が入ってるんだと正直思う。その所為で今、こんな死にそうな目に合ってるんだからね!!

 

「ほら、もっと聖属性の方の力を高めろ! 光と闇を融合させるんだ!」

「君の力はこんなものじゃないだろう! さぁ、高みへと至ろう!」

「ちょっと煩いから黙っててくれないか君達!」

 

 そう、僕は『聖剣』を扱う因子は生まれ持っているけれど、『聖剣』を扱う程の適正は無かった。つまり、僕にとってこれはオマケみたいな要素なのだけど、それに目をつけたこの2人によって無茶振りを強いられているのである。

 この2人はヴァーリ・ルシファーとギャスパー・ヴラディ。僕が所属する組織は堕天使によって作られた組織で、僕のような神器を持って生まれた子供達を集めて保護をしてくれている。そこは堕ちてきた者たち(ネフィリム)と呼ばれる場所で、僕はそこで育てられてきた。

 この2人は、その中でも特異な存在だった。僕よりも年下ではあるのに、僕なんかよりも強大な力を秘めている2人。そんな2人に何故、僕が付き合わされているかと言うと、だ。

 

「やれ、イザイヤ! お前になら作れる筈だ!」

「そう、僕等が夢見たあの武器を!」

「「閃光と(ブレイザー・シャイニング)暗黒の龍絶剣(・オア・ダークネス・ブレード)を!!」」

 

 こういう事なのさ! あぁ、もう! 無茶振りだぁ!! 年相応に目をキラキラさせてくれちゃってもぉ!! 断るに断れないじゃないか!!

 閃光と(ブレイザー・シャイニング)暗黒の龍絶剣(・オア・ダークネス・ブレード)。それは僕等を保護してくれた堕天使の長、そして神器の研究の第一人者とも言えるアザゼル総督が過去に考案した最強の神器だと言う。どこからかその情報を聞き出した2人は魔剣を生み出す事が出来て、聖剣の因子を持つ僕に目をつけたという流れである。

 最強と言うからには是非とも作りたい。しかし、自分達には神器を作り出す事は出来ない。ならば僕に作らせれば良いという、本当に無邪気な無茶振りだった。

 本来は光と闇を同時に高出力で発揮するものらしいけど、正直それは難しいと思ったので、3人で相談している内に「聖と魔を融合させたら格好良いのでは?」と言う結論にヴァーリとギャスパーが至り、アレンジバージョンで作成に取りかかっている訳である。

 

「余分な力が入ってるな。削るぞ、アルビオン」

『Divide!』

 

 暴発しそうな力をヴァーリが背に広げた光翼、『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』によって無駄な力が削がれる。それによって制御を持ち直そうとした所で、力加減を間違えそうになる。

 

「おっと、一度ストップだよ」

 

 今度はギャスパーの目が輝いて、気付けば力が削がれていて制御を再び戻す事が出来た。先程からこの繰り返しだ。ギャスパーの持っている力、『停止世界の邪眼(フォービドウン・バロール・ビュー)』は視界に映った対象の時間を止める事が出来る。

 僕の時間を止めている間にヴァーリが余分な力を削ぎ落とした為、制御が可能となった精製中の魔剣に力を込めていく。体の各所から汗が浮かび出て、それが流れ落ちていく。

 

「形になってきたぞ! イザイヤ! このまま保たせろ!」

「ここに奇跡の瞬間を! さぁ、僕達に君の可能性を見せてくれ!!」

「くそぉぉおおおっ!! やってやるよぉおおおおーーー!!」

 

 最早やけくそにになりながら、強く念じる。聖属性、聖属性、聖属性、聖属性、聖剣、聖剣、聖剣、聖剣、聖剣ってなんだ、そうだエクスカリバー、エクスカリバー、エクスカリバー、ちくしょう、エクスカリバーちくしょう何がエクスカリバーだちくしょう僕がこんな目に遭ってるのもお前のせいだエクスカリバーこんちくしょぉーーーー!!

 すると、僕の腕に巻かれていた腕輪が輝きを帯びる。それを見て、ヴァーリとギャスパーが目を輝かせる。

 

「人工神器が反応した! これはいけるか!」

「来た、来た来た来た! イザイヤ! 完成したら僕から祝福のベーゼを贈るよ!」

「あ、力抜けそう」

「気を抜くな馬鹿者!」

「どうして途端に力を抜いてるんだよ!」

 

 ギャスパーがベーゼとか言うからだろ! 見た目だけ美少女だから性質が悪い! 僕は健全な男子なんだから、別に見た目が美少女だからって男にキスされたって嬉しくは無い! 気が抜けるのも仕様が無いだろ、いい加減にして欲しい!

 あまりの理不尽さに僕もだんだんと理性というか、意識が飛びそうになってきている。そういえば、先程反応した腕に巻いた人工神器。これは僕等が引き取られる前にいた場所、僕等を実験体にしていた研究から獲得した情報から作られた「聖剣」の因子を強化する為の人工神器だ。

 これがあれば僕でも聖剣を扱えるレベルまで引き上げられるかも、という事で試作途中なのだけど、これが輝いたという事は僕の聖剣の因子が活性化しているという事になる。ここまで来たら、見せてやるよ、僕だって男の意地があるんだぁあああ!!

 

「出ろぉおおおお!! 閃光と(ブレイザー・シャイニング)暗黒の龍絶剣(・オア・ダークネス・ブレード)ォォオオオオオオッ!!」

 

 そして、僕の中で何かが弾けたような気がした。僕の中の二つの要素、混ざり合わない筈の力が溶け合い、一つになっていく感覚。

 力の集束が収まる。確かな形となったそれは白と黒の刀身が綺麗に混ざり合った一本の剣。それを見て、僕はヴァーリとギャスパーと思わず肩を抱き合って喜びあった。遂に、遂に完成だ! 閃光と(ブレイザー・シャイニング)暗黒の龍絶剣(・オア・ダークネス・ブレード)が!!

 

 

 * * *

 

 

「この悪ガキ共がぁ!!」

 

 目の前で星が散った。思いっきり拳骨を受けた頭を抱えて、僕は蹲った。

 その隣ではヴァーリとギャスパーが同じように頭を抱えていた。僕等の目の前にふんぞり返りながら腕を組んでいるのは堕天使のトップ、アザゼル総督だった。

 

「無茶苦茶やりやがって……! いや、方法としては感心したがよぉ、よりにもよってよぉ、あぁ!? わかってんのかお前等! 特にヴァーリとギャスパー!!」

「最強の神器と聞けば、拝まずにはいられない……!」

「聖と魔の融合! つまりは光と闇のコラボレーション! この成果に一体何の不満があるって言うんですか! あと暴力なんてサイテーですよ!!」

「うるせぇええええ!! お前等は正座してろ!!」

 

 二度目の拳骨がヴァーリとギャスパーに落とされ、彼等はどこからか飛んで来たギプスのようなものに固定されて強制的に正座の姿勢を取らされる。

 必死に藻掻いて正座の姿勢から逃れようとするヴァーリとギャスパーの正座の上に重しが載せられて、ヴァーリが必死に声を押し殺し、ギャスパーが抗議の声を上げる。

 そしてアザゼル総督の視線が今度は僕に向いた。僕も正座か!? と身構えていると、アザゼル総督が優しく笑みを浮かべて両肩を掴まれた。

 

「……確かに凄いと褒めてやりたいんだが、勝手に無茶した事は叱ってやらなきゃいけないし、例え堕天使が相手でも誰かの黒歴史を弄ってネタにして良い訳じゃないんだぞ? なぁ? イザイヤくん」

「ア、アザゼル総督、肩がみしみし言ってるんですけど……!?」

「うんうん、俺はわかってるよ。お前が被害者だって事もよーくわかってる。お前が成し遂げた事も凄い。だからあの名前だけは止めろ? 良いな? 返事は「はい」か「YES」だ……!!」

「がぁあああ?! か、肩が!? わ、わかりましたぁ!!」

 

 そんなに嫌なんですか、閃光と(ブレイザー・シャイニング)暗黒の龍絶剣(・オア・ダークネス・ブレード)! ともかく、このままでは僕の肩が酷いことになってしまうので、僕は必死に何度も頷いた。

 僕が何度も頷いた事でアザゼル総督は僕から手を離してくれた。良かった、これで助かった。多少酷い目にはあったけれども、新しい力をも得る事が出来たし、よし! 前向きに考えよう! 良い機会だった!

 

「何終わった面してるんだ? イザイヤ」

「え?」

 

 アザゼル総督が悪い笑顔を浮かべて僕に言う。疑問の声を漏らした所で、かつん、かつん、と靴音が鳴り響いた。その瞬間、僕の背中にブワッと悪寒が走り、汗が浮き出てきた。

 気付けばヴァーリは声を押し殺しながらも小さく身を震わせているし、ギャスパーは逆に静かになって恐る恐る音の方へと視線を向けている。部屋の入り口、まるで逆光を背負うかのようにその人は優しく微笑んだ。

 

「あらあら、無茶をしたと聞いて飛んできましたが……」

「あ、朱乃……!」

「ひ、ひぃっ! ど、ドS堕天使めぇ! 僕に近づくなぁ!!」

 

 ヴァーリが戦慄したように彼女の名を呼び、ギャスパーは左右に首を振りながら正座から逃れようと身を揺らす。僕に至っては呻き声すらも出なかった。

 姫島 朱乃。人工神器の研究で名を馳せる天才少女にして、父親であるバラキエルから雷光の力を受け継いだ堕天使の天才児。そして――サディストとしても知られている……!

 

「お・し・お・き、ですね?」

 

 ――小さく雷鳴が彼女の掌の中で鳴った。その音を聞いて僕は思わず天を仰いだ。これから自分に降りかかるだろう運命を想像し、そのまま思考を停止させた。

 

 

 * * *

 

 

 正座を強制させられた僕達は、その姿勢のまま足の裏に微量な電撃を浴びせ続けられるお仕置きを受けてから一体どれだけ経った事か。正座によって痺れている足に雷を纏わせた指で撫でられ続けて、すっかり足の感覚がない。そのまま呻くように転がる。

 ヴァーリは必死に苦悶の声を押し殺してぴくぴくと震え、ギャスパーはめそめそ泣いている。僕たちにお仕置きを執行し続けていた朱乃姉さんは、床に転がる僕にしゃがみ込んで目をつり上げながら睨んでいる。

 

「まったく。人の無茶を叱るくせに、自分が無茶をして良い道理はありませんよ、イザイヤ」

「ご、ごめんなさい……」

「確かにヴァーリとギャスパーに頼まれたのなら断りづらいのはわかるけど、それでも無茶をしては元も子もないのですから。貴方が私を心配するように、私も貴方を心配するんだからね? わかったかしら? イザイヤ」

「はい……」

「それはそれとして、聖と魔の属性を融合させるなんて……本当に成し遂げてしまうとは思わなかったわ。よくやったわね」

 

 朱乃姉さんの手が僕の頭を優しく撫でてくれる。それが先程まで僕にお仕置きをし続けていた指と同じだとは思えない程に優しく、思わず目を細めてしまう。

 そこでふと気付く。朱乃姉さんは私服の上に白衣を身に纏っているのだが、ミニスカートである。そしてしゃがんでいるので、思わず視線が足に向かってしまい、僕は咄嗟に目を閉じる。あ、あぶない……!

 

「朱乃、その姿勢だとパンツ見えるぞ」

「~~~~っ!?」

 

 楽しげなアザゼル総督の声が聞こえて、姉さんが息を呑んでスカートを押さえて勢いよく立ち上がる。あぁ、なんで言っちゃうんですか! 咄嗟に目を閉じたのに!

 

「ともかくイザイヤはこのまま医務室へ直行だな。メディカルチェックを受けて来い。ヴァーリとギャスパーは俺から更にお説教タイムだ」

「くっ……この屈辱、忘れんぞアザゼル……!」

「誰かぁー! 助けてぇーーー! 酷い事されるー! 僕が可愛いから悪いオジさんに酷い事されるー!」

「おい、やめろ!! 後、自分で可愛いって言うな!!」

 

 足が痺れて動けないヴァーリとギャスパーを両脇に抱えて、アザゼルが部屋を去って行く。残されたのは僕と朱乃姉さんだ。朱乃姉さんはスカートを抑えたまま、僕をじろり、と睨む。

 

「……見たわね?」

「見てません」

「嘘」

「神に誓って!!」

「うふふ、イザイヤの神は随分と軽薄な神様なのねぇ」

「あぁ、やめ……ッ! 足の裏をつつかないでください……ッ! アーーーッ!?」

 

 再びドSスイッチの入った姉さんに足を突かれ続けて、僕は悲鳴を上げるのだった。

 

 

 * * *

 

 

「この馬鹿イザイヤ!」

「無茶しちゃいけません!」

 

 医務室でメディカルチェックを受けた後、トスカにビンタを貰い、アーシアにも叱られてしまった。体に異常はないけれど、体力をかなり消費してしまったので1日安静にしているように言われてしまった。

 つまり逃げ道がない。左右から叱りつける声と懇願する声が聞こえて、僕は苦笑を浮かべてしまった。思わず、昔を懐かしむ程に。

 

 

 僕には身よりがなかった。ただあったのは、魔剣を作る事が出来る異能だけだった。そんな僕のような子供達を集めて、エクスカリバーの使い手として特別な存在になれるのだと教え込まれた。

 僕等はただそれを信じて毎日の実験を乗り越えた。辛く苦しい日々だった。けれど、それもいつかは報われると信じて。僕等は毎日、聖歌を口ずさみながら慰め合い、支え合ってきた。

 それが終わりを告げたのは、突然の事だった。響く雷鳴に怯える幼い子達を抱き締めながら、僕は彼女と出会った。慌ただしく逃げ出していく研究員達を雷光で貫き、僕等を見て柔らかく微笑む彼女と。

 

『もう、大丈夫だよ』

 

 それが朱乃姉さんとの出会いだった。

 最初は信じる事が出来なかった。聖剣計画、その被験者である僕達があと一歩で虐殺される所だった、と。同志の誰もが信じなかった。堕天使だった事も含めて、穢れた存在だと罵りもした。

 それでも彼女は毎日のように僕等の下を訪ねた。調子の悪い所はないか、と。口汚く罵る僕等の言葉を受け止めて、何度も、何度も手を差し伸べてくれた。その手を幾度も払い退けてきた。

 日々が穏やかに過ぎていく中で、やがて僕の中で疑念が浮かび上がっていった。もしかして、自分達が信じていた計画こそが嘘で、彼女の言っている事が正しい。僕達はただ実験体にされたのではないか、と。

 すると、今度は何かもが信じられなくなった。もしもエクスカリバーの使い手にしてくれると、特別な存在にしてくれるというのが嘘だったら。僕等が利用されるだけだったのなら、彼女だって同じく利用するつもりで連れてきたんじゃないかって。

 そして、僕は朱乃姉さんに剣を向けた。不意を打つように刺し貫こうとして、それには朱乃姉さんは驚いたように僕を弾き飛ばした。

 僕を突き飛ばした朱乃姉さんは、悲しい目をしていた。はらはらと涙を零して僕を見つめていた。その顔が今でも脳裏に焼き付いている。今思えば最低な事をしたと思う。助けてくれた恩人に対して、殺意を以て刃を向けたのだから。

 それから朱乃姉さんが会いに来る事はなかった。僕等は隔離されるように堕ちてきた者たち(ネフィリム)に押し込まれ、多くの事を学ばされた。この世界の事を、生きて行く術を。

 その中で、どうしても彼女の泣き顔が忘れられなかった。ある日、思い立ったように当時は名前も覚えていなかった朱乃姉さんの事を訪ねた。今思えば、その時、訪ねた相手がバラキエルさんだったのは運命だったのかもしれない。

 運命的だったとは言っても、朱乃姉さんの父親だと知らずに訪ねた僕は今思えば酷く滑稽だっただろう。そんな僕に少し悩むようにしてから朱乃姉さんの事をバラキエルさんは語ってくれた。優しい子で、それでいて弱い子なのだと。それでも強くあろうとしていると。

 朱乃姉さんの話を聞く内に、僕は今の状況がようやく朱乃姉さんに与えられた平穏だった事を自覚して、罪悪感に涙を零した。自分を助けてくれた恩人に対して刃を向けた無知な自分があまりにも恥ずかしくて、声が枯れる程に泣いた。

 

『会ってみるか? もう一度』

 

 僕が泣き止むまで待ってくれて、バラキエルさんがそう言ってくれなければ。僕はきっと、朱乃姉さんと向き合う事は出来なかったと思う。

 久しぶりに再会した朱乃姉さんは、少し痩せこけていた。目の下には隈を作って、目付きがギラギラしていた。それでも僕を見た瞬間に少し驚いたような顔をしてから、笑いかけてくれた。

 ひたすらに謝った。罪悪感に振り回されるまま、言葉を重ねた。僕が剣を向けるまで、僕の話を聞いてくれたように。朱乃姉さんは変わらず僕の謝罪をずっと聞いてくれていた。そして笑って僕を許すと言ったのだ、あの人は。

 

『私のお友達がね、種族とか関係なく、皆で仲良く出来る世界を作りたいって言ってたの。その世界を私は素敵だと思ったの。だから、そのお手伝いをしたいの』

 

 また僕に会いに来てくれるようになった朱乃姉さんは、僕にそう語った。

 大事な友達がいるのだと。その友達の夢を叶えたいのだと。誰もが種族も関係なしに手を取り合う事が出来る世界を。悲しみ、苦しむ誰かに手を差し伸べられるようになりたいと。

 その夢を、僕も見たいと思った。朱乃姉さんを守らせて欲しいと、その時に誓った。それから力を磨いて、朱乃姉さんの護衛として外に出ることが許された。

 同じように護衛として外出が許されたトスカと再会して、アーシアが保護されてきて。色んな話をした。時には苦しかった日々を語り合った。時には夢を語り合った。

 僕等の幸福は、朱乃姉さんによって齎されたものだった。その恩に報いなければならない、と。いつか剣を向けてしまった償いを果たさなければならないと。そして、朱乃姉さんが叶えたい夢に僕も力になりたいと願うようになって、今に至る。

 世界の事を学ぶ度に朱乃姉さんの夢が困難なものだと悟っても尚、僕はその夢に挑み続けている。夢を成し遂げるには力がいる。だから、今回ヴァーリとギャスパーのお願いを断らなかったのは、自分でも成し遂げたいと強く思っていたから。

 誰もが手を取り合えるなら、聖も魔も関係ない。皆、一緒になって、日々を語り合い、笑い合える世界を。もし成し遂げられるなら、その証明になれると思ったのだ。僕等が見た夢は夢想なんかじゃないって事を。

 

「聞いてるの!? イザイヤ!!」

「ちゃんとお話聞いてください!!」

 

 トスカとアーシアの2人の声が耳に突き刺さる。くらりと揺れる脳の感覚に苦笑を浮かべながら、僕は過去に思いを馳せるのを中断する。

 僕は弱い。ヴァーリやギャスパーのような存在を目の当たりにしてしまったし、僕に戦う術を教えてくれた人達は皆、とんでもなく強い。それでも、諦めるという選択肢はない。

 いつか夢を見た。差し伸べられた手の温もりが、僕たちのような子供達に届くように。そして手を差し伸べた彼女が笑っていられるように。その為の世界を僕は願い続けている。その世界を叶える為に強くなりたい。

 少しずつでも前へ。確かな成果を胸に抱きながら、僕はトスカとアーシアの説教を甘んじて受け入れるように苦笑を浮かべた。

 

 

 * * *

 

 

「しかし、お前等が他人に気にかけるなんてな」

「ふん。俺はただ閃光と(ブレイザー・シャイニング)暗黒の龍絶剣(・オア・ダークネス・ブレード)が見たかっただけだ」

「そうそう。光と闇、聖と魔、相反する存在が融合する奇跡。僕はその瞬間を拝みたかっただけさ」

「その名前を出すのは止めろ! ったく。まぁ、動機が何であれ、お前等が他人に興味を持つのは良い事だと俺は思うぞ」

 

 アザゼルは両脇に抱えた子供達を見る。銀色と金色、最初はウマが合わないだろうと思っていた2人だが、互いに影響をし合って今に至る。

 誰も信じない、と自分の強さだけを追求しようとしていたヴァーリは同格とも言える実力を持ちながらも、縮こまるギャスパーを激励してから。ギャスパーは自分の力に怯え、泣きじゃくっていたのをヴァーリに奮い立たせられて。

 それから親友、いや、同志と言うべき関係になっていった事にアザゼルは頭を抱えながらも祝福していた。ヴァーリは強さを追い求めながらも、その傍らにギャスパーを置くようになった。ギャスパーもヴァーリを慕うように、並べるように強さを求めるようになった。

 今回はイザイヤを巻き込んで、彼の力を高めようと働きかけていた事には純粋に驚いた。イザイヤが成し遂げた偉業にも褒め称えたいが、アザゼルとしては2人の行動も褒め称えたかった。とはいえ、無茶をさせた事はしっかりと咎めなければならないので心の中に留めておく事にする。

 

「ふん。人間にも出来る奴がいる。俺は強者と戦いたいだけだ。イザイヤにも可能性があると見込んだだけの事」

「ふふふ、ただの人間が僕等の領域に辿り着けるとは思わないけれどね。力ある者として、力持つ者を導くのも当然の義務さ」

 

 孤立しがちなヴァーリを上手く巻き込むのはいつだってギャスパーだ。ヴァーリに影響されて、強者である事を誇るようになったギャスパー。彼は自分が上位者である事を理由に他者に気をかけるようになっていた。

 ギャスパーが他者に気にかけるのは、自分がヴァーリによって導かれたからこそ。それにヴァーリは気付いていないし、それが巡り廻ってギャスパーがヴァーリを孤立させる事を防いでいる事をギャスパーもまた自覚していない。

 まるで凸凹コンビだが、上手く嵌まっているのは見事なものだと関心する。そして2人が巡り会う切っ掛けとなった少女にアザゼルは思いを馳せる。

 姫島 朱乃。力はヴァーリにもギャスパーにも劣り、けれど2人にとっては頭の上がらない存在と化している。世界中の誰もが手を取り合える夢の為に力を求めた少女は、確かにその成果を上げつつあるのだ。

 

「まったく、堪んねぇなぁ」

 

 バラキエルの自慢も留まる所を知らないというものだ。オーフィスの影響によって、堕天使内部でも多くの離反者が出た。その中で朱乃を思い残ってくれた堕天使も数多い。そして、何より保護した神器使いが朱乃に心酔しつつある。

 次のトップはあいつかもな、と。そんな未来をアザゼルは思い馳せる。そして紅髪の悪魔の少女を思い出して、口元に笑みを浮かべる。全ての種族が手を取り合う未来。もしかしたら、本当にそんな未来を成し遂げてしまうのかもしれない子供達を思い、アザゼルは低く笑う。

 

「新しい時代が来るのかもな」

 

 世界は騒がしい。オーフィスによって齎された『蛇』は各勢力を大きく揺るがした。その混乱の中で新しい世代が育ち、芽を出しつつある。新しい芽達が紡ぐ、可能性に満ちあふれた世界を想像しながらアザゼルは楽しみに思う。

 ならば、子供が夢を叶える為に支えてやるのが大人の仕事だと。まずはこの問題児共に多少なりとも常識というものを叩き込まねば、と。

 

「俺も、変わったのかね」

 

 ガキの面倒を見るなんて、柄じゃねぇと思ってたんがな。胸中でそう呟き、そんな自分に悪い気はせずに笑った。

 

 




※一方その頃、レイナーレは呪詛を吐きながら書類整理をしていた。

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