深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.03

 拳が振るわれれば、応じるように拳が返ってくる。

 蹴りを入れられれば、お返しといわんばかりに蹴りが返される。

 まるで子供の喧嘩のようだ。 殴って、蹴って、殴って、殴って、蹴って。繰り返す。

 けれども、それでもソーナは2人の殴り合いに唾を飲み込み、手を握りしめていた。

 

「おぉぉおおおっ!!」

 

 サイラオーグが距離を取る。助走距離を取って加速をつけた上で、体の捻りを加える。勢いよく放たれた拳はリアスの頬へと。しかし、リアスはそれを避けない。踏ん張るようにして逆に受け止めきり、逆に拳を振るって殴り返す。

 リアスの拳は腹に叩き込まれる。その一撃にサイラオーグが一瞬よろめくが、すぐに喜々として笑みを浮かべて、額をぶつけるように頭突きを放つ。

 鈍い音が響き渡って2人が距離を取り合う。同じタイミングで頭を左右に振って、そして互いに大地を蹴って拳をぶつけ合う。

 これがただ繰り返されているだけだ。技の応酬とか、貴族の振るまいとか、そんなものはどこに置いてきたと言わんばかりの殴り合いだった。

 でも……2人は楽しそうだった。ただ、ただ楽しそうだった。少なくとも、ソーナにとってはそんな風に見えていた。

 

「せい、りゃぁッ!!」

「ぐぉッ!?」

 

 体を回転させるようにしてリーアが回し蹴りを頭部に叩き込もうと跳ぶ。それを両手を掲げるようにしてサイラオーグは防ぐ。

 そして、その足を掴み、なんとまさか振り回し始めた。体を回転させるようにして、掴んだ足を離さないように掴み、そのまま投げつける。

 リアスがバウンドするように転がるも、あまりダメージを受けた様子もなく立ち上がる。ぺっ、と口の中に入ったのだろう土と、口の中を切ったのか血を吐き出す。

 一方でサイラオーグはぼろぼろと言うべきだ。息は上がり、幾度も殴られて体には痣が無数に出来ているだろう。サイラオーグの拳を受けながらも平然としているリアスとの差は歴然だ。

 それだけに実力差があった。それも仕方ない、とソーナは思う。何故ならばサイラオーグには魔力が無くて、その身一つ。対してリアスの力は既に有望株の悪魔を倒すだけの力があるのだ。

 この結果は当然のものだった。なるべくしてなった結果だった。それでも、まだサイラオーグは立っている。楽しそうに笑っているのが、ソーナにとって酷く印象に残った。

 

「は、はははッ! 不思議だな、リーア! とっくに意識が飛んでもおかしくないぐらいに殴られているが……俺はまだ! まだやれるぞ!」

「えぇ、まだよ、まだよサイラオーグ! もっと強く打ち込んで来なさい! 私を倒せる程にもっと強く! 貴方なら出来るでしょう? ねぇ、そうでしょう!?」

「あぁ、俺はまだ!」

「そう、貴方はまだ!」

 

 互いに言葉を交わし合い、殴り合いが再開される。一方的なのはやはりリアスだ。

 それでもサイラオーグが食らい付く。血を流し、怪我を無数に負いながらも、それでも楽しげに笑いながら拳を繰り出す。

 ……その光景を、少し怖いと思う。だけど、それでも目を離せずにいる。ただ惹かれるように、ソーナは2人の姿を眩しそうに見つめていた。

 

 

 * * *

 

 

 今、この瞬間の一秒一秒が長く感じる。

 サイラオーグの振るう拳が見えると思う程だ。けれど、避ける事はしない。敢えて受け止める。

 重みが、痛みが伝わってくる。だけど、それを受け止める度に私は足りないと叫んでしまいそうになる。

 どうしようもなく笑いたくなる。どうしようもなく叫びたくなる。体を抱き締めて、喉が潰れる程に、この感情を吐き出してしまいたくなる。

 歓喜が私の心を満たしていた。サイラオーグの一撃を受け止める度に、その一撃が次第に鋭くなっていくのを感じる度に、私の心は震えていく。

 私を打倒せんと振るわれる拳が、その眼差しが、その気が。どうしようもなく愛おしいと思う程に。けれど、心は焦がれる。まだ足りない、もっと先に貴方はいける筈だと。

 攻撃を避ける事も、今の自分なら出来る。でも、したくなかった。全部受け止めて、その分だけ返す。それの繰り返しを何度した事か。

 圧倒するだけなら、きっと手段は幾らでも浮かぶ。それをする事も出来る。けれど、それを選ぶという選択肢は私にはなかった。

 殴られた分、殴り返す。ただ、それを繰り返す。そこに意味がある。だってサイラオーグはまだ届いていないから。届いて欲しいと願うから。だから、全部そのままそっくり返す。

 貴方はこれだけ強い。でもまだ足りない。もっと強くなれると、そう思いながら振るった拳は何度、サイラオーグに叩き付けられた事だろうか。

 それでも彼は向かってくる。負けぬ、折れぬ、倒れぬ、と。感じ取れる思いに私はやっぱり震えてしまうのだ。

 もっとだ、と。そう叫ぶように。その先に私が夢見た貴方の理想があると。そうすれば、きっと、貴方は大丈夫だと。強くなって欲しいのだと。私の想像を超えた時、私自身が何かを掴めるような気がして、無心で一撃を返す。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 倒れていない事が不思議に思えてくる程に、サイラオーグの様子は酷いものだ。

 顔には痣が、口の端からは血だって流れている。肩で息をして、立っているのもやっとというのが見て解る。

 それでも、立っている。まだその拳を解いてはいない。その姿に私がどれだけ歓喜を呼び起こされているのか、きっとサイラオーグにはわからないでしょう。

 一方で、私はどうだ。確かに痛みはある。無傷という訳ではない。けれど、それでもやっぱり焦燥を抱く程ではない。ただ、ただ嬉しいのだ。感情が膨れあがって、痛みなんて彼方に消えてしまいそうな程に。

 

「サイラオーグ」

「……なんだ、リーア」

「貴方は、今日は勝てない」

「……あぁ、そうだろうな」

 

 ふっ、と笑うサイラオーグは私の言葉を認めているようで、でも、その笑みに陰りはない。

 私達には絶対的な差が広がっている。確かにサイラオーグは肉体を鍛えてきたのだろうけど、それは発展途上のものだから。

 今のサイラオーグに勝たせない程度に、私だってそれなりの道を歩いてきたのだと。それぐらいの自負はあるから。

 それでも、どうしても伝えたい事があると。私は深く息を吸って。

 

「私の力は、私の心が折れない限り、絶対に尽きる事はない」

「……リーア?」

「死ねない、負けられない、失えない。ずっとそんな思いで戦ってきた。だから、こんな風に戦うのは初めてで、貴方にだからこそ思うの」

 

 息を整えて、私はサイラオーグを真っ直ぐに見つめる。構えを解いて、その場にただ立つように。

 

「貴方は、まだ私の思う貴方に届いてない」

「……なんだ、それは」

「私のライバルなら、拳だけで私が“あ、勝てないな”って思わせて欲しいなって」

「……ははははは、無茶を言うな、お前は」

「でも、そんな貴方が見たいって思ったの。もし見れたら……私も、見せないといけないなって」

「何をだ?」

「今は、ないの。なかったの。私には夢はあった。理想はあった。でも、そこに私がいなかったんだ」

 

 そう。なかったんだ。結果だけ欲しくて、その結果の形や過程を私は何も考えていなかった。

 だから、サイラオーグと手合わせして気付いた。サイラオーグを倒す方法なら幾らでも思い付いても、“どれ”を選んでも、勝ったなんて思えない事に。

 だから、私は“私の勝ち方”を見つけないといけないと思ったんだ。必要な分じゃなくて、必要な役割じゃなくて、もっと貪欲に“私”の色が欲しくなってしまったんだ。

 

「今は、私も貴方に勝てない。私の勝ち方がないから。だから……試合には勝っても、勝負には負けるんだ」

「……わかるようだが、わからんな」

「うん。私も無茶苦茶な事を言ってる自覚はあるからさ」

 

 だからさ、と。前置きを置いて、私はサイラオーグに笑いかける。

 

「決着は、また先にしようよ。これで勝ち負けは決めたくない」

「ますますわからん。……わからんが、今の俺ではどう足掻いてもお前には勝てないしな」

「だから、未来の私達に預けましょう。ちゃんと勝敗がつけられるようになってから、ね」

 

 そう言うと、サイラオーグはゆっくりと構えを解き、そのまま仰向けになるようにその場に倒れた。

 

「……悔しい筈なのだがな。不思議と心は晴れている。何故だろうな、リーア」

「ん。それは、わかんないや」

「そうか。俺も、わからん。わからないが……悪くない」

 

 満足げに目を閉じるサイラオーグの側に歩み寄って、近くに座り込む。

 大の字に転がったサイラオーグは、手を空に伸ばすようにして声を零す。

 

「なぁ、リーア」

「なに?」

「強く、なりたいな」

「……そうだね。強くなりたい。勝てるようになりたい」

「力があっても、勝てないのか?」

 

 サイラオーグの不思議そうな問いかけに、私は頷く。これは私の中の感覚でしかないけれど、だからこそ。今、サイラオーグと勝敗をつける気にはならなくて。

 

「私はそう思うんだ。何を勝ちとして、価値とするのか。それがわからないと勝った気にならない」

「目標はあったんだろう?」

「あるけど。……そこに私自身の理想はなかったんだ。私がどうしていたいのか、そのヴィジョンが」

「……そういうものか。まぁ、俺にはこの体しか無いからな。きっとお前のその感覚は一生理解はしてやれないが。だから、そうだな。もし、お前がお前の理想を見つけたら……」

「……見つけたら?」

「それはきっと、美しいものなのだろうな」

 

 満面の笑みを浮かべて言うサイラオーグの言葉に、私は微笑を浮かべて彼の額にデコピンをした。

 

「口説かれないわよ」

「口説いてはいないんだがな。それに本心だ。お前のその姿は美しいと思う」

「……うん。私も、女の子だから。綺麗で、綺麗のまま、強くなりたい」

「なれるさ。いいや、なろう。リーア。俺達はもっと、もっと先に」

「そうだね。サイラオーグ。私達、もっと強くなろうね」

 

 今日の喧嘩みたいな戦いより、もっとその先へ。私達が満足出来る戦いで決着をつけたい。

 目を閉じていたサイラオーグと私の視線が合う。それがなんとなくおかしくて、互いに笑い合った。

 

「ソーナー! 薬持ってきてー! 今日はもう止めるわー!」

 

 少し離れた所で、どこか呆けた様子だったソーナを呼びつけて、私は満足げに深く息を吸い込んだ。傷が痛むのが、どこか誇らしく思いながら。

 

 

 * * *

 

 

 シトリー家への訪問から数日後。

 寄り道はあったものの、イリナから求められた素材を集め終わった私はシトリー領からグレモリー領に戻ろうとしていた。

 サイラオーグとの再会という思わぬ出来事があったのは、振り返ればやはり収穫が大きい出来事で。別れ間際に見たサイラオーグの笑みを思い出して、ついつい笑みを浮かべてしまう。

 

「今度はレーティングゲームで、か。それが自然かしらね」

 

 まずはバアルの次期当主になってから、とは言っていたけれど。その日も案外遠くないのかもしれない。その日を楽しみに思いつつ、私は別の件に思考を寄せた。

 今回のサイラオーグとの手合わせを通して、また再確認する事が出来た。それは私の勝ち方、と言うべきものの模索だ。

 

「勝たなきゃいけない、力を身につけなきゃいけないでやってきたけど、ここから次のステージに向かわないとダメって事よね、やっぱり」

 

 必要に応じて力を身につける事ばかり考えてきたけれど、伸び悩む私にはやはり自分のスタイルの確立が必要なのだと強く感じた。ただ勝てば良い、それではダメなんだ。それこそ私のパーソナルカラーと言うべきものを模索しなければならない時期になったんだろう、と。

 そんな事を思いつつ、私は家に帰るまでの小旅行を楽しんでいた。普段は人間界住まいの私は、こうして冥界の都市を巡るという機会がなかったので無理を言ってお願いしたのだ。

 まぁ、小旅行とは言ってもグレモリー領に向かう汽車の乗り換えの合間に、と言う感じであまり遠くに行くつもりはないのだけど。

 

「お駄賃は貰ってるけれど、あまり使いすぎたらお義姉様に何言われるかわからないわね……」

 

 買い食い程度に済ませておこう、と思いながら街へと出てみる。

 冥界の街並みは地域によって大きく異なっている。やはり人間界と大きく違う光景は故郷というよりは、異世界という感覚が強い気がする。

 多種多様な種族がいるように見えるのは悪魔ならではか。そんな街並みを目的もなく巡ってみる。

 

「商店街かしら? 活気があるわね」

 

 汽車で運ばれてきた各地の特産品なのだろうか。野菜や魚、肉などが並べられて店先で売り子の声が響き渡る。こういった商いの風景は人間界も冥界も変わらないのだろうか、などと思いつつ。

 ……けれど、ゆっくり見て回れたのもそこまでだった。何かつまめるものでもないかと辺りを見渡した時だ。

 何か、異様な気配がした。違和感と言うべきだろうか。肌にひっかかるような、奇妙な感覚に私は思わず背筋を伸ばした。

 

(……何、これ)

 

 世界に些細な違和感を感じる。そう、例えるなら水の中に垂らされた墨のようだ。気を張り詰めていなければ気付けなさそうな、そんな違和感。

 拡散して消えそうな、その墨のような違和感を辿るように目を向けた。そこには魚屋だろうか、潮の香りがする店先が移って。

 その口に、商品だろう魚を咥えている“黒猫”を見つけてしまった。

 

「……ぇ」

 

 思わずそんな声が零れた。どくん、と心臓が高鳴る。ばくばく、と次第に心臓の高鳴る音が煩くなっていって、その黒猫に向ける視線が反らせない。

 すると、その猫は弾かれるようにして私の方を見た。私は咄嗟に身を竦ませた。そして思うのは、呆けていた自分への苛立ちだった。

 猫はそのまま弾かれるように走り出した。魚屋の売り子は気付いた様子はない。その気配は限りなく奇妙なのだ。違和感をどうしても感じてしまう程に。

 

「ま、待って!」

 

 思わず声を出して、その猫の後を追いかける私。売り子となっていた悪魔を押しのけ、細い裏路地へと続く道を全力で駆け出した。

 辛うじてその影を確認する事が出来た私は、ただ無我夢中で走りだした。走っている為か、それとも別の要因か、心臓がばくばくとはね回って煩わしい。

 黒猫の足は速い。しかもすり抜けるようにして細い道を選ばれているので、このままでは振り切られてしまう。

 

悪魔の手(デモン・ヴェアリ)、Boost!」

『Boost』

 

 咄嗟に叫び、巡った魔力をただ「早く走る」という思いに呼応させる。加速が始まり、世界の風景が目まぐるしく切り替わっていく。

 飛び越えるようにして裏路地を掻き分けていくと、魚を口に咥えたままの猫が驚くようにして振り返るのが見えた。そのままその場から跳躍しようとした所を、私は飛びつくように手を伸ばす。

 

「フギャァッ!」

 

 猫の体を掴むも、加速した体は止まらずに壁へと向かってしまう。咄嗟に抱き締めるようにして庇うように体勢を丸める。そして、予想した以上に重い衝撃が背中を中心にして広がる。

 肺の中の空気が吐き出され、思わず咳き込む。けれど、悠長に咳き込んでいる暇はなかった。猫を抱えていた腕に鋭い痛みが走ったからだ。

 

「いっつぅ!?」

「グゥゥゥウウッ!!」

 

 咥えていた魚を放した口で思いっきり腕を噛まれる。それこそ、血が出て、肉が抉られる程だ。その必死な形相の猫はそのまま暴れて腕から逃れようとする。

 それを私は押さえ込むようにして抱き締める。絶対に逃さない、と言うようにだ。

 

「まって、落ち着いて、こら! 落ち着けってば……! 痛いのよ……!」

「グゥゥゥウ、ゥゥウニャァアア!!」

 

 なんとか押さえ込もうとするも、肉が噛み千切られんばかりに噛まれ続ける。改めて手の中の黒猫を見てみるも、どこかやせこけて見窄らしいと言う感想が似合うだろうか。

 まさか、と思いながらも、思考は回らない。さっき打ち付けた背中から吐き出された空気から酸素が抜けて、脳まで行き渡らない。ただ咄嗟に黒猫を抱きかかえながらも、私は口にしてしまった。

 

「痛いって言ってるのよ! “黒歌”!!」

 

 ぴたり、と。黒猫が動きを止める。その目は驚愕に見開かれて、私の顔を見る。

 ……あー、これは、もしかして、私、やらかしてしまった?

 私が呆けた一瞬に拘束が緩んでしまい、黒猫が私の腕の中から抜け出てしまう。

 その猫がみるみるウチに変化していき、1人の“少女”の姿を取る。

 

「……アンタ、なんで私の名前を……?」

 

 警戒心が丸見えの瞳で睨み付ける少女の問いかけに、私は思わず言葉に詰まってしまった。

 

(や、やっぱり……! 黒歌だ!)

 

 原作での主要人物の1人。ヴァーリと行動を共にしていた猫又にしてはぐれ悪魔のお姉さん。まさか、この黒猫が本当に彼女で、こんな所で会うなんて……!

 しかも、初対面なのに咄嗟に名前を呼んじゃったよ! え、えぇ、ど、どうしようこの状況!?

 黒歌は今にも飛びかかりそうな程に視線に敵意を向けて睨んでくる。……よくよく観察してみれば、彼女の纏っている服はボロボロだし、髪などもボサボサになっているのが見受けられる。

 ……えーと、確か黒歌ってどこかの悪魔に拾われて、その眷属になって実験体にされて、妹の白音、小猫を守ろうとしてそのままお尋ね者になって、という経緯だった筈。

 と言うことは、まさか今、目の前にいる彼女はその悪魔に拾われる前……?

 

「……本当に、黒歌なの?」

「……なんで私を知ってる? どこで知ったの!?」

「え、え、本物……? え? じゃあ小猫……いえ、白音ちゃんは?」

「――――」

 

 あ、殺気が増した。そう思った瞬間、黒歌が勢いよく地を蹴って私の喉笛を狙ってその爪を突き刺そうとして来た。

 咄嗟にその腕を掴んで、流れるように地に叩き伏せてしまう。私よりも年上のようだが、どうにも彼女の体を見る限り、ろくに食べ物も食べれずに衰弱しているのだろう。

 

「ぐ、は、離せ……! 離せぇッ!!」

「お、落ち着いて欲しいな……!」

 

 押さえ込むのには苦労しない。というか、そんなに強くない……?

 そうして私が黒歌を押さえ込むに四苦八苦していると、ふと視界の隅に何かが映ったような気がして顔を上げる。

 そこには白い猫耳を頼りなさ気に下げて、怯えたような表情を浮かべている女の子がいた。

 

「ぁ……ぁ……! 黒歌お姉様……!」

「ッ、白音! なんで出てきたの……!!」

「お、お姉様に酷い事、しないで!」

 

 体を震わせながら叫ばれる。怯えているのが丸わかりで、体が震えきっている。それでも私に組み敷かれている家族の為に出てきたのだろう。

 や、やっぱり本物……! え、えぇ!? ど、どうしよう、どうしよう、本当にどうしよう。咄嗟に名前を呼んでしまうなんていうミスもした上で、どうすれば……!

 

「落ち着きなさいって! 暴れなければ貴方達を突き出したり、酷い事はしないから!!」

「信じられるか! どこで私達の事を知ったの! 私達をどうするつもり!?」

「どうもしないわよ!! あぁもう、暴れ……暴れるなって言ってんのよ!!」

 

 思わず手が出た。鈍い音が響き渡って、黒歌の頭が僅かに揺れて、空気が抜けるような声を漏らしてがっくり崩れ落ちてしまった。

 ……動かなくなった黒歌を見て、私は思わず息を止めてしまった。や、やってしまった……!

 

「ね、姉様……!」

 

 まるでこの世の終わりのような顔を浮かべる子猫……白音? 小猫? えーと、まだ白音ちゃん! ややこしい!!

 不味い。とにかく、よくわからないけど不味い。何かが不味い気がするけれど、どう不味いかわからないけれど不味い……! 致命的に不味い……! あーもう! もうなるようになれ!!

 

「お、お姉ちゃんを助けたかったら逃げないで大人しくしなさい!」

「え?」

「いい? 大人しくするのよ? 暴れたらお姉ちゃんに酷い事するわよ!? 良いわね!?」

「え……ぇ……?」

「返事ぃっ!」

「は、はいっ!」

「よし!」

 

 びく、と身を震わせた白音ちゃんを確認して、意識を失った黒歌を肩に担いで、震えている白音ちゃんを逆の手で脇に抱え込む。

 

「え? え? え?」

「いい? 私が良いって言うまで喋らない! 命令よ! 返事!」

「は、はい!」

「よし!」

 

 残っていた魔力で私は半龍化する。そしてそのまま2人を抱えたまま走り出す。

 も、もうとにかく、拉致ってから後の事を考えましょう! あ、あぁーーもう!! どうしてこんな事になるの!?

 


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