深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.02

 ミスラ様の見舞いから次の日、約束された夜に私はシトリー家に集っていた。

 表向きの会食が終わって、場所は変わって面会室の一室。ここならば、と通された部屋で私はソーナとサイラオーグと向き合っていた。

 メイドがお茶とお茶菓子を置いて退室したのを見送ってから、私はソーナへと視線を向ける。

 

「改めてありがとう、ソーナ。サイラオーグも悪いわね」

「気にしなくていいわ、それでリーア? 話って何?」

「わざわざ目と耳と言うぐらいだ。何か秘密にしておきたい話なのだろう?」

 

 2人に問われて、私は頷く。それから一息を置くようにお茶を啜ってから話を切り出す。

 

「サイラオーグ」

「……む?」

「単刀直入に言うわ。私なら、ミスラ様を治せるかもしれないわ」

「何だと!?」

 

 机に拳を叩き付けるようにしてサイラオーグが立ち上がる。お茶を入れていたカップが鈍く音を立てて、ソーナも吃驚したように跳ね上がる。

 それに気付いたサイラオーグが、すまなそうに頭を下げ、謝罪を口にしてから席に着き直す。一瞬の動揺を隠して、サイラオーグは鋭い視線を私に向けてきた。

 

「すまん。……それで、母上の病をお前は治せると?」

「もっと詳しく検証すれば、ほぼ間違いなく。ただ、その詳細は伏せさせて貰うわ。ちょっと口外出来ない話なの」

「……それは、悪魔でも異例に近い人間界での活動にも繋がってるからか?」

「それも勿論あるわ」

 

 そう、正直に言えば私はイレギュラーのソレだ。この若さで領地経営に携わる等の行動はこちらでは噂になっているものだ。

 だからこそのサイラオーグの質問なのだろう。それも勿論理由に含むので、そのまま頷いて返してから。

 

「詳細は語れないけれど、私ならほぼ間違いない確率でミスラ様を治療出来るわ。その時間と環境を整えれば、という前提がいるけれど」

「……時間と、環境か」

 

 それを聞いて、サイラオーグの表情が苦々しげに歪む。そう、ミスラ様の治療事態は私がなんとか出来る目処は立っている。時間はかかるかもしれないけれど、逆に言えば時間をかければ可能なのだ。

 だけど、その時間と、それを許す環境を今の私達には用意出来ない。それに関しては私もソーナも、例え親を頼った所でバアル家に突っぱねられるのがオチというのが見えきっている。

 

「母上の現状を何とかしなければ、治療もままならない、という事か」

「例え治療が終わったとしても、という続きがあるわね。治療が終わっても、バアル家にとってのミスラ様の不名誉がなくなった訳ではないのだから。それを私が助けた、となればバアル家からどんな対応が飛んでくるか……」

 

 サイラオーグが継ぐ事が出来なかった消滅の魔力は、グレモリーに嫁いだお母様から生まれたお兄様が引き継いでいる。その皮肉さに大王家とも呼ばれ、プライドが高いバアル家は苦い思いをしている訳で。

 だからこそ、表だって私の手を借りてなんて出来ない。でなければバアルの本家を刺激する事になる。それは流石に起こしたくない状況だ。誰にとっても得じゃない状況を生み出してしまう事になる。

 

「……だから、治療が出来るようにする為には」

「俺が、現状を変えないと無理な話、と言う訳か」

 

 重々しく呟いたサイラオーグの言葉に、私は一瞬躊躇うように動きを止めて、けれどしっかりと頷く。

 私の手を借りて治療すれば、どんなに隠蔽してもいつかは私が関わった事が悟られるかもしれない。ただでさえ、眠りの病については特効薬や治療法は存在していないのだ。ある種、私がグレートレッドの力を有している為の反則技だ。

 問題なのは、治療した後。或いは治療の最中にそれを嗅ぎつけられた場合、サイラオーグやミスラ様の立場が悪くなる可能性が大きい。だからこそ、先日からずっと躊躇っていたのだ。

 

「私は治療は出来ても、アフターケアまでは手を回す事が出来ない。ここから先は政治の要素も入ってくる以上、ね」

「あぁ、わかっている」

「……一応、聞くけれど。貴方が私の“眷属”になるなら、全力で庇護するわよ?」

 

 意を決して告げた言葉に、サイラオーグはきょとん、とした顔を浮かべる。ソーナに至っては驚きに目を見張る程だ。

 私はただサイラオーグの反応を待つ。暫しの間を置いて、サイラオーグは笑い出す。

 

「ははは! なるほど、なるほどな。リーア、それは余計なお世話という奴だ。わざと口にしたのだろうが、それは不要というものだ」

「貴方がそう言うだろうと思ってたわよ。……ただ、貴方だけの問題じゃないでしょう。だから、逃げ道がある事に越した事はないでしょ?」

「あぁ。本当に余計なお世話だと言うのだ、こいつめ」

 

 くくっ、と喉を鳴らして。そして、息を深く吸ってサイラオーグは表情を引き締める。

 

「まさか、あの日の誓いを忘れた訳ではないだろう?」

「勿論」

「ならば、俺が正式にバアルの次期当主の座を手にすれば良いだけの話だ。それが叶えば正式にお前の助力も請える。……母上には負担をかけるが、こればかりは譲れん」

 

 燃えるような激情を瞳に秘めて、サイラオーグは私を睨むように見据える。

 

「俺は、お前と交わしたあの日の誓いを破るつもりはない」

「……うん。ごめん、わかってたけれど野暮だったわ」

「気持ちは受け取っておく。だから、この話はここまでだ。それでいいだろう?」

「ん。力にはなるわ」

 

 わかっていた返答に、正直に言えば私は安堵していた。サイラオーグならそう言ってくれるだろう、と。わかりながらも問いかけたのは、それでも2人の為に何かしたいと思う私の気持ちが収まらなかったからだ。

 けれど、サイラオーグはそれを不要とした。今は時期ではない、と。ならば、この話はここまでだ。歯痒さは無い訳ではないけれど、致し方ない。

 だからこそ、私がすべきなのはサイラオーグを信じる事だ。強くなってくれると、その未来を待つ事を。

 

「力になる、か。それならばリーア」

「……ん?」

「頼みがある。俺と手合わせをしてくれないか?」

「……手合わせ?」

 

 今度は私がきょとん、とする番だった。 手合わせというと、あの手合わせだろうか。

 

「若手の有望悪魔を撃ち倒したというお前の力、是非とも今の俺がどれだけ通用するか試したい」

「え、えと、う、うん」

 

 それは、うん、わかる。私は確かにコーネリア様を倒した訳だけど。あれからコーネリア様はどうしているだろうか……。

 うん。手合わせ。そうだよね、普通に考えればそういう発想になるよね。

 

「……どうした? 妙に歯切れが悪いが」

「いや、その。……いえ、なんでもないわ。手合わせよね」

「……リーア? どうしたの?」

 

 サイラオーグも、ソーナもどこか挙動不審になりつつある私に訝しげな顔を浮かべる。

 そう、手合わせだ。普通に考えればそうだ。サイラオーグの目的は強さを求める事なのだから。だから、自分の力を試したいというのはわかる。そして競うと誓ったのも私だ。それを違えるつもりはない。

 ……けれど、待って欲しい。はっきりに言うと“手合わせ”の経験が私は特殊過ぎるのだ。何せ相手は“あの”ドライグが主で。それ以外の相手と手合わせなんて、経験がないのだ。そんな事をしている暇など、なかったから。

 あぁ、と。そこで気付きを得る。私にとって戦いとは「差し迫った状況」にあるものばかりで、かつ敗北は許されない状況が多かった。

 私の力は心が源泉だ。だからこそ、今まではその切迫した状況を打ち崩す為に力を振るってきていたけれど、手合わせという目的の為に使う事は滅多になかった。

 ドライグとの手合わせは、あれは修行の意味合いが強かったし……だから、思わず戸惑ってしまったのだ。

 

 ――だって、“今”のサイラオーグが私に勝てる可能性は、ない。

 

 そう思って、自分に反吐が出そうになる。侮っている、と言えば否定出来ない。でも、少なくともそれだけは絶対だと思っている。

 だから、どうすれば良いのか正直わからない。いや、必要な事だと思うけど、思うんだけど……わからないの。

 サイラオーグと、どんな風に戦えば良いのか。そのヴィジョンが全然見えない……。

 

「……都合が悪ければ、断ってくれても良いが?」

「あ、都合が悪い、と言う訳じゃ。ただ、その……私が戸惑ってるだけだから」

「……?」

「う、うーん。……でも、断るのもモヤモヤするし……」

 

 サイラオーグと、私は競い合いたいと思っていた。けれど、それは“今”じゃないと思っていたからで。

 ……じゃあ、“その時”はいつなのかと自分に問えば、そんなのわかる筈もない。今、ここで戦うべきなのか。戦うとして、どう戦えば良いのか。

 けれど、受けないのも違うような気がしてきて。なんだか胸の奧がグルグルとして、もやもやしていく。言葉にならない不快感に私は眉を寄せてしまう。

 そして、暫し悩んで決めた答えは……サイラオーグの申し出を受ける事にしたという選択だった。

 

 * * *

 

 

 ――サイラオーグを、見下したくない。

 サイラオーグと手合わせをすると決めたのは、最終的にその思いがあったから。それでも、どう戦えば良いのか、向き合えば良いのかわからず。

 強くなりたい、自分の力を試したいという彼の前に私はどうあるべきなのか、未だに決めきれずに相対の時間が来てしまった。

 場所は、素材採取の為に訪れていた森の一角。その奧の開けた場所で私とサイラオーグは向き合っていた。

 体操で体を解しているサイラオーグに、少し離れた場所で見守りに徹しているソーナ。怪我したら必要でしょう? と秘薬やポーションなどを持ち込んでくれたのだから、本当に頭が上がらない。

 …… そう、ここまでしてくれたなら、いい加減私もはっきりしないといけない。正直、自分もここまで戸惑うのは計りかねてる。それを曖昧にしておくのは、なんだか逃げたような気がして嫌だった。

 

「準備はいいのか? リーア」

「……えぇ」

「……俺は胸を借りる立場だからな。お前が何を戸惑っているのかはわからんが、お前が受けると言ってくれたのならば、俺は全力でお前に挑むぞ」

 

 そう言って拳を構えるサイラオーグ。笑みは消え、ただ研ぎ澄ますようにこちらを見据える。

 ちり、と。まるで焼け付くようにサイラオーグから向けられた気に思わず立ち尽くす。

 あぁ、なんだろう。もう少しで、何かが晴れそうな気がした。いつもと違う感覚に、何故か戸惑う。

 

「ソーナ、合図を頼む」

「わかったわ。……えーと、では。カウントの後にはじめ、って言うから。それでお願いね?」

 

 見届け人のソーナが数を数え始める。3、2、1、と。それに連れて、サイラオーグから向けられる視線が強くなっていく。

 その視線の熱に釣られるように、まるで疼くように私の中で何かが震える。喉の奥まで来ているのに、口には出てこないようなもどかしさを感じる。

 

「――始めッ!」

 

 ソーナの合図と共にサイラオーグが走り始める。

 その速度は、やはり遅い。予測の範囲を超えない速度だ。

 拳が振るわれる。それを私は避ける。予測済みだったからだ。

 想定よりも遅い。あぁ、それもそうだろう。だって、それは、私がイメージする“彼の理想図”に比べればほど遠くて。

 拳を回避して、私は距離を取るように地を蹴る。それを追うようにしてサイラオーグが迫る。今度は振るわれた足を両手で受け止めて、その勢いを殺すように地を蹴って転がるようにして距離を取る。

 手は痺れる。まだ竜化はしていない。だから重い、それでも、全然足りない。私が戦ってきた相手に比べれば、全然軽くて。

 だけど、あぁ、なのに。なのに、なんでなんだろう。こんなに予想と違うのに、やっぱり私の中に浮かぶ彼に劣るのに、どうして、こんなに。

 再びサイラオーグが迫る。体勢を低く、最小限の動きで拳を打ち込もうとしてくる。避けに徹する私に追いすがるようにして、何度も、何度も拳が迫ってくる。

 時には手で弾き、時には紙一重で避け、それでも掠り、頬に朱の一線が引かれる。空気に触れて痛む頬に、心がざわめく。

 そう、心がざわめくんだ。まるで、あぁ、どんな風に言えば良いんだろう。

 

「……どうした、リーア。さっきから避けてばかりじゃないか」

「……ごめんなさいね、サイラオーグ」

 

 思わず、謝罪の言葉を口にする。背筋を伸ばして、ゆっくりと息を吸う。

 今、きっと私が浮かべている表情は――きっと、笑みなんだろう。

 だって、笑みが浮かぶよ。だって、彼が今、目の前にいる。サイラオーグが。

 私を倒そうと、私を見てくれている。私の前に居て、立ちはだかっている。

 

「こんな気持ちで、誰かと手合わせするのが初めてだから」

 

 いつだって、戦う時は必死だった。

 守りたくて、怖くて、触れられたくなくて。遠ざけるようにして、叫ぶようにして。

 戦いはいつだって必死だった。何かを掴まなきゃいけない、負ける事は許されない、と。

 負けない自信があるから? 勝てるという余裕があるから? そう思われるかもしれない。でも、でも違うと私は叫びたい。

 

「“競い合う”って、こんなに……こんなに、心が動かされるものだったんだね、サイラオーグ」

 

 知らなかったんだ。だって、私には夢はあっても、力はなかったから。でも、その夢を力に出来るから、これまで私は戦ってこれた。

 その力を得る過程は、他とは余りに違って、比べるようなものなんてなくて。ただ、それでも力はそこにあった。使いこなさなきゃいけなかった。

 焦っていたんだ。強くならなきゃいけないと。でなければ、何も為し得るものはないと。だから強くなる事に必死だった。きっと、今でも。

 だから、知らなかったんだ。サイラオーグが向き合い、私を倒そうと迫るその姿に感じ入ったものを。私を……見てくれていると。

 そこに悪意も、害意もない。邪な感情の色は何もなかった。ただ、ただ純粋に私と戦おうとしてくれた。殺そうとする訳でもなく、呪おうとする訳でもなく、立ち塞がろうとする訳でもなく、私の側に来てくれた。

 それがなんだか、はっきり言えばむず痒くて。でも、決して不快ではない。怖くはない。むしろ逆に、私も真っ直ぐに受け止めたいと思えるような、そんな気さえして。

 それが一層にサイラオーグの気を感じて、原作の彼を思い返してしまった。まだあの領域には遠い。でも、あぁ、それでも。その息吹は確かにここにあるのだと感じて。

 

「なんて、現金」

 

 見知ったものを見つけて安堵するような、そんな子供っぽいもので。

 あぁ、本当に。昨日のお節介も自分で野暮とは言ったが、本当に野暮じゃないか。

 だって、私は夢見ていたじゃないか。こうして、私が憧れたものの前に立つ事を。

 

「サイラオーグ」

「何だ?」

「――本気で、貴方と戦いたい。だから、だから」

 

 お願いだから、と。私は懇願するように。

 

「少しでも長く、私と戦っていて。はっきり言う、今の貴方にはまだ“負けられない”」

 

 そう。負けられる訳がないじゃない。だって、貴方は“もっと強くなれるんだから”。

 まだ、そこに辿り着いたと思えない私に見切られてるようじゃ、まだ早い。わかってる、これは理不尽だって。我が儘だって、そんなのはわかってる!

 でも、彼はここにいるんだ! いずれ獅子王へと至る彼が! 私の憧れが! あぁ、漸く気付いたんだ。

 私は、“守りたい”、“負けたくない”とは思っても……“勝ちたい”なんて、思った事がなかったんだって。

 挑む相手は、皆自分よりも強かったり、負けられない相手で。だから必死さに塗れて見失ってたんだ。私の憧れに、私が何を望んでいたのかを。

 

「ここにいると、感じさせて。ここにいると、感じて」

 

 ……あぁ、そうだ。何度も気付いて、何度も繰り返して、私はいつも初心を思い出すんだ。

 

「私は、ここにいると! 貴方に! 貴方達に!」

 

 強くなりたい。貴方達に肩を並べられるように。

 いつかの日、私はお兄様に“お前が憧れになりなさい”と言われて、ならなければいけないと思って、それは必要だと思って走ってきた。それは間違いじゃない。間違いじゃないんだけど、でも。

 本当は、やっぱり私は出会いたかったんだ。“原作”の彼等に。それが、叶わないと諦めていたのに。諦めなければならないと思ったのに。

 彼が、サイラオーグがそこにいる。届くかもしれない。なれるかもしれない。なら、あぁ、やっぱり。この思いに嘘を吐く事なんて出来ない! これがどんなに罪深い思いでも、この憧れを消したら私は私でなくなってしまうから!

 

「"悪魔の手(デモン・ヴェアリ)”、Boost」

『Boost!』

 

 手を掲げる。魔力を己の体に廻して、循環させて、飲み込むように。

 

「“我が目覚めは、泡沫の如き淡き夢”」

 

 叶わないと知った。だから、私が守らなければならないと思った。

 

「“この胸に、希なる望みを抱いて現に夢を見る”」

 

 私が壊してしまった。未来を、至るべき結末を。だから償おうと思った。

 

「“されど、現に在らぬ幻を重ねて思い焦がれる”」

 

 許されないと思った。私は、許されてはいけない。それでも。

 

「“故にこそ、我は矛盾の体現者”」

 

 それでも、望む事を諦める事は、やっぱり出来ない。

 

「“我が儘に、願い、望み、欲する、故に”」

 

 ……わかったよ、ドライグ。わかったつもりで、わかってなかった。だから今度こそ、私はこの思いを強く叫ぼう。

 

「“この身は、龍となる”!!」

 

 竜なら、強欲になろう。許されないと知っても、それでも望みたいと叫んでるんだ。

 元より、この身は悪魔だ。何もかも奪ってしまって、罪を贖いたい気持ちも嘘じゃない。

 だけど、望みを抱く事も……捨てられない。捨てる必要なんて、なかったんだ。

 許されたいなら、許しを請えば良かったんだ。だから、これが、これこそが!

 

「――“我は『夢現の龍』なり"(メタモルフォーゼ・リインカーネイション)!!」

 

 私が、私だと言えるものだから。二度と手放さないように、強く、強く叫んだ。

 

 

 * * *

 

 

 ストロベリーブロンドの髪が舞う。頭部に生えた角は竜を思わせる角、その背には竜翼を背負い、彼女の姿は変わった。

 開いた瞳は虹色を収めたプリズムに、真っ直ぐに裂けたかのような瞳孔。それは悪魔の瞳と言うよりは、やはり竜の瞳とも言うべきものか。

 サイラオーグ・バアルは息を呑む。これが、冥界を騒がせた異端児たるリアス・グレモリーの姿なのかと。

 最初に出会った彼女は、自分と同じく魔力を持たない子だった。けれど、共に夢と将来を誓い合った。お互いの夢を叶えよう、と。その言葉をサイラオーグは忘れずにいた。

 風の噂で届いた話に耳を疑い、我が事のように喜び、しかし悔しさに胸を掴む事もあった。彼女は誓いの通り、夢に向かって邁進しているのだと思ったから。

 それに対して自分はどうだ、と惑う事もあった。けれど、その度に自分を叱咤したものだ。こんな所で折れては、合わせる顔がないぞ、と。

 そうして偶然の再会と、自分が抱える悩みと問題にも解決の手立てがあるという彼女に、そしてそれを以てしても叶えられない自分の現状にどれだけ悔恨を抱いたか、きっとサイラオーグ本人以外にはわからぬであろう。

 それでも、折れぬと。だから確かめたかった。今、自分と彼女がどれだけ差があるのかを。それを目標に出来ればと思っていた。

 

「……これ、が……!」

 

 息を呑む。これが、リーアなのかと。力がない、なんてそれは嘘だろう、と。

 勝てない。まず、真っ先に思った。感じる力の圧は、自分には到底届かないもので。

 リアスは真っ直ぐに自分を見ている。挑みかかろうとしている。

 ……それでも、サイラオーグは拳を握った。

 

「……リーア。お前も、色々と経験し、迷う事もあったんだろう」

 

 手合わせを申し込んでから妙な様子で、そして先程投げかけられた言葉からサイラオーグはリアスの思いの一端を感じ取る。

 それがどういうものなのか、経緯を知らぬサイラオーグにはわからない。それでも感じる事は出来る。

 彼女もまた迷い、惑って、膝をつきそうでも、転んでしまっても。その度に何度も起き上がって、挑み続けてきたのだと。

 その上で、何かを吹っ切るように言葉は紡がれた。自分を見て欲しいと、戦って欲しいと、競い合わせて欲しい、と。

 あぁ、それは――俺も同じだと、サイラオーグは心に思い浮かべた。

 

「その上で、お前と戦える事に……俺は今! 嬉しさを感じている!」

「うん」

「戦おう、リアス」

「比べ合おう、サイラオーグ」

「俺達の夢はまだ先で」

「まだ、遠くて」

 

 それでも、と声が重なって。

 

「お前と向き合っていたい」

「貴方と向き合っていたい」

 

 微笑み交わして、息を吐き出すように笑って。

 そして、互いに示し合わすように――その拳を振り抜いた。

 誓いにも、夢にも未だ遠く。されども、ここに今、向かい合ったのならば。

 

「サイラオーグッ!!」

「リーアッ!!」

 

 さぁ、比べ合おう。自分達は、どこまであの日の誓いに近づけたのかを確かめる為に。

 


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