深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.03

「ジオティクスったら……そんな話をリーアにしたのね」

 

 お父様とのお茶会から後日、私はお母様の下を訪ねていた。その時にお父様から伺った話をするとお母様はくすくすと笑った。

 私はお母様の膝の上に座らされて、髪を撫でられながら話を聞いていた。指を通る感触が心地良くて目が細められる。

 

「ジオティクスとサーゼクスの悪癖はねぇ……理由はあっても許される事ではないのだけどね。けど、サーゼクスが今のように立派になったのも、あの息抜きがあっての事と思うと本当に複雑よね」

「お父様に関しては?」

「あれは元から、素よ。私と出会ってからずっとそうなんだから。思い付いたらすぐに飛び出していって!」

 

 面白おかしくお父様の事を語るお母様の声は明るくて、随分と楽しげだ。

 

「それにしても、そう。貴方が私に似てるねぇ……」

「どう思います?」

「そうだったら嬉しいと思うわ。娘が自分に似てる、なんて言われて喜ばない親がいて? まぁ、悪い所を受け継いだらまた話が違うのでしょうけど」

 

 髪を撫でていた手が今度は頬に伸びて私の頬を摘む。そのまま軽く頬を引っ張られる。

 

「い、いひゃいです、お母様」

「無鉄砲な所は私譲りなのかしらねぇ……? 確かに私も昔はやんちゃしたものだけど……」

「無鉄砲って……」

 

 指を離された頬を撫でながら私は膝の上で体勢を変えてお母様と向き直る。どこか難しそうな顔をして私を見下ろすお母様と目が合う。

 腰に手を回されて抱き寄せられる。目を細めながら、まるで値踏みをするように見つめてくるお母様に思わず逃げるように視線を彷徨わせる。

 

「そう、貴方はちゃんと私に似てる所があったのね。容姿だけじゃなくて、中身もちゃんと……」

「……お母様?」

「別に、貴方が私の娘じゃないなんて思った日は一度も無かったわ。けど、貴方がどんどん遠く離れていく度に寂しかったのね。だから、こんな身近な共通点を見つけられて少し嬉しいわ」

 

 手を握られ、その手を自分の頬へと持ち上げて触れさせるお母様。目を閉じて私の手の熱を感じるかのように。

 一方で私は何も言えない。お母様に寂しい思いをさせてしまったのは事実で、それは私の振るまいの結果なのは受け止めないといけない。

 

「……貴方もサーゼクスに負けず劣らず大変ね」

「聞きました。お兄様の時も苦労なさったって」

「えぇ。……でも、貴方は確かにサーゼクスよりも私に似ているのかもしれない。無鉄砲で、頑固で、ひたすら前を向いて走っていく。私もお転婆だったのよ? これでもね」

「お父様の頭が上がらないぐらいには、ですか?」

「ふふっ、言うじゃない」

 

 額を合わせるようにして距離を寄せられる。同時に包み込まれるように抱きしめられて、私は力を抜くようにして身を預ける。

 

「……ねぇ、リーア」

「何ですか?」

「貴方は目標を決めたら頑張れる子なのは知ってるわ。だから、私に改めて教えて欲しいの」

「何を……?」

「貴方の目標を。貴方がなりたかった理想の姿。……貴方の知る“リアス”について、聞いて良い?」

「……“リアス”について、ですか?」

 

 思わず戸惑ったような声を漏らす私にお母様は額を離して私の目を見つめる。

 

「聞いても良い?」

「……別に、構いませんけど。あの、私はもう“リアス”じゃない事を気にしてる訳じゃなくて」

「わかってる。でもね、聞いておきたいの」

「……じゃあ」

 

 少しの逡巡の後、私は口を開いた。私がお母様に語るのは、この世界で生まれる筈だった紅髪の悪魔のお姫様の事。

 美しいストロベリーブロンドの髪を靡かせて、女の子として、貴族として、精一杯頑張って、恋をして、たくさんの仲間に囲まれたお嬢様の事を語った。

 私が無くしてしまった存在を、私が憧れた存在の事を。今もまだ、どこかで胸を焦がしているだろう彼女のことを私はお母様に聞かせた。

 ……そういえば。誰にも、誰にも“リアス”の事を喋った事が無かったと粗方喋り終えた後、私は気付く。

 

「そう、“リアス”はそんな子だったのね」

「……はい。私が大好きな、憧れた可愛い女の子でした」

「今も、後悔してるの? 貴方がリアスとして生まれた事」

 

 思わず息を呑む。……常に意識する程ではなくなったけど、それでも意識をすれば罪悪感が消えた訳じゃない。

 私らしく生きると決めた。彼女に負けないように生きると決めた。あの姿を超えていくんだって。

 でも、その思いの源泉にはやっぱり奪ってしまった後悔がある事は間違いがなくて、それはもうどうしようもなくついて回って、取り除く事なんて出来ない。

 そんな私の気持ちを察したかのようにお母様が腕に込める力を強めた。そっと、頭をお母様の指が撫でていく。

 

「本当に素敵な子だったのね。貴方がその居場所を奪ってしまった事を悔やむ位に」

「……はい」

「それは、とても辛いわね。理想に憧れていただけなのに、その居場所を奪って与えられてしまったら、それはどんなに辛いことなのかしら」

 

 投げかけられた言葉と、髪を通る指の感触に私は固く目を閉じた。

 あまりにも優しい言葉だった。その分だけ、心が軋むような音を立てているかのようで。

 

「ねぇ、リーア? 我が儘を言っても良いかしら」

「……我が儘ですか?」

「貴方には、その“リアス”に負けない位に可愛くて、綺麗で、素敵な女の子になって欲しいのよ」

 

 思わず固く閉じていた瞼を見開いて顔を上げる。お母様は真剣な表情を浮かべて私を見下ろしていた。

 投げかけられた言葉を反芻して、意味を咀嚼していく。でも、だって、それは。

 

「……それは」

「とても重たいお願いよね。貴方の重石になるわ。でも、願っても良いなら私は願いたい。だって“私のリアス”は貴方しかいないんだもの。私の子が一番なのよ、って胸を張って言いたいのよ。それを貴方にも誇って欲しいの。それが“生まれてくる筈だった貴方”が相手でも、ね?」

 

 お母様の両手が私の頬を包むように触れる。持ち上げられるように視線をお母様と合わせる格好となる。

 淡い表情だった。笑みとも言えるし、悲しみとも言える。お母様の形容しがたい表情の前に私は言葉を失い、思わず目を合わせたくない思いに襲われる。それでも目を逸らす事は出来ない。出来なかったのか、しなかったのか。後で考えてもきっと答えは出ない。

 この瞬間、私は確かにお母様に捉えられてしまっていたから。

 

「私は甘えてたわ。母親として何もしてやれない。待ってあげる事が、居場所になってあげる事が母親として貴方を傷つけずに出来る勤めだと思ってた」

 

 でも、と首を力なく左右に振ってお母様は否定した。それは懺悔するかのようにも見えて、けど弱さは垣間見えない。改めて捉えられた視線には力と熱が篭もっていた。とても暖かい色、私を包むような温度で。

 

「私も怖かったのよ。サーゼクスとも違う貴方に戸惑ってしまった。サーゼクスも貴方も力に迷って、傷ついていたのは知っていたわ。けど、サーゼクスは求めてくれたわ。怯えながらも、恐れながらも私に母を求めてくれてた。でも、貴方は違った。貴方は求めようとしてくれなかった。逆だったわ、貴方は私を母にしてくれようと自分を追い詰めた」

 

 お母様の言葉に思わず息を呑む。それは、否定出来なかったから。

 だって、私は本当はなるべき筈の子供じゃなくて、その居場所を奪ってしまった子だったから。

 貴方は母親じゃない、だなんて言える筈もないし、言いたくもなくて。貴方の子です、と言うには自信が無くて。だから証明が欲しかった。本来の貴方の子と同じぐらいの証明を手にする事が出来たら、その時はきっと、なんて思って。

 

「貴方が家に戻ってきて、獣のように振る舞った姿を見た時、間違いに気付いたわ。なんて愚かだったんだろう、って」

「それは、お母様が悪い訳じゃ……」

「貴方にとっては、ね。私にとってそれはあまりにも情けない、本当に涙が出てくる程に情けなかったわ。こうなる前に出来る事なんて山ほどあったのに、なんて」

 

 後悔を口にしているのに、それでも穏やかな微笑を浮かべるお母様から目を逸らす事が出来ない。

 

「だから決めたの。貴方の母親になりに行こう、って。貴方に足りないものを埋めてあげられる親になろうって。だから、証明をあげる。私の可愛いリーア」

「……証明、ですか?」

「私は貴方の母親。貴方は私に似ている、今の貴方になる前にどこかの誰かだったのだとしても、その血肉は私と私の愛しい夫の間に生まれたもの。どれだけ変わっても、どれだけ違っても、こうして貴方と私に共通点があるなら私達は親子になるのが必然だったのよ」

 

 強く、強く抱きしめられる。胸に納められて、閉じこめる程に。

 

「今までずっと貴方に助けられてきたわ。守られてきた。だから、今度は私が守りに行くわね、リーア。だから、まずは貴方を守る証明。私の娘は貴方だけ。数奇な運命を背負って生きていかなければいけない貴方の母親よ。その為に、私も強くなるね? 貴方を守りたいから。貴方の母親でいたいから。だから、貴方もそうしてね。何でも良いの、貴方が生きていて喜んだこと、怒ったこと、悲しんだこと、楽しんだこと、それを聞かせてね? 私の娘と生きた記憶を私に頂戴ね」

 

 …………あぁ。

 何を、思っているのか。

 何を、言えばいいのか。

 何を、伝えればいいのか。

 ぐちゃぐちゃで、何も声が出ない。

 心が軋んでる。いっそ叫びたい程だった。

 絡め取られてる。この温もりに。この暖かさに。その言葉に。

 

「……おかあ、さん」

「……なぁに?」

 

 零れ出た言葉は、いつもと違う呼称だった。

 染みついたものではない、こぼれ落ちた呼び名。

 いつもと違うには訳があるのに、その意味を悟る事は私には出来そうになくて。

 しがみつくように抱きついた。嬉しかった、それは間違いなくて。でも、それだけじゃなくて。

 

「……期待されるのは怖い?」

「……ッ……」

「自分が知る結果よりも良くない結果になったら、辛い?」

 

 怖い、辛い。そうだ、それもある。否定出来ない。

 喜びと同じぐらいの絶望が常に横たわっている。だって、だって、私は、弱いから。

 だから強くなろうとした。自分で自分を認められるぐらい。強くなって、強くなれば、そう思ってここまでやって来た。

 

「良いのよ、別に」

「……別に、って」

「決めたの。それで良いって。その分、私が頑張るわ」

 

 とん、とん、と。心音のリズムで背中を撫でられて。

 

「リーアだけで理想を作るものじゃないんだから。貴方は理想の貴方に、私は理想の母親に。それは私だけじゃなくて、ジオティクスやサーゼクス、グレイフィア、もっと多くの皆が貴方と一緒に望む事。一緒に夢を見ましょう? それじゃ、ダメ?」

 

 皆で、夢を。

 一緒に、理想を。

 それは、何故だろうか。

 心にすとん、と嵌って。

 体から力が抜けていく。

 思わず笑いが零れて。

 

「……そう、でしたね」

 

 私の理想にはいつも皆がいる。

 だから、私だけが頑張った所でそれは届かないものなんて、なんで理解出来なかったんだろう。

 いつかの私は世界を変えたいと言った。確かに世界は少しずつ変わって。けど、それは皆が変わってくれたからだって、今になって気付いた。

 言葉を尽くしたのは何故? 行動を尽くしたのは何故? それは皆に変わって欲しいから。それを素直に伝える事を、いつからしていなかったんだろう。

 

「……皆の為に、頑張ってきたんです」

「そうね。貴方は頑張り屋さんだから」

「皆が変わっていくのを見て、不安に思う事もあったけど嬉しかったんです。私がここにいる証に見えて」

「そうよ。だって貴方が頑張って手に入れたんだもの。でも、それは貴方だけのものじゃない。それでも、貴方が何もしなければ得られなかったものよ」

「誇って、いいんでしょうか?」

「当たり前じゃない」

「お母様も、誇ってくれる?」

「えぇ、勿論よ」

 

 満面の笑みで返された言葉に、私も自然と笑みを浮かべられた気がする。

 体の力を抜いてお母様に身を預ける。懐かしい、昔は頑張って、疲れ切って、その度にお母様に抱きついていた。そんな記憶が過ぎる。

 

「……こうして甘えきるのも久しぶりですね」

「えぇ、そうね。だって貴方ったらずっと前だけ見て走ってるんだもの。たまにはこうして帰ってきて、ゆっくりしなさいな。私の為にも」

「ふふ……そう、ですね。お母様はあったかくて、優しくて……本当に、大好きですから」

「……ねぇ、リーア?」

「はい?」

「ありがとう、は聞いても。大好きって言われたのは……初めてかもね?」

「……そうでしたっけ?」

「そうかも。こうして改まって言われたのは初めてね、少なくとも」

「だったら、もう一回。好きです、大好きですお母様」

「えぇ、私も。大好きよ、可愛いリーア」

 

 ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、抱きしめて、私とお母様は互いに笑い合った。

 それがなんだか嬉しくて、それ以上も言葉に出来ないぐらいに、ただ嬉しくて。

 互いに満足するまで、私達はお互いの事を抱きしめ続けた。

 

 

 * * *

 

 

 ―――夢に沈む。

 上下左右、天地もない夢の世界。されど、この意識はどこまでも深く落ちていって……。

 しかし、何故かその途中で柔らかい感触に抱きしめられた。後頭部に押し付けられる柔らかい感触と、腰に回される腕の温もりを感じる。

 

「……いきなり何。グレートレッド」

 

 夢へと潜った私を出迎えたのは、“リアス”の姿を象ったグレートレッドだった。ドライグをおちょくる為の姿の筈だけど、なんで私の夢の中までもその姿になってるんだろう。

 

『お前が望んだ』

「……望んでない」

『我はお前の夢を映し、お前は我に夢を映す』

「……むぅ」

『嘘つきはどちらだ?』

「……私だよ」

 

 グレートレッドに体を預けながら私は諦めたように呻く。抵抗もせずにグレートレッドに抱きしめられるままになる。

 

「……甘えるって、凄く心地良くて」

『しかし、甘えきれないか』

「……うん」

 

 今日はお母様に甘えさせて貰った。それはとても心地良くて、暖かくて、嬉しくて。

 でも、心の中で甘えていると叫び出す部分がある。それは罪悪感と焦燥感という名の感情で。永遠に消し去る事は出来ないんだろうと思う。まるで古傷が苛むように心に巣くって離れない。

 だから、心底不本意だけど、私が気兼ねなく甘えられる存在と言えばグレートレッドなのだという事に気付いて、気付かれていて、今に至る。

 

『おっぱい気持ち良い?』

「なんでおっぱいに拘るのよ……」

『面白いから?』

「私は面白くないよ」

『笑っていた癖に』

「……それは、だって自分の事じゃなかったし」

『スイッチ姫』

「止めなさい」

 

 そんなやりとりをしながら息を吐きながら背の感触に身を預ける。目を閉じて、体の力を抜いていると抱きしめている手が動いてお腹を撫でられる。

 くすぐったい、と言うようにお腹を撫でる手を伸ばすと手を握られ、握り合わされる。

 

『落ち着くか?』

「……うん」

 

 それから少しの間、お互いに沈黙の時間が流れる。

 ねぇ、と私が口を開けば、なんだ? と返す声がして。

 

「私、生きたい」

『あぁ』

「この世界で、この世界の人達と、私がいて、皆で笑えるようになりたい」

『あぁ』

「私、生きてて良いだけの事が出来てるかな?」

 

 弱音のように零した言葉。いつもなら吐けなくて、まるで赦しを乞うように呟かれる。

 

『証明が欲しいのか』

「……うん」

 

 ここにいて良いと思えるだけの、明確な証明が。

 私はただそれが欲しくて、欲しくて堪らなくて、それが無いと息をするのだって苦しくて。

 

『証明ならあるではないか』

「それは、何?」

『お前自身だ』

「……それじゃ、よくわからない」

『我を認識するお前が価値の一つだ。我は個人の夢に寄る事はない。我は夢幻より生まれし龍神なれば、本来では現には関わらぬ、交わらぬ。そもそも夢は全て繋がっている。現で交わる必要性はない』

 

 そっと、腰に回していた手が私の胸まで伸びて、まるで心臓の音を確かめるように。

 

『しかし、我はお前という夢を見た。お前は我という夢を見て、繋がり、感じさせ、思い、考えさせる。我はそれが楽しい。お前が知る世界、お前が至る事はない世界。差異が生まれ続ける世界で鮮烈に生き続けるお前は、愛おしいと言うのだろう。故に、我はこう呼ぶのだ。我が夢、と』

 

 優しく抱きしめられる。母がそうしてくれたように。

 

『お前は我が夢。最早、我が半身とも言えよう。故に我はお前を見続ける。お前を通して世界を見続ける。世界を通してお前を見続ける。その夢の様はさながら万華鏡が如く。お前の価値は既にあるのだ』

「……私は、貴方の娯楽?」

『娯楽。あぁ、そうだ。何よりも楽しい娯楽だ。お前という夢を見るのは楽しい。美しい。心が躍る。数多の夢を渡れど、数多の夢に繋がれど、夢より生まれた我は夢を見る事はない。そんな我が見る夢がお前だ。お前だけなのだ。それが既に価値だ。お前が生まれ、生きているだけで、それが我が価値となる』

 

 そうだな、と。いつの間にか頭に手を添えて、私の髪を梳くように撫でながら。

 

『我が夢、お前の一生という物語には価値があると我が断言してやる』

「……グレートレッド」

『だから、生きよ。我の為に。悩み、苦しみ、傷つき、血反吐を吐き散らせ。その果てでつかみ取れ。それが幸福ならば、それも良い。それが栄光ならば、それも良い。それが永遠ならば、それも良い。我はお前の全てを肯定し、見守ろう。お前という夢が終わるその日まで。お前の価値は、余すことなく我が肯定するのだから』

 

 そうだ、と。耳元で囁くように。

 

『お前が我を呼び続ける限り、我と繋がり続ける限り、お前の価値は消える事はないのだ』

「……うん」

『我はお前を救わぬ。我はお前の夢、お前は我が夢。己を救うのは、己にしか出来ぬのだから。我は映し鏡、望むならば証明を、力を、その全てをお前に与えよう』

「……大袈裟だよ」

『あぁ、お前がそう思うのなら大袈裟なのだよ』

「……うん。うん、ありがとう。そうだね、私は救われたい訳じゃない。私は認めたいんだ。自分を。だから、認められない自分のままだから、貴方に問いかけちゃう。貴方に縋っちゃう。でも、貴方は私の映し鏡。決して貴方は私を救わない」

 

 グレートレッドの腕の中で体勢を変えて、向き合うように。

 そこに“リアス”を摸したグレートレッドがいる。この姿も“私”がいるからこそ象っている姿。私が憧れる姿、私の心の中に潜むその姿を借り受けたもの。

 グレートレッドは決して私を救わない。呼びかけはしても、私の破滅を食い止めてはくれない。けど、私が呼びかければ答えてくれる。私が諦めない限り、力をくれる。

 夢幻。夢に幻、そこに形はなくて。だから、この思いを形にするのは私しかない。私自身でなければダメなのだ。

 

「楽しくさせてみせるよ。だから、私が終わるその日まで、どうか」

『あぁ、誓いが必要なら誓おう。我が夢を』

「悪魔らしく、契約で?」

『成程』

「契約しよう。改めて、この貴方に貰った心臓に誓いを立てよう。この一生が終わるその日まで、貴方を魅せ続けるから」

『契約しよう。お前が魅せ続ける限り、共に在ろう』

「ありがとう。……ありがとう、グレートレッド」

 

 私が生まれてきたのは、貴方がいてくれたから。

 私の夢を見たいと言ってくれたから。私の夢を映してくれてるから。

 価値だと言ってくれた。だから決して裏切らない。貴方だけは、絶対に。

 

「生きるよ」

『あぁ』

「私、強くなったかな」

『我の言葉を受け止めた、それが示す証明は?』

「……わかんない。そういう事にしておいて」

『あぁ』

 

 ぎゅっ、と。グレートレッドを抱きしめて、また目を閉じる。

 

「理想の自分に、なるよ。いつか、必ず。だから、どうかそれまで」

 

 返答はない。けど、抱き締めてくれた腕の温もりが返答に思えて、また私は笑った。

 明日から、また頑張ろう。そう思える夢の中の、夢のような時間で。

 

 


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