深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.07

「ふっ!」

 

 レイナーレの投げ放った光の槍が下級悪魔へと突き刺さり、崩れ落ちるように悪魔が消滅していく。レイナーレの背の後ろには一誠達がいて、朱乃も雷を放ちながら牽制している。それでも近づく悪魔には一誠が朱乃の補助を受けて立ち回る。

 遊撃へと回るレイナーレの勢いは止まらない。手に構えた槍をそのまま振り回し、袈裟懸けに悪魔を切り伏せる。その悼みに悶絶しながらまた1体、悪魔はレイナーレの餌食となる。

 

「ちっ、数だけは多いんだから」

 

 レイナーレが悪態を吐くも、その数はかなり目減りしている。全滅させるのは容易いだろう。レイナーレがそう思った時だ。

 レイナーレが感じたのは重圧、それは圧倒的な力の持ち主が現れた事を知らせる危険信号。一気に汗が噴き出て、レイナーレは弾かれるように空を見上げた。

 数多の魔法陣が一気に展開され、レイナーレが喰らえば抵抗も出来ずにあっさりと消滅させられるだろう一撃が無数に放たれる。放ったのはシャルバだ。その表情を憎悪と恐怖に歪ませながら、彼は一心不乱に魔弾と解き放つ。

 シャルバの悪意を込めた魔弾を打ち払うのは、赤き龍人。四肢を竜の如く変貌させ、紅の髪を揺らし、闇の中に浮かぶ満月の瞳を爛々と輝かせながら吠えるリアス・グレモリー。爪で、尻尾で、足で、シャルバの魔弾を鬱陶しいと言うかのように打ち払いながらリアスが突き進む。

 一撃。懐に一気に飛び込んだリアスがシャルバの腹部を殴りつける。そのまま血反吐を撒き散らしながらシャルバが吹き飛んでいく。追撃を仕掛けようとするリアスと、応戦するシャルバという構図が再び戻る。

 

「……何、アレ」

 

 体の震えが止まらない。レイナーレはただ、恐怖に怯え竦んでいた。明らかな自分よりも強者。あの魔弾の1つ1つが、そしてそれを打ち払う圧倒的な暴力が、それはレイナーレの命を奪うには余りにも十分過ぎる。

 それが上空で、手の届きそうな位置で暴れ回っているのだ。恐怖を感じるな、という方が無理だろう。それはレイナーレ達が相対していた下級悪魔達もそうであり、戦場は膠着してしまっていた。

 

「……リーア?」

 

 そんな上空で戦うリアスの姿を一誠は呆然と見上げていた。

 一誠だけではない。イリナも、朱乃も。その姿が信じられないという思いで見つめていた。

 

「グレモリィィイイイ!!」

 

 咆哮を上げて拳を振りかぶるリアスにシャルバがカウンターのように魔弾を至近距離から撃ち放つ。

 炸裂。直撃を受けたリアスは尾を引くようにして地面へと落下していく。その勢いのまま、地面に叩き付けられて粉塵が舞う。

 しかし、その粉塵もすぐに風に吹き飛ばされる。シャルバによって吹き飛ばされた肉体がじわじわと復元していく。うなり声を上げるようにリアスは天を向き、シャルバを睨め付ける。

 

「り、リーア!」

「あ! この馬鹿! 見てわからないの!? 今のアイツに近づくのは危険よ!」

 

 そんな様子を見てられなかったのか、イリナが駆け出す。リアスが落ちた場所まで。一歩遅れて一誠と朱乃が駆け出したのを見て、レイナーレは悲鳴のような声を上げる。

 止めなければ。しかし、体がリアスに少しでも近づくのを拒絶している。あの暴威の塊になんて近づきたくなかった。だからこそ、レイナーレはその場から動けない。

 

「死ね、死ね、死ね! たかがグレモリー如きが、この私に! 滅びろ、滅びよぉぉおおお!!」

 

 怒りに我を忘れたシャルバが巨大な魔法陣を描ききる。そこに蓄えられた力は解き放てば周囲を蹂躙し尽くすのは想像に難くない程の力を感じる。

 それが、ただ一点に。リアスへと向けられた殺意を下に力が溜まっていく。

 その力の高まりを感じて、リアスは地を蹴ろうとしたものの足の再生が追い付いていない事に気付く。翼も皮膜が破れ、再生にはまだ時間がかかっている。

 僅かに足りない。しかし、その僅かの為にリアスは地上を離れる事が出来なかった。

 

「リーア!」

 

 更に、そこに駆け寄ってきたイリナの存在を見て、リアスの闇に沈んでいた瞳に光が灯る。

 

「イ、リ、ナ」

 

 途切れた、掠れるような声。意識がまるで混濁している。何も考えられない。ただ、イリナがそこにいる事実が何よりも救いのような気がした。

 空を見上げる。暴威の渦が吹き荒れている。このままではイリナを巻き込むだろう。させる訳にはいかない。

 足は動かない、翼も間に合わない。ならば―――迎え撃つ。

 翼の再生の意識を足へと集中させ、立ち上がる。しっかりと大地に爪を立て、拳を握った手を引き絞るように構える。

 リアスが吐き出す息、そこから溢れた力が少しずつ渦となり、それはやがて固まっていき小さな球体を生み出していく。力が渦巻く度にその球体は少しずつ、少しずつ大きくなっていく。

 地が、空が、世界が振動していた。シャルバの力の高まりと、リアスの力の高まりがぶつかり合い、世界が重苦しく圧を与えていく。

 その影響を受けてしまったのは何よりも子供達だ。もう少しでリアスに手が届く、しかし届かない距離で膝をつく事になったイリナ。その少し後ろでは同じように足が震え、先に進む事も戻る事も出来ない一誠と朱乃。

 

「リーア……! リーアァアアアアアッ!!」

 

 イリナが喉を震わせて、彼女の名を叫ぶ。

 辛かった。何が辛いのか、明確にわからないけれども。

 怖かった。何が怖いのか、明確にわからないけれども。

 見たくなかった。あんな彼女の姿を。見たくなかったと心が叫んでいる。

 だって、あのリアスの姿は、まるで―――追い詰められて、泣き叫んでいるようにも見えてしまったから。

 

「滅びろぉぉおおおお!! リアス・グレモリィィイイイーッ!!」

 

 シャルバの渾身の一撃が放たれる。それは地を飲み込み、蹂躙するだろう暴虐の渦。

 それを、闇に沈みながらも意志を取り戻した金色の瞳が睨み付ける。

 

「ド、ラ、ゴ、ン」

 

 何故、それを選んだのか。後で聞いても、本人にもわからないだろう。そして、その技は繰り出される。

 体をイメージ通りに動かす。既に、リアスの魔力が凝縮された球体は今か、今かとその時を待っていた。

 迫り来る暴威の嵐に向けて、リアスは矢を解き放つかのように拳で魔力の球体を押し出した。

 

「―――ショットォォォオオオオオッッ!!」

 

 音が爆ぜた。それはまるで龍の嘶きの如く、世界を震わせた。

 リアスの拳によって弾けた力の奔流は、光の柱を天に穿つように伸びていく。

 それはシャルバの生み出した暴威の渦を一瞬にして掻き消し、目を見開くシャルバを飲み込んで―――。

 

「……ぁ」

 

 ……静寂。

 誰もが、動けなかった。

 ようやく音が戻ってきた世界で、イリナが見たのは。

 血まみれになって、裾もスカートも無惨に破れたドレス。

 それを身に纏う少女の四肢は龍のもので、その頭部にも角が伸びている。

 振り返ったその顔にも鱗が浸食するように覆い始めていた。

 目は闇色に染まった眼に、金色の月のような瞳。

 血染めの紅、痛んだ赤、鮮血の色、傷ついた姿を晒すリアスは言葉もなく、ただ佇んでいた。

 

「……」

 

 名を呼ぼうとした。

 しかし、声が出ない事に気付いた。

 足が震えて動けない。立つ事が出来ない。

 そんなイリナを見て、リアスが目を細めて……微笑した。まるで心底、安堵するように。

 そのまま前のめりに倒れていき、リアスが倒れる鈍い音がイリナの耳にも届いた。

 

「リ、リーア! しっかりして、リーア! リーア! リーアァッ!!」

 

 半狂乱のようになりながら、ようやく動き出した体に渇を入れてイリナはリアスに縋り付いた。

 戦いは終わった。しかし、勝者の姿はあまりにも無惨で。……果たして、これは勝利と呼べたのか、誰にもわからないまま。

 

 

 * * *

 

 

 事の顛末として。

 一連の騒ぎは表沙汰になる事はなく、来日していたコンティーニ助祭枢機卿達は秘密裏に帰国。まるで“来日などしていなかった”と言わんばかりに、この事件は静かに闇に葬られる事となった。

 そして駒王の地は日常に戻らされた。誰も、あの時の事実を知らぬまま、事実すらも緩やかに消え去っていく。

 日常に戻れば当然、学校が待っている。学生なのだから学校に通わなくてはいけない。

 

 

 ……例え、そこにリアスの姿が無かったのだとしても。

 

 

 倒れたリアスだが、龍化が解けなかったので人間の病院に連れて行く事も出来ず、冥界の病院へと転送された。

 イリナ達はその光景をただ見つめる事しか出来なかった。そして、リアスはまだ日常へと戻ってきていない。

 そこにリアスがいない。いて欲しい彼女がいない。イリナの表情には陰りが出来ていて、それは朱乃にとっても同じだった。

 慰め合うかのように無言で一緒の帰り道を進む。言葉はない。けど、1人でもいたくない。そんな複雑な心境のまま、イリナと朱乃は帰路を進む。

 

「あ、おーい! イリナ! 朱乃!」

 

 そこに声が聞こえた。イリナと朱乃が振り返ると、そこには一誠がいた。

 ぶんぶんと手を振る彼の後ろに、2人は既視感を覚えるような人物を目撃する。

 紅の髪を揺らして、柔和な表情を浮かべた美しい青年。思わず息を呑むイリナと朱乃を前にして、男――サーゼクス・ルシファーは穏やかに挨拶をした。

 

「やぁ、お嬢さん方。いつも妹が世話になっているね」

「……リーアのお兄さん?」

「それって……魔王様!?」

 

 既視感に思い当たり、イリナがぽつりと呟き、朱乃が目が飛び出してしまうんじゃないかという程に見開く。

 

「先に一誠くんと会えて良かったよ。これで全員だね」

「あの、魔王様がどうしてここに……?」

「リーアの事について、少しね。どうだい? これから時間はあるかな?」

 

 サーゼクスの問いに、顔を見合わせたイリナと朱乃が頷くのに時間はそうかからなかった。

 

 

 * * *

 

 

 サーゼクスに連れられるまま、一誠達が訪れたのはグレモリー邸だった。冥界への転移魔法陣を使い、ここに連れて来られた一誠達はリアスの実家という事を聞いて目を丸くさせる事しか出来なかった。

 呆然としながらもサーゼクスに案内させられ、一誠達はサーゼクスの後ろを付いて歩く。

 

「あ、あの! 魔王様!」

「何だい?」

「リーアは……その、怪我とか……」

 

 意を決してイリナが問いかける。ずっと気になっていたリアスの安否。もしかしたら状態が悪くて、学校にも通えない程なんじゃないか、と。

 

「命に別状はないよ。安心したまえ」

「! ……そう、ですか」

 

 微笑みながら言うサーゼクスにイリナは安堵したように胸を撫で下ろして息を吐いた。生きてはいる、死んでいない。そして命も心配はないと聞けば不安が少し晴れるようだった。

 しかし、サーゼクスは難しい顔を浮かべていた。それに気付いた一誠と朱乃が不安そうに眉を寄せた。

 

「……魔王様?」

「あ、いや。確かにリーアは元気だよ。怪我もなんともない。元気では、あるんだが……」

 

 ぽりぽりと、頬を掻いて何かを誤魔化すようにサーゼクスは言葉を濁す。

 すると何やら奧の方で騒ぎが聞こえる。ばたばたと誰かが走って近づいてくるようだ。

 そして曲がり角から飛び出してきたのは―――リアスだった。更に言うのであれば、彼女は……全裸だった。

 

「は?」

 

 一誠が固まる。イリナも固まった。朱乃も固まった。サーゼクスは頭を抱えた。

 そのまま壁を蹴るようにして、まるで獣のような身のこなしでリアスが駆け出すも、前方を見ていなかった為に全力でぶつかった。そう、棒立ちになっていた一誠と。

 

「いてぇっ!?」

 

 押し倒される格好となった一誠は痛みに呻きながらもリアスを見た。一糸纏わぬ姿のリアスは同じく痛みで顔を顰め、ぷるぷると一誠にのしかかりながら首を振っている。

 

「な、なぁ、なぁ、なぁーーーーっ!?」

「イッセーくん、見ちゃ駄目ー!!」

「ストンピング!!」

 

 全裸のリアスが自分の上にのしかかっているという光景に一誠が驚愕の声を上げ、意識を取り戻したイリナが全力で一誠の視界を塞ぐように踏みつける。咄嗟の事ではあるが、あまりにも酷い。

 朱乃はきゃー、と言いながら両手で目を覆い隠し、しかし指の隙間からちらちらとリアスを見ていた。一方でリアスはきょとん、とした表情で首を傾げていた。

 

「ちょ、ちょっと! リーア、何で服を着てないのって、きゃぁあ!?」

 

 顔を真っ赤にしてイリナがリアスに声をかけた瞬間、矛先をイリナへと向けたリアスがイリナを押し倒すように抱きつく。されるがままに押し倒されたイリナは目を点にして、わたわたと手を振り回す。

 

「ちょ、ちょっと!? リリリリリ、リーア!?」

 

 イリナの顔をジッ、と見つめて、にぱぁー、と無邪気な子供のような笑みを浮かべてリアスはイリナを強く抱きしめた。そのまますりすりと頬を寄せてくる様は、本当に子供のようでイリナは動きを止める。

 一誠がイリナに踏みつけられた顔面を押さえて転げ回り、朱乃がきゃーきゃー言いながらリアスを見て、サーゼクスが頭の痛そうな表情を浮かべたまま、自分の上着をリアスへと被せる。

 そこに追い付くようにして姿を見せたメイド、グレイフィアは場の状況を見て、察したように深く溜息を吐くのであった。

 

 

 * * *

 

 

『龍化が戻らない?』

 

 一誠、イリナ、朱乃の異口同音の言葉が零れる。

 あれからグレイフィアによって捕獲されたリアスは、嫌がりながらも服を着せられていた。

 少し離れた場所でグレイフィアにあやされているリアスを良く見れば、角が生えたままで尻尾も残っている。服を着せられたのが気に入らないのか、びたーんびたーんと不機嫌そうに尻尾で床を叩きながら服を引っ張っている。

 そんなリアスの手を掴んだり、玩具で気を引こうとしているグレイフィアだが、ぷい、とリアスがそっぽ向く度に困ったように溜息を吐いている。

 

「まぁ、見ての通り、龍化が戻らないというか、理性が戻らないというか、野生化しているというか、幼児退行しているというか……ご覧の有様でね」

 

 サーゼクスが言うには、リアスは病院に搬送されてすぐさま治療を受けた。

 命に別状はなく、後は目覚めるのを待つだけ、という状況になった。その後だ、リアスが目を覚ました直後、病院から抜けだそうとした所を捕獲されたのは。

 そう、捕獲したのだ。何せ逃げだそうとしたのだから。それから服を着たがらない、料理は手づかみ、あるいはそのままかぶりつくと獣のような行動を見せるようになったリアス。

 これは流石に人目に触れさせるのは悪い、と思い、グレモリー邸にリアスを連れてきたのだが、ご覧の有様な訳で。普段面倒を見ているグレイフィアが一番、手を焼かされている。

 

「……どうしてこんな事に?」

「力の反動、だね」

 

 おずおずと一誠が問いかけると。サーゼクスは呟くように言った。

 

「リーアの力は、詳しくは言えないが……リーアの中には龍がいてね。彼女の力はその龍の力を借り受けているものなんだ」

「龍……俺と同じ?」

「似て異なる、かな。だけど、力を使いすぎると精神に影響を及ぼしたりする事があるとは本人も言っていて、今回の力の反動の結果としてあぁなってしまったんだろうね」

 

 サーゼクスが視線を向ける先では、あやそうとしていたグレイフィアに噛みつこうとしているリアスが見えた。うー、と唸り、自分に近づけさせないとするかのようなリアスにグレイフィアが複雑そうな表情を浮かべている。

 

「君達に安否を伝えたい、という思いもあったんだが……実は、私から頼みがあってだね」

「頼み、ですか?」

「リーアの面倒を見てくれないか?」

「私達が、ですか?」

「どうにも、私達だとリーアに拒絶されている、いや、そこまでではないんだが、懐かれなくてね。今日みたいに服を着ずに飛び出したりする始末だ」

「服を、着ずに」

 

 ごくり、と息を呑んだ一誠の足をイリナが思いっきり踏みつける。一誠は悲鳴を上げながらその場でのたうち回った。

 そんな一誠を何とも言えないような表情で見下ろした後、イリナは改めてサーゼクスと向き合う。

 

「それで私達なんですか?」

「試しに、と思って君達を連れてきたら懐いているみたいだからね。それに君達と触れ合う事で精神の復調も望めるんじゃないかと思い、君達に声をかけてみたんだ」

「……私は、私が一緒にいる事でリーアが回復するなら。むしろ手伝わせてください!」

 

 イリナが意を決したように胸を手に当てながら言う。それにサーゼクスは安堵したような表情を浮かべて息を吐いた。

 

「すまない、頼んだよ。私にも懐いてくれれば良かったんだが、どうにも生傷が絶えなくてね」

 

 あははは、と渇いた笑いを浮かべるサーゼクスに三人は何とも言えないような表情を浮かべる事しか出来なかった。

 こうして、リアスの面倒を見るという事で、一誠達のグレモリー家へのお泊まり会が決行される事になったのであった。

 


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