深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.03

 平和と言えば平和で、しかし平穏かと聞かれれば平穏ではなく。

 私は書類を机の上に置いて、溜息を吐く。もう時刻は日付を跨ぎそうであり、最近はこんな調子だ。夜が本分の悪魔からすればこれからの時間だけども、疲労が堪っているのか気が滅入る。

 駒王の地の運営は問題ない。堕天使であるバラキエルさんの移住によって多少の波紋が広がったけれども、ここに至る経緯を話し、私が間に入った事で表立っての問題は起きていない。

 それでも不和の芽がまったく無い訳ではないし、問題はそれだけじゃない。

 

「……朱乃なぁ」

 

 私の目下の悩みは朱乃である。私を慕ってくれる朱乃、朱璃さんが言うには命を助けてくれた相手で、悪魔だが龍でもある私の事を一種の神格視してしまっている為、私への思いが強いのだと言う。

 そこで問題になったのが主にイリナとの不和。これは一誠もなのだが、一誠と朱乃は接点が少なく、顔を合わせても朱乃があまり関わろうとしないし、一誠も朱乃の事はあまり得意ではなくて避け合っている。

 一方でイリナと朱乃だけど、学校が同じで私と一緒に行動したがるので必然と顔を合わせる事が多い。私にべったりに朱乃を引きはがそうとするイリナと、そんなイリナを鬱陶しがる朱乃。

 

「私が原因になってるけど、こればっかりはなぁ……」

 

 朱乃は若干、孤立気味だ。元々、人の輪に入るのが苦手というか、堕天使とのハーフだからか、一般の人と距離を置いているというか。だからこそ親しくなれた人への加減がわからないんじゃないかと思う。

 距離の取り方とか、まだ小学生の、それも今まで近しい距離の友達がいなかったのであればそれも仕方ないとは思うんだけど……。

 

「とはいえ、私にだけべったり、っていうのも朱乃には良くないしなぁ」

 

 閉鎖した関係は私はあまり良く思えない。とはいえ、無理に付き合えというのもなぁ。延々と考えているものの、上手い方法が思い付かない。

 

「……うん、決めた」

 

 パン、と両頬を叩いて、私は気合いを入れ直す。とりあえず目の前の書類を片付ける事から始めようか。

 

 

 * * *

 

 

 後日、私は一誠、イリナ、朱乃を家に呼んでいた。慣れないながらも頑張って、及第点ぐらいは出して貰える手作りのお菓子と種類様々なジュース。

 

「……リーア? あの、今日はどうしたの?」

「貴方達、あんまり仲良しじゃないからいっそ腹を割って話そうと思って。どれ飲む?」

 

 家に来るなり顔を合わせたイリナと朱乃が一触即発しかけ、一誠が宥めている間に家に上げて私は皆に席に座るように促す。

 そして希望のジュースを聞き取って注いでいく。どこか困惑している3人を半ば押し切るように私は準備を進めていく。

 

「はい、それじゃあまずは乾杯しましょうか。はい、かんぱーい」

「「「か、かんぱーい……」」」

 

 戸惑うままに私の音頭に合わせてグラスが鳴る。私は勢いよくジュースを一気に飲み干して、グラスを机に叩き付けるように置く。びくっ、と一誠が震えたような気がしたが気にしない。そのままジュースを注ぎながら笑みを浮かべて3人を見回す。

 

「さて、お話をしましょうか」

「は、話って言われても……」

「今までの事と、これからの事とか。何でも良いのよ。とにかくお互いを知りましょう、ってお話よ。だって貴方達、いがみ合ってるばっかりだし。私を挟んで」

 

 私の言葉にイリナは罰悪そうに顔を背けた。朱乃はどこか納得がいかないような、けど何も言えないような複雑な表情を浮かべている。一誠は気まずげに頬を掻いて、私へと視線を向けている。

 まぁ、急な話だとは思う。いきなりそんな事を言われても困るのは十分わかってる。それでも、嫌なのだ。単純に私が。ここに集った皆と仲良く出来ないのが。ならこれは私の我が儘だ。なら、ただ我が儘に振る舞おう。

 

「そもそも、なんでイリナと朱乃は喧嘩する訳? 朱乃は一誠も避けてるし」

「そ、それは……」

「私はここにいる3人が好きよ。大事なお友達だと思ってる。なのに喧嘩したり、無視し合ったりとか、やっぱり私は落ち着かないんだよね」

 

 感情で、人柄で、個性で。世の中、どうしても合わない人がいるのは勿論、承知の事だ。けど私から見て一誠もイリナも朱乃も反発するような要因はない筈だ。性格から鑑みて、ではあるけど。

 なら性格の合う合わないであるなら、不仲の原因は何かって言えば間違いなく私だと思う。自惚れでも何でもなく事実として。彼等の中で私の存在は存外大きくなっているんだと。

 

「だからさ、今日はお互い、言いたい事を全部言いましょう? 但し喧嘩はなしで。ちゃんと伝えて、ちゃんとお互いの事知って、それでも嫌な奴だと思うならこうして集まるのも最後にしましょう。好きになれない相手と顔合わせるのは嫌でしょ?」

 

 私がそう言うなり、3人はお互いの様子を伺うように顔を見合わせる。真っ先に逸らしたのは朱乃だった。視線を下げて、俯いてしまう。

 

「それじゃあ、朱乃から」

「えっ!?」

「何か言いたい事とか、嫌な事とかさ。なんでイリナ達と喧嘩するのか教えて?」

「……それは」

「良いのよ、なんでも。とにかく話題を出していきましょう」

 

 気軽にジュースを飲むように促しながら私は言う。朱乃はちびちびジュースを口につけていたが、私に視線を向けたまま、小さく呟くように言う。

 

「……わ、私は」

「うん」

「……リーアと、もっと仲良くなりたい。だって、リーアは、私の初めての友達だから」

「うん」

「だから、邪魔されるのは、嫌」

 

 朱乃の言葉を受けて、まぁわかる、と私も頷く。今まで、こんなに親しい友達が出来なかったと聞けば納得してしまう思いだ。それに関しては嬉しいと正直に思う。そう思ってくれるなら何より。

 

「……別に、私は邪魔したい訳じゃない。朱乃ちゃんがリーアに迷惑をかけてるから怒るんだよ」

 

 朱乃の言葉に反応したのはイリナだった。眉を寄せて、けど朱乃に視線を向けずにそっぽを向きながら言う。朱乃はそこで初めてここに来てからイリナへと顔を向ける。

 

「朱乃ちゃんがリーアが好きなのもわかる。堕天使と人間のハーフで、大変だってパパもリーアも言ってたから知ってる。でも」

「……でも?」

「……私だって、リーアの友達だもん。朱乃ちゃんだけの友達じゃないもん」

 

 朱乃の境遇は理解して、思う事は出来ても自分の感情に折り合いはつけられない、と。仕方ないと思う。イリナもあれからかなり大人びてきたけど、まだまだ子供だから。今まで私と距離が近かったのは多分イリナだ。だから不安になったんだと思う。

 そこまで聞いた朱乃が目を逸らす。朱乃だってわかっていない訳じゃないと思うんだ。そう、この子達は悪い子じゃない。ただ自分の感情を持て余して、どうしたら良いかわからなくて訴えてるだけなんだと聞いて思った。

 

「……あの」

 

 ふと、今まで黙っていた一誠が声を出す。私も、イリナと朱乃の視線も一誠に集まる。

 

「俺も、昔イリナが羨ましくて喧嘩したからさ。俺、皆と学校違うし。だから、なんだろ。羨ましい気持ちはわかるから、何か別の事でして貰うってのはダメなのか?」

「別の事?」

「うん。ずっと一緒にひっついてるんじゃなくて、特別な事をして貰ったりとかさ。俺もリーアから色んな事を教えて貰ったりしてるし」

 

 成る程、と私は一誠の言葉に頷く。あれから一誠には悪魔についてとか、戦闘訓練を一緒にしてあげるとか特別をしてあげる事は約束している。学校が違ってもずっと友達で、お泊まり会も止めない。それを特別な事と言うならそうなのだろう。

 

「じゃあ、朱乃にも何か特別な事をしてあげた方が良いのかしらねぇ。その所、どう? 朱乃?」

「ふぇっ!?」

 

 朱乃が素っ頓狂な声を上げて顔を上げる。それから暫く唸りながら、何かを考え込むように眉を寄せ始める。しかし、唸り続けるだけで朱乃から何か言い出す事はない。

 長い時間をかけて、ようやく朱乃が絞り出した言葉はとてもか細く、けど確かな願いを込めて。

 

「もっと、リーアと一緒にいたい。もっとリーアが知りたい。仲良くなりたい……」

「うん。なら、その時間は私が作るわ。だから朱乃。お願いしても良い?」

「……お願い?」

「イリナと一誠とも仲良くする事。私がいいよ、って言った時じゃないと私を独占するのはダメ。約束出来る?」

 

 私の問いかけに朱乃は不安気にイリナと一誠を見る。イリナはぷい、と頬を背けていて、一誠はそんなイリナに苦笑している。

 

「えーと、イリナも意地っ張りだけど。別に朱乃ちゃんの事、嫌ってる訳じゃないから。勿論、俺もな? 今まで友達出来なくて、大変なのは聞いてるから」

「……兵藤くん」

「イッセーでいいよ。皆、そう呼ぶし。だから朱乃ちゃんもさ。俺と友達になろう? リーアの次ぐらいの友達で良いから」

 

 一誠がどこか気恥ずかしそうにして、鼻の頭を掻きながら言う。そんな一誠の姿を目をぱちくり、と瞬かせながら朱乃は見つめる。

 暫し間を置いた朱乃は、まだどこか不信がっている様子を見せながらも小さく頷いて見せた。そんな朱乃の姿に一誠は笑みを浮かべた。

 

「これで俺と朱乃ちゃんも友達だな! あとはイリナだけだぞ」

「うるさいわね」

 

 一誠に促されて、頬を膨らませていたイリナが背けていた顔を朱乃に向ける。強いと言える程の眼差しを受けた朱乃が少し震えたものの、イリナは気にせずに口を開く。

 

「別に! ……別に貴方の事が嫌いな訳じゃない。リーアに迷惑をかけるのが嫌だっただけ。だからリーアが良いって言うなら私、怒らない。でも!」

「……うん」

「……私も、リーアの友達だから。寂しくなったら、寂しいって言うよ」

「うん……」

「……私が言いたいのはそれだけ」

「イリナちゃん」

「何」

「……ごめんなさい」

「……うん」

 

 どこかまだ不器用に。しかし、それでも少しずつ変わり始めた様子を見て私は安堵の溜息を吐くのだった。

 それからお菓子の事を話題にしたりとか、朱乃の堕天使の翼に一誠もイリナも興味津々になったり、仲良くなっていく姿を見て私は頬が緩むのが抑えられなかった。

 

 

 * * *

 

 

 あのお茶会を経て、仲良し3人組だった私達は朱乃も加えて仲良し4人組になった。悩み事が1つ消えた事で、私は心が晴れやかだった。

 

「よっ、うまくやってるみたいじゃないか。リアス」

「げっ」

「げっ、とは何だ。げっ、とは」

 

 そして私が学校帰り、とは言っても学校から直接仕事に出向いてからの帰りだ。私の目の前に現れたのはアザゼルだった。

 

「何の用ですか」

「別に用が無くてもいいだろ? 世間話ぐらい付き合えよ」

「……はぁ、本当軽いですね。オフの時のウチの魔王達を思い出しますよ」

「あっちも濃い面子が揃ってるもんな。どれ、メシでも食いに行くか。奢るぜ」

 

 断る理由もなく、私はアザゼルに連れられるままに食事へと誘われる。アザゼルが選んだのはそれなりに値の張るレストランだ。ドレスコードが気になったりもしたけど、別にそこまで固く言われる店ではないと言う。

 そして私達が通されたのは個室に近い一室。そこでアザゼルと向き合うように私は座る。成る程、秘密話をするなら“目”や“耳”を意識するならここはなかなか良い場所だ、と私は頷く。

 お互い、メニューをそれぞれ選んで食事が来るのを待つ。その間にアザゼルがにやにやと笑みを浮かべながら声をかけてくる。

 

「なかなかの手腕じゃないか。この地は見てて面白いな、悪魔、天使、教会、堕天使が入り交じってる光景なんてそうそうにお目にかかれるものじゃないぜ」

「それを私の成果だと言うつもりなら、私一人では為し得なかったものですよ」

「謙遜するなよ、その全体を動かした切っ掛けは間違いなくお前なんだからよ」

「……そう言われれば、否定するつもりはありませんけど」

 

 今の駒王の地は限りなく私の理想に近くなっている。それに一誠がいて、イリナがいて、朱乃がいてくれる。それがどれだけ心を満たしているのか、きっと彼等も知りはしない。

 確かな目に見えての成果はある。達成感もある。けど、それでもどこか。胸の奥で燻るような不安や焦燥が残っているのも事実だ。

 アザゼルが言うように、上手く行っているから。いや、行きすぎていると言っても過言じゃないぐらいに。それは勿論、私だけの力じゃないのもわかっている。お兄様も裏で動いてくれているだろうし、トウジさんや八重垣さんの尽力もあるのもわかってる。

 けど、いつか、何かが起きて全部崩れてしまうような、そんな不安がどうしても拭いきれない。

 

「お前が頑張ってくれれば、俺の理想も叶いそうなもんなんだがな」

「……堕天使の総督としてお聞きしますけど、堕天使の全体として和平を結ぶとなればどうなんですか?」

 

 私の問いかけにアザゼルが目を細める。暫し、無言でいると料理が運ばれてくる。

 そして配膳が終わった後、アザゼルは注文していたワインを無言で私の方に傾けてくる。私は応じるように頼んだジュースが注がれたグラスを向ける。ちん、と小さく音を鳴らせてからアザゼルはワインを口に含む。

 

「……全員は納得してねぇなぁ」

「……でしょうね。どこもそうですけど」

「俺と同じように、戦争なんてどうでも良いって言う奴は多いがな。一部がまだ燻ってる感じだな」

「その言い方だと、和平するとすれば反発する方が少ないんですか?」

「お前等は魔王を失った、天使は神を失った。さて、じゃあ堕天使は何を失ったと思う?」

「……え?」

「有名所、って訳じゃないけどな。前大戦で主戦派ってのはほとんど死んだんだよ。残ったのは積極的じゃない奴等とか、後方組とかな。或いは、本当に実力のある奴ぐらいだ」

 

 ナイフとフォークで切り分けた肉を豪快に口の中に放り込むアザゼルに私は納得した。堕天使にはそういう事情もあったのか、と。

 悪魔は魔王を、天使は神を。堕天使はその数と、主戦派を。それぞれが失ったものがあったんだろう。

 それに、とアザゼルは口の中の肉を飲み込みながら言う。

 

「前回の戦争で神が死んだからな、新たな天使が生まれる事はなくなった。だから天使を堕天させない方法をミカエル達も模索してるって訳だ。お陰で堕天使になるような天使は本当に希だし、俺達の所に必ず来る訳でもなし」

「……そうなんですね」

「まぁ、俺は別に堕天使が滅びるというならそれも仕方ねぇとは思うがな。俺達は争いすぎた。悪逆を為しすぎた。そして神も魔王もいなくなった。次に戦争を起こせば共倒れだろう。その時はその時だがな」

 

 気軽に言ってのけるアザゼルに私は苦い顔をする。思わず食事のスピードが落ちる程だ。

 戦争によって傷ついた人は多く見てきた。アザゼルもその1人なのかもしれない。けど同情するのは違う。私は戦争を知らない世代だから。きっとアザゼルの気持ちを真の意味では理解出来ない。

 

「堕天使は子を為せるからな。天使の奴等と違って制約は無いから生めよ増やせよすりゃ良いんだろうけどな。だからってまた戦争がしたいかと言えば、俺は割とどうでも良いな」

「はぁ……」

「新しい世代に背負わせるぐらいなら、と思う気持ちがあるさ。バラキエルも、俺もな」

「……朱乃ですか」

「朱乃だけじゃないけど、まぁ朱乃が一番近いわな。朱乃に悪魔であるお前と戦え、なんてそんな酷な命令をしたら俺がバラキエルに焼き殺されるわな」

 

 はっはっはっ、と気軽に言ってのけるアザゼルに私は渋い顔をする。

 それはあって欲しくない未来だとは思う。けど、朱乃は今は堕天使側の勢力なのだから、戦争になればそうも言ってられない。だからこそ戦争になるような事だけは回避しなければならない。

 

「まぁ、辛気くさい話はここまでにしようや。俺も説得はしてみるがよ、ダメだったらお前にも話すさ。何か事が起きるとすれば狙われるのはこの場所、そしてお前だからな」

「そのつもりで私も覚悟は決めてますよ」

 

 私の理想が気に入らない、と言うならそれで構わない。悪魔、天使、堕天使で手を取り合うのが許せないならそれでも構わない。――“だから、どうした”。

 私はかつての未来を掴むと決めた。あり得た未来を、あわよくばそれ以上の未来を掴んでみせると決めたのだから。だからこの地は守り通してみせる。私の理想は、何があっても必ず。

 

「で、本題だ。なぁ、リアスよ」

「何ですか?」

「お前、“神器使い”を囲ってるだろ」

「……何のことですか?」

「兵藤 一誠」

 

 ぴく、と私の眉が上がる。アザゼルは私をからかうように飄々とした表情を浮かべてるだけだ。私は気を落ち着けるようにジュースを口につけて、一息。出来るだけ穏便に返答を心がける。

 

「手を出せば殺すわよ、アザゼル」

「おっかねぇな、おい。別に手を出すつもりはねぇよ」

「あの子は私が預かると決めた。あの子の道はあの子に決めさせる。悪魔に寄るも、教会に寄るも、普通の人として歩むのも」

「流石はグレモリー、って言った所か? 見事な溺愛っぷりだねぇ」

 

 肩を竦めるようにして見せるアザゼルを私は睨み続ける。

 

「別に、貴方が一誠に危害を加える気がないのはわかるわ。今は、ね」

「へいへい、わかりましたよ。じゃあ、本題は良いか?」

「……本題?」

「リアス・グレモリー。俺個人としての依頼だ。俺の部下をお前の下に1人置きたい」

「……その意図は?」

「まだ未覚醒神器使いが、どのようにして神器(セイクリッドギア)を覚醒させるのか。発現させた後はどんな変化が起きるのか。そして目覚めた後、どのような影響を与えるのか経過観察したいんだよ」

 

 少し熱を込めたように言うアザゼルに、少し肩の力が抜けてしまった。

 確かに一誠はまだ“赤龍帝の籠手(ブーステッドギア)”の発現には至っていない。アザゼルが身近で調査出来る神器使いがいるとなれば、研究心の強いアザゼルの事だ。居ても立ってもいられなくなったんだろうなぁ、なんて。

 

「対価は?」

「和平に協力するし、神器の知識もいくらか授けてやる。俺の部下を預けるから、無理のないぐらいにはお前に従わせても良い。お前も神器使いの知識は欲しいんじゃないか?」

「成る程……悪くない、いえ、願ってもない事だわ」

「交渉は?」

「成立で」

「話がわかる奴で助かるぜ、リアス。今度、部下の顔合わせついでに挨拶に行くからよ。一誠ってガキにもちゃんと説明しておいてくれよ」

 

 にっ、と笑みを浮かべて言うアザゼルに私も頷く。気が晴れた為か、口に運んだ料理の味は先程よりも美味しく感じられた。

 

 

 * * *

 

 

 その後日、アザゼルが部下を伴ってやって来る日。私は一誠達も呼んでアザゼルの到着を待っていた。アザゼルの部下は朱乃の家で下宿する事が決まっていて、朱乃だけは先に顔を合わせていたようなのだけど。

 そして待ち合わせ場所でアザゼルが顔を見せた。私は、そのアザゼルの隣にいた“少女”の姿を見て思わず驚きの表情を浮かべそうになってしまった。

 必死に驚きを隠してポーカーフェイスを維持している間にアザゼルと“少女”がやってきて、よっ、とアザゼルが軽く挨拶してくる。

 

「おー、揃ってるなちびっ子共。俺がアザゼルだ。偉い堕天使様だぞー? んで、こっちが……」

「――レイナーレ、と申します」

 

 ぺこり、と頭を下げる黒髪の少女、年の頃は15、16ぐらいだろうか。どこか柔和な笑みを浮かべて応じてくる少女、レイナーレに私は動揺を表に出さない事が精一杯だった。

 そういえばアザゼルの部下だったっけ。まさか、こんな形で巡り会う事になるだなんて思っていなかった。

 

「……アザゼル様の命令とはいえ、なんで私がこんなガキ共の面倒を。しかも悪魔までいるし、本当にもう……」

 

 ぼそっ、と何か呟いてるのをばっちり聞いてしまった。なんか、その。ごめん、レイナーレさん……。

 

「まぁ、こいつは若い堕天使ながら結構、頭が優秀な奴でな。リアス、色々とこき使ってやってくれ」

「私の部下になる訳じゃないんですから、丁重にお持て成しさせて頂きますよ。改めてレイナーレさん、私はリアス・グレモリー。この地を統括する悪魔です。このような巡り合わせとなりましたが、よろしくお願いします」

「……はい、よろしくお願いします」

 

 表面上は笑顔だけど、明らかに私不満です、というオーラを醸しだしながら握手をするレイナーレさん。なんというか、うん。こんな人だったんだなぁ、この人。

 そして私の次にイリナと挨拶を交わし、次に一誠……と思って一誠を見ると、一誠はレイナーレに視線が釘付けになっていた。視線を向けられたレイナーレも、私も思わず怪訝そうな顔を浮かべる。

 

「……一誠?」

 

 ちょっと気になったので、思わず声をかけてしまう。すると、一誠の口から零れたのは。

 

「……ないす、おっぱい」

 

 万感の思いが込められた、そんな“言霊(ひとこと)”だった。

 ひゅう、と風が吹く。朱乃はぽかん、と口を開けているし、イリナは何言ってるんだこいつ、って顔で一誠を見ているし、私は呆然と固まっている。

 

「……ぶ、ぶはははっ! な、ないすおっぱい! そ、そうだな! 確かにレイナーレのおっぱいは上質だなぁ! 坊主! 良いぞ! その反応、お前には素質があるなぁ! だっはっはっはっ!!」

 

 そして腹を抱えて笑い出すアザゼル。余程ツボに入ったのか、目の端に涙を浮かべている。

 そして、一誠から熱い眼差しを向けられたレイナーレはというと、一瞬呆然としていたものの、すぐに胸を庇うように抱きしめて顔を赤面させる。

 

「ど、どこ見てるのよ、このエロガキ!!」

 

 レイナーレが咄嗟に繰り出したヤクザキックが炸裂し、一誠は竦み上がった。色んな意味で。なんというか、その……思わず目を逸らしてしまった。

 また騒がしさが増しそうだなぁ、と感じた、そんな日の出来事だった。

 

「しっかりしろ! 坊主! 傷は浅いぞ!! こんな所でお前の宝を失うのは惜しい!!」

「う……お、オッサン……」

「何だ!? 坊主!」

「……ぷるんて、揺れた、な」

「……お前、お前って奴は! 見たんだな! あの一瞬の奇跡を!」

「……おっぱい、ぷるーん……がくっ」

「坊主ぅぅううううう!!」

 

 うん、本当に、なんというか。騒がしくなりそうだなぁ……。

 

 


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