深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.02

 朱乃との邂逅があってから数日後。バラキエル達の状況が落ち着くのを待ってから私はすぐにバラキエルの下を訪ねに行くつもりだった。

 どこかに雲隠れするかもとは思ったが、意外にもバラキエル達はその場に留まっていた。理由を推測は出来るものの、確証には至らない。これは機会があれば本人達に聞いてみようとは思う。

 私は駒王の地を離れて朱乃達が住まう街を訪れていた。今、彼等はマンションの一室に住んでいるのだが、どうやらこのマンションは堕天使側が買い取ったマンションらしく、彼等以外の住人はごく僅かだと言う。

 その入り口までやってきて、私は深呼吸をする。これまで教会関係者やミカエル様といった敵対勢力の者達と交渉をしてきたけれども、今回の相手は堕天使。本質的に善である天使や教会関係者と違って、堕天使は欲望に身を任せて地に堕ちた存在だ。

 全てが悪だ、と言う訳つもりはないけど、それでも種族として天使や教会関係者のようにすんなり行くとは思えない。そもそも原作の戦争の切っ掛けになりかけたコカビエルもいるだろうし、不安はどうしたって拭えない。

 

「……まぁ、不安に思ってても仕様がないんだけど。さて、どうしよう」

 

 ここまで来たはいいけど、どうコンタクトを取れば良いものやら。やっぱり正面から行くべきか、と悩んでいると声が後ろから聞こえた。

 

「龍人さん!」

「ごふっ!?」

 

 振り返ろうとした瞬間、突然背中を襲った衝撃に私は息を漏らして前のめりになる。

 なんとか踏みとどまって後ろを振り向いてみれば、そこには黒髪をポニーテールに結んだ朱乃の姿があった。満面の笑みを浮かべながら私の背に抱きついている。

 その後ろから更に歩いてくる気配を感じれば、そこには朱璃さんが立っていた。どこか驚いたような、けれど警戒するように朱璃さんが朱乃を引きはがす。猫のように持ち上げられた朱乃は不満を隠そうともせずに頬を膨らませている。

 

「こら、朱乃。突然抱きついたりしたら驚いちゃうでしょ?」

「だって……」

「……先日の夜振りかしら、龍人様?」

 

 目を細めるように微笑を浮かべる朱璃さんに私は思わず苦笑を浮かべる。こうして、どうやってコンタクトを取ったものかと思っていた私はあっさりと朱乃と朱璃さんと接触する事が出来たのだった。

 

 

 * * *

 

 

「粗茶ですが」

 

 朱璃さんに出されたお茶を一口頂きながら、私は彼女たちが生活している一室へと案内された。あれから数日しか経過していない為か、まだまだ生活の香りが感じないというべきか。

 こうして周囲に気を向けているのも警戒してしまっているからなのだと思う。謂わばここは敵地。何が起きてもおかしくない、と表面上は平静を装いながら周囲の様子を伺う。

 それは朱璃さんもそうなのか、微笑を浮かべているものの目は細められていて、私を見透かそうとする気配を感じる。だが、その雰囲気もすぐに解けてしまう。それは私の腕に抱きついている朱乃の姿があるからだ。

 

「えへへー」

 

 何がそんなに嬉しいのか、私の腕に抱きついてすりすり頬を寄せてくる朱乃は正直に言って可愛い。私も邪気を抱けずに表情を崩してしまう。微笑を苦笑に変えた朱璃さんが仕方ない、と言うように頬に手を当てた。

 

「ごめんなさい、ウチの娘が」

「いえ、嫌ではありませんから」

「……改めて、お礼を言うべきね。先日は私達親子を助けて頂き、本当にありがとうございます」

「いえ、そんな。頭を下げる程でも……」

 

 深々と頭を下げる朱璃さんに私は慌てる。別にお礼がされたくて助けた訳じゃないし、こればかりは自己満足だったのだ。生きていてくれるだけで十分な報酬だと私は思う。

 そんな私の様子に気付いたのか、漸く頭を上げてくれた朱璃さん。顔を上げてくれた朱璃さんは目を細めて少し険しい表情で私に問いかける。

 

「……では、改めてお聞きしても? “悪魔”ですね? 貴方は」

「……はい」

「悪魔? 龍人様なのに?」

 

 私に腕を絡めていた朱乃が不思議そうに問いかけてくる。今は私も“龍身転生”を使っていないから悪魔のまま、別に隠す事でもないと私は頷く。

 

「私はちょっと普通の悪魔じゃなくて……そうね、悪魔と龍のハーフと言えば良いのかしら」

「私と同じだ! 私も堕天使と人間のハーフなの!」

「そ、そう……」

 

 距離が近い。というか、朱乃ってこんな子だったっけ? もっとこう、落ち着いたお姉様という印象があったから面食らってしまう。それは当然なのかもしれない、私の知る彼女は本来であればこの数年後の姿、そしてその道筋は既に途絶えている。

 

「へぇ? なかなか面白そうな話をしてるじゃねぇか。俺も混ぜてくれよ」

 

 そこに不意にこの場にいない“男”の声が聞こえた。瞬間、私にかかる威圧感が跳ね上がった気がして私は身構えようとするも、朱乃が腕に絡んでいた為に動けず。

 ぶわ、と汗が噴き出す。いつからそこにいたのか、容姿は黒髪に一部が金髪。顎髭を撫でながら私を興味深げに見つめてくる壮年の男。

 

「……入ってくるなら知らせて下さいませんか?」

「悪い悪い。まぁ、気を悪くするな。あんな事があった手前だ。バラキエルが出払ってる間は俺が代わりに見てやるって約束なんだ」

「まったく、“総督”ともあろう方が……」

 

 朱璃さんが額に手を当てて、呆れたように溜息を吐いている。そんな様子を横目で見つつ、私は緊張が最大にまで高まっていくのを感じていた。

 “総督”。そう呼ばれる、彼等の関係者と言えば思い当たる者は1人しかいない。思わずごくり、と息を呑む。

 

「アザゼルおじさん!」

「おいおい、朱乃ちゃん。おじさんは勘弁してくれって言っただろ?」

 

 朱乃が親しげに名を呼ぶと、男、堕天使のトップである堕天使、アザゼルはこれまた楽しげに笑みを浮かべて返す。

 確かに私の目的はアザゼルと接触する事だったけど、今、このタイミングで!? 心構えもない状態で!? 私は思わず目を剥いて混乱を顕わにしてしまう。震えそうな声を抑えつつ、苦笑を浮かべて見せる。

 

「……まさか、堕天使の総督自らが人間界にお越しとは思いませんでしたよ」

「そう言うなよ。俺も感謝してるんだぜ? ――リアス・グレモリー」

「……まだ、名を名乗っていないんですが」

「そんだけ目立つ紅の髪に“龍に変じた悪魔”なんてお前さんぐらいだろ? それにサーゼクスの眷属も目撃したんだったら消去法でリアス・グレモリーだろう? 噂は聞いてるぜ?」

 

 ニヤニヤと私の反応を楽しむように見下ろしてくるアザゼルに私は眉を寄せる。これは私の情報は堕天使側にも広まっている、と見た方が良いだろう。問題はどこからどこまでなのかだけど、私は呼吸を整えるように深く息を吸う。

 

「そう警戒すんなって。ここで事を荒立てようって気はねぇよ。お前もそうだろ?」

「……えぇ、私も争いに来た訳じゃありませんから」

「そんなら仲良くやろうや。何せ、俺の友人の妻と娘を護ってくれた恩人だ。邪険には扱わねぇよ」

 

 どこまでも軽い調子で言ってのけるアザゼルに私は引きつった笑みを浮かべる。

 “原作”の知識を持つ私にとってアザゼルという存在はとてもつもなく印象に残っている。その中では頼りになる良き先生であると同時にトラブルメイカーでもあったという印象であったけど。

 けど、それは未来での話。そしてこの世界では辿り着かない可能性。だからこそ、先入観を捨てて“堕天使の総督”としての彼と私は向き合う覚悟を固める。

 

「こうして出会えた事は私にとっては幸運でした。私がこの地を訪れたのも、バラキエル殿を通じて貴方にアポを取る事でしたから」

「ほぉ? 上級悪魔とはいえ、一介の悪魔が俺に会おうだなんて、そりゃ面白い冗談だ」

 

 言葉に違わず、楽しげな様子を隠す事もせずにアザゼルが言う。

 

「えぇ。ですからずっと機会を伺っていたんですよ。それが誤解を招いてバラキエル殿や朱璃さん、朱乃にはご迷惑をかける形となりましたが」

「って、事はずっと前からバラキエルを監視してたのはお前って事になるな? サーゼクスの命令じゃなかったのか?」

「お兄様には我が儘を聞いて貰ったんです。尚、これは私と兄様の間での事であり、悪魔全体として堕天使と事を構えるつもりはありません」

「なら、尚更不可解って奴だなぁ。リアス・グレモリー。お前、何が目的だ?」

「それは……」

「もしかして、和平でも結ぶつもりか? なーんてな」

 

 茶化すように言うアザゼルに私は思わず口篭もる。何を考えているのか見透かそうとしても、悪戯な表情を浮かべているアザゼルの心は読み取れそうにもない。そうしているとアザゼルが肩を震わせ始め、そして笑い始めた。

 

「はっはっはっ! おいおい、まさか本気か? 本気で和平なんて考えてんのか?」

「……だとしたら?」

「ネタ晴らしをしてやろう、リアス・グレモリー。実はな、その情報は既に俺は握ってるんだよ。悪魔側の和平大使さん?」

 

 ……思わずぶん殴ってやろうかと思った私は悪くない。うん、悪くない筈だ。

 

「いやぁ、部下を通じてだけどな? ミカエルが俺に『悪魔側で一部、和平の動きが見られますよ』なんて伝えてきた時は何の冗談かと思ったが、駒王だっけ? その地で教会と悪魔が手を組んでるのを見た時は爆笑しちまったぜ。本気で和平を結ぼうなんて奴がいるなんてな」

 

 ケラケラ笑いながら言うアザゼルに私は思わず拳に力が篭もる。お兄様も、ミカエル様も和平には賛同してくれている側だったが、果たして堕天使の総督としてはどうなのだろうか、と。

 

「じゃあ、私が貴方に会いたいという理由も察して頂きますね?」

「まぁな」

「……貴方としてはどうお考えで?」

「どう思っていると思う?」

「初対面の方の考えなんてわかりませんよ」

「それもそうだ」

 

 肩を竦めるようにして、顎髭を撫でるアザゼル。どこまでも掴みづらい方だと思う。正直言ってアジュカ様にも似た気配を感じる。こういう手合いは相手にし辛い。

 

「和平、ね。まぁ、理想としては良いんじゃねぇの?」

「……理想としては?」

「現実問題として、どう落としどころつけるつもりって訳だよ。今は停戦中で、表立って争いませんって言う暗黙の了解で良いじゃねぇか」

「それは……」

「和平なんて言うなら、それ相応の理由と状況、そして和平を結ぶ旨みを用意して貰わんとなぁ?」

 

 腕を組んで見下ろすように視線を向けながら言うアザゼルに私はごもっともだ、と思う。今の所、表立って和平を結ぶ事が無くても世界は回っているように見える。

 だが、それでも小競り合いは起きているし、種族間での溝は埋まらないままだ。元々違う種族だし、天使と堕天使に至っては袂を別った存在だし、悪魔と天使、そして堕天使なんて元から相容れる筈もない。そんなのわかってる。わかってるんだ。

 それでも理想を夢見る事だけは諦めたくない。争いがない世界を、手が取り合える世界を。

 

「……私は」

 

 ふと、私に腕に絡んだまま、何の話をしているのかわからないと言うように見上げてくる朱乃の顔を見た。

 ……そうだ。私の理想はいつだって、そこから始まってる。

 

「お兄様が言ってました。世界には、もっと美しい場所があるし、一緒に見に行きたいんだって」

「ん?」

「悪魔が行けない、なんて場所があるのは……気に入らないじゃないですか。だから争いなんて止めて、お互いが色んな場所で出会って、繋がって、感動したり、思い出を作ったりしたい。この世界に生まれたのなら、余す事なく世界を感じたい。だから私は和平を成し遂げたいんです。これは私の我が儘、私が和平を結びたい理由です」

 

 この世界に“リアス・グレモリー”として生まれた。望まれた存在としてそこに居座った。でも、それを受け入れる為に長い時間と旅路を経て、ようやく私は私になれた。

 だからこそ生きたい。この世界で、正史の世界で成し遂げた奇跡を、出会いを、感動を。欲を言えば超えたい。きっと並んで、追い越せた時、私は何を恥じる事もなく私でいられるから。

 

「堕天使の利益となると、そうですね。全体としては言えませんが、貴方個人に提供出来るものはありますよ? アザゼル様」

「……へぇ?」

「和平を結べば、三大勢力それぞれが保護している“神器使い”の“神器(セイクリッドギア)”について調べる事だって出来るじゃないですか。誰に憚られる事もなく」

「……くっ、はっはっはっ! 面白い! それは確かに面白いな!」

 

 心底愉快だ、と言うように笑うアザゼル。そして一通り笑った後、真っ直ぐに目を向けて。

 

「悪いな、リアス・グレモリー。お前さんの事、ちょっと試してみたかったんだ。まぁ、なんだ。堕天使の総督としては言えない事も多いが、俺個人としてはお前の事は気に入ってるんだ。何より、俺の利になりそうな事をしてくれそうなんでね」

「個人的な交友でも宜しければ、これからも良きお付き合いを?」

「いいね、そういう話がわかる奴は俺は大好きだ。おい、朱璃! 酒だ! バラキエルが帰ってきたら開けようじゃねぇか!」

「まったく……勝手に決めないでください」

 

 笑いながら言うアザゼルに朱璃さんは呆れたように溜息を吐く。終始よくわからない、と首を傾げている朱乃の頭を撫でる。これで少しでも前に進めたんだろうか、そんな風に思いながら。

 尚、この後帰ってきたバラキエルさんを巻き込んで酒の席に参列する事になったのだけどアザゼルが騒ぎすぎてバラキエルさんに雷でバリバリさせられていた姿を見て、私と朱乃は可笑しそうに笑い合うのだった。

 

 

 * * *

 

 

 ……ここまでは平和だった。あぁ、平和だった筈なのだ。

 バラキエルさんと朱璃さんに改めて感謝されて、朱乃とは仲良くなって。アザゼルと個人的にとはいえ交友関係を結べた事も。そこまでは順調だったし、私の好ましい方向に話が進んでいた筈なのに!

 

「おはよ、リーア!」

「お、おはよう……朱乃」

 

 どうして! 朱乃が! 朱璃さん達と一緒に! 駒王町に引っ越して来たのかな!?

 アザゼル曰く、バラキエルさんは堕天使としての仕事で駆り出さなきゃいけない事も多く、家族の傍にずっと居る事も出来ない。かといって冥界に普通の人間である朱璃さんを連れて行くのは問題もあるのだと言う。

 ならば、とここで都合良く土地を管理していて、更には和平派とも言える私の所に朱璃さんと朱乃を預けて護って貰えれば良いんじゃないか、と。これも和平への一歩だな、とニヤニヤ笑みを浮かべながら言い放ったアザゼルに私は思わず頭痛がした。

 バラキエルさんからも土下座込みで、妻と娘を頼むと言われてはどうしようもないし、新しい堕天使の世代である朱乃に悪魔や教会側の者達と触れ合わせて、新しい和平後の時代の事を考えても良いんじゃないかとまで言われたら断るに断れないよ。いや、断るつもりもなかったけどさぁ……。

 なので朱乃はこれから私の同学年で、駒王学園に通う事になる。私と同じ制服を身に纏って、私に嬉しそうに腕を組んでる朱乃だけど、流石に距離が近いんじゃないかな……?

 

「朱乃、流石に腕を組むのは……」

「リーア、嫌なの……?」

「い、嫌じゃないけど、ほら、人目とか……」

「嫌……?」

「……嫌じゃないです」

 

 泣きそうになるのは反則よ、朱乃……。

 私が嫌じゃないと言ったら機嫌を良くして腕を絡ませて来たけど。そういえば、朱璃さん曰く今までは隠れ住むような生活をしていたから友達も出来にくかったらしい。本人も自分が人間と違う、堕天使とのハーフって事で遠慮していた面もあるらしいし。

 そこで現れた悪魔という自分と同じ異種族の同年代、更には自分を助けてくれた龍人様、という事で朱乃にとって心を占める存在になった、と朱璃さんが言っていた。

 そういえば原作でも依存癖というか、そんな面があったような……? うーん、好かれるのは好ましいんだけど、こうも距離が近いと気恥ずかしいというか、将来が不安になるというか……。

 

「……またやってる」

「あ、イリナ」

 

 そこで合流するイリナ。彼女の目線の先には朱乃がいて、イリナの目はジト目だ。

 イリナの視線に気付いた朱乃が、ふん、と鼻を鳴らせて私の腕に絡める手の力を強める。

 

「……あまりリーアに迷惑かけないでよね」

「リーアは嫌がってないもの」

「朱乃ちゃんが泣くからじゃないの?」

「涙は女の武器って母様も言ってたもの」

「……ふしゃー!」

「ふーっ!」

 

 何で私を挟んで睨み合うんですかね、貴方達……。

 まるで猫が互いに威嚇し合うように睨み合うイリナと朱乃を横目で見つつ、私は大きく溜息を吐くのであった。これからの日々は、また一段と騒がしくなりそうだと、そんな気配を感じながら。

 


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