深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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※4章の後、5章が始まるまでの間のお話になります。


Chapter:おっぱい狂想曲

 八重垣 正臣にとって駒王の地というのは思い出深い土地である。

 この地で積み重ねた経験、出会い、そして別れ。それは自分の中で礎となり、今の自分を形成するに至った。その経験は甘くもほろ苦い、そんな複雑な思いを呼び起こす。

 “彼女”と出会った場所、“彼女”と口論した場所、“彼女”と共闘した場所。思い返せば遠く離れてしまった“彼女”の事ばかりで思わず苦笑する。

 

「……参ったな、本当に気付くのが遅すぎる」

 

 昔ほどではないが、それでも重症なのは事実だった。そんな自分に苦笑しながら歩いていると、八重垣はふと見慣れた姿を見つけた。

 

「一誠くん?」

 

 それは自分の教え子とも言える少年の姿であった。今は放課後で、学校も終わった頃だろう。どこか人目を気にするようにしながら隠れて移動する姿に思わず首を傾げる。

 学校に通うようになってから、仲の良かったリアスとイリナと離れた為、学校で上手く馴染めているか心配だとリアスが心配していた事を思い出す。あまり子供同士の口を出すのは良くないとは思いつつ、八重垣は一誠の後を付ける事にした。

 一誠が向かったのは公園だった。そこには1人の男性がいた。よく見れば紙芝居の小道具などが見られた。

 

(なんだ、一誠くんも紙芝居を見るなんて子供らしい所もあるんだな)

 

 最近、悪魔に襲われた事件を契機に剣の稽古を始め、そんな一誠の手ほどきしている身としては、こうして日常的な楽しみを持っている事に胸が温かくなるのを感じた。

 紙芝居が始まり、夢中になる一誠の姿を見守っていた八重垣だったが、このまま盗み見るのも良くないだろう、と。静かにその場を離れようとした時だった。

 

「川の上流から――おっぱいが流れて来たのです」

(……ん? おっぱい?)

 

 川の上流からおっぱい? なんだそれは、と八重垣は振り返ってしまう。

 振り返った八重垣が見たのは、無駄に鮮明でリアルなタッチで描かれた乳の絵。思わず八重垣は顎がかくん、と落として口を半開きにしてしまう。

 

(まて、まてまて? あれは紙芝居だよな? なんであんなにおっぱいが鮮明に描かれてるんだ?)

 

 混乱する八重垣を余所に、紙芝居は続いていく。正臣が見守る一誠はただ真剣に紙芝居に夢中になっているようで、正臣の困惑の具合が更に加速していく。

 なにからおっぱい。解決する手段も、美談になるのもおっぱいが中心。そして紙芝居が終わる頃になって、ようやく八重垣は正気を取り戻して、公園へと飛び出した。

 

 

「子供になんてものを見せてるんだ、貴方は!!」

 

 

 * * *

 

 

「……一誠くん」

「はい……」

「……その、僕が何でこうして君と向き合ってるのかわかるかい?」

 

 あれから八重垣は紙芝居のおじさんに詰めより、警察を呼んだ。驚いた事に潔く警察に連れられていく男に何か畏怖じみたものを感じたのは錯覚だと思いたい八重垣。

 そんな彼は教え子である一誠と向き合っていた。一誠はどこか後ろめたそうな顔をして八重垣と視線を合わせようとはしない。目線を合わせないのは、自分が悪い事をしていたという自覚はあるのだろう。

 

「一誠くん、その、あんな、お……お、おっぱいなんて堂々と見せる紙芝居なんて、見ちゃダメだよ。あれは良くないものだ」

「……正臣さん」

 

 どう言えば良いのか、八重垣も言葉に迷いながら一誠を咎めるように言う。そんな八重垣に対して一誠は顔を上げて、ようやく八重垣と目線を合わせる。

 そんな一誠の瞳には様々な感情が揺れていた。悲哀や、困惑や、憤りといった、そんな感情が吹き荒れている瞳に八重垣は思わず息を呑む。そんな一誠に気を呑まれていると、一誠が小さく零すように口にした。

 

「俺も、ダメだって思った。良くない事だって。でも……でも……俺……!」

「一誠くん……?」

「俺、おっぱいが、どうしても頭から離れなくて……!!」

 

 いかん。即座に八重垣は思った。そしてどうにか、この欲望に落とされてしまいそうな教え子を救わなくては、と八重垣は思った。

 しかし、と八重垣は思う。聖職者として日々研鑽を積み、神の奉仕者として生きてきた彼は性的な方面に対する耐性をまったく備えていなかった。八重垣 正臣、彼はエロ本すら直視する事の出来ない程の根っからの純情であった。

 

「そ、その一誠くん、お、お、おっぱいに惹かれるのは、その男の本能だけど、その、なんて言ったら良いかな……」

「……正臣さん」

「その……その、……」

 

 言葉が見つからないまま、時間が過ぎていく。カラスの鳴き声が響き、夜が迫るのを感じる。しかし、八重垣には上手い言葉が思い付かなかった。しかし、このまま帰すのも良くない。迷える子羊は救わなくてはならない。八重垣は使命感に燃えていた。

 そして、彼が思い至ったのは頼れる上司を頼る事だった。そして彼は一誠を連れて紫藤家、紫藤トウジの居る先へと向かったのだった。

 後の彼はこう語る。――あれが全ての間違いの始まりだったんだろう、と。

 

 

 * * *

 

 

「……そうか。八重垣くん、一誠くん、君達の話はよくわかった」

 

 トウジは訪ねてきた八重垣と一誠の話を聞いて深く頷いた。その真摯に受け止める姿はやはり頼りになる先輩だと八重垣に思わせる程だった。

 これなら男の(さが)に悩む一誠を上手く導いてくれるだろう、と。やはり最後に頼りになるのは先輩なのだと、トウジへの尊敬の思いを強くしていく八重垣。

 

「一誠くん、そんなにおっぱいが気になるかい?」

「……はい」

「そうか。それを、悪い事だと思ってしまうんだね?」

「うん……」

「そうだ、それは正しい。おっぱいはね? 女性にとって大事なものだ。だからこそ無闇に見てもいけないし、触れてもいけない。それはわかるね?」

「はい……」

「あぁ、だからこそ――おっぱいは、素晴らしい。私はそう思うのだよ」

 

 ん? と八重垣は幻聴を聞いたのかと己の耳を疑った。今、己の尊敬する先輩は何か言っただろうか、と。

 

「いいかね? 一誠くん。おっぱいは……柔らかく、暖かく、全てを受け入れてくる母性の象徴だ。男が手に入れられない、しかし男が望む1つの理想郷、楽園の果実と言っても過言ではない。それを求めてしまうのは仕方ない事なのだよ」

 

 一誠の肩に手を置き、トウジは悟りきった満面の笑みで優しく告げる。それを聞いた一誠が救われたかのようにぱぁ、と表情を輝かせるのに対して、八重垣の表情はどんどんと曇っていき、焦ったように声をかける。

 

「ちょっと、あの、トウジさん?」

「八重垣くん、君も良い機会だ。少しは女性、ひいては性への耐性を身につけてはどうかね?」

「ちょっと!? 何言ってるんですか!? 僕たちは聖職者ですよ!?」

「それはそれ、これはこれだ。八重垣君、君も結構おっぱいが好きだろう?」

「な、何を!?」

「クレーリアくんの胸も、なかなかの逸材だったと思わないかね?」

 

 八重垣の心臓に射貫かれたかのように衝撃が走り、八重垣はその場に膝を付く。思い返されるのは思い出の中のクレーリアの姿。銀色にも似た灰色の髪を揺らせ、無邪気に微笑む彼女の姿が過ぎる。

 そしてその記憶の回想が胸に集中しそうになった時、八重垣は慌てたように首を左右に振って妄想を追い出す。

 

「な、ななな、何を! 何を言ってるんですか!」

「八重垣くん……君も男の(さが)に素直になりなさい。確かに剥き出しの欲は醜い。妄りに表に出すのは神もお許しにはならないだろう。だが、我等は男に生まれたのだ。おっぱいに惹かれる思いは――断じて! 嘘では! ない!」

 

 力強く言い切り、拳を強く握りしめるトウジの姿に八重垣は目眩を覚えた。これがあの尊敬する聖剣使いの上司、自分の先輩であるトウジなのだろうか。ぐにゃり、と風景が歪んだように八重垣はその場に膝を付く。

 そんな八重垣の肩を優しく叩く存在がいた。八重垣が顔を上げると、一誠が年に似合わぬ男の表情をし、雄々しく立っていた。

 

「……正臣さん、俺、やっぱり、気付いたんだ」

「一誠くん……」

「俺……――おっぱいが、好きなんだ!」

「やっぱりそうなるか! 不味い、この流れは不味いよ一誠くん! いいかい! よく考え直すんだ! 下手をすれば道を踏み外すぞ! 戻ってくるんだ!!」

「例え、その道が間違いだとしても……俺は、おっぱいが諦められない! おっぱいが好きだ!」

「おっぱいおっぱい連呼するんじゃありません!!」

 

 思わず叫ぶ八重垣だったが、既に八重垣に臆する事はない一誠だった。その瞳には確かな意志が込められていて、八重垣は思わず気圧されている自分に気付いてしまった。

 

「八重垣くん、何故君はそうも自らを否定するんだね?」

「否定しますよ! 僕は神に信念を捧げた身です! 己の欲に振り回されるなど……!」

「押さえ込む事が制御だと思っているのかね? それは間違いだ、八重垣くん。自らを知り、自らを律する事が……己を制御する、という事なのだ」

 

 ぽん、と八重垣の肩に優しく手を置き、トウジは語りかける。それは父のように、兄のように、先達として未熟な者へと語りかけるように声はただひたすらに優しく。

 

「クレーリアくんのおっぱいは、サイズも素晴らしくハリも良かった。思い出せるだろう? あの美しい体のラインを」

「や、やめてください! 僕を、僕を惑わせないでくれ!!」

「正臣さん! 自分に素直になろう! 俺は、俺はもう迷わない!!」

「一誠くんは頼むから迷ってくれ! 女性のおっぱいなんて僕は興味が無いんだ!」

「八重垣くん! 私は! 君が素直になるまで語ろうじゃないか! なぁに、これは男の秘密だ、神様にも内緒だぞ?」

「内緒だぞ!」

「あぁああああ! もう、一誠くんが妙な真似までしてるじゃないですか、どうしてくれるんですかもぉおおおおおお!!」

 

 八重垣は頭を抱えながら絶叫した。

 これを機に、一誠はトウジと共に「女性についての魅力を語る男の密談」が開かれる事になる。八重垣はこれを無視しようとしたが、一誠への悪影響を抑える為に毎回参加するようになる。

 他意はない。あぁ、ないったらない。

 

 

 * * *

 

 

『……という事が、あってな』

「……あぁ、その、うん」

『……そんな事が、あってな』

「……うん」

『……』

「……」

『うぉおおおおおおおおおおおおおおんっ!! うぉおぉおおおおおおおおおおおおおおんっ!!』

「ど、ドライグ! ドライグしっかりして!」

 

 私はドライグを訪ねて夢に潜った所、一誠にそんな事が起きたとドライグから報告を受けていた。最初はドライグが屍のように横たわり、反応がなかったので聞き出した見たらコレである。

 そっかー……、私は何もそんなの知らなかったから一誠の変化なんて気付かなかったしなぁ。別に私といてもイリナといてもそんな素振りなんて見せなかったし。そういう意味では表立ってオープンだった“原作”に比べればマシなのかもしれないけど……。

 

『相棒が、俺の相棒が! どんどんおっぱいに染まっていく! 日々、日々妄想が広がる一方なんだ! あのトウジとかいう聖職者の風上におけぬ男によって! 俺の、俺の相棒がぁああああ!! うぉぉおおおおおおおん!! うぉおおおおおおおおおんんっ!!』

「ど、ドライグ……そ、その……」

『あの八重垣とか言う男は頼りにならん! クレーリアとかいう悪魔の話になった途端、鼻の下を伸ばすような奴など! それを必死に抑えててまったく抑止力にならん……!!』

「八重垣さん……」

 

 思わず私は目元を覆ってしまった。一緒になって何やってるんだあの人は。というかそうか、八重垣さんもちゃんとそういう男らしい所はあったんだ。逆に安心したというか、何というか。もうちょっと早く気付いて欲望とかに傾いてくれてたらなぁ……。

 でも、そっかぁ。やっぱり一誠はおっぱいについて拗らせちゃったかぁ。いや、別に悪い訳じゃないんだけど、こうしてドライグの心労を思うとちょっとね……。

 幸いと言えるのは、それを表に出そうとはしていないって所なんだろうけど、かといってムッツリスケベなのは変わらないというか、それを聞かされた私が現在進行形で気まずいんだけど、ねぇ。

 

『ドライグ、おっぱいドラゴン確定』

『うぉおおおおおおおおおおおおっ!! 俺は、俺は! 偉大なる二天龍の片割れ! その筈が……その筈が!! 何故……このような……仕打ちを……!!』

『乳龍帝、爆誕』

『うぉぉおおおおおおおおおおおお!! 俺におっぱいを押し付けるなぁああああ!! やめろぉぉおおおお!!』

「グレートレッドもドライグ弄りは止めなさい!!」

 

 “リアス・グレモリー”をベースに象った姿をしたグレートレッドがドライグの首に捕まるようにしておっぱいを押し付けている様に私は思わず怒鳴りつける。本当にこの駄目ドラゴンは……!

 というか、これを聞いちゃった私はこれから一誠とどう向き合えば良いのか。出来れば知りたくなかったなぁ、トウジさんとか、八重垣さんのアレこれとか。

 私は悲鳴を上げて泣き叫ぶドライグと、そんなドライグに抱きついてじゃれているグレートレッドを見つつ、未来に不安を感じながら深い溜息を吐くのだった。

 


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