深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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※2016/5/30 大幅な加筆修正をしました


ACT.06

「……どういう事か、きっちり説明して頂きましょうか? アジュカ様」

「お前、真っ先に男の急所狙ってから言うのか……?」

 

 うふふ、アジュカ様ったら震えて。魔王なんだから小娘の私如きの攻撃でどうにかなる筈がないじゃないですか。嫌ですわ、うふふふ……。

 ――殺ス。込められるだけの殺気を込めて蹴りを放つ。まるで鞭のようにしなる足。短い生涯ながら、最高の一撃だと思われる蹴りはアジュカ様にとっては簡単に避けられてしまうもの。

 

「待て、落ち着けリアス。良いか、話し合おう。説明をしよう」

「どのような弁明を聞けるのか、楽しみですね……!」

 

 そもそも何故、私はこんなに怒っているのか、と言えばだ。

 私の通う保育園に“兵藤 一誠”が通う事になったからだ。正に寝耳に水だ。初対面で彼の名前を聞いた時、変な反応を返さないようにする事でいっぱいいっぱいだったんだからね!?

 そもそも一誠は監視対象だった筈。私が通う幼稚園に入園するならわかっていた筈だ。なのに私にまったく何も言わなかったって事は、それを敢えて私に黙っていたという事に他ならない……!

 そして帰宅早々、アジュカ様に襲いかかった訳だ。まぁ、どうにかなるとは思ってないからじゃれつきみたいなもの。ちょっとした憂さ晴らしもあったけど。

 

「それについては、私からも説明しよう」

「お兄様!? お兄様も1枚噛んでるって事ですか……」

 

 奧から姿を見せたのはお兄様だ。いつもの微笑を浮かべて挨拶をしている。まったく、何で私にわざわざ隠してたのかしら……。

 

「あぁ、という訳でしっかりと説明しようじゃないか。――お前の今後についても、ね」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「―――教会との一時的な停戦!?」

 

 リアスは思わず両手をテーブルについて驚きの声を上げた。無理もない、とアジュカは思う。リアスにまったく説明せずにサーゼクスが行っていたのは、この街に存在する教会勢力との停戦交渉だ。

 それをリアスに説明した所に、この反応である。確かに驚きだろう、魔王自らが交渉に乗り出し、停戦協定を持ちかけたと言うのだから。

 

「何でそんな真似を!? 今の時期に!? 無謀ですよ、何考えてるんですか!?」

「勿論、我等の未来の事さ」

 

 リアスに詰め寄られてもサーゼクスは平然と受け止めている。

 

「私には不肖の妹が居て、その妹を冥界では育てる事は難しいので人間界で育てたい。こちらで安定に過ごせるようになったら引き上げる、その時まで見逃して欲しいとね。その了承が欲しいと交渉しただけさ」

「そんな巫山戯た冗談に教会は応じたんですか?」

「応じて貰ったさ。その為の交渉だったのだからね」

「……対価は何ですか」

「この街での悪魔活動の縮小、及びはぐれ悪魔に関しての情報提供、互いに不干渉……とは言いつつも、調停役を設ける事で和睦を計る、といった所で話は落ち着いたよ。後は君と調整役の監視を了承する事だね。なので、リアスは近々お引っ越しの予定だよ。調停役とは話は既に済んでいる」

「はぁぁぁ……?」

 

 大きく口を開けて、リアスは理解不能と言った顔をしている。なんとか意識を取り戻して、何度か深呼吸の後、頭を抱えつつサーゼクスを睨む。

 

「待ってください。まず、調停役って誰ですか」

「この地を治めてるクレーリア・ベリアル、その子だよ」

「なんでクレーリアさんが調停役になんて!?」

「この地を知り尽くしている悪魔だからだね。まぁ、彼女には運が悪かったと諦めて貰おう」

「悪魔活動の縮小に、はぐれとはいえ悪魔の情報提供? 旧魔王派だけじゃない、大王家だって何を思うか!?」

「表向き、この関係は表に出る事はない。何か問題があれば停戦条約は有名無実となる」

「お兄様、何考えてるんですか!?」

 

 だん、とリアスの握られた拳が机を叩く。

 

「ただでさえ一誠が入園している事も黙ってるし、私に何も言わないで教会と交渉は進めてるし!」

「必要な事だったからだ。それに、敵を欺くなら味方からだよ」

「うっ……」

 

 サーゼクスが目を細め、リアスを見つめる。思わずサーゼクスの眼差しにリアスは呻き、そのまま力なく席に座り直す。

 

「リーアには驚かせて悪いとは思ったがね。君に言えば、君は反論するだろうし、平静を装えなくなると思ったからね」

「当然ですよ。どうするんですか、これがバレたら大問題ですよ……」

「あぁ、大問題だ。だからこそなんだ、リーア」

「え?」

 

 疑問の声を上げるサーゼクスに、リアスは首を傾げる。サーゼクスは用意されていた紅茶を手に取り、一口を付けてからリアスへと再度視線を向ける。

 

「そもそも、だ。リーア。なら“逆にいつになったら”良いんだ?」

「……ぇ?」

「先の戦争でどの勢力も疲弊した。あれ以上の争いは種の存続の危機、そのものになりかかっていた。そして今もだ。ならば、悪魔はその数を減らされる訳にはいかない。その為には元々の原因を絶たねばならない。ならば、リーアにとって先の未来で実現されていた三勢力による和平は私にとっても悲願である」

「そ、それはわかりますけど……」

「リーアの知る未来、コカビエルの襲撃というのも“1つの切欠”でしかない。そう、それは必然のように見えて“偶然”だ。誰かが行動を起こした、正確に言えば“堕天使側”が起こしただけであって、これが天使だろうと、悪魔だろうと機を狙えた筈なんだ」

 

 サーゼクスは淡々と言葉を紡ぐ。その様にリアスは圧倒されるばかりだ。

 今のサーゼクスはリアスの兄としてではなく、冥界の、悪魔の未来を案じる魔王として振る舞っている。そこに家族による情の甘さなどない。普段はリアスに見せない一面だった筈だが、今こうしてサーゼクスは魔王として振る舞っている。

 それにリアスは戸惑うしかない。突然、こうも魔王として振る舞われても反応に困っているといった様子だ。

 

「それに三勢力の和平は足がかりでしかない。私はその先を見ている」

「その先……?」

「“禍の団(カオス・ブリゲート)”、そしてその裏にいる……あの男だ」

 

 サーゼクスが目を細めながら告げる、あの男。それにリアスも反応する。

 

「あの男だけは野放しにはしておけない。“先代ルシファーの息子”であり、悪意の塊である“リゼヴィム・リヴァン・ルシファー”」

 

 それはサーゼクス、アジュカと同じく“超越者”であり、聖書にすら記された悪魔、“リリン”。

 かつて旧魔王派の派閥であり、悪意の塊としか言いようのなかった。リアスの知る物語においても邪悪の化身であり、数多の爪痕を残した悪魔。

 

「今、奴が何をしているかはわからんが、奴が動く前に止める。遅いのだとしても異世界への奴の悪意の流出は止めなければならない。和平の可能性を急いだのも、それが理由だ」

 

 ……すぅ、とサーゼクスはそこまで言い切って、息を吸ってからリアスを見つめて。

 

 

 

「――“リアス”。私は、お前に賭ける。お前が全ての鍵で、私の切り札だ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 お兄様に言われた事に理解が追い付かず、ただ、ただ唖然とする。

 

「き、切り札……? 私が……?」

「お前は教会側と和睦を計り、そのまま天使、そして堕天使とも和平を成し遂げるその切っ掛けとなりなさい」

「な、何を!? 何を言ってるんですか!? 私が!?」

 

 お兄様が言っている事が理解出来ない。和睦? 三勢力の和平? それを……私が成し遂げろって? 私が鍵? 何で、と私は何度も問いかけを繰り返す。

 

「悪魔に生まれながら、赤龍神帝の力を宿す悪魔ならざる者。それだけでお前には可能性が溢れている」

「だからって、だからって!? 私が、私がやるんですか!?」

「リアスになら任せられる、と私は賭ける」

「いきなりそんな事を言われても!! ……そんな事、言われても」

 

 状況の変化に、私が追いつけてない。胸の前で手を当てて、大きく深呼吸する。その間、お兄様もアジュカ様も何も言わなかった。私は自分の呼吸が落ち着くまで何度も深呼吸をし、呼吸を整えてお兄様を見る。

 

「……上手く、やれる自信がないです」

「お前の不安も最もだ。だが、リアス。私達には一分一秒すら惜しい。リアス、お前には監視者との生活を以てして和議の道を模索して欲しいんだ。可能性の欠片でも良いんだ。いきなり全体を変える事なんて不可能なのは私が承知している。それは私の仕事だ。お前に頼みたいのは、可能性の芽を育てて欲しいのだ」

「可能性の芽……」

「お前と赤龍帝を宿す少年、兵藤 一誠や、この街の教会勢力と引き合わせようと決めたのもそれが理由だ。リアス、君の夢は何だい?」

「……憧れた人達のように、憧れた人達と一緒に、憧れのようになれたらって」

「この世界で、お前が憧れた英雄は生まれてはいない。これから生まれるかもわからない。だから、リアス。――お前がなりなさい。お前の胸の中の憧れへの思いを糧として。お前が、お前自身がお前の理想に」

 

 私が、私の憧れた、理想に……。

 

「今、この世で最もお前の望む可能性に近いのは誰だ? ――お前なんだ、リアス」

「……お兄様」

「もしも、お前が為せなくても構わないよ。その時は、私を憎むと良い。お前がしくじっても、その時は全ての責任が私が背負おう」

 

 そう言って、お兄様は席を立った。話す事は終わったと言うように。

 私は、その背にかける言葉が無かった。ただ、俯いて、小さく震える事しか出来なかった。

 そうしている間にもお兄様は転移魔法陣の光に飲まれ、消えていってしまった。残されたのは私とアジュカ様。

 どれだけ沈黙の時間が流れただろう。時計の音だけが静かに響いていく。そんな中、アジュカ様が口を開いた。

 

「セラフォルーは反対してたぜ。勿論、グレモリー夫妻も、グレイフィアもな。けど、サーゼクスが言っていた。リアス、お前に賭けたいってな」

「……お兄様」

「俺は……お前次第だな」

「私次第……? 出来ると思ってるんですか?」

「お前が出来なければ、その時はその時だろ」

「なんでそんな簡単に言うんですか! 一大事なんですよ!?」

「一大事だからこそ、だよ。あまり深く考えるな。お前はやれ、と言われた事をやるだけだ。責任を取るのは――俺達、大人の仕事だ。どっちにしろ時計の針は進んでしまった。お前が出来る選択は、やるか、やらないか。そのどっちかだ」

 

 そんな事言われたって、そんな事を言われたって!!

 

「なぁ、リアス。お前はさ、天使とか、堕天使とかどう思う?」

「どうって……」

「いいから、答えろ」

「……悪魔にとっては敵ですけど」

「あぁ、そう教えられるな。でも、お前は敵だと思うのか? 滅ぼし尽くさないといけない相手か?」

「そんな事は思ってない! 手を取り合えるなら、良いと思いますよ! だって争って、失って、傷ついて! そんなの……そんなの、認められない……」

「それで、良いんだよ」

 

 いつの間にか席を立っていたアジュカ様が、私の頭を撫でる。

 

「お前は、新しい世代の架け橋になれるんだ。どの種族も、どの勢力も手を取り合えるんだって証明出来るんだ。だってお前は知ってるんだろう? その姿を、その歴史を」

「だから、……私に、やれって言うんですか?」

「あぁ、やってくれたら……俺達にとって、それこそ理想になるだろうな。俺とて戦争がしたいと思ってる訳じゃない。ただ、趣味に没頭出来るなら同盟でも何でも良いさ」

 

 なぁ、リアスと。アジュカ様が言葉を続ける。

 

「お前は、自分を過小評価しすぎというか、いや……こう言うべきか。――望め、欲せよ。求めるなら奪い取ってでも叶えて見せろ。お前は、悪魔で、龍で、特別で。無色の、何にも混じり、何者と共にある事が出来るお前が何よりの証明になるんだ」

「……そんな」

「リアス。俺に、俺達に見せてくれよ。お前の可能性を。お前の知る世界を。お前の理想を。お前が見ていた、この世界でも生み出せる筈の世界を。何も、お前だけに戦えなんて言わない。お前がやる事を俺達が全力で支えてやる。だからな、リアス。――全力で、一緒に世界を変えようぜ?」

「世界を、変える……――」

 

 …………大きく、ゆっくりと深呼吸をする。

 思い出す。ぐちゃぐちゃになっていた思考を整理にするように1つ、1つ。

 この世界に生まれる前の事、憧れを抱いた事、リアスとして生まれた後の事、歩けるようになる為に必至になった事、自分に魔力がない事を知った時の事、なんとか力を手に入れて足掻いてきた事、自分が嫌になって何もかも壊したくなった時の事、それでも未来を諦めずに歩いて行きたいと、そう思った記憶を。

 今までの私が生まれ、歩んできた道。出会った来た悪魔の顔を思い出す。お兄様、お義姉様、お父様、お母様、順番に出逢いを思い出していく。幾重にも浮かんでは消えていく思い出の欠片達。

 拳を、強く握る。そうだ、最初から答えはあったんだ。ずっとあって、目を逸らしていたのは怖くて。

 

「――アジュカ様」

「……なんだ?」

「私、やります」

 

 知っていた。ずっと、やらなきゃどこにも行けないんだって。

 諦める事しか出来なくて、妥協を覚えて生きていく。そうして、いつか忘れて。

 また繰り返すつもり? いいや、繰り返す訳にはいかない。私の脳裏に浮かぶ全ての者達と、全ての出来事を反芻して。

 

「争いが少ない、争ったのだとしても、幸福になれるチャンスが多くの人に分け与えられる世界を私は目指したい。だから、やります。私は! やります!」

 

 そうだ。結局、私には突き進む事しか出来ない。失敗が怖くて、喪失が怖くて、その唯一の術すらも無くしてしまったらどこにも行けない。だから、心を強く持て。強く鍛え、誇り高く在ろう。理想を掲げよう。決して、自分に嘘を吐かぬ為に。

 いつかなんて、もう来ない。ならば奪い取ってでも、未来を手繰り寄せて見せる。自分の為に、自分の大切な誰かの為に。この命、この魂、この存在全てをかけて。私はあり得たかもしれない未来に代わる未来を、それ以上に幸せな世界を作りたいんだ!

 誰かの嬉しさも、誰かの楽しさも、誰かの悲しさも、誰かの怒りも。大事な人の全てを預かって行こう。それが不当に失われるかも知れない世界なんて、やっぱり許せない! あっちゃいけない! その為に超えないといけない試練があるなら、悉く凌駕しなくちゃいけないんだ!!

 忘れない、これは私の夢。私が願った夢、私が始めた夢。そして誰かが背を押してくれている夢。羨ましいと、妬ましいと言われる程の夢で。きっと多くの誰かが望んでくれるそんな願い。例え一人だったとしても、最後の時まで忘れてはならない、私の夢だ!

 

「……ふっ」

 

 私に向けて、アジュカ様が笑った。それで良いと言うかのように。いや、きっとそう思ってるに決まってる。だから、私も満面の笑みを返してやる。

 すると拳を突き出された。私も、そんなアジュカ様の拳に自分の拳を当てるようにして見せた。言葉が通じなくても、思いは通じてるんだ。誰だってきっと出来るんだ。私は、そう信じたい。

 

 

 * * *

 

 

「うぅ、早まったのかなぁ、やっぱり早まったのかしら……でも、もう決めた事だし……あぁ、お父様、お母様! 親不孝な娘でごめんなさい!」

「クレーリアさん、それ何回目ですか」

「リアスちゃんが落ち着きすぎなのよぉ……」

 

 はぁ、と深い溜息を吐き出してがっくり肩を落とすのはクレーリアさんその人だ。その格好は正装と言えるしっかりとした服装だ。

 そんな人ががっくりと肩を落として、今にも魂を吐き出しそうな様子は正直、見てられない。

 

「無理かもしれませんけど、リラックスしてください」

「うぅ……前はルシファー様がいてくれたけども、今回から私が一番立場が上……うぅ、胃がキリキリする……!」

「お兄様がいても、いなくても胃には来そうですけどね?」

「言わないでよぉ……」

 

 涙目になって私を睨むクレーリアさんだけど、すぐにまた肩を落としてしょんぼりしてしまう。

 クレーリアさんに話を聞いてみたのだけど、何でもお兄様のお願いを聞いて、お兄様の直属になれば流布されているディハウザー様の噂話の対処や、クレーリアさんが知りたかった“真実”を教える、という交換条件に応じたらしい。

 最初は迷ったけども、眷属達にも背を押されてお兄様の影の直属の部下となったクレーリアさんだけど、最初に任された仕事が教会との秘密裏の停戦と、その後の調整役を任せられるとは思っておらず、こうして胃を痛めている始末。将来的には和睦も結びたい、と聞いて卒倒しかけたらしい。正直、妹の身からすると申し訳ない限りだと思う。

 ……けど、冷静になって考えてみれば、お兄様は上手いと思う。お兄様が影で守護している以上、例えこれでクレーリアさんがエクソシストの誰かと恋仲に落ちたとしても介入がしやすい。状況が真っ先に把握出来るからだ。

 そしてもし、恋に落ちたというのならば。然るべき状況と場所を手に入れる事が出来れば、それは和睦の象徴としても意味を持つ事にもなる。私の知る“正史”であれば、兵藤 一誠とリアス・グレモリーがそれを担ったように。

 私は下宿先をアジュカ様の隠れ家からクレーリアさんの日本での住居に移っているので、クレーリアさんはもう一人の姉のようにも思っている。だからこそ原作のような未来に進んで欲しくない。

 冥界に帰る頻度は少なくなってしまうけど、もう歩むと決めた道だ。ならば進んでいこう、お父様とお母様に甘えるのも全てが終わって落ち着いてからでも良い、と開き直ってやる事にした。勿論、隙を見て会いに行って甘えるつもりではあるけどね。

 

「時間です。行きましょう、クレーリアさん」

「……えぇ、そうね。行きましょうか、リアス」

 

 今日は改めて、私を含めたこの地の悪魔側の代表と教会関係者の密会だ。

 教会に伝えている表向きの理由は、私の育成の為だ。私が害を為さないのなら、ここでの生活を送り、育てられる事を許可して貰いたい、とお兄様は言ったらしいけど。

 多分、裏があると思ってるだろうな。と言うか、疑ってかかるべきだと思う。本当の腹の底が「未来が危ないんで、同盟組みたいです」なんて言える訳もないし、信じても貰えないと思う。

 だからこその信頼関係。それがほんのごく一部なのだとしても、小さな種なのだとしても。いつか芽吹き、更に多くの可能性の花となって開花する事を願うしかない。その為に全力を尽くすのだと、私は決めたんだ。

 私とクレーリアさん、それからクレーリアさんの『女王』の方と一緒に教会関係者が待つ場へと向かう。クレーリアさんが先導し、そして会合の場の扉を開いた。

 肌がぴりぴりとするような程の清浄な空気。悪魔にとっては毒にも等しい空気にクレーリアさんが表情を歪めかけるも、すぐに奧へと入り、私が続く。

 途端に視線が混じる。一番強く感じたのは猜疑の色。当然の事だろうと思う。私は予想された展開に背を負ける事なく、胸を張るようにして中へと踏み入った。

 

「……貴方が、リアス・グレモリーか?」

 

 口を開いたのは壮年の神父の男性だった。恐らくこの人がまとめ役なのだろうと思う。巌のような厳つい顔、その顔に見合うだけの迫力。年を重ねながらも、その威風堂々とした佇まいは相手を呑むような空気を放っているかのようだった。

 私は負けじと奥歯を噛みしめ、そして一礼をした。身につけ、何度も反復した動作だ。緊張した状態でも淀みなくスムーズに行えた。厳しく稽古をつけてくれたお義姉様には本当に頭が上がらない。

 

「お初にお目にかかります。私が、リアス・グレモリーと申します」

「……魔王ルシファーが妹、か」

「魔王ルシファー様……、いえ、敢えて我が兄とお呼びしましょう。兄よりお伺いしていると思いますが、我が身の事情故、無理難題な提案を出された事に関して、教会関係者の方々には多くの不信と不安をお与えになったかと思います。此度の件、ただ我が身の生まれを恥じるのみでございます。……ですが」

 

 一度、言葉を句切って私は真っ直ぐに教会関係者の一同全てに目を合わせるように視線を向ける。強い視線を受けた為か、僅かに身じろぎする者も中にいる。

 

「私には夢があります。夢半ばでこの命を終えたくはありませぬ。その為にもこの地で、暫しの間、貴方達と共にある事を今一度、お認めになっていただければと思っております」

「……例え、神の信徒である我等に頭を下げ、同胞を売り払ったとしてもか?」

 

 前に進み出た神父の問いかけに、私は目を一度閉じる。

 

「斬り捨てなければいけない同胞がいる事を、私は悲しくに思っております。何せ、そのように人に害為す悪魔の多くは“はぐれ”。……人より悪魔に転生し、主の下を去った事でその力を無制限に振るうその様、それは野に放たれた獣と何が違うのでしょうか? 私は悪魔が獣のように人を喰らい、貪る者に堕ちる事が何よりも許せないと思っております」

「貴様等が悪魔に転生させておいて、良く言う! 貴様等が人を誑かし、邪な思いを抱かせなければそのような事は起き得ない。貴様等が自ら招いてた悲劇ではないか!」

 

 並んでいた一人の神父が憤りを隠さずに私へと向けて吠える。あぁ、そうだ。私達悪魔が悪いと言われて当然だ。転生悪魔、“悪魔の駒(イーヴィル・ピース)”によって転生した者達。彼等の多くはその自由意志もなく、文字通り下僕として扱われる。

 力に酔ったり、或いは憎しみで主を殺したり。そうした悪魔ははぐれとなって冥界へ、または人間界でその猛威を振るう。そしてまた新たな犠牲者が出来るという構図。

 自業自得と言えば、その通りで反論のしようもない。言う事はわかるとも。けれど、いいや、だからこそ返さないといけない言葉がある。悪魔が悪い、人間を悪魔にして使い潰す悪魔が悪い。最もだ。本当にそう思うからこそ。

 

「……私は若い悪魔です。生まれて間もなく、世界を知らず、己が無知を自覚しております。失礼なお言葉になるかもしれない事を承知で言わせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「……好きにしたまえ」

「ありがとうございます」

 

 息を、何度も吸う。視線が集まる中、震えそうな足に力を込めて私は告げた。

 

「私は、神を軽蔑も、軽視もしません。私なりの、一種の誠意と言っても良い姿勢でこそ向き合いたいと思っております」

「ちょ、ちょっとリアス!? 貴方、何を言って……!?」

 

 後ろでクレーリアさんが慌てたような声を出す。正直、覚悟していた。悪魔が神に誠意なんて言葉を使うなんて。反感を受けても仕様がない。

 

「誠意……だと!? 悪魔の子、自分が何を言っているのかわかっているのか!?」

「悪魔が、神に誠意だと!? 神を侮辱しているのか! 悪魔の子!!」

 

 事実、こうして私の言葉に殺気立つように幾人かが懐に手を入れた。後ろでクレーリアさんも臨戦態勢に入ろうとしたのを手で制して止める。私が制して止めるのと同時に、リーダー格と思わしき壮年の神父が同じように制していた。

 

「悪魔の子、悪魔が神に誠意と申すか」

「神は、我等が悪魔の憎き仇敵……かつてはそうだったのでしょう。今でも変わらず神を憎む者もいるでしょう。ですが、皆様が仰る通り私は悪魔の子です。直接、神に虐げられた事はありません。この身、この血肉は確かに悪魔の身なれど、私は神と直接相見えた事もなく、その威光が届くのを知るのみです。――その神に敵としてあるならばこそ、我等悪魔は誇り高くなくてはならないと思うのです」

 

 私は神様になんて会った事がない。そもそも、もう私が生まれた時にはこの世界の神、聖書の神は死んでしまっている事を知ってる。

 今はミカエル様達が中心となって、神様が残したシステムを上手く稼働させて、神の不在を誤魔化している筈。

 けど、既に破綻してる。神が死ねば天使は生まれなくなり、堕天使も天使が増えなければ数が増えない。種の存続の危機そのものだった。

 このままじゃいけない。だからこそ悪魔も転生悪魔を生み出す方法を考え出したし、原作ではその技術を解析して転生天使も生み出された。種を残す為には今までの在り方を変えないといけない。

 自分なりに必死に考えた。拙い考えかも知れない。けど、伝える機会なんてなかなかない。だから今、ありったけの思いを込めて伝える。

 

「敢えて問わせてください、神の信徒達。あなた方は狩人ですか? 獣狩りですか? 否、違う筈です。私はそう思っています」

「……何だと?」

「あなた方は神の愛を以てして、悪魔という敵を打ち払い、神への信仰を示す者。その認識に相違はないでしょうか? あなた方の敵は悪魔で、悪魔が敵であるならば、その敵である為に誇りを持たねばならぬのではないかと、私は考えたのです」

 

 悪魔である以上、教会の悪魔祓いとは戦わなければいけない。それは必然だ。だってそれは古来から続く仕組みと言っても過言ではないのだから。

 

「我が身は魔王を輩出し、上級悪魔に名を残す名門、グレモリーが子、名はリアスと頂きました。この身、この血肉が由緒正しき血統に生まれたのであればこそ、私は悪魔としての本懐を果たしたいと思います。その為に1つの答えとして、未熟なれど貴方達に向ける誠意として。私達、悪魔は貴方達の神への愛を示す障害でなければならないと考えていました」

 

 目に見える奇跡、結果。神の奇跡で悪魔を打ち払う。神が用意したシステムは辛うじてその姿を残している。なら、悪魔側でその流れを、奇跡を明確にわかるようにすれば。

 

「貴方達が狩るのは獣同然のはぐれ悪魔が本来の相手ではない筈です。違いますか? 我等が宿敵、神の犬、神の信徒、神の戦士達。私達、悪魔と対峙する事で神の奇跡を証明する人達が貴方達の意義の筈です」

 

 深く息を吸い直して腹に力を込める。震えそうになった足を奮い立たせて声を絞り出す。

 

「あなた方が神に示す愛は悪魔を以てしての物。悪魔は滅びない、神が在り続ける限り、悪魔は在り続ける。なぜならば神が善なれば、悪魔は対為す悪だと。争い続ける事で生み出し続ける浄化、我等は世界の悪意、我等は打ち倒さなければならない敵対者であるからこそ」

「グレモリーの娘よ。悪魔の子、つまりお前は何が言いたい」

「今の悪魔は、真の悪魔ではないと言いたいのです。貴方達の信仰を示す相手に為り得ない。貴方の信仰に見合う敵ではなくなってしまった。私はそう思っております。今の悪魔の社会体制では獣同然の劣悪な存在を生み出し続けてしまう。私は憂いているのです。このままでは悪魔も、天使も、堕天使も、皆が共倒れになると」

 

 悪魔は悪魔でなきゃいけない。信仰を示す形で、人々を救済する形でなければならない。

 けど、それが獣を狩るような、バケモノ退治の構図ではダメなんだと。

 悪魔は数を減らし続け、天使は増えない。堕天使も天使がいなければ増える可能性もない。

 悪魔が数を増やしても、それを上回る速度で浄化され続けては意味がない。だから、何か手を打てないかと自分なりに考えた。

 質を上げればどうか、と。獣狩りをするような戦いではなくて、それこそ物語の魔王に挑むような、誰かの心を動かせるような……。

 

「信仰の人、敢えて問わせてください。悪魔が滅びれば世界は真の平和をもたらすのでしょうか?」

 

 私の問いに、誰も何も答えない。戸惑う者もいれば、世迷い言をと私を睨む者もいる。それでも私は目の前の壮年の神父だけが真っ直ぐに私を見据えていた。

 

「敢えて断言します。悪魔が滅びれば神話の終わりです。敵を失った貴方達の信仰は――……成り立たない」

「愚弄するのか、悪魔の子! 黙って聞いていれば……!!」

「悪魔を滅ぼして、では次は何を滅ぼすのですか? 異教徒ですか? 知恵を持たぬ害ある獣ですか? 悪魔無き信仰にどれだけ救いがあるんでしょうか。救われたという結果がわからない、救いの実感のない救済では、風化して朽ち果ててしまう。違いますか?」

「……我等の信仰を語るか、悪魔の子よ」

「悪魔だからこそ語るのです、私は悪魔で、その信仰に相対する者です。答えて欲しいんです。悪魔を含めた、貴方達を邪魔する者が滅びた後、貴方達は剣を、その拳銃を捨てて許されるのですか? 本当にその力が、今度は自分には向けられないと。……誰も信じませんよ。力を恐れ、隔離し、その報酬に報いる事なく排斥する。人は弱い生き物ですから」

「……本当にただの子供か? グレモリーの悪魔よ。その姿、我等を惑わす偽りではないのか?」

 

 訝しげに壮年の神父が私を睨む。私は、その言葉を受けて一歩前に出た。

 

「ちょ、ちょっとリアス!?」

「クレーリアさんは下がっててください」

 

 私を止めようとするクレーリアさんを押し留めて、私は壮年の神父へと歩み寄る。その後ろで武装を貫き、光の剣や拳銃を構える神父達。

 その中でもただ、悠然と構える壮年の神父。ただ、ただその視線は私を射貫いている。……正直、怖い。このまま武器を向けられて、傷つけられるのが怖い。でも、それでも。

 

「……感じますか。この矮小の我が身の在り方を」

「……魔力の欠片も感じぬな」

「えぇ、私は悪魔として欠陥品です。劣等児です。魔力を持たずに生まれた。悪魔なのに、悪魔として生まれる事が出来なかった。父も、母も、嘆いておりました。良く言われました。私は兄の絞り滓だと。良いんですよ、皆様。この無様な身を笑っていただいても」

 

 手を伸ばせば届く距離まで壮年の神父の前まで歩み、私は胸を掴む。緊張で音を立てている。それを振り払うように顔を上げる。

 

「悔しかったです、悲しかったです、憤って、嘆きました。そして呪い尽くしました。我が身を慈しみ、こんな私を育ててくれた両親を苦しめるこの身を。だから、だからこそ私は悪魔とは何か考えました。先の大戦、多くの命が失われ、悪魔はその数を減らしました。悪魔だけじゃない、天使も、堕天使も! たくさん、たくさん死にました! ……その傷が今でも残ってます。今となっては悪魔は人を頼らねば、縋らなければ種の存続もままならない程に」

 

 今のままじゃ、皆滅ぶ。伝えられない事も多くて、理解されないのもわかっていても。

 

「人を無理矢理に転生させ、悪魔として。しかし、御しきれずに獣同然の劣悪なはぐれなどと言うものを生み出してしまう。こんな在り方が悪魔の在り方である筈がないんです。あってはいけないんです。けど、以前のように戻るには……悲しみが増えすぎたんです」

 

 思い出す顔は、月の光に照らされたあの人の横顔。あの人だけじゃない。きっと私の見てない所で、かつての戦争の名残に苦しむ者は多い筈で。

 

「悪魔にも感情があります。誰かを愛おしいという気持ちもあります。愛を囁き、愛故に狂えと囁く我等は愛を知っている。認めろ、とは言いません。けど、悪魔だって! ……愛して、悲しんで、苦しんで、涙を、流すんです」

 

 それが、理解されないのだとしても言葉にすることを止められない。そう感じた気持ちは嘘ではないのだから。

 

「もうかつてには戻れない。戻ってはいけない。戦争の悲しみは種を滅ぼす猛毒です。誰も戦争に病ませてはいけないんです。戦争は病を生み出す、消えぬ傷跡となって放置すれば傷は腐ります。そうなれば、もう取り返しの付かない事になります。だからこの連鎖は断ち切らないといけない」

 

 ただ、ただ思いを込めて。次に戦争をすれば滅ぶと誰かが言った。そんなの嫌だと私は思う。だって、届いたんだ。あの世界じゃ成し遂げたんだ。和平は可能だったんだ。だったら私がいる世界にだって、そんな奇跡は起こせる筈だから。

 

「私は悪魔です。悪魔は神の敵対者。無様である訳にもいかない、悪魔の為にも、悪魔に相対する神にとっても。なら新たな在り方を見つけるしかない。それが我が悲願で、私の夢です。新しい悪魔の在り方を見つけたいんです」

 

 私に続く悪魔が、これから生まれてくる悪魔が。これから嫌でも変わっていくだろう世界が。このまま滅んでしまいそうな道に突き進んで欲しくないから。

 

「私は悪魔の繁栄を願います。その為には、神という我等の相反せし絶対者の事を学ばなければならない。今一度、かつての時代を超えて、今、この時代に新しい在り方を私は悪魔に見出したい。その為に……――あなた方を知りたい。神の信徒との、新たな在り方を見つけたいのです。争わなければいけない運命であるならば、決してその運命を低俗なものに私は堕としたくない。ただ、その一心でここにおります」

 

 もしも、と。祈りを口にするように。

 

「争いを合うだけでない、新しい悪魔と神への信仰の在り方が生まれるのなら――私は、それを叶えたい。争いで散る命を私は生み出したくはない。それがどうしようもないのなら、せめて意味を。でなければあまりにも……世界は、残酷過ぎるから。私は、そんな残酷を私の子や、次の世代に引き継がせたくない」

 

 はぁ、と。言い切って私は息を吐いた。震えそうな体に無理矢理力を込め、立ち続ける。

 

「これが私なりの、神への、人への、そしてあなた方への誠意です。笑いたければ笑ってくださって結構です。所詮は子供の語る夢物語なのは承知の上です。それでも――……少しでも心に留めてくれるなら、考えて欲しいんです。これからの事を。私一人ではわからない事が多すぎるから」

 

 私は、一礼する。この一礼は、跪くのでもなく、屈するものでもなく。長々と私の語りを聞いてくれた事への礼であると。

 深く、頭を下げ続ける。周囲は沈黙に包まれていて、誰もが声を失っていた。その静寂が今の私にとってはとても、とても苦しかった。

 

「……随分と口の回る娘だ。悪魔の騙りと言うのならば、らしいと言えばらしい。劣等児というのは皮肉かな」

 

 沈黙を破ったのは、私と相対し続けていた壮年の神父で。

 

「好きにするが良い。協定を破らなければ、我等は最低限の調停を除き、互いに不干渉を貫こう。協定がある限り、こちらがお前達に向ける牙はないと思え。しかし、お前達が我等を謀ろうとした時は……覚悟せよ」

「……承知いたしました」

「……君のような悪魔と、会いたくはなかったよ」

 

 壮年の神父の最後の言葉はとても小さくて、とても外見に似付かわしくない程に弱さを感じる声で。私は思わず顔を上げた。

 

「では、さらばだ悪魔よ。出来れば敵としてお前達と会わぬ事を願おう。こちらからの調停役は後ほど、こちらから改めて顔合わせとして会わせよう。この場は失礼させて貰う」

 

 壮年の神父がそう告げると、続いて去っていくように神父達が部屋を後にする。

 それを見送って、私は何度も深呼吸をする。だけど、息を吸いすぎて過呼吸になってる。あぁ、不味い。そう思ったのが最後。緊張が限界を迎えたのか、その場に崩れ落ちた。あぁ、もう、ダメだ。意識が、保たな、い……――。

 

 

 

 


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