深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.05

 長いような、それでいて短かった夏休みが終わろうとしている。私はカレンダーを見つめてぼんやり思った。今度の帰郷は自分にとっても大きな出来事が多く起きたと。

 社交界へのデビュー、クレーリア様の来訪、シトリー家への訪問。思い返せば鮮明に思い出せる事ばかり。それは自分にとっても思い出深い事の証明だと思う。

 様々な出逢いをして、様々な事を振り返った。1つ、1つ、反芻するように思い出していく。思い立って日記を付ける事にした。最初は一言二言だった日記も、その日の思いを書き綴るように分量が増えていった。

 そんな日記を読み返して、時に追記で書き加えていたりしていると部屋の扉がノックされた。私は日記を片付けてからドアの向こうへと声をかけた。

 

「どうぞ?」

「入るわね、リーア」

「お義姉様?」

 

 リーアと呼ぶ時のお義姉様はオフの時だ。少し珍しいと思いつつも、ドアを開ける。すると私服姿のお義姉様がそこにいた。ありゃ、本当に珍しい。

 

「ちょっとお話良いかしら?」

「えぇ、構いませんよ」

「失礼するわね」

 

 部屋の中に招き入れて、お義姉様はベッドの上に座って私に手招きをした。私は手招きされるままに歩み寄っていくと抱きかかえられて膝の上に座らされた。

 お義姉様の指が私の髪を撫でる。梳いていくように髪の間を流れていく指の感触の心地よさに目を細める。

 

「もうすぐ夏休みも終わりね」

「そうですね」

「そうなると、また貴方は人間界へ行ってしまうのね……」

「お義姉様?」

 

 顔を上げてお義姉様を見ると、微笑を浮かべているのみだ。普段は引き締めていて表情を見せないお義姉様だけど、オフの時は表情は軟らかな方だ。それだけに印象的ではあるんだけども。

 

「貴方の世話を焼くのは気苦労は絶えないけど、それでも義妹なのだもの。それが無くなるのは寂しいのよ」

「そう言って頂けるのはありがたいですけど……」

 

 むぅ、気苦労をかけてる自覚があるけど、出来れば私としては皆には心健やかでいて欲しいと思う。特にお義姉様は他の事でも気苦労が多いと思う分、尚更だ。だからといって甘えたくない訳ではないけどね。甘える事で安心出来る事ってお互いあると思うし。

 

「貴方には驚かされてばかりね。貴方の力の事、貴方自身の事も、貴方の為す事も」

「あははは……」

「貴方は激動の運命を生きていかなきゃいけない。本当は、助けてあげたいのだけどね」

 

 頬を撫でられる。私の顔を見つめるお義姉様の目から慈しみと憤りを感じている。本当に優しい人だと思う。それ故に普段は自分を律して振る舞っているのだと思うけど。そう考えれば、心の底から凄い人だと思う。

 お義姉様に甘えるように私からも抱きついてみる。豊かな胸に顔を埋めるように。そうすると抱きしめられて、今度は背中を撫でられる。甘やかされてる猫みたいだなぁ、私。

 

「私はいっぱい、いっぱい助けて貰ってますよ」

「助けてやれるまで貴方には辛い思いをさせたと思うと、やるせないのよ」

「……言えると思いますか?」

「わかってる。難しい事だって。それでも、もっと早く聞きたかった」

 

 背中を撫でられて、抱きしめられて、髪を梳かれて。あったかい。お義姉様の体温が酷く落ち着いて目を閉じて暖かい感触に身を任せる。

 

「立場があると、特にこういう時に歯痒い思いをするものね。サーゼクスも言っていたわ」

「お兄様がそんな事を?」

「貴方からもたらされた情報は、ね。無視も出来ないけど、対策するにしても出来る事は多くない、って」

「確証のある情報じゃないんですから、仕方ないですって」

「けど貴方の言う眷属の子達や、情報の幾つかは裏が取れた。なら他の情報の裏付けはそれで十分でしょう?」

 

 私が話した“原作知識”。その未来はもう訪れる事はないだろう。大きな流れは変わらないかもしれないが、既に変質は始めている。未来をなぞる事はない。

 それでも貴重な情報だ。あり得たかもしれない可能性というのは、それだけで。けど知る事によって縛られてしまう苦痛は私もよく知っている。お兄様やお義姉様も、私が話す事で囚われてしまったのかもしれない。そう思うと私も心が痛む。

 

「少し、思うところがあるのよ」

「思うところ?」

「私達が残した過去の負債を貴方に背負わせてしまった、って」

 

 告げるお義姉様の表情は憂いの色を帯びていて。……私はお義姉様に体に回した手に力を込める。

 

「望む所ですよ」

「え?」

「問題がある事は望ましくないですけれど、それを解決出来るのが私なら、精算出来るのが私なら。私はお兄様達の力になる事が出来る。私がなりたい自分になれる。グレモリーの娘として、お義姉様の家族として」

「リーア……」

「いつか、誰かが乗り越えなきゃいけない事で。誰もが万能になんてなれない。全部が自分だけで上手くいくなんて、それはそれで寂しい世界だと思うんですよ」

 

 きっと、そんな世界は飽きてしまう。誰かと違うからこそ、自分を好きになったり嫌いになったりして。誰かと違うからこそ、誰かを好きになって、嫌いになって、比べて、競い合って。そうしないと自分自身すらも見えなくなってしまうんじゃないかって。

 だから私はここにいる。私にしか出来ない事がある。私が望める事がある。私に与えられた宿命は不幸なのかもしれない。事実、私は散々泣いて、悩んで、苦しんできた。呪う事すらした。

 けど、その分だけ乗り越えた先に得られるものは、何よりも掛け替えのないものだって。望んだ名声も、未来も、その先にあると私は信じたい。

 

「……本当に、貴方は少し目を離すと驚かされるわ」

 

 きゅっ、と。お義姉様の両手が私を抱きしめる。

 

「でも、少し怖くなる。まるで、貴方は生き急いでるように見えて……」

「悪魔の寿命がどれだけあると思ってるんですか」

「そういう意味じゃないのよ。……貴方は理想や夢の為に、その命を燃やし尽くしてしまいそうで、怖いのよ」

 

 ……命を燃やす、か。きっと間違ってない。私は生き急いでるのは否定出来ない。けど、多少の命をチップにしないと乗り越えられる気もしない。かけた代価が釣り合わなければ、この先の運命は乗り越えられない。

 けど、その為に流される涙や、生まれる悲しみがあるんだとしたら。私に出来る事はただ1つだ。

 

「死にませんよ」

「リーア」

「絶対に、いなくなりません。私の帰るべき場所はこの家で、この家にはお義姉様がいてくれる。お父様も、お母様もいてくれる。お兄様だって帰ってくる場所。だから絶対に私は帰ってきます」

 

 私がリアス・グレモリーであるからこそ、絶対の誓い。絶対に護らないといけない。誰かに決められた訳じゃなくて、私自身が私に誓わなければならない願い。

 そっと静かに、お義姉様は何も言わずに私を抱きしめてくれた。私も何も言わずにお義姉様の腕の中に収まり、甘えるように身を預けて瞳を閉じた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「久しぶりだな、リアス」

「ただいま、で良いんですかね。アジュカ様」

 

 久しぶりのアジュカ様の隠れ家にやってくると、変わらない様子のアジュカ様がいた。思わず呆れてしまう。本当に変わらないなぁ、この魔王様は。

 夏休みが終わる数日前から私は人間界へと向かい、アジュカ様の隠れ家での生活へと戻る。週末に帰宅するのは変わらないのに、大袈裟なぐらいまで惜しんでくれた両親には嬉しいとは思いつつも、恥ずかしかった。何事も大袈裟過ぎるのも良くないと思うの、本当に……。

 

「社交界にデビューしたそうだな? 噂は聞いたぜ」

「どんな噂ですか?」

「良いのも悪いのも半々だな。まぁ、お前も既に聞いてる事だろうと思うが」

「どっちにしろ、まだ雌伏の時ですよ。目立ちすぎるのは困ります」

「どう足掻いても注目されるんだがね。まぁ、だからといって無名過ぎてもいけない」

「難しい塩梅ですね」

 

 アジュカ様の従者が用意してくれたお茶を口につけつつ、アジュカ様との久しぶりの会話を交わす。主な話題は私の冥界での出来事についてだ。

 私の話しそうを面白そうに聞いてるアジュカ様だったけど、ふと、呟くように言う。

 

「お前は、少し目を離すとすぐに変わるなぁ」

「は?」

「夏休みの間でかなり変わったんじゃないか?」

「そう、ですか?」

 

 思わず首を傾げる。そんなに変わった自覚は自分にはないのだけども……。

 

「子供の成長は早いって言うが、お前は尚更だな。お前の前世を考えると取り戻してるとも言えるが、正確な所はわからんからな」

「まぁ、そうですね。私も前世の事は朧気ですし……」

 

 本当に曖昧で思い出せるのもぼやけていて……う、だめだ。気持ち悪くなるから止めよう。深く思いだそうとすると、靄がかかったような、それでいてコールタールのようにへばり付くような、そんな感じの嫌悪感が襲う。何だろう、昔よりも酷くなった気がする。

 

「……すまんな。お前にとってデリケートな部分だったな」

「あ、顔に出てました? すいません。なんか、昔よりも思い出すのが苦で……」

「それはお前がこの世界に定着したからじゃないか?」

「……と、言うと?」

「お前は本来、この世界の存在じゃない。だが、この世界でリアスとして根付いてきた以上、この世界である異物とも言えるお前の“原作知識”という認識も、無意識の内に毒みたいに感じてるのかもしれないと思ってな。実際、精神の負担にはなっていた訳だしな」

「それは……そうですね」

 

 ……毒、か。確かに毒とも言える。この知識や意識はこの世界には猛毒だって言われても否定はしない。

 

「案外、お前の魂もグレートレッドの一部なのかもな」

「は?」

「いや、お前の前世って何なんだろうな、って思ってな」

「何なんだろう、って……?」

「俺達が見ている世界は1つ……人間界や冥界とか、そういう意味じゃなくて、俺達が認識している世界と言えば良いか。けど、お前はそうじゃない。この世界と、お前がこの世界を創作物として認識している世界、2つの世界の認識があった訳だろ?」

「そう、ですね」

「じゃあ、お前の前世ってどこから来たのか? それはそれで気になるんだよ。目に見えんから俺には未知の部分だしな。お前の魂を引っこ抜いて目にすればわかるかもしれんが」

「怖い事言わないでくださいよ……」

「俺はお前の事を解剖したいぐらいに興味津々だぞ?」

「怖い」

 

 軽口のような、それでいて真剣なような……いや、この人なら本気でやりそうだな。思わず恐れおののいてアジュカ様を見る。

 しかし、私の前世って何なのか、かぁ。確かに言われると私自身も不思議だな。

 

「グレートレッドは私を胡蝶の夢、って言ってましたけど」

「ほう?」

「私はグレートレッドの夢を見て、グレートレッドは私の夢を見ていて、グレートレッドはよく、お前は我の夢、って呼びますね」

「俺の推測もあながち外れてないのかもな。なら、お前はどこか別の世界での夢がグレートレッドに拾われ、こうしてリアスとして生まれた」

「……なんでしょうかね」

「まぁ、だからなんだと言う話だが。そんな話は宇宙がどこまで広がっているのか、ぐらいに壮大で、どうでも良い話だ」

「じゃあなんで話題振ったんですか」

「浪漫だからだよ、浪漫」

「浪漫、ですか」

「浪漫じゃないか。理想の誰かになって、主人公やヒロインになれるだなんて。実際になってみるとそんなに良いものじゃなかったみたいだけどな」

「まったく」

 

 肩を竦めて見せる。お陰で色々と悩んで、苦しんで、これからも頑張らなければいけない事が山ほどだ。

 

「何はともあれ、またこれからよろしくな。リアス」

「お世話になります、アジュカ様」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ―――……日々が過ぎゆくのは相変わらず早いもので。

 日記を捲りながら私は笑みを浮かべる。あの最初の夏休みの記憶を思い出す。あれから日記の書き込んだページも増えたものだと思う。

 夏休みを終えたら、秋になる。アジュカ様に連れられて紅葉狩りや秋の味覚を楽しんだりした。冥界からお父様達がやってきてキャンプしたりもした。

 冬。冷たい雪に何とも言い難い気持ちを思い起こしたり、冬休みには実家に帰宅して社交界に参加したり、ソーナとの交流したりなど色々な事をした。そして新年を家族と初めて迎えて、お父様達が号泣したりと……。

 そんな思い出が当時の私の残した日記で1つ、1つ思い出せる。日記をつけるのは習慣となってしまった。こうして振り返られる思い出が私にとって何よりも掛け替え無いものになりそうだ。

 

「リアス、迎えが来たぞ」

「今行きます、アジュカ様」

 

 そして、季節は春。

 春休みも終えて、今日から私も年少組から、年中組だ。新しい子供達も入ってくるだろうし、幼稚園のまとめ役もすっかりと自負してきたし、しっかりと迎えてあげないと。

 そんな風に思いながら通い慣れた送迎バスに乗って幼稚園へと向かう。見慣れた同年代の子供達に挨拶を交わす。

 ふと、視線を向ければ見慣れない顔の子供達もいる。そういえばうちの幼稚園は入園式は入園する子だけが前日に式を行い、後日から普通に通ってくるという形式だった事を思い出す。

 つまり見慣れない子達が私にとって年下の後輩、新しい年少組になる訳だ。子供の面倒はもうこの1年で手慣れてたもの。健やかに育って欲しい、と外見に似合わないだろう事を考えていると強い視線を感じた。

 

 

 ――……後の私はこう振り返る。もしも、運命があるのだとしたら。

 

 

 チョコレートブラウンの髪に、くりっとした瞳の男の子。

 見覚えのない子だったから、きっと年少組か、中途で入園した子なんだろうと思う。

 そんな子が私をジッ、と見ていた。まるで驚いているかのように、目を奪われているかのようで。そんなぼぅ、としている姿に私は笑みを浮かべてしまう。

 

「髪の色、気になる?」

「え?」

 

 声をかけると、呆けたような少年が更に呆けた様子で声を漏らした。

 多分、私の髪に目を奪われてたんじゃないかと思う。あれから伸ばし続けた自慢の紅髪。この年ながら自分で手入れも頑張ってるし、密かな自慢なのだ。それに色彩も目立つから気になってしまうのは不思議でもないと思う。

 

「……がいじんさん?」

「えぇ、外人よ。日本人じゃないわ」

「へー! すげー! はじめて見た! 綺麗な髪だ!」

 

 手を伸ばされて、髪に触れられる。そんなに興味津々なのは正直嬉しいけど、少し力が強くて引っ張られる。

 

「こらこら、痛い痛い。髪を引っ張らないで」

「あ! ごめん! ……いたかったか?」

「良いわよ。貴方、年少組? 見たことない顔だけど」

「年少!」

「そう。私は年中組よ。貴方の一個年上。お名前は? 私はリアス・グレモリーって言うの」

「――イッセー!」

 

 少年の名乗りに、私は思わず目を丸くした。まさか、という思いを何とか押さえ込み、平静を装いながら、鸚鵡返しのように問いかける。

 

「……“イッセー”?」

「うん! オレは兵藤 一誠!」

 

 風が吹いた。冗談のような一幕に乱れ舞う桜。その花びらが私達の間を吹き抜けて逝く中、私はただその少年を、“兵藤 一誠”へと視線を向け続けるしか出来なかった。

 

 

 

 ――運命があるとするなら、私と彼の運命は“正史”よりも早い、桜が舞うこの瞬間だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「――“赤”と“赤”が巡り合ったか」

『互いに内なる“龍”が引き合ったのか。もしくは、本来持っていた宿命が因果を増してこの出逢いになったかだな。後で俺、何で言わなかったのかって怒られると思うんだがなぁ、サーゼクスよ』

 

 映し出された通信の映像の向こう側でアジュカは肩を竦めつつ、サーゼクスへと溜息混じりの言葉を投げかける。

 通信に応じているサーゼクスの手には資料が収まっている。その資料には監視対象だった“兵藤 一誠”がリアスの通う幼稚園へと入園する事が決定したと報告される内容が記載されていた。

 敢えてリアスに伏せていたが、やはり巡り合うのだろう。あの2人は中身が異なれど出会う運命にある。それがどんな軌跡を描くのか、この先はまだわからないけれども。サーゼクスは一息を吐いて。

 

「報告ありがとう、アジュカ。それでは彼女に任せてばかりでいると何を言われるかわかったものじゃないから、戻らせて貰うよ」

『あぁ。……さて、どうなると思う? サーゼクス』

「別に、どうともならないさ。私は“無能のグレモリーの娘”を人間界で密かに育てたい。こちらは害をもたらしたい訳じゃないし、もし害を為すの素振りを見せたら処分してくれても良いと伝えるだけさ」

『おー、おー、嘘つきがいるな』

「はっはっはっ、何の事やら。これは正当な取引だよ? また後で連絡するよ」

 

 そう言ってサーゼクスが通信を終える。サーゼクスがいるその場所の名は――“教会”。

 通信を終えたサーゼクスが歩を進める。そして向かった先、そこには真剣な表情で顔を引き締めたクレーリア・ベリアルがいる。その傍にはクレーリアの眷属達が控えていて、更にその対面に向き合うように座る集団がいる。

 それは神父服やシスター服を身に纏った一団だ。その場にいる皆が一様に顔を引き締めている。中には汗を拭う者もいるも仕方がないだろう。彼等が相対しているのは悪魔を統べる魔王の内の1人なのだから。

 

 

 

「途中で席を外す無礼、大変申し訳ない。それでは話を再開させて頂いても宜しいでしょうかな? “教会”の皆様方。先程も言いましたが、ご安心ください。この身は魔王なれど――今は、ただ一人の“兄”としてここにいるつもりなので」

 

 

 

 見る者を見惚れさせるような、敵対する者ならば底冷えするような微笑を浮かべて、サーゼクスはにこやかにそう告げるのであった。

 

 

 

 

 


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