リアスが起こした騒動が一段落し、怪我の治療などが行われていた。グレイフィアもリアスから食らい付かれた肩の傷などを癒した所だ。
この場にいるのはリアスを始め、サーゼクス、グレイフィア、アジュカ、セラフォルーの5人だ。サーゼクスの眷属達や、今回の事件に立ち会ったスタッフ達は後処理の為に奔走している最中だ。
すっかり落ち着いたリアスではあるが、どこか呆けたままであり、反応が薄い。無理もないか、とアジュカは思う。今回、リアスの暴走は予測の範囲内ではあったが、想定外でもあったからだ。
“超越者候補”とされるだけあって、備えもしていた。だが蓋を開けてみれば、リアスの力の正体はかの“
「……さて、グレイフィアの治療も済んだし。詳しく話をしようか」
ぱん、と切り替えをするようにアジュカはわざとらしく手を叩く。それに皆がそれぞれ反応を示す中、どこか鈍い反応を示しているリアスへとアジュカは視線を向ける。
「リアス、すまなかった」
「え……?」
突然謝られたリアスは目をぱちくりとさせて、鳩が豆鉄砲を受けたような顔をする。
「今回の件を推し進めたのは俺だ。お前の暴走も予測の範囲内だったが、備えが甘かった。おかげでお前に負担を強いてしまった」
「そんな……アジュカ様は何も悪くないです」
「リーア。本当はお前に全てを秘めたまま、事を進めたいという私達のエゴだったのだ。私からも改めて謝罪する。すまない」
「お兄様まで……」
アジュカに続いてサーゼクスも頭を下げる。リアスは困惑しきった様子でオロオロとしていた。まるで自分に頭を下げる必要などない、と言うようにだ。
頭を下げるアジュカとサーゼクスに溜息を吐いて、こほん、とわざとらしく咳払いをしたセラフォルーが間に入る。そのまましゃがみ、リアスと目線を合わせる。
「私も謝らないといけないね。でも、事がそれだけ重大だったという事も理解して欲しいかな、リアスちゃん」
「……セラフォルー様」
きゅっ、とベッドに座っていたリアスは膝の上で拳を握る。小刻みに手は震えていて、言葉を紡ごうと必死になっているのが目に見て取れた。急かす事はせず、誰もがリアスの言葉を待つ。
たっぷり間を開けて、リアスが口を開く。投げかけられた言葉は予測されたものだった。
「……私は、一体何なんですか?」
その質問は当然だろう、と皆が思う。それを問いたいのは皆も同じではあるが。そんな中で、リアスの質問に答えたのはアジュカだった。
「リアス。俺でもまだ確定した事は言えない。だが、お前は以前から“超越者候補”として俺達から監視されていた」
「私が……?」
「あぁ、俺達はお前を騙していた事になる。それも含めてもう一度謝罪する。すまなかったな」
「……いえ。今日の事を考えれば正しい判断かと思います」
「結果論ではあるがな。……なぁ、リアス」
「……なんですか?」
「お前、何か心当たりが無いか? お前の力は『
* * *
……アジュカ様の質問に私は心当たりなどなかった。グレートレッドと言えば、ハイスクールD×D世界の最強クラスの存在で、私が関わるような事などなかった筈。
……いや、嘘だ。これは嘘だ。確証はなかった。今まで気付かなかった、気付こうとしなかっただけで、私はずっと産まれた時から知っていた。それを正しく認識出来ていなかっただけで。
「……私も、はっきり言える訳じゃありません。でも、1つ言えるなら」
「……言えるなら?」
「私は、グレートレッドと繋がってます」
そう。そうだ、私は。
グレートレッドと魂が繋がっている。言葉にすると、すとん、と嵌るように納得した。
夢の印象で覚えていた朧気なソレ。赤い、大きな、とても大きな影。あれがグレートレッドなんだろう、と思う。
「どういう状態になっていて、何がどうなっているのかはわかりませんけど、確実に言えるのは私の魂はグレートレッドと繋がっていて、グレートレッドの影響を受けて変質し続けていたのは間違いないです」
「……何故そうなったのか心当たりはないのか? 例えば、前世の影響とか」
……前世、か。私は思わず笑ってしまった。呆れたように、自嘲するような笑い方。もう良い。話してしまおう。もう、ここまで来たら後戻りなんて出来ないんだから。
「ないですよ。そもそも私、グレートレッドに前世でも接点なんてないですし。ある筈がないんです」
「どうしてそう断言出来る?」
「だって、私はこの世界の存在じゃありませんでしたから」
……あぁ、漸く言えた。言ってしまった。けど、心は軽かった。肩の荷が下りた気分だった。邪魔なものを取り払った心は、ただどこまでも軽かった。だから、次の言葉もするり、と出て行った。
「私にとって、この世界は“架空の創作物”だったんですから」
* * *
「……ほぅ?」
リアスの言葉に真っ先に声を返したのはアジュカだった。他の面々はまだリアスが何を言っているのか掴みきれず、訝しげにリアスを見ているのにも関わらず、だ。一方でアジュカは実に興味深い、と言わんばかりの様子でリアスに食いつく。
「架空の創作物ね。つまりリアス、お前の前世にとってこの世界は作り物だったという事か?」
「そうです、小説って奴ですよ。ほら、この世界でもあるじゃないですか。ライトノベル」
「ほうほう! つまりリアス、お前はアレか。異世界転生とか、言っちゃうのか?」
「……そ、そう、ですけど。あの、アジュカ様?」
「ん? 何だ?」
「……軽くないですか?」
「何がだ?」
リアスは思わず困惑した表情を浮かべる。先程まで、どこか投げやりでへらへらと笑っていたリアスの表情はすぐに崩れ、不安げにアジュカを見つめている。
これに対してアジュカはごく自然に対応している。何かおかしな事を言ったか? と言わんばかりに本人はまったく気にする事もなく、だ。
「辻褄が合うだろ? なぁ、リアス。お前の知るその話が本当だとして、その話の中でクレーリア・ベリアルは死んだんだろ?」
「……っ……!」
「ビンゴだろ? ついでに言うなら、本来のリアス・グレモリーは“お前”という異物がなければ、消滅の魔力を引き継いだ優秀なお嬢様、といった所なんじゃないか? どうだ?」
リアスはアジュカの問いかけに沈黙する。それはアジュカにとって肯定も同じだった。アジュカは何度も納得したように頷いて、腕を組む。
「成る程な。だからお前は自分が自分じゃないとか、サーゼクス達に甘えたがらないのかわかったぞ。お前、自分がこの世界の存在じゃないとか、そんなくだらない事で悩んでたんだろ?」
「く、下らない……?」
「今、お前はここに生きてるだろ。お前が知ってる創作……まぁ、この世界の事か。未来とか、行く末とか。それがどんな物かは知らんが、お前の人生がそっくりそのまま描かれてて、お前はその通りに行動するロボットか何かなのか?」
「……ち、違う!」
「だったら“ソレ”は“ソレ”だろ。確実性のある占い程度だろ? 仮にそれがこれから起きる未来なんだとして、この世界ではお前がお前である以上、同じ道筋を歩む事なんてないんだからな。そうだろ?」
ぽかん、と。恐らくリアスは生涯の中で最も呆けた顔を浮かべている事だろう。口と目を見開き、身動きもせずにアジュカを見つめている。アジュカはリアスと目を合わせたまま、問いかける。
「なぁ、リアス。お前は神様か?」
「え?」
「神様なのか、って聞いてるんだよ。お前が俺達の事を作り物だって言うなら、好き勝手にしてみろよ。お前の都合の良い言葉を吐く、都合の良い動きをするマリオネットなのか? 俺達は」
「ち、違う!」
「そうか。なら俺達は俺達だ。お前もたかが一介の悪魔だ。お前に伝える言葉も、お前に向ける想いも全部仕組まれたものか? そうじゃないだろ。自分が世界の中心だと思ってるのか?」
はぁ、と溜息を吐いて。
「そもそも、この世の大抵の物なんて神様の創造物だろ。だから? だから何だ? 誰かの創造物だから何なんだ? そういう話じゃないか。お前が思う程、お前はこの世界で異物なんかじゃないぞ、リアス」
「……アジュカ様」
「お前が未来を知ってるから何だ? 俺はありとあらゆる事象を数式と方程式で見る事が出来るんだぞ? お前、俺より凄いか? ん?」
「……凄くない、です」
「そうだろ? だから誰かが死んで、自分が何か出来たんじゃないかって後悔するのは当たり前で、誰だってそんな事を思うんだよ。お前は何も特別じゃないんだよ。主人公でもなければ、ヒロインでもない。ただのリアス・グレモリーっていう弱っちい悪魔だよ」
ぴん、とアジュカのデコピンがリアスの額を弾く。突然の痛みにリアスが目を閉じて、額を抑える中、リアスの頭を無造作にアジュカは撫でる。
「自分の“特別”に振り回されるなよ、リアス。ありたいように振る舞え、お前だって悪魔なんだから。分別さえ弁えれば、誰も文句も言いもしない。誰かが責めたって知った事か、って踏ん反り返ってやれよ」
らしくあれよ、とアジュカは言葉を切ってリアスの髪を無造作に掻き回す。されるがままになっていたリアスだったが、不意にリアスが笑い出した。
リアスは笑っていた。けど、泣いていた。ぼろぼろと涙を零しながら、それでも笑って、自分が涙を流している事に気付いて、目を何度も擦る。
「あ、れ? おか、しいな……私……私……なんで、泣いて……!」
「あぁ、泣け、泣け。泣いてしまえ。ガキなんだから」
「違う、んです、泣きたい、訳じゃ、なくて、ただ、止まらなくて、どうしていいか、わかん、なくて……!」
「わからなかったら泣いて良いんだよ。泣いて、泣いて、考えられるようになってから考えれば良い。吐き出してしまえ、全部、全部。心に溜めるなよ。ここにお前が泣いて責めるような奴なんていないんだから」
「……ッ……! ……、……ふ、ぅ……! ぅあ……、ぁああ、あぁああああああああああっ! あぁあああああああああああああっ!!」
栓を抜いたようにリアスは泣き叫ぶ。普通の子供がそうするように、ただ、ただ泣きじゃくる。アジュカはそんなリアスに苦笑を浮かべて一歩下がる。するとサーゼクスとグレイフィアがすぐにリアスの傍に座り、リアスを抱きしめる。
一歩下がったアジュカの肩をセラフォルーが叩く。アジュカは肩を竦めながら溜息を吐いて、泣きじゃくるリアスへと視線を向ける。
「……アジュカちゃんらしいね」
「別に、大した事は言ってないさ」
「アジュカちゃんじゃないと言えなかったよ。私も、ちょっと面食らったしねぇ」
「さてねぇ? 自分が創造物だったら? 自分が世界を変えてやらないといけない? 正に中二病って奴だな」
「若い頃のアジュカちゃんだね! いや、今でもか」
「どういう意味だ? まぁ、誰だって若い頃があるさ。リアスがそうであるように、俺もそうだったように」
「だから、リアスちゃんは特別じゃないんだって? 優しいねぇ、胡散臭く見えても」
くすくす、とセラフォルーが笑う。そんなセラフォルーの頭を小突きながらアジュカは告げる。
「誰にでも優しい訳じゃないさ」
「それは、つまり?」
「親友の妹が泣いてたらあやしてやるもんだろ? それにリアスは俺の興味の対象なんでね」
「あぁ、やっぱりアジュカちゃんらしいよ。本当に」
* * *
数日後、私は魔界の病院で検査を受けていた。あれから私の体の変調を探る為らしい。
あれだけの力を振るい、変質までしたのだ。どんな変化があるのだろうか、と思うと怖くて仕方がなかった。
検査の結果をお兄様とお義姉様と一緒に待っているとアジュカ様がやってきた。アジュカ様がここにいるのは、アジュカ様も私の検査には関わっているからだそうなんだけど。私の事は機密扱いらしいし……。
「リアス、お前、まったく何も変わってないぞ」
「え?」
カルテを手渡しながらアジュカ様が伝えてきた言葉に私は思わず目をぱちくりとさせてしまった。
まったく、何も、変わっていない?
「……え?」
「何をそんな不思議そうな顔をしてる?」
「だって……、え? 私、あんな腕が龍になったりとかしたのに……まったく?」
「まったく変わってない」
「魔力が目覚めたりとかは?」
「相変わらずゼロのままだよ」
「心臓、おかしくなってませんでした?」
「異常なし」
……あれ? おかしくない? あれだけやったのに、何も変わってない!? じゃあ、あの力は何だったの!? 混乱している私を余所にアジュカ様は自然体で話を始めた。
「まぁ、お前からすれば異常がないのが異常に思えるのはわかるが、俺からすると納得だけどな」
「私達も若干掴みかねているが、説明を頼めるか? アジュカ」
お兄様の問いかけに私も頷く。アジュカ様は1つ頷いて、良いか? と前置きをして話を始めた。
「リアスの力がグレートレッドが由来のものなら、別にリアスの体が変化する必要はないからな」
「どういう事ですか……?」
そういえば、グレートレッドについて私、良く知らないな。
わかっているのは世界最強クラスのドラゴンで、夢幻から産まれた存在。黙示録で語られる赤い龍。具体的にどんな力を持っているのかまでは私の記憶にもない。
「グレートレッドは夢幻から産まれた存在で、元々物質に依らない存在だ。だが、グレートレッドは実在し、時折こちらの世界にも現れる。だが、それはあまりにも強固な幻想が形を得ているだけであり、実体は本来は存在しない。グレートレッドとは、幻想が凝縮したが故に現実を侵蝕する、夢幻の集合体。我思う故に我あり、の典型例であり、究極例だな」
「はぁ……?」
つまり、グレートレッドは本来は形を持たない夢幻だけど、夢幻として強すぎるから現実に存在してしまっている……? この認識で良いのかな。矛盾してるけど、その矛盾した存在でも力が強いから物質としてもあれる、みたいな……うぅん、頭がこんがらがってきた……。
「で、リアス。お前、グレートレッドと魂が繋がってる、って言ってたな?」
「はい。えと、多分……夢で、会ってると思います」
「つまり、お前の体がグレートレッドの影響で変質したとなるなら、お前の体に魔力が宿らないのは必然と言えるな」
「必然?」
「お前には言ってなかったが、お前の血肉は力を持つ触媒と混ぜ込む事で、触媒の力を高める事が出来る。お前は無色の力の塊なんだよ。お前に渡した“
「……そう、なんだ」
「幻想そのものは無形にして無色だ。思念や概念を受けて初めて方向性を得て、形を得る。それが力となる。グレートレッドがこちらの世界に干渉してこないのも、あいつは元々幻想側の出身だ。純粋なる幻想の塊、無色の力の塊。そんな存在だからこそ次元の挟間をたゆたってるのが俺の推論だ」
成る程。じゃあ、それってつまり。
「私は、どういう存在になるんです?」
「悪魔ベースのグレートレッドに近しい何か、としか言えないな。今のままだと」
「そう、ですか」
「そこら辺はもうちょっと詳しく調べてみないと俺も確定した事は言えないんだが……なぁ、リアス」
「はい?」
「お前、ちょっとグレートレッドに挨拶してこい。夢の中でな。寝てれば会えるんだろ?」
そんな、お使いに行け、みたいに言ってますけど、それは無茶ってものじゃないですかね!? アジュカ様!!
「試せる方法があるなら試すべきだろ。というか、お前なんて特異例はお前しかいないんだから何が正解なんてわからないんだろ。とにかくやれ、面白そうだと思った事は全部やるぞ」
「私はモルモットか何かですか!?」
「観察対象である事は変わらんな。お前みたいな不思議生物、見ていて飽きない」
不思議生物って何!? 色々と抗議したい私だったけど、結局渋々と了承するのであった。
……実際、会ってみて、お話してみたらわかるかもしれないのは、私も同意するけどなんとなく釈然としない私だった。
* * *
―――夢を、見る。
上下左右、天地がわからぬその空間に漂っていた私は泳ぐように姿勢を整える。
眼前に浮かぶのは大きな、赤い影。今なら自覚を持って、認識出来そう。
アジュカ様に言われた通りに夢の中でグレートレッドと接触出来ないかと思っていたけど、あっさりといけそう?
「……貴方が、グレートレッド?」
『その通り』
返答は重々しい声。腹の底に響くような、声だけで怖じ気づいてしまう程に強烈なまでの威圧感と存在感。私は息を呑みながら真っ直ぐにその姿を見つめる。
『長かったのか、短かったのか。時の流れというのは我にはよくわからぬ。だが、お前に意志が届くのを待っていたのは事実だ』
「……正直、信じられない。けど、こうして話しが出来るのはただの夢じゃないんだよね?」
『今まで我はお前に語り続けてきた。それを自覚出来なかったのはお前が目を逸らしていたのも勿論あるが、何よりお前の心臓が“馴染んだ”のもある』
すっ、と指さされた先。そこは私の胸。そう、私の心臓が収まっている位置だ。手で撫でて見れば鼓動の音が聞こえる。
「これは、グレートレッドの心臓なの?」
『そうであり、そうではない』
「……どういう事?」
『我は夢幻より産まれし龍だ。お前等の言葉で言うなら、龍とは力の塊だ。つまり、そういう事だ』
……いや、さっぱりわからないんですけど。つまり、どういう事なの?
「あの、私にわかるように説明を……」
『説明はした』
「わからないって言ってるんだけど!?」
『我は夢だ。お前の夢を見る者だ。そしてお前は我という夢を見る』
「……胡蝶の夢? 私はグレートレッドの夢を見ていて、グレートレッドは私の夢を見ているの?」
『そうとも言えるし、厳密にはそうではない。だが、その認識で構わん。どうであれ些末事だ。夢は繋がっている、それが全てだ』
なんというか、会話が繋がらないというか、話が噛み合わないというか……。
「私の心臓が馴染んだって、貴方と繋がる為に必要だったの?」
『我は幻想。本来は実体を持たぬ夢幻。我が心臓は実体無き架空心臓、お前は夢幻の受け入れ皿、無色の力を収める空の器』
「……そう、だから私の体に魔力が宿らないんだね」
無色の力を収める為の、空の器。だから私は悪魔がベースだけど、悪魔でなくなっていく。グレートレッドの力を受け取り、留める為の受け入れ先が私だと。
心臓は多分、グレートレッドの力を私の体に流す為の起点なんだと思う。心臓から生み出された血が全身を巡る事で、私という空の器に無色の力が溜まる。だからこそ私の血肉は力に反応し、混ざり合う事で力を増していくという事なんだろう。
「……ねぇ、グレートレッド」
私の力と、私とグレートレッドの関係性は理解した。けど、私には疑問がある。
「貴方が、私を“リアス・グレモリー”に転生させたの? 私は何なの? どうしてハイスクールD×Dの世界に私を転生させたの? 貴方は何か知っているの?」
それが、ずっと聞きたかった。
どうして私だったんだろう。私じゃなきゃいけない理由があったんだろうか。
知りたい。私の産まれた意味、本来の“リアス・グレモリー”の席を奪ってまで産まれた私の意味を。
『我はお前を見つけただけだ』
「見つけた……?」
『我はお前の行く末を胡蝶の夢として眺めるだけ。何故そうなったか? そこに我の意志が介在していた訳ではないし、興味もなければ、意味もない。それでも意味を求め、言葉にするならば。それは偶然。或いは必然、又は運命』
……その言葉に、思わず私は叫んでしまった。頭に血が上って、グレートレッドに向けて歯を剥くようにして。
「……何よ、それ。じゃあ、リアスじゃなくたって良かったじゃない! 名前も知らない誰でも良かったじゃない!!」
『繋がりは縁。我の赤と、お前の紅はよく似ている。更に龍は力を呼び込む。そして、力に引き寄せられる。リアス・グレモリーは縁の子。運命を絡め取る糸車』
「だからなの? リアスが中心だったから? だからリアスじゃないといけなかった? でも、だったら、何で私がリアスを乗っ取る必要があったの、ねぇ! 答えてよ、グレートレッド!」
『リアス・グレモリーとはお前だ。お前とはリアス・グレモリーだ。それが全てだ』
「違う、違う、違う! 私は、私はリアスじゃない!!」
『では、お前とは―――誰なのだ?』
息を、飲んだ。
私って、誰なんだろ。“前世”の名前なんて思い出せない。
ただ、ハイスクールD×Dを眺めていた誰か。それだけしか、わからない。
……あれ? あれ? 私は、私って、私とは、……何なの?
『我はたゆたう夢の中でお前を見つけた。お前はリアス・グレモリーとなり、我と繋がり、我に夢を見せた。リアス・グレモリーという夢を』
「私は、何?」
『リアス・グレモリーとして産まれなければいけなかった誰か』
「その意味は、何?」
『その答えは、既にお前は知っている』
「もう、知っている?」
『それを自覚出来ぬというのなら、それはお前が知る事を拒んでいるという事だ』
「わからない、わからない! 教えてよ、知ってるなら教えてよ!」
必死だった。答えが欲しいの、私がリアスを奪い取った意味を。
『――憧れだ』
「……憧れ」
『お前は、きっと、ただ、それだけだ』
「……待って、待ってよ! だったら、私は! 私が憧れのようになりたいからって、私は自分で“
だとしたら、だとしたら! ……だとしたら、なんて本末転倒なんだろう。
憧れて、憧れて、なれないと口にしながら、憧れになりたいから、乗っ取ってしまった? それは、それはどんな皮肉だと言うのだろうか。
『また悪夢に堕ちたいのか?』
「……ッ……! だって、それじゃあ、私は、私は悪夢じゃない! ただの、ただの悪夢じゃない! 出来損ないが憧れを乗っ取って! 滅茶苦茶にして!」
『―――それでも、お前には願いが、夢があったのではないのか?』
息を、呑む。
『我は知っている。我はお前の夢。我はお前を余すことなく映す鏡とも為り得る』
「……私は」
『今まで、お前は我の声に耳を傾けようとしなかった。我の存在を認めようとしなかった。こうして向き合い、言葉を受け止め、理解をしようと勤めなかった。その変化はどこにある?』
私が、グレートレッドの言葉を受け止められる、その意味?
「……貴方の言葉は、私の言葉」
『我はお前の夢、お前は我の夢を見る。だが、我の夢は鏡に映したお前の夢』
「貴方は本当にそこにいる?」
『我はどこにでもいる。夢こそは我、我こそは夢。故にこそ、お前の夢を我は知っている。だからこそ我の言葉は届くその意味を、お前は既に知っている』
……そうだね。
きっと、何度も遠回りして、何度も回り道して、何度も引き返して。ようやく、ここにいるんだ。
息を吸う。深呼吸をする。自分に命を吹き込むように。体に力を込めて。
「私、生きて良い?」
『生きたいと望んだ』
「私、憧れてるものがあるんだ」
『そうなると誓った』
「夢が、あるんだ」
『それは、尊い願い。故に我は―――応えた。リアス・グレモリー。お前は我が夢、我ならぬ我の夢よ。忘れてくれるなよ?』
グレートレッドは、私に告げる。
『いずれ、お前は望むだろう。誰よりも我の力を望み、振るうだろう。―――その為にお前は産まれたのだから』
* * *
夢が、終わった。
目が覚めて、体を起こす。何気なしに掌を眺めながら、呟く。
「……私は、夢幻の申し子。憧れに夢抱いて、生まれ落ちた子―――」
……その意味を、私は確かにするように掌を握りしめた。
今日も一日が始まる。私が、私として生きていく一日が。
「……よし!!」
勢い良く声を出して、着替えを手早く済ませて飛び出す。
今日も、明日も、そしてこれからも。夢に向かって、近づけるように。
もう、目は逸らさない。振り向いて、足を止める事はあっても。
前へ、進もう。かつての自分を全部受け止めながら。私は、夢を叶えるんだから!