鬼を望む夢の対になっていますのでそちらから続けて読むとすんなり読めるかと思います。
世界から自分が、自分の存在が消える。
死とは違う感覚にレムは違和感を覚える。
周りを囲む無の空間にただ一人取り残されたような、自分もその空間の一部になってしまったようなそんな感覚だった。
でも、名前と存在を『喰われた』レムの事をスバルくんだけは覚えていてくれている。
何故覚えているのか、そんな事はどうでも良かった。
スバルくんが自分の事を覚えていてくれている、誰よりも誰よりも重く受け止めてくれていることがただただ幸せだった。
一年間の決して短くない期間で彼は欠かさずレムの眠る場所に訪れてはいろいろな事を話していってくれていた。
エミリア様の事、パックの事、ロズワール様の事。
お姉様の事、ベアトリス様の事、そしてスバルくんの事。
スバルくんからレムが失われる事はロズワールの計画通りだったと聴いてショックは無かった訳では無いが、それよりも憤りが大きかった。ロズワール様がしていた事はスバルくんに悪意のある意図した試練を与えていただけなのだ。それも、エミリア様を王戦で王の座につかせるという自分の目的の為だけに。
人間を捨てる、という事がスバルくんにとってどれだけの苦行になるかなど想像に難くない。
何より、スバルくんが避けながら話していたけれど話の節々でポロポロと零れていた魔女教の事。
スバルくんがどれだけの覚悟で魔女教を、『暴食』を倒そうとしているかが伝わってきてしまう。
自分がスバルくんにそれだけの覚悟をさせた事が嬉しくもあるし、自分の性で彼が辛い運命に立ち向かわなくてはならない事が辛くもある。出来れば側にいて一緒にその運命に立ち向かっていきたいと思う。でもその力は『暴食』によって失われてしまった。それどころかその意志を伝える事すら叶わない。
『暴食』の力は絶大で、何があってもお互いの事を忘れる事なんて無いだろうと思っていたお姉様、ラムから自分の存在が消えた事に絶望しかけたが、スバルくんの必死の説明と瓜二つの外見からレムが妹なのだと半ば無理矢理に思い込むようにしてくれているらしい。記憶が消えても、失われても、決して手放さないお姉様に感謝の気持ちを届けたい。
「レム、今日は夢を見たんだ」
スバルくんがいつもの様に返事の無いレムの元へ話をしに来てくれた。彼がこうして話してくれるのはこの一年、数え切れない程だけれど、夢の話は初めてだ。
「大好きな人に応援されてさ」
大好きな人、という単語に胸がチクリとする。嫉妬など縁起でもなくしないものだと思っていたのに、愛する人の口から発せられる言葉にはそれだけの力があった。
「誓ったんだ」
誓うという事、約束するということの重大さを身を持って知ったと彼は言っていた。だから、誓われた人が羨ましい。
「龍に誓うかって聞かれたから、ちゃんと誓ったんだぜレム」
スバルくんの口調でわかってしまった。夢で誰と会ったのか、誰と誓ったのか。
「鬼に。夢でもレムは優しかったよ」
今すぐにその胸に飛び込みたい。
今すぐに想いを伝えたい。
今すぐにーーー涙しながらそう語る彼の涙を拭き取ってあげたい。
ナツキ・スバルという一人の少年を愛する少女の虚無の時間は、終わらない。