死に戻りは、不完全で不安定で不親切な力だ。
ナツキ・スバルは少なくともそう認識している。
起動が自身の死の時点で死ぬほど痛い上、経験値が増えるでもなくRPGでひたすらレベルは変わらない鬼畜ダンジョンのマッピングをしている気分になる。
それに加え、死にそうになったら戻るのではなく死んだら戻るという事の一見変わらないように見えて大きく変わるデメリットの大きさだ。
死なないといけないのに死ねない、そんな状況に立たされた時、スバルは特に鍛えた訳でもない一般人的なメンタルでその拷問に耐えなければならない。
現時点でそんな状況には一度しか遭遇していないのだが。
その意味ではペテルギウス・ロマネコンティ、魔女教『怠惰』担当の狂人は今までで最悪の人物だったと確信している。
最愛の女性であったレムを何度も殺し、いたぶり、虐げた。思い出すだけで嘔吐感がこみあげてくる。
結果レムを失う事になった元凶の一人と言っても過言ではない。
「なんて、レムの前で考えるのは無粋ってもんだよな。レム」
目の前で眠る青髪の少女に呟く。
当然ながら返す言葉は無く、場にはまた静寂が訪れる。
その静寂は幾度となく経験したもので、何度経験しても返事をしてくれないレムがいつか返事をしてくれるんじゃないかと期待してしまう。
「不思議なもんだよな、今までいろいろ気持ちが熱くなった事はあるけどこの想いだけは途絶えねぇ。むしろまだまだ燃えたぎってる」
レムを見つめて言葉を紡ぐスバルは零れてきそうになった涙を上を向いて誤魔化す。誰も見ていないのは分かっていても、レムの前では泣きたくなかった。
「好きだぜ、レム。これからも、いつまでも」
涙で上擦った声で呟く。
届いて欲しいと思いながら、呟く。
「いつまでも、ですね。また言質を頂いちゃいました」
えへへ、と声がする。
聴こえないはずの声が、聴きたかったはずの声が、聴いていたい声が、聴こえる。
「スバルくん、女の子の前で泣きたく無いのは分かりますが、泣いているスバルくんも好きなのでもっと泣いていいんですよ?」
堪えていたはずの涙が、ポロポロポロポロと音を立てて零れ落ちる。男のプライドなんてもうあったものではない。
「レムぅ・・・レム」
「はい、スバルくんのレムです」
「レム」
「スバルくんだけのレムですよ」
「ずっと話したかった」
「はい」
「もう大丈夫なのか?レム」
目の前で微笑んでくれていた青髪の少女は、その表情に初めて陰りを見せる。
「スバルくんをぬか喜びさせたくないので言いますが、これはスバルくんの見ている夢です」
「・・・あぁ」
「スバルくん、意外と驚かないんですね」
「レムの英雄になる為に、いつだって本気だからだよ。英雄になれるだけの事を俺はまだしてないから」
「スバルくんは随分と大人びて、かっこよくなっちゃいましたね」
「そうだとしたらきっとそれはレムのお陰だよ」
並大抵の絶望では折れない心が。
ただひたすらレムとエミリアの事を思い続ける一途な心が。
ナツキ・スバルが今こうして生きている土台になっている。土台であり、生きる意味なのだ。
「スバルくんの中に少しは残れていたらそれだけでも嬉しいです」
「少しなんかじゃねぇ、全部レムのもんだよ」
「そんなこと言ってるとエミリア様に怒られますよ?」
「そうだよな、ちゃんと説明しないと」
「スバルくんが説明したらそれで解決すると思ってる辺り女心はまだまだ分かってませんね」
このやり取りが虚構でも、幻想でも、妄想だとしても、今だけはその甘い夢に縋っていたいと思ってしまう。
いつか夢の中でこんな会話をしていたんだよと言ったら、レムはどんな反応をするのだろうか。
「でも、レムの心はわかる」
「大きく出ましたねスバルくん。じゃあ聴かせて貰いましょう」
「え、えと、あれだ、俺で」
「俺で・・・?」
「俺の事でいっぱい、とか」
恥ずかしさが表に出てしまって尻すぼみになっていくスバルの台詞にレムはくすくすと微笑みながら答える。
「レムは確かにスバルくんのことでいっぱいですけど、ロスワール様やお姉様の事も考えてますよ?」
「思いの外リアルに返ってきて辛いよ!」
「でも、それでもスバルくんの事でいっぱいです」
頬を軽く染めながらそう言い切るレムは先程のスバルよりも恥ずかしそうで可愛らしい。
夢の中でもレムはレムで、スバルの甘えを許さず全幅の期待を寄せる彼女を見ているとまた頑張らないと、と思える。
「ありがとうレム、また頑張れる」
「はい。スバルくんのレムはいつまでも待ってますよ」
「近い内に絶対取り戻すから」
「龍に誓って?」
この国で最上級の誓を、スバルは首を振ることで否定する。
「鬼に誓って」
レムはまた柔らかい笑顔をしてーー
「誓われましたっ」
その笑顔を最後に意識は途絶え、浮上する。
次にその笑顔を見るのは現実で、そう誓って。