やはり一色いろはは先輩と同じ大学に通いたい。 作:さくたろう
「おはよー、いろは」
「あ……おはよう碧」
先輩と再会した日の翌日。
重い身体に鞭打ちながら登校していると、いつものように碧と合流した。
「なに、あんたどうしたの?」
「うん、ちょっとね……」
「凄い顔色悪いけど……」
「全然平気だから、気にしないで」
言えない……絶対に言えない。
先輩との再会が嬉しすぎて、お風呂で何時間も今後の妄想をして体調崩したなんて絶対言えない。
特に、横にいる碧には絶対に……。
今は心配そうにしてくれてるけど、こうなった理由を聞いたら絶対からかってくるに決まってるから。
「そういえばさ」
「……どうしたの?」
碧が唇に人差指を当てながら、何か思い出したように口を開く。
「あんた、比企谷先生と一緒に帰ったじゃない? あのあと何か進展あった?」
「ごほっ!? ごほっ!」
「なになに? やっぱり何か進展あったのぉ~?」
「ないない、何もないから! 碧には感謝してるけど、昨日は先輩と一緒に帰れなかったの」
先輩と一緒に帰ったことは秘密にしておかないと……。
「へぇー……?」
わたしが答えると、碧は不満そうにこちらをジーッと見つめる。
なになんなの、その顔は……?
「な、なんでしょう……?」
「ん、いやさぁ、英語の授業ってね、ちょうど駐輪場が見えるんだー」
「へ、へぇ……」
「でね、昨日窓から外を眺めてたわけ。そしたら比企谷先生の自転車の後ろにあたしのよく知ってる子が乗ってるじゃない?」
なんで外なんて眺めてるの!? ちゃんと授業受けてよ! いや、わたしが言えたことじゃないけどさ……。昨日だってせっかくのお試し授業、ほとんど碧とお喋りしちゃってたし。……ちゃんと勉強しなきゃ。
「そんな現場を目撃しちゃったわけだからさ? 普通気になるってもんでしょ。その後どうなったか、ね?」
「た、確かにそれは気になるね。誰だろうなその子。先輩と一緒に二人乗りとか。羨ましいなぁ……」
さすがに自分でも苦しい言い訳だっていうのはわかってるけど、今更認めるのもなんか嫌だし、無駄な抵抗を続けてみるわたし。
「写真もあるよ、ほら」
碧がポケットからスマホを取り出し、こっちに向けてくる。
それを覗くと、待ち受け画像が表示されてて、そこには先輩とわたしのツーショットがばっちり写っ――
「なんでこんなの撮ってるの!?」
「いろはをゆするのに使おうと思って」
碧はニカっと笑みを浮かべる。なんでこんなに楽しそうなのこの子……。
というか、ここまでの証拠を見せつけられたらもう言い逃れなんて出来る訳もないわけで。
無駄な抵抗は諦め、わたしは一つ、碧にお願いすることにした――。
「碧……」
「なに? あらたまっちゃって」
「お願いがあるんだけどさ、いい?」
「まぁあたしが聞ける範囲ならいいけど……」
「その写メ頂戴!」
「へっ……? ……いいけど」
「やった、ありがと、碧!」
すぐさま碧に送るように頼む。
アプリを開くと、碧から画像が送られてきたので、素早く保存。
ふふっ。遠目だけど意外とちゃんと撮れてるし、わたしの待ち受けにしちゃおっと。
あ、でも先輩に万が一見られたらまずい、よね? ……でも、先輩がわたしの携帯見たりしないかー。
少し悩んだけど、結局先輩とのツーショット画像を待受にすることにした。
心なしか体調も少し良くなった気がする。先輩効果かな……?
「それにしても、お願いっていうから、あたしは別のことだと思ってたよ」
「んーなんでー?」
画像を眺めるのに夢中になっていたわたしは碧の言葉に生返事をする。
「てっきり、『このことは秘密にして!』とか言うのかと思ってたからさー」
確かに、それはそれで大事なことだ。言いふらされても良いことないし。碧が言いふらすとは思えないけど……? うん、やっぱり最後はどうしても疑問形になっちゃうな。
「……言いふらさないでね?」
「疑われてるなぁあたし。その辺は安心して大丈夫だから」
そうだよね、碧はそんなことしないよね! 疑ったりしてごめんね。
「言いふらす前に結構な人知ってるからさ」
「なんでぇぇぇえ!?」
ちょっと待って? なんで? なんでそんなことになってるの? 意味わかんないんですけど?
「や、だってあんたあそこ塾の前だよ? 普通に他の人に見られてるって。三崎さんも見てたし」
「三崎って……」
あの子か……。
あの子にも見られてたのはちょっとめんどくさいことになりそうだなぁ……。
「あの子、比企谷先生帰る時間は大体外見てるからね。それで目撃したんでしょ。ちなみに他の女の子にもバッチリ伝えてたよ」
碧はそう言い放って、親指をグッと突き出した拳をこっちに向ける。
グッじゃないよグッじゃ……どうするのこれ。先輩にも思いっきり迷惑駆けっちゃってるじゃん……。
「先輩、辞めさせられたりしないかな……」
「んー大丈夫じゃない?」
「なんでそんな軽いの……」
こういうのって、生徒と講師が肉体関係を持ってるとか言われてクビにさせられたりするんじゃ……。肉体関係なんて持ってないんだけどね……?
ああ……せっかく体調良くなったかなと思ったけど、また頭痛くなってきた……。
「あの人はほら経営者の人のお気に入りだし。別にいろはだって送ってもらっただけなんでしょ?」
「経営者のお気に入りって……それだけで済む問題なのかなぁ」
「大丈夫大丈夫。気にしすぎなのよいろはは」
「そうなのかなぁ……」
「あ、でも三崎さんには気をつけたほうがいいかも?」
「あー……」
碧の言いたいことはなんとなくわかる。初日の段階であんなに敵視されてたし。
「完全にいろはをライバル視してるねあれは」
「だよねぇ。……まぁ負ける気はさらさらないけど」
「お、いいますねぇ」
こっちは二年前から片思いしてるんだから……。
そんな簡単に譲ったりしない。
それにわたしのライバルはあの二人だけだから。
「ま、これからどうなるか、楽しみかなっ」
「人ごとだなぁ」
お互いを見て、くすくすと笑い合う。
「で、いろははいつから通うの?」
「そうだなぁ、たぶん来週の月曜かな」
「そっかそっか、これからが楽しみだね」
楽しみの意味がすっごく気になるんですけど? 絶対わたしと三崎さんで楽しむつもりでしょ。
まったく碧は……。
でもまぁ……なんだかんだわたしも、これからが楽しみで仕方ないから不本意ながら碧の言葉に同意するとしよう。