やはり一色いろはは先輩と同じ大学に通いたい。 作:さくたろう
先輩との帰り道。
わたしを乗せてるからか、先輩の運転は丁寧でとても安定していた。
こういうところが先輩の優しさなんだろうな、なんて思いながら空を見上げる。
こんなとき都会の夜空はナンセンスだ。
これが少女漫画とかだったら、きっと満天の星が綺麗に輝いてるのになぁ……。
「――っしき、一色」
「は、はい?」
「何ぼさっとしてんだよ……。俺道わかんねぇから道案内頼むぞって言ったろ」
「あっ、そ、そうでしたね。えっと、突き当たりを左でお願いします」
「あいよ」
どうやらわたしは自分の世界に入っちゃってたみたいで。
せっかく先輩とこうして二人きりなのに、それは勿体ないことこの上ない。
こういう時にしっかりアピールしていかないと……!
「せーんぱい」
「…………なんだよ」
「むーっ。なんでそんな嫌そうな返事なんですか」
先輩のめんどくさそうな態度に思わず顔をむくれてみる。
まぁ先輩前向いちゃってるし、こんな顔したって意味ないんだけどね
「お前がそんな甘ったるい声で話すときは何かあるからだろ……」
「失礼ですね……。わたしは先輩と会うのも久しぶりなんで、もっと話がしたいなと思っただけですー」
「はいはい、さいですか」
先輩はわたしの言葉を軽く流す感じで返事をした。
はぁー、なんですかそんなにわたしと話すのはめんどくさいですか。
こうなったら意地でも先輩との会話を終わらせたくなくなるわけで、
「……それで、先輩。何かわたしに聞きたいこととかありませんか?」
「特にないぞ?」
普通こういうときって『三年になってからどうだ?』と『好きな奴とかいるか?』
とか『何か悩み事とかあるのか?』とか聞いたりするところじゃないんですかね。
いや、全然先輩は言わなそうですけど。
でも特にないって言われるのもちょっと悔しいので、
「そうですかー? 高校でモテモテの小町ちゃんの学校生活とか、知りたくないんですかねー?」
「教えてくれ今すぐに」
「さすがにその返答の速さはドン引きなんですけど」
はぁー。……やっぱりシスコンだなぁ先輩は。
ホント小町ちゃんの言うとおりだ。でも、そんな小町ちゃんが羨ましかったりするわけだけど。
「やっぱり教えませーん」
「なんでだよ……」
「いや、先輩さすがに必死過ぎますから。あと、危ないんで前向いてください」
小町ちゃんの話題になってからさっきまで前しか向いていなかった先輩がちらちらと後ろを振り返ってくる。これがわたしの話題でだったら嬉しいんだけど、ちょっと複雑だ。
小町ちゃんは妹だと思っててもやっぱり少しだけ嫉妬してしまう。こんなに先輩に想われてるなんて。
でも、妹になりたいとは思わない。わたしは先輩の隣にいたいから。
「先輩は大学生活とかどうなんですか? やっぱり大学に入ってもぼっちだったりするんですか?」
小町ちゃんの話はそろそろやめておこうかなと思って話題を変える。
単純に先輩がどんな生活を送ってるのか気になるし。
「やっぱりってなんだよ……。そうだな……ぼっちだったら楽だったんだけどな」
「え、じゃあぼっちじゃないんですか?」
「なんでそんな驚いてんの? まぁなんだ、サークルの奴らとかがな……」
照れくさそうに頭を掻く先輩。きっと今先輩の顔を見たら照れてるに違いない。
でも、そっか。先輩、大学でちゃんと友達できたんですね。まぁ去年も最後の方はあの二人以外ともいい感じでしたもんね。
「ふふっ」
「なに……?」
「いえ、お会いしていない間に先輩も変わったんだなぁと思いまして」
「三ヶ月かそこらで人なんてそう簡単に変わるかっつうの。俺が変わったなんていうのは気のせいだ」
「そうですかー? 先輩変わったと思いますよ? 目と性格はあれのままですけど」
「それほぼ変わってないよな」
「あはっ、バレました?」
なんだろ、こういうのいいなぁ。上手く言葉にはできないけど、先輩とこうしてくだらない会話をしているだけで幸せなんだと感じるわたしがいる。
ホント、この時間がずっと続けばいいのに。
「そういえば、せんぱいのスーツ姿って初めて見ましたけど、意外と似合ってるんですね。目元を隠せば普通にかっこいいと思いますよ」
「何それ褒めてるの? 貶してるの? つうか目元隠せって誰だかわかんねえだろそれ」
「たしかにその通りですね。あ、そこ右でお願いします」
わたしの合図で先輩が道をゆっくりと右に曲がる。
曲がりきって少しいけばそこにはわたしの家で。
それは先輩とお別れの時間がくるということ。
それがちょっとだけ悲しくて。
わたしは先輩を掴む手に少しだけ力を込めた。
* * *
家の前についたので自転車からゆっくりと降りる。
「先輩、今日はありがとうございましたっ」
家まで送ってもらったことはもちろん、わたしの話に付き合ってくれたことに感謝して。
今できるわたしの最高の笑顔を先輩に向けた。
「ったく、お前は本当……」
「あざとくないですからね?」
またあざといって思われちゃったかな……? そんなつもりはなかったんですよ? 先輩。
「知ってるよ……」
「そう、ですか……」
てっきりそう思ってるのかと思ってたから……その返しはちょっとずるいです。
先輩の顔は暗くてちゃんと見えなかったけど、なんとなく照れてくれてる気がして。
今の雰囲気なら、もう少しだけ勇気をだしてもいいんじゃないかと思ったわたしは、
「先輩、手、貸してもらえますか?」
「ん、なんで?」
「いいから、お願いします」
「おい、ちょっ」
手を出し渋る先輩の右手を強引にとる。
先輩の小指とわたしの小指を絡ませて、
「せんぱい、絶対わたしを志望校に合格させてくださいね。もちろんわたしも本気で頑張りますんで」
「……まぁ努力はする」
「約束ですよ? 嘘付いたら針千本飲ますですからね?」
「嘘も何も、俺何もいってないんだが……」
「小さいことは気にしないでください。そんなんじゃモテませんよ?」
モテてもらったら困るのはわたしなんだけど。
「はぁ。この状況で俺に拒否権……あるはずないんだよなぁ」
「よくわかってますね。……それじゃ、指切った、です」
「あいよ……」
こうして先輩と再会した初日。
わたしたちは一つの約束をした――。