やはり一色いろはは先輩と同じ大学に通いたい。 作:さくたろう
「ふ~ん、なるほどねえ」
尾行中の出来事を一通り碧に報告すると、コップに入った水を一口飲むながら碧は少し退屈そうな反応を示す。
まぁ実際、特になにかあったわけでもないし、この反応は普通かなぁなんて。
「おまたせしました」
話が終わると、ちょうどタイミングよく店員さんが注文した料理を運んできてくれた。
「おお、美味しそうだね」
「うん、さすがこの日のために三崎さんがリサーチしただけのことはあるかな……」
「それホントなのー?」
「だって最近できたばっかりなのに行きつけってなんかおかしくない?」
「んーそうかな?」
「そうだよ。だったら今日のために調べてたと思った方がしっくり来るよ」
わたしだったらそうするし。
……いや、わたしだったら先輩に選んでもらっちゃうきがする。
それじゃだめなのかな。……うーん、わたしも先輩とのお勉強会の時に備えてお店探してみようかな。
もし探すとしたらどういうとこがいいんだろ。
…………ダメだ。ラーメン屋かサイゼくらいしか先輩の喜びそうなところ思い浮かばないよ……。
「ん、これめちゃくちゃ美味いな」
「ほ、ホントですか?」
「ああ、あんまこういう店来ないけど、たまにはこういうとこもいいなと思えてきたわ」
「よかった……先生にそう言ってもらえるの、凄く嬉しいです」
わたしたちより先に料理が運ばれた先輩たちは既に食べ始めていて。
「うーん。なんか楽しそうだなぁ……。いいなぁ、わたしもあっちに行きたい……」
「あのね、碧」
「ん、なぁに?」
「人の心読んだみたいな台詞、やめてもらっていいかな? わたし全然そんなこと思ってないし、それになんでわざわざ三崎さんと三人でご飯食べなくちゃいけないの?」
まぁ確かに楽しそうだなぁとは思うけど、あそこに混ざりたいとかそういう気持ちはない。三崎さんと入れ替わりたいとは思うけど。それかこの目の前にいる碧と先輩、チェンジでお願いします。
「そういえば、三崎」
「は、はい」
「どうして一色と模試の勝負なんてすることになったんだ?」
「あ、えっと……」
「一色からなにか言われたのか?」
ちょっと待ってください先輩。
その言い方だとわたしがなにか悪いみたいなんですけど? 元々三崎さんがわたしに――ちょっかいだしてきたというか。
「い、いえ、勝負を持ちかけたのは私のようなものですし……。一色さんと、全力で戦ってみたいと思って……」
試験じゃなくて恋愛でだよね? なんてツッコミは心の中にしまっておく。
「まぁでも、今のままじゃ勝負になるか怪しいところあるけどな」
「そうなんですか……?」
先輩の言葉に三崎さんが不安そうな顔で尋ねる。
「あ、いや、三崎に不利ってことじゃなくてな。その逆だ。今の一色の成績だと、三崎の圧勝っぽいからな」
「そ、そうなんですか」
その言葉を聞くと、三崎さんの表情がパアっと明るくなって、テーブルの下にある手が小さくガッツポーズするのをわたしは見逃さなかった。
ぐぬぬ……。本当のことだからなにも言えないけど……。先輩にそう言われるとやっぱり悲しいというか。ちょっとだけ切ないものがあって……。
「ほ、ほらいろは。冷めないうちにたべちゃおう?」
「う、うん」
先輩の言葉に今度はわたしが落ち込みかけていると、碧が声をかけてくれる。
「うん……、悔しいけど美味しい……」
「だね、今度は美智子たちも連れてきて一緒に来ようよ」
「そうだね、あの子パスタとか好きだし、喜ぶよきっと」
予想以上に美味しくて、先輩たちより先に食べ終わったわたしたちは食後のパフェを頼む。
と、同時に先輩たちも食べ終わったみたいで。
「あー、美味かった。んじゃ戻るか」
や、先輩もうちょっと待ってくださいお願いします。せっかくなんでパフェを食べさせてください!
大体、食べてすぐ帰ろうとするとか、少しはこう、なんていうか余韻的なものを味わったりしないのかなこの人は。……うん、しなさそうだ。
「あ、も、もう少しいませんか? デザートとかも美味しいんですよ、ここ」
「そうなのか、んじゃせっかくだし何か頼むか」
三崎さんナイス!
三崎さんの提案で、先輩たちもデザートを頼むことになったみたいで一安心。
そのまま、先輩と三崎さんもデザートを注文して。
「さっきの続きだけど」
「はい?」
「今の一色じゃたぶん三崎の圧勝だと思うが、油断はしないほうがいいぞ」
「と、言いますと……?」
「あいつは、まぁ普段はあんまりやる気無かったりするが……そのなんだ、やるときはやる奴だからな」
先輩……。
やばい……。先輩にそう言ってもらえるだけで、凄く嬉しい。
先輩の期待を裏切りたくない。
「……随分、一色さんの評価高いんですね……」
「まぁ短い付き合いでもないしな。あいつが勝負を受けた以上、本気でやるんじゃないか?」
「そう、ですか……。わかりました。私もこの勝負、本気でやります」
「まぁせっかくの勝負なんだしな。本気でぶつかり合ったほうがいいだろ」
「はい」
二人の話を聞き入っていて、既に運ばれていたフルーツパフェは溶け始めていた。
でも、今のわたしはそれよりも別のことに意識がいってて。
「碧」
「んー、はぁに?」
目の前でお気楽にパフェを頬張っている碧。ホントこの子は……。
「わたし、今日はもう帰るよ。付き合ってくれてありがと」
「もういいの?」
「うん、せっかく先輩がこう言ってるのに、こんなことしてたらいけない気がするから」
「そっか。うん、そうだね。頑張れ、いろは」
「うん、頑張るよ」
できるだけのことをしよう。
先輩がわたしのことを評価してくれてるから。
それが間違ってなかったって思ってもらえるように。