ヨシテルさまといっしょ
松永の乱、細川ユウサイ改めカシン居士による争乱の終結。そしてその後の全国の戦国乙女との天下統一を賭けての戦いに勝利して早数ヶ月。
他の雇い主よりも高額の報酬に釣られた雇われ忍に過ぎない俺は未だに二条御所にいる。というか働いている。雇われて以来裏切り寝返り鞍替え一切なくヨシテル様の元で任務を遂行し続けた結果。大変重宝されており長期契約と相成ったのだ。
そして今日も任務を終えて報告のためにヨシテル様の部屋を訪れる。
「ヨシテル様、任務無事遂行し報告のために参りました。
……って、何してんですか」
形式を大事にしながら報告に移ろうとしたが、眼前の光景を見てそんなものを投げ捨ててしまった。
「あぁ、結城……その、実はですね?あの、く、蜘蛛が……」
そこには何故か抜刀して小さな蜘蛛と対峙しているヨシテル様の姿があったのだ。
蜘蛛が苦手というのは知っていたが……
「情けないですね、マジ大爆笑」
「結城!?」
コレがあの白き剣聖だとは……民衆にはとてもじゃないが見せられない姿だ。いや、こういうポンコツなところが受けてより支持を得る。というのは良くあることなので別に見せても良いのか。
まぁ、小さな蜘蛛相手に刀を向けながら微妙に震えている姿というのはなんとも情けなく口に出して言ったが本当に笑ってしまいそうになるのも致し方なし、だ。
「あ、いえ!今はそんな冗談を言っている場合ではないのです!さぁ、結城!早くこの蜘蛛を外に……!」
人の後ろに隠れるをやめてはもらえないだろうか。最強の戦国乙女の名が泣くぞ。
とはいえ雇い主様の命令(お願い)ともなれば仕方ない。
畳の上でジッとして動かない蜘蛛を掴んで立ち上がる。
「そうです、そのまま外へ逃がしてあげましょう。小さな蜘蛛とはいえ命あるものですからね」
何故この人は良いことを言った、とでも言うような態度を取っているのだろうか。やはりポンコツだからだろうか。
そんな姿を見てちょっとした悪戯を仕掛けてみよう。という考えが頭を過ぎる。採用。
蜘蛛を掴んだままに振り返る。
「……結城?何故外ではなく此方に進んでくるのですか?それも蜘蛛を掴んだままで。
あの、結城!?その新しい玩具を得た子供のような笑顔なんですか!?」
言わなくてもきっと分かっているだろうに。と言うわけで投擲である。
「え、何故振りかぶって……って、やめてくださいそれだけは!」
聞こえません。喰らえポンコツ将軍。憂さ晴らしのために。
「ぴぃっ!?く、く、蜘蛛が、蜘蛛が!!」
ぴぃっ!?とかなんだその反応。面白いじゃないか。
蜘蛛が服について涙目になりながら慌てている姿を見ると、胸に来る物がある。なんというのだろうか、きっとこれは……愉悦?
予想以上の憂さ晴らし効果にほっこりとしながらヨシテル様を見ていると蜘蛛が徐々に服を上がり、もうすぐ素肌の上を這い登るであろう状態になっていた。
「ゆ、結城!お願いします取ってください!!」
流石に素肌の上を蜘蛛が這う。などとなれば本気で泣き出すか気絶する可能性もあるので、ヨシテル様の服や肌に触れないように気をつけながら、それでいて一瞬で蜘蛛を掴んで外へと逃がす。
忍にとってこの程度造作もなく掴んでから外に逃がすまで本当に一瞬で終わらせた。まぁ、ゆっくりやっても良かったかもしれないがやりすぎると流石に怒られる。
「はぁ、はぁ……結城、何故このようなことをしたのか、説明してくれますね」
わたわたと慌てていたせいで乱れた息を整えながらキッと私怒っています。とでも言うように睨み付けてくるヨシテル様。そんな姿にも胸にキュインキュイン来る物がある。やはりこれは愉悦に違いない。
「趣味?」
「人の嫌がることをするなんて、最低な趣味ですよ!?」
「冗談です。最近こき使ってくれることに対する報復と憂さ晴らし。なんてことはないです。ええ、ないです」
そう言うとあっと何かに気づいたような表情になり、気まずそうに目を逸らされた。
ヨシテル様も自覚はあったのだろう。最近、俺に対して仕事量が多いということに。
主に北は南部、南は薩摩。飛び回って天下泰平のために働きづめである。それでいて二条御所に戻ってからは報告、忍具の手入れ、義昭様の護衛、そしてすぐにまた飛ぶことになる。
他の忍はどうやらそこまででもないらしい。ソースは紫苑と鬼灯なのでなんとも言えないが。
「まぁ、良いですけど。それよりも報告です」
「え、あ、はい。お願いします」
「松永様は現在とても落ち着いた様子でした。以前はヨシテル様が理想のみを求めることから不信感など抱えていましたが……天下統一を成して見せたことでその不信感もなくなった、と考えるべきかと。
まぁ、変わらず甘い考えを持っていることに対しては苦言を呈していましたが」
今回の任務はほとんどお使いのようなものだった。
松永様ともう一人、細川様改めカシン様の様子を見てきて欲しい。というものだ。
「それと最近はすることもないようで、家宝の平蜘蛛を用いて茶会を開く回数が増えた。とも言っていました。
茶会の客人としては今川様と徳川様が良く来るそうです」
「そうですか……松永は松永の考えを持ってこの国の行方を憂いていましたが……
……どうやら私は、彼とは違う道を進めども、認められたようですね……良かった……」
「考えが甘いとは、自分も思います。乱を起こした松永様を許すと決めたのはヨシテル様ですが……かの乱世の梟雄、松永弾正久秀です。再度、乱を起こすことも考えられます」
国の行く末を憂いて、力による統治を選び、カシン様に利用された松永様。けれど、その想いは確かに本物であった。権力に酔ったわけではなく、乱世を終わらせようとしていたのは事実だ。
それでも松永様はヨシテル様の統治では泰平の世は来ないと思えば再度立ち上がることだろう。あの人はそういう人だ。
「そう、ですね……確かに松永であればそうするでしょう……ですが彼の行いは私と同じ、この国を想っているからこそのものです。ですから、可能であれば天下泰平のために協力し合えれば、と思いますよ。
……ところで、松永にトドメを刺そうとした私を止めた結城がそれを言うのはどうかと思います」
まぁ、確かにその通りだ。しかし、あの人はあの人で確かにこの国の行く末を憂いている人だ。それに刃頭雨流についての話も聞きたかったのでトドメの一撃を止めたのだ。
「言ってみただけです。松永様から色々と聞けましたし、そのおかげでカシン様の存在にも気づけたので良いじゃないですか。それに松永様は非常に優秀な方ですから、天下統一の先に必ず必要な方だと思いましたから」
権力のためではなく、国のために力による天下統一を目指した松永様。あの人の思いは確かに本物だった。そして、そうしなければならないことに少なからず苦しんでいたことも俺は知っている。
それに以前の雇い主である松永様の人となりは知っていたためにここで亡くすには惜しい人だと思ったというのもある。それと、ヨシテル様と松永様はなんだかんだでお互いに刺激し合いより良い統治をしてくれると思えたのだ。
「まぁ、それは置いておいて……次はカシン様ですが、以前のような力、憎悪は既に無くなっています。そして嫌味を言いながらも分かりにくく歓迎してくれましたので、少しずつではありますが良い方向に進んでいる。と思います」
「……?嫌味を言いながら分かりにくく歓迎、ですか?それは一体どういったことなのでしょうか?」
「『足利ヨシテルの犬がわざわざ我に会いに来たか。天下統一を成して思い上がったか。我がその気になれば再度争乱の世にすることも可能だということを忘れるな。だが、そうだな……退屈しのぎに話を聞かせよ。粗茶程度であれば出してやらんこともないぞ?』とのことです」
「それは本当に歓迎されているのでしょうか……?」
とても困惑したようにヨシテル様が首を傾げた。確かに何も知らない人が聞けば歓迎されている。などとは、とてもではないが思えないだろう。だが実際にあれはカシン様なりの歓迎が含まれているのだ。
「歓迎されていますよ。以前に客人を歓迎する際にはお茶を出すのが一般的にですね。と言っておきましたので」
「なるほど……それならば本当に良い方向に変わっているのですね。以前までのカシン居士であれば話をする前に術で攻撃されてしまいそうですし」
「ええ。とはいえ、以前のような力はなくとも戦国乙女としては最上位に入る力は健在です。その点においては警戒が必要と思われます」
「わかりました、その点については頭に留めておきましょう」
とりあえず報告は完了だ。本当なら部屋に入った時点でしていたはずなのに……蜘蛛と対峙していたヨシテル様が悪いに違いない。
とはいえ……ああいった姿は忠誠を誓っているミツヒデ様にも見せてはいないらしい。どうにも俺に対して気が緩みすぎている気がする。そういえばポンコツになるもの俺の前でだけらしい。他の人からはそういった話は全く聞かないのだ。
特別扱いされている、というか信頼されている、というか……たまにこんな雇い主で大丈夫だろうか、と不安に思ってしまうこと以外は問題ないから良しとしよう。
「報告、お疲れ様でした。次の任務まで休んでいてください。……本当に、休んでくださいね?」
「わかりました。本当に休ませていただきます」
「あぁ、それと……」
休んで良いということでさっさと自分の部屋に戻ってしまおうと思い、移動しようとしたところでヨシテル様が言葉を続けようとしていた。
「今まで結城には沢山迷惑をかけて来ました。ですからその謝罪を。
そして貴方のおかげで私は道を踏み外すことなく、ここまで来ることが出来たのです。だから、その感謝を。
この二つの意味を込めて……私に何か出来ることはありませんか?私に出来ることであれば何でもします。
……私に出来ること程度で、貴方に報いられるとは思えませんが……」
休ませてください。切実に。
と言ったところできっとヨシテル様は納得しないだろう。いや、確実に納得しない。
なら何か最高の報酬を望むとしようか。それは俺のやりたいこととも繋がっている。
「んー……何でも、ですか?」
「はい、何でも、です」
「不敬だ!とかで首刎ねません?」
「しません。というか結城は私を何だと思っているのですか」
少しだけムッとしたような表情になるヨシテル様。なんというか、こうして素直に感情を表現するヨシテル様の姿になんとなく、ほんの僅かにだが笑んでしまった。
雇われたばかりの頃は将軍として凛とした姿を見せていた。そして笑ったり怒ったりもしていたが、どこか空虚に見えていた。きっと将軍としてのヨシテル様であり続けるために、ただ一人としての己を押し殺していたのだろう。
だからこそ、こうして心の底から感情を発露している姿こそが本当のヨシテル様なのだ。それが見れたことがどうしてか嬉しかった。
「では……少しだけ、目を閉じてもらえますか?」
「目を、ですか?構いませんが……」
不思議そうにしながらも目を閉じたヨシテル様に近づく。その気配を察知したのだろう、ほんの少しだけ緊張したように体を強張らせるヨシテル様の頭をそっと撫でる。慈しむように、愛でるように、優しく優しく。
「え、あの……結城……?」
目は閉じているが、困惑したような雰囲気が伝わってくる。
それでも止めずに頭を撫で続ける。
「ヨシテル様」
「は、はい。なんでしょうか……?」
「今までお疲れ様でした。そして、よく頑張りましたね」
「結、城……?」
いつだって一人で立ち、支えなど必要ないように振る舞い続けてきたヨシテル様。
民衆の目にはきっと何よりも頼りになる将軍様として映っていたのだろう。ただ、そう長くない期間ではあるが傍で見ていた俺には無理をしているのがわかっていた。
松永様は小娘に何が出来るのか、と言っていたがそれに近しいことを俺も思っていた。それをヨシテル様も理解していたのだろう。
だからそれを否定するように強い自分を演じ続けていた。それはきっととても辛く苦しいことだったのだ。
「ヨシテル様は話し合いによる平定を望み、松永様とお互いの思想の違いから剣を交え、そしてカシン様との戦いとこの短い期間に苛烈な戦いを続けてきました。その中でヨシテル様が苦しみながらも前に進んでいたことは知っています」
だからこそ、伝えておこうとも思ったのだ。
貴女は本当に良く頑張ったと。そしてお疲れ様でした、と労おうと。
きっとこれは誰もヨシテル様には言わないだろう。
誰よりも強く、正しい道を進み続けるヨシテル様。頑張るのは当然で、褒められることはなく、また労われることもない。本人はそれで良いと思っていたのだろう。
まぁ、俺はそれで良いとはこれっぽっちも思ってないのだが。
「他の誰もが言わなくても、俺だけでも伝えておこうと思ったんですよ。
だから、今伝えました。俺なんかが言うのは不敬とは思いますが、どうかこの言葉を受け取ってください。
俺はそれだけで充分ですから」
これが本心。何かを望めと言うのならこの言葉を受け取ってほしい。
きっとこれは楔になる。将軍としての振る舞いを続けるヨシテル様ではなく、ただ一人のヨシテル様であり続けることになる。だがそれは悪いことではないと思う。
これから先はヨシテル様一人ではない。ミツヒデ様を始め、織田様や今川様たちも天下泰平のために尽力してくれることとなっている。だから大丈夫。ヨシテル様が辛く苦しい道を進み続ける必要はない。支えてくれる人は沢山いるのだから。
「結城……貴方という人は……」
もう目を閉じてはいない。開いた目には徐々に涙が浮かんでいる。
「……わかりました。貴方のその言葉、確かに受け取りました……」
涙を浮かべながらも笑う姿は何故だかとても愛おしく思えるもので、普段ならからかうような姿を綺麗だとも思えた。
「ありがとうございます。そしてもし許されるならこれから先もヨシテル様の力になれれば、と思います。許していただけますか?」
「ええ、勿論です。これからも私の傍で、私を支えてください。貴方が居てくれれば私はこれから先も道を踏み外すことなく、挫けることなく歩んでいけるはずですから。どうか、よろしくお願いします」
「はい、俺で良ければ、喜んで」
万感の想いを込めたような言葉に、同じように心からの言葉を返す。
その答えを聞いてヨシテル様は今までで一番の笑顔を浮かべてくれた。
それを見れたことが、今まで戦乱の世をヨシテル様と共に戦い抜いて来た俺にとって最高の報酬となったのだ。
ヨシテル様の頭撫でながら「お疲れ様でした」「よく頑張りました」って言いたい。
凄く頑張ってるヨシテル様を性的な目で見るのをヤメロォ!