二条御所を離れて安芸へと辿り着いた俺は毛利様を探すべく手近な町で情報収集を行っている。
毛利様の居城である吉田郡山城に一度向かったのだが、どうにも不在のようで、しかし安芸に居るのは確か。ということで探し回っているのだ。
ただ、戦国乙女の中で最も掴みどころがなく、見つけたと思っても気づけば姿を見失うこともあるような方であるために、人から情報を集めるのは難航している。見かけたという情報を頼りに跳んでも、そこで目撃情報が途切れ、まったく違い場所で目撃されていた。なんてことはざらだ。
だがそんな状態だからこそふと思うことがある。俺が探し出そうとするよりも、毛利様に見つけてもらった方が早いのではないか。ということである。
適当に目立つ行動をしておけばその話を聞いた毛利様が顔を出す。ような気がするのだ。その目立つ行動というのは忍術を使ってしまえば簡単に出来るし、悪い案ではないと思う。
というわけで適当な町で大道芸をするように火や雷、氷の蝶々を飛ばしたり派手にするために水の龍を飛ばしたりともはや好き勝手にやっていた。
目立つことも目的の一つではあるが、実は改良していたりするのでそれの確認を少ししていた。ということもある。おかげで町の住人は集まったし、旅人や行商人も集まった。
これで後はこの町に滞在して毛利様を待てばきっと現れるだろう。というよりも現れなければ困る。
いや、それよりも何故居城で大人しくしていないのだろうか。現状でも町に来る人々から情報を集めてはいるが、相変わらずふらふらしているようで、同じ情報が入ってくることはない。
そうして数日ほど滞在しても尚、毛利様が現れる気配が無いことで仕方なしに明日にでも移動しようかと思って夜ノ町中を歩いているとふと視線を感じて、その視線の主を探した。
すると橋の上に立つ毛利様の姿がそこにはあった。いや、先ほどまで居なかったはずなのに何で居るんだろうかこの方は。俺と同じように跳んで現れたとかではないだろうし……本当に謎である。
これがカシン様であれば消えて姿を現すという瞬間移動の術でも使ったのかと納得も出来るのだが毛利様はそういう方ではない、はず。
「随分と、派手にやっているみたいね……」
「分かり易かったでしょう?」
「ええ、とてもね」
「それは良かった」
「でも、私を見つけるのはそんなに大変だったかしら」
「ええ、大変でしたね。複数人に話を聞きましたが毛利様の目撃情報とその日時がどうにも噛み合いませんでしたから。試しに跳んでみれば目撃情報が途切れていて別の場所に居るのを見た。なんて話もありましたし……
本当に、見つけるのは無理かと思っていましたよ」
「だからこそ自分は既に安芸に来ている。そう知らせるために大道芸みたいなことをしたようだけど……流石にやりすぎよ。
この町を中心にして色んな場所で貴方の話で持ちきりだったもの」
まぁ、そうなるだろうとは思っていた。いや、そうならなければ困るからそうした。と言うべきだろうか。
「いえいえ、これくらいしておかないと毛利様に気づいていただけるかわかりませんでしたから。
それで、毛利様。話すべき事柄はお互いにありますが、何処で話をしましょうか」
「そうね……歩きながらで良いわ。安芸であれば、毛利輝元の手の者に話を聞かれることもないでしょうから」
「安芸であれば、ですか。何やら色々と仕込まれていそうですね……」
「ふふふ……どうかしらね……」
これは何か毛利様が仕込んでいる。と確信が持てる。
確かに、自身の領地である安芸であればあれやこれやと秘密裏に仕掛けることくらいは出来るだろう。それに、毛利輝元様の出身でもある以上は他の地よりも警戒度が高いのも当然と言えば当然のことだ。
そう思いながらも毛利様の後に続くが、どうにもそれは気に入らなかったらしい。
「結城、後ろではなく隣を歩いてくれるかしら」
「いえ、俺は忍ですので後ろから付き従うように歩くべきかと」
「忍に背後を取られている。なんて恐ろしくて落ち着いて話も出来ないわ」
「大丈夫ですよ、ヨシテル様の敵ではありませんから危害を加えるつもりはありませんからね」
「ヨシテルの敵ならその限りではない、ということね。なら安心、しても良いけど隣を歩いてくれるかしら。
貴方の中の闇の気配。それが気になって仕方が無いわ」
そういえば毛利様はそういった類のモノを感じ取ることが出来るのだった。であれば俺の中にあるカシン様の憎悪と呪いは、毛利様にとっては相当に気になるだろう。
で、あるならば仕方が無い。此処は毛利様の言葉に従って隣を歩かせてもらおう。
「そういうことでしたら、わかりました。隣を歩くとしましょう」
「ええ、それで良いわ。
それで、毛利輝元のことも話さなければならないけど貴方に何か変化はあったかしら?」
「いえ、特には。少しばかり悩み事が解決した、という程度です」
「悩み事ね……それが何か、わざわざ聞く必要はなさそうだけど……
……聞くのはやめておくわ。今は、ね」
「聞く必要は無いでしょうに……それよりも、毛利輝元様について話をしましょう。
現状、俺と毛利様の共通の敵なっていますし、そちらを解決するのが優先すべき事柄、でしょう?」
それに俺が安芸に来たのは視察ということもあるが、それ以上に毛利様と情報を交換するため、という理由の方が大きい。多少であれば無駄話に乗ることも出来るが、先に情報交換を済ませてから、というのでも良いと思う。いや、先に済ませるべき、か。
俺がそう言うと毛利様は納得したように頷いて話し始めた。
「そうね。なら私から得た情報を伝えるわ。
毛利輝元の潜伏場所はわからなかったけれど……ムラサメの姿が目撃されている場所にどうにも甲斐や越後の周りが多いみたいね。もしかしたらその辺りに何かあるのかもしれないわ」
「あぁ、それでしたら封印の塔に関して情報を集めているのかもしれませんね。
上杉様は場所を知っていますし、武田様も自身の情報網を使って場所を特定している。と聞きます。そのお二人の周りを探れば何かわかるかもしれない。そう考えているのかもしれません」
「なるほど……それで、貴方はその塔が何処にあるのか、知っているのかしらね……」
「ええ、上杉様に教えていただきましたから」
「そう……それで、貴方の方は何か毛利輝元のこと、わかったかしら?」
「ええ、少しばかり長くなりますが……話をさせていただきましょう。
まずは毛利輝元様が斉藤様を全国に赴かせている理由ですが―――」
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「―――ということです。どうにも全国各地にカシン様の呪具を用いた呪いを振りまいているようですね」
「となると……私は安芸を離れるわけにはいかない。そういうことなのね」
「そうなりますね。一応全国の戦国乙女には俺の作る呪具を送りますから、それを使えば簡単に祓えるとは思いますが……安芸には毛利様しかいませんので、仕方がありません」
「そう……確かに私なら呪具がなくてもどうにか出来るものね……
仕方ないわね、私は安芸で大人しくしておくわ。だから結城、貴方が毛利輝元の企みを阻止しなさい」
「言われずとも」
元よりそのつもりだ。毛利輝元様の企みを阻止してヨシテル様の築き上げた泰平の世を守る。
そのためにこうして飛び回っているようなものだ。当初は俺の状態に関わっていたが、今ではそちらの方が優先順位は高い。それに俺の問題はカシン様と話をした結果、毛利輝元様の件を解決してから。ということになっているので、後回しにせざるおえない。
まぁ、ある程度方針は決まっているのでそのことについては焦ることは無い。
「なら良いわ。貴方が最低限毛利輝元の企みを止めてくれるのであれば私はそれ以上は望まないわ。
いつか私が毛利輝元を殺すにせよ……それまでに妙なことをされなければ良いだけだものね……」
「毛利様が毛利輝元様をどうしようと俺には関係ありませんが……そのために無茶だけはしないでくださいよ。
各地を治める戦国乙女の方が一人でも欠けると、面倒なことになりますから」
「あら、私を心配しての言葉じゃないのね」
「いえ、勿論心配はしていますよ。素直ではないもので、申し訳ありません」
「ふふ……そうね、貴方は素直じゃないものね……」
何だろうか、この見透かされているような、奇妙な感覚は。
毛利様であれば俺が口にしていない出来事でもなんとなく察してしまっているのかもしれないが……流石にヨシテル様とのことについては悟られてはいないはず。
だが以前会った際には自分が思っている以上に大切にしている。だとか言われた記憶があるので、もしかしたらあの時には俺がヨシテル様に向ける感情の名前を知っていて、それでも違うと思っていたからこそ素直ではない。と言っているのかもしれない。
「さて、話は終わりで良いわね」
「ええ、構いません」
「なら……」
「酒ですか」
「そうよ。安芸の地酒も美味しいものよ?」
「……構いませんが、地元の酒が飲めるからと酷く酔うまで飲むようなことはやめてくださいよ?
それで、毛利様は近くに宿を取っているんですか?」
「大丈夫よ。前後不覚になるまでは飲まないわ。
でも……宿は取っていないし、場所を変えたいわ」
どうやら今回は近くに取っている宿で飲む。ということではないらしい。
では場所を変えたいというのはどうしたら良いのだろうか。
「折角安芸に来たんだもの、とても良い場所があるわ。そこに行きましょう」
「安芸に来たならば、ですか……もしや、厳島神社、なんてことは言いませんよね?」
「ふふふ……正解よ」
「此処からどれだけ離れてると思ってるんですか……」
あくまでも予想として厳島神社と口にしたが、まさかの正解だった。
この町からでは大分離れているし、大体厳島まで行かなければならないと考えると今から行けるような場所ではない。いや、俺は行くことが出来るのだが……もしかするとそういうことなのだろうか。
「気づいたようね。それじゃ、頼もうかしら」
「あぁ……やっぱりそういうことですか……
跳べますけど……はぁ、良いです。跳びましょう」
ため息混じりにそう言うと毛利様が俺の傍に寄って来たので一言断りを入れてから姫抱きにして、厳島まで跳ぶ。流石に岸から厳島まで一足で跳ぶことは出来ないので途中に水上に足を付いてしまったが、特に沈むことも無いのでそのまま跳び続けた。
そしてすぐに厳島に到着して毛利様を降ろす。流石に水上に足を付いて跳ぶというのは久々だったので心配だったが大丈夫だったようだ。
「水の上を……」
「あれくらいは普通ですよ。場合によっては錘を背負って水上を歩く。というのは里では修行の一環としてやっていましたから」
「貴方の里はおかしいのね……
まぁ、良いわ。ついて来てくれるかしら」
「わかりました」
言ってから歩き始めた毛利様の隣を歩くが、とりあえず町に向かわなければならない。
とりあえず厳島に行く。ということで跳んだが、到着したのは岸辺であり町の中ではない。というよりも町が何処にあるのか知らないし、そこから更に厳島神社に向かうのだからそこから離れた場所に跳んでしまっては元も子もない。
それにいきなり厳島神社の敷地内へと跳んではいるのはよろしくないとも思ったからだ。
「……潮騒の音」
「ええ、悪くないでしょう?
日が出ていればそれなりに人も出歩いていて、野生の動物たちの鳴き声もしてくるけれど、夜になれば波の音だけ……こうして波の音を聞きながら、月明かりの下を歩くというのも乙なものね……」
「そうですね……悪くありませんね。こんな夜は……仕事が捗りそうです」
「今の貴方に暗殺をするような相手はいないはずよ」
「いませんね。だから捗りそう、というだけの話ですよ。
で、そのことを知っているとは思いませんでした。誰かに聞きましたか?」
「各地の鎮めた魂の中には、貴方に暗殺された人間の魂もあった。それだけのことよ……」
「なるほど。では次は魂も暗殺しておきましょう」
「その方が良いわね。私が鎮める必要もなくなるでしょうから」
割と物騒な話をしながら歩いているが、お互いの雰囲気としては軽口を叩き合っているようなものでしかない。
謎の多い戦国乙女と自分で言うのも何だが謎の多い忍というのはある意味で似たところもあるのだろうか。などと思ってしまったが、そう思うほどでもないのか。
ただ互いに共通で出来ることがあるからこそこうして会話しているだけなのだから。
「それにしても、此処から厳島神社は離れているんですか?」
「あまり離れてはいないわね。場所さえ教えれば貴方に跳んでもらうことも出来るけれど……折角だからこうして散歩をしているのよ。
それに此処は穏やかで清廉な気を感じられるから、私は好きなのよ」
「そういうことですか。ですが清廉な気、と言われてもイマイチわかりませんね」
「貴方はそうでしょうね。闇の力なら感知出来るかもしれないけれどその反対は難しいんじゃないかしら?
いえ、普通はその両方を感知することなんて出来ないはずなのだけど……」
「闇の気は……まぁ、俺の状態を考えれば仕方ありませんね」
俺の中には毛利様が言う闇の力をふんだんに含んでいるものがあるのだから。
とはいえ、それが分かるからと何か得するようなことがあるかと言われればそういうことはない。むしろ調べようと思えば微かに感じることが出来る程度の物で、毛利様のように意識しなくても感知出来るということはない。
だからはっきり言ってしまえばあってないようなものなのだ。
「まぁ、使えませんけど」
「でしょうね。私のように魂を鎮めて回るには良いかもしれないけれど貴方のような忍には不要な力よ。
ヨシテルの傍にそういったモノがあれば警戒出来る、とも考えられるけれど……ヨシテルは鬼丸国綱を持っているものね。弱いものであれば寄り付くことも出来ないわ」
「流石鬼丸国綱、と言ったところでしょうか?」
「ええ、そうね。そしてそれは貴方の持っている大典太光世も同じことよ。
いえ……大典太光世の方が強力ね。まるで持ち主には自分が居ればそれで良いだろうとでも言うように、他に寄って来るものを寄せ付けないようにしているみたいだから……」
「……独占欲が強い、というかなんというか……」
「随分と特殊な刀のようだから、扱いには気をつけるべきね。
ただ、貴方のことは随分と気に入っているような気もするから……大丈夫だとは思うけど……」
「……カシン様が悪趣味な刀と言っていたのには、そういう理由もあったのかもしれませんね……」
「…………あのカシンが悪趣味なんて言うのね……とんでもない刀を下賜されたものね」
いや、本当にとんでもない刀だったようだ。ヨシテル様から下賜された刀である以上大切に持っておくつもりではあるが……扱いには気をつけなければ。
普段はまず使わないが、いざと言うときは使わなければならないだろうし、その際に注意すれば良いのか。それと、鬼丸国綱や大典太光世のような霊験の宿る何かを使うようなことがあれば、先ほどの話が確かなら何か起こるかもしれない。
この先、そういったものは使えないな。とも思ったが……普段から使わないから特に困ることは無いのか。
「まぁ、それは良いでしょう。それで、厳島神社まではどれくらいで到着しますか?」
「そう離れてた場所ではないからもうすぐね。そこの能舞台を使えるように話はしてあるからそこで飲みましょう?」
「構いませんが……能舞台で酒を飲むっていうのも妙な話ですね」
「そうね。他にも幾つか候補はあったけれど、あそこが一番珍しいから選んだのよ」
「確かに……海の上の能舞台、なんて厳島神社くらいのものですからね……」
厳島神社の能舞台は日ノ本で唯一海の上に存在する舞台であり、非常に珍しい作りをしている。
また、厳島神社の本殿は毛利様によって改築されており、平舞台においてはそれを支える柱もまた毛利様が寄進したという。そういう話を町では聞いたことがある。
それと、時折毛利様が厳島神社の能舞台で舞っているという話も聞いたが……毛利様は厳島神社のことを気に入っているというか、大事にしているような節がある。
反橋に関しても毛利様が再建に関わっているとのことだったので、今回厳島神社を選んだのは単純に毛利様が厳島神社で飲みたかったから。そして能舞台を選んだのは普段はそこで飲むことが無いから。とかそのあたりではないだろうか。
「毛利様は厳島神社に関して色々と関わりがあるようですが……随分と気に入っているようですね」
「ええ、そうね……私にしては珍しく、随分と力を入れてしまっている。とは思うわ」
「能舞台では舞うこともあるとか」
「あの能舞台は他とは違う作りだから舞うと少し不思議な気の高揚を感じるのよ」
「……いや、本当に気に入っているようでなによりです」
見た目ではそうでもないが、話をしていて確かに高揚しているような気配は感じられた。
あの毛利様がこうなるとは……恐るべし、厳島神社。いや、冗談だが。
だがふとふと思うのだが、毛利様は全国を回っているはずなのに一体どんなときに厳島神社に手を出していたのだろうか。指示を出して投げておく。ということはしないはずの方なので、それなりに安芸にいなければならないはずだ。
だというのに毛利様が長期間安芸に留まっていたという話は聞かない。そのあたりはどうなっているのだろうか。
「ところで毛利様。毛利様は厳島神社にあれこれと手を出していますが……いつやってるんですか?」
「さて、いつかしらね……私なりに考えて、手を出すと決めたときに少しやっているくらいよ」
「少しやっている。という程度で改築などは出来ないと思いますが……」
「ふふふ……そのあたりは秘密にさせてもらおうかしら。その方が面白そうだものね……」
秘密にされてしまった。いや、本当に謎なのだが……それに安芸の統治は毛利様の役目となっているが、それも完璧にこなしている。本当にいつやっているんだろうか。
もしかしたら優秀な臣下が居て、ある程度はその臣下に任せている。とかなのかもしれないが……それにしても、安芸、そして毛利様には謎が多い。
いっそのこと酒を飲んでいるときにでもそれとなく聞き出せないか試してみよう。そう思いながら毛利様と他愛の無い話をしながら厳島神社へと歩いていく。
厳島神社の本殿や平舞台、高舞台に能舞台、反橋などなどは本来は毛利元就とは関係ないというよりも没後に手を加えられたものもありますがそのことに関しては、戦国乙女だから。ということで気にしない方針でよろしくお願いします。
尚、今回は取り上げませんでしたが大鳥居に関しては根元は海底に埋め込まれておらず、詳しくは省きますが先人の知恵と工夫によってその重みだけで立っています。
本当に凄い。