身を切るような寒さを感じて目を覚ます。そしてすぐに立ち上がり障子を開けて外を確認すると見事に一面銀世界。どうにも昨夜から降り続いていた雪が積もったようだった。まぁ、実際には暗いので銀世界とは言いがたいが、とりあえずそんな感じになっているのはわかる。
数刻ほど仮眠を取っている間にこれということは、その間に随分と量が降ったということになる。それは寒いはずだ。
とりあえず今日の任務は護衛、警護なので手早く着替えてから、寒いのは好きではないので素敵忍術で防寒具としてだけではなく、鋼線を編み込んだ防御面でも使えるマフラーを取り出して首に巻いておく。以前まで使っていたのは黒のマフラーだったが、今の格好に合うようにと白い物を用意しておいて良かった。
このマフラーには内部に火遁の呪印を編み込んでいるのでこれだけで充分に暖かい。まぁ、その程度のために呪印を使うのは俺くらいしかいないらしいが。
それだけではなく火遁で蝶々を作り出し、それを自分の周りに飛ばしておく。三頭ほど飛ばしているがこれで俺の周囲も暖かくなるはずだ。
氷の華のように、この蝶々は周囲を暖かくすることが出来るので冬や寒い地方で任務に就く場合は非常に便利だ。当然、潜入であったり暗殺任務であった場合には見つかってしまうので使うことは出来ないのだが。
そんなことは置いておくとして、冬ということもあって日は昇っていないが皆が目覚めるには充分な時間だ。耳を澄ませば厨房で侍女が料理をしているであろう音が聞こえてくるし、見張りの兵士や、目覚めたばかりの兵士の動き始める音が聞こえる。
予定よりも一刻ほど早く目覚めてしまったようだが、再度眠る気にはなれない。とりあえず散歩でもしてみようか。まだ外は暗いので光遁で光る球体を浮かべておく。蝋燭を使っても良かったが別にこれでも大丈夫だろう。今更俺が忍術であれこれしたとして、二条御所で驚くような人間はそういない。
ということで軽く散歩を始めたわけだが遠目に見た兵士や侍女は寒さに震えていたり、厚着をしていたりと各々冬の寒さの被害を受けているようだった。しかし、俺が飛ばしている火の蝶々は術者である俺から離れると消えてしまうのでこれを渡してあげると言うことは出来ない。
術の改良を行えば或いは、とも思うが冬の時期にしか使えそうにないので優先順位は低い。昔であればそうしたことに時間を使うことも出来たのだが、今となっては時間の確保が難しかったり、別の術を開発改良するのに忙しかったりと地味に大変だったりするのだ。
そんなことを考えながら歩いていると前方の廊下、その曲がった先から誰かが歩いてきている気配を感じる。普段は二条御所で感じることのない気配だが、そういえば昨日用事があると言って足を運んでいたのを思い出した。
まぁ、あの方であれば目を覚ましていても不思議ではない。普通に挨拶をしておこう。そう思って、一旦足を止めて待っていると角からコタロウ様が現れた。例に漏れず、寒さ対策として厚着をしている。
「おはようございます、コタロウ様」
「あ、おはようござます、結城様。
今日は寒いですね……ってあれ、寒くない……?というか、暖かい……」
「あぁ、これで温度調整をしているので寒くはないでしょうね」
言いながら掌を上に向けて差し出し、もう一頭火遁で蝶々を作り出す。少し温度が上がったが、暑いということはないので問題はない。
「わぁ……綺麗ですね……それに暖かい……良いなぁ、これ……」
「俺から離れると消えてしまうので差し上げることは出来ませんが……コタロウ様は散歩の途中でしたか?」
「え、あ、はい。寒くて目が覚めてしまって……だからって、二度寝するわけにもいきませんから」
「であれば、俺もご一緒してもよろしいですか?同じように予定よりも早く起きてしまって散歩でも、と思っていましたので」
「そうなんですか?結城様ならいつものこの時間よりも前に起きてると思ってましたけど……」
「いえ、今日は四刻ほど仮眠を、と思っていたのですが寒さのせいか三刻ほどで目覚めてしまいまして」
少しくらい眠っておこう、と思って四刻を予定していたのだが実際に眠れたのは三刻程だ。まぁ、睡眠時間くらい医療忍術で幾らでも誤魔化せるので問題はないのだが、そうしてばかりいると睡蓮にばれた時が面倒なのだ。
小言だけなら構わない。ただ、それだけでは終わらずに竜胆や鈴蘭に愚痴を零すのだ。そうすると更に竜胆から小言を貰い、鈴蘭はヨシテル様に報告する。本人曰くこれが一番効果的とのことだった。
本当に効果的だとも。ヨシテル様に心配されて義昭様に話が行って心配されてミツヒデ様に話が行って心配と小言を貰うのだ。やってられない。だから時折でもちゃんと眠るようにしていたのに、この寒さだ。運が悪い。
「あぁ……そういうことでしたか。結城様も大変ですね……
あ、そうそう。散歩、ボクからもお願いします。その、一緒に歩きたいっていうのもあるんですけど……」
「俺の近くは暖かいですからね……離れられなくならないようにしてくださいよ?」
「大丈夫です!ちゃんと毎朝の鍛錬をしますから、その時まで一緒に散歩しましょう!」
そう言ってからコタロウ様は胸の前辺りで両の拳をぐっと握り締めてふんすっ!と気合いを入れていた。
ただ、それでもやはり寒さに負けてしまったのか俺の傍に近寄ってから暖かさに顔を緩めていた。気合を入れたところで、冬の寒さに勝てるわけではないようだ。
「ふふ……結城様の近くは暖かいですね……」
「そういう忍術を使っていますので」
ゆっくりと歩き始めるとコタロウ様もそれに続いて歩き始める。散歩するとお互いに言ったのだから何時までも立ち止まっているというのも可笑しな話だ。
散歩をしながらコタロウ様と色々な話をしたが、最もコタロウ様が真剣に話をしていたのが、どうやったら強くなれるのか、ということだった。とりあえず自分に適した修行をすることが必要だと伝えて、場合によっては誰かに師事するのも良いかもしれないとだけ伝えておいた。
実際に俺がある程度強くなれたのは修行と師匠にあれこれと教えてもらえたからなので、俺にはそれ以上のことは言えなかったということもあるのだが。
そうして暫く散歩をしていたがそろそろ鍛錬の時間だと言うコタロウ様と別れた。ついでに、別れ際にいつもよりも強めに力を込めた蝶々を渡しておいたのでコタロウ様が鍛錬を始めるまでは消えないだろう。着替えとか、そのくらいは暖かくても良いと思う。その後動き始めれば寒さも気にならないかもしれないし。
コタロウ様と別れたので、そろそろ良い時間になっていると義昭様の寝所へと向かう。朝の挨拶をするため、というのもあるが義昭様に起こして欲しいと頼まれたということもある。まぁ、目覚めてすぐにいつもの確認作業をしたいのだろう。
そういうわけで義昭様の寝所へとやって来たのだが、うん、やはり空気が冷たい。これではもうとっくに目覚めてしまっているかもしれない。というか動く気配がするので目覚めているようだった。それならばと声を掛ける。
「おはようございます、義昭」
「……おはようございます、兄上」
どういうことだろうか。義昭様が目を覚ましているのは予想通りだったが、声がくぐもって聞こえてきた。
例えるなら布団の中に潜っていたが、声が掛かったのでそのまま答えた。というような、そんな感じだった。
「では、失礼しますよ」
言ってから中に入るとそこには義昭様の姿はなかった。代わりに敷かれている布団が大きく盛り上がっていた。これは、もしかすると……そういうことなのだろう。
「義昭、目が覚めているなら布団から出てきてください。寒いのはわかりますが……ずっとそのまま、というわけにはいきませんよ?」
「だって、寒いんですもん……」
聞こえてきた声は完全に拗ねたような、本気で出たくないと思っているような、そんな声だった。
それでも、さっき言ったようにずっとそのままでいるわけにはいかない。なので追加の蝶々を飛ばして室内の温度を上げる。布団から出てきても問題ないくらいには暖かくなったはずだ。
「さぁ、暖かくしましたから出てきてください」
「そんな簡単に暖かくなるはずが……あれ、本当に暖かいですね……これは、兄上の……」
もぞもぞと布団から顔だけ出した義昭様は室内が暖かくなっていることに疑問を感じているようだった。それでもすぐに俺が作った火の蝶々が飛んでいることでその理由を察したらしく、納得したように頷いていた。
そして、暖かいのならば、と言うように布団から出てきて少し離れた場所に立っていた俺の傍まで歩いてくるといつものように俺の手を取った。
「……兄上も温かいです」
「それを言うなら義昭の手の方が温かいと思いますよ。さっきまで布団に潜り込んでいましたからね」
「言わないでくださいよ。兄上はちょっと意地悪です」
「朝からあんな姿を見てしまったのでつい」
「……皆には内緒ですよ?」
「ええ、二人だけの秘密にしましょう」
そんな会話をしている間も義昭様は俺の手を取ったままだ。そろそろ放しても良いのではないか、と思うがそれを口に出すことはしない。以前口に出したらちょっとだけ拗ねてしまったのだ。
子供らしい姿につい微笑ましいものを見るような目をしてしまったので更に拗ねられてしまったのはある意味では良い思い出となってる。だからと言って今此処でそれを再現しようとは思わない。再現したいような気もするが、そこは自重しておこう。
「さて、そろそろ着替えませんか?徐々に日が昇ってきていますし、準備しなければなりませんよ」
「ん、そうですね……では、今日も一日頑張りましょうね、兄上」
「はい、寒さに負けず、頑張りましょう」
言葉を交わしてから義昭様が着替えるのを手伝う。普段であれば特に手伝うことはないのだが、どうにも義昭様は室内の温度よりも蝶々が飛んでいる俺の近くの方が暖かいと悟ったらしく、手伝うようにお願いしてきたのだ。
まぁ、確かに着替えるために服を一度脱がなければならない以上、幾ら室内が暖かいとは言え肌寒くも感じてしまうのか。だからと言って暖房器具のような扱いになっているというのも思うところがないわけではないのだが。
それでも義昭様にお願いされた以上は断れない。そういうことで大人しく義昭様の着替えを手伝ったのだ。ただ少しでも寒いと思ったら俺に引っ付くのは着替えが進まないので遠慮してもらいたかった。コタロウ様もそんな感じだったが、これはもしかするとこの忍術の改良は急いだ方が良いのかもしれない。
「着替え終わりましたし、兄上は……姉上のところに行かないと、ですね」
「ええ、朝の挨拶は今の俺にとっては重要任務らしいですから」
「心配させた兄上が悪いのですよ。ところで兄上、その蝶々なのですけど……」
「俺から離れると消えてしまいますよ。改良すれば話は違ってきますが」
「そうですか……それが近くにあると暖かいのに、残念です……」
本当に残念そうにしている義昭様を見ると、やはり術の改良は急がなければならないと思った。何と言えば良いのか……そう、これはきっと甘やかすチャンスだ。
前々からダメになるくらい甘やかしたいとか考えていたので、丁度良い。今日中に改良しよう。本気になれば多分出来るはずだ。というかそれくらいやってみせる。
「いずれ改良しますので、その時までどうかご辛抱を。代わりと言っては何ですが……このマフラーでも首に巻いておきましょうか」
首に巻いていたマフラーを外してから義昭様の首元へと巻きつける。俺用の大きさになっているので義昭様には少し大きいかもしれないが、これを巻いているか巻いていないかでは大分違う。現に外してしまった俺としては首周りが少し寒い。それでも蝶々が飛んでいるので酷く寒いとは感じないのだが。
「わぁ……!このマフラー、凄く温かいです!でもこれって普通のマフラーじゃありませんよね?」
「鋼線と火遁の呪印を編み込んだ特別製のマフラーですよ。一点物ですから、大事に扱ってくださいね?」
「はい!あ、でも兄上が寒いのでは……?」
「大丈夫ですよ、御覧の通りですので」
マフラーを首に巻いて、温かさに喜んでいた義昭様だが俺が身に着けていたのを外したことで、寒いのではないかと心配してくれている。やはり義昭様は天使。
まぁ、その辺りは問題ないということを示すように俺の周りを飛ぶ蝶々の数を少しだけ増やしておく。目障りにならないし、勿論他の物に引火することもないので安全性も充分だ。問題があるとすれば数を増やせば増やすだけ暖かくなる範囲が拡がって行くので、積もった雪が溶けてしまう可能性はある。
そうなると俺が離れた後に凍ることになるので、足を踏み入れた誰かが滑ってしまう。ということがあるかもしれない。部下の忍衆であればそんなことで滑って転ぶなんて、と特別な訓練でも用意するがそれが兵士だったり侍女だったりすると申し訳ない。
そしてヨシテル様や義昭様、ミツヒデ様やコタロウ様であれば土下座物である。いや、土下座で済まないだろうが。
「あぁ、それは確かに大丈夫そうですね。いえ、もしかするとこうしてマフラーを巻いているよりも暖かいかもしれません。
ほら、こうして近くにいるだけでとっても暖かいですよ」
「俺としては増やしすぎて暖かい範囲が拡がると雪が溶けてしまうので、遠慮したいんですけどね。
まぁ、これくらいなら部屋一つか二つくらい暖かくなるくらいでしょうか?こうして締め切っていると先ほどよりも温度は上がりますから、厚着はしなくても良さそうですよ」
「これくらい暖かいなら、そうですね。でも兄上が離れるとそうもいきませんから、私はちゃんと厚着しておきます。また後で、兄上の近くで暖を取らせてもらいますので」
「わかりました。ではまた後ほど」
「はい。姉上が待っているはずですから、ちゃんと挨拶に行ってくださいよ」
「ええ、勿論です」
言って、義昭様の頭を撫でてから蝶々を義昭様の周りに二頭程飛ばしてヨシテル様の寝所へと移動する。のだが、道中でミツヒデ様と顔を合わせることとなった。案の定ミツヒデ様も厚着をしていて俯き気味に歩いていた。
しかし、唐突に暖かくなったことを感じたのか、顔を上げて首を傾げ、俺の姿と俺の周りを飛ぶ蝶々を見てから納得したような、呆れたような表情を浮かべた。
「おはよう、結城。お前のそれは少しずるくないか?」
「おはようございます、ミツヒデ様。いいえ、俺は自分が出来ることをしているだけですので、ずるくありませんよ」
「私はこうして寒さに震えながら厚着までしているのに、お前は普段とそう変わらない格好をしているのにか?」
「そう言いながら俺の近くで暖を取るのやめません?」
「暖かいのが悪い。いや、暖かいのは良いことだな、うむ」
ミツヒデ様は俺に対して文句を言いながら近づいてきたかと思えば、俺の隣に立って暖を取り始めた。指先が冷たくなっていたのか、一番近くを飛んでいた蝶々に両手を近づけて摩り合わせている。
そんな姿を見てしまったので飛んでいる内の二頭をミツヒデ様の手元へと動かす。
「ふふ……こういうところは優しいものだな?」
「この程度でしたら。それにしても今日は本当に冷え込みますね……もしかしたら、明日も同じようなものかもしれません」
「それは……むぅ……冬ともなれば仕方がないとは思うが、少々堪えるな……」
「俺は平気ですし、義昭様にはマフラーを渡しているのでマシではあるかと思いますが……」
「私たちにはきついな……いや、マフラー?」
「ええ、特別製のマフラーを」
「結城の特別製か……それは暖かそうだな……」
その声には羨ましいという感情が込められているような気がした。まぁ、この寒い中を歩いていたのだ。暖かいであろうことが予想出来る物を羨ましがるのは当然のことか。
ただ、実を言うともう一つあったりする。俺が以前から使っていた黒のマフラーだ。作り方は同じなので当然のように呪印を使っている。とはいえ古い物なので使ってください、と言って渡すには聊か向いていないのが問題か。
「だからこそ義昭様に渡しているんですよ。それよりもミツヒデ様の本日の予定をお聞きしても?」
「ん、そうだな……昼を幾らか過ぎた頃に任務で出ることになるが……結城は?」
「ヨシテル様、義昭様の護衛、二条御所の警護ですね」
「まぁ、その姿を見ればわかることだがな。ならば護衛と警護、任せるぞ」
「ええ、お任せください。で、そろそろヨシテル様の下に向かいたいのですが」
「…………名残惜しいが、そうだな。ヨシテル様を待たせるわけにはいかないからな……」
いつもなら何に変えてもヨシテル様と義昭様を優先するミツヒデ様とはいえ、この寒さには敵わなかったか。
まぁ、考えてみれば今朝が今冬で一番の冷え込みかもしれない。それも前日に比べて一気に寒くなっているので誰も備えなど出来ていなかった。暖を取るための火鉢などはあるが、それを寝所に持ち込んでいるわけもなく、また火鉢を使ったとしてもこの寒さではあまり効果はないように思える。
ではどんな物を使えば暖を取れるのか、と考えるが俺の個人的な願望を入れて考えると一つしかない。用意しておこう。
「そういうことですので、俺はこれで失礼しますが……少しの間であれば消えないようになっていますので、その蝶々を連れて行ってください」
「おぉ、そうか!いや、寒いからと火鉢の前に居座るわけにも行かないから助かった。
それで、どれくらいの時間で消えるのかわかるか?」
「そうですね……一刻でしょうか」
「一刻か……わかった、有り難く頂戴しよう」
そうして蝶々を二頭譲ってからミツヒデ様と別れる。ミツヒデ様は自分の周りを飛ぶ蝶々によって暖かくなったからか先ほどまでは俯き気味だったが今はちゃんと前を見て歩いている。
ただ、自分の目の前を蝶々が飛ぶとそれを捕まえるように手を伸ばしてから両手を温めているようなので、流石に手足の末端までは温かくなってはいないようだった。二頭ならばそれも当然か。
ミツヒデ様を見送ってからヨシテル様の寝所に向かうがもはや目と鼻の先である。多分ミツヒデ様は先にヨシテル様に挨拶をしていたのだろう。ということは次は義昭様のところに向かったのか。義昭様とミツヒデ様の蝶々は合わせて四頭、充分に暖かそうだ。
とりあえずそれらは置いておくとして、ヨシテル様の寝所まで辿り着いたので声を掛ける。ミツヒデ様が先に挨拶をしていたようなので起きているのはわかっているが、いきなり入るような無礼な真似はしない。
しかし、寝所の前に来てとある疑問が浮かぶ。何故か中から人の動く気配を感じることが出来ない。
「ヨシテル様、おはようございます」
「………………おはようございます、結城」
「……布団から出ません?」
「な、何故私が布団の中だと……?」
「あ、やっぱりそうでしたか。入りますよ?」
「……はい、どうぞ」
声の篭り具合が義昭様と似ていたのでもしかして、と思ってのことだったがやはりそうだったのか。こういうところは姉弟で似るものだ。まぁ、義昭様には内緒にして欲しいと言われているのでそんなことは口にしないのだが。
ヨシテル様の許可も出たので中に入ると先ほど見た光景が広がっていた。敷かれている布団が大きく盛り上がっている。それを見てため息をついてしまったのはきっと仕方なかったはずだ。
「ヨシテル様……布団引き剥がしますよ?」
「ダメです!この寒い中布団を引き剥がすなんて……貴方は鬼ですか!」
「義昭様は出てましたけど」
火遁の蝶々で室内を暖かくした状態で、とは言わないでおこう。
「……そうだ、結城なら、結城ならきっと部屋を暖かくしたり出来ますよね!?どうか、この寒い部屋を暖かい部屋に……!」
「出来ますよ。というかやってます」
「本当ですか……?」
俺が室内に入った時点で勝手に暖かくなる。だからやっているというのは間違いなのかもしれないが、実際に部屋が暖かくなるのだから別にこう言っておいても大丈夫だろう。
ただヨシテル様がそれを確認するためか、布団の中から片手を出して寒いか暖かいかを確認している姿は何とも言えない奇妙な光景だった。義昭様は自分から出てきたというのに、本当にこの方は。
「……暖かいですね」
ヨシテル様も納得の暖かさだったようで布団から出て来た。それでも布団の中に比べると少し寒かったのか、軽く身震いをしていたので仕方なしに蝶々を近づける。
それに気づいたのか、最初は何故俺がそうしたのか理解出来なかったようで首を傾げたが、すぐに察してくれたらしい。
「あぁ、そういうことですか……ありがとうございます、結城」
「いえ、この寒さですのでそれなりに気は遣いますよ。
それで……ヨシテル様は先ほどのご自分の行動について何か言いたいことはありますか?」
「何のことかわかりませんね」
「子供みたいにそっぽを向くのはやめてもらいましょうか」
冬の寒さは人を幼くしてしまうのだろうか。普段のヨシテル様であればこんな反応はしない……うん、たぶんしない、はず。ヨシテル様のポンコツ化のせいで断言出来ない。もしかしたらするかもしれないし、もしかしなくてもしている可能性がある。
以前までならそんなことはないと言えたのに……面白さは上がっているので良いのだが厄介さも上がっているのでトントンか。いや、その厄介さとか面倒臭さとかの方が上なのでそんなことはなかった。
「違います。蝶々を目で追っていただけです。
それよりも……手を出してください」
「はいはい……やはり先ほどまで布団に潜り込んでいたヨシテル様の手は温かいですね。廊下を歩いていた俺の手は……まぁ、そこまで冷たくはないですけど」
「そうですね、結城の手は少し冷たいようにも思いますが……あの時よりは温かいです」
「自分で言うのもあれですけど、どれだけ冷たかったんですか」
「死人のそれと変わりはありませんでしたよ。睡蓮たちが死んでいるわけではない、と言うので大丈夫だと言い聞かせていましたが……」
「あぁ、いつものことですか。というか俺は昔から睡眠中とか体温低いですよ。幼い頃は師匠や奥方様に死んでいると勘違いされるくらいには」
「……それって大丈夫なのでしょうか……」
幼い頃は師匠や奥方様どころか竜胆たちもそれで心配させてしまったりした。まぁ、忍だからかすぐにそれに慣れてしまって何も言わなくなっていたが。それと死にかけて数日寝込んでしまうと普段よりも体温が低くなり、本当に死んだのではないかと思われたこともある。らしい。
その時は里に居る薬師が死んでいるわけではないと言ってくれたおかげで火葬されずに済んだとかなんとか。心臓の鼓動も最低限になっていたために脈を確認し辛かったのも原因の一つとのことだ。とりあえずその時のことを考えると薬師には感謝だ。
「里の薬師が言うには問題ない、とのことですよ。ただ冬になるとほぼ死人のようだ、とも言われましたが」
「今の時期、眠っているとあれですか……心臓に悪そうですね……」
「とは言いますが、人が近づけば目覚めますので大丈夫でしょう」
「……確かに結城が眠っている姿を見たことがありませんね……あの時を除けば、ですが」
死にかけたときを除けば、ヨシテル様たちは俺が普通に眠っている姿を見たことは無い。まぁ、忍なのだから当然と言えば当然である。だがヨシテル様にとってはそれが不満なようで、何やら考えているように見える。
だが、そんなことは今はどうでも良い。重要なことではない。
「それよりもヨシテル様。着替えをしてから食事にしませんか?義昭様とミツヒデ様がお待ちかと」
「あ、そうですね……結城も一緒に食べましょうか。というか食べますよね?」
「護衛ですので食事を取らずに警戒を、と思いますが……単純に俺の近くが暖かいから、ですよねそれ」
「…………さて、では着替えますので外で待っていてくれますか?あ、蝶々は残しておいてくださいね」
当然外に出て待機はするが、蝶々は置いていけというのか。いや、別に消えないので問題などないがやろうと思えばこの蝶々に自分の目を繋げることも出来るのだが……うん、黙っておこう。そんなことはしないが黙っておこう。
本当なら野生動物の目と繋いで情報を集めたりする忍術の応用なので使えるのは当たり前であり、竜胆たちは知っている。余計なことを言うようならば、寒いだろうから爆破炎上させてやらなければ。
特に鈴蘭。あいつは余計なことを言うし余計な情報を広めるし余計な詮索をするし余計な新聞作成などもする。妙な素振りを見せたら爆破だ。疑わしきは罰せよ、である。
「着替え終わりましたので、入ってきてください」
そんなことを考えているとヨシテル様が着替え終わったようで、入ってくるようにと声を掛けられた。その声に従って部屋に入るとヨシテル様はいつもの格好に着替え終わっており、両手で蝶々を包み込むようにしていた。
「手先はまだ温かくなりませんでしたか……」
「流石にこれはどうしようもありませんからね。それよりも義昭たちを待たせるわけにはいきませんから、行きましょうか」
「了解しました。ですがその前に追加しておきますね」
追加の蝶々を飛ばし、それを確認して歩き始めたヨシテル様の後ろを付いて歩く。流石に室内は暖かくとも廊下となれば話は別だ。ヨシテル様が寒くないように、これくらいはしておかなければならない。
微妙に過保護だとか甘やかしているとか、最近竜胆に小言を貰ったがこの程度は普通だ普通。
それに甘やかすのはこれからだ。頭の中でどうやって甘やかすというかダメにするか考えながら、とりあえずはと義昭様とミツヒデ様が待っているだろう部屋へと、ヨシテル様の後ろを歩く。
……蝶々、また増やさないといけない気がするな。
久々に番外編とか思ったら思いの外長くなったので前編後編にわけることに。
戦国時代の真冬って今と違って火鉢とか囲炉裏とかで暖を取っていたと考えるととんでもなく寒そう。
というわけでオリ主(暖房器具)が大活躍。