――様といっしょ   作:御供のキツネ

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オリ主は剣の腕前はそれなり。
そしてそれはヨシテル様直伝。


義昭様といっしょ そのさん

 二条御所に戻ると、御所内にいた武将や忍、侍女に兵士まで全員が俺を見て固まっていた。やはりこの格好か。この格好がそんなに悪いのか。

 とりあえず固まった忍衆にはきつめの鍛錬を用意してやろう。別にそんな反応をしたからではない。尾張で織田様の忍を見てそうしなければならないと思ったからだ。決して八つ当たりなどではない。

 

 その後、ヨシテル様に報告と他に尾張や駿河での話をしてから義昭様の下へと向かった。義昭様は現在、剣術を習っているということだったのでそれが終わってから顔を合わせることになるのか。

 ヨシテル様からは義昭様が満足するまで相手をしてあげて欲しい。とのことだったので義昭様で存分に癒されよう。用事が全て終わったら琥白号で癒されよう。

 とりあえず屋根に跳んで、義昭様に気づかれないように、というか邪魔にならないようにその様子を見守ることにした。教えているのは足利軍の武将ではあるのだが、まだ基本を教えているらしい。

 確かに基本はしっかりとする必要がある。だがそれだけでもダメだ。とはいえ、やはり義昭様がまだ子供ということでそうした教え方をしているのだろう。義昭様も真剣に取り組んでいるので俺がどうこう言うことではない。

 これがヨシテル様のように熱が入ってやりすぎる。という状態にあるのであれば確実に止めていたのだが。

 

 特に俺が口出しをするようなこともなかったので黙って見守っていたのだが、、少ししてそれも終わったらしい。武将から幾らかの言葉を受け取ってから、義昭様は頭を下げてから自主訓練として素振りを始めた。それを見てその武将は困った顔をして、あまり無理はなさらないでくださいね。と言い残して立ち去った。

 一応ではあるが、本来予定されていた剣術の訓練も終わったのであれば義昭様に顔を見せに行こう。

 屋根から飛び降りて義昭様の下へと歩を進めると足音に気づいたのか義昭様が素振りをやめて振り返った。そして驚いたような表情の後で、嬉しそうに笑った。

 

「結城、おかえりなさい。その格好はまるで姉上のようですね」

 

「ただいま戻りました、義昭様。これは宗易様からの贈り物です。どうにもヨシテル様が気に入った様子で忍としての任務であればいつもの格好で構わないが、護衛と二条御所の警護においてはこの格好でするように。とのことです」

 

「それは……確かに随分と気に入られたようですね。でも私もそうしてもらえると嬉しいです。

 ……ふふ、とっても似合っていますよ、結城」

 

 そう言って笑う義昭様は本当に嬉しそうだった。自惚れでなければ俺が戻ったことも嬉しい様子だったが、それとは別に俺のこの格好をしていることが嬉しいようにも見えた。

 

「この格好がそんなに気に入りましたか?」

 

「はい。結城のことは兄のように思うことがありますから、そうした姉上のような格好をしていると本当の兄上のように思えまして……

 実は、その……兄上という存在に、少し憧れていたので、それでちょっと嬉しいんです」

 

「それは、なんというか……他の方には内緒にしておいてくださいよ?」

 

「わかっていますよ、特にミツヒデには、ですよね」

 

「ええ、その通りです」

 

 言ってからお互いに小さく笑う。兄のように思われているというのは驚いたが、町中を歩けば兄弟のようだといわれているのでそれも原因の一つなのかもしれない。

 それと、義昭様が兄のようだと言ってくれるのは非常に嬉しい。他人としてではなく身内として見てもらえているのだから。それに身内であるのなら子供らしく甘えてもくれるだろう。

 まだまだ子供である義昭様には無理はせず、時折でも良いので歳相応に甘えて欲しいものだ。勿論、それは俺にではなくヨシテル様やミツヒデ様でも良い。とにかく誰かに甘えることが出来るのだと、誰かを頼って良いのだと理解してもらいたい。

 それを理解していなかった、いや理解しようともしなかったヨシテル様などは随分と酷い状態になっていたのだから。

 

「では、これからは兄のように振る舞うべきですかね」

 

「それは良いですね!ではこれからよろしくお願いします、兄上」

 

「ええ、よろしくお願いします、義昭」

 

 今度は二人揃って、普通に笑ってしまった。冗談だとわかっているから二人ともそれに合わせられるのだ。

 冗談を言って笑うというのもヨシテル様の知らない一面になるのだろう。まぁ、俺にとっては日常茶飯事。というようなことなのだが。

 ただ今回に限って言えば義昭様の声に冗談ではなく本気の色が伺える。

 

「まぁ、冗談ですけどそれも悪くないかな、なんて思いますね」

 

「義昭様がそう呼びたいのであれば構いませんが、他の方には内密に。二人のときだけですよ?」

 

「ふふふ……ええ、わかりました。では他に人がいないときだけそう呼ばせてもらいますね。

 あ、折角兄上と呼ぶことにしましたし、兄上も私のことは義昭と呼び捨てにしてください」

 

「仕方ありませんね。当然これも二人きりの場合に限り、ですからね」

 

 そう呼びたいなら構わない。と言えば了解の意が示された。本当に呼ぶつもりらしい。俺としては冗談のつもりだったのだが……いや、だが今更冗談ですとは言えそうにない。

 義昭様の言葉に冗談が混じっているのであれば問題なかったが、どうにも本気のようだからだ。

 なんとも恐れ多い話ではあるが、義昭様がそうして慕ってくれていること、甘えてくれていることを考えると拒絶など出来ない。今回のことは本気でヨシテル様やミツヒデ様、というか他の方々に気づかれないようにしなければ。

 尚、忍衆に関しては遠くから見ていた者にハンドサインで黙して語らず。語れば罰を。と伝えておく。返って来たのはハンドサインではなく、何度も頷くという行動だったが理解しているようなので良しだ。

 

「では兄上、私に少しばかり剣術を教えてはいただけませんか?

 姉上に頼んだときは、その……少し大変だったので、お手柔らかにお願いしますが……」

 

「あぁ、ヨシテル様から話は聞いていますよ。大丈夫です。俺はヨシテル様と違ってちゃんと手加減も自重も出来ますからね」

 

「良かった。それなら安心ですね」

 

 その顔に浮かぶのは苦笑で、話で聞いていたよりも酷かったのかもしれない。確かにヨシテル様に教えを請う場合に気をつけなければならないのはヨシテル様が剣においては歯止めが効かなくなることがある。ということだ。

 俺も何度か剣術を教えてもらったことがあるのでわかるが、自分の教えをちゃんと守って上達していると気分を良くしてそれ以上のことを教えてくれる。そしてそれもきっちりとやって見せるとヨシテル様はそれなら次はこれ、次はこれという風に際限なく教えてくる。教えてくれるのではない、教えてくるのだ。

 そうするともうヨシテル様は止まらない。あれを教えてこれを教えてそれも教えて、とやり過ぎてしまう。

 俺は師匠の修行に比べればまだ楽な方だ、と思ったので問題はなかったが、普通に考えればあんなのは普通ではない。

 教わる方からすれば有り難いのは有り難い。だがとっくに限界を越えていてもヨシテル様基準で動くせいか止めてくれない。

 

「まだ二度ほどしか教わっていませんが、あれは大変でした……」

 

「心中御察しします。ところで義昭。教えるのは構いませんがお時間はよろしいのですか?

 この後に勉学などがあるのであれば、そちらを優先した方が良いと思いますが」

 

「あぁ、それなら大丈夫ですよ。今日はこの後何も予定が入っていませんからね。

 というかお願いしておいてあれですけど兄上は大丈夫ですか?この後姉上に呼ばれていたりしませんか?」

 

「それでしたら大丈夫ですよ。義昭が満足するまで相手をするように、とのことでしたので」

 

「そうなのですか?それなら遠慮なく、兄上を独り占めさせてもらいますね」

 

 うん、義昭様はとても嬉しそうに笑顔を浮かべている。歳相応の笑顔だ。

 俺にとって義昭様の子供らしい面というのは日常的に見ているというのに、何故ヨシテル様はあまり見ないのだろうか。一緒に居る時間が、とかいう理由だけではないような気がしてならない。

 

「では早速ですがお願いします」

 

「わかりました。ではまずは刀の振り方、正眼からの振り下ろしが基本ですね。

 刀の持ち方については問題ないと思いますが……そうですね、義昭はまず剛剣よりも柔剣を、変剣よりも正剣を扱えるようになりましょうか。いずれは全てを満遍なく使えるようにならなければなりませんが、まだ剛剣や変剣を使うには早いかと思いますし」

 

「柔剣と正剣ですか……姉上と同じ、ということで大丈夫ですか?」

 

「はい、ヨシテル様と同じです。とはいえヨシテル様は普段使いませんが剛剣も変剣も使える剣士として最上級の方ですので、目標とするならば遠く険しいものになるかと思います」

 

 事実ヨシテル様の剣の腕前は戦国一と言える。柔剣や正剣というのは純粋な技術力が物を言うために当然として、見た目に反して力も強いために剛剣を振るわせれば織田様や豊臣様と平然と打ち合い、変剣を使わせれば毛利様のような特殊な戦い方をする相手でさえ翻弄できる。

 最強の戦国乙女と言うのはただ単純な力の強さだけではなく、その並外れた剣技の腕前も含まれているのだ。ただし精神面はどうしても弱いのでそこは俺やミツヒデ様で支えることにしている。

 

「そうですか……それでも、目指そうと思ってしまうのは私が姉上の弟だからでしょうか……」

 

「そうかもしれませんね。もしくは義昭が男だから、なのかもしれません」

 

「私が男だからですか?」

 

「ええ、最強に憧れ、誰よりも強くなろうとするのが男というもの。と師匠に聞きました。

 里の子供の中にはそうして最強に憧れる子たちが何人もいますし、大人になっても尚、師匠や先代の里長を越えるべき存在として定める人もいます。

 まぁ、男と言うのは存外馬鹿なものですよ。憧れてしまった存在に追いつくために、立ち止まれなくなる。そういう人が多くいますしね」

 

 憧れてしまったから追いつきたい、越えたいと思う。その結果ちょっとやそっとでは挫けず、決して立ち止まらなくなる。そういう人間こそが大成するのだろう。

 だから義昭様が本気でヨシテル様に追いつこうと努力し続けるのであればあるいは、ヨシテル様と同等かそれ以上の実力を有するようになるのかもしれない。

 だがそれは生半可な努力では決して到達し得ない高みだろう。

 

「なるほど、それならば私も馬鹿なのかもしれませんね。

 どれほど大変で、挫けそうになるとしても姉上のように、いえ姉上よりも強くなりたいと思ってしまうのですから」

 

「そうですね、それは確かに大馬鹿者と呼ばれてしまうかもしれません。

 ですがそうして自ら定めた道を行くのです。なんと言われようが構わずに突き進むのが良いでしょう。

 愚直なまでに真っ直ぐ突き進む。そうするのも必要なことですからね」

 

「ありがとうございます、兄上。その言葉を聞いて、私のこの想いは間違いではないと胸を張って言えそうです。

 それにしても、その……なんと言えば良いのか……兄上とこうした話をしていると何故だか兄上の年齢は実際の年齢よりもずっと上なのではないか、と思ってしまいます」

 

「あー……これらは受け売りみたいなものなので仕方ありませんね……

 こうした言葉を口にしていた方は皆俺よりも年上の方ばかりでしたし……」

 

 師匠や先代の里長。師匠の師匠に、そのまた師匠。とりあえず全員俺よりも年上で、人生経験も豊富な頼れる方たちだ。そんな方たちの言葉を使っていればそれは当然本来の年齢よりも上に見られてしまうのも仕方ないのかもしれない。

 

「いえ、そうではなくて……普段の落ち着いた姿と相まってそんな気がしただけですよ」

 

「落ち着いた、ですか……これでもまだまだなんですけどね……いえ、それよりも剣の話をしましょうか。

 剣の握り方について少し話しましょうか。剛剣を振るうのであれば強く握り、力を込める。ということになるのですが柔剣ともなれば話は変わります。持ち手は柔らかく、力を込めずに振るいましょう」

 

「持ち手は柔らかく、力を込めずに。ですか?」

 

「ええ、最初は難しいとは思いますが……実際に見てもらいましょうか」

 

 言ってから手を前に出し、氷遁を使って刀を一振り作り出す。これがヨシテル様から刀を頂いた後であればそれを使ったのだろうが、今はないのだから仕方ない。

 それに普段刀を振るうことがあればこうして氷遁を利用しているので、慣れている物を使う。と思えば悪くない。

 

「剛剣とは力強く、一振りに全てを込める。そんな剣です。

 具体的には織田様や室生様が正しく剛剣の使い手ですね」

 

 刀をしっかりと握り、力強く踏み込みながら全力で振るう。

 轟ッ!と音をさせながら振り下ろされた刀は何を斬るでもないが、それでもどれほどの力が込められていたのか、その一振りが容易く防ぐことが出来ないであろうことが義昭様に伝わったらしく、驚いたように固まっている。

 

「これが俺に出来る最大限の剛剣になります。当然ですが先ほど挙げたお二人には遠く及びません。

 ですがヨシテル様の教えによってこの程度であれば出来るようになっています」

 

 もし斬っても構わない岩でもあれば両断することが出来る程度には剛剣を使える。ただ、俺がそうして振るった剛剣はあの二人にとってはそう力を込めたつもりがなくとも出来てしまえるようなものだ。

 ヨシテル様であれば……まぁ、あの二人よりも地力が違うためにそれなりに力を込めることになるのだろう。

 

「そして次にお見せするのが柔剣になります。まぁ、本来であれば相手の剣を捌くことになるのですが……相手もいませんからこうしましょうか」

 

 指を二本揃えて立て、風遁を使う。周囲から木の葉が舞い、ひらりひらりと落ちてくる。

 それに対して、義昭様に言ったように刀を柔らかく持ち、力を抜く。そして剛剣とは違い、風を斬るように軽やかに刀を振るう。その一振り一振りが落ちてくる木の葉を二つに裂き、俺の動きが止まる頃には全てが両断されていた。

 一旦刀を空気中の水分へと戻して義昭様を見ると、普段では見られない姿をしていた。具体的に言うならば口を開けて呆然としていた。

 

「本来の柔剣とは異なりますが、扱えるようになればこの程度出来るようになるでしょう。

 ……ところで義昭。どうしてそう呆けているんですか?」

 

「あ、す、すいません!その、実は兄上が剣を振るうとしてもまさかそこまでとは思っていなくて……」

 

「あぁ、なるほど。確かに忍としては刀を振るうことは少ないですが、あのヨシテル様に教えられましたからね。

 こう言っては何ですが、コタロウ様よりは純粋な剣の腕は上だと思います。いえ、コタロウ様のような野太刀と俺が教えられた居合いを主体とした剣では色々と違ってくるのですが」

 

 それでも俺の方が上だと思ってしまうのは、やはり独学で腕を磨いたか、ヨシテル様から教わったか。その違いによるものなのだろう。それと、ヨシテル様に教えられた以上は、最低でもコタロウ様以上でなければならないような気がしてならないのも理由かもしれない。

 ……まぁ、随分と傲慢な考えでもあるのだろう。それでも、ヨシテル様直々に教えられた剣術。それが身についていません。だから弱いままです。なんてことは許されない。

 最低でも剣一本で充分に戦えるようにはなっておく必要がある。忍としては、剣よりも忍術の腕を磨きたいとも思うが。というかそろそろ新術を作りたい。主に豊後で大友様に見せた蝶の忍術を。どんなものになるかイメージがあるのだから出来るときにやっておかなければ。

 

「な、なるほど……どうやら私は兄上を少々見縊っていたようですね……

 でも、ますます兄上に剣を教わりたくなりました。姉上のようにやりすぎることがなくて、剣の腕も確かとならば安心してお願いできます」

 

「それは良かったです。では義昭のためにもしっかりと、俺に教えられる限りのことを教えますので、よろしくお願いします」

 

「はい。私の方こそよろしくお願いしますね」

 

 言ってから義昭様は木刀を手にして構えた。俺が言ったように柔らかく持っているがそれでも力が入っているように見える。流石に柔らかく持つように、などと言われて最初から出来るわけがないか。

 

「義昭。まだ力が入っています。もう少し、なんと言えば良いのか……琥白号を撫でるときのように柔らかくしてください」

 

「琥白号を撫でるときのように……こう、ですか?」

 

 例えとして言ってみたが、効果は充分にあった。持ち方は問題ない。

 

「ええ、それで大丈夫です。次に力を込めずに振りましょうか。

 例えるのであれば、刀を振るうのではなく腕を振るうように。まぁ、刀を自らの体の一部として扱えるようになればそれも簡単になります」

 

「刀が体の一部、ですか……難しそうですね……」

 

「実際難しいですよ。なので素振りをしましょうか。本当に疲れて、体に力が入らない段階まで行くと自然とそうした振り方が出来るはずですので、義昭さえ良ければそのくらい素振りをしてもらいたいのですが」

 

「は、はい……わかりました。折角兄上が教えてくれるのです。やってみせます」

 

 決意を込めた言葉に、頷きを一つだけ返して義昭様の素振りを見守ることにした。

 まぁ、あんなことを言ったが俺が無理だと判断したらやめさせるつもりだ。限界までやれば自ずと言ったような振り方も出来るだろうが、それでもやはり義昭様に無理をさせるわけにはいかないからだ。

 真剣に素振りをする義昭様を見守り助言をしながらそう考えて、いつでも止められるように気をつけるようにしながら、ヨシテル様に再度会いに行くのには時間が掛かるな、なんて思ってしまった。




義昭様に兄上と呼ばれたいだけの人生だった……

義昭様はヨシテル様という越えるべき目標があるので努力は欠かさないと思います。
それが勉学であれ剣術であれ。

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