任務の準備を完了させ、出立前に琥白号が満足するまで構い倒しているとその最中に義昭様も参加し、気づけば義昭様と琥白号を撫でているという不思議な状況になっていた。
カシン様が原因でもやもやしていたというか、苛立っていた心が義昭様と琥白号によって癒された。子供と動物、最強か。いや、最強に違いない。
そんな風にしている俺たちをヨシテル様が物陰から羨ましそうに見ていたのはきっと気のせいだろう。気のせいにしておこう。気のせいじゃなかったとしても良く分からない任務を言い渡して来たのだから、流しておいても問題ない。
その後の出立する際に、義昭様から心配はいりません。少しばかり時間が必要なだけですから。という言葉を受け取ったので今回は比較的ゆっくりと任務に当たっても良いのかもしれない。
まぁ、その隣には非常に楽しそうにしているカシン様が居たのでなんとも言えない気分にはなったのだが。それにヨシテル様とミツヒデ様は離れた場所から申し訳なさそうにしていたので、それに対しては苦笑を漏らしてしまったのは仕方なかったのかもしれない。
閑話休題。
そんなことがありながら出立してから一夜明け、尾張領に入ってから転移の術を使わずに歩いて移動をしている。
戦国乙女である織田様たちの様子だけを見るのであればそうして飛んでも良いのだが、今回は時間もあるので領地の様子を含めて観察することにした。
ゆっくりと歩いてみれば、街道を歩く人々には焦燥感などはなく、穏やかな表情で時折同じ道を行く人と楽しげに会話をしている。戦乱の中では見られなかった光景である。
ただその中に、というか道中の大きな木の太い枝に座っている、見覚えのある姿を見つけた。街道を歩く人々を眺めながらも誰かを探しているようにきょろきょろと忙しなく視線が動いている。というよりも、額の上に手をかざして視線だけではなく頭も動かしていてとても忙しそうだった。
それを見て歩いている人々は奇妙なものを見るような目を向けており、木を通り過ぎても一度振り向いてその姿を確認している。幾人かはそれが誰なのかわかっているようで苦笑しながら通り過ぎているようだった。
何をしているのだろうか、と思いながらも歩いてその木の下を通り過ぎる。それから少し歩いて他の人たちと同じように振り向いてもう一度見ると首を傾げながらも、まだ人々を眺めていた。
そのまま放置しても良いかと思ったが、何をしていたのか気になるので旅人の姿から本来の姿に戻って一つ上の人一人なら乗れそうな枝に飛ぶ。枝の上に立つと歩いている人々は驚いたような様子を見せたが一つ下に座っている人物、豊臣様はそれに気づいていないようだった。
悪戯心というか、そのまま様子を見てみようと思って気配を消し、豊臣様の丁度頭の上で同じように歩く人々を眺める。驚いたような顔をする人が圧倒的に多いが、幾人かは顔見知りの行商や旅人が居て、苦笑と会釈をしてくれた。それに対して軽く手を振って見送ると、そういった行動をしている人を見て豊臣様が怪訝そうにしていた。
そのまま少しして、何かに気づいたように顔を上に向ける豊臣様に気づかれないように豊臣様の真下、地面に降り立つ。豊臣様は上を見上げたまま首を傾げて再度前を見ると、視界の端に俺が映ったようで驚いた表情になっていた。
「あー!結城、見つけたよ!」
言ってから飛び降りて正面に立ち、ビシッと指を指してきた。
「ずっと待ってたんだからね!」
「ずっと、ですか?」
「お館様に時間が出来たら来るようにって言われてたよね?
それでちゃんと来るかこうして待ってたんだよ!」
胸を張って得意気に言う豊臣様はやはり他の戦国乙女の方々よりも幼い印象を受ける。戦国大名として幼少期から過ごしたわけではないので仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
それに純粋無垢、天真爛漫であり、とても可愛らしいと思う。時折見せる様子が里の子供たちのように思えてつい構ってしまうこともある。織田様と豊臣様がそれを許してくれているので問題にはなっていない。
ただ、他の家臣の方からは羨ましそうに見られることもあるのだが。
「あの、豊臣様?時間が出来たら、というのは言われましたが織田様はその後に、『とは言え結城とてそう容易くは時間を作れまい。半年の間に来れば良いわ』と続けていましたが……」
「え……私、それ聞いてない……」
織田様から伝えられていなかったのがショックだったのだろうか。
「結城が来るって言うから、楽しみにずっと待ってたのに……」
そっちか。ずっと、と言うのはもしかしたら織田様と以前会ってからということになるならば三ヶ月程前になる。だが、流石にその頃から毎日というのは考え難いだろう。いや、でも豊臣様ならもしかしたらということがある。
「豊臣様、そのずっとというのはもしかして三ヶ月前からですか?」
「うん……毎日朝から昼頃までずっと待ってたんだ……」
本気で毎日待っていたのか、驚きである。別に悪いことをしたわけではないのだが、早く来れなかったことに罪悪感を感じてしまう。
現に目の前で落ち込んでいる豊臣様を見ている申し訳ない気持ちになるのと、道行く人々から豊臣様に対して可哀想に、というような視線と俺に対して女の子を虐めている最低な男、というような視線が送られてくる。
流石にそのままの状態だと俺が居た堪れないのでとりあえず豊臣様をどうにかしなければ。
「あの、豊臣様。とりあえず城下に行きませんか?
そう急ぎの任務ではありませんから、どこかでお茶でも飲みながら話をしましょう。
団子とか頼みましょう、それとちょっとした甘味も持っていますからそれも」
「お団子!うんうん、急いで行こう!
今はお館様もお城に居るからいつもよりも多めに頼んじゃおうっと!」
完全に気休めというか、問題を先送りにするようなものだったが、単純、ではなく純粋な豊臣様はそれに何も考えずに乗ってくれた。
なんだかんだで織田様が心配するのも当然のことか、と思いながらも先ほどまでの雰囲気の欠片も残っていない豊臣様と一緒に城下へと向かうことになった。
道中、とても嬉しそうに歩いている豊臣様に並んで歩いているのだが、先ほどまでの視線とは違って微笑ましいものを見るような目で見られていた。
具体的に言うならば、仲の良い兄妹を見るような目である。京の町を義昭様と歩いている時も兄弟のように見られているのは知っていたが、まさかここでも同じように見られるとは。豊臣様は気づいていないが、義昭様は気づいた上で楽しそうにしていたのを思い出す。
というか豊臣様、さっきからお団子お団子言いながら歩くのはやめてもらえませんか。回りの目がものすごく生暖かいものになってます。
「お団子お団子~♪
最近はお館様が食べすぎると怒るからあんまり食べてないけど、こういう時くらい沢山食べないとねっ!」
「織田様がですか?以前はそういったことはなかったような気がするのですが……」
「うん、前はなかったんだけど、えーっとヨシテルさま?が天下統一してからそういうことが結構あるようになったんだよ。
この間なんて夕食の前にちょっとお腹が空いたから城下町でお団子買って食べてたらお館様にすっごい怒られたんだ。そうやってお団子食べてるとご飯が食べられなくなる!って。
その後、同じようにお腹空いた時にお団子食べに出たら茶屋のお姉さんに、お館様から私にお団子食べさせたらダメだって言われてます。って結局食べれなかったんだよ?
お団子一杯食べても、その後ちゃんと御飯も食べてるのになぁ……」
以前に忍衆の報告で聞いた話だが、どうやら本当だったらしい。いや、報告を信じなかったというわけではないのだが、聊か信じがたいものではあった。あの織田様がそういうことを心配するというか、言うものだろうかと。
荒くれ者とも評される織田様が、であるからして怪訝な表情をしてしまったのを覚えている。むしろ報告した部下も信じられないものを見た、という風だった。
「それはなんというか……正論ではありますね。豊臣様、茶菓子の食べすぎは良くないと思いますよ。特に食事前は控えるべきです」
「うぇー……結城までお館様と同じこと言ってるー……」
「というか、今から城下に戻って団子を、となると昼食の前になりますね。
食べるのは構いませんが、控えめにしましょうか」
「えぇー!折角のチャンスなのに!!」
本気で信じられない、とでも言うような大きな反応が返ってきた。
そうは言われても事実として食事の前に団子を食べ過ぎて、しっかりと食事を取れない。というのはあってはならないと思っている。ヨシテル様や義昭様にもそう言っているのだから、豊臣様だけが例外というわけには行かない。
それにここで豊臣様が団子を食べ過ぎるのを俺が見逃したとなれば、織田様に何を言われるかわかったものではない。当然それは俺と豊臣様の両方が、である。
「もし沢山食べたとして、織田様にそれがばれたら確実に怒られますよ。
というよりも、そうやって先に茶屋に伝えているということは食べ過ぎている場合に報告するように言ってある可能性も高いですからね」
「うぐっ……確かに……で、でもお団子……」
「今回の任務は長期のものとなっていますので食事の後にでもまた城下に降りましょう。
その際に茶屋に行けば良いと思います。ですから今回は我慢してください。
織田様には俺から進言させていただきますから」
「むぅ……わかった。でも約束だからね?絶対だからね?」
不満そうにしながらも、約束だと念押ししてくる豊臣様はやはり里の子供に似ている。
今度戻ってきたら忍術教えてよ?約束だよ?絶対、絶対にだからね!と言っていたあの子達を思い出す。やはり一度里に戻ろう。師匠や奥方様に会うのは勿論、里の忍と情報交換をしたり、子供たちの相手をしてやらねば。
「ええ、約束です。ですから団子は一つで我慢しましょう」
「……うん、わかった」
「我慢できる豊臣様は良い子ですね」
里の子供たちのことを考えていたせいか、ついうっかり豊臣様を子供扱いしてしまった。しかも義昭様にするように頭を撫でるという行動のオマケ付きである。
やった後にしまった、と思ったのだが豊臣様は気持ち良さそうに目を細めてどことなく嬉しそうに笑っていた。
「えへへ……結城って撫でるの上手だね。お館様みたいにちょっと強めにぐりぐりって撫でられるのも良いけど、結城みたいに優しくされるのも良いなぁ」
……道行く人たちに見られているがもう少し撫でても良いんじゃないだろうか。と思ってしまう。それに豊臣様も満更でもないようだし問題ないのではないか。いや、もう周囲の目が生暖かいものになっているし幾人かはほっこりしているのは問題かもしれないのだが。
それでもとりあえず、と豊臣様を撫で続けているがその反応がどうにも義昭様よりも幼い。豊臣様が年齢よりも幼いと考えるべきなのか、義昭様がいくらか年齢よりも大人びていると考えるべきなのか。
「んー……そろそろ良いよ、結城。とりあえずは満足したから次はお団子だよ!」
そう豊臣様が言うので手を離せば城下の方角を指差して俺の手を掴むと走り始めた。
全力で走っているわけではないのでなんとも無い、いや、豊臣様が本気で走ったとしても俺としては普通に追い付けると言うか忍びの俺の方が圧倒的に速いので構わない。
でも周りの視線を少しは気にして欲しい。完全に兄妹を見るような目と言うのはもう諦めているが、流石に知り合いの行商や旅人にまで同じように見られるのは勘弁してもらいたい。そして良く見れば織田軍家臣がちらほら見える。
あれは豊臣様のことが心配で見に来ていたのだろうか。ただ、羨ましそうというか、怨めしそうに見るのはやめてもらいたい。別に豊臣様とこうしているのは俺が望んでやっているわけではないのだから。
「ほらほら!早く行かないとお昼御飯の時間になってお館様に怒られちゃうよ!
急いでお団子食べて、お城に戻らないとね!」
いっそ昼食を先に食べてから茶屋に向かう。という選択肢はないのだろうか。
昼食に遅れると織田様に怒られるということであればそっちの方が堅実だと思うのだが。
「本当に急いで、ということでしたら抱えて飛びましょうか?」
「抱えて飛ぶって、あのすっごく速いやつ?」
「ええ、そのすっごく速いやつです。
転移の術というのですが、あれなら一瞬で行けますよ」
「それならお願い!」
その言葉を聞いて豊臣様を姫抱きにする。そうした瞬間に織田の家臣の方が殺気立った気がしたが無視して城下へと向けて転移の術で飛ぶ。普通ならこの移動は認識されないはずなのだが、何故か豊臣様は認識出来ているらしく、以前何かのアトラクションのようにして楽しんでいた。
だからこそのすっごく速いやつという呼び方をしているようだった。
「城下に到着です、豊臣様」
「やっぱりすっごい速いね。一瞬でここまで戻って来れるなんて便利で良いなぁ……」
「これを覚えるまで結構大変でしたけどね。便利なのは否定しませんが」
豊臣様を降ろして羨ましそうに言う豊臣様にそう返して周りを見れば周囲の人々が驚いていた。しかし、豊臣様を見てから戦国乙女の関係者なら仕方ない。とでも言うような顔をし、苦笑を漏らして普通に往来を再開していた。
確かに戦国乙女というのはもはや超常現象さえ起こす存在なので仕方ない。俺は戦国乙女ではないのだが。
「よーし!それじゃお団子食べよう!
ほら、あそこの茶屋がお勧めだよ!」
言いながら駆け出す豊臣様に苦笑しながら後を追う。そんな俺を見ながら周りの人たちが先ほどと同じように仲の良い兄妹を見るような目になっていた。
なんだかんだ思ってはいるが、豊臣様みたいな妹が居れば楽しいのだろうな。などと思いながら、満更でもない自分に気づいた。
まぁ、うん。こうして団子を食べるのに付き合うのも、平和ならではということだし、任務のための時間も沢山ある。折角の機会だし、俺も俺なりに楽しむとしよう。
ヒデヨシ様を妹にしたい。撫でたい抱き上げたいわしゃわしゃしたい遊びたい。
たぶん戦国乙女の中で一番幼さがあるのはヒデヨシ様ではなかろうか。