plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode3 虚言は嗤う

 

 

 

 

 休日明けの朝というのは、どんな人間にとっても辛いものだ。休めるという喜びに付き従って遊べる休日とは違い、明日は仕事だと考えるだけで気が重い。

 ヒーローであっても、それは例外ではなかった。

 

「おはようございます、センシティさん!!」

「「「「「「おはようございます!!」」」」」」

 

「はいはい、おはよー……」

 

 それほど大きくないビルの1フロア。

 それがセンシティの事務所、彼女の持ち城だ。

 従業員は相棒(サイドキック)が3人に、事務担当が5人ほど。覚と蒔良を足して10人しかいない。これ以上サイドキックを雇う気も会社規模を大きくする気もあまりない覚にとって、これが許容量ギリギリのサイズだった。

 サイドキックや事務員達は同じ場所にいるが、覚と事務関係責任者である蒔良はガラスで仕切られているので、プライベートな話も出来る。しかもちゃんと応接室もある。

 小さな城だが、内容は充実だ。

 

「センシティさん、おはようございます」

 

 他の熱血系サイドキックや事務員達とは違い、静かな声でウィスパーは話しかけてきた。

 こういう所が彼の良い所だ。下手に熱くならない、いつも冷静でいてくれる。

 

「うん、おはよう。私が休みの間に何かあった?」

 

「いいえ、出動すらありませんでした……むしろ、何やらかしたんですか?

 久虜川さん、朝から怒ってましたよ」

 

 苦笑するウィスパーの言葉に、自分のデスクに荷物を置いた覚は気まずそうに笑う。

 恐らく、昨日自分が勝手に引き受けた共闘の件で怒っているのだろう。

 

「心当たりはあるわね……ちなみに蒔良、どれくらい怒ってた?」

 

「いつも通り口調や怒り方は可愛らしいですね、まだ人に当たるレベルではないです」

 

「そ、良かった。ならまだ挽回のチャンスはあるわね。

 この後の予定は?」

 

 昨日の段階で連絡を入れといて良かった、と思いながらパソコンを立ち上げる。

 

「警察からの依頼は今の所なし。ヒーロー関係雑誌から取材が1件ありますが、これは午後イチなんで問題ないです。

 というか、僕にスケジュール管理任せるの、良い加減やめませんか? 良い人を探してくれば良いじゃないですか」

 

 ウィスパーの不満げな顔に、覚は笑顔を浮かべる。

 

「うちは少数精鋭。余計な人員は増やさない主義なの」

 

「どうせ管理が面倒なだけでしょう?」

 

「フフッ、正解。まぁ、貴方そういうの優秀だし、良いじゃない」

 

 ウィスパーは個性の都合上、戦闘には不向きだ。その代わり索敵などのサポート能力や、探し物、頭も良いので事務や管理を任せてしまうには打って付けの人材だ。

 何より、彼はこの事務所を立ち上げた当初からいるのだ。信頼が置ける。

 ウィスパーは覚の言葉に一瞬眉を顰めるが、すぐにしょうがないと言わんばかりの大きな溜息を吐く。

 

「これはもう、言ったってどうしようもないですけどね……それより、早く久虜川さんの所に行ってあげてください、あの怒り方していると、また誰か地雷を踏みそうなんで」

 

「はいはい、じゃあ、メール確認したらすぐに――よっし、終わった」

 

 やのような速さでメールチェックを済ませると、覚は立ち上がって部屋を出て行く。

 

「ちょっ、そんな早く終わるわけないでしょ!! あとでまたちゃんと確認してくださいね!?」

 

 ウィスパーの叫びを残して。

 

 

 

 

 

 

 ガラスの向こうに、どこか頬を膨らませて座っている女性がいた。

 ピンク色のウェーブが掛かったロングヘア。糸のように細い目。覚よりもずっとグラマラスなスタイル。

 久虜川蒔良。

 小学校からの覚の友人にして、現在ではビジネスパートナーだ。

 ぱっと見では分からないが、怒っている。

 一回だけ覚悟を決めながら、覚はトントンと軽くノックをする。

 

「はい、どうぞ〜」

 

 間延びした、だが可愛らしい声が聞こえ、覚はドアを開ける。

 

「えっと、蒔良、今ちょっと良いかな?」

 

「――まぁ、我が社のエースにして社長様、動島覚ちゃん。

 今日はどんな無茶な話を持ってきたのかしらぁ。私今から楽しみなんだけど」

 

 笑顔で出迎えているが、言動と目で分かる。

 めっちゃ怒ってる。

 

(これを可愛いって思ってしまうんだから、男の子の感性って分からないわ)

 

 目の前の彼女は可愛らしい。時にちょっとお茶目な少女っぽく、時に妖艶な女性として振る舞うその姿で、あっという間に人の(特に男性の)懐に飛び込んでしまう。

 だからこそ、ネゴシエーションなどでは重要な人材な訳だが……2人で出掛けると彼女ばかり声を掛けられるのは気に入らない。

 私だって顔は悪くないと思うんだけどな……目付き凄いけど。

 

「もう、昨日も謝ったじゃない。今回の件は断りようがなかったのよ」

 

 蒔良のオフィスに備え付けてある面談用の椅子に覚が座ると、未だに怒りの表情を(男性から見れば可愛い部類の)見せながら、蒔良も自分の椅子に座る。

 

「だってぇ。もう覚ちゃんオッケーしちゃった後なんですもん。一応私、覚ちゃんのビジネスパートナーよぉ? なんの相談もなしに決めちゃって……」

 

「それは謝るけど……あそこは断れるような状況じゃなかったの」

 

 父と壊両方から図星を突かれ、

 父に推され、

 あの状況は自分が拒否出来るものではなかった。

 ……父の言葉に揺り動かされたというのも、あるかもしれないが。

 

「受ける事は私も吝かじゃないわ。覚ちゃんには戦闘任務だけじゃなく、色んな仕事をしてもらいたいと思っていたし……今回の件は渡りに船。

 でも、私に相談して。ヒーローの覚ちゃんをフォローするのが、私の第二の夢なんだから」

 

 間延びした声は鳴りを潜め、堂々とした雰囲気で蒔良は話す。

 ――彼女は、夢を諦めた側の人間だった。

 個性《安眠》は最初から眠っている人間の眠りをより深くする精神系個性だ。しかし説明の通り、起きている人間には効果がない。もし効果があればミッドナイトのように犯人を眠らせたりして活躍出来たんだろうが。

 だから雄英のヒーロー科を落ち、結局彼女は経営科に入った。

 小学生の頃から2人で夢見ていたヒーローという夢を諦めた。

『私は、ヒーローになった覚ちゃんを支える。それがきっと、私の第二の夢なの』

 そう言ってから、彼女はずっと覚を支え続けてくれた。

 その事に感謝しているし……だからこそ、罪悪感を覚える。

 

「ごめん。こんな事これからは無いようにするわ」

 

 ハッキリと宣言する。

 そもそもこういうのは、蒔良の担当だ。人間、向き不向きがあるのだ。

 

「うん、分かってくれれば良いのっ。

 私のバックアップで、覚ちゃんがトップヒーローになる事が大事なんですからね――にしてもぉ、これからどうする? 話に聞くと、後日話に来るって言ってたけど?」

 

 詳細は追って説明しに来る。

 それがあの日壊に言われた事なのだが……正直、まるで信用出来ないのは事実だ。

 

「どうなのかしら……正直、私あの男が信用出来ないのよね」

 

「分壊ヒーロー《ブレイカー》でしょ? 昨日私も調べてみたけどぉ――深く調べれば調べるほど、黒い噂ばぁっかり」

 

 ――分壊ヒーロー《ブレイカー》。

 専門は法律違反などを侵している悪徳ヒーローや知能犯の捜査・逮捕が専門。

 普通は捜査は警察の領分なのだが、同業者だからこその視点と調査で、多くの悪徳ヒーローを逮捕した実績がある。

 だがその調査方法も、こっちからすればツッコミ所満載。

 脅迫、懐柔なんていうのは序の口。時には誘拐や拷問などグレーゾーンどころか黒い事も必要であれば平気でやるという噂だ。しかも随分とやり手な事に、証拠を一切残さない。情報操作と根回しは万全。

 おかげで警察どころか同業者も、彼の活動の詳細を知るものはいない。

 ――いつの間にか証拠が揃っており、いつの間にか逮捕された。

 そんな状況も珍しくは無い。

 

「個性は《分解》。手から放たれる分解するエネルギーを利用した物体の破壊……話によると衝撃とかの運動エネルギーも壊しちゃうらしいわよぉ」

 

「触られたら防御不能って感じね。そりゃ、強いわけだ」

 

 認めたくは無いが、認めざるを得ない。

 経歴的にも実力的にも、彼は自分より上だ。

 彼のお願いは積極的に聞いてあげるしか無いかもしれない。

 

「でも、正直言うと怖いわねぇ。この人ダーティー過ぎるもの。

 今回の捜査で犯罪まがいの事をされたら、私の覚ちゃんの経歴に傷がついちゃうわぁ」

 

「いつ蒔良のモノになったかは分からないけど……そうね、そこは問題だわ」

 

 もしこの件でブレイカーが暴走すれば、当然咎は自分にも向かって来る。

 ヒーローという仕事に昔ほどの拘りは無い。だが犯罪者になりたいかと言えばNOだ。絶対に、断固として。

 

「想定しておいた方が良いかもねぇ。

 ブレイカーを止める為に、覚ちゃんがぶん殴ったり、ブレイカーを逮捕しなきゃいけない状況とか」

 

「考えるだけでも憂鬱だわ」

 

 悪徳ヒーローなどは確かに許せないが、違法手段を用いて検挙する事が正義とはとても思えない。そうでもしないと捕まえられない、悪党を見逃すのかなんて言うのは、言い訳でしか無い。

 そこは、覚でも分かっているところだ。

 だが相手は個性も強く、自分よりも戦闘経験があり、おまけに話に聞くと動島流隠密術と柔術の免許皆伝。

 ……普通に戦ったら、倒されるのはこちらの方だ。

 

「私的にはぁ、久しぶりに覚ちゃんの本気戦闘が見れるかもって思うと楽しみなんだけどなぁ」

 

「呑気だなぁ蒔良は……私にとっては全然楽しめないんだけど、それ」

 

 覚はプロヒーローになってからというもの、本気で戦ったのは一度だけ。デビュー1年目に遭遇した大物敵との対決だけだった。

 それ以外は、ハッキリ言えばチンピラに毛が生えた程度の敵しかいなかったのだから当然だし、自分もあまり全力で戦うと疲労が激しいのでやりたく無いと言うのが本音だ。

 

「ダメよぉ〜。覚ちゃんは強いものっ。張り切ってお仕事してトップヒーローになって貰わなくちゃ。そうじゃなきゃ私が「トップヒーローを導いた女プロデューサー」っていう肩書きで自伝本とか出版出来ないじゃないっ」

 

「さすが久虜川蒔良、抜け目ない女」

 

 女の冗談とは常にスレスレである。

 そんな風に呑気に話をしていると、不意にノックの音が聞こえ、蒔良の言葉もないままドアが開く。

 

「失礼します、久虜川さん、センシティさん。

 今お客様が見えています」

 

 入ってきたのは、ウィスパーだった。

 

「ちょっとウィスパー、せめて私が「どうぞぉ」って言ってから入ってよぉ」

 

「申し訳ありません。緊急でしたし、お二人とも仲良く談笑しているように見えたので」

 

 しれっとそういう事を言うウィスパーも、覚は嫌いではない。

 

「お客? さっきの予定の中に来客予定なんてなかったわよね?」

 

 覚の言葉に、ウィスパーは頷く。

 

「ありませんでしたが……その、どうやらブレイカーさんがお見えになったようです」

 

 ……後日話に来ると言っていたのは確かだが、まさか本当に次の日来るとは。というか、アポを取るとかそういう発想はないのだろうか。

 少しイラッとしながら、覚は立ち上がる。

 

「分かりました。じゃあ、応接室に通して。コスチューム着て出ないと、なんか格好がつかないし」

 

 事務所に来てそのまま蒔良の部屋に直行したせいでまだ私服のままだ。流石にこんな格好でヒーローとしての話をするわけにはいかない。

 そう思って立ち上がると、ウィスパーは言いづらそうに口を開く。

 

「はい、応接室には既にお通ししたのですが……ちょっと、お客様がついて来てまして

 

 

 

 フレイムヒーロー《エンデヴァー》が」

 

 

 

 

 

 

 コスチュームの上から燃え上がる炎……は控えてもらった。この事務所にはちゃんと火災報知器がついているのだ。鳴ったら困るので、マスク以外の炎は全部消してもらった。

 顔だけ燃えている男が、まるで我が家のように堂々とソファーに座ってるのを見ると、自分の方が客に思えて恐縮してしまいそうになる。

 フレイムヒーロー《エンデヴァー》。

 若くしてNo.2になり、それを維持し続けている男。それが今目の前にいる。

 非常に厄介なことに。

 

「やぁ、センシティ。昨日ぶりだね」

 

「ええ、出来れば見たくはなかったけど……で? お隣のエンデヴァーさんと、そこに立っている青年は何?」

 

 私服姿でやって来た壊に対して、コスチュームを着て現れた覚は地味に頭痛を感じながら聞く。

 エンデヴァーは言うに及ばずだが、壊の右斜め後ろに控えている青年も気になる。

 まだ幼さを残した顔立ち。彼もイケメンの部類であるが、病的に白い肌と能面のような表情で人形のように思えて来る。身長は高いが、全体の線がなんとなく細い。

 そして彼も私服姿だ……この人たちはヒーローの自覚があるんだろうかと少し困惑する。

 

「エンデヴァーは僕の小学校時代からの友人でね。今回の作戦も協力してもらう事になっているんだ。

 僕のそばに控えているのは、僕の相棒の《リビングライフ》。彼も信用出来る人間だよ」

 

 名前を呼ばれると、リビングライフと呼ばれた青年は軽く会釈する。

 

「それならそれで別に構わないけど……アンタ、やる気あんの?

 最初にエンデヴァーさんと協力しているっていうならそう言うべきだし、そもそもコスチュームも着ずに何してるの?」

 

 覚が血管が切れそうになる感覚を抑えながら言うと、壊はしょうがないなぁと言わんばかりに溜息を吐く。

 

「僕らは君と違って隠密行動が基本。普段からコスチュームを着て「私はヒーローでここに出入りしています」と喧伝する必要性はないんだよ。エンデヴァーは着てくれていた方が僕らが目立たなくなるし、丁度良かったんだけどね。

 それにエンデヴァーの事を言ったら、君は自分で自分が必要ないじゃないかと判断して話に乗ってくれなかっただろう。人手として、君は必要だったんだよ」

 

「あら、父さんに誰でも良いって言った人から出る言葉とは思えないけどね。

 戦闘能力って意味だけなら、エンデヴァーさんでも過剰戦力でしょう」

 

 気の良さそうな笑み、優しい言葉遣い

 何もかもが嘘くさくて気に入らない。そう思っている事を隠さずに話す。

 

「――それは、俺も同意見だ」

 

 覚の言葉に同意したのは、意外にもエンデヴァー本人だった。

 

「こんな小娘の手を借りる必要性がどこにあるんだ?」

 

 ……一言余計だが。

 

「エンデヴァー、今回の件で必要なのは戦力じゃない。ある程度信用出来るヒーローの頭数だ。彼女達の相棒も含め、ある程度の規模で動かなきゃいけない。

 そう考えると、彼女は適任だと説明しただろう?」

 

「そうは思えんがな……話に聞いている性格じゃ、とてもじゃないがこの小娘は適任とは思えん。

 しかもこの小娘はお前に喧嘩を売ったんだろう? その時点で信用出来ん」

 

「――小娘小娘連呼しないでくれないかしら、エンデヴァー」

 

 エンデヴァーの言葉に、覚は言い返す。

 

「No.2だが何だが知らないけど、派手に炎ぶちかますしか(・・)能がないアンタの方が邪魔なんじゃない? 分かったら炎消して黙ってなさいよ煙いのよこっちは」

 

 ――覚の遠慮のない言葉に、エンデヴァーの額に青筋が浮かぶのが見えた。

 

「……もういっぺん言ってみろ小娘。喧嘩なら買うぞ」

 

「あら、No.2様ともあろう者が随分安い挑発に乗るんですのね。底が浅い」

 

「あぁ〜、はいはい、静粛にね。今回は喧嘩じゃないから、話し合いだから」

 

 隣のエンデヴァーを抑え込むと、壊は小さく微笑む。

 

「それよりも、僕的にはセンシティの後ろに立っている女性の方が気になるな……お名前は? なぜこの場にいるのかな?」

 

 覚の後ろに立っている女性――蒔良はその言葉に笑顔を浮かべる。

 

「お初にお目にかかりますねぇ、ブレイカー。私の名前は久虜川蒔良と申します。この事務所の事務全般を預かっています」

 

「なるほど……センシティ。今回は機密性が大事だと言うのを理解しているはずだろう? なぜ彼女と一緒にいる?」

 

 笑顔でそう聞いているが、目は笑っていない。

 その迫力に一瞬呑まれそうになりながらも、覚は毅然とした態度を取り続ける。

 

「彼女は私の半身みたいなものなの。相棒の仕事の管理やネゴも担当してくれている。そういう上で、今回の話を聞くならば彼女にも同席してもらった方が都合が良いの」

 

「ああ、そういう事か……信用出来る?」

 

「アンタとエンデヴァーと同じ、小学校時代からの友達よ。私と蒔良を疑うならば、アンタ達も疑わなきゃいけないけど?」

 

 少しだけ逡巡するようにすると、壊は頷く。

 それを了承と判断し、覚と蒔良は席に着いた。

 

「で? そもそもどういう予定なの?

 昨日は作戦も何も聞かされないで解散だったから、ちょっと不安だったんだけど?」

 

「その件に関しては、問題ないよ――リビングライフ、例の物を」

 

 壊がそう言うと、リビングライフは鞄の中から大きな紙を取り出し、テーブルの上に広げる。

 地元の人間であれば誰でも分かる、この地域一帯の周辺地図だ。その上には、小さい赤い丸で囲われた部分が大量に、そして青い丸で囲まれている部分が数個存在する。

 

「今までの調査結果を反映させてみた。

 まず赤い丸。これは、今現在エヴォリミットを保有、使用、あるいは購入しようとしている組織や個人の現在の所在地」

 

「……随分多いわね」

 

 それほど大きくない地図の中でも、かなりの数を占めている。

 散らばっているのでハッキリとは言えないが、街の半分は占めているのではないだろうかと思えるくらいだ。

 

「敵は相当めちゃくちゃな広め方をしているようだね。向こうが売り捌いている全てを把握しているかは、微妙な所だと思うよ?

 無差別無遠慮。中には10代の学生だっている」

 

 ――学生も。

 その言葉に、センシティは手を握りしめる。

 いくらヒーローという存在の現実に押し潰されようが、覚の根底は変わらない。

 弱者を守る。

 悪を打ち砕く。

 その為に力をつけてきて、その為に戦っているのだ。だから弱者を平然と傷つける悪人には当然怒りを覚える。

 

「正直、これは今も増加中。この情報ももう古いと言っても過言ではない。僕らが見つけていない者もいるだろう。

 ここら辺の調査は正直僕らの手じゃ無理。だから、エンデヴァーには豊富な人材を使って、彼らの監視や、可能であれば薬を取り上げて、人によっては牢屋にぶち込んでおいて」

 

「……俺はもう少し大事な仕事をしたいんだが?」

 

 壊の言葉に、エンデヴァーは不満そうに睨みつける。

 そういうのに慣れているのか、壊は何でもない事のように言う。

 

「今回は君の火力は必要ない。エヴォリミットは調査の結果、熱に恐ろしく弱い事が分かってる。君の炎で全部台無しにされたら困るんだよ」

 

「………………」

 

 証拠を引き合いに出されてはどうしようもないのか、何か言いたげな顔をして沈黙する。

 

「さて次だ。

 青い丸は、今までの調査で分かった、エヴォリミットの保管所……というより、仲卸とか仲買人の倉庫って所かな。

 どうやらエヴォリミットを広める中継基地の役割を果たしているようだ。警備はそれなりに厳重だし、正直彼らも情報を持っているのか不明だが……少なくとも当たってみる価値はあると思う」

 

 組織の横の繋がりというのを利用しているからこそ、これだけ短時間で広まっているのだ。当然仲介する組織が存在するのは理解していた。

 

「一個一個は、中堅規模の犯罪組織だけど、彼ら本人もエヴォリミットを使用しているのか、想定以上の攻撃が予想される。

 大人数で攻め入っても良いんだけど、それをやると向こうにこちらの動きが伝わる。

 だから少人数で迅速に動く。幸い、1つ1つはそこまで離れていないから少人数で迅速に動けば、全部潰せるんじゃないかな?」

 

「……それ、希望的観測が過ぎない?

 どうせなら一度に叩いた方が良いんじゃないの?」

 

 人員を揃え、同じタイミングで一気に攻めた方が効率が良い。

 そう判断した覚の言葉に、壊は首を振る。

 

「それなら、この人員じゃ足りない。もっと広範囲に協力を求めなきゃいけないし、そうなるとこっちのリスクが上がる。

 それに――ここに攻め入るのは、僕とリビングライフ。そして君と君の相棒達だよ、センシティ」

 

 直接戦闘能力にも優れているブレイカーとその相棒。

 武闘派で注目を受けているセンシティ。

 この両者が奇襲を掛ければ、問題ないレベルの警備である事は既に情報として入っている。少人数であれば移動も楽だ。

 

「僕とリビングライフ、そして君がメインで攻め、君の相棒達にはサポートを任せたい。

 ――何か意見は?」

 

 壊の言葉に、蒔良が手を挙げる。

 

「そもそも、警察にも頼らないのぉ? こういう大規模作戦の場合、警察の協力を仰ぐのがベターだと思ったんだけど?」

 

 ヒーロー飽和社会に入ったと言われるこの時代においても、ヒーローの絶対数はそう多くはない。結局人員を確保するならば警察の方が良いのだ。

 だが、それにも壊は否定的だ。

 

「言っただろう、人員は最低限だと。周りに流布した所為で、作戦が上手くいかなかったら、誰も責任が取れないだろう?」

 

 その言葉に「それはそうだけどぉ」とどこか納得していない。

 ……覚もそうだ。

 この作戦は綿密に練られているように見せかけているが、穴があり過ぎる。これが様々な智謀策謀を巡らせるブレイカーの噂とは一致しない。

 勿論、あくまで噂は噂だ。尾ひれが付いていただけかも知れない。

 にしても、もう少しやりようはあるのではないだろうか。

 ……しかし、覚がそれ以上に良い作戦を思いつけるとは思えないのだ。悔しい事に、壊の方が覚よりもそういう面では一歩先を行っている。

 

 

 

「他に反対意見がないなら、細かい作戦に移ろう。

 なぁに、君らは優秀さ。きっと上手くいく」

 

 

 

 壊に浮かんでいる笑顔は、どこか嘘臭かった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……良かったのか、あれで」

 

 センシティの事務所からの帰路。

 リビングライフが運転している車の中で、エンデヴァーは小さく壊に質問する。

 

「うん、まぁ完璧とはいかないけど、完璧なモノなんて存在しないしね……まぁ、上々くらいで丁度良いのさ」

 

 ゆったりと座席に体を預けている壊に、エンデヴァーは顔を顰める。

 

「そういう意味ではない……あの小娘を騙しっぱなしにして良いのか、と聞いているんだ」

 

 その言葉に、壊は何も返さない。

 返さないのが答えだと言うように。

 ――壊は、覚にいくつかの小さな嘘を吐いている。

 まず、覚がセンシティだと知らなかった。これが第一の嘘。気になったヒーローの素性は調べ上げるようにしているブレイカーが、新進気鋭の武闘派ヒーローを調べないわけがない。

 第二の嘘は、振一郎に覚との共闘関係を築いてもらうところ。事前に事情を説明し、振一郎はそれを受け入れた。あまり良い事だとは思われていないのか、説教は頂いたが、必要なのだからしょうがない。

 第三の嘘は――壊は今回の黒幕について何と無く当たりをつけているという点だ。

 

「あの小娘が白だという事はもう分かっているんだろう? ネタばらしをしても良いんじゃないか?」

 

「……君、変なところで優しいよねぇ。奥さんにももうちょっとデレてあげれば良いのに、可哀想〜」

 

「茶化すな、質問に答えろ」

 

 追及してくるエンデヴァーに、壊は苦笑する。

 

「ダメだよ。彼女は隠し事を出来るタイプじゃないし嘘を吐けるタイプじゃない。

 もし何か事情を知ったら、勝手に動かれるかもしれない。それは困る――彼女には、何時までも疑似餌になってもらった方が良いんだよ、良い意味でもね」

 

 そう言いながら、彼の視線は遠い。

 ――触合瀬壊は優しい男だ。

 優し過ぎるくらいに。

 こうやって無情な策略を立て、人の心を踏み躙る度に自分の心も傷つけている。他人に付けた傷以上に自分の事を罰し続ける。自傷行為よりもタチが悪い。

 いつか壊れる。

 自分の個性を使ったかのようにバラバラになる。

 それが分かっていながらも――壊も、親友だと思っているエンデヴァーも止められない。

 それが必要な事だと分かっているから。

 

 

 

「さてさて本番は――明日の夜だ」

 

 

 

 1人の女性の人生を変える夜が、始まる。

 

 

 

 

 

 




きな臭さ全開!!
楽しんでいただければ何よりです。



次回! 覚さんの拳が踊る!! 防御姿勢で待て!!


感想・評価心よりお待ちしております。

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