plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

89 / 140
episode3 中華対決

 

 

 

 

「なあ、最近爆豪と動島の関係やばくね?」

 

 昼食の時間。食堂で定食に箸をつけながらそう言いだしたのは切島鋭児郎だった。

 

「やばいって?」

 

「いや、あいつらいつもやばいだろう?」

 

 そう返したのは、鋭児郎の向かい側に座っている上鳴と瀬呂だった。

 鋭児郎とこの2人、そして爆豪の4人は仲が良い。いや、爆豪はある意味この3人に引っ張られて無理矢理付き合わされることが常なので、本当の意味で仲が良いのはこの3人なのだが、とりあえず3人の価値基準ではすでに4人は仲が良いと思っている。

 今日は爆豪が食事を購買で済ますのもあり、3人で食事をとっている。

 その第一声が、鋭児郎の言葉だった。

 

「確かにそうだけど……でも、ここ最近のあいつらはヤバイ」

 

 爆豪勝己と動島振武。

 両者とも1年A組を代表する生徒だと言っても過言ではないだろう。

 両者とも入試成績1位、個性も優秀で戦闘センスは輝き、この前の体育祭では決勝で全面対決し、振武が勝利を手にした。

 両者とも自分に対してとてつもなくストイックだったり、周りに求めているレベルが高い(片方は無自覚な傾向があるが)という共通点もあるのだが、入学初日からどうしてもソリが合わない。

 爆豪がブチ切れ、

 振武が煽り、

 爆豪の怒りがさらに激しくなる。

 そんな無限ループを散々行なっているのだが、最近はとにかく酷い。

 体育祭で負けたからなのだろうが、爆豪のあたりが異常に強い。今日など爆豪の文句が「視界に入るな」だった。

 流石に怒る理由としては理不尽に過ぎる。

 

「あいつらってか、爆豪が、な。体育祭で負けてからこっち、動島嫌いがさらに強くなったっつうか」

 

 瀬呂は顔に似合わず(本人には失礼だが)女性向けの健康食材を中心にした定食を食しながら、小さく溜息を吐く。

 

「動島も動島で、なんか爆豪の事好きになれねぇみたいだもんなぁ。あんな才能マン同士だから意気投合するかとも思ったけど……いや、そりゃないか、爆豪だもんな」

 

 カレーを混ぜながら、上鳴は苦笑する。

 そう、本来であれば共通点なども多いのだ。爆豪と振武がお互い切磋琢磨するライバル的展開があってもおかしくないくらい。

 しかし爆豪の素直ではない(と鋭児郎は思っている)性格では、動島と仲良くする事は叶わないだろう。

 動島振武。

 鋭児郎から見た彼への評価は「強くて漢らしいヤツ」だった。

 巨大ロボや脳無に真っ向からぶつかっていける度胸や勇気、単純に戦闘能力の高さは同じ近接系である鋭児郎は尊敬出来る。これで努力も何もない、ただの才能でここまで来ているならば、鋭児郎も嫉妬していたかもしれない。

 だが嫉妬するのが馬鹿らしくなってくるくらい、才能なんて要らないんじゃないかというくらい自己を高める事に余念がない。

 訓練なども真面目に受け、様々な事を吸収して自分を強くしていこうという飽くなき向上心、それに必要な努力を面倒だと思わない所など好感が持てる。

 だから、出来るだけ話そうとする。

 爆豪勝己に対してもそうだ。

 彼も才能豊かで、それに負けないくらいストイックに自分を鍛え続けている。クソ下水煮込みな性格は難点だが、そうやって他人を寄せ付けず孤高であり続けようという姿勢は、視点を変えてみれば凄い事だ。

 誰だって自分を褒め称えながら近づいてくる人間には甘くなってしまう。

 それも爆豪は払いのける。

 俺の邪魔をするな。

 俺が1番だと。

 そういう部分は、鋭児郎は嫌いではない。だからこそ友人付き合いが出来るのだ。

 両者とも、友人としては仲良くやっていってもらいたいと心から思っている。

 

「そろそろなんか改善しなきゃいけないと思ってんだよ。

 だから――飯に誘おうかなって思うんだ」

 

 鋭児郎の言葉に、上鳴と瀬呂は好奇心を刺激されたのか、興味深そうに顔を上げた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 最近、これを言う事が多い気がする。

 振武達はヒーロー志望。様々な危険や理不尽が降りかかり、それはトイレのドアをノックする感覚で事前に来るのを知らせてくれる事はない。そしてそれらの危険から周囲を守る事が前提だ。

 だから、このような事に一々動揺していてはいけない。

 分かっている。

 分かってるんだけどね、

 

「どうしてこうなった……」

 

 中華料理店の中心で、振武は小さく呟いた。

 なぜか目の前でハラハラしている鋭児郎、上鳴、瀬呂と、

 

 

 

 隣に爆豪が座っている状態で。

 

 

 

 

『なあなあ、動島、中華とか興味ない? 実は最近学校近くの商店街に新しい中華料理の店が出来てさぁ、もし良かったら学校終わってから行かね? 俺以外にも何人かいるからさ』

 

 昼休みも終わろうと言う時間、いつも通り焦凍と魔女子、それに百と食事をとってさて教室に戻ろうかという時、そう鋭児郎が声をかけて来た。

 鋭児郎とはいつもの4人ほどではないが、一緒に寄り道して喋ったりという、ある意味普通の男友達のような付き合い方をしている。

 焦凍とはそうならないと言うわけではないが、焦凍はちょっと普通の感覚とズレている所があるし、焦凍がいれば魔女子と百も自然と振武の近くにいる場合が多い。

 男性だけの、雑だが居心地のいい付き合いというのを鋭児郎とは楽しめるので、振武もたまに付き合っているのだ。

 だから、それにも二つ返事で了解した。

 百も魔女子、そして焦凍も何か用事があって来れないという事になったので、誘いに乗ったのは振武だけだったのだが……思えば鋭児郎はそういう流れを期待していた節がある。

 そりゃあそうだろう。上鳴、瀬呂は良いとしても、自分の隣に座っている人間がまた凄いのだ。

 褒めているわけではない。凄いのは事実だが。

 

「おうクソ髪どういうつもりだァ。俺はお前に美味い中華の店が出来たって言い腐りやがったから来てやったんだ、それがなんで隣にこの格闘技バカがいやがんだ殺すぞ」

 

「このクソ下水煮込み野郎に賛同するわけじゃないけど、俺も同意見。わざわざ隣で拡声器使っている人間以上にでかい罵声を出すアホがいる理由を説明してくれるか?」

 

「――ぶっ殺すぞクソ吊り目」

 

「――だからそれはお前もな」

 

「2人とも喧嘩やめてくれってマジで!!」

 

 睨み合いになる振武と爆豪を、鋭児郎が慌てて止める。

 

「お前ら入学以来ずっとそんな感じだろう?

 良い加減そういうのやめにしようや。ほら、せっかく同じクラスになったんだしよ!」

 

 どうやら、完全に善意から来た行動らしい。

 ……いや、そうでもないな。鋭児郎はさておき、その両隣に座っている上鳴と瀬呂はちょっと楽しそうだ。きっと振武と爆豪の反応が面白いだけだろう。

 

「……確かに、俺はあまり爆豪をよく思ってない。

 でも正直に言えば、俺は別にこいつと喧嘩したいわけでもないし、どっちかって言えば仲良くしたいがな「喋んなクソ吊り目が、殺すぞ」……本人が喧嘩を売っている場合どうしようもない」

 

 全部を救う。

 そう決めた自分だが、それはヒーローとして決めた事だ。それがどんなに嫌いな奴だろうがたすける。それは爆豪であっても例外ではない。

 だが、好き嫌いは違う。

 救うからと言って全部が好きなわけではない。特に、爆豪に関しては好きになれない部分が多いのだ。

 基本的にどんな人間相手でも付き合える振武だが、どうしても爆豪を相手にするとそれが通用しない。相手が爆豪だという事もあるが、どうやら振武の中にも問題はあるらしい。

 爆豪勝己。

 その強さも自分や他人に見せるストイックさ。山のように聳え立つ自尊心は、ある意味自分という死ぬまで離れられない存在を信じている事の表れだ。

 自分を信じる。それが危険な場で躊躇なく行動出来る、唯一の柱となり得る。自分を信じられないと、どうしてもワンテンポ行動が遅れるから。

 そういう意味で、振武は爆豪をとても尊敬している。

 10年の修行などで自分の能力を信頼出来るようになった自分とは大違いだ。

 問題は、それを拗らせている所。

 どこまで行っても〝我〟しかない。

 それはヒーロー云々の話ではなく、人間としてアウトだ。

 自分の中に入って来ようとする者を問答無用で駆逐しようとする。出久然り、振武然り。

 だからこそ、横に座っている爆豪を好きにはなれない。

 ようは、

 

「こいつの器の小ささ……みみっちさが気に入らない」

 

 そう振武が断言すると、

 

「あぁ〜」

「それは、」

「確かにな」

 

 目の前に座っている3人が一斉に同意した。

 ようはみみっちいのだ。周囲に自分と同じくらいの人間を許容出来ないし、それを見て自分の優位性が崩れそうになると焦って潰そうとするのだ。

 みみっちい以外の言葉が思いつかない。

 

「何賛同してんだ殺すぞお前ら!!

 だいたい、テメェも人の事言えんのか!?」

 

 ガンッとテーブルを乱暴に叩きながら爆豪は振武を睨みつける。

 

「テメェはいつもいつもそうだ。テメェ自身が1番冷静で1番器がデケェって勘違いしてやがる!! 1番なんて言葉に興味ございませんみてぇな良い子ちゃんぶりやがって!!

 そういうのがムカつくって言うんだよ!!」

 

 爆豪からすれば。

 土俵に上がってこれる人間が土俵に上がって来ないのだ。

 横に座っている動島振武は、1番を目指せるはずだ。なのに、彼は1番を目指していない。

 勿論、戦いたいのだろう。

 勝ちたいという気持ちはあるのだろう。

 しかし最終的に振武が目指している到達点は、自分のソレとは違う。もっと高い所、別の何かを目指して戦っている。

 自分をそういう意味でのライバルとしてすら認識していない。

 爆豪はそう思うからこそ、目の前の男が気に入らない。

 自分なんて小さな存在なのだとまざまざと見せつけられている気分だ。

 今も、

 

「ああ、実際そうだ。

 高校の中のヒーロー科での1番なんて興味がない。俺は1番になりたくてヒーローになったわけじゃないし」

 

 こんな事を言いだす。

 そんな人間に愛想を振りまく(元々そんな気は絶無だが)気にはならないのだ。

 

「ストップストップ!!

 お前らの言いたい事は分かるけど……正直に言えば、俺はそこだってちょっと誤解があるだけだと思うんだよ!!」

 

 鋭児郎が再び止めに入りながらそう叫ぶ。

 確かに2人は性格上の相性が悪い。

 だが、問題はそこではないように思える。

 どこかに明確な誤解があってこういう事になっているだけで、実際はもう少し穏便に出来るはずだ。そう思ってこの集まりを企画したのだ。

 

「だから今日、つうか飯食っている今の時間だけは一緒にいようぜ! な!!」

 

「俺は別に気にしないけど……「テメェ巫山戯んな俺は帰るぞクソ髪ィ!!」……まず、爆豪を止めて」

 

 立ち上がろうとする爆豪を、すぐ目の前に座っていた瀬呂が押さえつける。

 

「待て待て爆豪、お前にも良い話なんだって!!」

 

「嫌な奴と飯食って何が良い話だこの醤油顔!!」

 

「うわぁ直でそういう事言うなよ凹むだろ……じゃ、じゃなくて!!

 

 

 

 ここ、麻婆豆腐がめちゃくちゃ美味いんだよ!! お前の大好きな激辛!!」

 

 

 

 瀬呂の言葉に、爆豪はピタリと動きを止める。

 えっ、そんなんで思い留まるの? と振武は思ったが邪魔をしない事にした。

 

「しかも、今日はわざわざ来てくれたから、お前と動島の分は切島が奢るってよ!!」

 

「え?……あぁ、そうそう!! そうだよ、そりゃ無理に来てもらったんだから当然だ!!」

 

 いや、鋭児郎今「え?」って言ったぞ。

 そんな話になってたっけって一瞬迷ったぞ。

 瀬呂のアドリブか、これ。

 

「………………」

 

 数秒、爆豪は思案するように体を止め、

 

「――はっ、今日だけだぞ、クソ髪」

 

 そう言って座った。

 え、座るの?

 この説得で?

 そう思ったのは振武だけではない。鋭児郎も上鳴も、説得した瀬呂本人ですらマジでと言う顔をしている。

 まさか、金銭感覚までみみっちいのか。

 

「ま、まぁ今日は良いじゃん、とりあえず飯食おうぜ!! 今日の訓練ハードだったし、腹減っちまった!

 店員さん、メニューください!!」

 

 微妙な空気を変えるためなのか、本当に空腹なのか、鋭児郎は慌てて店員を呼ぶ。

 少し可愛らしい女性店員が、5人分のメニューを持って来た所で、5人の会話はようやく喧嘩とその仲裁から、料理を相談するごく普通の男子高校生のお喋りに変わった。

 

「結構色々あんな、大皿料理まであるぜ」

「餃子ふた皿頼んでシェアしないか? 一皿5個だから1人2個は食えんだろ」

「上鳴好きだよなぁシェアとか……俺は、別に良いけど」

「あ゛ぁ゛? なんでテメェらと同じ皿のもん突き合わなきゃなんねぇんだよ1人で勝手に食えよ」

「それぐらい良いだろう、爆豪」

「あぁ〜爆豪って潔癖症な所あるからな、そういうのダメなのか」

「マジかよ……みみっちさ極まれり」

「んだとクソ吊り目!!」

「だからお前もな」

 

 多少喧嘩もあるものの、ここは和気藹々とした雰囲気が出ている。

 ……思えば、男子ばかりで集まるというのはなかったな、今までとふと振り返る。少なくとも、皆で帰り道にこうやって食事に出る機会は少なかった。

 中学の時はなんだかんだと魔女子や焦凍が一緒だったし、雄英には入ってからはそこに百も加わって4人での行動が多かった。

 つまり、男友達だけとの食事は初めて。

 そう言うとリア充にでも聞こえるのだろうが、別にそういうつもりはない。むしろこうやって遠慮なく喋りあえる状況というのは好きだ。

 

(……ちょっと前世を思い出すな)

 

 捻くれた性格をしていたが友人がいなかったわけではない。クラスの友人などとくだらない話をしながらファミレスで駄弁っている、なんて事もあった。

 少し懐かしさを感じながらメニューを見ていると、隣の爆豪が喋らなくなった事に気付く。

 珍しい。

 口を開けば罵詈雑言を発する彼だが、黙るというのは珍しい。

 少し気になって、隣に視線を向ける。

 ジッとメニューを見ている。食い入るようにだ。そこによっぽど彼を迷わせる存在があるらしい。振武もページ番号を確認してから、同じページを開く。

 

『チャレンジメニュー!! 地獄激辛麻婆(10人前)!!

 1人で制限時間内に完食すれば1万円を差し上げます。ただし、残したり制限時間内に食べきれなかったら5000円の罰金』

 

 と書いてあった。

 ……正規のメニュー表に何故チャレンジメニューが載っているんだ。ここの店主は実に愉快な性格でもしていらっしゃるのだろうか。

 しかもここだけ写真が使われている。

 

 1ページの半分は使うほど大きな麻婆豆腐。しかもそれは写真を見ただけで辛さが口の中に再現されるような、辛そうなものだった。

 ……いや、ちょっと待て。

 

「……爆豪、まさか食う気か?」

 

 思わず隣に向かって聞いてしまった。

 

「悪りぃか。好きなもん食って良いんだろうが」

 

「そういう問題じゃないと思うぞ」

 

 5000円の罰金は意外とでかい。それを奢りで食べるというのはちょっと……。

 

「んだテメェ、俺にこれが食い切れねぇっていうのか!? ア゛ァ゛!!」

 

「何でそうなるんだよ……まぁそういう疑問があるのは確かだな」

 

 一人前がどの程度の量なのか分からないが、きっとそれなりに量が多いのだろう。この自信ありげな様子から、食い切れた人間は極めて少ないのではないだろうか。

 

「ハッ、こんなモン30分もいらねぇわクソが……おい、ちょうど良い。こいつで勝負しろ、動島」

 

「勝負?」

 

 このチャレンジメニューで?

 振武の言葉に、爆豪は不敵な笑みを浮かべる。

 

「これ食ってどっちが先に食べ終わるかの勝負だ」

 

「……お前も、たまには子供っぽい発想するんだな。ちょっと意外」

 

「顔爆破するぞクソ吊り目。俺はどんなもんでも1番だってことを証明してやるわクソが!!」

 

「だから、お前も吊り目だからな?……俺、普通に飯食いたいしな」

 

 壊が仕事などで家を空け、しかも祖父も最近は外出が多い。

 そういう機会は、今まで滅多になかった。しかも今日は自分の食費を浮かせて奢って貰えるという贅沢。好きなものを食べたいと思っても良いだろう。

 振武のその言葉に、爆豪は嘲笑を浮かべる。

 

「そうかテメェ――俺に勝てねぇから諦めて逃げるってか」

 

 先ほど止まった爆豪と同じように、振武のページを捲る指もピクリと止まった。

「勝てないから」

「諦めて」

「逃げる」

 3つが3つとも、振武が嫌いなワード。そこを的確に突いた挑発は、

 

 

 

「――上等だ、勝負しようぜ爆豪」

 

 

 

 見事に振武の導火線に火を点けた。

 

 

 

 

 

「えぇ〜、お前らマジで? えぇ〜」

 

「切島、さっきからそれしか言ってないな」

 

「もしかしたら1万円吹っ飛ぶかもしれないからな……いや、動島は払うって言ってたから、5000円か」

 

「それでも高校生からすりゃでかい金額だもんなぁ」

 

 絶望感溢れる顔をしている切島を見ながら、上鳴も瀬呂もマイペースに自分の好きなものを食べていた。

 そして爆豪と振武は、目の前の特大麻婆豆腐を見ていた。

 黒い。

 香辛料の赤が鮮やかなイメージなはずの、麻婆豆腐が、まるで地獄の釜を煮立てて作ったんじゃないかと思えるくらい赤黒い。

 湯気に香辛料でも混ざっているのか、悲しいわけでもないのに涙腺が刺激されて涙が出そうだった。吸い込むだけで肺が痛くなりそうって相当だよね!!

 流石に爆豪も予想していなかったのか、動揺した顔で麻婆豆腐を見ている。

 

「……店員さん、これ本当に麻婆豆腐? 辛味成分を抽出した化学合成物質とかではなく?」

 

 振武の質問に、店員も苦笑する。

 

「あ〜、これ通常の麻婆豆腐とは、レシピから違うんですよ。

 何でも店長の遠縁に当たる、カトリックの神父さんが食べ慣れている味を再現したみたいで……正直、食べ切った人間が1人もいないんですよね。私もちらっと舐めてみたんですけど……しばらく味覚中枢が馬鹿になったみたいに、味を感じませんでした」

 

 おいどこの外道神父だよこんなモン食えるって!

 本当に人間なのかそれ!!

 店長は味分かって作ってんのか!!?

 

「……おい、何ビビってんだクソ吊り目。まさかここまで来て逃げるとか言いださねぇだろうなぁオイ」

 

 蓮華を握り締めながら引きつった笑みを浮かべる爆豪に、振武は言葉を詰まらせながら笑顔を浮かべる。

 ちゃんと笑えているか心配だ。

 

「ったりめぇだっつうの、負けてたまるか阿呆が」

 

 深部も蓮華を握り締めて答える。

 

「あ〜、こりゃ両者一歩も引かずって感じだな」

 

「爆豪はどんなジャンルでも良いから動島に勝ちたい。動島は動島で挑発されて頼んだ手前引けねぇんだろうな。食べ物残すイメージもないし」

 

「頼むぞお前ら、勝ち負けとかどうでも良いけど、クリアだけはしてくれよ!! 今月欲しいもんあって小遣いヤバいんだからな!?」

 

「「うるさいちょっと黙ってろ!」」

 

 騒がしい外野を黙らせる。

 恐る恐る、と言った感じで蓮華を麻婆豆腐という地獄の海に突き刺し、掬い上げる。

 やっぱり赤黒い。豆腐まで毒々しい色合いに染まっている。

 勿論、一見すれば美味そうなんだよ、だけどオーラがヤバいんだよ。

 ……こちらもまた2人同時に、恐る恐るという感じで食べた。

 

 

 

 瞬間、世界が瞬く。

 

 

 

「「〜〜〜〜〜〜っ!!」」

 

 激痛にも似た辛味が瞬間的にやってくる。その蓮華1掬いに入っているカプサイシンやらその他諸々が振武と爆豪の神経を刺激し、一瞬で体を温めるどころか熱くさせる。

 暑い。

 熱い。

 辛い!!!!

 

「っ――おいおい、一口でどんだけ汗かいてんだバカじゃねぇのか」

 

 そう言っている爆豪も汗をかいて目が血走っている。

 激辛と呼ばれるものにそれなりに耐性がある爆豪だが、この麻婆豆腐は別格だ。激辛なんて言葉がまるで赤子に見えてしまうくらい生ぬるい。

 

「っ――テメェも死にそうな顔をしてんぞ大丈夫か?」

 

「ハッ、こんなん余裕だわっ」

 

「言ったな……じゃあ、一個提案。俺が勝ったら、「クソ」「殺す」「死ね」の単語使用禁止な。

 それとも、負けるのが心配でそんな賭け出来ねぇか?」

 

「上等だっ……だったらテメェが負けたら、明日学校で全員の前で「爆豪様、僕が負けたのでどうかお許しください」って言って3回回ってワンっつってから屋上からダイブな」

 

「めちゃくちゃハードル高いじゃねぇか、お前の中でその3ワード封じられる事がそれほどの苦痛かよ」

 

「テメェが勝てば良い話だろう……まさかテメェが振っておいて勝つ自信がねぇのか?」

 

「――上等だ、勝ってやるよ」

 

 そう言ったが早いか、2人の蓮華が動き始めた。

 ペースは一定、しかも普通よりもずっと早い速度で食べ始める。

 意識すら飛ばしてしまえるのではないかという香辛料の暴力と戦いながら、2人はひたすら食べ続ける。

 もはや無心だ。

 辛いと思うから辛いのだ。

 辛くないと思えば辛くないのだ。

 とても自分たちに言い聞かせているのだろうが、まだ暦の上では夏に突入していないのに、2人の制服のワイシャツは汗でベタベタになり始めている。

 体は正直だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「なあ、あの2人似てるよな」

 

 麻婆豆腐を争うように食べる2人を見ながら、瀬呂は呟く。

 

「? そりゃ共通点はあるだろうけど、どこがよ? クソ下水煮込みと鍛錬大好き男と」

 

 上鳴は食後の水を美味しそうに飲みながら聞く。

 

「いや、なんつうか、そういう部分じゃなくてさ……もっと根本的な性格っつうか、なんつうか。

 どっちも負けず嫌いで、他人にも自分にも厳しいところがあって――足止めねぇ所とかさ」

 

 クラスの皆……かどうかは瀬呂には分からないが、少なくとも大半は彼らの事を羨ましいと思っている事だろう。

 人は弱い。肉体的な話ではなく精神的に。

 脆くて弱くて、歩き続けようとすれば足が擦り切れていく。その痛みに耐えかねて人は歩くのをやめてしまうし、時にはもっと楽な道に走る。

 それを、瀬呂は馬鹿にできない。

 だって普通の事だ。誰だって必要だから、目標に必要だからと辛い目にあって耐えられるはずもないし、耐える必要性はない。

 出来る事とやりたい事は一致しないから。

 目指したいものを目指しても、その道中が辛ければ歩くのを辞めてしまう。

 だが、振武と爆豪は違う。

 茨の道だろうが、歩くたびに足を突き刺す杭が乱立している道だろうが、石を投げられようが何をしようが、自分の目的の為ならば、良い意味で手段を選ばない。

 前に進み続ける。

 足を動かし続ける。

 それを諦めるつもりはない……そういう意志の強さがある。

 後天的にだって身につくものだが、多分目の前の2人はそういう生き物なんだろう。回遊魚みたいなもんで、止まったら死ぬのだ。

 自分の魂が。

 

「正直、こいつらみたいな凄え奴らと同じ土俵で競い合えるのかって気持ちはあったんだけど……まぁ、こいつらも俺らと同じだってのは、今日でなんとなくわかったわ。

 俺、もうちょい動島って大人だと思ってたし」

 

「それは、ちょっと分かるかもな。あんなちゃっちい挑発で、こんなアホな事してるもんな」

 

 瀬呂の言葉に、上鳴は笑みを浮かべながら頷く。

 全く別の生き物のように考えていた2人もこんな感じなのだ。

 嫉妬するのも馬鹿らしい気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 と、良い感じに話が締まれば良いのだが。

 結局、2人の戦いは決着が付かなかった。秒どころかコンマ0以下の数値までぴったり同じタイミングで完食した2人は、その辛味の暴力のせいで3日間くらい味が分からないという地獄を体感した。

 傍観している上鳴と瀬呂は何ともなく、救われたのは鋭児郎の財布の中身のみだった。

 あの様子を見て、3人は決意した。

 

 

 

『もう、あの2人は放っておいたほうが平和なのではないか』と。

 

 

 

 教訓としては、こんな所で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 




シリアスなのかコメディーなのか、決めるのは読者次第な話になりました。


次回! 道場で動き回る!! お楽しみに!!


感想・評価心よりお待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。