体育祭を終えて、2日の休日を挟んで学校が始まる今日。それは生憎の雨から始まった。
中学校の頃からそうだが、振武は体を温めるという意味も兼ねて、住んでいる家から学校に走り込んでいるのだが、流石に雨に降られてしまえばそれも難しい。
だから今日は珍しく電車で登校だ。
……しなければ良かったかな、と今更ながら後悔している。
説明する必要性もないが、体育祭はテレビ中継されていた。オリンピック並みに人気があるイベントであるという時点で既にそうだろうなとは思うが、それでも振武からすればそれほど見る人間はいないと思っていた。
何故ならば動島家では、雄英体育祭はあまり興味の対象にはならなかったからだ。
父である壊がそういう番組をあまり好まないのもあるが、祖父に至ってはヒーローの卵達の粗探しをしてしまうのだ。悪い意味ではなく単純に武術を教えている人間としての視点を語っているだけなのだが、純粋に楽しむ事は出来なくなっていた。
だが、甘かった。
日本中の人間が見ているという事実を失念していた。
「……なんか、走り込みしてないのに疲れた」
普段の走り込みでは感じないような精神的な疲れに、振武は小さくため息をついた。
近所の方々は良い。自分達が知っている人間がテレビで大活躍したらそりゃあ声もかけたくなるというものだし、振武も褒められて嫌な気分はしない。
しかし家から駅、電車の中、そして電車から降りて改札を出るまでの間、自分はいったい何人の人に話しかけられた?
サラリーマン、同い年ごろの学生から小学生、どこかの主婦、果ては駅員にまで。老若男女問わず気さくに話しかけられ、「格好良かったよ」「1位とか凄いよな」「あの必死な感じ、昔を思い出すぜ」「付き合ってください!」「ウホッ、イイオトコ!!」などなど。
ちなみに告白してきたのは中学生くらいの女の子(申し訳ないが、丁寧にお断りした)で、怪しい発言をしたのはムキムキの中年男性(襲われかけたので、丁寧に
……甘かった。
正直ここまで注目されるとは……自分で言うのもなんだが、かなり血みどろな戦いを繰り広げたはずなのだが、あんなスプラッターな感じでも人気は出るものなのだ。
「……あぁ、動島くん、おはようございます」
「……よう、振武、おはよう」
自分の一本前に乗っていたのか、改札から魔女子と焦凍が現れる。
2人とも、何処と無く疲れた様子だった。
「お前らもか……」
「はい……何て言うんでしょう、ほら、私ってコミュ障なところあるじゃないですか?
知らない人にあんな笑顔で話しかけられるという機会には恵まれなかったものですから、予想以上に疲れました」
「俺もだ。正直どこまで答えて良いものか分からなくてな」
2人とも対人スキルが高いわけではないので、こちらもまた人数を捌いた事より、人と接する事自体に疲れた様子だった。
天気が暗いのに加えて、気疲れで自分達の心にも暗雲がたれ込んでいる気分だ。
そんな中、振武達の目の前でキッとブレーキの軽い音が聞こえる。
――リムジン。
無駄に長い車体は、テレビの向こう側で見た事がある程度の乗り物で、前世でも今世でも実際にお目にかかった事は一度もない。
意外にタイヤがしっかりしてんな、という素朴な現実逃避の言葉が浮かんでいる間に、運転席から運転手が傘をさして出てきて、後部座席の扉を開ける。
出てきたのは、
「皆さん、お早うございます……あの、何やら疲れているお顔ですが、大丈夫ですか?」
百だった。
「おはよう、百……今日は、車だったのか」
「ええ、そうなんですの。本当はいつも通り電車で来たかったのですが、両親が「雄英体育祭で顔が有名になってしまったから、今日は車で行きなさい」と、リムジンの1つを出してくださって」
リムジンの、1つ。
リムジンってそんなに何台も持っているもんなのかな?
そう思って周囲を見渡すが、2人は自分とは違う感想を抱いたようで「その手があったか……」と絶望にも似た表情をしている魔女子と、「リムジンって思ったより長いな」と的外れな感想を口にしながら車体を興味深そうに見ている焦凍がいた。
お前ら、自由か。
「……今日は一日、素敵な時間になりそうだな」
振武はそう言いながら、小さく溜息を吐いた。
学校に到着してみれば、クラスは浮き足立った盛り上がりを見せていた。
どうやら振武達が体験した事は、他のクラスメイト達にも平等に降り注いだようで、皆自分達が有名になった事に嬉しそうな顔をしている。
「お、動島、おはよー」
こちらに笑顔で近づいてくる鋭児郎に、振武は笑顔を向ける。
「おう、おはよ。皆やっぱ声かけられたみたいだな」
「おうよ! やっぱお前らもだろう?」
「ですねー……正直コミュ障の私には、苦行にも近い状況でしたが」
「魔女子と同じく……俺もやっぱ慣れねぇ」
「うう、ちょっと羨ましいですわ。私も電車に乗っておけば」
「やめておいて正解だよ、正直あれは辛い。
俺なんて、告白までされた……まぁ、断ったけど」
「おい動島ぁ後で体育館裏こゲフゥ」
「峰田ちゃんうるさいわ……動島ちゃんは余計でしょうね、1年で1番だもの、ケロケロ」
「そりゃあ動島は1位だから良いだろうけど、俺なんか小学生にいきなりドンマイコールされたぜ」
「「「「ドンマイ」」」」
「動島も塚井も蛙吹もひでぇ!!?
あと轟がノリに付き合ってんのが意外だよこの野郎!!!」
クラスメイト達との、テンポのいい談笑。
……ほんの2日前まで、これが現実として出るとは思ってもみなかった。魔女子も焦凍も、皆で楽しく話せる時が来るなんて、思ってもみなかった。
それを見ているだけでも、自分がやった事が正しかったと思える。
「――振武さんが、頑張ったからですわ」
いつの間にか隣にいた百が、優しく笑みを浮かべて言ってくれる。
その言葉に、少し気恥ずかしくなって首の後ろを掻く。
「俺だけじゃこうはならなかった。俺の力だけじゃ、こんな良い風景は見れなかったよ、百も含めて」
「でも、一歩を踏み出したのは、振武さんですわ。その一歩がなければ、このような状況にはなっていなかったかもしれません。
もう、もっと自信を持ってください」
肩で軽くこちらを小突いて来る百も、自分の事のように喜んでくれているのか、嬉しそうな顔だ。
「――ああ、そうだな」
あの時ああしておけばなんて後悔をしても、自分のやった事の粗探しをしてもあまり良い事はない。
後悔は大事だが、し過ぎれば立ち止まってしまう。
――そうだ、俺はようやく、ちゃんと誰かを笑顔に出来た。
その事だけで、心の中に小さな火が灯ったように暖かくなる。
「……ところで、本当ですの? 告白されたって」
――なのに、一転して周囲が凍りついたような状況になったのはナゼ?
「あ、いや、まぁ嘘じゃないが……いきなりだったし、ちゃんと断ったよ?」
「……フーン、へー、ソウデスノ」
「なんでちょっと睨まれてるんだ俺は」
「な、何でもありませんわ、本当に……振武さんは、あんまりそういうのにご興味がないんですの? その……恋人、とか」
「う〜ん、正直今までヒーローになりたいって気持ちしかなかったからなぁ。あんまりそういう事は考えた事なかったかもなぁ。
……でも、まあいつかは、とは思ってるよ」
「そ、そうなんですの、そ、それは前向きですわねっ」
「お、おう」
何故だ。
何故2人の間でこんな微妙な空気が流れているんだ。
意味不明だ。
「あぁ〜、これはまた長期戦ですねぇ」
「? 何がだ?」
「何でもありませんよ、焦凍くん……まぁ、こちらも長期戦ですが」
チャイムが鳴ると同時に、相澤が教室に入って来る。
相澤は合理主義者だ。振武からすればそれはただの言い訳にしか思えないのだが、時間に関しては彼はかなりシビアだ。チャイムが鳴ればすぐに教室で授業が始まる。
A組の生徒もそこはもう心得ている。チャイムが鳴った5秒後には、もう自分の席についていた。気怠げな先生の「おはよう」という言葉に、全員が「おはようございます」と元気な挨拶を返していた。
「んじゃ、さっそくで悪いが、今日の〝ヒーロー情報学〟は特別だ」
その言葉に、教室が一瞬だけ不穏な空気が流れる。
ヒーロー情報学とは、ヒーローに関連する法律などを学ぶ授業だ。
ヒーローは基本的には「公務員」と同じ扱いだ。敵を倒し、災害救助などを行い、その活動如何で国から報酬を貰う。ライセンスも当然国から発行される。随分前にも言ったが、弁護士のようなものだ。
国から資格をもらい、時には仕事を斡旋されるわけだが、業務に関しては個人裁量権がある。副業もその1つだが。
つまり、それに関連する法律は数々ある。それを把握して行かなければ、現代のヒーロー活動は難しいものとなるだろう。前世からの記憶で普通教科は得意な振武でも、この世界に来て一から学び始めた教科の1つだ。
それが特別。
体育祭を終えてすぐに小テストでもやるのだろうか。
この2週間以上を鍛錬に注ぎ込んでいたので全く準備していない。
周囲を見渡せば他の者もそういう顔が殆どだ……いや、魔女子と百に関してはそういう不安とは無縁なのか、それほど不安な顔はしていないが。
「「コードネーム」ヒーロー名の考案だ」
『胸膨らむヤツきたあああああ!!』
教室全体が振動するほどの大きな歓声が上がる。
ちなみに、振武も実はその歓声をあげた人間の1人だった。
「意外です、振武さんがここまで喜ぶなんてっ」
隣に座っている百が動揺するが、その声に魔女子は振り向かずに答える。
「動島くんは意外とそこら辺が分からないですよね。冷静なふりして熱血で、しかもこういうの大好きですし」
「むっ、失礼な、ヒーローになった時の夢の1つだろう?」
ヒーロー名。コードネーム。
これに胸をときめかない男の子がいるだろうか、いやいない!!
そのヒーローの代名詞。その名を聞けば誰もが振り向き……なんてなるかは、本人の頑張り次第だが、それでも憧れるものだ。
《オールマイト》《センシティ》のように、彼らがヒーローという存在である証明のようなものだ。
振武も、どんな名前で呼ばれたいかは考えた事くらいある。
「静かにしろてめぇら……というのも、先日話した「プロからのドラフト指名」に関係してくる。
指名が本格化するのは、経験を積み即戦力として判断される2、3年から…つまり今回来た〝指名〟は将来性に対する〝興味〟に近い」
当然だ。
何せ自分達はまだ1年生。ヒーローの卵になった事すら最近だ。青田買いどころかまだ田んぼとしてすら成立していないのに、買うもへったくれもない。
芽が出るかもな、と思って観察する程度だろう。
「卒業までにその興味が削がれたら、一方的にキャンセルなんてことはよくある」
「大人は勝手だっ!!」
ガンッと机を叩いてシリアスな顔をする峰田に苦笑する。
「勝手じゃねぇよ。普通だよ」
芽が出ないと判断した青田を買う人間はいない。雛にならない卵をいつまでも温めている余裕もない。
酷い話のように聞こえるかもしれないが、それが現実なんだからどうしようもない。
「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」
葉隠の言葉に、相澤は小さく頷く。
「そ。で、その指名の集計結果がこうだ」
そう言うと、黒板を模しているパネルに(黒板としても使えるのだから、どういう技術なのかよー分からん)データが表示される。
圧倒的、という言葉が似合う結果。上位3人は抜きん出ている。
爆豪が3150。
焦凍が4105。
そして振武が――5980。
「例年はもっとバラけるんだが、2人に注目が偏った」
その結果を見て、反応は人それぞれだ。
悔しがる者、驚く者、
「2位と3位逆転してんじゃねぇか」
「表彰台に拘束された奴とかビビるもんな……」
「ビビってんじゃねぇーよプロが!!!」
ブチ切れている者が約1名、いつも通りだが。
「流石ですわね、振武さん」
百の言葉に、笑みを浮かべる。
「まぁ派手だったのは否定しないけど……興味って言われると微妙なところかもな」
この中のいくつかは、母の名前を知って指名を入れた人間はいるはずだ。
母は好きだが、自分を見ていないような気がしてどこか嫌な気持ちになる。
「謙遜ですか、さすが一位様ですね。私のような定命の生き物にはとてもとても」
こちらを見ながら意地悪い笑みを浮かべている魔女子に、振武は呆れる。
「俺何者だよお前の中で。つうかお前も300超えてんじゃねぇか十分多いわ」
2人ともベスト8まで上がっているからか、指名数は300を超えている。
気になるのは緑谷が1つしか貰っていない事だ。個人的にはもっと多く貰っていてもおかしくないと思っていたのだが……そこを振武がとやかく言ってもどうしようもないのだが。
「これを踏まえ、指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに言ってもらう。
おまえらは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験してより実りのある訓練をしようってこった」
なるほど、それでヒーロー名か。
ヒーロー事務所内や外で本名を呼ぶわけにはいかないのだろう。
「プロの仕事を実体験……楽しみですわね、振武さん!」
「おう、そうだな。もしかしたら
勿論、向こうはそういう面でも見ているのだ。
気合を入れなければ。
「まァ仮ではあるが、適当なもんは「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」」
相澤が話を続けようとすると、遮る声が教室中に響く。
前世であればギリギリアウトと宣言されそうな際どい服装。ボリューミーな髪、いつもはかけている眼鏡をおでこにかけている。
ミッドナイト。体育祭で1年生の主審を務めた先生だ。
「その時の名が、認知されてそのままプロ名になってる人多いからね!!」
コツコツとヒールを鳴らしながら教壇に近づいてくるミッドナイトの姿を横目に、相澤は話を続ける。
「まァそういう事だ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺には出来ん。
……将来自分がどうなるか。名を付けることでイメージが固まり、そこに近づいてく。それが「名は体を表す」って事だ。
――〝オールマイト〟とか〝センシティ〟とかな」
相澤の口から出た母の名前に――いや、母の名前であってそうではない名前に、拳に力が入る。
母のようになりたい。子供の頃の振武はそう言った。
私を超えて。死ぬ前に母はそう言った。
多分、自分が今まで考えていた名前は――決意表明になるはずだ。
前に座っている魔女子からフリップを受け取りながら、真剣にそう考えていた。
15分。
皆一様に真剣な表情でフリップと睨めっこしている。
「振武さんはもう決めたんですの?」
隣で書き終わった百に、振武は頷く。
「ああ、前からずっと考えてたのがあったからな。決まっているようなもんだよ、ある意味」
「羨ましいですわ。私ももう少し考えておけば良かったです」
「同じく。ヒーローになろうと思って日が浅いので、私もそこに気が回りませんでした」
そんな事を言いながら、魔女子は魔女子ですでに書き終えている。
「じゃあそろそろ、出来た人から発表してね!!」
ミッドナイトの言葉に、戦慄が走る。
皆の前で発表形式!?
「ハードルいきなり爆上げですね。爆豪だけに」
「おいクソ鳥女何もかかってねぇだろ殺すぞ!!」
「文字通り今爆発しました」
んだとゴラァと怒る爆豪を魔女子本人がマイペースに鎮めようとする。
あの2人は相性が悪い。振武も人のことは言えないが。
そうこうしているうちに最初に名乗りを上げたのだろう、青山が壇上に上がった。
……青山優雅。
殆ど絡んだことはないが魔女子並みに変わったやつだろいうのは傍目から見てもわかる。そんな奴が考えた名前がまともなはずが、
「輝きヒーロー〝
なかった。
短文かよ!!
中学の教科書の意味の分からない短文より酷い短文だよ。
「そこはIを取ってcan’tにすれば呼びやすい」
違うミッドナイト先生ツッコミどころはそこじゃない。
「それね、マドモアゼル☆」
いや、お前は何人の設定なんだよ。
「これは、えぇっと……」
戸惑う百の気持ちがよくわかる。
フリップ芸というか、ネタ見せ番組見てる気分だ。
「じゃあ、次私ね」
青山が壇上から降りると、今度は芦戸が壇上に上がる。
頼む、今度はもう少しまともな物を、
「エイリアンクイーン!!」
2かよ!!
しかもフリップの名前の上には「リドリーヒーロー」と書いてあるが、2はリドリーじゃない。
つうか、完全にヒーローの名前じゃない、敵の名前だ。何故それを選んだのか、理解に苦しむ。流石にそれはミッドナイトも許容できなかったのか、書き直しを命じていた。
ダメだ、ネタ見せコーナーみたいになっている。
しかも、このような空気になると、此処ぞとばかりにやらかしそうな奴が目の前にいる。
「じゃあ私「ちょっと待て塚井」……なんでしょう、動島くん。まさか見もしないで私のヒーロー名に文句があるんですか?」
服の裾を掴んで止められた魔女子が、納得いかないという雰囲気を醸し出しているが、この流れでネタを投下させる訳にはいかない。
大喜利っぽい流れで進行したくないのだ。
「いや、お前ならこの流れで厄介な事をしそうだから最初に止めただけだ」
「友達だと2日前に仰った方とは思えない発言、魔女子はとても悲しいです。
ネタじゃありませんよ、えぇ勿論……決して「魔法少女・ファミウィッチ魔女子」だなんて名乗りませんよえぇ本当に」
名乗る気だ。
完全に名乗る気だ。
しかも本名まで入ってるし、色々重複している。痛い、それは完全に痛いぞ。
「待て待て冷静になれ。よく考えてみろ」
「名前は自由なんだから良いじゃないですか。
個性を持つ人間がいなかった2000年代初頭では、女の子の正義の味方と言えば、魔法少女が必ず挙がると聞きました」
間違っていないようで、根本から間違っているセリフが飛んできた。
「ある意味正しいが……だが塚井、よく考えてみろ?
――お前、いくつまで魔法〝少女〟でいるつもりだ」
振武の言葉に、魔女子の動きがピタリと止まる。
それをチャンスと思った振武はそのまま畳み掛けた。
「少女、少女だぞ? お前がいくつまでヒーローやっているつもりか知らんし今は良いだろう。いや基準的にはギリギリアウトだがまだ良い。
だがこのまま20代、30代を超えて、お前は少女を自称出来る覚悟と度胸はあるのか?」
仮に魔女子にその胆力があったとしても振武が無理だ。
もしかしたら共に戦う機会があるかもしれないのだぞ?
仮に設定上ありだったとしても、完全にネタ枠扱いされるに違いない。ヒーロー達にもだ。自分達が名前を呼ばなければいけないタイミングだってきっとある。
振武には無理だ、耐えられない。絶対いたたまれない気持ちになる。それを想像したのか、隣に座っている百もどこか気まずそうにしているし、魔女子もだんだん微妙な表情になっていく。
「今は良くても絶対後で後悔するパターンだ、やめとけ」
「……考え直します」
そのままゆっくりと座ってくれて、振武は小さく安堵の溜息を吐く。
友人の悲しい未来を打ち砕くことに成功はした。
その後、蛙吹のおかげで、大喜利の雰囲気は一転してまともなものになった。
魔女子は結局《使役ヒーロー・ウィッチレディ》と名乗ることに決めたらしい。まだ
……知り合いにガールを自称している妙齢ヒーローはいるが、気にしないでおこう、うむ。
焦凍は自分の本名をカタカナにしただけだった。
変な名前をつけるのよりは良いし、焦凍はそういう所で拘る男ではないのは分かっているので、何となく納得した。
百は《万物ヒーロー・クリエティ》と名乗っていた。
話を聞いてみると、センシティと似ているし、これ位シンプルな名前の方が好きだそうだ。その言葉に少し嬉しさを感じる。母に影響されている人もいるのだと。
まぁ、爆殺王とか付けて顰蹙買ってる奴もいたけど。
今度は、振武が壇上に立つ。
こういう形で目立つ事に自分も慣れていないせいか、少し緊張する。
自分の信念を他人に晒すようで少々気恥ずかしい。
「俺のヒーロー名は――《ヘルツアーツ》」
発表すると、どこかどよめきにも似た反応が全員から帰ってきて、恥ずかしさが増す。
「ヘルツって、確か振動数の単位だったわよね? アーツはどっから来たの?」
ミッドナイトの言葉に頷きながら答える。
「えぇっと、マーシャルアーツのアーツから、単体だと技術って意味だけど、俺は武って意味で使いたいなぁと」
「つまり――、」
そう。
ヘルツアーツ――完全な意訳になってしまうが、振武。
ようは自分の名前だ。
「なんだ、だったら轟とあんま変わんないじゃん。
母ちゃんなんだから、センシティから捩れば良かったのによ」
どこかつまらなそうに言う峰田。
つまらないとは酷い。
「あー、そりゃあ最初は思ったけど……でも、それじゃダメなんだって俺は思う。
俺が俺らしいヒーローになる……母さんを超えるのは、母さんを真似してちゃ、ダメなんだと思う」
母のコピーになるなら意味はない。
母を超えるならば、自分が自分であり続けると言う事だ。
動島覚の息子である――そこに誇りもあるが、今からヒーローになっていくのは〝動島振武〟なのだ。
「俺が〝俺〟としてヒーローになる……そんな意味も込めたんだよ。
これが俺の――ヒーロー名だ」
胸を張って、そう宣言した。
放課後。
結局終わってみれば、皆自分らしい名前だったと言えるだろう。
出久も結局《デク》を名乗る事を決めたようだ。ああやって笑顔で名乗れるような名前ではなかったはずだが、彼の中でははっきりと信念があるようだ。
そして振武と焦凍は、大量の指名リストに苦戦していた。
「……多いな」
「……うん、多い」
2人してその顔は疲れ気味だ。
焦凍は4000を超え、振武に至っては6000近く来ているのだ。まずどこがどういう活動をしているかを調べるのだけでも一苦労。
しかしそれ以上に、持って帰るのも一苦労だ。薄い紙も寄り集まれば武器になりそうなほど分厚くなるのだなと実感させられる。鞄に入りきらないと判断されたのか、別途紙袋をもらったが。
「指名が多い人は大変ですねぇ」
「魔女子さん、人の事は言えません。私達だって十分多いのです。この中から自分が行くべき場所、行きたい場所を精査しなければいけないんです。
残り2日、時間はありませんよ」
「真面目ですねぇ、百さんは」
用紙をしまい込んでいる振武と焦凍を尻目に、魔女子と百が話して行く。
2人は2日の休日で距離を縮めるような事があったらしく、その会話にはもうぎこちなさを感じさせない。女の子同士はすぐに仲良くなって良いなぁと、なんとなく思う。
「はぁ、もうこんな時間か……飯買ってかなきゃ」
「珍しいですわね。振武さんのお家ではお父様が腕をふるって料理を作っていらっしゃるのでは?」
「普段は、そうなんだけどな……ここ最近父さん忙しいみたいでさ」
百の言葉に、振武は苦笑する。
忙しいどころではない。
壊は体育祭が終わってから、家に戻って来てすらいないのだ。仕事が忙しくて泊まり込みで仕事をしていると言っているのだが……そこまで大変な仕事とはなんなのだろうと、心配になってくる。
ああ見えて壊はタフな方だが、それでも連日帰って来ないのは気になる。
職場体験前に一度会えれば良いのだが……。
「それに、今日は祖父ちゃんがどっかの会合かなんかに出掛けるから、うちには俺1人しかいないわけですよ」
「そうでしたの……なら、今日は1人で食事ですのね」
百は心配そうな顔をする。
……この子の中で振武はどれだけ寂しがり屋なのだろうか。
「……なぁ、良かったらこれから皆で、飯食いに行かないか?」
予想外の人物から、予想外の提案が出された。
振武も、百も、魔女子も、皆目を見開き驚いたように焦凍を見る。その視線がくすぐったいのか、心なしか恥ずかしそうだ。
「……なんだよ。俺も今日1人だからな、皆で食えないかと思っただけだ」
「なるほど、……ですが焦凍さんからそんな言葉を貰えるとは、意外でしたので。
焦凍さんは、1人で食べに行けるタイプだと思ったのですが」
魔女子の言葉に、焦凍は一瞬悩むような顔をしてから、こう言った。
「せっかく皆と仲良くなれそうだからな――教室じゃ、俺だけ少し席が離れているし」
……寂しがり屋は、どうやら焦凍の方だったらしい。
名前順の関係上、振武・百・魔女子の席は確かに近い。だから授業中軽く話したりするのもこの3人だ。焦凍は1番最後の列の1番前、周りにすごく親しい人間がいるわけでもない。
そりゃ、羨ましくなるもんだ。
「……大丈夫だよ、焦凍。俺達友達だろう?」
「ええ、轟さんを1人にはさせませんわ」
「もっと早く言ってください、シャイですねぇ」
「おい、なんだその暖かい目は。やめろ、そんな目で俺を見るな」
焦凍はそう言いながら、頭を撫でそうになった振武の手を払いのける。
「あぁ、悪い悪い……でも、それは良いアイデアだと思うぜ。
俺ら4人で飯ってそう言えば今日昼飯食ったのが初めてだったし、そういう学生っぽい事もしなきゃな。
2人はどうだ?」
振武がそう言いながら2人を見ると、もうすでに2人はスマホを取り出していた。
「友達とご飯を食べるのでと連絡いたしました!」
「同じく。執事に言うと絶対止められるので、父に連絡して言質とりました」
行動が早い。
あと、執事ってなんだ。
「うっし、じゃあとっとと片付けて行くか、な、焦凍」
「……ああ」
振武の笑顔に、焦凍も少し嬉しそうに頷く。
友達として始まった初日。
とりあえず、悪くない締めくくりにはなったのかもしれない。
名前:塚井魔女子
所属:雄英高等学校ヒーロー科1年A組。
Birthday:3月3日
身長:149cm(150cmと偽装)
血液型:B型
出身地:静岡県あたり
好きなもの:動物園巡り・読書
戦闘スタイル:後方支援
個性:使い魔(ファミリア)
自分の分身である動物を生み出し、使役する。
象から鼠まで作れる生物は様々。
創る動物の深い知識・維持出来る距離の限界・大きさに比例する痛みなどのフィードバックなど、デメリットが多い。
性格
超絶的マイペース。究極の自由人。
自分のペースを決して崩さないそれは信念の強さを物語っていると同時に、あえて空気を読まない「AKY」な所と本当にただのKYな部分がある。厄介極まりない。
自分のデメリットを無視した超合理的判断をし、それが彼女の冷静な戦術を構築しているのだが、その所為で傷を負う事もしばしば。
他人に興味が無いと見せかけて、実は1番人を見ているタイプ。時々それを利用した冷淡ともとれる作戦を決行する事も。その時の責任も、自分で背負う。コミュ障。
理系、特に生物学に関しては学者レベルの知識を有しているが、数学と歴史は苦手。
本人にはセンス所か服は「着れれば何でも良い」と豪語出来る程だが、それを許す聖灰洲ではない。レースを上品に使ったお嬢様然とした私服が多い。
パワー➡︎E
スピード➡︎➡︎D
テクニック➡︎➡︎➡︎C
知力➡︎➡︎➡︎➡︎➡︎➡︎S
協調性➡︎➡︎D
裏話☆メモ
実はただのモブだった!!!
まぁこれは裏話というほどの事でもありませんが。感想コメントでも少しお話しさせていただきましたし。
単純に彼女は中学校編で事件で登場するのみの「イベントキャラ」なだけで、それ以降は本編で出る機会はないだろうなぁと当初は思っていました。
百歩譲って、出すにしてもB組にしようとしていました。
そして、本来はもっと大人しい性格だったんです。
……実のところ、何であんなに面白いキャラになってしまったか自分でも分かりません。口を開いたら愉快な天然戦略キャラになってしまいました。
ですので、登場当時は殆ど設定がありませんでした。轟に想いを寄せている、母が無個性という設定や個性などはありましたが、背景や細かい設定なんかは考えていませんでした。
レギュラー化するに当たり、設定を作っていったのですが……まぁこれがどんどん面白くなっていくなっていく。
自分の中ではただのイベントキャラだった魔女子が、今やある種の「裏主人公」レベルにまで地位を高めました。
今日は久しぶりに平穏な話を書けて、個人的に楽しかったです。
次回は、ちょっと特別篇。総合評価で5000を頂けたので、ちょっとした話をしようと思います。
どうかお楽しみに。
次回! ファミレス店員さんのストレスが、アッー!!!
感想・評価心よりお待ちしています。