plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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連続投稿です!
読むときはこちらから!!

後書きは、下の方で纏めます!!


では本編をどうぞ!!


episode11 ヤクソク 上

 

 

 

 ――正直、轟焦凍には幼少期の記憶がほとんど残っていない。

 特に、母に煮え湯を浴びせられ、父にある意味初めて怒りを向けたあの日より以前は、特に記憶が曖昧だ。

 まだ5歳だった事もあるが、鮮烈な出来事に塗りつぶされてしまったそれはを、今まで意識する事は殆どなかった。

 過去を振り返っても、辛くなるばかりだ。その辛さから逃げるように、必死で前を突き進んできた。

 だが、その捨て去ってきたナニカが、今の焦凍を苛む。

 ……目の前には、動島振武。

 短く切り揃えられた黒髪。

 切れ長の黒い目。

 自分より少し高い身長。

 自分より少し筋肉質な体格。

 どこにも懐かしさもへったくれもない。中学から数えればもう既に1年が経過するが、殆ど毎日のように顔を合わせている、日常の一欠片なはずなのに。

 なぜか無性に泣きたくなる。

 久しぶり、と言いたくなる。

 知らないはずの景色が、頭の中で砂嵐とともにリフレインする。

 それを必死で、怒りに塗り潰す。

 動島振武(あいつ)轟焦凍(おれ)の敵だと。

 

『動島(バーサス)轟――――START!!!!』

 

 開始の合図とともに、焦凍は右腕を振るう。

 どんなに嫌っていても、どんなに憎んでいても、怒りだけで目の前の男を倒すことは出来ない。

 振武の戦い方を焦凍が心得ているのと同じように、焦凍の戦い方を振武は心得ている。近付かれたら、振武のテリトリーに入れば自分が負ける。

 出し惜しみも遠慮も何もない。今出せる最大出力を、一気に放った。

 それは、文字通りの氷山。

 今まで何度も出した、膨大な冷気での暴力。

 圧倒的な暴力の象徴。

 今までのように、相手の手前で凍らせるなんて、甘い(・・)考えはしない。氷山の中心に相手を捉えるような攻撃。

 下手をすれば反則を取られる、危険な技。

 

「ちょっ、轟くん、これ、死っ」

 

 主審であるミッドナイトも慌てる。

 常軌を逸した質量の氷の中に閉じ込められれば、冷たさで死ぬ前に圧死する可能性もある。

 早く救出を。

 主審どころか、観客も、実況担当のプレゼント・マイクも、解説をしている相澤すらもそう思った。

 

 

 

「――おい、流石にやりすぎだろう、お前。

 危うく自分で決めたルール破ってでも救かろうと思っちまったじゃねぇか」

 

 

 

 その氷山の前に、動島振武が立っていた。

 傷はない……ないが、ノーダメージでもない。

 その体操服の上には、まるで霜のようなものが掛かっていて、寒さを堪えるように震えていた。

 それを見て、焦凍は奇妙に思えた。

 回避していた――これは、振武の実力を考えればそれほど奇妙に思う事もない。振武は元々回避型だし、いくら閉じ込めるように一瞬で動いたとしても無理かもしれない、そう最初から織り込み済みで作戦を練っていた。

 ――それ以上に奇妙なのは、彼が〝寒そうにしている事〟だった。

 既に殆どの人間に知られている事実だが、超振動の個性を操る振武は、振動を使えばそれ相応に振動を起こした物や体が熱を帯びる。2回戦の出久はその熱暴走を狙ったくらいだ。

 それならば、多少の冷気には耐性があるのだ。移動する時にも振動を使っているのだろうし、そもそも冷気が来ると分かっていて体を温めていない訳がない。それが1番焦凍の個性対策としては強力なのだから。

 ……つまり動島振武は、回避している間も回避そのものにも、個性を一切使っていないという事になる。

 

「――っ」

 

 その疑問を頭から排除し、焦凍はもう一度個性を使った。

 既に氷山のせいで会場は3分の2までその広さを狭めていた。これ以上狭くしていくのは相手に都合のいい状況を作る事に他ならない。

 だがら、通常の攻撃。相手を凍りつかせようと、霜のような氷が振武の元に迫る。

 

「ったく、容赦ない――な!!!!」

 

 振武はどこか困ったような顔でそう言うと、サイドステップの要領でそれを回避すると、すぐに焦凍に向かって走り始めた。

 速い――だが遅い。

 矛盾するが、振武なら一瞬で自分の間合いを詰められるはずなのに。

 

 

 

 普通に(・・・)走ってこちらの間合いを詰めてきた

 

 

 

 

「なっ――」

 

 瞬時に間合いを詰められると思って張った氷の壁が、簡単な障害物に成り下がる。

 速いと思っていたものが遅く来たことによるタイムラグ。

 振武は、それを避けて、

 

 

 

震撃(・・)――貫鬼!!!!」

 

 

 

 焦凍の腹に、その拳を突き立てる。

 

「――ガハッ」

 

 腹に伝わった押すような衝撃で、溜まっていた空気が吐き出され、後ろに飛ばされる。

 だが、それもまた予想外。

 弱い。

 巨大な仮想敵ですら一撃で屠る拳を持っている動島振武の拳が、予想以上に軽過ぎる。

 一撃当てれば、焦凍くらいの男ならば容赦なく場外まで吹っ飛ばせる威力を放てるはずなのに。

 

『初撃から激しい猛攻……あれ、でもちょっと弱――あ、ヘイまてイレイザー!!』

 

『おいテメェどういうつもりだ動島!!』

 

 実況席で暴れているのか、ガタゴトという物音と共に相澤の怒号が飛ぶ。

 もはや解説でもなんでもない、名指しで怒っているだけの相澤の声。

 

『お前こんな場所でんな無茶してんじゃねぇ!! なんだその気の抜けた拳は!!

 

 

 

 ――何故、個性を使ってねぇんだ、この阿呆が!!!!』

 

 

 

 相澤の怒りの声が、焦凍の頭に事実として告げられる。

 

「個性を、使って、ない?」

 

 ありえない。

 それでは、自分が全力で個性を使って放った初撃も、さっきの攻撃も、

 全部、目の前の男の全力じゃない。そういう事か?

 動揺して、間合いを取って離れている振武を見る。

 振武は相澤の怒号にどこか苦笑を浮かべながら、

 

 

 

「――先生、バラすの早すぎでしょ」

 

 

 

 そう、のうのうと言い放った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「え? 個性使ってない? ちょ、マジで言ってんの!?」

 

 A組に割り当てられた観客席で見ていた瀬呂が、動揺して叫ぶ。

 叫んだのは瀬呂だけだが、ここに座っているだけもが、いや、この会場中の誰もが同じ気持ちだった。

 個性を使って来る相手に対して個性を使わないで戦う。

 しかも相手は轟焦凍。それ相応の実力者。

 そんな相手に、動島振武はあえて個性を封印しているというのか。

 頭がおかしい。

 イカれている。

 気でも触れたか。

 みんな一様に同じ意見だ。

 だがそれ以上に、

 

 

 

 個性と使わずに焦凍の攻撃を回避し、攻撃までしたという事実に衝撃を覚えた。

 

 

 

「あ、ありえねぇだろ!! つかあいつ何考えてんだバカか!?」

 

 鋭児郎の焦った声に、

 

「――えぇ、動島くんは飛びっきりのバカなんですよ、切島さん」

 

 返事をしたのは、百に心配されながら会場に戻って来た、魔女子だった。

 

「塚井! お前体もう良いのか!?」

 

「……割と酷い事しまくった私の体の心配とは、貴方もお人好しです。

 えぇ、平気ですよ。充分休ませていただきましたし……この試合だけは、最初から最後まで見守る義務がありますから」

 

 魔女子は鋭児郎に少しだけ笑みを浮かべながら、百の手を借りて隣に座る。

 

「さて、話を戻しましょう。貴方の言う通り、動島くんは大馬鹿です。普通あんな強力な個性を持っている実力者に手を抜いて――は、言い方が悪いにしても、少なくとも個性を封印して戦うなんて、正気の沙汰ではありません。

 ……まぁ、普通なら(・・・・)ですが」

 

「? どういう、意味だよ」

 

 鋭児郎の不思議そうな声に、魔女子は冷静に解説する。

 

「お忘れですか? 彼の本領はそもそも個性でもなんでもありません。何年もかけて鍛え抜いたその技術と肉体。個性は威力を高めてくれますし、便利なものですが、彼にとっては補助的な意味合いしかない。

 はっきり言ってしまえば、彼は個性なしでも十分戦える人材だという事です」

 

 振動の威力を利用した攻撃力の向上。

 確かに個性での強化を前提にした技を開発し、その個性をある意味完璧に把握して利用している訳だが、それは振武にとっては、たまたま手に入れてしまった力というだけの話だ。

 なにより、動島流は個性を前提にしたものではない。

 人間の持てる力と、鍛え上げた技術だけで超人に至ろうとして、結果まだ道半ばな武術。

 その技術を会得している振武は、仮に無個性だったとしても普通に戦えるレベルになっている。つまり、彼の身体能力と技術が、既に個性と同等。

 後天的であるということが、そのタチの悪さを表しているのだが。

 

「……それは、僕も分かる」

 

 後ろに座っていた出久が声を上げる。

 

「個性の利用法も凄いと思ったけど、何より動島くんの戦闘能力の起因は、鍛えた体と技術、それにあのセンスだよ。個性はあくまで一要素でしかないって、戦って実感させられた」

 

 拳の放ち方、当てる場所、次の拳が来るまでのタイムラグ。

 全てが今の出久を……いや、近接格闘の技術だけで言えばプロにだって届くレベルのものだった。殴られた出久だから分かる。

 魔女子は何度も首肯した。

 

「えぇ、その通りです。

 つまり今の状態は、そうですね。右側を戦闘に使わないで戦っている轟くんと同じ状況と言っても過言ではないと思いますよ?」

 

「――でも、仮にそうだったとしても、それをやる意味が分からないんだけど?」

 

 一番端に座っていた耳郎が言う。

 

「轟は、なんか事情かなんかあんのか知らないけど、使えない理由があるんでしょ? でも動島にはそれがないじゃん。

 普通に個性使って戦えば勝てるかもしれないんだよ? なんでそこでわざと手加減する必要性があるの?」

 

「それはですね、耳郎さ「あ、ウチの事は響香で良いから、ウチも魔女子って呼ばしてもらうし」……あぁ、えっと、はい……ゴ、ゴホンッ」

 

 耳郎の言葉に少しだけ顔を赤くした魔女子が、咳払いで誤魔化してから話を続ける。

 

「きょ、響香さん……いえ、ここにいる全員に、動島くんに代わって謝罪しなければいけません。

 

 

 

 ……彼は、勝つ事に拘っていません」

 

 

 

 その言葉で、1年A組の全員が口を噤んだ。

 爆豪がそのまま次の準決勝の為に控え室に入っていなければ、ここで大乱闘が繰り広げられていたかもしれないが、ここで暴れる者は1人もいない。

 ちゃんと話を聞こうと、耳をすませているのだ。

 

「勿論、全く考慮していない訳ではありません。彼もまた、1位を取れるならば取りたいと思っている者の1人。皆さんと変わりません。

 ですが、ここでは――この試合だけは、それが1番に考えられない」

 

「……轟くんの、事情の事?」

 

 聡い出久の事だ、ここまでの流れで何か思い当たることがあるのだろう。

 魔女子は、それに小さく頷いた。

 

「えぇ、彼なりのこだわりです。動島くんも申し訳なさそうにしていました。「皆が全力で頑張っている状況で、俺はワガママだな」って。

 でも、そんな事を言いながらも、彼にはやりたい事があるんです、そこだけは理解して頂きたいと、思いまして」

 

 もし振武が魔女子がこんな事を言っていれば、「んなことしなくて良い」とでも言っただろう。

 魔女子も、最初は言うつもりはなかったのだ。

 だがそれを勧めたのが、

 

「私からも、謝ります。

 ……でも、皆さん分かっているでしょう? あの人が理由もなくそんな事をするはずがないって」

 

 自分の横に座っている百だった。

『振武さんは、その……私が好きな男性という意味以外でも、素晴らしい人です。

 それが誤解されるのは、私は、耐えられません』

 赤の他人が聞いたら自分勝手に思えるような言葉かもしれないが、それが百の愛の示し方なのだとすれば、魔女子は止めることは出来なかった。

 少なくとも、気持ちは分かるから。

 

「私達、まだ出会って1ヶ月くらいしか経ってませんけど、でも皆、一緒に事件に取り組んだ仲間です。

 あの人が何も理由もなく、そんな無茶を、その場に相応しくない行動を取るとは、お思いにならないでしょう?」

 

 あの人の行動を、皆に悪く言って欲しくない。

 そういう思いで話している百の目は、真っ直ぐで真摯なものだった。

 

「そりゃあ、まあ分かるけど……なぁ?」

 

 鋭児郎の言葉に、ここにいる誰もが頷いた。

 この中には、振武の事をそれほど知らない人間もいる。

 話したこともない人間もいる。

 だが、今まで振武がやってきた事を知って、見ている。

 個性把握テストでの結果も。

 戦闘訓練の時の必死さも。

 USJで、脳無という、オールマイトすら倒せるかもしれない怪物を1人で相手にした事も。

 誰もが出来る事ではない。

 覚悟を抱いていない人間が、そんな事出来るはずもない。

 何も考えていない人間が、そんな事をするはずもない。

 

「……でもよ、じゃあどういうのなんだ? その個性を使わずに戦わなきゃいけない理由って」

 

「そうですね……まず、轟くんと対等になる、同じ土俵に立つというのが1つ」

 

 砂藤の疑問に、魔女子が丁寧に答える。

 そもそもそういう意味で手を抜いているのは、焦凍の方が先だ。

 事情がどうであれ、皆が持てる力の全てを出している状態で、力を半分しか使わずにここまで来てしまった。

 そこと、同じ土俵に乗る。

 本当の意味で共感出来ない自分達が出来る事は、形だけでも相手と同じ目線に立ってみるという事だ。

 今まで見えてこなかったものが見えてくるし、目線を合わせれば視線と目が合う。話を聞いてもらえる率は上がるかもしれない。

 不確定なものだが、不確定でも何でも、試して見ないと始まらない。

 

「そして、もう1つは……、」

 

 その声は、舞台で巻き起こる激しい戦闘の音にかき消された。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「どういう、つもりだ、動島ぁ!!!!」

 

 足から生えてくる巨大で鋭い氷柱が、振武を狙う。

 だが、それも避けた。

 普段よりずっと遅く流れる視界。

 普段よりずっと遅く、そして弱い拳。

 

(チッ、補助だ補助だと思っていたが……個性がないってだけでこれだけ遅くなんのかっ

 ったく、しょうとくんは良くこんな事やってられるぜ)

 

 本来だったらもっとこう出来るのに。

 そういう類の苛立ちが振武の中に小さいながらも生まれている。ある意味、これと似たような事を焦凍は10年近く続けているのだ。相当なものだ。

 安易に使えるものを使わない。目の前にある力を使わないという事の難しさ。

 今の年齢であれば自制心や慣れで何とか出来るが、5歳の子供がやっていたと言われれば、相当の覚悟がなければ出来ないだろう。

 

「答えろ、動島!!!!」

 

 怒りの言葉で、思考を一旦やめる。

 

「どうもこうもねえよ。俺はお前と同じ土俵に立ちたかったてのが1つ!!」

 

 魔女子も観客席で説明していた(振武は知る由もないが)事と同じ事を言う。

 そしてもう1つは、

 

 

 

「――友達同士の喧嘩に、個性を使うバカがどこに居るんだ!?」

 

 

 

 ――これは振武にとっては、喧嘩だ。

 友達同士のただの喧嘩。自分達が理解しあえない感情を、すれ違ってしまう相手を思う気持ちを、ただただぶつけ合うだけの喧嘩だ。

 それに、本気で個性を使ってぶつかり合う事があるか?

 まぁ、あるかもしれないが、普通はないだろう。

 しかも、振武まで本気で個性を使い始めたら、喧嘩ではなく戦いになってしまう。

 そんなものを求めていたんじゃない。

 動島振武は、ちゃんと轟焦凍と対等に、喧嘩をしたかったのだ。

 

「――お前、どこまで俺を馬鹿にすれば気がすむんだ!!」

 

「馬鹿になんかしてねぇよ人の話を聞け!!!!

 いい加減分かってねぇようだから言うけどさぁ、ダチなんて基本宣言してなるもんじゃないの!! 気付いたらなってるもんなの!!」

 

 焦凍の猛攻を回避し続けながら必死で叫ぶ。

 魔女子だってそうだ。あいつも全く気付いていなかった。

 もう振武や百や葉隠とは友達だったのに、目を逸らして、見ていなかった。

 今日、彼女は気付いただけで、彼女は最初から友達がいたのだ。多分、ずっと気付かず素通りしていただけなのだ。

 

「お前がどうこう言おうが、俺とお前はダチなの!!

 しかも、〝マブ〟が付く方!! つまり親友だ親友!!!!」

 

「んな事、あるわけ無いだろうが!!!!」

 

 雹のように生み出した氷の塊を、焦凍は振武に飛ばす。

 

「俺は、ずっと1人だ!! 1人でここまで来たんだ!! 友達なんざ最初から今までいない!!」

 

「テメェが忘れてるだけだろうが!!!!」

 

 回避出来ないと判断し、振武は拳で自分の体に当たる分だけ雹を叩き落とす。

 個性を使わずに叩き落とす事だけは可能だ。だが、暴力的に尖ったそれを叩き落とす度に、振武の拳はどんどん傷を負う。

 大きくはない。

 だが小さくもない。

 そんな傷がいくつも重なり、傷は深くなり、血がポタポタと垂れる。

 

「だから、ここで思い出させる――やっぱ、俺だけ覚えてるってのは不公平だもんなぁ、〝しょうとくん〟!!」

 

「――――――っ」

 

 その言葉に、またフラッシュバックする。

 どこかの木の木陰。

 まだそれほど暴力的ではなかった日光。

 笑う自分。

 笑うダレカ。

 身に覚えのないはずの光景がフラッシュバックする。

 

「なぁ、知ってるか!?

 あの(・・)神社!! 参拝者思いっきり減って、土地買われて、でかいビルが建ってんだぜ!?」

 

 真っ赤な鳥居を、ワクワクしながらくぐった。

 境内の横にある小さな林。

 

「今じゃ、屋上に小さな社があるだけなんだぜ!?

 俺達(・・)の思い出の場所、コンクリで固められちまった!! ひでぇ話だよなぁ!!」

 

 そこで(とどろきしょうと)は、

 そこであいつ(■■■■■■■)は、

 

「っ、うるせぇ!!

 ありもしねぇ事喋んじゃねぇ!!」

 

 振武の言葉を拒絶するように、氷が、冷気が、振武を襲う。

 振武は、それを必死で回避し、時には防ぐ。

 避けきれない。

 防いでも傷つく。

 今までの戦いで経験した傷に比べれば小さいが、今までの戦いであれはそもそも負わないはずの傷が増えていく。

 姿だけ見れば、もうボロボロだ。頬や脇腹から血が流れ、拳は何度も何度も傷の上から殴っているからか、もはやその部分が抉れている。

 痛みだって強い。体力はまだあるが、常に襲ってくる痛みは小さくても気持ちをじわじわと侵していく。

 正直、足もフラフラする。

 傷は小さくとも多い。血はどんどんと体から流れ出ていく。

 

(やば――このままじゃ、意識飛びそう)

 

 必死で痛みと出血でぼんやりする頭を振るう。

 拳を振るって氷を防ぎ、避け、前に進もうとする。

 だが思った以上に足が重い。

 

(嫌だ、動け、動けっ、動けやこのクソ足がぁ!!!!)

 

 自分を叱咤する。

 まだなんだ。

 まだ思い出して貰ってないんだ。

 まだ話きってないんだ。

 言いたい事が沢山あって、

 自分の気持ちを伝えきってなくて、

 まだ、何も出来ていないんだ

 だから!!!!

 

 

 

「――諦めんな!!!!」

 

 

 

 不意に、ダレカの声が聞こえる。

 観客席からそれなりに遠いはずなのに、まるで隣にいるかのようにはっきりと聞こえる。

 

「動島、お前だったら、出来るはずだろう!!」

「事情よくわかんないけど、頑張れ!!」

「あともうちょいだよ!!」

「これ終わったらご飯奢るってあげるから!!」

「んな無茶してでもやりてぇんだろ!! 気張れ!!」

「おいらのお宝本、勝ったらやるから!!」

「動島くん、私が言える事ではありませんが……轟くんを、お願いします!!」

「動島くん、僕と戦った時みたいに――正面から、行け!!」

 

 多情入り混じりで、

 聞こえてくるいくつかの声援は間抜けで、

 協調性もへったくれもない、ただただ我武者羅な声援。

 でも、分かる。

 きっとあれは、A組(なかま)の声。

 ――あいつら、バカなの?

 ――俺、お前らと違って真剣に戦ってないんだぜ?

 ――個性使わず、焦凍にただ話聞いて欲しいだけのバカだぜ。

 ――応援、するかよ。

 ――ここで、こんなに強く、

 

 

 

「――勝って、振武さん!!!!」

 

 

 

「――っ!!!!」

 

 一際大きいその声を聞いて、足が勝手に一歩を踏み出す。

 バカみたいだろう? 仲間の声援で力が湧くなんて、どんなヒーローかって話だ。

 俺は今は友達としてここにいるんだ、ヒーローなんてクソ喰らえだ。

 あぁ、でも、

 

「――悪くない」

 

 

 

 今の振武なら、脳無の5人は相手に出来そうだ!!

 

 

 

 振武は一歩でも前に進んだ。

 足は先ほどよりもずっと軽い。

 だから一歩でも、焦凍の近くに行く。

 自分の言葉が、

 自分の手が、

 少しでも、轟焦凍に届くように。

 

 

「ありもしねぇ事じゃないわボケッ」

 

 

 一歩。

 

 

「あれがなけりゃ、俺はここにいなかった!

 お前と会わなきゃ、話さなきゃ、俺はヒーローになろうなんて考えなかったかもしれねぇ!!

 そうじゃなきゃ、俺は俺の過去すら受け入れられなかった!! お袋が死んで、膝抱えて震えてただけだったかもしれねぇ!!」

 

 

 一歩。

 

 

「今の俺が居るのはなぁ、あの時の約束があるからなんだよ!!

 他にも、いっぱいいっぱい助けて貰ったけどさぁ――それでも、お前との約束も全部含めて、一個でもなくなってりゃ、〝雄英ヒーロー科でヒーロー目指してる動島振武〟はいなかったんだよ!!!」

 

 

 一歩。

 

 

「お前の中には、本当に一欠片だってソレが残ってねぇのかもしれねぇ! でも、それならそれで別に良い!!

 お前が忘れてんだったら、それでも良い。もう一回、また約束すりゃ良い!! 何度だって俺はお前の隣に居座ってやる!!」

 

 

 一歩。

 距離がどんどん近くなる。

 

「――何が、目的だ?

 親父にでも言われたのか?」

 

 氷結の個性を一切止めずに、焦凍は呟く。

 

「ありえないんだよ、こんなの。

 どんなに言われても……お前が俺に関わる理由なんて!!!」

 

「――何度だって言ってやるよ、しょうとくん」

 

 観客の声。

 未だにもめて居る実況席。

 様々な音が響く会場で、不思議とその小さな声はハッキリと焦凍の耳に届く。

 

「――約束したから。『一緒に笑って、戦う』ってな

 ――友達との約束は、何が何でも守るんだよ!!」

 

 

 

「――お前は、一体誰なんだ(・・・・・・)!!!!」

 

 

 

 頭痛を堪えるように、手で頭を抑え、必死に叫ぶ焦凍に、

 

 

 

「――俺は、動島振武だっつってんだろ、しょうと!!!!」

 

 

 

 有らん限りの力を込めて叫び返した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「あっ――――――」

 

 頭の中で焦凍の感情を堰き止めていたナニカが、決壊する。

 砂嵐だらけだった映像がクリアになる。

 音が、匂いが、あの時感じた感触が、全てが頭の中で再生される。

 

 

 

 

『あぁ、きっとその時は、笑って一緒に戦えるように、頑張ろうな!

  ……俺の名前はね、――――。君の名前は?』

 

 

 

 

 ――昔。本当に昔。

 まだ母が家にいて、自分に優しくしてくれていた――自分はそう思っていた頃。

 神社の脇の林で、1人の少年に出会った。

 年恰好は自分と同じくらいだが、喋りかたが妙に大人びていて、自分よりずっと大人のように感じた。

 きっと、自分よりも年上なんだろう。そう思った。

 

 

『……俺の名前はね、動―――。君の名前は?』

 

 

 自分の個性を見せたら、彼は凄い、格好良いと言ってくれた。

 初めて会って子なのに、自分は妙に人見知りせずに話せて彼にそう言われて、凄く嬉しかった。

 父親は、もっと努力しろとしか言わなかったし。

 母親は、自分が炎を使うと辛そうな顔をしたから。

 父親の方針で遊べず、友達もいなかった焦凍にとって見れば、本当の意味で、手放しで褒められたのはこれが初めてだった。

 

 

『……俺の名前はね、動島――。君の名前は?』

 

 

 彼の個性も、見せて貰った。

 石を簡単に割ってしまったのには驚いた。

 焦凍には出来ないから、まるでオールマイトみたいだと言って喜んだ。

 それにどこか彼は少し困ったような顔をしていた。

 素直に『凄いヒーローになれる』と焦凍が言うと、彼は驚いた顔をして、どうしてなのかと聞いてきた。

 正直、その時の焦凍には分からなかった。

 こんなに凄い力を持っていて、優しい彼が、ヒーローになれない筈がないと。

 だからそのままを、彼に伝えた。

 

 

『……俺の名前はね、動島振―。君の名前は?』

 

 

 彼は、泣きそうと嬉しそうの中間のような、当時の焦凍には説明出来ない微妙な表情をしていた。今にして思えば、嬉し泣きしそうな顔とはああいう事を言うのだろう。

 彼は、自分と約束をしようと言ってきた。

 お互いヒーローになったら、また一緒に会って、戦おうと。

 それまではここでお互いの名前を聞くだけに留めて、今度会えるまで頑張ろうと

 ――あぁ、なんでこんな事を忘れていたんだろう。

 どうして覚えておけなかったんだろう。

 あれは確かに、自分がヒーローになると決めた上で、大切なナニカだったはずなのに。

 今の今まで、まるでそれを思い出さなかった。

 

 

 

 

『あぁ、きっとその時は、笑って一緒に戦えるように、頑張ろうな!

  ……俺の名前はね、――動島振武。君の名前は?』

 

 

 

 

 

「――しん、ぶ、くん(・・・・・・・)?」

 

 

 

 

 惚けたようなたった一言。

 その言葉に、振武は笑った。

 あの時の同じような、涙が出るほど嬉しそうな笑顔。

 だがそれは、あの時とは違い涙が溢れていた。

 

 

 

「――だから遅いっつうの、しょうとくん(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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