plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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ノリに任せて思わず書き上げてしまった……。
あと、前話よりちょっと文章量減りました。でもこれぐらいに統一しようかなと少し悩みどころです。

では、楽しんでいただければ幸いです!


episode5

 

「……公園って、こんなに広かったっけ?」

 

 思わずそう呟く。それくらい、公園が大きく感じたのだ。

 前世の頃の俺だったら『子供はこんな狭いところで遊んでんのか、最近の子供は結構大変なんだなぁ』なんて思ったんだろうけど、とんでもない。5歳になり身長が縮んだ所為なのか、大人の頃とは違い大きな空間に感じる。

 こうなってみると滑り台やブランコなどの普通の遊具ですら、ちょっとしたアトラクションのようにも見えてくるのが不思議だ。ゲームなど室内で遊べるものは増えてきても子供が公園から全ていなくならないのに一役買っているんだろう。

 そういえば、この世界はヒーローが実在する職業としてあるぶん、外でヒーローになりきって遊ぶなんていう遊びが割とポピュラーみたいだ。保育園でも似たような遊びをしている子達がいたし、そんな意味でも公園ってのは有益な場所なんだろう。

 そりゃ子供も文句言わないよな。

 

「まぁ、俺はそんな事する気さらさらないけど」

 

 誰に話すでもなくそうボヤきながら、ちょうど日差しを遮っていて居心地の良さそうなベンチに腰を下ろし、子供の体にしては少し大きい鞄に詰めていた本を広げて読み始める。

 ……うちの両親はいい人達だけど、こうやって好きに本を読もうとするとあまり良い顔しないんだよなぁ。

『子供がお部屋で遊んでるだけじゃつまらなくない?』『外で遊びたいって思わない?』『友達とお出かけしたりとか』『……もしかして、苛められてる?』『……この子嫌だなぁって子がいれば言いなさい、お父さんとお母さんがなんとかするから』。

 いったい、どんな思考回路を持てばそんな発想になるんだろうというような言葉が次から次へと溢れてきて、勝手に心配して勝手に架空のいじめっ子に制裁を下そうと考え始める両親は、良い人だよ? 良い人だけど、ウザすぎる。

 というか、勝手に人をボッチ認定しないでほしい。

 ……そりゃあ、話す子とかいないけど!

 どうやら以前の俺は大人しい子だったらしい。記憶が戻ってすぐは、そういう子達に違和感を抱かせたらどうしよう、なんて事を考えたものだけど。

 結局杞憂に終わった。

 何せ最初からいなかったからね! 友達とか!!

 

「……いや、寂しくはないからね? ほら、いくら5歳に転生したからといって俺は25歳の男性だから。仮に友達いたとして、何を話せば良いの? お母さんと一緒にニュース見ちゃうような子供がどうやって話題作れば良いの? 今日のダウ平均株価とか話したって理解できないじゃん」

 

 ……まぁダウ平均株価は俺でも理解できないけど。サラリーマンに有るまじきとか思うかもだけど、俺ダメサラリーマンだったし。

 というわけで、

 俺は結局両親に心配かけないように、最近は出来るだけ外に出て、図書館かこうやって公園で本を読んで時間潰すんだよ。

 図書館は毎日行くと職員さんに気を使わせちゃうからね。

 言われたよ、『坊や1人? お友達は?』って。

 今の状況で言われたらなみ……目から心の汗出ちゃうからね。

 

「でも公園ももう限界かもなぁ、だんだん日差し強くなってるような気がするし」

 

 空を見上げてみれば、空は爽やかな快晴だ。

 まだ梅雨入り宣言されていないし雨はこれからだろうけど、日差しは徐々に夏の匂いが感じれるような熱を持ち始めている。

 流石に春の穏やかさ、とは言えない。

 

「そんな中、本読んでる俺って、だいぶ変わってるんだろうなぁ。でも、意外と面白いんだよな」

 

 手に持っている本は『現代科学初段〜これを見れば、貴方も科学者〜』。くだらないタイトルに思えるだろうが、これで結構面白い。ヒーローの話も織り交ぜつつここ何十年間で進歩した科学技術の説明がされていて、子供向け故に非常に分かりやすい。

 個性というものが出現してからこの世界は、前世にいた世界以上に技術やなんかが発展しているらしい。

 それほど街並みやなんかは実際に生活していても、個性やヒーローに関する事以外での大きな変化は感じないが、細かな所で発展している所は多い。特にヒーロー達が実際に使用するアイテムやコスチュームには最新技術が使われている。

 機能説明見るだけでも、俺が生きていた世界とはだいぶ違うんだなぁと思う。もしかしたら民間になかっただけで存在はしていたのかもしれないが、実際に人々の目に触れる所で使われてるという時点で、技術力は進んでいるんだろう。

 俺だってそりゃあ男の子だから、こういうオタクっぽいの見るとワクワクするから、つい読んでしまう。

 

「フハハハ! 行くぞ、みんな〜!」

 

「「「お〜!!」」」

 

「ま、待ってよ皆〜」

 

 ふと声が聞こえて顔を上げてみると、子供達が皆でヒーローごっこのような事をして遊んでいるようだった。どうやら、金髪頭の少年がガキ大将、3人の子供達が子分、緑色の髪の子供が……下っ端? ここら辺で普段見かけないって事は、隣の地区の子供なのかもしれない。

 ……なんか、金髪と緑色の髪の子はどこかで見た事があるような気もしないでもない。買い物に出かけたりした時にすれ違いでもしたんだろうか。

 なんかモヤモヤするけど、思い出す気配がなかったのでやめた。

 まぁ本人達は楽しそうだから良いんだけど、それにしても、

 

「皆元気だなぁ……ヒーローごっこばっかりしてて飽きないのかな?」

 

 保育園で同じ組にいる男の子達も、自分のお気に入りのヒーローになりきって毎日のように遊んでいる。

 普通だったら飽きて別の遊びをやろうという事になるんだろうけど、保育園の子達は少なくとも飽きる気配が欠片もなかった。

 

「そりゃあ、飽きないだろうね。ヒーローはカッコいいと思うのが、子供だと当たり前だしねぇ。あんたは仲間に入れて貰わんのかい? 皆楽しそうじゃないか」

 

「あ、いえ、ぼくはきょうみないです……ん?」

 

 ……今誰か、俺の独り言に返事したよな? 思わず子供口調になっちゃったし。

 声がした方を振り返ってみれば、俺の座っているその隣には、1人の老婆――は、口が悪いから、お婆ちゃんが座っていた。年齢は……よく分からないが、俺と同じくらい小さいその体はぱっと見、大丈夫かなと一瞬心配になるが、物腰を見ていると見た目年齢よりはずっと元気そうだった

 

「なんじゃ、そんな驚いた顔をして。私がいるのがそんなに不思議かい?

 まぁ、ドロップでもお食べ」

 

「……いただきます」

 

 目の前に差し出されたドロップ缶に手を出すと、穴から出てきたのはピンク色の飴玉。記憶が正しければ、林檎味だったよな。

 そう思いながら恐る恐る口に入れてみれば、予想通り、懐かしくも甘い林檎の味が口の中に広がっていく。

 

「おいしい、です」

 

「そうか、そりゃ何よりだよ」

 

 お婆ちゃんは俺の表情を見て満足したのか、ニコニコ人懐っこい笑みを浮かべて、自分もドロップを口に入れた。少ししか見えなかったが、多分ハッカだな。ハッカ味は賛否両論あるんだよなぁ、ドクターペッパー並みに好き嫌いが分かれる。いや俺は好きだけどね……じゃなくて。

 なんでナチュラルに座っていて、ナチュラルに飴なんかくれるんだろうこのお婆ちゃんは。嬉しいけど。

 というか、座った事に全然気付かなかった。

 

「…………いつから、ここにいました? ぜんぜん、きづかなかったです」

 

「あんたが子供を見始めてからさ。見たっていう意味なら、あんたが本を読み始めた時に遠目から見たね」

 

 そうですか、と俺は小さく安堵した。

 俺の独り言、結構5歳児としてはおかしい発言多かったしな。今度から1人の時でも、独り言言わないようにしようかな……結構ストレス溜まるんだよなぁ、それ。

 

「……ホホホ、そんな警戒しなくても良いよ。私は別にお前さんを退かそうとか、邪魔しようとか、そういう理由でここに座ったわけじゃないんだ。ただ、ちょっと興味が湧いてね」

 

「きょうみ、ですか?」

 

 微笑みながら言われた言葉を思わず繰り返してしまう。

 ありえない話じゃないよな。公園で1人で本を読んでいる5歳児は、確かに興味が湧く対象だ。

 昨今公園に集まって携帯ゲームで遊んでいる子供も多いが、1人で、本を読んでいる、というのはだいぶ変わっている。

 

「いやいや、そんな意味じゃないよ。まぁ1人で何しているのかってのは確かに気になったがね。

 私が気になったのは、あんたの目さ」

 

「め、ですか?」

 

 思わず瞼を触れてしまう。

 目に関わる個性でもないし、異形型ではないんだけど……というか、そういう個性じゃないのに日本人離れした色している人も結構いるんだけどな。

 

「フフフ、見た目の話じゃない。見方というか、思ってる事というか。目ってのは、思ったよりも感情を映し出すもんさ。本人には自覚が無くても、隠しているように見えても、それが出てきちまうんだよ。

 目は口ほどに物を言うっていうだろう、そんなもんなのさ」

 

「はぁ……でも、あんまりふかいこと、かんがえてなかったです」

 

「そうかね……あんたはなんか、私がよく見ている人達に良く似た目をしていたからね」

 

「よく、みているひと?」

 

 

「そう――何かを諦めちまった人間。前に進む事をやめちまった人間の目だよ」

 

 

 ――このお婆ちゃん、あっさり人の図星突いてきた。

 

「職業柄、そういう子達を沢山見てきたからね、なんと無く、そういう子達に似ていると思ってね。まぁ、あんたはそれほど酷い方じゃないけどね」

 

「あきらめたひとをたくさん見たって、どんなしごとですか、それ」

 

「ん〜、まぁそれは秘密にしておこうかね。女は謎が多い方が美人になれるって言うし」

 

 女って……こんな堂々と言われると、かえってツッコミし辛い。いや、したらしたで失礼だからしないんだけどさ。

 でも、

 

「……でも、たしかにぼくは、いっぱいあきらめてきたんだと、おもいます」

 

 無難な道、楽な道を探し続け。

 父親の顔色を伺って、ギリギリ怒られない所で手を抜いて。

 もっと上のレベルの大学に入れたはずなのに、楽で確実に入れる大学に入って、興味のない勉強に手を抜きながら取り組んだ。

 無理はしない。

 無茶をしない。

 無謀な行いはしない。

 何か夢を見るとか、大きな目標を持つなんていうのは馬鹿らしい事だと思っていたし、何かに熱くなってる奴なんて脳筋の亜種くらいにしか考えていなかった。

 現実は結局、自分1人でどうこうなる世界じゃない。

 だったら、最初から諦めている方がずっと楽だった。

 

「……そうかい。でもそれは、別に悪い事じゃないよ。人の心には許容量ってのが決まってる。そこに収まりきらないものを持っちまうと、心なんてあっさり壊れちまう。そうなるくらいなら、最初から望まないってのは、何も間違ってないさ」

 

 お婆ちゃんのわけ知り顔で語られた言葉に、俺は小さく頷いた。

 それは分かっている。最初から無理な事を抱え込んで自分が壊れてしまっては、何の意味もない。

 命以上に大切なものはたしかに存在するけど、それは世界中探して回ってもそう多くはない。どんなに綺麗事を並べようとも、自分の中で1番自分の事が大事なのだ。

 

「そうですね、きっとまちがいじゃない。

 でも、ぼくはもう、知ってしまったんです」

 

「何をだい?」

 

 

「自分の命よりも、ずっと大切なものを持って生きている人達の事を」

 

 

 転々寺さんは自分の信念。

 父さん母さんは、恥ずかしいけど俺の幸せやお互いの事。

 俺が知っている人達だけじゃない。きっと俺の知らない多くの人々が、自分の事以上に大切な〝誰か〟と〝何か〟を持って生きていて、あるいはそれを必死に探して生きている。

 そんな世界なんだ、この世界は。

 ……いや、前世の世界ももしかしたらそうだったのかもしれない。

 俺が目を背け続けて、見ても見なかったようにし続けていただけで、本当は皆、そんな大切なものを抱えて生きていたのかもしれない。

 この世界の事を描いた漫画を勧めてきたアイツも、漫画家として生きていきたいと机にかじりついて漫画を描き続けていた。

 無関心のように見えた母さんだって、あの家を、家族という強固そうに見えて脆い集団を維持しようと躍起になっていたのかもしれない。

 父さんだってそうだ。本当は、俺の為に。俺が将来に困らないようにと考えて、敢えて厳しい発言をしていたのかもしれない。

 勿論、必ず万人に認められるものじゃない。

 でもその人達の中では真実で、それがどうしても自分の事以上に守りたいものだった。

 今では、そんな風に考えられるようになった。

 

「……確かに俺自身、諦めている事が多かったです。自分に出来ない事を他人がやっていて、それを羨ましいと思った事も、何回もあります。でも、それでも、俺はもう決めたんです。

 もう俺は、何も諦めたくありません。どうせだったら、自分の進みたい前に進んで、行きたいです」

 

 これを前世の俺を知っている人間が見ていれば、何て遅い出発なんだろうと思う人もいるかもしれない。

 急に宗旨替えするなんて、どうしたんだと思うかもしれない。

 でも、拙い俺がこの世界にやってきて、ようやくそう考えられるようになったんだ。

 この世界で記憶を取り戻してからまだ1ヶ月しか経っていない。それでも、俺はそうなりたいと思った。

 何せ、憧れている人達が言ってくれたんだ。

 

 

 

 俺はヒーローになれるって。

 

 

 

 勿論、俺がこれからどんな道を選ぶのか、それは解らない。ヒーローになるとしても、俺が直接危険の前で動けるか、そもそも戦う適性があるのか、危険を前に足が竦まないのかも疑問だ。

 どんなに決意を抱いたところで、人はその個人個人で抱えられる容量がある

 器に合わせて何かを決めるなんて馬鹿らしい、なりたいものに合わせて器をでかくすれば良いじゃないかなんて言ってしまえる人は凄いと思う。でも俺はそんな凄い奴じゃないって解ってる。何かきっかけがあれば、折れてしまう人間だと解ってる。

 でも、それでも、もう何かを諦めて、立ち止まってしまう事だけは、嫌だった。

 

「……強いんだね、お前さんは。その道は、結構険しいよ?」

 

「強くないです。もう弱いのは嫌だって思っただけです。

 何も決まってはいませんけど、それでも、取り敢えず頑張ってみます。険しくても何でも、自分が決めた道なら、きっと楽しく進めると思います」

 

「そうかい……将来が楽しみだね。若者の成長を見るってのは、幾つになっても嬉しいもんだね」

 

 お婆ちゃんは俺の一人語りに、嫌そうな顔一つせず付き合ってくれた。

 そういう意味じゃ、この人は相当器が大きな人なのかもしれない。途中思わず気持ちがのって素の口調で喋ってしまっていたのに、気持ち悪い顔もしない。

 ん? でも知識とか、頭良くなる個性を持っている人間とかいれば、もしかしたらこんな風に喋る子もいるのかな。周りにそういう類の個性の子がいないから、解らないけど。

 

「私に言われてどう思うかは分からないけど……あんたはきっと、大物になるよ、私が保証してやるよ」

 

「――はい、ありがとうございます。すごくうれしいです」

 

 認められるって事の嬉しさを知ったからだろうか、また誰かに自分の考えを認めてもらえて、やはり心の隅にむず痒さのような物は感じるけど、それでも前よりも恥ずかしさはなかった。

 むしろ、誇らしくすら思える。

 

「ありがとうね、坊や。こんなお婆ちゃんの話し相手になってくれて」

「あ、いえ、ぜんぜん、むしろ、いっぽうてきに話しちゃって」

「良いんだよ、あんたみたいな子の話を聞いてるだけで、こっちとしては嬉しいんだ。

 でも、大丈夫かい?」

「? なにがですか?」

「時計はよめるかい?」

 

「よめますけど……あ、」

 

 唐突なお婆ちゃんの言葉に答えながら公園にある時計を見てみれば、時間はもう3時を過ぎた頃だった。おやつの時間までちょっとだけ時間を潰そうと思って入ってきたのが2時半だったから、もう30分以上は経っている事になる。

 時間的にはもっと短いと思っていたが、案外集中して話していたみたいだ。

 

「そうですね、はやく行かないと、おとうさんにおこられちゃいます」

 

 まぁ怒られるっていうか、悲しまれるって印象の方が強いけどね。

 我が家の家庭事情の関係で、母さんはあまり料理をしない。その代わり父さんの家事スキルはその辺の主婦を超えているので苦労はしていないけど。

 料理も美味しく、特に3時のおやつはかなり気合いを入れて作ってくれている。もし俺が食べないなんて言い出したら『えっ、食べないの?……本当に?』と残念そうな顔をするくらいだから、きっとめちゃくちゃ熱意を持って作っているんだろう。

 

「じゃあ、おばあちゃん、お話ししてくれてありがとう」

 

「良いんだよ、私もちょうど良い暇つぶしになった」

 

 出しっぱなしになっていた本を詰め、俺が立ち上がると、お婆ちゃんは相変わらず優しい笑顔で俺を見送ってくれた。

 ……本当に、良い人だったな。また会えれば良いけど、なんかたまたまここに居たみたいだし、もう会えないかもな。

 ――あの考えを誰かに話せたのは、良かったかもしれない。

 自分の中でただ考えているより、誰かにはっきりと明言した方が自分の中でしっかりと固定化されたように思える。

 取り敢えず、自分に何が出来て、何が出来ないのか。何をどう努力すれば良いのかを見極めないと。

 俺は自分の中で、とりあえずの目標を定めながら、家に向かって急いだ。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「――お話は終わりましたか?」

 

「……盗み聞きとは、良い趣味してるじゃないか。校長のやるべき事じゃないね」

 

「いや、申し訳ない。あまりに楽しそうに話していらっしゃったので、間に入れませんでした」

 

 振武が去り、1人で座っていた老婆に話しかけながら、声の主はそのまま隣に座った。

 人の腰ほどしかない体躯、鼠なのか小熊なのか、いったいなんの生物なのか分からないフォルムの彼は、しかしその容姿に似合うようにしっかりとスーツを着ていた。

 彼の名は、根津。

 ヒーロー科を抱えている有名国立高校・雄英校で現在校長を務める、動物が個性を獲得した特異な存在だ。

 

「楽しそう、ねぇ。まぁ確かに面白かったね。ああいう場に立ち会えるってのは意外と少ないもんさ」

 

「貴女ほど雄英に携わってきた人がそのような事を言うとは、彼はとんでもなく才能があるんですね――リカバリーガール」

 

 リカバリーガール。雄英という学校が、日本屈指のヒーローを輩出し続ける要因の1つを担っている女性。

 あらゆる人間の治癒力を増幅し、傷を癒してしまう彼女がいるからこそ、雄英はトップクラスでギリギリな授業をヒーロー科の生徒に施せる。在籍している期間も長く、多くの生徒を見てきた。

 夢を叶えた者も、挫折してしまった者も。

 その多くを、彼女は長い間に見送ってきたのだ。その彼女が言うのだから、先ほどまでここにいた少年はきっと凄いのだろう。

 そう考えていた根津の言葉に、リカバリーガールは苦笑いを浮かべる。

 

「才能……まぁ、ある意味才能だろうね。あんな風に考えられるというのは、やはり凄い事だよ」

 

「? どういう事でしょう」

 

「……あの子はね、一度はっきりと何かに挫折した子なんだよ。そういう子ってのは特有の空気を纏っているもんなんだけど、あの子の場合はそれが顕著に思えたんだ。

 一度折れてしまったものをもう一度ってのは、相当な労力が必要だ。私の個性は人を治すことが出来るが、心の傷までカバーし切れない。どこまで行っても、自分をもう一度立たせてあげられるのは、自分しかいないんだよ」

 

 勿論、立ち上がる時のきっかけは他から与えられたものかもしれない。

 誰かの言葉、誰かの鼓舞で人は突き動かされる時がある。だがそれはあくまできっかけに過ぎない。どこまで行っても、自分で立ち上がる気がなかったり、立ち上がる力が無ければ、ただ項垂れて地面を見続けるしかない。

 自分が1番大事というのは当たり前。

 そして、自分を救えるのも、結局自分だけだ。

 

「だがあの子は、自分の力でそれを行えた。話を聞いていた感じきっかけはあったんだろうけどね。それでも、自分で立ち上がった。

 おそらく5歳くらいかね、あの子は。割に随分な経験をしたようだけど、立ち上がった事自体、とても5歳とは思えなかったね」

 

「……頭脳系の個性、ですかね」

 

「そうだったとしても、それだけじゃないね。

 あの子は元々、強い子だったんだろうね。何があったかは知らないが、元々の素質として持っているものが、あの子を奮い立たせたんだよ」

 

 挫折や困難に絶対屈しない。それも立派な力だ。

 しかしそれを最初から持っている者はかなり少数だという事を、リカバリーガールは今までの経験で理解している。何度も何度も挫け、嘆き、結果諦めてしまう。そのまま立ち上がれず、自分に言い訳をしながら雄英を去っていった生徒も、数え切れないほどだ。

 だが、その挫折から立ち上がる。ない勇気を振り絞って立ち上がる。何度も、何度でも。泣きながらでも何でも、前に進む。どんなヒーローであれ、どんなスタンスを持っているであれ、これはトップクラスのヒーローとして名前が挙がる者たち誰もが持っている共通の強さだ。

 彼は、ヒーローに大事なその素質を初めから持っている。

 

「……根津、10年後が楽しみだね。あの子はきっと、雄英にやってくるよ」

 

「来る、のでしょうか。あの子はまだヒーローになると決めていなかったようですが」

 

「フフフ、お前さんもまだまだ青いね。あの子の最初の目を見ていないからかもしれないけどね」

 

「目、ですか」

 

 根津の不思議そうな顔に、リカバリーガールは笑みを浮かべる。

 最初にあの子供を見かけた時。その時見た印象を、これから先も覚えていられると確信できるほど、その姿は格好が良かった。

 あの子に話した言葉に嘘があったわけではない。彼の目には確かに諦めもあった。少なくとも、無邪気にヒーローという者を尊敬し、真似をするほど夢見がちではない。

 極めて冷静にそれを見ていた。

 だが、それだけではなかった。

 心の強さは総じて目に表れる。かのオールマイトやエンデヴァー、トップをひた走るヒーロー達に見られる、それを見せただけで、有象無象であれば竦み上がってしまう。

 意志の力――絶対に逃げてなるものかという意志。

 それがあの子の目には宿っていた。

 あの子の本当の意味での強さを活かすならば、ヒーロー以外に選択肢はない。

 そして、もう1つは、

 

「あの子は自分で気づいてなかったようだけどね。

 あの子はヒーローになりたがってたよ。自分の願望に気づけてないってのはままある事だけど、あんなに真っ直ぐに望んでおいて気づいていないってのも、面白いがね」

 

「では、それに気づいた瞬間、彼はきっと化けるでしょうね」

 

「化けるどころの騒ぎじゃない……下手をすれば、オールマイトにだって負けない、立派なヒーローになれるはずさ」

 

「……リカバリーガールがそこまで見込むというのは、珍しいですね」

 

「楽しくないわけないさ。純粋な気持ちってのが見れたからね。私はそれを見るために、雄英にいるようなもんなんだからね」

 

 きっと10年後。自分があの子の世話を焼く時が来るだろう。

 彼があの気持ちを忘れないで成長してくれれば、雄英だって穏やかじゃいられない。あのタイプは、自分で事件に首を突っ込んでいくタイプだ。学生時代から何を引き起こしたって、リカバリーガールは驚かない自信があった。

 その日のために、自分もまた雄英で頑張っていこうと思える。

 彼が胸を張って先達だと誇れる者達を見守っていこう。

 そして彼が雄英にやってきたら、

 

 

 

「またお菓子でもあげて、昔話でもしようかね」

 

 

 

 

 

 

 あの頃から、私はあんたを見込んでたんだよ、と。

 そう胸を張ってあの子に話しをしよう。

 そう思い、リカバリーガールは根津と共に歩き始めた。

 

 

 

 

 

 




少し言い訳を許していただければ。


主人公は正直、殆ど原作を覚えておりません。
一巻は一応友達に布教され読んだのですが、本人の無関心さ+転生のショックからか、細かいところまで覚えてはいないようです。
だから、それっぽい(まぁ、明らかに爆発させる子と無個性の子なわけですが)子供が目の前にいても、少し違和感を覚えるだけで終わっています。

もう一つは、リカバリーガールの口調と性格。
これは出来るだけ原作と雰囲気があるようにとは考えたのですが、独自解釈もかなり混じっています。全然違うじゃん、と思う方には大変申し訳ありませんが、ご理解頂けるとありがたいです。

さて、この動島振武:オリジンも中盤をかなり超えてきました。
とりあえず、このオリジンはしっかりと、でも出来るだけ早く皆さんに読んでいただき、原作の時系列に近づけたいと思います。
では、またご感想頂けると嬉しいです。

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