plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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また伸びてる……なんだろう、最終的にはどれくらい長くなっていくんだろう。いや、短いよりは良いんですけどね!

というわけで、振武くんの話では4話、全体では5話の投稿です。
お気に入りも100人を超え作者としては嬉しい気持ちでいっぱいです、みなさんに楽しんで頂けるように精進いたしますので、これからも宜しくお願い致します。


episode4

 子供は嵐のようだ、と思う。

 前の世界で親戚の子供の相手をした事はあるが、その時も思った。大人以上の体力と騒々しさで部屋を荒らし、何が面白いのか理解できない事でゲラゲラ笑う。気に入らない事があるとすぐ駄々をこね、終いには泣く。

 唯一大人しいのは寝ている時と好きなアニメを見ている時だけで、後者は長時間見すぎると飽きる傾向にある。

 理論などが一切通用せず、大人1人だけでは制御出来ない。それが子供という存在だ。

 それが何十人と集まってしまっては、当然収拾をつける事はできない。

 

「……これが、保育園という魔窟の怖さ、なんだよなぁ」

 

 保育園の先生に聞こえないように、ボソッと呟く。

 まぁ、聞こえないようにしなくたって、聞こえないと思うけど。

 ――騒然としている、という言葉が生易しいように聞こえる保育園の部屋の中で、小さくため息をついた。

 

 

 

 

 

 母の長期休暇は1週間近くに及んだ。

 普通の感覚なら長期休暇ではないものの、まぁトップヒーローが1週間近く休めただけでも、十分マシなのかもしれないけど。

 俺は思う存分母さんと一緒に過ごせたし、家族で遊園地に遊びに行ったりもした。童心に戻ってというのは俺のこの状況的に笑えないんだけど、体に精神が引っ張られてしまったのか、帰りの車の中で爆睡するくらい遊べた。

 父さんと母さんには、心はかなり許せるようになった。

 そりゃあ前世での両親は産んで育ててくれた恩はあるけど、今を生きていくなら、今の家族を大切にするべきだ。

 実際うちの両親、良い人たちだしね。ちょっと愛が重いし、イチャイチャし過ぎだと思うけど。

 遊園地では人目を憚らずデレデレする父さんと、そんな父さんが大好きな母さん。正直砂糖を吐きそうだった俺がトイレに逃げれば、たった5分程度だったのに迷子センターでお父さんもお母さんも大泣きしていた。

 いや、黙って行っちゃったのは申し訳ないと思うけど、にしても大げさすぎる。

 

『なんだったら、もっと休んでも良いのよ? ほら、ぶっちゃけ私がいなくてもサイドキックの人に任せちゃって良い案件もあるし、ほら、良い加減サイドキックにも仕事を任せるようにしなきゃいけないし。ほら、いずれ巣立つ子達だから』

 

 母さん、誤魔化しすぎて3回くらい『ほら』って言ってるよ、あからさまに誤魔化してるじゃん。

 実際その時のお母さんは、サイドキックの人に仕事だからと襟首を掴まれ引っ張られている状態だった。もはや誤魔化しても意味がなかった。そんな訳で、今日の朝お母さんは仕事に復帰し、それを機に俺も保育園に復帰という事になった。

 保育園に行く事は別に苦じゃない。母さんが休みを取る前に何度か行ったし、私立保育園であるそこは制服があって、まぁその制服も随分大人っぽいデザインだったので何とか我慢出来た。

 私立保育園なんて前世では通う機会がなかったから、最初の頃はかなり新鮮だった。

 ……最初の頃は、だけど。

 私立保育園に通っていっても、子供は所詮子供だった。

 俺はその騒々しさに、すぐに嫌気がさす事になった。

 

 

 

 

 

 最終的に俺がとった行動は、外で遊ぶ事が大好きな子供達を避けて、絵本などが置いてある本棚に居座るというものだった。

 幸い記憶が戻っていなかった俺も絵本を読むのが大好きだったのか、それほど保育士達にはあまり変な顔はされなかった。『あぁ、振武くんの習慣ね』程度の認識だ。

 記憶が戻る前の自分は、5歳にしてかなりのインドア派だったんだろう。

 そして時間は午後5時。他の保育園を知らないので遅いか早いかは分からないが、うちの保育園ではこの時間が、親御さんが多くお迎えにやってくる時間帯だった。

 その所為で、子供達が来る時間と同じレベルでの騒々しさになっている。

 

「今日は、確か母さんだったよなぁ」

 

 仕事へ行くのを渋った母がサイドキックに出していた最低限の条件。それは昼間のうちに仕事を終わらせ、俺のお迎えに来てそのまま一緒に買い物をするというものだった。

 サイドキックって、確か事務所を作ったヒーローのサポート、部下みたいなもんって聞いたけど……まぁ、母さんあんな風に見えて実はズボラで結構サボりたがりだったからなぁ。サイドキックの人もそれを解っているのか、盛大に溜息を吐きながらも同意してた。

 という訳で、いつもは父さんだったが、今日に限っては母さんだ。

 買い物か……なにか本買ってもらおうかなぁ。ヒーローの事もうちょっと勉強してみたいし。でも難しい本だと変に思われるかもしれないし。

 そんな事を考えながら、久しぶりに『100万回死んだねこ』を読んでいる。

 大人になればなるほど、この物語の深さって感じるよね。

 

「振武く〜ん、お迎え来たよ〜!」

 

「っ、は〜い」

 

 あれ、もう来たんだ。もっと時間がかかるものだと思っていたけれど……。

 俺は本を優しく(他の子が乱暴に扱うから俺くらいは優しくしないと)閉じて、立ち上がって出入り口の方を向いてみる。

 ――お母さんだと思って見てみれば、そこには想像していたのと違う人物が立っていた。

 オレンジ色の、まるでワックスで固めたようなツンツンした頭。同じ色合いの二重の眼。身長は年齢にしてはそれほど大きくないように見えるし、体格もそれほど良いわけじゃない。でもその立ち姿に隙がないのは、素人の俺でも何となく察する事が出来る。

 

「えぇっと……おかあさんの、サイ――部下の、ワー……えぇ〜っと」

 

「転々寺位介だよ、振武くん」

 

 ヒーローは基本的に自分の正体を人に晒したりはしない。それはこのヒーロー飽和社会であるこの世界でも変わらない、慣例のようなものだ。人によっては隠してない人もいるみたいだけど、母さんと彼は違うしね。

 だからヒーロー名を言わないようにしなければいけない訳だが、俺は彼の名前を知らなかった。

 悩んでいると、そこで歩み寄ってきた彼――転々寺さんは、朗らかな笑みで名乗ってくれた。

 

「てんてんじさん……ははが、いつもおせわになってます」

 

 とりあえず、挨拶は大事だと思って頭を下げると、転々寺さんは少し困惑したような顔をする。

 しまった、5歳児がする行動じゃなかったな。

 

「あ、あぁ、畏まった返事をありがとう。

  セン……お母さんから聞いていたけど、大人っぽい子なんだね、振武くんは」

 

 どうやら好意的に受け止めてくれたらしく、すぐに笑顔で俺の頭を撫でてくれた。

 むむ、しかし父の安心感のあるものとも、母の慈愛に溢れたものとも違う撫でられ方、これはこれで悪くない。

 ……なんか、撫でられたがりになってるな、俺。

 女子かよ。

 いくら前世で経験少ないからって、これはどうなんだろう。

 

「えぇっと、それで、どうして、てんてんじさんがいるんですか? おかあさんは?」

 

「あぁ、それ、悪いけど、」

 

 少し困ったような顔をし、頬を掻く転々寺さん。

 

 

「今日、お母さん来れなくなっちゃって、代わりに俺が迎えに行く事になったんだ」

 

 

 

 

 

 転々寺さんの説明によると。

 母さんはどうやら、急な仕事で来れないらしい。協力を依頼してきたのは昔母さんがサイドキックとしてかなりお世話になった人で、普通に考えれば断れる状況ではなかったようだ。

 まぁ母さんはそもそもが普通じゃないから、それでもかなりごねたらしい。だけど、転々寺さんの説得と先輩として相手を尊敬している事もあって、仕方なく仕事を受ける事になった。

 しかも父さんはすでに母さんに迎えに来てもらう前提で予定を組んだせいで、この時間は手を離せる状況ではなく、俺のお迎えにやってくる事も困難な状況。

 その仕事の都合上現場の人員も余った事から、何かあった時用に作っておいたお迎えの許可証を持っている転々寺さんが俺のお迎えをする事になった、と。

 そして今、俺と転々寺さんは、2人で大きなショッピングモールに足を運んでいた。

 

「どうだい? ストロベリーは美味しいかい?」

 

「はい、おいしいです。てんてんじさんは?」

 

「俺も美味しいよ、ソフトクリームを食べるなんて子供の時以来だけど、こんなに美味しいものだったんだね」

 

 冷たくも甘いその味に少し癒される。

 何でも母さんは、事前に転々寺さんにお金を渡し、『これで振武と少しお出掛けしてきて、あと振武に「今日は約束やぶってゴメンなさい、お母さんを嫌いにならないで」って伝えといて、絶対よ』といつもの無表情に近い顔で滝のような涙を流し続けていたらしい。

 相変わらず母の愛は重いものの、このまま家で1人帰りを待つのも嫌だったので、こっちとしては万々歳だった。ショッピングモールで転々寺さんと数冊の本と夏用に必要な服数点を買い、今はベンチでソフトクリームを食べていた。

 俺がストロベリーで、転々寺さんはバニラ。

 こうやって見ればかなり若いお父さん(転々寺さんは24歳だそうだ)と子供が仲良くしているように見えるのだろうか。

 そんな益体のない事を考えながらも、ソフトクリームを食べる口は止まらなかった。

 転々寺さんの言う通り、久しぶりに食べるとやはり美味しいのか、味覚が子供になっているから余計にそう感じるのか分からないが、転々寺さんに言った通り、美味しいのは確かだった。

 

「ははっ、なんだ、大人っぽい感じだから、お菓子なんて興味がないと思ったけど、やっぱり好きなんだね」

 

「……べつに、おとなっぽくしてるつもり、ないです」

 

「そうやって俺に敬語を使えているのが、すでに大人っぽいと思うけどねぇ。

 まぁでも、満足してくれているようで良かった。これでもし君に機嫌悪くなられたら、あとでセン――君のお母さんに、ボコ――お、怒られ、ちゃうからね」

 

 転々寺さん、色んな意味で漏れてる漏れてる。

 ……にしてもお母さん、サイドキックにどんだけ厳しいんだ。まぁ、ヒーローのサイドキックへの接し方って結構人によって違うってのは、この前こっそり読んだ本で分かっているけど。

 

「……てんてんじさん、聞いてもいいですか?」

 

「おぉ、質問かい? なんでも聞いてくれていいよ!

 こうやってヒーローじゃない人に正体バラしつつ話す機会俺なかなかないからさ、ちょっとワクワクしてるよっ」

 

「はあ……えっと、なんで、ヒーローになろうと思ったんですか?」

 

 さぁ、早く早く。

 と言わんばかりに目を輝かせている転々寺さんにちょっとひきながらも、表に出さずに最近考えていた事を口に出してみる。

 ――サイドキックとは、弁護士で言えばイソ弁。居候弁護士と性質が似ている。既存のヒーロー事務所に所属し、そこでキャリアを積んでいずれ自分の事務所を作る。

 ヒーロー科に通う学生が卵だとするならば、失礼な言い方だというのを承知で言えば、サイドキックは雛のような存在だ。そこで芽が出なければ一生サイドキック止まり、なんて人もいるくらいだ。準備期間とは言え、生易しい環境ではないだろう。

 なんで、そんな厳しいヒーローになろうとしたんだろうと。

 聞いたところ転々寺さん――ワープワーヴは、特筆して良くもなければ、悪くもない人だった。

 個性は【転位】。手から出される輪っか状のロープの中を潜れるものは、どんなものでも任意の場所に移動させることが出来る。輪っかの大きさは1メートルから8メートルまで変更できる、珍しい瞬間移動系個性だ。

 ぱっと聞いただけならば、かなり有益な個性だし羨む人も多いように思う個性だが、実際自分の知っている場所以外に転位は出来ないし、その性質上攻撃に向いている訳ではない。捕物には一家言あるって聞いたけど。

 勿論実際見ている訳ではないからはっきりとは言い切れないけど、あまりに便利すぎるから、下手をすればサイドキックのまま据え置かれる、みたいな事もありえそうな個性だ。

 

「ほうほう、なるほど。

  振武くんも、男の子なんだなぁ。ヒーローに憧れて、今から実地調査かい?」

 

「べつに、そういうわけじゃ、」

 

 俺が少し言葉を選んでいると、転々寺さんはそんな俺を見て「ハハハッ」と声をあげて笑う。

 

「そんな困ったような顔しなくても良いよ。振武くんがヒーローになろうかどうしようか悩んでいるってのは、君のお母さんから聞いているよ。

 これはその為に必要な質問って事かな?」

 

「……まぁ、そういうこと、です」

 

 事前に自分の考えが伝わっているという事は、どこかむず痒く感じるものだ。少し居心地の悪さを感じながら頷くと、転々寺さんも、こちらは楽しそうにうんうんと頷く。

 

「まぁ、君の年齢的にはちょっと早いような気もするけど、その考えってのは間違ってないよ。

 最近はヒーローって賞賛してくれる人が多いけど、それを懐疑的に見る目ってのも大事だから。実際君のお母さんの下で仕事してると、なんかついそういう見方がついてくるよ」

 

 転々寺さんはそう言って、ソフトクリームの最後のコーン部分を一口で食べ終わって、居住まいを正す。

 ……不思議なんだけど、父さんや母さん、それに転々寺さんみたいにヒーローに一家言ある人って、皆似たような表情をしている人が多い。

 何かを覚悟したような、それでいて子供の憧憬が混じっているような不思議な表情。

 普通の大人ではなかなか出来ない表情が、俺は少し好きだ。

 

「そうだな……君は、オールマイトって知ってるよね?」

 

「はい、ナンバーワンヒーロー、ですよね?」

 

 ――《オールマイト》。

 この国で燦然と輝く、『平和の象徴』。

 デビュー時に起こった自然災害の時、1人で1000人以上の被災者を助けるという伝説を打ち立て、その後も様々なところで活躍し、現在も功績を積み重ね続けている最高のヒーローの代名詞。

 ヒーローに少し懐疑的な俺も、無類の存在であると言わざるを得ない存在。

 

「そうそう、そのオールマイト。他人から見ればありきたりだろうけど……子供の頃、俺はそのオールマイトに助けられたんだ」

 

 それは――確かに、ありきたりだ。

 自分が助けられたから憧れるってのは、ヒーローを目指す者の中でもオーソドックスなものだ。特にオールマイトとなれば、ネットで検索すればいくつも出てくる。別にそれが悪いわけじゃないけど、

 

「ふふふ~、『なんだ、つまんないな』って顔をしているな」

 

「――いや、そういうわけじゃ、」

 

「良いよ良いよ、別にそれを不満に思っているわけじゃない。実際オールマイトに助けられた人間は多いし、俺と似たように感じた奴も、それでヒーローになった奴も多い。

 でもね? 俺は実際に助けられたわけじゃないんだよ」

 

 ――それは、

 

「どういう、事ですか?」

 

「う~ん、どう説明していいか……話長くなるし、少し難しくなるけど、良いかな?」

 

 その言葉に、俺は何度も小さく頷いていた。

 

「じゃあ、……実際に助けられたのはね、俺の両親だったんだよ。

 その日俺は学校だったんだけど、両親はたまたま休みでね、2人で仲良く出かけていたんだよ、その時災害に遭って、オールマイトに救われた。オールマイト最初の偉業の渦中にいたって事さ。

 それは、大した事じゃない、家族を救われた人なんて山ほどいる。それでも俺は、それが凄い事だと思った。救った人数や、ヒーローとしてってわけじゃないぜ? 大事なのは、もっと別のところにあった」

 

「べつの、ところ」

 

 俺が困惑したように言うと、転々寺さんは小さく微笑んで言った。

 

 

「あの人はね、命を助けただけじゃないんだ。

 その他の多くの幸せを守ったんだよ」

 

 

「おおくの、しあわせ……」

 

「そうさ。救われた1000人には、関わっている多くの人たちがいたんだよ。友達、恋人、親友、家族。もしあの1000人が助かっていなかったら、その多くの人達が悲しみにくれる事になっただろう。

 その事に、オールマイトが直接関与したってわけじゃないぜ? けど彼は1人を救った事により、より多くの人を助けたんだ。これは凄い、俺もそんな風になりたいって思ったさ」

 

 

『それにね、貴方が生まれて本当の意味で理解できたんだと思う。私が守っている〝誰か〟も、他の誰かにとって大切な人なんだって思えたの。そしてその誰かを守るって事が、また別の誰かを守るって事になるって』

 それは不思議な事に、母さんが以前言っていた事と同じだった。いや、不思議な事でもなんでもなかったのかもしれない。そういう人だから、お母さんと上手くやっていけているのかもしれない。

 

「――あぁ、一応言っておくと、それは別にヒーローじゃなくたって出来る事だよ?

 警察もそうだし、普通に生きていたって、誰かの幸せを守ったり作ったりしている。だけど、俺は単純だからさ、同じ職業になればって思って、結果今に至るって感じ」

 

「君の考えを誘導しちゃったら、君のお母さんに怒られちゃうからね」と慌てて修正する転々寺さんの言葉に、俺は少し可笑しくなって笑いがこみ上げてくる。

 だけど、

 

「えっと、でも、それだけじゃ、ないですよね」

 

「ん?」

 

「えぇっと……それはヒーローになろうとしたりゆうで、でも、ヒーローになりつづけるりゆうには、ならないかなって」

 

 なろう、という気持ちは当然あるだろう。どんな物事にも、何をするにしても原点というのは必ず存在する。

 でもそれは、〝続ける〟理由になりはしない。勿論憧れだけで、それを続けられる人間も中にはいるが、母さんもそうだったように憧れだけで仕事をし続けられる人間はそう多くない。

 もっと別に、やり続ける為の原動力、動機があるはずだ。

 

「……本当に凄いな、振武くんは。そんな風に考えられる子供は、なかなかいないよ。

 そうだね、夢を見続けられる人間なんかいない。特に俺は、ヒーローよりもサイドキック向きの個性だし、それを否定しようとも思わない。でも、ヒーローになりたいって気持ちは相変わらずなんだよなぁ」

 

「それは、なんで、ですか?」

 

「う〜ん、言って良いもんかどうか。というか、君からお母さんに伝わったら、色々恥ずかしいっていうか、」

 

 ? なんか言い辛そうというか……なんか、恥ずかしそう?

 でも、ここまで来たら聞いてみたい。というか、聞かないと判断材料にはならないし。

 

「えっと、だれにも言わないから、おしえてほしいです」

 

「……本当に? いや、他の誰かに話すのは良いけど、君のお母さんに伝わるのが問題だから、本当に出来るだけ内密にね」

 

 母さんにどんだけ伝わって欲しくないんだろう。

 俺が小さく何度も頷くと、転々寺さんは頬を掻きながらも話し始める。

 

「えぇっと、そうだな……俺は、あの人に認めてもらえたからね」

 

「みとめて、もらえた」

 

「うん……ヒーローっていう職業はね、甘いものではないんだ。

  俺らも、他の人と変わらない人間だ。ちょっと個性が有利で、鍛えているだけ。他の人達と変わらないし、その、子供に言うのはあれだけど、どうしても限界ってのがあるんだ。助けたくても助けられない、ってのがしょっちゅうある」

 

 それは、そうだろうな。

 どんなに個性という名の超能力があっても、必ず出来ることと出来ないことがある。100人を救う為に10人を切り捨てる、なんて大仰な事はなくても、似た様な事例はたくさんあったんだろう。

 どんなにヒーローとして優れていても、無理なものは、無理なのだ。

 

「ヒーローというものを目指している人は必ずそのジレンマにぶち当たる。時にはそこで心が折れて辞めてしまう人も、実際多い。『自分が何もできない、無力だ』なんていう考えで続けられる様な仕事じゃないからね。

 まぁ、俺も例に漏れず、そんな壁にぶち当たった」

 

 元々買ってあった飲み物を一口飲んで、転々寺さんは俺の目を真っ直ぐ見る。

 逸らしもしない、歪んでもいない。真っ直ぐに俺から目を逸らさないその態度は、意志の強さを感じさせられる程だ。

 

「ある時の災害現場だった。

 オールマイトの時ほどじゃなかったけど、行方不明者は100人もいた。建物の瓦礫で閉じ込められている人、死んでいる人間だって多かった。正直集まってきたヒーローだけじゃ、全てを救い出すのは難しい状況だった。運悪く、災害救助に貢献できる個性の持ち主は少なかったし。

  皆諦めモードさ。ある一定の人員が集まるまでは動かない流れになった」

 

「それは……」

 

 ショックというか、幻滅だ。

 そりゃあ、現実的に考えれば、役に立たない人間がいても邪魔なだけなのは確かだし、無理に入って自分自身が二次被害などに巻き込まれてしまったら意味がない。

 実に現実的だ。

 だけど俺が諦めてしまった分、ヒーローには夢ある職業であって欲しかった……まぁ、それも俺の自分勝手な考えだ。口先なら誰でも言える。安全圏から何を言ったって、ただの戯言だ。

 

「でもね、俺は、それがどうしても嫌だった。頭の中では理解は出来ても、それでも納得出来るかは別だった。

 ――だから、思わず飛び出しちゃったんだ」

 

 ……って、飛び出した!?

 

「と、飛び出したって……本当に?」

 

「うん、本当に。気持ちが先走っちゃってね。まだまだ若かったし、君のお母さんの所に来てそう日も経っていなかったから。

 多くの人を救えると過信していたんだろうなぁ。まぁ実際何人かの人を助けて、安全な場所に転位する事は出来たんだけどね。途中倒壊した建物に道を塞がれちゃってね。前は瓦礫、後ろは火事だし、左右も元々崩れているから、動けなかったんだ」

 

 な、なんて無謀な。思わず口調を子供っぽくするの忘れるくらい驚いちゃったじゃないか。

 しかも、何人か助けられても自分勝手な行動で被害者を増やしちゃったよ。結果論だし言い過ぎかもしれないけど、どう言えば良いかは難しかった。

 でも逆に何人か助けられただけでも、ヒーローの面目躍如ってところなんだろうけど、

 あれ? でも、

 

「こせいで、逃げれなかったんですか?」

 

「お、俺の個性知ってるんだ、勉強熱心だなぁ。まぁ普通に考えればそうなるだろうけどね。

 でも実は、俺の個性って自分自身は移動出来ないんだよね。ほら、手からロープみたいなの出して輪っかを通って転位するだろう? そんな形だから、他は転位出来ても自分だけは逃げられない」

 

 

 ……本当に打つ手なしだったー!!

 

 

「ぜったいぜつめいじゃないですか!!」

 

「お、難しい言葉を知ってるね。まさに絶体絶命だよね」

 

「そんなこと言ってるばあいじゃないです! それで、どうなったんですか!」

 

 ここで生きているんだから、そりゃあ助かったんだろうけど、そんな状況から逃げられた理由はすごく興味がある。

 その姿が子供らしかったのか、微笑ましそうに俺を見る。

 

「ふふふっ、簡単な話だよ。君のお母さんが助けにきてくれたんだ」

 

「おかあさん、が?」

 

「そうそう、あの人の個性は人探しには適しているし、見つけるのはそう難しい事じゃない。

 それに勉強熱心だったら知ってるだろうけど……あぁ〜、君のお母さんは、個性がなくても拳でたいていの事は解決出来るから」

 

 あぁ〜……なんか、納得できちゃった。

 噂で聞いているだけでも凄い話が多いもんな、うちの母さん。

 なんでも拳だけで、鉄板すらぶち抜くらしいから。

 うちでも、何でもない風に林檎を素手で砕いてたな。勢い余ってついついうっかり、みたいな感じだったけど。

 無意識にやった分より質が悪いと思えてしまうのは気のせいなのだろうか。

 

「だからその〜、あっという間にその、ちょっとした山になってた瓦礫を拳で吹き飛ばして、通れるようにしちゃったんだよね」

 

 あぁー、それなら救出も難しくないよねー……いやどんだけだよ!

 流石に無理があるだろう! え、母さんの個性って怪力とかじゃなかったよね!? 瓦礫がどれくらいかは分からないけど、ヒーローである転々寺さんが通れないって判断するくらいなんだから、1、2メートルじゃきかないだろう。

 

「……それってふつう、なんですか?」

 

「普通……なわけないよ。業界の七不思議の1つさ、あの強さは」

 

 まぁ、そうだよね……う〜ん、どうやら母さんの実家は相当な武闘派みたいだしなぁ。超人が当たり前の世界だし、もしかしたらそのような技術があるのかもしれない。

 今度、母さんに頼んで連れてって貰おうかな。。

 

「で、俺はその場で説教されたよ。『こんな無茶をして自分を犠牲にするのはヒーロー失格よ』って言われたんだ。俺もついムキになってね。『それでも、諦めることは出来ません』って言っちゃったんだ。そしたら、なんて言ったと思う?」

 

「……なんて言ったんですか?」

 

「『……そうね。ヒーローが諦めちゃダメよね。ここまで来たらトコトンやりましょう』って、そのまま一緒に救助活動を始めたのさ!

 あの時は凄かったよ、あの人の個性と俺の個性で、多くを救えた! オールマイト程とは行かなかったけど、あの人と俺は、諦めていたら死んでいたであろう人達を救えた!」

 

 その時の事を思い出して高揚しているんだろう、だが、誰でもそれは理解できるだろう。

 俺だってその場でそのような状況に立ち会い、自分で生み出せば、そんな風に感動してテンションが上がってしまうに違いない。というか、聞いてるだけでも上がってくる。

 どんな年齢になっても(俺は若返ったけど)やっぱり男は男の子なのだ。

 

「まぁ、事件が終わった後、説教と鍛え直す意味も兼ねて……という名目でリンチみたいな対人戦闘訓練させられたけどね、これも言ってたって言わないでね」

 

 いや良い話だったんだからしっかりオチ付けなくて良いのに。

 しかもなんでこんな時だけ目が死んでるんだよ、器用かっ。

 

「それが、ヒーローをつづけてるりゆう、ですか?」

 

「ん? いやまぁこれもそうだけど……1番大きかったのは、その対人戦闘訓練の後に言われた言葉かなぁ」

 

「その、あと?」

 

「あぁ、君のお母さんはヘロヘロになった俺に向かってこう言ったんだ。

 

 

 『貴方が救う事を諦めないという信念を捨てなければ、きっと良いヒーローになるわ。実際、貴方は今回多くの人々を救った。それを誇りに、頑張ってみなさい』って」

 

 

 ――それは、なんて嬉しい言葉なんだろう。

 自分がやった行いを、自分の言った主張を、トップヒーローである大先輩が認めてくれた。自分が良いヒーローになれると言ってくれた。

 真剣にそれに取り組んでいる人間が、自分の目指している場所に立っている人間に言われたら。あるいみ事件を感じた時以上の高揚感を得て、また自分の道に邁進する事が出来るだろう。

 

「この言葉が、俺がヒーローを続ける原動力かな。

 普段はそう見えないかもしれないけど、ヒーローの中で最高の10人に挙げられる人にそんな事を言われてしまったら、それはもう、何が何でも頑張るしかないだろう?」

 

 そう言う転々寺さんの表情は、前世で見慣れた俺の顔よりずっと〝大人〟だった。

 俺みたいに諦めて、取り敢えず適当に、親に最低限文句を言われない程度に安定した職に就いて、ロボットのように上司の命令に逆らわずに働き続けた俺とは違う。

 前世の俺より年齢が下だとかそんな話じゃない。

 仕事にプライドを持って、何か1つでも誇れる物を持って生きてきて、そしてこれからも生きていく覚悟を決めている、本当の意味でちゃんとした大人の顔のように思えた。

 ……心の中でまた1つ、ピースが埋まったような気がする。

 はっきり言ってしまえば――俺はまだ、ヒーローというものに懐疑的なのは変わらない。

 実際ヒーロー活動に金銭が発生したり、地位や名声も関わってくるというところは俺の頭の中では少し納得がいっていない。現実的に考えてお金ってのは大事だからしょうがないのかもしれないけれど、理解出来るから納得も出来る、とはいかない。

 でも、この世界のヒーローは、俺が前世で見ていた特撮番組や読んでいたコミックのヒーロー以上に生々しいながらも、凄い存在なんだと思えた。

 普通はどんな人間だって、自分の幸せばかりで、他人の幸せなんて考えていられない。そりゃあそうだ、そんな余裕なんてないから。器の大きい人、なんていうけど、本当は器なんて自分一人入れてしまえば、もういっぱい。

 ほかの人間を入れる余裕がある人間なんてほとんどいない。

 でも、母さんや転々寺さんは、

 それでも、ヒーローになろうと思ったんだ。

 誰かの幸せを守りたいと思い、そして誰かの期待や自分自身の誇りと信念を胸に、それをずっと続けていきたいと思っている。

 

 

 

 俺は、母さんや転々寺さんのようになりたいと思った。

 

 

 

 ヒーローって職業になるとは思っていない。あくまで考え方だ。

 誰かの幸せを守って、誰かの幸せを作り出せる人間になりたい。

 自分にプライドと自負――信念を持って生きていく大人に。

 こんな、諦めが染み付いてしまっている俺だけど。

 自分に自信が持てない大人に一度はなった俺だけど。

 

「てんてんじさん……ぼくも、なれるかな? だれかの大切なものを、まもれるような人に。じしんをもって、いきれるひとに。

 ……おかあさんや、てんてんじさんみたいな、ひとに」

 

 少し不安になって、俺は思わず転々寺さんに聞いてしまった。

 一瞬驚くような顔をするが、その表情はすぐに嬉しさと誇らしさが混ざり合った笑顔で、俺に優しくいってくれた。

 

 

「大丈夫。君もきっと誰かの心のヒーローになれるさ。俺が保証する!」

 

 

 誰かの心のヒーロー……。

 うん、悪くない。いや、めちゃくちゃカッコいいな。

 ――俺が、この世界で抱いた、初めての夢。

 心のヒーロー、かぁ。

 

「よっし、それじゃあ、今日デビューした心のヒーロー君に、初めての任務を与えよう」

「うん、今ならなんでもできちゃいそう!」

「その意気だ。じゃあその気持ちを忘れずに……目の前の融けかけソフトクリームを何とかしよう!」

「……あ!?」

 

 そのあと、ギリギリのところで形を保っていたソフトクリームの成れの果てを食べ尽くしてしまう事に、てんやわんやになっていた。

 少なくとも、楽しい時間だったと思う。

 自分の夢を見つけて、

 転々寺さんと仲良くなれた。

 ――俺はこの世界で、どれだけ恵まれているんだろう。

 

 

 

 

 




転々寺さんは個性優秀で本人もやる気満々だけど、多分センシティさんが活躍するような現場ではサポートに徹しないといけないかなぁと思うキャラクターです。
ぶっちゃけ独立すると本領発揮するタイプのような気がします。

振武くんの考えもどんどん深くなっていきます。
彼がこれからどのような答えを出していくのか、楽しんでいただけると幸いです。


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