天井に空いた穴。
驚愕に染まる黒霧の顔。
怒りに染まる死柄木の顔。
烟る土煙。そしてその中に、
「やれやれ、やはり衰えた。全盛期なら5発も撃てば充分だったろうに。
100発以上も撃ってしまった」
いつも通り、笑顔を浮かべるオールマイトがいた。
「この…チートが!!!」
絶叫にも似た怒声を放ちながら、死柄木の手は焦凍の生み出した氷に触れる。
全てを崩壊させる個性。それは氷であっても作用する。まるで細かい粒子のように崩壊していく氷は、どこか幻想的にすら見えるだろう。
敵を自由にさせる事にも繋がるとは、とても思えないほど。
「っ、待てっ!」
それに気づいた焦凍の氷は、彼の思うがままに死柄木を拘束しようとする。
だがそれを阻むかのように、黒い靄がその冷気を文字通り〝移動させたかのように〟消失させる。
「爆豪!!!」
「チッ、わかってるよ!!!」
焦凍の声とほぼ同時に体を動かす爆豪は、爆速ターボで黒霧の正面に滑り込む。
爆発を起こせば、靄が晴れる。一度目は通常の攻撃で払いのけるように、2度目はコスチュームの機能でもある遠距離用の超爆破で。
今度もまた、同じ……しかしその予想に反して、黒い靄が爆豪の攻撃を吸収し、道を阻む。
「同じ手が、3度も通用すると思うなよ、クソガキ!!!」
小型の竜巻。
そう表現出来るほど、ワープゲートそのものである黒い靄が黒霧を中心に渦巻く。
黒霧の大技。ワープゲートとしての本来の役割である空間移動を度外視した防御の形は、今の爆豪を引き離す上では有効な手段だった。
「チッ」
忌々しそうに靄の前から一定の距離を取る爆豪。
あの靄に触れれば、それだけでどうなるか分からない。攻撃を無効化する防御は、防御をも無効化する攻撃となり得る。
あれを吹き飛ばすならば、もう一度超爆破を起こさなければ無理だろう。
「……面倒クセェ」
大きな手榴弾のような形をしている籠手を見て、爆豪の眉間に刻まれた皺はさらに深くなる。
一定量の汗が溜まらなければ、あのレベルの爆破を起こすことは不可能だ。放ってから時間が経過していない今の状況で望むのには難しい。
「――死柄木弔、お怪我は!?」
一瞬で死柄木の傍に移動する黒霧に対して、死柄木は味方であるにも関わらず視線だけで殺しかねないほどの殺気を込めた眼で睨みつける。
「俺の事なんかどうでも良い!!!
衰えた…? おいおい、冗談じゃない。あれで衰えた? どこがだ!? クソッ、
生徒という人質。
脳無という自分達に有利な存在。
そして、オールマイト自身の弱体化。
その3つの要素があるからこそ成立していたこの作戦は、それが死柄木の思わぬ形で崩された事により、自分が望んでいた形とは正反対のモノに成り下がっていた。
生徒は予想以上、想像以上に強すぎて、人質にすらならない。
平和の象徴に対抗出来る脳無は既に戦闘不能、今どこにいるのかさえ確認出来ない。
そして、オールマイトは今も自分の眼の前に立ち、その力が衰えているようには見えないほど健在な姿を見せている。
コンティニュー。
笑わせるな、これでは負けることが確定しているイベントバトルのようではないか。
苛立ちで掻き毟った首からの出血で、指は赤く染まっている。死柄木には、もう最初ほどの余裕はなかった。
「落ち着いてください、死柄木弔!」
「俺に命令するな!!!
……いや、分かってる。脳無もやられた、オールマイトは健在、しかも、それだけじゃない」
目障りな生徒達だけではない。本来無力化しているはずだったイレイザーヘッドまでまだ戦える状況だ。
死柄木と黒霧。どちらもそこら辺にいる雑魚よりも強いと自負しているが、これだけの人数を相手に戦える程ではない。
「黒霧、脳無の回収は?」
「……この状況では、位置を特定するのも難しい状況です。何より、それを許してくれるような甘い方々ではないでしょう」
自分達の一挙手一投足を捉えるようなオールマイトの眼は、ほんの少し指先を動かすだけでも反応できるだろう。
……完全に、詰んでいる。
「どうした? 来ないのか?」
必死で考えを巡らせている中で、オールマイトの毅然とした声が嫌に思えてくるほど死柄木の耳に響く。
「――っ」
自分達を倒せるはずなのに動かないオールマイトの全身から感じる雰囲気、闘気は、死柄木をさらに動揺させるのに充分なほど、威圧的で、力強い。
「クリアとかなんとか言ってたが……出来るものならして見ろよ!!」
平和の象徴だからこそ放たれる覇気。
死柄木だけではない。爆豪も、焦凍も、両手足を折ってしまって離れた位置にいるしかない出久も、死柄木達を警戒し控えていた相澤ですら気圧される程。
(……マァ、私も割とギリギリなんだけど)
それは、オールマイトの虚勢だった。
いくら振武や出久達のおかげで余裕が生まれているとはいえ、ギリギリのギリギリ。既にいつもの許容量を超え、それでもギリギリ動ける範囲の力を切り詰めた。
一歩も動けない、程ではない。
だが、これ以上戦えばその余裕すら奪われ、一歩も動けないレベルになるだろう。それに費やされる時間によっては自分は倒され、今度は生徒達だ。
そんな自分が今出来る事は、
(あと少し、時間を稼げば、皆が来る!
それまで保てば……)
教師達の増援。
それさえ来れば、この拮抗状態を維持する必要性はない。ヒーロー達の包囲だけで敵を確保出来るはずだ。ワープゲート使いが問題になってくるが、封じる事も出来ないというほど強力な個性ではない事は、爆豪が既に証明している。
絶対に捕まえる。その思いが、限界を超えているオールマイトを支えていた。
誰もが無茶をした。
誰もが傷ついた。
それを、ここで無駄にしたくはない。
それだけが、
「……帰るぞ、黒霧」
「死柄木弔!?」
信じられない。
そう言わんばかりの声を張り上げる黒霧に、先ほどの混乱っぷりを感じさせない、氷のように冷静な声で死柄木が答える。
「この状況じゃ、俺達で戦うのは難しい。時間稼ぎの雑魚どもは起き上がらない。おまけにこのままだと、プロヒーロー達が勢揃い……それより、とっとと逃げた方がマシだろう?」
オールマイトはまた殺しに来れば良い。ここで捕まってしまえば、きっとそれすらも出来ないのは、死柄木にとって良い結果ではない。
「ただ……駄賃くらいは貰わないとな」
映像が編集された様な、不自然なほど高速の移動。
最初からそこにいた。
そのような自然さで、出久の眼の前に立っていた。
「……え?」
出久の間抜けな声が遅れてやってくる。
(っ、シット!! そっちが狙いかよ)
狙うなら自分だと、そう思い込んでいた。
一拍遅れた行動を取り戻すかのように動こうとするオールマイトを、黒霧のワープゲートが邪魔をする。
「邪魔をしないで頂きたい、平和の象徴」
黒霧ではオールマイトには勝てない。
だが時間稼ぎをする程度の事であれば、黒霧のワープゲートを使えば難しい話ではない。
そしてその短い時間は、
緑谷出久を殺すには、充分な時間だった。
「……さっきは邪魔してくれてありがとうな、クソガキ」
周囲の動きがストップモーションのように遅くなる。邪魔をされているオールマイトは勿論、爆豪も、焦凍も、相澤も、出久と離れた位置にいる。出久自身も抵抗する事が出来ない、逃げることすら。
ただ触れるだけ。
ただ首に手を掛けてやるだけで、出久は死ぬのだ。
間に合わない。確実に死ぬ。
緑谷出久の中で、それだけが確定されている。
手が、その首にかかる。
1本、2本と指が触れる。
「お礼だ。
遠慮するなよ、あの目障りな動島振武の分も渡しておきたいんだ」
死柄木の声だけが、このゆっくりとした動きの中でその縛りを抜け出しているように、出久の耳の中で木霊する。
3本、4本と指が動脈を捉える。
恐怖から、目を閉じてしまう。
「――じゃあ、死ねよ」
5本目が、かか――、
パァン!!
不意に訪れた、思った以上に軽い破裂音。
衝撃が首にも走る。だが出久は痛みを感じなかった。
それどころか、先ほどまで感じていた相手の指先がかかる感触が、煙のように感じなくなった。
「ごめんよ、皆」
固く塞いでいた目を開ける。
そこには、腕を撃ち抜かれた死柄木の姿があった。
「遅くなったね。
すぐ動ける者を、かき集めて来た」
この状況にそぐわない陽気な声は、不思議と心を和らげる。声のする方に、皆が視線を向けた。
想像していたよりもずっと多い人影は、遠目から見ても頼り甲斐を感じさせる。
テレビの向こう、新聞の紙面で活躍していたヒーロー達。そして自分達に日々教えてくれている教師達。その両面を持った守護者達が、今このUSJにやってきたのだ。
そして何より。
自分達の為に。
自分を信じてくれた仲間の為に、必死に走ってくれた男の声は、きっと誰よりも悔しく思い、そして誰よりも不安を感じ、そして誰よりも必死な男が、
「1−Aクラス委員長、飯田天哉!!
ただいま戻りました!!!」
誰よりも、この場の誰もを安心させた。
「くっ――黒っ、」
霧、と叫ぼうとする。しかし神速の弾丸の前で、それはむしろ遅いほどだった。
ハンドガンとは思えないほど素早さと正確さを持った弾丸の雨が、死柄木の両手と、無事だった部分を撃ち抜く。
3年を受け持つスナイプの弾丸は、どんな敵でも撃ち漏らす事がない。
「っ、死柄木弔!!!」
黒霧の靄は、撃たれている死柄木諸共自分達を包み込むように展開される。
いくら強力で正確な弾丸とはいえ、そのワープゲートを貫く事は難しい。
「この距離で、捕獲可能な〝
牽制の弾丸を放ちながら、スナイプは小さく呟くように言う。
黒霧のワープゲートは変幻自在、あの個性を個性のみで封じる事は難しい。特に捕獲しようと考えると、さらに難易度は上がる。
だが、ここにいた。
黒霧の
『僕だ…!!!』
背中の裂傷は酷いものだ。命に別状がない傷だが、しかし重傷であることに違いはない。しかしそれでも上体を起き上がらせ、指先の開口弁を全開にする。
彼の個性、〝ブラックホール〟。
全てをチリに変え、どんなものでも吸い込み無力化してしまう個性。自ら使用を制限し、普段全力で使わないように心がけているその力が、
今、全力で解放された。
「!?」
黒霧の靄は、その強力な吸引力に流されるように吸い込まれる。
転移は可能。
時間は僅か。
そんな状況の中で、死柄木弔は身を捩らせて、オールマイトの顔を見る。
口惜しさ。
憎しみ。
怒り。
その全てに彩られ、血を固めて作られたような瞳が爛々と歪な光を湛えている。
「今回は失敗だったけど……。
今度は殺すぞ。平和の象徴、オールマイトっ!!!」
怨嗟と呪詛。
それだけで構成された地獄の声を響かせて、彼らはその場から消えるように去る。
この場にいるすべての人間に恐怖を、絶望を、悔しさを残して。
この事件の首謀者はその場から去り、
それは、事件の終わりを意味したものだった。
◆
「……っ!!」
両足と両腕。
入学時と同じ痛みを必死で堪えながら、緑谷出久は顔を上げる。
何も出来なかった。
その事実は、出久の中で心に一本ずつ針を突き刺すようにハッキリと罪悪感と後悔を感じさせるに足る。
動島振武。
彼が脳無という怪物と1人で戦っていなければ。
彼に、背中を押してもらっていなければ。
自分は、今この場でオールマイトを助けられていたのだろうか。いや、助けになっているという言葉そのものが、出久にとっては烏滸がましく感じられる。
最後の最後には、自分は殺されそうにまでなっていたではないか。
相澤先生の言った通り。1発大きな一撃を放って木偶の坊になってしまう自分は、本当にヒーローを目指す者としては情けない。
「何も、出来なかった…………」
口から零れた弱音は、出久の心にさらに暗い影を落とした。
そして、
「そんなことはないさ」
その影を、その痛みを。
払い退ける、強い光が差した。
必死で顔を上げる。そこには、濃い蒸気のようなものを体から出し、マッスルフォームを解除しているオールマイトの姿。
体の半分がやせ細り、見ているだけで痛ましくなる姿。
それでも、オールマイトの目は死んではいなかった。
「あの手助けがなければ、私はやられていたかもしれない。
君が動島少年から渡されていたナイフがなければ、あの腕を切断する事は叶わなかった。
君が、だ。あの瞬間、君が為した事が、私を助けた」
本当は笑う事さえ辛いはずなのに。
オールマイトは、笑顔を浮かべて出久に語りかける。
「
その言葉だけで、自分がした事に対して、誇りを持てる。
自分が出来た事に、喜びを感じる。
自分の師を、助けられた事に。
「……無事で…、良かったです…!」
拭えぬ涙を流し、
心に刺さっていた針を抜き去り、
本当に心のそこからの喜び言えた言葉は、その一言だった。
◇
「……終わった、みたいだな」
「えぇ、不本意な終わり方、でしたけどね。
犯人を逃してしまったのは、考えものです」
少し休んだおかげなのか。それとも事件が終焉を迎えた安心感からなのか。振武の痛みも、魔女子の疲れも。それほど大きなものではなかった。
それでも重傷は重傷である。
クラスの誰よりも、危険を冒し、傷を負ったのは事実だった。
魔女子も同じだ。
多数の使い魔を制御し、戦闘まで行った疲労は、彼女の体には大きすぎた。正直このまま目を瞑り泥のように眠りたいと思うほどだが、なんとか必死で目をこじ開けているのは、振武の目から見ても分かる。
2人とも通路脇にある壁に背中を預けている状態で話していた。
「それはもう、どうしようもない。ワープゲートの、個性のアイツを確保出来なかった時点で、こうなる事は、分かってた。
……それより、お前もう休め。限界だろう?」
教師達に状況の説明をし、十分魔女子の役割は果たしている。
しかし魔女子は、振武の言葉に首を振る。
「全員がここに集まり無事を確認出来るまで油断は出来ません」
「全員じゃなくて、轟の無事、だろ?」
「………………」
振武の言葉に、魔女子は口をつぐむ。
否定は出来ないが、肯定するのも嫌だ。そんな雰囲気を隠しもしない魔女子に、振武は思わず吹き出し、その所為で発生した痛みを嚙み殺す。
「まぁ、別に、良いけど。
アイツ、心配になるもんな。色々」
「……人の事を言える立場ですか? 多分緑谷さんと同レベルの負傷ですよ、動島くん。
というか、何でそんなダメージを受けておいて普通に話せるんですか、貴方。普通気絶しているか、そうでなくても話せる余裕なんてありませんよ?」
「これくらいなら、修行中何度かあった。
自分で出来る応急処置はしたし、他の人の手も借りた。むしろ楽な方、だよ」
「いえ、色々ツッコミ所満載なんですが。
児童相談所とか紹介します?」
「余計なお世話だよ」
お互い、喋っていないと気を失ってしまうからか、安心感からなのか。面白いほど軽口の応酬は続いた。
「……難儀な性格ですね。
貴方は無理な事に、無謀な事に簡単に首を突っ込む。自分は負傷しても気にしない、誰かが傷つくのが気に入らない」
「そういうお前は、自分が出来る事なら多少の無茶は気にしない。自分が出来るから、タスクを背負う。その無茶を、無茶と思ってない時点で、俺より重症だ」
「お前が言うな、とは多分ここで使うんでしょうね。
……ですが、やはり私も未熟、貴方も未熟でした。上には上がいる、という言葉は、事実でしたね」
「……あぁ、そうだな」
脳無という絶対的強者。
作戦の粗雑さ。
見通しの甘さ。
それは振武だけではない、生徒達の多くが感じている後悔だろう。
ヒーローを目指す少年少女は例外なく、今回の件で、本当にプロが戦っている世界を垣間見た。それを見て、自分の実力の低さと目指している世界の危険度、大きさを学ばなかった人間は、生徒の中にいないなんて事はないだろう。
「……まったく、ここ最近、色々考えさせられるよ。
自分が井の中の、蛙だってのを、思い知らされてばっかり」
「まぁ、動島くんは特にそうでしょうね。なまじ強い分、その感覚も大きいはずです。
……私も今回、自分の限界値というものを知りました。やはり私は、正面から戦えるヒーローにはなれそうになれません」
陽動、連絡。
そこは魔女子自身上手くいったと自負している。
だが黒霧との戦闘も含めた戦場をコントロールする力はまだまだだ。特に直接戦闘では、むしろ障子や他の面々の足を引っ張っていたように感じる。
才能の限界。
様々な事ができる魔女子の個性、魔女子の適性だが、しかし出来ない事があるのは当然。
問題は、それをどうカバーするかだ。
「ですが、ぐちぐち言っている暇はありません。
このような事が、2度とないとは言い切れませんからね」
敵は捕まっていないのだ。
似たような事がもう一度起こらないと、誰が言い切れるのだろう。
その事に、振武も小さく首肯する。
「あぁ、もっと強く、もっと利口にならないとな……でも、悪い事ばかりじゃない」
「? どういう意味ですか?」
振武は、不思議そうな顔をする魔女子に向かって、真っ直ぐに目を逸らずに言う。
「俺らはまだ、強くなれるかもしれない、って事だ」
自分よりも強い存在、賢い存在がいる。
自分たちはまだまだ底辺で、強いヒーローも強い
自分自身の、才能の多寡だってある。
自分に出来ない事なんて腐るほどある。
成長が、止まってしまう事だってある。
だがそれを乗り越えていける存在がいるという証明は、自分もその可能性を持っているかもしれないという証明にもなる。
ならば、目指さない訳にはいかない。
動島振武は、ヒーローを目指す人間だ。
ここでダメだったから終わります、なんて言葉は、通用しない。
「……上昇思考というか、変な部分でポジティブですね。動島くんは」
苦笑する魔女子に、笑顔を向ける。
「無理無茶無謀って聞くと、どうも我慢出来なくなるんだ。
お前だって、このまま終わりにするつもりは、ないだろう? 良かったじゃないか、可能性の上限が上がった」
「……まぁ、否定はしません。さっきも言ったように、これからまたこのような事がないとは限りませんから。どうせなら、これ以上の戦果を挙げたいものです」
「plus ultra、だな」
「えぇ、plus ultraです」
お互い、疲れを滲ませながらも、満面の笑みを浮かべる。
「振武さん! 塚井さん!!」
いきなり響いた声に、思わず視線がそちらに移る。
百、耳郎、上鳴の3人だ。
少しコスチュームなどは汚れているものの、大きな傷はないように見えるその姿に、振武は小さく安堵の溜息をつく。
護りたい者を、護る。
その事だけを考えて戦った、その成果が目の前にいるのだ。それだけでも、今回自分がやった無茶が無駄ではないという理由の1つだろう。
そしてその後ろから、焦凍達中央広場の面々も走り寄ってくる姿が見える。
横目から盗み見れば、魔女子の感情の薄い顔に安堵の表情が浮かんでいるのが見て取れる。
全く持って素直じゃない。そう思って、振武もつい笑ってしまう。
「先生達に敵達を預けてきました……もう! また無茶をしましたねお二人とも!!
特に振武さん!! ボロボロじゃありませんか!!」
「おい、塚井、動けるか?」
声は怒っているが、百の眼は喜びの涙で潤んでいた。焦凍の顔にも、強く表れているわけではないが確かにホッとしたような印象を受ける。
「ゴメン百、なんか体動いちゃってな。
大丈夫、これくらいは慣れてる」
「慣れている方が問題です!!
幸い手当はしてあるようですが……もう少しで医療班が来るようです、勝手に動かないでくださいね」
そう言いながら振武の手を握った百の手は、自分の血が足りていない所為か妙に暖かく感じられる。
ヤバい、泣きそうかも。
目からこぼれ落ちそうな涙を必死で堪えながら笑顔を作る。
「轟くん、ご覧の通り、私は負傷はしていないものの、疲れています」
「あぁ、その割にはよく喋れているがな」
「そこはお気になさらず。
それより、私はもう一歩も自分で歩けません」
「そうみたいだな」
対して焦凍と魔女子のやり取りは、一見した位ではどこか間の抜けた会話のように見え、戦いを終えての会話とは思えないほど妙に気が抜けている。
しかし分かる人間が見れば分かるものだ。
お互いが本当にお互いを心配し、そして無事であった安堵感からくる会話だと。
「轟くんは負傷していないですし、疲れもそれほど強くないでしょう。
そこで提案なんですが、私をおんぶして移動する、という気にはならないでしょうか?」
「……なんでそうなる」
「いえ、何となくです。深い意味はありません。
さぁ、遠慮なくどうぞ。女子をおんぶ出来るというのは、青少年にはなかなか無い経験ですよ」
「元気そうだし、必要ねぇだろう」
「いえ、今にも寝そうなんです、結構辛いんですよ」
「……あとでな」
まるで夫婦漫才だ。
その2人のやり取りに、振武だけではなく百にも、周りで休んでいる生徒達にも、未だ警戒している教師達にも笑顔が灯る。
後悔を深く根付かせ、
出来る事は多くはなく、
誰を救けられたかも解らない。
そんな事件だったが、しかし今、取り敢えず全員生きている事。
傷つきはしたものの、誰も死んではいない事。
前に進む為の力を損なわず、むしろ足に力が湧いてくる事。
振武にとっては、どんな事よりも嬉しい事だった。
ようやく事件終了です。
長かったようにも感じますが、話数を見ればなんとか収まったという感じです。正直上手くかけている自信はあまりありませんが。
エピローグのようなものを1話書いて、いよいよ体育祭編。
自分がどれほど雰囲気を出せるか分かりませんが、どうかお楽しみに。
次回!! オールマイトが電話するぞ!! 話を聞く準備をして待機だ!!!
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