plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode8 ヒーローとは

 

 

 

 

 

「ぐはぁっ」

 

 骸骨のような形をしているヘルメット敵の悲鳴が聞こえる。

 山岳ゾーン。その中でも開けた場所で戦っていた百達、なんとか敵を撃退出来た。

 敵は多くとも、練度は大したことがない。それは他のゾーンと同じだった。問題は、他の面だろう。

 伏兵。

 土に隠れていた敵は、電気系個性を持っている敵だった。

 路地裏でたむろしている様な者達をただ集めただけの敵達と違い、彼は重要な役割を担い、その為に選ばれたと言っても過言では無かった。

 通信妨害。生徒達や教師達に助けを呼ばせない。

 簡単な事に見えるかもしれないが、雄英の通信網やそこに勤めているトップヒーロー、育てられているヒーローの卵達も、何をしてくるのか、何が出来るのかも殆ど分からなかった。故に、通信を完全に封鎖出来る強力な個性の持ち主がその役割を担う必要性があった。

 それに選ばれたという事は、彼は只者ではないということだった。

 実際、個性のみならず、戦闘経験が多く、強さもある。

 だからこそ、油断が無かったと言えば嘘になる。将来有望とはいえ所詮ガキだ。どんな個性を持っていようと、自分以上に戦える人間がいるはずもない。

 ――これが、振武のいる火災ゾーンや、焦凍や爆豪のいる倒壊ゾーンや土砂ゾーンであれば、簡単に鼻っ柱を折られていただろうが、この山岳ゾーンでの彼の目論見は途中までは上手くいっていた。

 他の密集した雑魚敵を壁にし、自分は土の中に潜伏。

 そのまま子供が油断した瞬間、人質をとって縊り殺す。

 子供は3人。途中から生徒の1人の個性なのか喋る鳥が現れたが、それが来る前に隠れたので、自分の存在は知られていないはずだ。

 あぁ、なんて簡単な仕事なんだ。そう思っていた。

 

「ぐっ、なぜ気付いた!?」

 

 痛みと混乱、傷付けられた事による怒りで、声を荒げる。

 自分の肩を見れば、先程まで子供の1人が振るっていた槍のような武器だ。自分が土の中から出現した瞬間に投擲されたそれは、鋭く自分の肩を貫いた。

 動けはする。だが人質も取っていない、自分が負傷している状態で動くのは、自殺行為だった。

 

「何故? まぁ、ある意味偶然だったのかもしれませんけど」

 

 そんな混乱している敵に、冷静な……一種冷徹にさえ見える表情を浮かべた百が口を開いた。

 その手に持っているのは、小さなレーダー。もし振武がこの場に入れば「……ドラゴ○レーダー?」と思わず言ってしまうような形をしている。

 百も最初は魔女子の使い魔がいる事により索敵は問題ないと思っていた。

 しかし、念には念を入れる事が悪いことであるとは思わない。

 だから超小型の探知機をこっそりと創り出したのだ。極最近知ったそれは、身を隠したりする個性などを考慮に入れ、熱・心拍・ソナーなど様々な方面から周囲を探り、総合的な情報を画面に表示する。

 そんなレーダーが表示したそれには、たった1つだけ動かない存在がいた。おまけにその姿が視認できないとなれば、何かしらの方法でそこに隠れていると、百は判断したのだ。

 奇襲を狙っている。ならば、奇襲が成功すると思った時が、相手の隙を突く好機なのではないか。

 だから上鳴や耳郎、魔女子の使い魔である九官鳥にすら話さず戦いを進めた。

 そして……結果はご覧の通り、大成功だ。

 

「電気系個性……貴方が、通信妨害をしている方ですのね?」

 

 敵の指先から溢れるように流れる電流を見ているので、百の言葉は質問というよりも断定に近い。

 電気系個性は実に様々な事が出来る。上鳴は個性の扱いを分かっていないのかその点が雑だが、電気を使用した索敵、敵が使うような通信妨害、攻撃など様々な事に転化できる。勿論、自分の個性を把握し使い慣れないと難しいのだが。

 

「相応の実力者……とりあえず、拘束しておきましょう。耳郎さん、手伝って頂けますか?」

 

「う、うん」

 

 百の言葉に耳郎は少し焦りながらも、創り出された電気を封じるゴムで出来たロープで敵を縛り始める。

 百の様子がおかしい。

 最初は戦っている頼もしさや冷静さがあり、頼り甲斐があるなぁというくらいだった。

『動島サンガ、怪我ヲ負イマシタ』。

 魔女子が操る九官鳥からの言葉を受け、態度が変わった。一変したと言っても良いだろう。冷静な判断が出来ていない訳ではなかったが、「早く決着をつける」という鬼気迫る雰囲気を背負っている。

 

(動島……話したことはないけど、愛されてんな)

 

 実際は恋人関係どころか、恋心すら認識していないのだが、他人から見ればそうではない。むしろ付き合っていない事の方がおかしいと考える人間は多いだろう。

 

「ささっと終わらせて、早く振武さ……ではなく、皆さんと出入り口で合流しましょう!!」

 

「う、うん、了解」

 

「うェ〜〜〜〜い」

 

 許容量オーバーをし過ぎてその辺をウロウロしている上鳴を尻目に、黙々と倒した敵を拘束している2人。

 絵面だけを見れば、とてもシュールだった。

 

(にしても、振武さんをそこまで追い込む敵……これは、ひょっとする事もありえるかもしれません)

 

 オールマイトがヒーローの中でも最強の存在だというのは、誰も否定出来ないことだろう。力だけでNo.1になれるほどヒーローは甘くない職業だが、力がなくてもNo.1になれるほどヒーローは簡単な仕事ではない。

 希望的でもなんでもない、事実だ。

 しかしそれでも、オールマイトは人間だ。ヒーローの代名詞と言われ、平和の象徴と言われているオールマイトも。

 相澤や他の生徒も同じことを考えている。だからこそ振武は脳無と勝ち目のない戦いをし、九官鳥から聞くところ、オールマイトを手助けする為に別に動く人達もいる。

 それだけ、強力な敵だという事だ。

 

「とりあえず、私達が中央広場に行っても仕方がありません。迂回するように出入り口の合流地点に合流します。

 それでよろしいですか?」

 

 百が了承の確認をすると、耳郎と九官鳥が首肯する。

 個性を使い過ぎてしまった上鳴という足枷をしてそこに向かうのは、危険だ。ここは一旦引くしかない。

 決して。

 決して、振武の容体が気になるという事だけではない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 拳が、唸りを上げる。

 黒い拳。衝撃を吸収する黒い皮膚を持っている腕は四方八方からオールマイトを襲う。本来ではありえない動きで動くそれは、顔、胸、腹、腕、様々な場所に文字通り出現する。

 黒霧のワープゲートを利用した攻撃。

 ワープゲートに対して脳無が力一杯拳を振るえば、黒霧の裁量で様々な場所にフルパワーの拳が出現する。目の前にいるにも関わらず奇襲の性質を持った異常な攻撃。

 一撃で岩をも粉砕する攻撃が、自分の見えない所から襲いかかってくる。

 目に見えない場所から放たれる攻撃を回避するのは難しい。

 

 

 

 それを、オールマイトは耐えていた。

 

 

 

 狭い範囲でこの攻撃を避ける事は難しい。

 防御する事もスーツや防具を着ていないオールマイトにはダメージになる。だから相手の攻撃の威力をそのまま逸らす。要は空振りさせられるようにする。

 相手の拳の勢いをそのまま。

 流れるように流すだけ。

 労力は最小で済み、相手は空振りの衝撃で体力を消耗する。

 ……もっとも、脳無の様子ではそもそも疲れというものを感じないようだが。

 

「表情が変わらないというのがこれだけ厄介とは……というか、スタミナも私レベルって話か!?」

 

 顔の正面に飛び込んできた拳を寸前で回避する。

 ここに来る前に、タイムリミットはとっくにオーバーしていた。体の中に残った数少ない力もまた刻一刻と、激流に削られる砂の城のように削られる。

 仲間のヒーロー達がここに来るまでそう時間はかからない。撃退出来なければ、時間を稼ぐ。

 

(あと5分……いや、3分くらいか、こりゃ)

 

 ゴウッという空気を突き破る勢いで迫ってくる拳を、オールマイトはそのまま掴み、こちら側に引き摺り込もうとする。

 だが無駄だ。

 これは何度も試した事だったが、すぐに黒霧のワープゲートが閉じ、自分の掴んだ腕ごと切り離す。そしてその切り離された腕はそのまま再生されるのだ。

 イタチごっこのような状況だが、決して自分ばかりに余裕がない訳ではない。

 敵達も、他のヒーローたちが来るまでの間にオールマイトを殺そうと必死だ。その余裕のなさは、指揮官である死柄木の顔からも読み取れる。

 勿論、それだけではない。

 

(あの脳無という敵の個性、動島少年が言っていたのは〝ショック吸収〟と〝超再生〟だったが……それにも、どうやら限度があるようだ)

 

 腕は確かに再生されている。

 だが、その再生速度が遅くなっているのだ。

 最初は本当に一瞬のように見えたものが、段々とその時間が長くなっている。

 超再生の限界。このまま行けば、下手をすれば再生出来なくなる可能性もある。

 どんな個性にも、限界がある。回復のために何かしらのエネルギーが必要になるのかもしれない。そういう意味では、おそらくショック吸収も同じ。

 

「ならばっ!!!」

 

 脳無の拳を回避した瞬間、ドンッという音と共にオールマイトは黒霧によって生みだされたワープゲートの檻を突破する。

 スタンディングスタートの体勢で加速したにしては、あまりに見えない速度に、黒霧も知覚できない。

 振武の瞬刹にも似た瞬間移動を、オールマイトはその脚力だけで実現させた。

 脳無の目の前に辿り着くまで、そう時間はかからない。

 

「――■■!!!」

 

 それに反応するように、脳無は耳障りな唸り声を上げてワープゲートから腕を出そうとする。

 その防御も、オールマイトの拳の速さには到底間に合わない。

 

WYOMING(ワイオミング)――SMASH!!!」

 

 オールマイトの貫手のように鋭く研ぎすまれた手が、空気の層すらも突破して脳無の両肩の付け根に飛び込む。

 衝撃は殺される……はずだった。

 しかしその鋭い一撃は、拳で放つそれとは違い、その体そのものを一点に切り裂く事を主眼に置いた攻撃。ただ貫く事だけを念頭に置いた攻撃は、

 ガコンッ。

 その貫手は貫くまではいかなくとも、相手の両肩を外すのには、充分だった。

 震撃・貫鬼。

 勿論、オールマイトはこれを会得した訳ではない。自分にかなりの短期間にだけ教えてくれたあの人は、自分が流派を学ぶ事を頑なに拒否した。

『師はそう多くはいらないだろう。特にお前には、既に2人もいるのだ。俺の技はお前の邪魔にしかならない』。そう言って結局基礎の基礎しか教えてくれなかったが、しかし基礎とはいえ同じ流れのものを教わったのだ。

 基礎にこそ、奥義に続く道がある。

 だからオールマイトも、見様見真似ではあるもののそれを使えるようになっていた。

 教えてくれた人には内緒ではあるし、似ているだけでそれそのものではない。源流を同じくする別の何かではあるし、ワン・フォー・オール(個性)に依存したこの技を、あの技と同じにしてはいけない。

 

(あの人ならこれくらいやれるし……多分、動島少年も出来るようになるはずだ)

 

 技量は確かに高いが、さらに高みを目指せる位置にいる少年。

 彼の研鑽の度合いでは、確かにこの脳無を倒すことは出来ないだろう。

 今はまだ(・・・・)

 だからこそ、

 

 

 

「私が守り、私が導く!!!」

 

 

 

「――ちっ!!」

 

 盛大な舌打ちとともに、黒霧のワープゲートが動き、躊躇なく脳無の腕を切断した。

 血は一瞬だけ吹き出すが、すぐに盛り上がってくる肉で傷は塞がっていく。

 ここだ。

 

「もう一度、吹き飛べ、敵!!!!」

 

 オールマイトの拳は、再び胴体に向けて全力の拳を振り切る。

 一瞬の静止。

 堪えようとする脳無だが、しかし再生途中の隙を狙われたせいもあり、踏ん張りが利かなかった。そのまま、水切りの石のように何度も地面に跳ねながら、最初と同じように壁に突き刺さる。

 只管、ただ只管の打撃。

 自分に出来ることはそう多くはない。いくら技術を学んできたとしても、自分が1番得意とする事は力一杯敵をぶん殴る事だけ。

 それが通用しないなら、どうする?

 話は簡単だ。

 

 

 

「相手の限界がくるまで、全力で何度でも、殴り飛ばす!!!」

 

 

 

 超高速で動き続ける。

 全力の拳を、否、全力以上の拳を相手に叩き込む。

 

「■■■!!!」

 

 痛みからなのか、何も出来ないもどかしさからなのか、脳無が空気を引き裂く絶叫を上げる。

 それすらも無視して拳を振るい続ける。

 体の痛み、マッスルフォームの制限時間を無視した動き。

 1秒毎に自分の力が落ち込んでいく事が分かりながらも、オールマイトの拳と足は止まらない。

 止まれない。

 ここで、せめて脳無だけでも倒し切る。

 その一心で拳を振るい、ステップを踏み続ける。

 その動きは小型の台風のように繰り広げられ、周囲には風が巻き起こり、視認する事すら難しい。

 脳無を中心として人間が出せない超高速で動いているのだ、当然だ。

 ……オールマイトと同レベルの動きが出来る存在でも、いない限り。

 

 

 

 ズヴッ!

 

 

 

「――グァ!?」

 

 自分の体を酷使している時の痛みとは違った、鋭い痛みとともに、口からせり上がってきた血を吐き出す。

 何が起こったのか。

 最初は理解出来なかった。

 だが、視線を下に向けてみれば、一目瞭然。

 

 

 

「……オイオイ、追ってこれるのかよ!!!」

 

 

 

 自分の左脇腹に、脳無の再生したばかりの手が、その指が深々と突き刺さっている。

 あの疾風のように動いていた自分に対して放たれた攻撃は、余りにも普通で、しかしオールマイトにとっては弱点となり得る場所を適確に突いていた。

 

「おいおい、そこは弱いんだよっ!!」

 

 必死で手を捩じ込んで引き離そうとするが、脳無の手はトラバサミのようにガッチリと握って離さず、むしろその周辺の肉ごともぎ取らんばかりの力だ。そうしている間にも、他の腕が、もう片方の腕を掴み、こちらも万力のようにギリギリと自分の手首を砕こうとする。

 5年前、オール・フォー・ワンに傷つけられた脇腹は今も昔の傷跡を残し、自分の弱体化の原因にもなっている。1番弱っている部分だろう。そこに突き立てられている指は、確実にオールマイトのダメージになっていく。

 

「粘ったみたいだけど……なんか、思った以上に呆気ないなぁ。

 つうかなにあの技、事前情報にはなかったなぁ」

 

 少し離れた場所で観察していた死柄木は、その手は神経質そうに首を掻きむしりながらも、声だけは冷静にそう呟いた。

 ようやくオールマイトにダメージらしいダメージを与えられた。

 ここまで準備しておいて、ようやくここまでの事しか出来ていない。その苛立ちが収まらないのだ。

 

「だけどこれまでだな、オールマイト……やれ、黒霧」

 

 死柄木の言葉に従い、黒霧がワープゲートを広げる。

 脳無が拘束し、自分がその体をワープゲートで捻じ切る。当初の目的にようやっと近づいた。あとはワープゲートに通して、そのワープゲートを閉じる。

 実に簡単だ。

 

「ハハッ……ようやっと死ぬ、平和の象徴っ」

 

 血が滲むほど掻き毟られた首をなおも掻きむしる死柄木の歓喜の声に呼応するように、黒霧の個性であるワープゲートの靄が一瞬で広がる。

 これで物語はBadendだ。

 何もかも、全て。死柄木の望むまま

 

 

 

 

 

 

(冗談じゃないぞ)

 

 ギチリッと、腕の軋む音がする。

 オールマイトの腕から発せられた物ではない。オールマイトが掴んでいる脳無の腕から響く音は、肉を、骨を、ジワジワと圧し潰すほどの力が込められている。

 出力が上がる。

 限界を超える。

 

(ここまで来るまでに、多くの者が血を流し、恐怖の涙を流した!

 負ける? それこそありえない。あってはならない!!)

 

 

 相澤消太が、13号が、今も戦っている生徒達が、自分の弟子である緑谷出久が、そして自分の代わりに脳無と戦ってくれた動島振武が。

 皆が繋げてくれたからこそこの状況まで持ち込めたのだ。

 自分が戦える時間は多くはない。

 力の衰えは思った以上に早い。

 拘束を解く事もすぐには難しい。

 だが、それがどうした?

 それでもやらねばならない。

 為さねばならない。

 

 

 

 

 何故なら私は、

 

 

 

 

 

 平 和 の 象 徴 な の だ か ら !!

 

 

 

 

 

 この場にいる誰もに、悪寒が走り、その行動を止める。

 鬼気迫る意識、病的なまでに強い気迫。

 それが刹那。いやそれ以上の時間を彼に与え、

 

 

 

 そこに、勝機が芽生えた。

 

 

 

「オール、マイトぉ!!!」

 

 

 恐怖、必死さ、不安、生きていた事による喜び。

 全てが内包されグチャグチャになりながらも響いた声が、オールマイトにとっては天からの助けのように聞こえた。

 

「なっ!!!」

 

 いち早く硬直を解いた黒霧が、オールマイトを靄で取り巻こうとする。

 だが、それも無意味だった。

 

 

「オイッ、何調子こいてんだ、モヤモブがァ!!!」

 

 

 BOOOM!!!

 先ほど放っていた爆破以上の爆炎が、黒霧の靄ごと、黒霧本人をも巻き込む。

 

「グッ!? なんだ、この炎は!?」

 

 黒霧は知らない。

 爆豪の籠手には彼の掌の汗腺から分泌される燃焼促進材のような汗を蓄積し、一気に噴出させる事が出来る事を。

 その攻撃は、簡単な建物であれば吹き飛ばす事が出来るほどの威力だという事を。

 そして黒霧は知らない。

 

「死ネェ!! クソモヤモブがぁ!!!」

 

 この男の執念深さを。

 

「チッ、黒霧、」

 

 その光景を見て、死柄木も行動を起こす。

 彼の個性は、触れれば絶対に防御出来ない〝崩壊〟の個性。

 いくら黒霧を打破できる生徒であっても、触れれば確実に殺せる。

 ……動ければ、だが。

 

「っ!?」

 

 足が極度の冷気と共に動かなくなる。

 死柄木は知らない。

 生徒の中に、雑魚敵十数人を一瞬で凍結し、無力化させた生徒がいる事を。

 それは、その生徒にとって呼吸するよりも簡単な事を。

 そして死柄木は知らない。

 

 

「……借りは返させてもらうぞ。色々とな」

 

 

 轟焦凍が、他の誰も想像していないほど、怒っている事を。

 だが、2人の動きでは、脳無だけは止められない。

 

「――■■■■!!!」

 

 脳無の思考能力はそう高くはない。

 だがそれでも本能的に理解出来る。このままでは自分の命令をする死柄木弔が倒されると。

 そしてそれは、自分の命にも関わる事だと。

 故に、そのままオールマイトの拘束を解くため、相手を完全に潰すため、握っている手に力を――入れよう、とした。

 

 

「オールマイトから、離れろ!!!」

 

 

 脳無は知らない。

 オールマイトと同レベルの速さを持つ生徒がいる事を。

 彼の手に、友人から託されたナイフがある事を。

 そして脳無は知らない。

 

「っ、SMASH!!!」

 

 その少年の、誰よりも弱く、だが勇気ある行動を。

 100%。腕や足が壊れる事を承知で放たれた、全力の斬撃。

 上から下へ。ただ振り下ろされただけのそれは、予想以上の切れ味を持って、脳無の腕を斬り落とした。

 

「――■■■!!!」

 

 先ほどまで痛みに怯みもしなかった脳無の、初めての動揺。

 その動揺は、今までで1番大きな隙になった。

 

「オールマイト、奴の個性は消している!!

 やるなら一気にやってくださいよ!!」

 

 脳無のちょうど背後から、相澤の声が届く。

 きっと少し離れた所から、ドライアイなのを必死で堪えて目を見開いているのだろう。

 ……この作戦を相澤は最後まで反対していた。

 確実性がない、というのもあったが、それ以上に生徒に危険性の比重が乗りすぎている。敵に正面からぶつかるのは自分だけで十分だ。

 だが、緑谷出久はそう考えなかった。

 怪我を負っている相澤では何が起こるかわからず、個性を消したとしてもあの脳無という改人に敵わない。

『先生を含めた僕達が出来る事は……オールマイトの援護。救けるんじゃなくて、助ける事しか出来ないと思います』

 普段のオドオドした様子は鳴りを潜め、真っ直ぐに断言する出久の考えを、相澤は渋々了承した。

 それが今、実を結ぶ。

 

「全く、君らって奴は!!!」

 

 片腕だけになった脳無の拘束を力尽くで破る。

 腕の再生は行われているものの、その速度はすでにハッキリと分かるほど遅れている。

 感情の無い目が、こちらを見る。

 少し哀れにも見えるその姿に、しかしオールマイトは容赦をしない。

 この脳無に、教師達が、生徒が、傷ついているのだから。

 

「お前に届くか分からんが――!!!」

 

 今も鈍痛が走る拳も、血が滴る脇腹も気にかけず、オールマイトの拳が踊る。

 今まで以上の力を持たせ、正確に、相手を倒すというただ一点に集中させ。

 

「ヒーローとは! 繋がれた絆を繋ぐもの!!!」

 

 地面に叩きつけ、その衝撃で跳ね返った脳無にさらに拳を放つ。

 腕はすでに治っている。

 迎撃出来るはずの脳無は、しかしその拳の壁をすり抜ける事が出来ない。

 オールマイトの全力は、そのオールマイトを倒す為に作られた怪人の力も凌駕する。

 

「ヒーローとは!! 人を護り、人を救けるもの!!!」

 

 この事件に関わった者。

 この事件に関わってしまった者。

 全ての感情と、繋げてくれた力を込め。

 真っ直ぐに、ただただ愚直に。

 その拳を脳無に当てる。

 

「ヒーローとは!!! 常にピンチをぶち壊していくもの!!!

 (ヴィラン)よ、こんな言葉を知ってるか!!?」

 

 脳無が防ぐだけで精一杯だったその均衡も、ショック吸収と超再生の限界を迎え、崩れる。

 全ての条件が整い。

 オールマイトの拳が、音速すらも超える拳が、唸りを上げて脳無の腹に突き刺さる。

 

 

 

 

  「Plus(更に) ultra(向こうへ)!!」

 

 

 

 

 1つの流星のようなそれは、脳無を巻き込み、分厚いはずの壁も何もかもを突破して、遥か彼方へ、脳無を吹き飛ばした。

 誰もが見えるその流星は、

 

 

 

 

 この事件の終結を、象徴するものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




雰囲気が出せているか心配なところですが、オールマイト戦でした。
最初はそんなつもりなかったのに、オールマイト魔改造です。まぁ戦闘能力1万が1万1000になった程度なのかもしれませんが、その差はここぞと言う場面で大きくなるのでしょう。
さて、あと2回で、このUSJ編を終わらせ、そこからは少し日常パートを入れてから体育祭編突入です!!!
プロットを入念に作り(自分なりにではありますが)、オリジナルの展開も多いこの体育祭編。
……一章じゃ終わらないぜ、これ。
と言うわけでまた次回、どうかお楽しみに。


次回!! 魔女子ちゃんがぐったりするぞ!? 夏バテかな!!?


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