平和の象徴。
皆の希望の光。
そうなろうとした。
そうあり続けようとした。
だが、今のこの体たらくはどうだ?
全てを護ろう、救けようとしたのに、限界時間を超え、現場には間に合わず、後輩達は傷つき生徒達は恐怖の表情に染まっていた。
これを、――これを見たくはないからこそ、自分は今まで頑張ってきたというのに。
自分で自分に腹がたつ。
「……嫌な予感がしてね。校長のお話を振り切ってやってきたよ」
それを噛み殺し、生徒達を安心させるために優しく、だが真剣に話す。
生徒達に自分自身への憤りを知られてはいけない。
「来る途中、飯田少年とすれ違って、…何が起きているか、あらまし聞いた」
それを晒す事は許されない。
何故なら自分は、
「もう大丈夫――私が来た!」
平和の象徴なのだから。
「オールマイトォォ!!!!!」
誰かが叫んだ。
その声には、安心と、恐怖心が和らぐような雰囲気を持ち、それは叫び出さなかった全員があげたい、喜びの叫びだった。
「これはこれは……、悠長に、生徒の相手をしている余裕は、なくなりました、ねっ!!!」
黒霧はオールマイトの姿を視認した瞬間、ワープゲートの出入り口である自分の靄を一瞬で広げる。
「っ――てめぇ!!!」
オールマイトが来た安心感からくる油断なのか、それとも予期せぬ事が起こったからこその動揺なのか。
どちらにしろ、黒霧にとっては充分な隙だった。
瞬時に爆破をする爆豪だが、しかし靄に包みこまれた状態ではそれも無意味。そのまま瞬時に出入り口の目の前まで転移させる。
殺してしまおうか。
そうも少し考えたが、しかし今は広場に移動し、死柄木や脳無と合流するのが先決だ。
自分自身が移動すれば、生徒達や負傷しながらも戦える
だが、1人は重傷、イレイザーヘッドは戦えると言っても重傷。
勝てる。
最短距離、視界に入った広場の1番隅に移動すると、黒霧の見えないはずの顔が余裕の表情を浮かべる。
自分達は、勝て、――。
「ほう、君はワープ系個性か。という事は、君自身が逃走手段かな? 黒い靄の
「なっ――グッ」
その声が聞こえた瞬間にはったワープゲートは、しかし殆ど効果を発揮せず、黒霧は風に流されるように死柄木のいる場所場まで吹き飛ばされる。
自分はすぐに個性を使い広場に移動し、オールマイトが移動してきた場所からはかなりの距離がある。
移動した。今の一瞬の間に。
何が起きたか黒霧にもすぐには分からなかった。だがすぐに理解する。
何の事はない。オールマイトの力は単純な増強系でありながら、その出力は他の追随を許さないほどの高さだ。
それで走れば、この距離ぐらいはすぐに追いつくだろう。
問題は、
「拳から発生した突風だけで、私の個性を吹き飛ばしたというのかっ!?」
オールマイトの拳は天候をも変える威力を持っている。
それくらいは事前情報で知っていたが、まさか自分が体験するとは思ってもいなかった。
個性として操作されている靄だからこそ、完全には吹き飛ばされず威力を減退させる事ができたが、減退した上で自分を吹き飛ばしたという事実が、オールマイトの力の凄まじさを物語っている。
「これが、平和の象徴と言われる男の拳、ですか」
少し口惜しそうに死柄木の側に侍る黒霧が向けた視線の先には、オールマイトは……もういなかった。
「……すまないな、動島少年。
無茶をさせてしまったようだ」
予想外の場所からした声に、死柄木も黒霧も慌てて目を向ける。
イレイザーヘッドと生徒達が待っている場所。そこにオールマイトはいた。
――先ほどまで、脳無と戦っていた生徒……動島振武を抱えて。
「ハハッ……チートかよ、目で追えなかった」
黒霧とのほんの刹那の攻防。
その間にオールマイトは、脳無の目の前にいる振武の前まで移動し、彼を抱きかかえて再び相澤の元まで移動したのだ。
チート。
言葉の意味としては正しい使い方とは言えないが、しかしそれはこの超人社会の中でも異質なほど強力なものだった。
だが、
「……死柄木弔、しかし彼は、」
「あぁ分かってるよ……速いけど、思ったほどじゃない」
〝先生〟から教わった情報の中でも最も大きなもの。
『オールマイトは弱っている』。
その言葉が真実かはまだハッキリしないが、しかし死柄木が予想した程ではないオールマイトの動きは、その情報への信用を高めるのに十分なものだった。
オールマイトは、黒霧を一撃で仕留める事ができなかった。
いくら個性で操っているワープゲートが衝撃や威力をも無効化できるものだったとしても、いくらその個性を振り払いきれなかったとしても、今までメディアで語られているオールマイトであるならば、何の苦労もなく黒霧を無力化出来たはずだ。
だが多少のダメージはあるものの、黒霧はこうして死柄木の元で臨戦態勢を取れる程度。
「黒霧、コンティニューだ……倒せるぞ、平和の象徴を」
死柄木の表情は、虫をバラバラにしようとする童子のような、無垢なる狂気に染まっていた。
◇
「……オール、マイト、」
呼吸するたびに訪れる痛みを必死で我慢しながら、振武は自分を抱き上げているオールマイトを見上げる。
先ほどまで感じていた不安や恐怖心、絶望感は、不思議と無くなっていた。
オールマイト。
平和の象徴。
彼に救けられた。それだけで、振武の胸には暖かい安堵の感情が雪崩れ込むように、染み込むように広がっていた。
「……すまないな、動島少年。
無茶をさせてしまったようだ」
その表情は自分を安心させるために笑顔が浮かべられているが、その裏側には一体どんな激情が隠されているのだろう。
怒り、自分への憤り、悲しみ。
それがあると分かっても、どれがオールマイトの中に渦巻いているのかは、振武には分からなかった。
「いえ、俺が勝手に、やった事です、
それより、オールマイト、聞いてください、」
必死で、オールマイトの胸倉に掴みかかるような形になる。
あの脳無の情報、それを知らせなければ、オールマイトが殺されるかもしれない。
それは、嫌だ。
それだけが、痛みで意識を失いそうになっている振武を突き動かす激情だった。
「あの、脳みそが露出してる、敵。個性は、物理的衝撃を、無効化するもので、上限があるのか、分からないけど、打撃は、有効じゃありません、」
「…………動島少年、」
「それから、腕一本斬り落とされても回復する、個性もあります。それも上限は分かりません、けど、俺が何度も斬り落としても、再生したので、上限は、ないのかも、」
「……動島少年っ」
「パワーも、スピードも、オールマイト級でし、た。感情が薄いから、関節外されても、簡単に、自分で治しちゃい、ます、斬撃も、有効だった、けど、簡単に、回復されて、それから、それから――、」
「――動島振武!!!」
オールマイトの大きな声に、思わず肩が跳ね上がる。
先ほどまで真剣な表情で話を聞いていたオールマイトの顔には、見るだけで安心してしまうような満面の笑みが浮かんでいた。
「動島振武くん、ありがとう。
君は必死で、私の代わりにソイツを引き受けてくれたんだね」
その言葉に、涙が出そうになるのを必死で堪える。
「いや、俺は、全然、ダメで、」
何も出来なかった。
意気揚々と突っ込んで、返り討ちになって、、今皆の足手纏いになっているこの状況は、振武にとっては望んでいた結果ではなく、
守りきれなかった。
その後悔が心の中に広がっていて。
「――ゴメンなさい。おれ、負けちゃって、」
涙を必死で堪えるために歪んだ表情と、情けない声。だがオールマイトはそれを馬鹿にせず、優しく振武を地面に降ろしながら答える。
「いいや、君は1つも負けてはいない。 一時でもあの敵を食い止め、数分だろうと、数十分だろうと、私の代わりに皆を護ってくれた。相澤くんも怪我を負ったが、命に別状がない。私に貴重な情報を与えてくれた。何より、そんな強大な敵に立ち向かいながら、君は今、生きている。
君は、負けてなどいない。
君は、勝ったんだ」
――情けない。
最高の結果を求めて、最高の答えを探して。
必死に戦って、でもダメで、ボロボロになったのに。
……オールマイトの言葉で、すべて安心してしまう自分がいるなんて。
「相澤くん、怪我をしている所悪いが、動島くんと生徒達をお願い出来ないか?
私は、あの敵達を相手する。他の教師達も、今向かっているはずだ、そちらと合流してくれ」
「了解……ったく、良いところ持って行きすぎですよ、アンタ」
オールマイトと立ち位置を入れ替えるように、相澤が後ろから振武を支えてくれる。
相澤の言葉に、少しだけお茶目な笑みで「すまない」とだけ言って、オールマイトはゆっくりとした足取りで敵の元に向かう。
「お前もだぞ、動島。守られるべきお前が、俺らを守って怪我をするんじゃ、意味がないだろう」
「すい、ません、」
振武の途切れ途切れの謝罪に、相澤は小さく溜息を付く。
今の所命に関わるほど深い物がないとは言え、浅いとも言い切れない傷を多く負っている。この状態でこの場にいる事は出来ない。
出入り口まで生徒達を避難させ、まだ動ける自分が、オールマイトの援護に向かう。
それにはまず、生徒達を誘導する他ない。
「だが、俺だけではお前の移動は難しい……おい切島、緑谷、動島を支えろ。峰田、蛙吹は俺に続け、このまま出入り口まで全員で引くぞ!!!」
「「「「はいっ!!」」」」
相澤の指揮の元、皆が自分の役割のために動き出す。
相澤を先頭に、周囲を警戒するように蛙吹と峰田が陣取り、鋭児郎と出久は、振武を両脇から支えるように立ち上がるのを手伝う。
「……悪かった、動島。俺達がお前を助けに行ってりゃ、こんな怪我、」
「ごめん、動島くん……」
2人の顔は、こちらが申し訳なくなる程暗く、罪悪感のようなものすら浮かんでいる。
こっちが勝手に戦っていただけだというのに。
「気にすんな、俺が、勝手にやったんだ。
それより――、」
これで、オールマイトの勝利が確定した。
そう安心しきれるならば、どれほど楽だっただろう。しかし振武は、オールマイトが既に完全無欠の存在ではない事を、知っている。
活動時間の限界。
もしそれがあってこの授業に出てこれなかったとするならば……1人であの敵集団と戦わせるのは、危険だ。
強力な個性の持ち主が3人。
しかも、そのうちの1人――脳無は、オールマイトにとって相性最悪。個性などの情報を持って対処したとしても、隙が出来る。その隙を突くような行動を残り2人が取れば、負ける可能性は充分ある。
脳無の利点を帳消しにするほどの高威力を発揮するか、その裏をかく……振武のように斬撃などの手段があれば少しは変わるはずだ。だがその方法がオールマイトにあるのか分からない。
「……っ」
だが、どうすれば良い?
◆
出入り口の前に長く伸びる階段と、通路。
そこで合流した安心感からか、皆の顔には安堵の笑みが浮かんでいる。
未だに他に散っている生徒達を誘導している魔女子は顔色が悪そうだが、まだその眼から意志は消えず、数は減ったものの九官鳥を操っているようだ。
振武は肩で息をしながらも、出久の隣に座り込んでいる。立って歩くのさえ、今の振武には辛いところだろう。ここまで歩けただけでも、出久からすれば驚いていた。
「………………」
だが、こんな状況になっても、緑谷出久の表情は晴れない。
自分の師、オールマイトが本気で戦える時間。このUSJに来る前に教師達が話していた様子を見るに、限界をとっくに超えているはずだ。
生徒の中では、自分だけしか知らない、ピンチ。その事情を知っている先生達の中で、13号は戦闘を行えない程の怪我を負っている。相澤は戦えるものの、肘から崩された片腕では、とても十全に戦えるとは言い辛い。
(何とかしなきゃ……)
焦りが、頭を混乱させながらも巡らせる。
ダメージがあるのは自分と、振武、そして使い魔を行使し過ぎて疲れが出ている魔女子。
ある程度戦える生徒達の中でも即効性と効果がある個性を持っているのは、氷で拘束できる焦凍と、爆風で黒霧の靄を吹き飛ばせる爆豪くらいだろう。それが受け入れられたとしても、自分の入る隙がない。
未だに個性を発動させれば骨がバキバキに折れてしまう。そんな足手纏いを、先生達が連れて行ってくれるとは思えない。
(だけど――)
助けたい。
無個性の自分に、ヒーローになれると言ってくれたあの人を。
自分に大事な秘密を晒し、後継者としてくれたあの人を。
平和の象徴。自分の憧れ……オールマイトを、助けたい。
「なぁ、緑谷。お前、オールマイトの場所まで行きたいんじゃないか?」
「っ!?」
自分の心を見透かされたような言葉に、出久は振武の顔を見返す。振武は相変わらず辛そうにしているが、しかしそれでも必死で笑みを作ってくれているのは分かる。
自分であれば、笑みを作るどころか、喋る事すら出来ないだろう傷の数々。
だがそれでも、振武は必死で話し続ける。
「お前、オールマイト、尊敬してるもんな。そんな人が、戦ってる場に、助けに行きたくない、訳がない」
「えっ……う、うん」
オールマイトを尊敬している事、言ったかな?
少し疑問には思ったが、自分も別に隠しているわけではないので、何処かで悟られたのだろうなと納得して首肯する。
「……正直言えば、お前の個性じゃ、オールマイトと同じく、相性が悪い。俺の二の舞に、ならないとも、限らねぇ。自殺行為、無茶だ。
でも――」
そこで言葉を止めてから、どこか自嘲の笑みを浮かべる。
「――でも、それは俺が言える事じゃねぇ」
そう言いながら、振武は腰に仕舞っておいたナイフを、刃が出久を傷つけないように押し付ける。
「これは、」
「俺が使ってるナイフ……っていうか、短刀、だな。
お前のパワーなら、真っ直ぐ振り下ろす、だけで、腕ぐらいなら、斬り飛ばせるだろうっ」
その言葉で、出久はハッと顔を上げる。
「止め、ないの?」
「だから、俺が言える事じゃ、ない。
相澤先生と、連携しろ。お前らがオールマイトを助けられるか、は、そこ次第、だろ?」
振武の必死な声で告げられる言葉を聞きながら、手の中にあるナイフを見つめる。
小さな欠けがいくつか見受けられるナイフは、それでも十分な斬れ味を持っているように思えた。所々に付着している血は、乾き始め黒くなっている。これがあの脳無という改人の血なのか、振武の血なのかも分からない。
助けに行かなかった。
振武自身は正しいと言ってくれたその選択を、出久は後悔していた。
あの時助けられていたならば。こんなに彼が傷付く事はなかったんじゃないか。少しでも、自分達が脳無を引き付けられていれば、と。
しかしそんな出久の後悔や罪悪感を、言葉通り本当に、振武は気にしていない。
それどころか、
「頼むよ、緑谷。
俺の代わりに、あの人が、勝てるように」
自分に、こんなにも信頼を置いてくれている。
「……うんっ!!」
ナイフの鞘を借り、それを腰に取り付けてから頷く。
オールマイトがくれた信頼。
蛙吹が、峰田が預けてくれた信頼。
鋭児郎が賛成してくれた信頼。
そして、振武が背中を押してくれた、信頼。
……僕は、いつも誰かに背中を押してもらえている。
それは本当に情けない話で、でもそれと同時に、こんな自分が頼られているという、証明だった。
「相澤先生っ!!」
避難の指示を出している相澤に駆け寄る。
一瞬怪訝そうな表情を浮かべるが、それはすぐに消えた。
一定の人間が抱く覚悟。どんな事があっても目的を成し遂げようとする時に発する、強い意志のようなものを、出久の眼から感じ取ったから。
口を挟もうとして、挟めるものではなかった。
「――お話が、あります」
◆
オールマイトが相澤に振武を預けてすぐ、死柄木はオールマイトと対峙していた
死柄木弔は絶対の自信を持っていた。
オールマイトの利点を潰し、足止めを行えるだけの実力を備えている脳無。物理攻撃を無視し、とどめの一撃を行う事が出来る黒霧。そして自分自身。
この3人ならば、オールマイトを殺せる。
あの、平和の象徴を、この手で。
確かに、自分が想像していた以上にイレギュラーは多い。
いると思っていたオールマイトはいなかった、教師陣は思った以上に奮闘し、生徒達も想像以上に強かった。脳無の情報が事前にオールマイトに漏れてしまったし、消耗させる為に配置していた雑魚達は役目を果たせない。
だが、この3人さえ揃っていれば勝てる。
「随分余裕があるようだな、生徒達を逃がしても良かったのか?」
「……今更あんな奴らどうでも良い。俺たちの目的はアンタなんだからな。
オールマイト、平和の象徴――社会のゴミめ」
真剣な表情で語るオールマイトに、死柄木は憎悪と嘲笑の笑みを浮かべる。
自分が今、オールマイトを追い詰めている。何年もずっと心待ちにしていた瞬間だ。誰かにかまけている余裕も、邪魔をさせる気もない。
今この瞬間を、死柄木は心から歓喜していた。
「俺はな、オールマイト! 怒っているんだ!
同じ暴力がヒーローと
何が平和の象徴!! 所詮抑圧の為の暴力装置だおまえは!
暴力は暴力しか生まないのだと、おまえを殺すことで世に知らしめるのさ!」
感情を込めている……風に装う。
さも自分が革命家でもあるかのように話し続ける。こんなのは茶番だ、オールマイトの顔に浮かぶ真剣さを憎悪に染めたいからこそ言っているだけだ。
もっとも、その目論見はすぐに見破られる。
「めちゃくちゃだな。そういう思想犯の目は静かに燃ゆるもの。
――自分が楽しみたいだけだろ、嘘吐きめ」
「――バレるの、早」
見る人が見れば憎悪し、嫌悪感を抱くような病的な笑み。
それに対しても、オールマイトは一切動揺を見せない。
「敵、君は何も解っていないんだろうな。君は私が至極冷静に見えているから、そのように挑発しているんだろうけど。
……それは大きな勘違いだ」
義憤。
自分への怒り。
後輩達への、生徒達への申し訳なさ。
動島振武の努力を無駄にしたくはないという気持ち。
……そして何より、平和の象徴としての矜持。
様々な感情が混ざり合い、激情という性質のみを残してマグマのように熱を持っていた。
「――私は、怒っているぞ、敵共」
「っ!?」
その熱を瞳の奥から感じ取り、自然と足が一歩下がる。側に付き従う黒霧もまた、それを感じ取り、自分を守っている黒い靄が自然と騒めくように動く。
だが、その中で動こうという者がいた。
『――■■■!!!』
脳無。
脳無は改造される過程で知能が低下し、言葉を語ることも出来なければ感情も、無いと言って良いほど希薄だ。しかし、その危機察知能力は攻撃力を維持する為に残すように作られている。
その感覚が、脳無を衝動的に動かしたのだ。
最大出力で動けば、死柄木の目では捉えきれないほど素早い。先ほどのオールマイトと同レベルのそれでぶつかれば、オールマイトも避けることは難しいだろう。
ダァン!!!!
人体と人体がぶつかり合う音にしては、あまりにも硬質な音。
これで殺れるとは思えない。だが同時に、ノーダメージではない。それだけで、死柄木の喜びは最高潮にまで高まる。
死ね死ね死ね――死ねよ、平和の象徴。
死柄木は、もはやそれしか考えられないほど、この状況に夢中だった。
「……なるほど、確かに私レベルのパワーだな」
――その言葉さえ無ければ。
「……ハァ?」
放心したように、疑問の声が上がる。
不意打ちならば避ける事が出来ない拳。
当たればその部分が爆散し間違いなく死に至る拳。
その拳は受け止められていた。
真正面から、堂々と。
「だが、私レベルだという
――私には、及んでいない!!!」
その言葉とともに、今度はオールマイトの拳が踊る。
ただのテレフォンパンチにも見えるそれは、先程脳無が放った一撃と同じくらい――否、それ以上の衝撃を持って、脳無の胸に突き刺さる。
馬鹿め、と死柄木は心の中でほくそ笑んだ。
ショック吸収。どんな打撃でさえその威力を殺してしまう個性を持つ脳無の情報を受け取りながら、オールマイトは拳を放った。
いや、――分かっていて、拳を放った。
次の瞬間聞こえてくる音は、何かがぶつかる音ではなかった。まるで何かが破裂するような音。その音と共に、脳無の体が、地面スレスレに滑空し、そのまま先程振武に吹き飛ばされた場所のすぐ近くまで飛ばされる。
「知り合いから教わってね。相手を吹き飛ばす時は、殴るんじゃなくて押せと言われたのを、久しぶりに思い出したよ」
嘗て、一時だけ自分を鍛えてくれた人は言った。
『力とは、ただ殴るだけのものではない。飛ばし、受け止め、流し、速くし、掴み、叩きつけ、薙ぎ、上げ、下げる。
あらゆる動作に力があり、あらゆる法則の中に力は存在する。お前の受け継いだ個性もまた、同様。ただ束ね、大きくなったものに過ぎん。
……ならば、それを完璧に活用する上で重要な事は、その性質全てを理解し、自分の意志で使えるようになる事だ』
思い出している彼からは、8割が実戦形式だったものの多くを学んだはずなのに、1番印象的なのは、そんな最初に話された言葉だった。
拳を握り締める。
後遺症、そして後継者に引き渡された事により減退している力は、それでもオールマイトの中で血潮のように脈打ち、自分でも眩しく思えるほどの輝きを放っている。
瓦礫の中から立ち上がる脳無に対して、その拳を向ける。
「私の拳はね、お前のような偽物ではない。誰かが培い、誰かが繋げ、誰かの為に振るわれる拳だ
……同じだと? 冗談じゃない。
来いよ、
少し視点が飛び飛びですが、最新作です。書かなければというものが多くて、なかなかオールマイト本気戦闘が書けない……。
魔女子さんや振武くん介入により、流れが変わってきました。ストーリー的には、原作とは少し違う結末になっていきますので、どうかお楽しみに。
次回!! 緑谷少年が絶叫!!! 熟睡して待て!!!
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