plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode5 助太刀参上!!

 

 

 

 ――やばい、ですね。

 魔女子は忙しなく脳内で制御し続ける使い魔の感覚を制御しながら、必死に目の前の状況を整理する。目の前には13号が倒れている。そのスーツの背中は、物凄い力で引きちぎられた様な大きな穴が空いている。

 ワープゲートの個性により引き起こされたカウンター。

 戦闘に特化している訳ではない13号では、このような結果になる事は、ある意味必然だったように思える。

 そして今、魔女子の生み出した2体の狼と障子で、何とか黒い靄を纏った敵を抑え込んでいた。

 ……目まぐるしく、状況は変化していた。

 

「……厄介、ですっ」

 

 必死でタスクに余裕を空け、溢れた言葉は余裕がないものだった。

 飯田がこのUSJを飛び出してもう数分が経過している。その中での戦闘は、本当に少しでもタイミングがズレれば、助けを呼びに行くどころか全員が倒されていた、非常に危険な状況での行動だったと言えるだろう。

 障子のタックル。

 麗日の個性での行動制限。

 瀬呂のフォロー。

 全てが十全に機能したからこそ、飯田は外に走っていくことが出来た。

 そして今、状況はどれだけ早く行動出来るか、というものから、どれだけ時間を稼ぐことが出来るかに変化している。

 

「塚井、無茶をするな! お前はみんなの誘導に専念してくれ!!」

 

 障子は靄に翻弄されながらも、必死に魔女子にそう言う。

 このように狼を操ってはいるが、魔女子はもう限界に近い。

 未だに行動している4羽の九官鳥によるUSJ内に点在した仲間との連絡、その戦闘のフォロー。セミオートで動いているとはいえ激しい戦闘を繰り返しているロボとブランカ。

 いつ気を失ってもおかしくないのを、なんとか押し留めている。

 

(ここで倒れれば、足手纏いが1人増えるばかりか、全員の誘導も何も行えない……それは、ダメ)

 

 現在の状況は、魔女子が鍵を握っていると言っても過言ではない。

 どれだけ早く全員を誘導出来るか、どれだけ皆のフォローが出来るか。驕りのように聞こえるかもしれないが、もし自分が何もしていなければもっと事態は進まず、もっと被害は大きくなっていた可能性もある。

 もう少しすれば、振武、焦凍、爆轟と鋭児郎のコンビ、出久、蛙吹、峰田の3人も合流する。振武はすでに使い魔と離れ、焦凍や爆轟・鋭児郎もタスクの余裕をもたせてくれる為に道が分かるところからは使い魔を解放してくれた。合流にそう時間はかからない。

 さらにもう少し時間はかかるだろうが、教師達が駆けつけてくれれば事態は加速度的に終息するだろう。

 もう少し、あともう少し踏ん張ればそれで良い。

 

「ご心配、どうも……でも、もう少しなんです」

 

 魔女子を気遣うように周囲に侍る狼を少しだけ撫でて、魔女子は黒い靄を纏う敵を睨みつける。

 敵はワープゲートを個性に持つ敵。何とかここに縛り付けている事に成功しているものの、しかしそれは麗日の無重力や障子のフォローがあるからこそ、実現している。

 ギリギリの綱渡りのような状況は、未だに続いているのだ。油断は出来ない。

 対するその敵……黒霧は、

 

(厄介ですね……)

 

 奇しくも、魔女子と同じ事を考えていた。

 正直、彼自身も舐めている部分がなかった訳ではない。

 相手は優秀なヒーローの卵と言っても、まだほんの子供だ。そんな者達がそもそも自分達とまともな戦闘を行えるはずもない。そう心の中で思っていた。

 だが今の状況を見てみろ。

 プロヒーローである13号は何とか撃破したものの、子供達に翻弄され、1人逃し、しかも今現在ここに縛り付けられている。

 勿論、この縛りから逃げる事自体はそう難しくはない。ワープゲートを使えば一瞬で先ほどまでいた広場に戻る事は可能だろう。

 だが、ここで広場に戻って、果たして彼らが大人しくしていてくれるのかは、無視できない要素だろう。

 腕が複数ある少年。

 無重力を操る少女。

 肘からテープのようなものを射出する少年。

 溶解液を生み出す少女。

 どれも優秀である事に間違いはないが、

 

(1番厄介なのは、あの動物を操っている少女、でしょうね)

 

 狼を操り自分を操っている少女を、黒霧は苛立ったように睨みつける。

 個性は確かに優秀だが、特質すべき戦闘能力ではない。他の生徒にも言える事だが、彼女の個性では自分を倒す事も出来ず、縛り付けておくのがせいぜい。どころか、もし彼が一点に攻撃を集中すれば呆気なく倒れるだろう。

 だが、彼女の立ち回りは上手いのだ。

 まるでこちらの行動を予測しているかのように立ち回り、周囲の人間に指示を出す。

 あくまで時間稼ぎの戦闘、倒す必要性がない戦闘。だからこそ、彼女はここまで黒霧を縛り付けていられるのだ。

 ……黒霧は、この集団のリーダーである死柄木弔とは少々違う考えを持っている。

 死柄木は1番の目標はオールマイトだが、ついでに子供や教師であるプロヒーローも脳無であれば倒せるだろうと考えているが、自分は別にそこまでここで無駄に人を殺す必要性はない、そう思っている。

 情などではない。

 無駄を極力省き、冷静に目的を執行すれば良いと考えているだけだ。

 だが今、その無駄だと思っている相手に翻弄されている自分がいる。

 

(危険だ……教師が来るまでにまだ時があるとはいえ、オールマイトがいつ来るかも分からないこの状況。とてもでは無いが、他を殺さないなどと余裕があるように振る舞える状況では、既に無くなっている)

 

 必要最低限、逃げられる状況を作る。

 その上で、頭の良い人間は早急に倒さなければいけないだろう。

 

「ならばまず――貴女からだ!」

 

 一瞬だけ黒い靄が脈動するように動くと、黒霧の個性が発動され一瞬で魔女子の目の前に現れる。

 刹那の瞬間に生まれた隙。

 そこに滑り込むように入ってきた敵に対して、周囲は硬直する。

 

「っ、塚井!!」

 

「塚井ちゃん!!」

 

 1番魔女子に近い障子と麗日が叫ぶ。

 それでも距離は離れており、魔女子のもとまで近づいて庇うのに30秒。しかも、広範囲に近づけないように張られている靄の結界は彼らの行動を阻害していた。

 その半分も無い時間で、黒霧は少女の首を切り落とす事も出来る。血が体内に溜まる事さえ考慮しなければ、黒霧の攻撃は防御が難しい攻撃だ。

 そして魔女子には、その攻撃を防ぐ方法がなかった。

 

「っ!!?」

 

 無意識なのか、それともある意味意志を持って行動している狼達の独断なのか。まるで魔女子本体を庇うように狼達が正面に立つ。

 だが、無意味。

 たとえ庇ったとしても、それ諸共殺してしまえば良いだけの話だ。

 

「お命、お覚悟!!」

 

 その黒い霧が魔女子を包もうとしたその瞬間、

 

 

 

「悪りぃな、(ヴィラン)。お前に塚井を殺させる気は、さらさらないんだよ」

 

 

 

「っ!?」

 

 敵意を感じて一瞬で防御に転じた靄を、

 

 

 

 膨大な冷気が包み込み、巨大な氷塊を生み出していた。

 

 

 

「えっ、なっ」

 

 最初に戸惑いの声をあげたのは、瀬呂だった。

 麗日も、障子も、芦戸も、全員が驚愕の表情を浮かべている。

 しかし誰よりも驚いているのは、守られた魔女子本人だった。

 

「……なんで、ここに、」

 いつもの感情の見えないその顔には効果音を付けるならば『ポカン』という言葉が良く似合うほど、どこか間抜けな表情になっている。

 嘘だ。きっと夢を見ているんだ。

 そんな自分の思いを、現実の側から否定される。そこにはたしかに黒霧を閉じ込めようと凍りついた巨大な氷塊があり、そして自分のすぐ側には、

 

「悪いな、塚井。ギリギリ間に合ったから良かったが、危ないところだった」

 

 轟焦凍が立っていた。

 ……彼のほんの気まぐれ、というよりも彼の小さな疑問が、彼をこの場所へ導いた。

 ――塚井魔女子は無茶をしている。

 戦闘訓練では確かに冷静さを欠いていたが、焦凍も何も見ていなかった訳ではない。しっかりと情報を取り込んでいる部分もある。

 その1つが、魔女子の上限。

 蛇、九官鳥、ゴリラ、数10匹ものネズミと2匹の狼達。

 戦闘訓練時にでさえ、既に自分の足での移動が難しい状況だった。それが今回は九官鳥を使い全てのフォローをしながら、出入り口付近での戦闘。

 無理がない、訳がない。

 それに気づいてしまえば、彼の行動は早かった。

 中央広場は確かに1番重要だが、この状況の中であれば他の人間が向かうはずだ。それならばと、焦凍は魔女子の使い魔を解放したあと、直ぐさま迂回して出入り口付近に走ったのだ。

 

「こっちに来るなら、言ってくだされば良いのに」

 

 呼吸する毎に辛そうな魔女子の背中を、焦凍はしゃがんで労わるように支える。

 

「俺が言ったら、お前めちゃくちゃ遠慮しそうだったからな。こっちで勝手に動いた方が良いと思ったんだ」

 

 塚井魔女子は、焦凍よりも振武よりもぶっ飛んだ考えの持ち主だ。

 普段は冷静で、出来るだけ全員に危険が及ばないように、確実な作戦を考案する。自分よりもずっと頭が良い人間。だが、その全員の中には、自分をあまり考慮しない。自殺願望がある訳ではないが、死ななければ多少の無茶や無理は自分で引き受ける傾向がある。

 それに、自分も振武も甘えている部分が、ないとは言い切れない。

 魔女子に誰よりも助けてもらった経験があるからこそ、

 

「お前には、借りが貯まっているからな。ここで1つ清算しておこうって考えただけだ」

 

 ここで助けになれないのは、嫌だ。それが焦凍の結論だった。

 一応理論という形になっているだけで、理由などは本当のところ感情論だ。他の人間ではなく、相手が魔女子だったからこそ、ここで助けなければという感情が働いた。

 ……その理由が何故出てきたのかは、焦凍にも分からない所だが。

 

「……馬鹿ですね。私は別に、そんなの期待していませんよ」

 

 疲れたのか、気の緩みからか。魔女子は微笑みをその顔に浮かべながら、焦凍の肩にその額をつける。

 

(狡いですね、本当に)

 

 いつもは全然こちらを振り返らない癖に、こんな時ばかり助けられては、困ってしまう。

 そう思いながらも、魔女子の中には確かに安心感があった。

 

「……調子に乗るなよ、ガキ共っ!」

 

 氷塊の前から、ワープゲートを通して黒霧が姿を現す。

 個性による攻撃の無効化。残念ながら黒霧の個性では完全なものとは言い切れない。実体が露出する部分というのはどうしても存在する。だがワープゲートである黒い靄を纏えば、防御能力としては完璧だ。

 実際、それでギリギリの所で焦凍の攻撃を避ける事が出来た。

 

「っ、轟くん、戦闘態勢を、すぐに、」

 

 先ほどの攻防を回避した魔女子の狼達が、警戒するようにその隣に立ち、魔女子自身も笑顔が警戒心を露わにした表情に変わる。

 しかし、焦凍はそれに対しても冷静だった。

 

「大丈夫だ。ここに来たのは……俺だけじゃねぇ」

 

 その言葉の瞬間、

 

 

 

「どけェ!! 半分野郎が!!!!」

 

 

 

 普通の人間では出せない速度で、爆豪が黒霧の前に躍り出た。

 

「なっ――」

 

 先ほど攻撃してきた焦凍を注視していたからか、黒霧の反応は一瞬だけ遅れる。その隙を、爆豪は見逃さなかった。

 

「死ねっクソが!!!」

 

 BOOOOMという大きな爆発音をさせ、広がり切っていない黒い靄を突破し、黒霧の実体部分を掴んでそのまま引き倒す。

 

「ハッ! 油断してんじゃねぇぞモヤモブが!!」

 

 爆豪は勝ち誇ったように、黒霧を見下す。

 実体部分を捕まえる。

 それがずっと爆豪が考え続け、魔女子の情報から確定させた戦術だった。そもそも物理攻撃を100%無効化できるのであれば、自分たちが襲った段階で『危ない』という発言から感じた違和感は、やはり間違いではなかった。

 

「爆豪くんまで……驚きました、貴方が私を助ける律儀な心があったとは」

 

「んな訳ねぇだろぶっ殺すぞクソ鳥女が!!!

 こっちは最初からこのモヤモブ狙いだ!! てめぇなんて眼中にねぇんだよクソ!!!」

 

 動揺して思わず零れた魔女子の本音に、爆豪はしっかりと黒霧を拘束しながら怒鳴る。

 焦凍と合流した段階で、爆豪と鋭児郎は中央広場が遠巻きであれ見れる場所にいた。そこで確認すると黒霧の姿はなく、そこにいないとするならば、いる場所など限られている。

 だからこそここに便乗する形になったのだ。

 

「だから鳥女は失礼です。あとでキッチリ謝罪してもらいますからね。

 ……ですが、そうならば切島くんはどこに行ったのですか?」

 

「あいつはこっちに生徒がいるって分かった段階で、中央広場のフォローに回るって決めたみたいだ。さっき別れた。

 1人じゃあぶねぇとは、言ったんだがな」

 

 焦凍のどこか躊躇いがちに言われた言葉に、魔女子は小さく溜息を吐いた。

 

「まったく、悉く予想外です。

 ……まぁ、轟くんは心配しているようですが、恐らく大丈夫でしょう」

 

 魔女子は、先ほどよりもずっと明瞭に話し始める。

 タスクが1つ減ったのだ。これで残りは九官鳥は3匹。

 

 

 

「……中央広場には、もう切島くん1人では、ありませんからね」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 中央広場では、今もイレイザーヘッド……相澤が戦っていた。

 しかし、状況は思うようにはいっていない。

 

「ハッ!!」

 

「グハッ!?」

 

 炭素繊維が編み込まれている特殊合金の鋼線を編み込んだ、今では自分の手足と同じくらい動かせるようになった捕縛武器を巧みに操って近づいてきた敵を絡め取り、そのまま相当の距離まで吹き飛ばす。

 1対多数の戦闘。

 これは相澤にとって、苦手なものではない。

 普段から様々な状況に対応出来るように訓練を重ねているというのも勿論あるが、まさかこんな所で昔の経験が生かされるとは思ってもいなかった。

 武闘ヒーロー《センシティ》。その相棒(サイドキック)を務めていた時代には、このような戦闘は日常茶飯事だった。

 その縁もあり動島流の基礎の基礎くらいは習得したが、それでも今の状況を打破できる程ではない。

 短期決戦が見込めないこの状況では、どう考えても不利だ。

 

(合理的じゃないな)

 

 ここに対応出来るのは自分だけだったという事を考慮に入れても、もう少しやりようはあったのではないか。時間を稼ぐという目的は今の所達成出来ているが、この状況を維持し続ける事は体力的に限界がある。

 敵はまだ多く、しかも明らかにヤバそうなのが2人、まだ戦ってすらいない。

 普通だったら、ピンチだと思ってしまう状況。

 だがそれが、相澤にとってそれほどの物という感覚はなかった。

 危険な戦闘。本命を残して雑魚達に削られる体力。どれも油断出来るものではないが、しかし思い返してみれば、本当にセンシティと取り組んだ事件は不思議とそういう状況になることが多かった。

 

(というより、あの人が好き好んで突っ込んでいったという見方も、まぁ出来るんだが)

 

 初めて会った時は、その容姿と態度を見て「冷静な判断が出来る」と思えた。もっともその予想はすぐに起きた事件の解決の仕方で、はっきりと裏切られたのだが。

 個性のほぼ関係ない所で発揮される、不合理な戦闘能力。

 ヒーローとしての仕事よりも愛に生きた、不合理な存在。

 そんなある意味嫌っても良いような相手を相澤消太は、センシティとしても動島覚としても、嫌いにはなれなかった。最後まで好きにならなかったが、彼女のヒーローとしての行動も、彼女個人としての言動も、どうしても嫌いにはなれなかった。

 そして今、自分はその嫌いにはなれなかった先輩の子を含めた、多くの生徒達の為に戦っている。不合理というよりは、無謀と言えるだろう。

 これでは、あの人とそう変わりはしないだろう。

 教師という仕事の一環だったとしても。

 

「チッ! こんな時にこんな事思い出すあたり、俺も焼きが回ったかっ!!」

 

 そう憎まれ口を叩きながら、自分を取り囲んだ敵を一気に纏めて叩き潰す。目が乾き始めたのか、ヒリヒリとした痛みを感じながら、必死で目を見開きながら、戦い続ける。

 

「――――秒、」

 

 敵の集団の後方。

 1番後ろで脳が露出している異形の存在……脳無と共に控えていた、手の形をした装備を大量に付けている青年……死柄木が、小さくそう呟いた瞬間、相澤に向かって走り出す。細いその体では予想出来なかったほど、その動きは軽快で鋭いものだ。

 

「本命かっ」

 

 周囲の敵を振り払い、相澤も死柄木に向かって駆ける。

 全くこちらに向かって来なかった、恐らくこの集団のリーダー。相澤だけではなく周囲の全てを威圧するだけの殺気は、只者ではないと察する事が出来る。

 警戒は怠っていない、――はずだった。

 捕縛武器をいつものように投げ、捕縛しようとする。その勢いは素早く、矢のように死柄木に向かっていく。普通であるならば、このまま捕縛して終わり。

 しかしそれを、死柄木はアッサリと掴み取る。

 

「ちっ!」

 

 相澤の中に動揺が走るが、すぐに振り払って行く手を阻む敵の横をすり抜け、一直線に死柄木の目の前にまで駆け込んだ。

 布を引くと同時に、自分の肘を打ち出す。

 動島流で学んだ、全ての力の流れを利用する、渾身の一撃。

 だが、

 

「……動き回るのでわかり辛いけど、髪が下がる瞬間がある。

 1アクション終えるごとだ。そしてその間隔は段々、短くなってる」

 

 その肘を、死柄木は簡単に受け止めていた。

 来るのが分かっていたのか、あの攻撃に反応出来る身体能力があるのか。必死で頭を巡らそうとするが、しかし受け止められている肘からジワジワとやって来る鈍痛に、その思考が止められる。

 まるで乾いた絵の具が剥がれていくように、相澤の肘が皮膚から崩れていく。

 そしてその凶悪な個性以上に、

 

 

 

「無理をするなよ、イレイザーヘッド」

 

 

 

 その凶暴な殺意が相澤を襲う。

 

「――――っ!!」

 

 無意識のうちに拳で殴り飛ばし、そのまま距離を取る。

 肘が崩れている……崩壊の、個性。

 

(厄介な個性だっ。触れられれば防御の意味もない……そういう反則系の個性は、そう多くはないと思ってたんだがな)

 

 少なくともあの人(・・・)以外は、と思考が走るが、すぐに敵の集団の攻撃により考えられなくなる。

 先ほどまで倒れていた者もいるのか、敵集団は前以上に多く密集している。その中心で、死柄木はゆっくりと起き上がり、憎悪と嘲笑に染まった目で相澤を睨みつける。

 

「その〝個性〟じゃ、集団との長期(・・)決戦は向いてなくないか?

 普段の戦闘と勝手が違うんじゃないか?

 君が得意なのは、あくまで「奇襲からの短期決戦」じゃないか?

 ――それでも真正面から飛び込んできたのは、生徒達に安心を与える為か?」

 

「――っ」

 

 見抜かれるほど浅い戦いはしているつもりはない。経験に関しては、他のヒーローにも引けを取らない。だが、それでも見破られる。

 見た目だけではない、実力も伴っている。

 必死で戦いながらも次にどうすれば良いか考え続ける相澤に、死柄木は嘲りの笑い声をあげる。

 

「かっこいいなぁ、かっこいいなぁ。

 ところで、ヒーロー、」

 

 死柄木の言葉と共に、相澤が巨大な影が包み込まれる。

 見上げるほどの巨体。脳が露出した姿。こちらを嗤っているのか、削り出された石のような牙が覗く。

 脳無。

 その姿が、その丸太のような腕が、相澤に迫る。

 

 

 

「――本命は、俺じゃない」

 

 

 

 ――油断した。

 頭の中にいる冷静な自分が、そう囁く。死柄木に気を取られすぎた。ここで負ける気はない。まだ生徒達の安全が確保出来ていない段階で負ける訳にはいかない。

 だが、遅れてしまったリアクションは取り返せない。

 時が減速したかのように、相手も自分の動きもじれったい程ゆっくりと動く。

 一手足りない。先制を受ければ、ただでは済まない。今の時点で負傷し、この体格差だ。その一手が、絶望的になる。

 避ける事も、自分の速度では難しい。

 これは、

 

 

 

「――先生、伏せてください!!!」

 

 

 

「っ!!」

 

 先ほどまでスローモーションだった体が、その声を聞いて一気に加速する。地面と正面衝突しそうな程の勢いで伏せてすぐ、

 

 

 

 自分の体の上を、巨大な何かが通り過ぎた。

 

 

 

 ドンッと、激しくも鈍い音が響き渡る。

 すぐに顔を上げて状況を確認する。

 驚愕の表情を浮かべる敵達。

 何が起こったかわらないという感じで固まる死柄木。

 近くの壁に突き刺さるように突っ込んでいる脳無。

 

 

 

 先ほどまで脳無が立っている場所にいる、動島振武。

 

 

 

「えぇっと、先生、すいません。

 ありがた迷惑でしょうけど、助太刀しにきました」

 

 すいません。

 そう言いながらも全く悪びれない笑顔で話しかけてくる振武は、

 

 

 

『あ、ごめんね。もしかして、助太刀とかいらなかった?』

 

 

 

 昔背中を追っていた先輩に、どこか似ていた。

 

「……あぁ、ありがた迷惑だよ、馬鹿がっ」

 

 本当はもっと怒っているつもりだった。

 何故こんな危険な場所に来た。ここで俺に手を貸す余裕があるならば早く逃げろ。お前らがいたらこっちも引くに引けないだろうが。

 文句は多く、怒りも通り越えて呆れるばかりなはずなのに。

 

 

 

 その顔には、どこかニヒルさを醸し出す笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




難産でした……相澤先生、結構難しいなぁ。
合理主義と言いながら、なんだかんだと不合理な先生。
大き過ぎる傷を作る前に、なんとか合流です。
さて、次回から本格的な戦闘シーン。久しぶりに書くので、腕が落ちてるなぁというのは勘弁です。


次回!! 振武が血を吐き出す! 塩分とって日陰で待て!!


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