plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode3 良悪の選択

 

 

 

 

 

 ――靄が晴れた瞬間に視界に飛び込んできたものは、燃える瓦礫とアスファルトで固められた道路だった。

 風景のブレと、重力に引っ張られる浮遊感。

 空中に投げ出された振武は、そのまま道路に転がる。

 

「ぐっ――!」

 

 ザザっという砂利に滑り込んだかのような嫌な音がする。転がるというのは格好としてはどこか間抜けだが、威力を無理に殺そうとすれば怪我を生む可能性が高い。

 すぐに立ち上がって負傷がないか確認するが、多少の擦り傷があるだけで、骨にも筋にも異常を感じず、パッと見て大きな怪我はない。

 炎と瓦礫の山。見えるのはせいぜいそれくらいだ。上を見上げてみれば炎を使用しているからか、完全に隔離され、外の様子は分からない。

 

「火災ゾーン、か」

 

 先ほど出入り口から見ていた場所から推察して、振武は小さく呟いた。

 …散らして、嬲り殺す』。

 あの靄が言っていた言葉は、おそらく本気だ。無駄な事を言うようなタイプの人間とは思えない。

 という事は、あの靄に巻き込まれた全員が、USJ内のどこかにいるはずだ。

 ここにいるのは、振武だけではないはず――。

 

「――動くなっ!!」

 

 背後からの言葉と、銃口だろう硬い感触に、動きが止まる。

 ……周囲を警戒していないわけではなかったし、そもそも一度周囲を見渡した時には、振武以外誰もいなかった。

 隠蔽系の個性。

 そうだ、嬲り殺すと言ったのだ。

 ここで待ち伏せしている人間がいてもおかしくはない。

 

「ヘヘッ、まさかここでてめぇに会う事になるとはな……俺の運も上向きになってきた!

 おら、こっち向け!!」

 

 背後の男の言葉に従って、ゆっくりとした動作で後ろに振り返る。

 人数がどれほどいるのか確認しないとどうしようもない。待ち受けていた敵達がどれほどの質なのか分からないが、数だけであれば振武1人でも何とか出来るだろう。

 問題は、今銃口を向けている相手が振武を知っているようだという事だ。

 しかも、恨みのようなものまで向けられている。

 これでも、恨まれるような生き方はしていないつもりなのだが……そう思っているうちに、体は完全に後ろを向き、その正体が明らかになる。

 手から生えている銃口。

 苛立った様子。

 そして何より印象的な……目の部分だけ切り抜かれた紙袋。

 

「ここがてめぇの墓場だ! 覚悟しやがれ!!」

 

 

 

「――いや、お前誰だよ!!」

 

 

 

 様子見のつもりだったはずが、思わず相手の横っ腹に蹴りを入れ、

 

「ガハッ!?」

 

 すぐ近くにあるビルにまで吹き飛ばした。

 ――振武はすっかり忘れていたこの紙袋の男は、中学校時代に学校を占拠した犯人グループの1人。そう、振武と焦凍に喧嘩の途中一瞬で倒された彼だ。

 護送中になんとか逃亡をし、裏街道で何とか細々と生活していた彼は、心機一転新しい組織に入り、大きな事件を起こそうと考えていた。

 その時に知ったのが、敵連合の募集だ。

 かなり胡散臭い名前ではあったが、びくびく怯えて暮らすのが嫌だった彼は、一も二もなく飛びついた。結果、この火災ゾーンに配置される事になった。

 最初は本隊に入れなくて不満タラタラではあったが、振武を見て、積年の恨みを晴らすべく背後から迫ったのだ

 ……もっとも、結局上手くはいかなかったわけだが。

 

「チッ、使えねぇ! お前ら、撃て撃て!!」

 

 他人の姿を隠蔽する個性の人間が解除したのだろう。一瞬でそこで現れたように5人の敵が現れ、皆が振武に襲いかかってくる。

 ある者は強化された爪で斬りかかり、ある者は硬質化した拳で殴りかかってくる。

 個性も連携もバラバラだが、しかし厄介なのは何の偶然か、皆が皆して近接戦闘型だという事だ。まるで囲い込むように向かってくる敵達は、鬱陶しいにもほどがある。

 

「あんたら、もうちょい離れろってぇの!!」

 

 何とか距離を置いて戦おうと避けるが、次から次へと襲われ、どちらに行っても敵の状況。

 だが、良い事もある。

 

「まぁ、よっと、戦闘訓練よりも頭使わなくて良さそうだっ」

 

 後詰めが何人いるのか分からないが、今このように戦闘していても増援がくる気配はない。ガキだと油断しているのか、それとも自信があるのか。理由は分からないが、ほんの少し前まで中学生だった人間を軽視するというのは、しょうがない話だ。

 だから、振武が作為的に避けている事に、気付かない。

 

「こっちとしちゃ、ありがたい!!」

 

 振武は相手の攻撃を回避しながら、腰に付けられているポシェットから5本の金属製の棒を取り出し、あっという間に組み立てる。

 棒術を使用するために発注しておいたアイテムは、組み立て式であるとは思えないほどしっかりとしている。これなら、自分の技にだって耐えられると、持っているだけで分かる。

 

「ハッ、何出すかといえば棒きれ取り出してどうする気だぁ、クソガキ!!」

 

 岩のような大きな拳を振武に振り回している男が、鬼の首を取ったかのように笑う。

 他の男も、どこかこちらを小馬鹿にした笑みを浮かべている。

 あぁ、本当に、

 

 

 

「あんたら、ちょろ過ぎだろ、流石に」

 

 

 

 どこか呆れ顔をして振るわれた棒は、しかしその表情とは裏腹な鋭さと強さを持っている。

 時間としては一瞬。

 振武を中心にして振るわれたその棒は。少し前まで中学生だった少年の力とは思えない。

 その棒は周囲を取り囲んでいた敵を纏めて、

 

 

 

 一気に吹き飛ばしてしまった。

 

 

 

「……へっ?」

 

 敵の誰かが間抜けな声を聞こえる。彼らは気付いていなかった。逃がさないようにと囲んでいたのは、自分の意思だと思っていた。

 ――実際は、ただ振武にそうなるように誘導されただけだった。

 避けている時に確認した限り、1人1人は極めて弱い。多分あっという間に倒せるだろう。しかし1人を倒している間に誰かが逃げてもっと多くの敵を連れて戻ってこられては面倒だ。

 まだ自分以外にクラスメイトがいるのか、それとも1人なのか。敵が何人いるのか。

 どれもこれも分からない事ばかり。ならばどんなに些細な事でも、体力は温存しておきたかった。

 

「これで6人……まぁ、これで終わりって訳じゃないんだろうな」

 

 振武に吹き飛ばされた敵達は、散り散りになって倒れている。一応確認してみれば幸い意識はない。縛るものがない現状では、取り敢えずこのままで良いだろう。

 

「さて、取り敢えず他の奴がここに来てないか探す「お〜い! 動島!!」……必要性なくなったみたいだな」

 

 声がする方――上を向いてみると、ビルから露出している鉄骨に尻尾で捕まっている尾白がいた。振武の姿を確認すると、尾白はそのままスルスルと両手両足、そして個性である尻尾も使って降りてくる。

 何となく体の動きを目で追うが、なるほど。筋肉そのものもよく鍛えられているが、動きそのものも効率的で良い。格闘技をやっているのは伊達ではないようだ。

 

「良かった、動島もここに飛ばされていたんだな。

 他の人間は見かけたか?」

 

「いいや、お前だけだよ……多分、ここには俺らしか飛ばされていなくて、他のエリアに散らされてるんだろうよ」

 

 もし、自分自身がこの計画を主導しているのであれば、という過程の元考えてみる。

 ワープゲートの個性を持つあの黒い靄が言った目的……オールマイトの殺害というのが真実であると仮定するならば、今回クラスメイト達を散らしたのは、〝邪魔だから〟という理由以上のものなどない。

 こっちはまだヒーローにもなれていない子供だが、しかし同時に雄英というヒーローの最難関に合格した優等生達だ。その全てを同じ盤面でチンピラ同然の部下に相手をさせるというのは不安要素が残る。

 ならばどうするか。簡単だ、まず盤面からどかす。

 数を減らして他の盤面に散らし、連携を取れないよう、教師の指示を聞けないような場所に置いておく。

 そしてそのチンピラ同然の部下達を使って、数で圧殺する。

 まずそれだけでも、十分オールマイトの名前を落とせるだろう。

 

「まぁ、とにかくどんな状況であれやる事は変わらない。俺達だけでここにいる敵を徹底的に叩く。まずはそこからだ」

 

 この火災ゾーンからの出入り口を振武達は知らない。当然だ、今日初めてここに来たのだ。

 そうすると、この火災エリアの中を彷徨う事になる。

 入り組んだ場所での遭遇戦。

 

「なぁ、尾白は意見はあるか?」

 

 振武の言葉に、尾白は肩をすくめる。

 

「俺1人だけだったら、ヒットアンドアウェイで生き残っていくって考えるけど……チンピラレベルの敵で、何人か分からない。こっちには俺と動島の2人。

 ……普通なら、詰んでるんだけどなぁ」

 

 どこか呆れたようにこちらを見てくる尾白に、振武は首をかしげる。

 

「ん? なんだよ?」

 

「あぁ、いや……俺も自分の強さってのにそれなりに自信があるんだけどさ。

 それにしても動島がいるから。正直、詰んでいる感覚しないんだよねぇ」

 

 尾白から見た振武は、ハッキリ言えば〝規格外〟だ。

 戦闘訓練では負けたが、身体能力だって戦闘能力だって高い。爆豪勝己や轟焦凍と同じ、いや格闘戦闘という意味では自分も超えてトップだと言えるだろう。

 自信があるというのは事実だが、あの実力を見せ付けられるといっそ清々しい程認められる。

 動島振武の方が自分より格上だと。

 勿論ヒーローというものが、それだけで成り立つとは限らないし、自分が下だとは思わないが。

 

「少なくとも、俺たち2人ならここを乗り越えられると思うよ」

 

「過分な評価ありがたいね。だが……」

 

 振武も尾白の言葉を否定出来ない。

 舐められすぎている。

 普通に考えれば罠……と思えるのだが、振武にはどうしても分からない。

 

「チッ、こういう所で分からないってのが俺の課題点だが……しょうがない。何は無くともまず情報収集だ。そこで、尾白、1つ相談なんだが、」

 

「あぁ、俺に出来る事であれば、何でも言ってくれ」

 

 振武の言葉に、尾白は気合の入った目で返す。その姿に、思わず笑みが浮かんだ。

 1人ではないという状況は、振武でも安心させてくれる事実だった。

 

 

 

「お前ってビル跳び回ったり、出来る?」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「皆は!? いるか!? 確認出来るか!?」

 

 飯田の声が入り口の前に長く続く通路で響く。

 ワープゲートで1—Aの全員が散り散りになった……訳ではない。幸いあの靄から逃げ切れた者も複数人存在する。

 教師である13号、飯田天哉、麗日お茶子、障子目蔵、芦戸三奈、砂藤力道、瀬呂範太、そして……塚井魔女子だ。逃げ切れた理由は様々だが、逃げられたからと言って良い状況とは言い切れない。何せ、目の前には相変わらずワープゲートの個性を持った敵の1人がいるのだから。

 

「散り散りになってはいるが、この敷地内にいる」

 

 複数の感覚器官を生み出し周囲の情報を仕入れている障子が、はっきりとそう断言した。

 ……えぇ、そりゃあそうでしょうとも。はっきりと口にはしなかったが、魔女子も同意するところだ。何せ、外に逃がしてくれる理由がないのだ。そのままこの施設内で兵士達に殺させていく方がずっと楽。

 いくら雄英の生徒とはいえ、ほんの子供。殺してしまうのは実に簡単だろう。

 ……などと向こうは考えているんだろう。

 

(緻密な割に甘い、子供の絵に誰かが線を書き足して、ちゃんとした物に仕上げているような感じですね)

 

 目の前にいる靄の主は冷静な判断を出来るタイプだが、あの手がやたらいっぱい装着している男はどうなのか分からない。狂気は感じるが、そこには理性的なものを感じない。

 観察力にだけは自信があるのだが……きっとあの男が甘さの原因だろう。妙に堂々としている。

 

「にしても、物理攻撃無効でワープゲートって…最悪の個性だぜ、おい!!」

 

「そうですね、ああいう強さは厄介です。私達程度の攻撃ではあれを突破するのは難しいでしょう」

 

 最も完全な無効化という訳ではないのかもしれないが。

 ここで考えうる最高の作戦。

 大半の敵は相澤が抑えている。自分たちが現在警戒するべきはワープゲートの個性を持った目の前の靄男だけ。通信妨害を受けている状態で助けは呼べない、通信妨害をしている人間を見つける事も今は難しい。相澤が戦っている広間にいない事が確かな現状だ。

 ならば助けを呼びに行く誰かを選出するべき。

 それは、

 

「……13号先生。飯田くんが良いと思います」

 

 たった一言。魔女子から呟かれた言葉に、13号が反応する。

 まるで自分の言葉を読み取られた時のような反応が、顔が見えないスーツを着ていても分かる。こういう所が素直で人気が出る理由なのだろうな、と魔女子は考えた。

 

「ここで彼の名前が出てくるという事は、考えている事は同じという事ですね。

 ……委員長! 貴方に託します。学校まで駆けて、この事を伝えて下さい」

 

 13号の言葉に、飯田が反応するが、構わず彼は続ける。

 

「警報がならず、そして電話も圏外になっていました。警報機は赤外線式……先輩、イレイザーヘッドが下で〝個性〟を消して回っているにも拘らず無作動なのは、恐らくそれらを妨害可能な〝個性(もの)〟がいて、即座に隠したのでしょう。

 とすると、それを見つけ出すよりも君が駆けた方が早い!」

 

「しかし、クラスを置いてくなど委員長の風上にも……っ! 塚井くんではダメなのですか!?」

 

 魔女子の考えていた事と殆どズレなく言っている13号の言葉に、飯田は悲鳴のような言葉を上げる。確かにぱっと見の魔女子の個性ならば遠距離から使い魔を操作できる有用な個性だろう。

 だが、実際はそうはいかない。

 

「私では、無理なんです、飯田さん」

 

 端的に、はっきりと否定する。

 塚井魔女子の個性〝使い魔(ファミリア)〟は傍目からは便利に見える個性だが、弱点も多い。

 痛覚共有もそうだが、今1番大事なのは制御距離の範囲だろう。このUSJ内部ギリギリなら使い魔を操れるが、それ以上の距離だと使い魔の形状を維持出来ない。

 一緒に行くのも難しい。自分を乗せて使い魔を走らせるというのは一見早そうに見えるが、飯田ほどではなく、自分では靄に攻撃された時に対応しきれない。

 今回の連絡役には不向きだろう。

 

「この場では、貴方が適任です、飯田くん」

 

「そうだぜ、行けって非常口!!」

 

 魔女子の言葉に、砂藤……何某と、瀬呂……何某が続く。

 

「外に出れば警報がある! だからこいつらは、こん中だけで事を起こしてるんだろう!?」

 

「外にさえ出られりゃ追っちゃこれねえよ!! おまえの脚で、靄を振り切れ!!」

 

 その言葉で、飯田の表情が変わっていく。困惑の表情が、覚悟を決める顔に。

 真面目で硬すぎるが、同時にそれは信念を貫く上で重要なものだ。彼の意思の強さは、きっとこの場面でこそ映えるのだろう。

 

 

 

「救うために、〝個性〟を使ってください!!」

 

 

 

「食堂の時にみたく、サポートなら、私超出来るから! する!! から!!

 お願いね、委員長!!」

 

 

 

 はっきりと、覚悟の決まった顔が見える。

 

「まったく、非常口とか食堂とか、あのシーンを思い出すといちいち笑えてくるのですが。

 当然、私もお手伝いします。何せ、」

 

 その場に跪くと、周囲に水色の九官鳥が生まれる。7匹の九官鳥は列をなし、まるで主人の命令を待っているかのように微動だにしない。

 さらにその背後から、ゆっくりと2匹の狼が出現する。ロボとブランカ。幼い頃から共にいる、魔女子の慣れ親しんだ使い魔。

 九官鳥は小さい。しかし索敵と伝達用に生み出されるこの鳥たちを7匹も生成すればそれだけでタスクはいっぱいいっぱい、自分では動けない。唯一ロボとブランカは子供の頃から作っている分無意識でも生み出せる使い魔達だ。タスクを圧迫しない。

 これが限界。

 喋るのも辛い状況。

 だが魔女子は、余裕の笑みを浮かべる。

 

 

 

「戦闘、索敵、伝令、陽動、etc.……様々な事を出来るのが、私の特性ですから」

 

 

 

 そう言った瞬間、九官鳥は一瞬で空高く飛行する。野生のそれよりも力強く早く動くそれは、散り散りになっているクラスメイトの元へ羽ばたいていく。

 目的はバラバラになった仲間との連絡と、……電波妨害を行っている敵をあぶり出す事。

 自分に出来る事を全力で行う。

 必死で鳥達を操りながら、そう考えていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――そして、振武と尾白が敵を倒していく風景に、時は戻ってきた。

 振武が提案したのはある種の奇襲だ。ビルをその名の通り猿のように飛び回る尾白が敵の集団を見つけ、振武が背後を突くようにその集団を襲う。尾白も上から急襲をかけ、そのまま相手が全力を発揮する前に潰す。

 それを数回繰り返すだけで、

 

「まさかここまで簡単に倒しきっちゃうとはなぁ」

 

 尾白が感慨深く言いながら、倒れている敵達を見る。

 この場にいない敵の事も考えても、それなりの人数。20人以上は確実にいるのだろう。それが細かく分かれて火災エリアを巡っていたのだ。

 一度に固まっていたら……と考えるが、それでもこの程度の敵であれば、振武にとってはそう難しくはない。中学校時代にも経験した事だ。

 

「本当に実力が下だったってのはあるんだろうけどな。にしたって呆気ない」

 

「それを動島に言われると、こっちも何とも言えないけど……俺、あんま役に立たなかったな」

 

「何言ってんだよ、尾白。お前がいてくれなきゃ、事前に敵の情報を知るのは難しかったろうが。こんなに上手くいったのは、お前のおかげさ」

 

 1人であればきっとこうは簡単にいかない。倒せる事は倒せるが、敵に遭遇するのを待っていたり、自分自身を囮に使っても相手が到着するまで待たなければいけない。

 本心から、こんなに早く終わったのは、尾白がいてくれたからと言える。

 

「そう言ってくれて嬉しいよ……で、これからどうするんだ? 他の奴らを助けに行くか?」

 

 尾白の言葉に、少し逡巡する。

 今の状況で誰がどこに居るのか分からないこの状態で動く事は難しい。勿論、ここにいたとしても意味はないのだから、移動するのは前提と考えたとしても、問題はどこに移動するかだ。

 

「えっと確か火災エリアと近かった所は、確か……」

 

 授業前にさっとだけ見た案内板を必死で思い出す。

 火災ゾーンの近くには、水難事故と山岳。行くならこのどちらかになるだろう。2人を分割するのが得策じゃない事はわかっている、だとすれば……そう考えている時だった。

 暗い空に、不釣り合いな水色の点が天井の中で弧を描く。

 

「あれは……鳥?」

 

 尾白の言葉に、一瞬でその正体に気づく。

 

「っ――塚井!! ここだ!!」

 

 天井にも届くように、声を張り上げる。

 それが聞こえたのだろう。水色の鳥はそのままゆっくりと螺旋状に此方に降下してくる。

 

 

 

『動島クン、尾白クン、御無事デ何ヨリデス』

 

 

 

 音もなく振武達の足元に降り立つと、九官鳥は表情を変えず(鳥なのだから当然だが)、はっきりと魔女子の口調で話し始めた。

 

 

 

 

 

 

「……それが全員の居場所か?」

 

『ハイ、ソノ通リデス』

 

 九官鳥(魔女子)から一通りの話を聞き、自分の頭の中にある地図に書き込んでいく。

 山岳ゾーンは百、耳郎、上鳴。

 水難ゾーンは蛙吹、出久、峰田。

 土砂ゾーンには焦凍。

 暴風・大雨ゾーンには常闇と口田。

 倒壊ゾーンに爆豪と鋭児郎。

 広間に相澤、出入り口前に飯田、麗日、障子、砂藤、瀬呂、芦戸、そして魔女子だ。

 葉隠と青山に関しては姿が確認出来ていないが、片方はそもそも常人ですら見つける事が出来ない透明の個性の持ち主。本気で隠れれば見つける事は難しい。もう片方は……直接話した事はないが、その、変わった人間だが、案外どこかで生き残ってそうな気もしないでもない。

 勿論捜索はするべきだが……。

 

『……ニシテモ、コンナニ早ク倒シテラッシャルノハ、貴方ト轟クンダケデス。

 相モ変ワラズデスネ、オ二人共』

 

 ……そうか、あいつもやったか。

 心に広がる安堵感で、思わず小さな溜息を吐く。

 

「で、他のグループは?」

 

『倒壊ぞーんハ危ナゲナク戦ッテイマス。水難ぞーんモ様子ヲ見ル限リデハ、戦闘終了間近デス。

 山岳、暴風・大雨ぞーんハ依然交戦中。前者ハ人数的ナ問題、後者ハ視界不良ト、口田クンガ個性を使用デキナイ事ガ問題ノヨウデス。

 出入リ口前ハ、現在13号先生ガ例ノ黒イ靄ノ敵ト交戦中デス』

 

 ならば救援に行かなければいけない場所は、山岳、暴風・大雨ゾーンだろう。

 この話だけならば(・・・・・・・・)

 

「……塚井。お前は全部の現場を見ているから分かっているはずだ。

 1番危機的な状況になっている場所はどこだ?」

 

 振武のその言葉に、九官鳥は何も返さない。返せない。

 危機的な状況の場所は、頭のいい彼女ならば分かっているはずだ。だが、もしそこに行けば本当の意味で危険だ。チンピラ程度とはわけが違う危険がそこにはあると分かっている。

 だからこそ、振武には伝えないようにした。

 

『……中途半端ニ頭ガ良インデスネ、動島クンハ』

 

「え、今地味に悪口言われた? 酷くない?」

 

『事実デス』

 

「ちょちょちょ、待って待って! 話が全く見えてこないんだけど!!」

 

 尾白が慌ててツッコミを入れてくる。

 

「あ、悪い。

 尾白、今塚井が唯一報告しなかった場所があるんだよ」

 

「そんな場所――あっ」

 

 そこまで言って思い立ったのだろう、尾白の顔が驚きの表情に染まる。

 中央広場。

 そこだけは敢えて、魔女子が何も言わなかった場所だ。

 

「おい塚井、中央広場の状況は?

 そんな風に隠すって事は、あんまり愉快な話じゃないんだろう?」

 

 その言葉に、九官鳥は答える。

 魔女子の焦りが伝わってくるかのように、九官鳥の声が上ずっている。

 

『……正直ニ言イマスト、私ノ予想デハ、モウスグ終ワルデショウ。

 ――相澤先生ダケデハ、勝テマセン』

 

 ――やっぱりか。

 隣で尾白が息を飲む気配を感じながら、小さく舌打ちを打つ。相澤の戦いを見た時に考えていた事が当たってしまった。当たって欲しくはなかったが。

 

「あっちがやっぱ、メインだろうしな。ヤバそうなのは?」

 

『13号先生ト交戦シテイルわーぷげーとノ人物、手ヲヤタラト装着シテイル人物、脳ガ露出シテイル巨漢。目ボシイ相手ハ』

 

「それは……見るからに、ヤバそうだな」

 

 実際あの殺気の源はその辺りからだったのを考えると道理だ。

 魔女子が言いたくないのも道理だ。振武が何も考えずに突っ込めば、良くて五体満足で帰ってこれず、最悪の場合、

 

 

 

 死ぬ。

 

 

 

 相手は本職の(ヴィラン)

 中学校時代の子供に毛が生えた程度の犯人と一緒にしてはいけない。だがそこを見逃せば、相澤は死に、オールマイトが来ればオールマイトとの全面戦争。そうでなければ、あの近くにいる生徒達だって無事に済む訳がない。

 

『……状況ハ複雑デス。動島クン、尾白クン。貴方達ハ選択を迫ラレテイマス。

 1ツ目ハ他ノぞーんニ行ッテくらすめいとヲ救ケルカ。

 2ツ目ハ中央広場ニ行ッテ相澤先生を救ケルカ。

 勿論、1ツ目ノ場合、山岳ぞーんカ暴風・大雨ぞーんノドチラカニナリマス』

 

「俺らに選ばせるのか、それ」

 

 思わず苦笑を浮かべて尾白の方を見てみれば、尾白もまた苦悩の表情を浮かべている。この選択肢によっては良くも悪くも状況が変わる。しかもその〝良くも〟と〝悪くも〟の大き過ぎる差がある。どちらを選んでも大した変化がないならば気楽なものだが、そうではない。

 良と悪ではなく。

 最良と最悪だ。

 

『迷ッテイル暇ハアリマセン……ドチラカ、選ンデイタダキマス』

 

 ――個人の感情を優先するならば百が心配だ。

 ――ある程度の安全策としては、他のゾーンに行ってクラスメイトを助けるのが良い。

 ――だが、1番大事な中央広場を抑えきれなければ、それこそ後で痛い目を見る。

 

 

 

「……俺は、」

 

 

 

 静かに、答えを紡ごうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




レポートの合間に更新です。

少し間隔が空きましたので、なんか下手になったかなと少し後悔です。
まぁ現実優先なのはしょうがないのですが。
USJはある程度端折ったり書き換えたりしなければいけないので、少し気を使いますね。喋るキャラも増えそうです。
これからも、どうかお楽しみに。


次回! 百の頭脳がフル回転だぞ!! まぁまぁで待て!!


感想・評価お待ちしております。

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