plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode2 襲撃

 

 ――灼熱の炎は、近くに寄るだけで自身の体が焼けてしまうかのように熱く、施設の中は、その炎で生まれた熱気の所為で汗が止まらないほど暑い。

 振武は必死で金属製の棒でもって、敵と対抗する。

 材質はガントレットに使われているものと同じ、発熱性と頑丈さに重点を置かれている。振武が被服控除の折に発注したアイテムの1つだ。

 

「尾白っ、そっちは大丈夫かっ!」

 

 後方にも聞こえるように叫びながら棒を華麗に振り回し、巻き込むように2、3人の敵を吹き飛ばす。

 振武の背中を守るように戦っているのは、格闘技で使われるような道着に近いコスチュームを着た青年だ。個性として身についた、予想よりずっと筋骨隆々な尻尾をしならせ、拳や足と合わせて敵を倒していく。

 

「こっちは大丈夫! そっちは……心配するのも馬鹿らしくなってくるね」

 

 数人の敵を倒して尾白が振り返れば、自分が倒した敵の倍近くの敵が転がっている。

 尾白の言葉に、煤と汗で汚れてしまっている顔を拭いながら振武も振り返る。

 

「おいおい、酷い言い草だな。もうちょっと心配してくれたって良いだろうに。」

 

「動島の戦闘能力は重々承知しているからね」

 

「ハッ、そういう尾白も随分危なげなく倒してんじゃねぇか」

 

「思った以上に弱かったからね……本当に、チンピラってだけみたいだ」

 

 周囲に倒れている敵達を眺めながらも、尾白のそれは達成感以上に悔しそうな声色を感じる。

 舐められている。

 学生だからと甘く見られている。そう感じているのだろう。

 

「……なぁ、あいつらの目的、本気かな?

 こんなチンピラ程度の奴らを集めても、到底実現出来るとは思えないんだけど」

 

「俺もそう思う。だがここまで上手く俺らを誘導してきたんだ。何か裏があると考えるのが妥当だろうよ」

 

 尾白のその言葉に、振武は棒を手慰みに振るいながら答える。

 あまりにも緻密すぎる計画。妄想をただ実現させただけにしては現実的な発想。とてもではないが、本当に何事もなくとは思えない。

 

「でも、動島、あいつらが本気で出来ると思う?

 

 

 

 ――オールマイトを、殺す何て事が」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は少し前に遡る。

 前日。

 どんな方法を使ったのか、学校内に報道陣が押しかけてきて警報がなってしまったり、食堂の騒ぎを収めた事により飯田が学級委員長に就任したりと、それなりのハプニングやサプライズはあったものの、授業は普通に執り行われていた。

 流石は雄英と思う反面呆れてしまうものだが、ヒーローを育成し教師陣にもトップクラスの実力者を揃えている学校なのだ。滅多な事があって良いはずはない。

 敵もそこまで馬鹿ではないという事だ。

 そして今日は、災害救助の訓練。

 人を助ける、ヒーローの活動の中で敵退治に次ぐ大事な仕事だ。

 それを実践で学べるとあれば、生徒達も悪い気持ちにはならない。

 ならない、のだが。

 

「「………………」」

 

 何故こうなってしまったのは分からないが、振武は奥の2人座りの席に座る事になった。そこまでは良い。問題は両隣。

 右には爆豪。振武と同じ2人掛けの席に不機嫌そうに座っている。

 左には焦凍。こちらも負けず劣らずな仏頂面で、通路を挟んで隣の席に魔女子と座っている。

 ……気まずい。

 果てしなく、会話が弾まないメンバーだ。

 前の方では横並びに4人ずつで座っている出久や切島達が仲良く談笑している。どうせならばあそこに行きたかったものだ。

 

「……おいコラ、動島ぁ」

 

 不意にドスの効いた声が聞こえる。

 爆豪の声によく似ているが、しかし爆豪は振武の事を「クソ吊り目」と呼んでいるはずだ。自分の名前を呼ぶわけがない。

 誰かこの中に、人の声を模倣する個性の人間でもいるのだろうか。

 覚えは全くないが。

 

「――おいナニ俺が話しかけてやってんのに無視してんだクソ吊り目がぁ!!」

 

「え、あぁ、爆豪で合ってたのか。びっくりした。

 そっちで覚えてるから、急に名前呼ばれると分からないもんだな」

 

 BOOMと右隣で小さな爆発を起こして怒り狂っている爆豪の方を向く。

 

「テメェ……戦闘訓練で強かったからって調子乗ってんじゃねぇのかアァン!?」

 

「強かったって……アレのどこをどう見たらそう思うんだよ」

 

 振武は爆豪の言葉に顔をしかめる。

 あの戦闘訓練は散々な結果だった。他の人間にどう映っているのかは分からないが、少なくともチームプレイとしては0点。もっと学んでいかねばと思っているくらいだ。

 それを理解出来ていない辺り、だいぶ爆豪も単細胞だ。

 

「ウルセェ!! とにかく俺はテメェを超えるんだからなぁ!! 覚えておけよ動島!!」

 

「ア〜、ハイハイ、ソウデスネ」

 

 面倒臭くなって思わず適当な返事をしてしまう。

 爆豪のその言動はさておき、こういう姿勢は見習いたいと思っているのだが……なんなのだろう、最初の喧嘩の所為だろうか。どうしても煽ってしまう形にしかならない。

 

「ま〜た爆豪は動島に絡んでんぜ」

 

「懲りないな〜爆豪。相変わらずなんていうか、クソを下水で煮込んだような性格だな」

 

「うっせ黙れっ!! つかなんだてめぇのそのボキャブラリーはよぉ!?」

 

 切島と金髪のクラスメイト……確か、上鳴だったか。2人の介入により、爆豪の怒りが勝手にそれる。

 

「そういえば、動島も結構良いよなぁ」

 

「そうね、個性というより戦い方が派手で格好良いわ」

 

 切島がそう言うと、先ほどまで談笑していたカエル顏の少女も了承する。

 こちらも名前を覚えている。確か、蛙吹、だったか。

 一回聞けば覚えられる前世からの特技が、このような所でも活かせている。振武にとっては僥倖だと言えるだろう。

 

「? なんの話だよ」

 

「いやほら、ヒーローってのも一応人気商売だろう?

 派手な個性やなんかで人を惹きつけるのも一種の仕事! 俺のはほら、硬化でちょい地味だろ? それに引き換え、轟や爆豪は見た目派手で強い個性だし、お前だって戦い方がカッコイイから人気出るだろうなってよ!」

 

 切島の言葉に、あぁそういう事かと納得する。

 見た目が派手。外見的要因で判断しているあたり浅いように感じる人もいるだろうが、実際人の心や思いは直接の言葉で伝えなければあまり伝わらない。そこで人気を獲得する事は難しいだろう。だが外見的や派手な個性であればぱっと見で理解出来、視覚情報なので人を選ばない。

 そういう意味で、ヒーローというものはオリジナリティと派手さを求める。

 ヒーローの卵であるクラスメイト達にとっても、それは例外ではなかった。

 

「う〜ん、でも派手かな、俺。正直ただ殴っているだけなんだけどなぁ」

 

「ばっかお前っ、ただ殴っただけであのデカさの氷の塊砕いちまうのは、地味だなんて言えるわけねぇじゃん」

 

 ……氷の塊という文言で焦凍がピクリと反応したのに対して、振武は何も突っ込まない。魔女子もまた同様だ。

 

「いやいや、あれくらい鍛錬すれば誰でも出来るって。うちの祖父ちゃんだって、素手で鉄貫いたり出来るんだ。皆も多分うちに入門すれば出来るようになるよ」

 

「いやどんな流派だよ、怖いわっ」

 

 切島の言葉で周りを見渡してみれば、殆どの人間が同じように驚いている。

 振武だって、こんな反応になる事には慣れているのであまり気にしないのだが。動島流はちょっと他の武術とは規格外だ。

 

「あ、俺それで気になってたんだけど」

 

 後ろからの声に振り返ってみれば、少し地味目な金髪の少年。

 確か名前は、尾白だったと記憶している。

 

「動島の格闘技、型とか見てもどんな流派か分からなくてさ。なんて名前の流派なんだ?」

 

 振武と同じく格闘技を武器とするからか、興味津々といった様子だ。

 

「あぁ〜、うちは代々続く古武術の家系でな。門戸は他にも開いているのに、いまいちマイナーなんだよ」

 

「へぇ〜、内容とか、聞いて大丈夫なもの?」

 

「さっき言った通り、一子相伝って訳ではないからな。

 俺は動島流活殺術っていう、まぁ徒手空拳術をメインでやってる」

 

 振武の言葉に皆が首を傾げる姿を見て苦笑する。

 動島流は総合武術のようなものだ。戦うという観点であれば何でも存在する流派というのは、なかなか独特だろう。

 

「うちは動島流って名前で色んな分野に分かれてるんだ。

 えぇっと、武芸十八般に近いと思ってくれ。少し変則的だけど」

 

 その言葉に、格闘技の知識がある尾白は驚く。

 

「そんな広くカバーしてるんだな。動島は活殺術だけなのか?」

 

「いや、そうでもないんだな、これが」

 

 サブミッションである柔術。

 武器術として棒術や剣術、短刀術なども学んでいる。

 その幾つかは訓練でも使用できるようにコスチュームの要望に盛り込んだのだが……しかし使う機会はあるのだろうか、とも振武は考えている。

 基本は素手で戦うのが当たり前だ。多少数が多くてもそれほど苦ではない。勿論多数を相手にするのであれば長柄武器があった方が体力的にも楽なのだが。

 

「もう着くぞっ、いい加減にしておけっ」

 

 短い談笑は終わり、相澤の一喝に元気のいい返事をほぼ全員が返す。

 こういう風に語り合うというのも、ヒーロー科らしいとも言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

『皆さんっ、待ってましたよ』

 

 篭っていながらもどこか明るいその声の主を見て、皆が感嘆の声を上げる。

 宇宙服のようなコスチュームを身に纏ったヒーローの名はスペースヒーロー《13号》。指先に小さなブラックホールを生み出し、その個性でもって災害救助で活躍するプロヒーローだ。

 皆が思い思いに感動する中、13号に勧められて中に入ってみれば、そこは一見まるで遊園地のような場所だった。大きな階段と中央広場を超えた先には、アトラクションのようになった災害を再現した場所が設置されている。

 

「すっげぇ! USJかよ!!」

 

「確かに、こうやって見るとそうだよなぁ」

 

 切島の興奮したような言葉に、振武も同意する。本当に、遊園地のようなデザインだ。

 その言葉にうんうんと満足したように(顔は見えないが)頷く13号は言葉を続ける。

 

 

『水難事故、土砂災害、火災、暴風、etc.……あらゆる事故や災害を想定し僕が作った、演習場です。

 その名も――ウソの、災害や、事故ルーム。

 略して、〝USJ〟!』

 

 まるで決まったと言わんばかりのポーズを取るスペースヒーローに、開いた口が塞がらない。

 本当にUSJなんだ……本家に怒られないのか? いや、学校内の施設だし良いのかな? と少し考えてしまう。

 

「ふふっ、可愛らしい姿だとは思っていましたが、シャレも上手なんですのね」

 

 USJ、USJって……と、すぐ隣で百が可笑しそうに笑いを堪えている。

 。

 え、今の面白いポイントだったの? そういう反応の方が正しいの?

 

「あ〜、動島。迷っているところ悪いけど、多分笑ってるのって少数だから」

 

 反対側に立っている尾白の苦笑で言われた言葉で周囲を見てみれば、大半がポカンとしている。笑っているのは女子数名。透明の子とツノが生えた子、百と――、

 

「……ッ、フッ……」

 

 頬をハムスターのように膨らませて必死に笑いを堪えている魔女子くらいなものだった。

 ……うちのクラスの大半の女子は笑い上戸のようだった。

 

『え〜、それでは、始める前にお小言を1つ…2つ……3つ、4つ、5つ、6つ、7つ……』

 

 増える増える。

 最初の印象からそれほど厳しい先生に見えなかったが、真面目なのは確かなようだ。

 

『皆さんご存知とは思いますが、僕の個性は〝ブラックホール〟。どんな物でも吸い込んで、チリにしてしまいます』

 

 その言葉に、ヒーローに詳しい出久が大きく頷く。

 

「その個性で、どんな災害からも人を救い上げるんですよねっ」

 

『えぇ、

 

 

 

 ですが、簡単に人を殺せる力です。

 皆の中にも、そういう個性の人がいるでしょう』

 

 

 

 ……その言葉に、皆何も返せなくなる。

 生まれた時から持っている個性という、ある意味人と違った力。

 だからこそ見落としがちだが、このクラスの人間の大半、利用しようと思えば呆気なく人を殺すことも可能な力だ。

 振武の力もそうだ。個性だけではなく格闘技の技だけにしても、簡単に人を殺すことが出来る技術で、個性を併用すれば本当にあっさりと人を殺しかねない。

 使う時は細心の注意を。

 鍛錬でまず祖父に教わった事だった。

 

『超人社会は、個性の使用を資格制にし厳しく規制する事で、一見成り立っているようには見えます。しかし一歩間違えば容易に人を殺せてしまう、行きすぎた個性を、個々が持っている事を忘れないでください』

 

 その言葉は、プロヒーローだからこそ。

 現場を知っているからこそ、心から言える言葉だ。

 自分の力が誰かを傷つけるという事実を明確に知っているからこそ、言える言葉だった。

 

『相澤さんの体力テストで、皆が秘めている可能性を知り。

 オールマイトの対人戦闘訓練で、それを人に向ける危うさを体験したと思います。

 この授業では、心機一転! 人命の為に、個性をどう活用するかを学んでいきましょう! 君達の力は、人を傷つける為にあるのではない。救ける為にあるのだと、心得て帰ってくださいな』

 

 ……格好良いな。

 振武の拳に力が入る。母も、転々寺もそうだが、信念のこもった言葉は1つ1つが重く、だが大事なように思える。

 誰かを救ける為に、個性を使う。

 振武がずっと憧れている事の1つ。だからこそヒーローを目指そうと思ったのだ。やる気が起きないわけがなかった。

『以上、ご静聴ありがとうございました』と丁寧な礼をする13号に歓声が上がる。振武も声こそ上げなかったが、控えめに拍手を送る。

 

「よーし、じゃあまずは――」

 

 一通り歓声が止むと、アーチに寄り掛かっていた相澤が声をあげ、

 

 

 

 

 

 その時がやってきた。

 

 

 

 

 

 バチッという通電の音と共に、周囲の電気が一斉に光を失う。

 誤作動? と一瞬思ったが、そうではないと、広間に現れた黒い渦のようなものが応える。

 暗い闇。暗い紫色の混じった靄のようなそれ。何もかもを飲み込み、何か得体の知れないものが……一瞬、人の形をした。

 

「――っ」

 

 そこから……いや、相手から放たれる殺気に、思わず鳥肌が立つ。

 鍛錬でそれこそ祖父から闘気を放たれる事はある。だがこれはその比ではない。鍛錬の時のそれは、あくまで戦う為のもの。

 これは、まさしく〝殺そうとする気配〟だった。

 ……靄の中から、1人の人間が歩み出てくる。

 身体中に手のようなものをつけているそれは、遠目から見て男性だろう。殺気の元がその男からだとはっきり分かるほど濃厚な殺気を持っている。

 

「っ……一塊になって動くな!

 13号、生徒を守れ!!」

 

 焦った相澤の怒号が響く。

 皆何が起きたのか理解していないのか。困惑したように騒ぐ。

 

「な、なんなんですの、あれ。

 今回の演習の仕掛け、ですか?」

 

 百は小さくこちらに聞いてくるが、その不安そうな顔を見るに、そうは思っていないのだろう。

 見てみれば爆豪、焦凍、魔女子も同様に緊張した面持ちだ。

 気づいている人間は、気づいている。

 これがドッキリだとか、何かの演出だとか、そんな簡単な話ではない事を。

 

「――なんだ、ありゃ、」

 

 切島の声が、嫌にこの場に響く。

 広がった黒い霧のような物から、次々と人間が現れる。

 異形系個性を持っているのだろう、様々な形をしている者たち。普通の人間のような姿の者も混在した奇妙な集団。

 

 

 

 共通しているのは、敵意と害意に染まった表情のみ。

 

 

 

「また入試みてぇな、もう始まってますパターン?」

 

「動くなっ!!」

 

 少し間の抜けた声を上げる切島。ふらりと動く出久に声を張り上げる相澤。

 粘り着くような殺伐とした空気で、全ての状況が混沌としていた。

 

 

 

 

「あれは、(ヴィラン)だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇しくもそれは、命を救う訓練の時間に。

 ――本物の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

(……あいつ以上の、殺気。本物ってのはこうなるもんなのかよ)

 

 母を殺した犯人が放っていた物とは、鋭さも濃さも違う。

 見ているだけでも嫌悪感を催してくるほど、強烈な悪意。目を背けたくなるのを、必死で耐えて敵を睨みつける。

 

「ハァ!? ヴィラン!? 馬鹿かよ、ヒーローの学校に入ってくるなんて、アホすぎる!!」

 

「確かに。アホだが……もし大真面目に来てるんだったら、ちょっとヤバイなぁ」

 

 切島の言葉に、振武は思わず返す。

 

「どういう事だよ!」

 

「忘れたのか? 昨日さんざんお世話になったろうが……センサーだ」

 

 振武の言葉に、全員が息を飲む。

 雄英バリアー。最高の警備システム。昨日は誤作動してしまったようだが、その厳重さは重要政府施設にも匹敵するレベルだったはずだ。

 

「っ、先生、侵入者用センサーはっ?」

 

 意を決して前に出て訊く百に、13号は「勿論、ありますが……」と困惑の色を隠せず答える。

 だとしたら、昨日のように警報がここでも鳴り響いている可能性はあるはずだ。だが警報どころか、電気すらまともに機能していないこの場では、作動していると考えるのは難しいだろう。

 

「……現れたのはここだけか、学校全体か。何にせよセンサーが反応してねぇって事は、向こうにそういう事が出来る奴がいるって事だ」

 

 数少ない冷静な態度を取っている人間の1人である焦凍の言葉に、隣に立っている魔女子も同じように冷静に頷く。

 

「校舎から離れた隔離空間。そこにクラスが入る事を知っている所を見るに、時間割も把握されているのでしょう。確かに愚かですが、馬鹿というわけではありませんね。

 情報収集、人員確保、事前のセンサー対策……ある意味完全な、計画的犯行。あちらはどうやら、そこまでしなければいけないような、よっぽど大きな目的があるようですね」

 

 その言葉に、誰も答えられる者はいない。

 誰が予想出来るだろうか。こんな所で、本物の敵と遭遇する事を。皆動揺しているのだ。

 

「13号、避難開始! 学校に連絡とあわせ……センサーの対策も頭にある連中だ、電波系の奴が妨害している可能性がある。

 上鳴! お前も個性で連絡試せ!!」

 

「――ッス!」

 

 相澤の矢が飛ぶような指示に、慌てて上鳴が反応して耳に付いているインカムのような物を操作し始める。その間にも、相澤はいつものゴーグルを付け、マフラーのように付けていた布を解く。

 炭素繊維が編み込まれたイレイザーヘッド独自の武器。

 ――戦う気だ。

 

「先生は!? 1人で戦う気ですか!?

 あの人数だったら、いくら個性を消すと言っても……イレイザーヘッドの戦闘スタイルは、個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」

 

 広間を見てみれば、かなりの人数の敵がいる事は理解できる。

 実力があるプロヒーロー。だがどう見ても多勢に無勢のように見えなくもないだろう。しかもイレイザーヘッドの戦い方をよく知っている出久からすれば、無謀にすら思えるのだろう。

 しかし出久の必死な言葉に、

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん」

 

 イレイザーヘッドはいつも通りの冷静な口調で、静かに返した。

 

 

 

 

 

 

 

 圧倒的とも言える数。

 数は暴力だ。その人数が自分に対して害意を向けてくるという状況がそもそも人間には耐えられず、1人で対抗するのはほぼ不可能。

 だったはずだ。

 しかし凡その予想に反して、イレイザーヘッドは華麗な身のこなしで次々と敵達を倒していく。

 個性を消し、油断した所を特殊布で絡め取り、一網打尽。

 異形系の個性を持っている敵には真っ向から戦うだけではなく、それを利用して他の敵と纏めて倒してしまう。

 激しい動きで揺れ動く髪と視線の分からないゴーグル。それが上手く機能し、敵を混乱させていく。

 

「凄い……多対一こそ、先生の得意分野だったんだ」

 

「あぁ……だが、あの動きは、」

 

 観察する出久に、振武は小さく頷きながら言い淀む。

 相澤の動きに、微かに既視感を覚える。

 足捌きが、動島流のそれに何処か似通っているようにも見える。完璧には程遠いのは確かだが、しかし実戦慣れしている分振武のそれよりも躊躇がない。

 強い。流石プロヒーロー。

 ……そう手放しで喜べれば良かったのだが。

 

(あれじゃダメだ……勝てない)

 

 今の所は問題がないだろう。多対一の戦闘にも強い……というより、本来はこちらの方がメインなのだろうと分かる手慣れた動き。

 だが、足りない。

 敵は次から次へと相澤に向かって襲い掛かってくる。この状況がどれほど続くのか分からないこの状況で、あの戦いがいつまでも続けられるとは思えない。

 勿論的にも限度はあるだろうが、それでも……。

 

「分析している場合じゃない!! 早く避難を!!」

 

 もう既に出入り口に向かっている飯田に声をかけられ、ようやく出久と振武も走り始める。こんな時、長く作られている通路は迷惑にしかなりえない。出入り口はだいぶ先にあるように見える。

 気付かれない内に、間に合え。

 振武の心の中でそう呟かれた言葉は、

 

 

 

 最初に出現した黒い靄のような存在に阻まれる。

 

 

 

「させませんよっ」

 

 黒い靄から、はっきりとした男性の声が響く。靄ははっきりとした人の形を取り、黄色く光る眼光が顔らしき部分にはある。

 

「初めまして。我々は(ヴィラン)連合。

 僭越ながら、この度はヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは、」

 

 至極冷静で、丁寧な口調からは、同じように話していた13号とは違い嫌悪感しか感じない。慇懃無礼を絵に描いたようなその靄は、

 

 

 

「平和の象徴。オールマイトに息絶えて頂きたいと思っての事でして」

 

 事の重大さを理解していないように、平坦に、作業の1つであるかのように告げられた。

 

 

 

「本来ならば、ここにオールマイトがいらっしゃるはず……ですが、何か変更があったのでしょうか?」

 

 生徒達の困惑、動揺、警戒をよそに、まるで思案でもするかのように話し続ける。

 変更。

 その言葉が、彼らが雄英の時間割を把握しているという事の何よりの証拠だろう。

 

「……まぁ、それとは関係なく、私の役目はこれ、」

 

 ゆっくりと広がる靄を警戒して、13号が指先の開口弁を開いて構える。

 だが、

 

 

 

「デリャァアアァアアァ!!!」

「オラァ!!!」

 

 

 

 前の方にいた切島と爆豪は、その間に割って入るように靄に飛び掛かり、それと同時に爆炎が響く。

 一昨日見た最大火力程ではないが、激しい爆発に爆煙が立ち上る。

 

「その前に俺たちにやられる事は考えなかったか!?」

 

 得意げな切島の言葉に、振武はすぐに反応する。

 

「バカっ、あの短気共っ」

 

 広間から出入り口への一瞬の移動。

 靄に包まれた姿。

 おそらくあいつの個性は、

 

「危ない危ない」

 

 爆煙が晴れた瞬間、そこには無傷の靄がいた。

 ワープゲート。あの靄を門として移動するそれは、攻撃そのものも無効化させる事が出来る。転々寺が昔似たような事を鍛錬中に実践してくれた。タチの悪い技。

 振武が全力で攻撃しても、手から現れたワープゲートが攻撃をあらぬ方向へ移動させてしまう。

 転々寺のようにはっきりと転移出来る部分が分かれば、それを回避することが出来るが、相手は靄。霧状のワープゲートを操る。

 直接的に攻撃しなければいけない切島や爆豪には、反応されてしまえば無効化される。相性が悪い。

 

 

「そうそう、生徒とは言え、優秀な金の卵――」

 

「っ、ダメだ、退きなさい2人とも!!」

 

 一瞬笑みのように歪んだ靄に何かを察したのか、個性をいつでも使えるように構えていた13号から指示が出るが、既に判断としては遅かった。

 

 

「私の役割は、貴方達を散らして!!」

 

 

 一気に暗幕のように、黒い靄が生徒達を包み込む。

 

 

「嬲り殺す!!」

 

 

 一瞬の隙。

 あっと言う間に広がったそれに、そのままなす術もなく取り込まれる。

 

「っ、百!!」

 

 隣にいた百に手を差し伸べる。

 

「振武さんっ――!!」

 

 同様に、百もこちらに腕を思いっきり伸ばした。

 掴めるはずだった。

 掴める距離にいた。

 だが、タイミングが合わなかった。

 一瞬掴みかけたそれは、ワープゲートでの転移により、簡単に振りほどかれ、

 

 

 

 

 視界が、暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 




少しカットした面が多かったかなという感も否めませんが、物語の加速度を上げてみました。
如何だったでしょうか。


こんなに早く投稿したのは、今回は理由がありまして。
大学のレポートが溜まっているので、もしかしたら一週間、長ければ2週間ほど更新が遅れる可能性があるのです。
勿論、全部それの忙殺される訳ではないですし、息抜きという形で執筆するので、絶対無はありませんが、そうなる可能性が高い事をご報告いたします。
楽しんでいただけている方には申し訳ありませんが、是非気長にお待ちください。
あぁ、小説だけ書けてたら良いのに……。
それでは、また次回。



次回! 九官鳥が空を舞うぞ! 期待せず待て!!


感想・評価お待ち申し上げております。

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