今回はタイトル通り、かなり、甘いです。
しかも一部キャラ崩壊している面もあります。
もしかしたら読まなくても成立している、かも?
大丈夫であれば、本編をどうぞ。
episode1 時には甘い昼食を
……次の日から、結局焦凍は振武に話しかけるどころか、一緒にいる事すら拒否していた。
仕方がない事だろう。昨日の夕方の話の結果だ、仲良しこよしなど焦凍の中では出来ないだろう。振武も少し寂しく感じないでもないが、納得はしている。
だから、結局駅で会っても、そのまま無視して先に行ってしまっても、全然辛くはない。
……いや、嘘だ。辛くないわけではない。
納得していても、やはり友人だと思っている人に無視されるというのは、良い気持ちではない。
だからと言って、なぁなぁで済ませたくはない。嫌われたくないからと、自分の考えを曲げる気にはならない。
「あの、振武さん。大丈夫ですか?」
後からやってきて、どこか心配そうな顔をする百に、心配させたくないからこそ満面の笑みを浮かべる。
大変な時こそ、笑顔だ。
「あぁ、大丈夫。まぁちょい拗れてるだけだから」
「それなら良いのですが、無理なさらないでくださいね?
辛い時は、その、私がお話を伺いますわ」
「ははっ、本当に優しいよな、百は。じゃあ、そん時は頼むよ」
そう言いながら、2人で学校への道を歩く。
距離は不思議と近い。昔からの知り合いとはいえ、一昨日と昨日は久しぶりだった事もあって、仲が良くやっていても一定の距離を詰めなかったような気がする。
だが、戦闘訓練の後話したからだろうか、振武はこのくっ付きそうで、だがくっ付かない距離というのが、割りかし嫌いではなかった。
この距離だったら、手を繋ぐことだって……。
(って、何考えてんだ! これじゃ峰田と大して変わらねぇだろ!!)
いや、堂々と裸を見る奴と同じ訳ではないが。
だが振武を「仲間」と評してくれた百に、そうやって不埒なことを考えるのも、どうかと思う。
いくら昔助けた女の子が同じ学校の同じクラスに偶然入り、同じ夢を見るようになったという、どこかの恋愛シュミレーションゲームのような展開だったとしても、勘違いしてはいけないのだ。
百は振武の事を「仲間」もしくは「仲の良い昔馴染み」としか考えていない!
……自分の中でそう断言してしまうと、少し悲しい事実のような気もするが。
やはり魔女子のが入試の日に言っていた「振武さんはモテますよ、いやこれ本当」という言葉はお世辞だと思っておいたほうが良いのかもしれない。
変に期待しては困る。
「? どうしました振武さん? 顔が百面相してらっしゃいますわよ」
「あぁ、いや、何でもない、ナンデモナイヨ、あはははは」
振武の必死な否定にどこか釈然としないながらも、何とか納得してくれる百。もし自分が邪な気持ちを向けていると知ったら、幻滅されてしまうだろうな、と気を引き締める。
やたらめったら質問攻めをしてくる報道陣を何とか掻き分けて教室に着く。そしてしばらくしてから、相澤が教室に入ってきた。
少し面倒臭そうな雰囲気を醸し出しているのは、きっとマスコミ対策が面倒だったからだろう。そう納得していると、早速と言わんばかりに軽く戦闘訓練の講評をする。
と言っても、先生も気になったのだろう爆豪、振武、焦凍、出久にコメントしただけに留めた。
我を失った爆豪への注意に、言われた彼も自覚があるのだろう。何時にも増して真面目な表情で「……わかってる」と小さく呟くのみだった。
こちらもまた同じだった。今回の戦闘訓練で周りが見えていなかった振武と焦凍が注意を受けるのは当たり前で、少し落ち込んでしまう。
だが、すぐに気持ちは立て直せる。
これからだ。これからまた自分が頑張っていけば良いんだ。百も、みんなと一緒に。
……緑谷にも一言二言説教が入るものの、彼に関して言えばそれほど大きな失点ではないだろう。と聞いている振武には思えた。
ワン・フォー・オールの調整。
それがいつ、どんな形で出来るようになるのかは振武にも分からない事だが、彼ならばきっとやり遂げられるはずだ。
「……さて、HRの本題だ。
急で悪いが、今日は君らに――」
相澤の言葉に、教室全体が騒然とする。
何せ、学校初日からいきなりテストをし始める教師だ。また何か臨時のテストなどをさせられるのではないか、とヒヤヒヤして当然。振武も多少の警戒心を抱きながら相澤を見る。
「学級委員長を決めてもらう」
(学校っぽいの来たーーーーー!!!)
またも殆どのクラスメイト達の心が1つになった。今回ばかりは振武も驚いた。
予想外の出来事が連続した雄英高校での生活だ。いきなり学級委員長なんてごく当たり前の事を決めるというのは、ある意味で予想外だった。
「いや、まぁ学校なんですから当たり前です。何故そこまで驚くのか理解不能です」
こちらを見ずに告げられる魔女子のツッコミに、振武は苦笑する。
魔女子は相変わらずらしい。
そう安心したのもつかの間、教室が騒然となる。
「委員長!! やりたいです、ソレ俺!!」
「ウチもやりたいス」
「ボクの為にやるヤ「リーダー!! やるやるー!!」」
「オイラのマニフェストは女子全員膝上30cm!!」
「オレにやらせろ!! オレにー!!」
クラス全員が手を挙げハイハイと大合唱だ。
振武も百、魔女子もさすがに強い自己主張はしていないが当然手を挙げている。
学級委員長。
これが普通科などであれば面倒事だと嫌煙されるだろうが、ヒーローからでは、集団を導くという、トップヒーローであればなくてはならない素地を作る上で必要な役回りだ。
そうでなくても、ヒーローになろうという人間は大なり小なり自己顕示欲が強い傾向にある。欲と言ってはいるが、これは悪い事ではない。自分の正義や信念を押し通すのも、自己顕示欲という意味では外れていない面もある。
当然、振武にもそんな気持ちがあるのだ。
「静粛にしたまえ!!」
その時、一際大きな声がその喧騒を沈めた。
声のする方を見てみれば、飯田がいつも以上に真剣な表情をしてる。
「多を牽引する責任重大な仕事だぞ! やりたい者がやれるモノではないだろう!!!
周囲からの信頼あってこそ務まる聖務…! 民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのなら……
これは投票で決めるべき議案!!!」
飯田の言葉に、振武も小さく頷く。
適性や信任という意味では確かにそうだ。この状況では委員長が決定するまでに時間がかかり、さらに決まったとしても不安が出るだろう。
投票であれば、ハッキリとした勝ち負けが見えてくるのだから、そう悪い話ではない。
まぁ、
「いやお前そびえたってんじゃねーか!!
何故発案した!!!」
……飯田がやりたいって気持ちがあるのはしょうがないよな、うん。
そこから時間はそうかからなかった。
結果だけを言えば、委員長は出久が、副委員長は百が務める事になった。
出久に3票入っているのも驚きだったが、女子が2票ずつで同列になっている事にも驚いた。百に入れたのは振武なので、それは問題ない。
だが対抗馬が魔女子だとは思わなかった。恐らく焦凍あたりが入れたんだろう。
責任感が強い百。
判断能力がある魔女子。
指揮官を決める意味であるならばさておき、今回はただの学級委員長だ。どちらにも適性はあるし、選択としては間違っていない。
……まぁ、結局ジャンケンで決めたわけだが。同票だとこれはどうしようもなかった
「私は、パーを出しますわ」「では私はグーを出しましょう」「……本当によろしいんですね?」「八百万さんこそ、本当にパーで良いのでしょうか」などと盤外戦術で散々言い合った結果、百が委員長を務める事になった。
時間は大してかからなかったが、それもこれも盤外戦術の間「とっとと終わらせろ」オーラが相澤から発せられたからだろうが。
とにかく、皆納得したのもあり、その場でなんとか委員長が決まった。
「……ハァ」
「いや百、いつまで落ち込んでるんだよお前」
時間は経って、もう昼休みになっているにもかかわらず、百の表情は晴れない。
「だって振武さんっ、副委員長、〝副〟委員長ですのよっ。
しかもそれすらも塚井さんと同じで……」
「案外負けず嫌いだなぁ。なれたんだから良いじゃないか」
確かにジャンケンという形になってしまったが、それでも副委員長というのは大きな仕事だ。悔しがるのはしょうがないにしても、それもまた重要な仕事。
「むしろ、俺なんか1つも入らなかったんだから、俺よりずっとマシだ」
百に票を渡した事により、振武の票数は0だったのは当然だった。皆自分がやりたいと思っているのだ。おまけに戦闘訓練では大きな成績を上げていない振武に票が集まるはずはない。
「良かったんですの? 自分に入れなくて」
「良いんだよ。俺はリーダーの器じゃないし、百のほうが上手くやれるだろう。
そういう意味じゃ、お前を信頼しているって事だよ」
振武の真っ直ぐな目を言葉に、「そ、そういうものですか」とどこか気恥ずかしそうだが、満更ではない表情を浮かべる。
こういう所も可愛らしい、と一瞬頭に現れた邪念を振り払う。
(危ない危ない、仲間仲間、俺たちは仲間)「そ、それで百、昼食はどうするんだ? 俺は今日弁当だから、教室で食べようかなって思ってるんだけど……」
もうクラスの半数以上が食堂に向かって行った。
ランチラッシュの美味しい学食が食べれるという環境があってか、教室に残っているのはお金があまりなく、購買のパンなどで済ませようと考えている一部の生徒や、振武と同じく弁当で済ませようと考えている生徒達しか残っていない。
焦凍も振武に顔を合わせないようにと考えているのか、足早に学食へ行き、魔女子もそれについて行ったようで教室にはいない。
「そ、その件についてなのですが……その、私もお弁当、なんですの」
言いづらそうに、百は大きな弁当箱を机の上に出す。
……いや、大きいというのも少し抑え目の表現だ。普通に言えば、そう、重箱。
重箱そのものが学校の机に乗っているというのも中々シュールだ。振武の家も振一郎の趣味で純和風だが、重箱が出てくる機会など正月にしかない。
「……随分、食べるんだな」
1人分にしては多すぎるが、学校の弁当なんて基本1人で食べるものだろう。
そう思って言うと、百は激しく首を振る。
「そ、そうではありませんわ!!
こ、これはお母様が勝手に……いえ、個性の特性上沢山食べるのは否定しないのですが、今日は振武さんと一緒に食べると言ったら、母が張り切りまして。
ほら、振武さん私の母とも面識がおありでしょう?」
「あ、あぁ、百と一緒に来た人だよな」
百がお礼を言いに来たあの日。
一緒に来ていた女性は、今成長した百を見てみれば確かに親子なんだろうなと思うようにそっくりだった。
「はい……「自分を助けてくれた人と再会なんて素敵っ。ぜひ仲良くして貰わないと」と……おかげで、1食分増えましたわ」
「それはまた……」
コメントに困る。
気遣いをしてくれるのは嬉しいが振武も一応弁当を持参しているのだ。勿論成長期である今食べる分量そのものは大丈夫だろうが。
……百のお母さん、ちょっと気合い入れすぎ。
思わず振武も苦笑いを浮かべる。
「まぁ、ありがたい話だけどな……じゃあ、一緒にここで食べるか。魔女子の席借りて、2人で食べよう」
「そ、そうですわね。
あ、そう言えば振武さんのお弁当は、素晴らしいと言ってらっしゃいましたね。楽しみですわ」
「お前が想像しているより、数倍凄くて呆れる事請け合いだ」
「凄いと呆れるって、矛盾してません?」
「してないんだな……これが」
◆
そんな百と振武の会話を少し離れた席で暖かく……ではなく、ある種の厳しさがある目で観察している者達がいた。
「……なぁ、あれどう思うよ?」
「そう言われてもな……」
「ギギギギギッ」
瀬呂範太。問題提起したクラスメイト。肘からテープのようなものが生み出せる個性を持つ、酷い言い方をしてしまえば醤油顔の生徒だ。
障子目像。魔女子と焦凍と同じチームで振武達を翻弄した彼は、今はどこか呆れたような雰囲気で複製した口で話す。
峰田実。振武達と一緒に戦闘訓練で戦ったクラスメイト。普段は柔かな笑みでエロ発言連発な彼は、目が充血し憎悪に染まった目で2人を見ている。
この3人が喋っている事が意外に思われるかもしれないが、個性把握テストで話してからというもの、少しだけだが談笑する仲にはなっている。
今回も乏しい財政難であろう3人は(障子は弁当持参である)教室でたまたま残った人間として一緒に食事を取ろうという話になったのだ。
なったのだが……それはもう既に食事ではない。
振武と百の観察会になってしまっていた。
「いやいや何あの距離感、ちょっと近すぎね? そりゃあ最初から仲良さそうだなとは思ってたけど、あんなに距離近かったっけ?」
「いや、俺も2人とはあまり親しくないから分からないが……」
瀬呂の言葉に、相変わらず障子は困惑気味だ。
そもそも、障子は2人が仲が良いかどうかなど、あまり興味がない。だが一緒に食事を取っている2人にしてみれば、そうではないのだろうという事が分かる。
特に峰田は、普通の人間が出して良い気配ではない。
鬼だ、般若だ。
「いやいやそこら辺大事だろう。おい峰田、何か知ってるか?」
「ギギギッ……いや、はっきり言っちまえば、付き合ってはねぇんだろうけどさぁ」
爪を噛み2人を凝視していた峰田は、瀬呂の言葉にすぐに表情を変える。
どこか気まずそうな表情というか、出来れば話したくないといった雰囲気。だが気になってしまうものを聞かないわけにもいかず、瀬呂はさらに聞き出そうとする。
「おいおい何だよ、エロ大魔神にしては言いづらそうだな、なんかヤバイのか?」
「あぁ、いやそういう訳じゃねぇんだけど……ほら、おいら、ヤオモモと2人だった時間があるだろう? おいらはヤオヨロッパイを観察したかったから、それは別に構わなかったんだけどさぁ。
ほら、あの2人仲良さそうだったから、ついうっかり聞いちゃったんだよな「2人って仲良いよなぁ、どういう関係なんだ?」って」
「おぉ、核心部を突いたわけだな!! そんでそんで? どんな返事が返ってきたんだ!?」
峰田に先を促すと、峰田は絶望にも近い表情を浮かべ、
「……盛大に、惚気られた」
と小さい声で言った。
「……はい?」
「どういう意味なんだ?」
聞いた本人である瀬呂も、興味がなかった障子も思わずそう聞き返してしまった。
「お前ら、音声聞こえなかったから知らなかっただろ?
待ち時間の間、ず〜っと動島の話をするんだ。どんな風に出会って、どんな風に再会して、子供の頃から比べるとこんな所が凄くて、子供の頃もこんな所が凄くて、カッコ良いし頼り甲斐があって、素敵になりましたわ〜っとか。
しかも本人、惚気じゃなく純粋に褒めてるだけだと自分では思ってるらしくて……おいら、おいら」
「だぁストップストップ!! 聞いた俺が悪かったすまん!!」
話している間にとうとう涙まで浮かべ始めた峰田を必死で宥める。
聞いていないはずの障子さえ、「す、すまん峰田」となぜか謝ってしまう程の悲壮感があった。
「つまり、こういう事か?
2人はおそらく昔馴染みで、再会って事は雄英に入ってからまた出会った。八百万は動島に好意があるもののまだ恋か判断が付かない。動島はどうだか分からないが、あの感じだと嫌いなわけじゃない……いやどんなリア充の話だよそれ」
「雄英入学からまだ3日目だが……しかし、そういう話もあるのだな」
瀬呂は呆れ気味に、障子は少し驚くが、良い話だと思っているのか何度も小さく頷いている。
……しかし、話しているだけでは興味が収まらないのは、男子高校生の性なのだろう。
「こりゃ、調べるっきゃねぇな。
動島と八百万がどんな感じに仲が深まっているのか興…気に…見守らないとな!」
「瀬呂、それは全く隠せていないのではないか?」
「細かい事は良いんだよ障子!」
そう言うと、瀬呂も峰田も振武と百を観察し始める。
それほど広くはない教室とはいえ、距離はそれなりに離れた場所だ。会話も断片的にしか聞き取れないが、どうやらこれから2人で持ち込んだ弁当を食べるようだ。
振武は少し大きいサイズだが普通の弁当箱。
百のは、おいおいそれ学校で持ってきて良いのかよと思える3段重ねの重箱だ。
「凄い弁当だな。もはや弁当の域を超えて仕出しだぜありゃ」
「こっからだと、あんま話し声聞こえないなぁ……障子は聞こえんのか?」
「……まぁ、この距離ならば耳を1つ複製すれば可能だが……」
「「やってくれ頼む」」
「……2人はどれだけ必死なのだ」
そう言いながらも、複製しているあたり、障子もやはり悪い人間ではないのだろう。
そして、振武と百の会話を再現し始めた。
以下、障子再現による会話。
『へぇ、百の母さん料理上手いんだなぁ。どれも美味そうだ』
『母も気合いを入れましたので。
それにしても、振武さんのお弁当も素晴らしいですわ。まさか海苔弁で鯉の滝登りを再現するなんて』
『あぁ、うん、いや全然嬉しくないけどね。日々の弁当が芸術作品になると、流石に食べづらいというか』
『お父様でしたっけ、作ってるの。普通のお弁当で良いとは仰らなかったんですの?』
『一度言ったんだが……なんか、「俺の生きがいを取らないで」って泣かれてなぁ。それ以来言うのやめたんだ』
『それはまた……変わった、お父様、ですね?』
『軽くオブラートに包んでくれんのは嬉しいが、包みきれてないからね、それ』
「……いやいやどんな会話だよ。なんだよ鯉の滝登りって! 弁当で再現出来るもんか!?」
「いや、おいらも全然わかんねぇ! 障子、続き、続き早く!」
出来るだけ2人に気付かれないようにする為か、何故か瀬呂と峰田は小声で話している。
なんなんだ、これは。そう障子も思ってはいるのだが、この空気に抗う術はないのだろう。素直に言うことを聞いておこうと思った。
『……まぁ食べてみれば、味は良い。凄く良いんだがなぁ』
『良いではありませんか、美味しいというのは素晴らしいことですわ。私の母はその、砂糖と塩を間違えたりする方なので、ちょっと食べるだけでもハラハラものですわ』
『他人の親にこういうのもあれだが、ベタなお母さんだな』
『よく言われますわ……えぇっと、取り敢えず今回はどれも大丈夫そうですわ。
折角ですから、振武さんもどうか召し上がってください』
『ん? そうだな、俺にもって言ってくれたんだし……じゃあ、卵貰おうかな。美味そうだし』
『卵ですわね……じゃあ、はい、どうぞ』
『……へっ?』
その光景を見た瞬間、瀬呂の口に入っていたサンドイッチと、峰田の口の中に入っていたカレーパンが、遥か彼方に吹き飛んだ。
汚い事この上ない。
「お、おい見たか瀬呂。こ、これはおいらが見た幻想か何かなのか!? 夢なら夢と言ってくれっ、早くこの悪夢から覚めないとっ」
「いや、峰田……悪いが俺にも見えている。これはまさしく現実だ」
「そんなっ、そんな馬鹿な……なんでっ
――なんで、「あ〜ん」なんてベタな事してんだよあいつら!?」
峰田の言った通り、それは正しく世の恋人達が行っている行為だった。
卵焼きを要求した振武に対して、百は自分の箸でそれを掴み、振武の口元に差し出している。この時左手をちゃんと添えてる辺り、マナーとしては微妙だが、絵にはなる。
そしてそんな小っ恥ずかしい事をしているにも関わらず、「?」と不可解そうな顔をしている辺り、百は完全に無意識。
そして振武は気づいているようで、顔を真っ赤にしている。
なんてベタ。
なんて王道。
峰田や瀬呂程ではないものの、障子もこれほどかと思ってしまう。
というか、ここまで騒いでいるのにまるで気づいていない辺り、2人は2人の世界に入ってしまっているのだろう。
見ているだけで恥ずかしくなってくる。
『? どうなさいました……あっ、ご、ごめんなさい、私なんてはしたない事をっ』
『あぁいや全然! むしろウェルカム――って俺も何言ってんだ!?』
『う、うぇるかむ……あ、あのっ』
『な、なんだ?』
『その、折角出してしまったのに引っこませてしまうのも何ですから……あの、召し上がっていただけますか?』
『……良いのか? 嫌だったりしないか?』
『いえ、私は全然っ、むしろ振武さんの方こそお嫌ではありませんか?』
『いや俺は全然、大丈夫、だけど……えぇっと、じゃあ、遠慮なく、』
パクッ
『……お、お味はいかがでしょう? わ、我が家では醤油を使った卵焼きなので、その、甘い卵焼きに慣れてしまった方ではその、美味しくないかもしれませんが、』
『い、いや、確かにウチは甘いのだけど、これはこれでご飯に合ってて美味しいよ、うん』
『そ、それなら良かったですわ』
『あぁ、うん、良かった良かった』
『『……………………』』
「――ブゴファ!?」
「み、峰田!? 傷は深いぞがっかりしろー!!」
「いやそれはどっちなんだ?」
謎の黒い粘膜を吐き出した峰田を支える瀬呂。それを見て呆れる障子。
あちらはあちらで、砂糖過多だが、こちらはこちらで、混沌とした状況だ。
「せ、せろ……しってるか、あいつらあれで、付き合って、ないんだぜ……?」
「あぁ分かってる! もう喋るなっ、傷が開いちまう。
ちくしょう、衛生兵! あと出来れば爆豪呼んでくれ!!」
「いや傷は負っていないし衛生兵はいない。あと爆豪を呼んでどうする気なんだ瀬呂。
……というか、ここまで来てまだ続けるのか?」
「「当たり前だろう!? ここまで来たらむしろ見なきゃダメだろうが!!」」
「……何故そうなるか分からないのだが」
瀬呂と峰田の鬼気迫る表情に、障子は小さく溜息を吐く。
障子からすれば微笑ましい姿(それでも確かに甘い雰囲気に酔ってしまいそうだが)であっても、瀬呂と峰田からすればそうではないのかもしれない。
仕方なく、観察を続ける。
結局警報が鳴るまでその状況が続いたのは言うまでもなく、当然爆豪が呼ばれる事もなかった。
午後からまた訓練だというのに無駄な体力を消費した障子は当然、興奮し過ぎた瀬呂と峰田の顔は、まるで幽鬼のようになっている。
恋(にもまだ2人は発展していないのだが)は時に周囲すら狂わせる。今回学ぶべき点はそこだろう。
だがもう1つ、3人の中には共通の考えが浮かんでいた。
あの2人、とっとと付き合って見えない場所でイチャイチャしてくれないか、と。
これからUSJ編に入るとシリアスな展開が続くし、ギャグとラブコメなど、と考えていたら、ちょっと暴走しました。
なんだこれ、と書いて思いましたが、面白かったのでリテイクなしです。
こういうノリ嫌いな方には大変申し訳ないのですが、これもまた、学園生活でありそうな展開ですよね。
という訳で、次回からUSJ本格突入。
どうかお楽しみに。
次回! 振武くんが振り回す! 何をかって!? それを楽しみに待っててくれ!!
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