plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode9 勝利と敗北は

 

 

 

 

 

「……ここまで、なのかよ」

 

 振武と焦凍の戦いを見て、誰かが自然と呟いた。

 言ったのは1人だけだったが、クラス全員が同じ気持ちだった。

 ここまで〝差〟があるものなのか。

 自分達とあの2人とに、どこまで違いがあるのかと、戦慄していた。

 彼らは雄英高校というヒーロー科という点では超名門校に入学した、一人一人が優秀な生徒だ。その中学ではその殆どが1番を名乗れる優秀さを持っており、少なからずの自信と自尊心を持っている。

 だが、これは、

 目の前のこれは、明らかに自分達とはレベルが違い過ぎた。

 言葉は同じでも、反応は様々だ。

 

「――凄い」

 

 麗日や出久のように、ただ驚嘆し、感動すら覚えている者もいれば、

 

「流石動島ぁ!! それについていけてる轟もすげぇぜ!!」

 

 元々振武の実力を知っていた切島などは無邪気に感嘆の声をあげ、

 

「…………これが、最高峰」

「嫌だねぇ、才能マンがこう何人もいちゃ」

 

 飯田や上鳴のように、反応は少し違えど自分との実力差に驚き、

 

「――――――」

 

 もはや声にならないほどの驚愕と絶望を抱いている者もいた。

 爆豪勝己。

 振武と同じく雄英高校実技入試をトップで通過した男は、自身との実力差を感じて葛藤していた。

 動島振武。

 自分の人生設計を邪魔した、出久と同じくらい、あるいはそれ以上に邪魔な存在。

 轟焦凍。

 推薦入学という特別枠で入ってきたが、それでも自分より下だと思っていた存在。

 その2人が今、自分には出来ないかもしれないと思わせる、ハイレベルな戦闘をしている。その事実に頭の中で、驚き、絶望、怒り、様々な感情が嵐のように吹き荒ぶ。

 そして動揺しているのは、生徒ばかりではなかった。

 

(――シットッ、ちょっと計算違いだったぞ、こりゃ)

 

 映像を見ながら、生徒達に感づかれないように必死で冷や汗を拭う。

 今年からの変更により人数が半端になってしまった雄英高校ヒーロー科、3対3という他とは違うグループを先に済ませてしまおう、あのメンバーだったら頭良い子もいるしチーム戦の見本になるかもね! などと軽い気持ちで1番最初にやらせてみたが。

 見本どころじゃない。

 バリバリの本気戦闘じゃないか!

 振武と焦凍の実力。会話内容から察する事ができるそれは、クレバーというより無茶苦茶な魔女子の作戦。予想外が多い。これでは逆に参考にならない。皆が感じている通り、レベルが違うと同時に、発想の根本が違い過ぎる。

 尚且つ、振武と焦凍の表情と戦闘を見る限り、彼らは本気だ。

 訓練という項目が頭の中に残っていないわけではないのだろうが、手を抜けない相手と戦っているからかそこには余裕というものが感じられない。

 

(轟少年はそもそもアレが計画の内だと理解しているだろうに、熱くなり過ぎている。

 ……まぁ、そんな所も、塚井くんは予測していた節はあるからな)

 

 戦闘訓練のセッティングの最中。

 魔女子はオールマイトに、小さな声で幾つかの質問をした。中にはまぁ普通に疑問として生じるであろうものから、何を考えてそれを聞いてきたのかというものまで。

 終始彼女の目は、表情は、声は、冷静そのものだった。

 良くも悪くも、生徒達は少し前まで中学生だったような者達だ。この状況にテンションを上げない者はいないだろうという中で、彼女は終始冷静だった。

 そういう意味では百も同じだが、あれとは少し別種のようにオールマイトは感じた。

 ――現場指揮をやっているヒーローや、多くのサイドキックを纏めてチーム戦を行うヒーローに見られる傾向の1つ。

 まるで現場を、戦闘の場を、チェスの盤面としか見ていないような卓越した俯瞰姿勢。

 本来訓練と実戦経験で鍛えられていくそれを、塚井魔女子という生徒はもう最初から持っている。目を見た瞬間に直感した。

 勿論、振武の判断能力、焦凍の個人的感情を持ち込む点、魔女子の計画、百や峰田、障子の行動にも穴は多い。まだまだ完璧には程遠い。

 

(まぁこの段階でここまで来ている時点で、流石としか言えないなっ。

 だが……)

 

 両者ともプロヒーローに匹敵する実力を、入学してすぐの今持っているのは本当に凄い事だ。だが、今の状況での振武と焦凍との相性は最悪と言っても良いだろう。

 本来であれば、ここで引いてしまうのも案としては悪くない。相性が悪い敵と交戦し続けるメリットはなく、むしろ引きながらの戦闘であれば多少相手の隙を作ることも出来るだろう。

 現に、今の焦凍はまさしくその状況になっている。

 しかしそれは戦術というよりむしろ、

 

 

 

「自覚せぬ恐怖心で、足が引けているようにも見えるが……」

 

 

 

 オールマイトは少し不安そうに小さく呟いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――振武の拳が、焦凍の氷とぶつかり音を立てる。

 ジュッという蒸気が生み出される音とともに一部分が溶け脆くなった氷を容赦なく粉砕。

 

「……くっ」

 

 槍、壁、弾丸。

 様々な形で放たれる氷は、その一撃一撃が強力で、実力の伴わない者であればなす術もなく倒されるものばかり。だがそれを、振武は容易に砕いていく。

 移動しながら戦うそれは、まるで撤退戦のようで、

 

「……っ」

 

 ふざけんな。

 頭の中で呟かれた弱音を、怒りで塗りつぶす。

 父親を超えると誓ったのだ、訓練(こんな所)動島振武(こんな奴)に負ける事が許されて良いはずがない。いくら訓練内で自分が陽動としての動きが求められていても。

 ここで倒す。

 そんな拘りが、普段氷のように冷静な脳内を熱を持って支配する。

 それに呼応するように、ドンッという音とともに先ほどよりも大きな氷塊が放たれる。狭い廊下という場所で放てる限界ギリギリの大きさ。剣山にも似た形で作り出されたそれは、何本もの棘が圧殺と刺突をもって振武を襲う。

 

 

 

「震振撃……八極」

 

 

 

 しかしその巨大な氷塊は、焦凍が想像するよりも早く縦に罅が入り、真っ二つに割れる。

 

「…………っ」

 

 動揺が表に出ないように必死に表情を固める。

 先ほどから堂々巡りが続いている。

 焦凍が氷を生み出し後ろに下がり、振武はそれを砕いて前へ進む。距離は縮まらないが、戦場は破壊の軌跡を生み出しながら移動していく。

 ――優勢に見えるが、振武自身も満足に戦えているとは言い切れない。そこまで広くない廊下、それが氷で塞がれている。その中で振武の瞬刹は十全の機能を発揮しない。

 無理に突破は、出来なくはないが、難しい。

 これが個人戦ならば全力で当たる事も出来ただろうが、今回はチーム戦。無茶をして怪我をすれば分かれている魔女子と障子を止める事が出来ない。

 百と峰田を信頼している。だが油断はできない。出来うる限り全力で、事に当たらなければ勝利できない。

 

「……なんでだっ」

 

 再び凍気を操りながら、口が動く。

 今まで必死に鍛えてきた。

 エンデヴァーを黙らせる為に何倍も特訓を重ねた。おかげで左側は氷の形状、出力の点で大幅に向上している。今だったらノーモーションで相手を無力化出来る力を持っている。

 プロの、トップの、父の個性にも負けないように。

 しかし今その個性は、十全に機能していない。負けてはいない。だが勝ってもいない。延々と続くような戦闘、終わるとしたら、こっちが諦める以外ないのではないかという不安感が、焦凍の心臓を鷲掴みする。

 

「……なんでだって? まだわかんねぇのかよ。

 お前は身体能力はあっても近接メインの鍛え方じゃない。個性の相性が悪いなら普通にステゴロでって考えたって、お前の速さじゃ俺の拳に反応できない。

 こっちが言いてえ、なんでだ」

 

 焦凍の独り言に、振武が反応して答える。

 必死に怒りを噛み殺し、努めて冷静な声色で言い放つ。

 

 

 

「もう、左使わなきゃ勝てねぇって分かってんだろうが!!」

 

 

 

「――っ」

 

 動揺がより一層強くなる。

 左を使わなければ、勝てない……。

 それは、自分の信念の否定だった。

 

「――ふざけんなぁ!!」

 

 爆発した怒りを表すかのように氷塊が生み出される。もはや建物にすら配慮していない巨大な氷は、廊下の壁をぶち破り、ちょうど隣り合っていた広間のような開けた場所まで届いた。

 振武は、無傷。

 瞬刹での移動は間合いを開けるのにも重宝する。横にスライドするように避け、ギリギリで氷塊を回避したのだ。

 

「お前こそ、分かってるなずなのに何故それを言う!!

 俺の目を覚まさせる? 左を使わなきゃ勝てねぇ!? ふざけんな、俺はそうならない為に(・・・・・・・・)ここまで来たんだ!!」

 

 ……個性を使わないというのは、大きな覚悟だった。

 幼いながらに父に歯向い、家庭内暴力にも等しい訓練の中で「俺の個性を使え」と父に脅されても、周囲から何故使わないのか、何故有利な点を自分で捨てるのかと言われようと。誰にどう陰口を叩かれ、どんな目で見られようと。

 それでも求めた形で、必死に手に入れた形だ。

 それを、目の前にいる男は否定する。

 俺の事情を話しても、まだ理解していない様子で。

 

「……分かってねぇのはてめぇだろ。

 言ったよな? お前が今までしてきた努力を、俺は否定しない。お前の目指す事だって、そりゃあ思いつくなって方が無茶な話だ」

 

 大切な人に傷つけられて。

 それが父と、自分自身にあると思い込んで。

 そんな中で父を憎悪するな。自分の個性を邪険に扱うななんていうのは、どだい無理な話だ。もし自分自身が同じ目に遭ったとして、同じ事を考えない訳がない。

 実際振武も、自分自身を嫌悪した。

 あの母が死んだ日に。

 何も出来ない、何にもなれない自分が母を殺してしまう。殺してしまった要因を作ったあの時に。

 その日から、母の事を忘れた事はない。

 母から受け継いだ言葉と信念を胸に前に進む。

 そういう意味では、振武も焦凍と同じだと言えるだろう。

 

「だけどさぁ、やっぱ違うんだよなぁ。

 お前、今の自分の顔見てみろよ。ひっどい顔してるぜ」

 

 憎悪と不安に染まった顔は、醜いというよりも、どうしようもなく哀れに見えた。

 

 

 

「そんな顔で誰かを助ける奴を……人はヒーローなんて呼ばねぇんだよ!!」

 

 

 

「――うるせぇ!! 黙れよ!!」

 

 

 

 久しぶりの会話は、お互いの激情のぶつかり合い。

 氷と拳が、かなりの速度でぶつかり合うように激しい音を立てて正面衝突する。

 本気も本気、全力での戦闘。

 ここからが、むしろ本当の意味での戦闘だと思えた。

 

「俺は、俺の信念を貫く。その為に、てめぇが邪魔だ、動島!!」

 

 普段感情を表に出さない表情が怒りに染まり、般若面のように歪む。開けた場所に来たからか、氷塊はより攻撃的、より大きく作られていく。

 ――轟焦凍は、動島振武を嫌ってはいなかった。

 仲間意識も、親近感も、どこか懐かしい既視感も。口に出された言葉は嫌いでも、普段の振武には好印象を持っていた。

 しかし今は、その感情が否定される。

 

 

 

 ……コイツは、オレの敵だ。

 

 

 

 心の中で成長した未だ遂げられない憎悪は、振武をそう判断した。

 対する振武は、

 

「……当たり前だろうが。こっちは邪魔してんだよ」

 

 先ほどとは違い、穏やかな表情をしていた。

 ――動島振武は、轟焦凍を嫌いではない。

 仲間意識も、親近感も、放っておけない危なっかしさも。冷めきった表情や憎悪は気に入らないが、普段の焦凍に好感を持っている。

 しかし今は、それ以上の気持ちがある。

 

 

 

 ――コイツは、オレの友達だ。

 

 

 

 本当の友達とは、相手の考えを否定せずに迎合する事だけではない。相手に嫌われようが、憎まれようが、間違っているならば間違っていると、殴ってでも止める。

 だからこそ、

 

「お前のそのアホ面、変えてやるよ、焦凍(・・)

 

「っ、その名で俺を呼ぶんじゃねぇ!!」

 

 2人が叫び合い、氷塊が振武自身を、拳が氷塊を。

 お互いがお互い、動き出した瞬間。

 

 

 

『……申シ訳アリマセンケド、コレハちーむ戦デスカラ』

 

 

 

 片言の言葉とともに、振武の動きが止められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アフリカニシキヘビ。世界に50種類以上がいるとされるボア科のニシキヘビ類の中でも凶暴で気性が荒く、人すら飲み込んでしまう存在。

 全長10mにまで成長するその体は人間の骨など簡単に砕いてしまえる力を持っているが、この蛇はそのような事などしない。

 そもそも、水色で、確保テープを体に巻きつけたニシキヘビなど、現実には存在しないのだから。

 

『アァ、良カッタ。上手クイッタヨウデ何ヨリデス』

 

 奇妙な発音の言葉とともに焦凍が作り出した氷塊に降り立ったのは、水色の九官鳥だった。言葉そのものや音程だけではなく、声色まで再現しているそれは、自分の良く知る声だった。

 

「……塚井っ! お前これ狙ってたんだなっ」

 

 戦闘を邪魔された苛立ちから少し荒い声になる振武に、九官鳥はなんでも無いように答える。

 

『当タリ前デス。コレハアクマデちーむ戦ダト言ッタ筈デス。本来ナラモット早クコウスル手筈ダッタノデスガ……轟クンの熱ナリヨウガ、予想外デシタ』

 

「………………」

 

 九官鳥から発せられる魔女子の言葉に、焦凍は苦虫を噛み潰したような顔をするが、しかし九官鳥の喋りは止まらない。

 

『訓練開始直前、おーるまいと先生ニ確認シマシタ。「へびニ確保てーぷヲ付ケテ拘束スレバ、確保ト判断シテイイカ」ト。先生ハ「Yes」トオ答エニナリマシタ』

 

「……そういう事か、ちっ、性格悪いぞこれ!」

 

 拘束を緩めないヘビに苦しくならないように抗いながらも、振武は悪態を吐く。

 ようは、自分と焦凍の関係を利用したのだ。この2人が戦えば熱くなって周りが見えなくなる瞬間がある、完全に振武が焦凍に意識を集中させた瞬間に拘束しよう、と。

 罠という可能性は考えていた。

 警戒を怠っているつもりもなかった。しかしあの一瞬。お互いに感情を爆発させたあの瞬間は、確かに他のことは見えていなかったし、隙があっただろう。

 まんまと、嵌められた。

 これで自分はゲームオーバー。焦凍を倒すことも出来なければ、百達を助けに行くことも出来ない。チーム戦という観点において、完全な敗北だ。

 

「……気づかなかった。お前がそこまで個性の扱いが上手くなっているとはな。動物が喋り出すとか、数が多いとか、正直頭から抜けてたわ」

 

 振武の最大の誤算はそこだろう。

 距離が離れても使い魔のコントロールが出来るのはネズミでも分かっていた。大きい動物を出せるのは個性把握テストの時に知った。それでも、まさかここまで多種多様の動物を操ることが出来ているとは思っていなかった。

 時間的に今は恐らく、核兵器のある部屋に襲撃を掛けているだろう。あのバリケードを突破し、待ち受けている2人を無力化して核兵器にタッチする。それには障子の力だけではなく、魔女子の力もどうしても必要なはずだ。

 そうであるなら、向こうでも動物を出しているのだろう。

 

「知ってりゃ想定もしたんだが……」

 

『アノ事件カラ、特訓シ強クナッテイルノハ、動島クンダケデハナイトイウ事デス』

 

 魔女子の言葉を伝える九官鳥は、そう言って一度飛び上がると、焦凍の肩に降り直す。

 

『轟クン、本当ハ貴方達ノ蟠リヲトイテ差シ上ゲタカッタノデスガ……コノ様ナ形ニナリ、申シ訳アリマセン』

 

「…………良い。俺はお前の作戦に同意した。不満は無い」

 

『ソンナ顔ニハ、トテモ見エマセンガ……マァ、良イデショウ』

 

 九官鳥がそう言うと、無機質な目で振武を見る。

 

 

 

『スイマセン動島クン、モウ少シゴ辛抱願イマス。

 ――アト少シデ、終ワリマスカラ(・・・・・・・)

 

 

 

 ◆

 

 

 

「――峰田さん! 弾を切らせないようにお願いします!」

 

「あぁ分かってるよ!! だー! 何でおいらがこんな目に!!」

 

 火薬の匂いと軽快な発砲音が、核兵器がある部屋に広がる。

 百が用意した武器は、軽量のマシンガンだった。弾は当然かなり柔らかい材質のゴム弾。弾が発射される速度も極めて遅く改変されたそれは、それでも普通に当たれば痛みを感じ、普通であれば避けきれない速度。訓練用の特殊仕様だ。

 それを直接的な攻撃力がない峰田にも持たせ、部屋の両側から弾幕を張って動けないようにする。勿論お互いの銃弾が当たらないように考えているので、よっぽどのことが無ければ大丈夫な位置にいる。一度下手に動けば、部屋に置かれている峰田の個性で拘束出来る。

 そういう手筈になっていた。

 

 

 

 だが、それを障子は避けている。

 

 

 

 要因は、複製腕で作られている複数の目。

 本来人間が双方向から受ければ片方を避けるのが限界だろうが、それを持ってすれば銃口の向きを把握して事前に回避の動きを取れる。

 当然それだけでは、峰田の個性で動きを封じられて終わりだろう。

 しかし誰が予想出来るだろう?

 魔女子の生み出した使い魔を足場にして移動するなどという事が。

 小型のネズミが峰田のボールから障子の足を庇うかのように、足が着く前にその予想地点に大量に群がり、フォローする。足が離れた瞬間使い魔そのものが消える。

 足場になるほどの数だ。10匹や20匹ではきかない数を、その都度出し、消している。

 それの繰り返しで、障子はゆっくりと、だが確実に核兵器に近づいている。

 

「……障子さん、向こうは片が付きました。まさかあちらを先に終わらせる事になるとは、予想外です」

 

 障子の背中におぶわれながら、魔女子は小さく溜息をつく。

 ……部屋の前に着き、自分の生み出したゴリラと障子の力でバリケードをぶち敗れたまでは良かったが、そこからが問題だった。

 勢い余ったゴリラがその場に倒れたら、そのまま峰田のボールで行動不能になってしまったのだ。幸い障子はボールに触れずに済んだから良かったが、もしあの時障子が動けなくなっていれば、状況は良く無い方向に転がっていただろう。しかし寧ろ、ゴリラが一度捕まった事により、峰田の個性が分かった。

 相手をくっつけるボールを生み出す個性。

 なるほど、防衛やトラップという点に関しては強力だ。流石雄英に受かるだけのことはある。

 それでも知ってしまえば魔女子に怖いものはなかった。ようは触らなければ良いだけなのだ。確かに所狭しとばら撒かれているボールは脅威だ。牽制として打たれているマシンガンも、自分だけであったならば回避は難しい。だが障子の複製腕と自身の個性であれば超えられない訳ではない。

 しかも、この罠には弱点もある。

 まず、敵役である2人が動けない事だろう。

 峰田自身は問題ないだろうが、百はこのボールの影響を受けてしまう。慌てて動いて自身が行動不能になってしまっては意味がないし、フィジカル面で難がある峰田が動いても脅威にはならない。

 

「もう少しです。申し訳ありませんが耐えてください、障子さん」

 

「構わない、俺の体力であればまだまだ動ける」

 

「頼り甲斐がありますね……今、轟くんも手が空きました。合流すれば簡単なのでしょうが……」

 

「出来れば俺らで終わらせたい、と?」

 

「その通りです」

 

 障子の冷静な声に、魔女子が少し疲労感を感じさせる声で答える。

 焦凍は今冷静な判断が出来る状態ではない。もしこのまま来て、下手な事をされては状況が悪い方向に傾く可能性がある。

 自分でした事なのだから文句を言ってもしょうがないが、勝つ為には今の焦凍では邪魔にしかならない。

 

「しかし、このままでは時間一杯まで粘られる可能性がある」

 

 未だ弾丸を予測し回避を続ける障子に、魔女子は小さく頷く。

 

「確かに……距離が詰まったら教えますので、準備しておいてください。」

 

「大丈夫なのか? 正直フィジカルという面で言えば、お前も大して峰田と変わらんと思うが。それに、向こうが銃などと言うものを作っているとは想定になかったはずだ」

 

 障子の心配そうな声色に、思わず笑みが零れる。

 優しい人だ。力持ちで優しいなど、まるでどこかの絵本で登場しそうな人だなと思わず関係のない事が浮かんだが、すぐに表情を引き締める。

 

「大丈夫です。私には個性がありますから」

 

 ここで負ける訳にはいかない。

 ……魔女子にとって、動島振武と轟焦凍は大切な人達だ。

 2人が自分の事をどう思っているかは分からない。それでも魔女子はあの事件を共に乗り越えた、同志であり、仲間であり、本当に大切で、大事な人達だと思っている。

 そんな友人たちの信念を、意思を。

 捻じ曲げ、蔑ろにし、利用してこの状況を作ったのだ。

 これで負けてはそれが無駄になる。

 だから絶対に負けない。

 

「だぁ〜、あと何分やりゃ良いんだよ!!」

 

 マシンガンをやたらめったら(そもそもあの小さな体躯では反動を殺しきれていないのだろう)撃ちまくる峰田が悲鳴をあげる。

 時間はそう長く残されていない。このまま行けば、百達の勝利だろう。

 

「…………っ」

 

 しかしそんな中でも、百には余裕がなかった。

 振武はここに戻ってこない。先ほど通信でオールマイトから、振武確保の連絡が来た。捕まった者が連絡してこないようにというルールは聞いていたので、振武から連絡が来ないのはしょうがない。

 ……きっと落ち込んでいるだろう。

 再会してから日は経っていないが、振武が負けず嫌いな性格なのは分かっているつもりだ。百や峰田に迷惑をかける形で捕まってしまった事に、余計負い目を感じているに違いない。

 勝ちたい。

 あの人に、悲しんでほしくない。

 それにあの人が責任を感じるならば、それは百も峰田も同じだと、百自身思っている。振武の力強い言葉と内容に納得してこの戦い方を選んだのだ。振武自身がリーダーという訳ではないのだ、責任も無念も後悔も、きっちり三等分だ。

 勿論1番は――ここで勝つ事。

 

「峰田さん! 弾幕甘いですわよ!!」

 

「ヒイィ、八百万ちょっとムキになってねぇか!?」

 

「なってませんわ!!」

 

 弾丸が舞う。大粒の雨に降り続けているそれは、素人2人が撃っているので卓越したものとは言い切れないが、しかし牽制という意味では十分機能している。

 その銃口が向かない位置に常に動いている障子の身体能力と、その動きに合わせて使い魔を配置する魔女子の判断能力が、それを凌駕しているに過ぎない。

 徐々に核兵器に近づく。

 そして、

 

 

 

「……距離、5メートル。そろそろです」

 

 

 

 その時が来た。

 

「――上手く着地しろっ、塚井!!」

 

 障子はそう叫ぶと、片腕で魔女子の背中を掴んで持ち上げる。片腕と言っても当然複製腕で作られた腕が2本追加だ。魔女子の体重を加味しても、5メートル程度の距離ならば。

 

 

 

 確実に投げ飛ばせる。

 

 

 

「なっ――」

 

「ウッソだろ!?」

 

 百と峰田は唐突な行動に動揺する。

 こんな弾幕飛び交う中を、アッサリと投げた障子に。

 そして、次の魔女子の行動に、戦慄させられた。

 

「――守って、ロボ、ブランカ!!」

 

 

 

 彼女は空中で水色の狼2体を出現させ、弾幕から身を守る盾としたのだ

 

 

 

 痛覚共有は、少なからずされているはずだ。

 自分の身で受けている痛み程ではないが、だが十分恐怖になり得る事を、彼女は平然とやってのけた。

 

「タッ――」

 

 核兵器との距離はすぐに埋まり、

 

「――ッチ!!!!」

 

 塚井はそのまま、核兵器と正面衝突のような勢いで核兵器に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヒーローチーム、WIIIIN!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どちらの側にも禍根と反省点を残す。

 当然だ。まだ彼らの道のりは始まったばかり。

 甘さ。

 未熟さ

 何もできなかった後悔。

 何も考えられなかった苦悩。

 信念を守ろうとする意固地さ。

 信念を貫こうとする頑固さ。

 様々な物を残しつつ、この戦いはヒーローチームの勝利によって、幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本当はもっと長くしようかなと思いましたが、一度書いてあまりに冗長気味だなと考えたため、コンパクトに纏めました。
彼らは才能豊かな若者で、だが若者だからこそ、荒も何も目立つ。
無骨で無様な戦い方でしたが、如何だったでしょうか?
賛否両論あると思いますが、これが今の彼らの限界でもあるのではないか、と書きながら思いました。
では次回、今回のまとめに入りましょう。
それでいよいよUSJ編。
彼らがどのように行動していくのか、どうかお楽しみに。


次回! 八百万が何か言いたそうにしているようです。ワクテカしながら少々お待ちを。


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