plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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遅くなる……と思ったら、フルスロットルで書けました!
ただストーリーの都合上原作部分を全て再現するのは不可能ですし、望まれていないだろうなと思い細やかな部分は省略しました。
また多少「え、このキャラこんなこと言う?」「セリフ多すぎね?」などあると思いますが、これからも精進して行きますのでご勘弁を〜!!


それでは、本編をどうぞ。


episode3 燻る情動

 

 

「もういっぺん言ってみろクソ吊り目野郎ッ。

 俺がどう口先だけだってんだあ゛ぁ゛!?」

 

 狂犬のように睨みつけてくる爆豪に、振武も同じく怒りを露わにした目で睨みつける。

 ……ここで弁明させてもらえれば、そもそも振武はそう簡単に怒る人間ではない。これまで散々陰口は叩かれてきたし、面と向かって「ウザい」「クールぶりやがって」などと言われた事もあったが、それに対しては正直どうでも良かった。

 そんな余裕がなかったからだ。

 他人の罵倒に耳を傾けている暇があったならば、一回でも稽古を。より多くの鍛錬を摘むことこそ重要だったからだ。

 当然、それだけであったならば、いつも通り流せただろう。

 だが振武にとって実技試験は、とても重要なものだった。

 ある意味初めて、自分の信念の元行動出来た。それを目に見える形で認めてもらえた。鋭児郎にも協力してもらったのだ。

 それを否定するということは。

 自分自身の信念を、

 それを認めた周りの人たちも、

 大事な友人も、

 纏めて否定するに等しい言葉だ。

 爆豪からすれば軽い気持ちでの挑発だったのだろう。周囲から見れば、構ってやる値打ちもない安っぽい戯言だったのかもしれない。だがそれを許せば、それをテキトウに済ませてしまった自分自身を、後になって許せなくなりそうだった。

 

「そういう所だよ。こっちが適当にあしらってやってたのを、怖がってるからとか思ったか?

 てめぇみてぇに周りにゴタゴタ言うだけの奴なんてな、こっちは周りに飛んでる蚊蜻蛉くらいにしか思ってねぇんだよ」

 

「んだとゴラァ!?」

 

 振武のさらに煽るような言葉に、爆豪の沸騰したような怒りはさらに熱を上げ、振武を噛み付かんばかりに睨みつける。

 お互いに拳を作ってしまうほどの怒りを感じながらも、暴力を振るいはしない。

 ブレーキがかかっているからだ。

 先ほど言っていたように、振武自身は怒るという事をなかなかしない性格であるし、爆豪本人もある意味みみっちい部分がある。学校初日に問題を起こして、停学や退学の処置をされてしまえば、それこそこれまでの努力を台無しにする事になる。

 しかしどちらも引けない。

 振武は大事なものを愚弄されたと思い、爆豪は生来からくるプライドの高さから。どちらもお互いに譲ろうという気持ちにはならない。

 まだクラスメイト全員が知り合っていないこの状況で止めに入ろうとする人間はそう多くない。焦凍と魔女子は今の所傍観に徹し、百は振武の怒り方に動揺してしまい動けないでいた。

 理性と怒りのバランスがなんとか崩れていないからこその口喧嘩。

 しかし今に、それが崩れそうになっていた。

 

「上等じゃねぇか表出ろや。ぶっ潰してやるからよクソモブが!」

 

 爆豪の手から火花が散りはしめる。

 個性・爆破。どのような原理かはしらないが、手に触れた物を爆発させる。強力な個性だろう。

 

 

 

 だが触られなければ全く問題にならない。

 

 

 

「……やってみろよ、口先野郎が。

 人が勝ち取ったもんに文句言う奴は、どうされたってしょうがねぇよなぁ?」

 

 振武はそう確信して、拳を握り締める。

 一触即発。すでにバランスは崩れ始め、最後の理性も崩れそうになっている。

 そんな状況で動ける人間がいるとすれば、

 

 

 

「ちょちょちょ、何だよお二人さん!

 初日から何やってんだよっ」

 

 

 

 鋭児郎だけだった。

 鋭児郎は何とかこの場を収めようと、笑顔をとり繕いながらその間に入る。

 

「あ゛ぁ゛?……誰だてめぇっ!」

 

「さっき自己紹介しただろうが一瞬で忘れんなよっ。

 切島鋭児郎だっての!……つうか、2人ともその辺にしとけよ。折角縁があって同じ組になったんだ、初日から喧嘩とかやめようぜっ」

 

「うっせぇ!! てめぇには関係ねぇだろうが!!」

 

「同じ部屋にいるんだから大有りだっての! お前が動島を気にいらねぇのは分かってるけど、ようはこれから超えてきゃ良いだろうがっ」

 

 爆豪のイライラしたような言葉に、鋭児郎はフレンドリーに肩を叩きながら言う。鋭児郎のこのような快活さは、このような時にはかなり強い。爆豪の怒りは未だに収まらないものの、その矛先はすでに振武からずれている。

 頭の良いはずだが、案外単純な側面もあるのだろう。

 

「動島、お前も何キレてんだよっ。

 そりゃああいつの言ったことは許せねぇけど、怒ったってしょうがねぇだろう」

 

「……こいつは、俺とお前が協力してやった事を、苦労も知りもしねぇでケチ付けたんだぞ。

 そんな奴を許す気はない」

 

 鋭児郎の言葉に、振武は怒りの表情を引っ込めず、爆豪を睨みつけている。

 その言葉を取り消させる事くらいはさせたい。

 しかし振武のその気持ちを知ってかしらずか、鋭児郎は笑顔で振武の肩も叩く。

 

「俺の事もあって怒ってくれたってのは悪い気はしねぇし、お前は男らしいぜ。

 だけど、男らしいって事と見境いなしってのはちょっと違うぜ。ここで喧嘩したって両方良い事にはなんねぇだろ。

 俺は別に構わねぇから、取り敢えずここで収めとけって、な?」

 

 その言葉に、頭の中で滾っていた怒りの熱が徐々に冷めていく。

 先ほどは気が緩んでいた事もあって怒っていたが、冷静に考えれば明らかに安っぽく、くだらない事で怒っていたという事実が残るばかりだ。

 

(――ちっ、バカやった)

 

 冷静な自分が心の中で舌打ちする。頭の中で最後の防波堤になっていた理性が、残っていた感情を総動員して振武を宥める。

 自分の信念を、認めてくれた人を、友人を馬鹿にされた。それはどうしても許すことは出来ない。だがそれでも、ここで引かなければ、それこそ無駄になるだろう。

 自分の信念も、認めてくれた人も、友人も、自分がここまで辿り着く為に頑張ってくれた全ての人間の期待を無駄にする。

 

 

 

 それを考えれば、その一時は鉄さえも解かせるかもしれないと思っていた頭の中の熱は一気に冷めていき、残っているのは虚しさと自分に対する自嘲だけだった。

 

 

 

「……わりぃ、ちょっと冷静じゃなかった。本当に悪いな、切島」

 

「気にすんな。こいつ……さっきも名前教えてくれなかったから名前わかんねぇけど……とりあえず、俺が冷静にさせっから、お前は席についてろって、な」

 

「あ、あぁ」

 

 有無を言わさずと言わんばかりの鋭児郎の行為に、振武は小さく頷きながらも身を引く。

 

「ちっ、覚えてろよクソ吊り目野郎が! 格の違いっつうのをこれから先見してやっからな!」

 

「……俺が言うのもなんだがみみっちい奴だな。

 あと吊り目なのはお前も大して変わんねーだろうが」

 

「んだとゴラァ!!!」

 

「だぁ落ち着けって! 動島も煽るなっての!!」

 

「BUKKOROSU」と言わんばかりに睨みつけてくる爆豪を押さえつける鋭児郎に促され、振武はそろそろと百達の元に戻っていく。

 ……鋭児郎はかなり強引に事態を収拾した。普段であれば、もう少しお互い納得させた上で平和的に解決させようとするだろうが、今回はそうも言っていられない。

 

(個性なしだと、普通に動島の圧勝だろう。そうなりゃ後は個性使ってのガチンコ勝負だ、流石に洒落じゃ済まなくなるぜ)

 

 動島振武の実力を、鋭児郎はちゃんと理解している。なにせ同じ試験会場にいたのだ。個性をほとんど使用せずに仮想敵を倒す彼の実力は本物だ。

 目の前で怒りを鎮めながらも相変わらずイライラを隠していない爆豪も入試一位と言うからには、かなり強いのだろう。だがそれは個性を使用しているという大前提。いくら体を鍛えても、振武のような武術家真っ青な力を持っているとは思えない。

 百歩譲って殴り合いの喧嘩だけならまだしも、爆豪が個性を使い始めたら振武も使うだろう。そうなれば喧嘩の枠に収まらない。

 勿論、友人である振武の為という部分は大きいが、それと同時に鋭児郎は爆豪をも守ったという事だった。

 

(にしても、賑やかなクラスだぜ、1年A組。楽しくなりそうだ)

 

 能力としての個性ではなく、人格としての個性が強いのも、またヒーロー科ならではだろう。

 鋭児郎は爆豪の機嫌をとる為に話しながら、そんな風にこれから先の事に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

「貴方は馬鹿なんですか、振武さん」

 

「八百万さんと同意見です。いくら何でも行動が無茶苦茶です」

 

「………………」

 

「面目ない……」

 

 鋭児郎に無理やり追い返された振武が待っていたのは、仲間からの説教だった。

 百は分かりやすいほど怒っている。振武を心配しての怒りなので怖いと感じる程ではないが、逆に申し訳なさを掻き立てられる。

 魔女子はそれほど表情に違いがあるわけではないが、それでも言葉の端々から呆れと「しょうがないですね」と少し疲れたような印象が滲み出て、頭が上がらない。

 焦凍は相変わらず一言も喋らないが「馬鹿が」と言っているのが目を見れば分かっているので何も言い返せない。

 唯一一緒なのは、振武が彼らの元にやってきた瞬間正座を強要したのと、以来5分間この状況だということくらいだろう。

 クラスメイトも殆どがこの状況で教室内に正座をしている所為か、奇異の目で見られているような気がして、振武はどうしようもない居心地の悪さを感じていた。

 

「振武さんはもう少し冷静な方だと思っていましたわ。それがあんな安い挑発にのるなんて……振武さんのお気持ちは理解できますが、もう少し自重してくださいな」

 

「あぁ、悪い。俺もちょっと冷静じゃなかったわ」

 

 今にして思えば、くだらない話だ。

 他人から見れば安い挑発に乗ったように見えるだろうし、ここで説教をされる事はしょうがないと思っている。

 振武も、反省していないわけではないのだ。

 

「まぁ、動島さんは頑固で無謀ですが、馬鹿ではありません。

 本当の喧嘩にまで発展する事はないと思ってはいましたが……今回はあの御友人に救われた形ですね。後で改めてお礼を言いましょう」

 

 魔女子も焦凍も短い付き合いではない。振武の性格は理解できているつもりだ。

 自分の考えを曲げず、その為にどんな努力もどんな無茶も惜しまない。しかし無茶をする時はあっても、冷静で頭が回る面もある。そんな振武が、学校の初日にクラスメイトと本気の喧嘩をする事はないだろう。

 むしろ問題なのは爆豪の方だった。

 2人とも爆豪の事を知らない為、下手に割って入って問題を大きくややこしくする可能性だってなかったとは言い切れない。

 だからこそ傍観という選択だったのだ。

 

「なんか、塚井は俺の事年下みたいに扱ってない? いや、礼は言うけどさ」

 

「あんな安い挑発に乗っている時点でお子ちゃまです。まぁ女性は総じて精神年齢が高いですから、男の子とは違います。ねぇ、轟さん」

 

「……そこでなんで俺に振るんだ」

 

「さぁ何ででしょう」

 

 中学校時代からの友人である2人は極めてマイペースに話している。

 しかしつい最近再会したばかりの百はそうはいかなかった。

 

「全く振武さんは、そりゃあ怒った姿も素敵でしたが……いえそういう問題ではありません。

 とにかく、今後はこんな事をしませんようにお願いします。」

 

 前半部分は上手く聞き取れなかったが、後半部分はよく聞こえた。

 その百の言葉に、振武は正座から立ち上がって頭を下げる。

 

「あぁ、気をつける。心配かけたな、すまん」

 

「べ、別にそこまで謝る必要ありませんわ。私ももう少し強く止めれば良かったんですから」

 

「いや、俺がもうちょっと心をしっかり持っていればこんな事には、」

 

「いえ私の方こそ、もう少し配慮していれば、」

 

「いやいや俺が、」

 

「いえいえ私が、」

 

 堂々巡りだった。お互い遠慮し合っているのか、どんどん話がもつれていく。

 

「なんてベタな事をしているんですかお二人とも。

 立ったままそんな事をしている暇があれば、とっとと座ってください」

 

 心なしか魔女子の目が冷たく感じ、仕方ないと2人とも席に座った。ちょうど前後ろ、百が魔女子と、振武が焦凍と隣り合うように座る。

 ……隣を向けないのは難点だった。

 振武がチラリと隣を向くと、その目線に気付いた焦凍はプイッと目線を窓の外に向ける。まるでその子供のような動作に、振武は小さく溜息を吐いた。

 先ほど喧嘩をしていた振武が言うのもなんだが、少し子供っぽい。

 

(……でも、この位置関係って悪くないかもな)

 

 目線を前にすれば、魔女子と百が談笑をしている。これから学校生活をどうしていくのか、先生は誰が来るのか。百は初めてちゃんと魔女子と話すからか若干緊張しているようだが、魔女子の方はマイペースに話している。

 焦凍はいつも通り自分を無視するものの、そばにいる事を嫌がるほどではない。案外、焦凍もこの態度で引っ込みが付かなくなっているだけなのかもしれない、と思えばゆっくり待ちの姿勢でも良いのかも知れないと、少し落ち着く事が出来る。

 本来の席はもっと4人が離れたものになってしまうのかも知れないが、同じクラスなのだから一緒に行動出来る機会は多々あるだろうう。

 ……雄英高校初日。

 スタートは順調とは言えないが、これからこの4人で一緒にいれるなら、とても良い気分だ。

 

 

 

「だから言っているだろう!

 机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないとは思わないのか!?」

 

 

 

 不意に聞こえてくる声に、ビクッと体を揺らして振り返る。

 爆豪の席に、1人の少年が立っていた。

 メガネをかけた大柄の彼は制服着崩さずにしっかりと着ていて、髪を整えている。まさしく生真面目を絵に描いたような人物。

 

「またあの金髪の彼ですか、凝りませんね……ところで、私あのメガネの方に酷くデジャヴを感じるのですが、どこかでお見かけした事ありましたっけ?」

 

 魔女子の言葉にしばらく少年の姿を凝視しながら悩むと、すぐに答えは出た。

 実技入試説明の折、司会であるプレゼント・マイクに質問していた男子生徒……というだけではない、原作で名前が出てきていたはず。確か名前は……飯田、だったかな?

 

「思わねーよ、てめーどこ中だよ端役が!」

 

 先ほどの事を全く学んでいないのか(もっとも今回は怒っているというよりは、相手を舐めているという印象が強い)、相手を煽るような発言をする爆豪。

 漫画で見ていた時はそこまで思っていなかったが、もうあのような態度は彼の性格というより習性なのかもしれない。そう考えれば、彼に対して怒りを感じ続けているのもバカバカしくなってくる。

 

「ボ…俺は、私立聡明中学出身、飯田天哉だ」

 

 やはり飯田、飯田天哉だ。

 聡明中学といえば、かなりの優等生しか通えないエリート校だったはずだ。当然、振武達が通っていた学校も私立であり聡明とも引けを取らない学校だが、学力的な面を見れば聡明中学の方が上だろう。

 

「聡明ですか、流石にああいう人も来るんですのね。聡明中学といえば、かなりの有名校ですよ」

 

「いや百、お前の学校も相当だからね」

 

 学校へ来る途中話した時に百の学校も聞いていたが、堀須磨大付属中学校といえば、エスカレーター式の学校だ。中学・高校・大学と一貫してヒーロー学を学ばせたりする有名学校。聡明中学とは少し違うが、優等生ばかりの学校だ。

 

「わ、私は大した事はありませんわ。

 ヒーロー科という点で言えば、この雄英高校に優る学校はありませんし」

 

「そっか、だからこっちに来たんだな。流石だな、百」

 

 普通にヒーローになるのであれば、そのままエスカレーターで登っていけば楽だろう。敢えて困難な道を歩むあたり、流石百とも言えるだろう。

 

「い、いえいえ、雄英高校に入るというのは、トップヒーローを目指す上で大事ですから」

 

 顔を真っ赤にしながら謙遜する姿も、可愛らしい……いかんいかんと、逸れた思考を必死に振り払う。

 彼女だってヒーローを目指す為にここに来たのだ。女の子扱いは良くないし、クラスメイトに邪な気持ちを持つことはあまり良い事ではない。

 

「あのっ…本っ当あなたの直談判のおかげでっ、ぼくは、その……」

 

 入り口から声が聞こえてくる。

 聞き慣れている声。視界に入る緑色のもさもさ頭。

 緑谷出久。この物語の主人公、試験前に会えた彼も、この学校に合格したようだ。

 

(良かった。受かったんだな)

 

 小さい安堵の溜息を吐いた。

 彼は物語の主人公だ。受からないということはないとは思ったが、ここはあくまで現実だ。彼がうまくいかない可能性も考慮していたのだが……それでもやはり、折角話した人間が受からないというのは振武だって良い気持ちはしない。

 ひとまず安堵、と言えるだろう。

 そう思っていると、

 

 キーン…コーン…カーン…コーン…

 

 チャイムの音がする。

 その音に体が無意識に反応し、気が引き締まる。

 授業がないとはいえ、あくまで気を引き締めなければいけない。それに、もし自分の記憶が間違っていなければ、授業はなくても――、

 

「あ、あの、振武さん……誰か入ってらっしゃったんですが……」

 

「あれは……」

 

「なかなかパンクですね、あの格好で入ってきますか。歩き辛くはないんでしょうか、あれ」

 

 唐突に周囲がざわざわし始める。

 教室の入り口には……形容するならば、芋虫のような姿の男性が入ってきていた。寝袋に包まれながら歩くその姿は、とても普通とは言い切れないだろう。その人物もまた、振武が知っている人間だった。

 相澤消太。

 この1年A組の担任になる、抹消ヒーロー《イレイザーヘッド》。原作一巻でも登場したプロヒーロー。自分の母とも繋がりがある人だというのは情報で理解しているが、直接話したりした事はない。

 母の葬式の時にやって来ていたのは遠目からも見ているが、あの時の振武は憔悴し切っていて誰とも話す気力は湧かなかった。

 

(まぁ向こうが覚えている可能性はないんだが……まぁ実際覚えていたとしても、何を話して良いか分からないし)

 

 母の話をするのか?

 ありえない。

 振武はここに昔話をしに来たわけではない。母を知っている人間と話すということが嫌なわけではないが、あの教師はあまり無駄話を好むようには思えない。

 それにどちらにしろ……自分はここにヒーローになりに来たんだから。

 

「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。

 時間は有限、君たちは合理性に欠くね」

 

 寝袋を脱ぎながら相澤が言った言葉に、振武と動じない焦凍と魔女子、そしてどうでも良さそうにしている爆豪以外の18人の生徒達の心は1つになった。

 

((((((((((((((((((先生!!?))))))))))))))))))

 

 マフラーのように巻かれている布が唯一目立つ部分で、それ以外は全て地味だ。黒く簡素なスーツ、無精髭と長い髪は野暮ったく、目には正気がない。

 初見で教師……ひいてはプロヒーローと思う人間はいないだろう。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

((((((((((((((((((担任!!?))))))))))))))))))

 

 またも、殆どの生徒の心は1つになった。

 

(いやいや、流石にそこは気付けよ)

 

 この教室に入ってくる時点でそうだろう、と思いながら苦笑した。

 最初からこれだけ心が1つになっているあたり、このクラスは悪くはないのだろう。

 

 

「ず、随分個性的な、かたですわね」

 

「八百万さん、私は別に良いと思いますが、声が震えていますよ?」

 

 百の動揺している姿を見れば、普通の観点から見れば彼が教師らしくないと思われているというのが分かる。振武も原作知識がなければ、同じように驚いていただろう。

 一応、ヒーローも人気商売の側面がないとはいえない。

 勿論メインは治安維持。あのように割り切るのもアリだと思う。

 

「早速だが、体操服(コレ)着てグラウンドに出ろ」

 

 寝袋が取り出されたのは、雄英高校の体操服だ。パンフレットで見た通りのデザインなので、そこに問題はないはずだが、皆不安げにざわざわと騒ぎながらも、一列になって相澤から体操服を受け取り始める。

 入学式やガイダンスのみだと思っていたのだから、動揺するのも無理はない。

 振武はそう思いながらも、百達や他のクラスメイトと同じように、大人しく並び始める。

 

「あれ……もしかして、動島くん?」

 

 並んだちょうど前には、出久がいた。振武の顔を見ると、嬉しそうにこちらに話しかける。

 

「おう、入試以来だな、緑谷。

 お互い合格出来たみたいで良かった」

 

「そ、そうだね! まぁ僕は、実力通りって程でもなかったかもしれないけど」

 

 振武の言葉に大きく頷いた後、少し困った顔をする。

 救助ポイントがあったからこそ入学できたが、そうでなければ出久は雄英に入る事は確かだろう。もっと言ってしまえば、オールマイトに個性を貰わなければ、そもそもこの舞台に脚を踏み入れる事すら出来なかったかもしれない。

 と、思っているのだろうな、と振武は出久の顔を見て苦笑する。

 

「おいおい、折角雄英に入ったんだ。結果がどうあれ、それは良い事じゃん。

 何にか不満があるなら、それこそこれから頑張っていきゃいいさ」

 

 振武はそう言いながら出久の背中を叩く。自身ではそれほど強く押したつもりはなかったが、出久からすればそうでもない。少しよろめき、思った以上の衝撃にビックリしながら笑顔を浮かべる。

 

「そ、そうだね……あ、あの時はありがとう!

 動島くんが助けてくれなきゃ、僕は筆記すら受けられなかったかも、」

 

 ――気にしていたのか。

 あのライバルしかいない状況での事を、そのようにさも大事そうに覚えているあたり、お人好しなのだろう。思わず破顔しながらも、振武の心は少し穏やかになった。

 爆豪の事で多少心がささくれだっていたのだが、それも緩和されたように思える。

 人の心を和ませるのもまた、ヒーローの素地の1つだ。見習わなければと、心の中で反芻する。

 

「ハハッ、まだ気にしてたのか。

 まぁ、それなら今度飯でも奢ってくれや。ここの飯ってランチラッシュが作ってくれるんだろう? どれも美味そうで、ちょっと楽しみなんだよな」

 

「っ、うんっ!!」

 

 振武の言葉に笑顔で頷くと、順番が回ってきた時に気付かないと困るからと、出久との会話はそこで終わった。

 さて、これから個性把握テスト。

 どのような成果を出せるかで、相澤の目も変わるだろう。

 

「……度肝抜かせてやる」

 

 自分にだけ聞こえるように小さく呟いたその声が、振武自身の気持ちを引き締めさせる。

 自分の今出せる全力を見せる。

 誰にも文句を言われない為にも。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 動島振武との思わぬ再会は、出久にとってとても嬉しいものだった。

 最初は怖い人たち2トップに遭遇して不安になったものだが、良い人――麗日という名前だったような気がするが、さすがに自己紹介されてもいないのに女子の名前を呼ぶ根性は、出久にはない――や、振武と同じクラスだったと知れただけでも嬉しい。

 何せ憧れの雄英高校。その初日だ。

 あのくたびれた印象を持つ教師や、いきなり体操服を着る事を指示された事には驚かされたが、もしかしたら雄英独自の方法なのかもしれない。

 

(とにかく、頑張るしかないよね、うん)

 

 拳を作り、皆と校庭に向かいながらも自分の心に気合いを入れる。

 

「おい、クソナード」

 

「ひっ!?」

 

 聞き慣れた声に、思わず身をよじる。

 爆豪勝己。

 自分の幼馴染であり、つい最近まで自分をいじめていた、出久の中でも怖い人達その①だ。オールマイトに出会ったあの事件以来何もしてこなくなったが、その恐怖が体に染み込んでいるせいか、条件反射で思わずビビってしまう。

 この癖なんとかしたいな……と思う反面、出久の中には疑問が生まれていた。

 最近では滅多に自分から話しかけに来なかった勝己。勿論顔を合わせれば「死ね」や「殺すぞ」などの殺伐とした言葉のオンパレードだが、背曲的には絡んでこなくなった。

 それが今、勝己の方から話しかけてきている。

 

「なっ、何かナっ、かか、かっちゃんっ」

 

 震える声を無理矢理抑えながら話すと、勝己はその鋭い眼光で出久を睨みつけながら、

 

「テメェ、あのクソ吊り目と知り合いだったのか」

 

 訳のわからない言葉が飛び出してきた

 

「? クソ吊り目って……もしかして、動島くん?」

 

 一瞬誰の事か分からず反芻すると……思い当たる相手が1人しか出てこなかった。確かに振武の目はつり上がっている。

 もっとも勝己のように怖い印象を受けるというよりも、どちらかと言えばクールな目をしていると言った方が良いように出久には思える。さらに考えれば、振武はよく笑っているのであまり吊り目という印象自体乏しい。

 

「他に誰がいるんだっつうんだアァ?……チッ! まぁ良い。それより、テメェがなんでアイツと知り合いなんだ」

 

 一瞬強い声を上げそうになるが、流石に勝己も教師のいる時にそれは出来ないと思ったのか、少し声のボリュームを落としながらも、隣を歩く出久に詰め寄る。

 

「なんでって……筆記試験の直前に、僕ちょっと迷子になっちゃって。動島くんに助けてもらったんだ」

 

 あの時の事は今でもはっきり覚えている。

 同じ場所での試験だったとはいえわざわざライバルである(もしかしたら振武はそう思っていなかったのかもしれない)自分を案内してくれて、勝手に応援する自分に頑張れと言ってくれた。

 事情を知らなくとも、自分の努力を認めてくれた。

 あれだけ鮮烈な試験を終えてもなお、忘れる事はなかった。

 

「チッ、そういう事か……ったく、テメェの事なんざそのまま見捨てりゃ良かったのにヨォ。

 あいつは、つくづく俺の邪魔ばっかしやがる」

 

 苛だち混じりの舌打ちをする勝己の表情は、本当に怒っているように見える。その事が出久はさらに驚いた。

 勝己は他の人に言わせればいつも怒っているように見えているのだろうが、幼少期から一緒にいる出久からすればそんな事はない。確かに不機嫌そうに見えるのは確かだが、本気で怒っている時とそれほどではない時の区別くらいはつく。

 まぁだからこそ、出久に対しては本気で苛立っているのが分かって凹むのだが、それは今は置いておこう。

 今日初めて会ったはずの動島振武に、爆豪勝己は本気で怒っていた。

 

「……何か、あったの?」

 

 こちらにその怒りが飛び火するのも覚悟の上で、思わずそう聞くと、勝己はすぐに怒鳴り返そうと口を開くが、数度口を開け閉めするだけで怒鳴りはしない。

 ただ一言、

 

「……アイツ、実技試験が俺と同じ、1位だったんだよ」

 

「えっ! ほ、本当に!?」

 

 思わず聞き返してしまう。

 勝己の実力は十分理解していたので、入試1位に疑問はない。きっと仮想敵を爆発させ続け、他の追随を許さなかったのだろうと容易に想像できる。

 驚いたのは、動島が勝己と同じ順位だということだ。

 努力を積み重ね、頑張ってきたんだろうなと直感でなんとなくは思っていたが、そこまで強い人だとは思っていなかったのだ。

 勝己はそのチンピラ風の性格で(本人に直接言えば間違いなく殺される)損をしている部分ははあるが、その個性と思考能力はプロにも通用するほどだ。いつも勝己を観察していた出久だからこそ、その強さの本質を理解出来ている。

 かっちゃん(幼馴染)と同じレベルの実力。

 そんな人間がやってくるのだから、流石雄英だろう。

 

「チッ、あの野郎……テメェもそうだ。どいつもこいつも俺の邪魔しやがって……」

 

 そう言うと、いきなり勝己は出久の首を掴む。

 爆発させる相手を逃さないために鍛えられた握力はまるで万力を負わせる力で、出久の首を絞める。

 

「ぐっ……かっちゃ、」

 

 

 

「おい、よく聞けデク、クソナードよぉ。俺はテメェなんざに眼中にねぇ。あの動島って奴もだ。

 ――両方俺が潰してやる。そのクソ細い首丁寧に洗って、待っとけクソがっ」

 

 

 

 憎悪で煮え滾った声でそう言うと、すぐに勝己は出久の首を解放する。

 一気に入ってくる酸素に、小さく咳き込みながらも、用は済んだと言わんばかりに先を歩き始める勝己の背中を見る。

 

 ……いつものかっちゃんらしくない。

 

 出久の頭の中で、そんな言葉が反響する。

 他人を端役(モブ)としか考えていない勝己は、他人に興味が全くない。幼馴染である出久本人は例外としても、その他の人間は総じて「モブ」だ。自分を引き立たせる存在としか認識していない。

 そんな人間がどんな事を言おうが関係ない。

 前を塞ぐ者は潰す。

 付いて来る者は勝手にさせる。

 それが爆豪勝己の本来のスタイル、だったはずだ。

 それが今回、動島振武にだけは今まで他の人に見せた事もない感情を露わにしている。

 あれは恐らく、

 

(……凄いな動島くん。かっちゃんに対抗意識を持たれてるじゃないか)

 

 出久は少しだけ、羨ましさを抱く。

 自分の幼馴染。

 自分の側にいた、凄いヒーロー。

 個性を得てからは……並び立ちたい、超えたい存在。

 そんな人間から対抗意識を向けられている彼が、羨ましかった。

 

(――いや、僕だって、負けないっ!)

 

 真っ直ぐに前を見据える。

 自分の少し前を歩く勝己の背中と、そのさらに向こうを歩いている、動島振武。

 憧れ続けた存在と、尊敬出来る存在。

 どちらも、今はもう憧れるだけの存在ではない。

 出久が努力し続ければ、届くかもしれない位置にまで来た。オールマイトに、母に、全ての人に背中を押され、ここまで来れたのだ。

 諦める気は、出久にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何だったでしょうか。
感想で多く「喧嘩したら振武くん勝つんじゃね?」と言われていましたが、その可能性を察して切島くんが止めてくれました! 流石切島くん。
納得出来ない方も少しいらっしゃるかなと思い、一応本編の中で振武くんの怒った理由などが語っていますが、怒りの感情はあくまで振武くん独自のものです。納得出来ないという方には申し訳ないのですが。

これからも鋭意努力して行きますので、皆さんどうかよろしくお願いします。


次回!(前回忘れててごめんね!) 振武くんがなんか壊しちゃうぞ!! 気分で待て。


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