毎度毎度弱音を吐くようで大変恐縮ですが、いちいち「大丈夫かな?」と思いながら書いております。
こういう自信はなかなか自分に根付かないものです。
それでは、本編をどうぞ!
雄英高校の最寄り駅。普段なら多種多様な人々がいるのだろうが、今日に限っては、多種多様でも「中学三年生」に限定されている。
色とりどりの様々な制服姿の少年少女が歩いていて、最後の復習として参考書を読んでいる者もいれば、同じ学校の受験者と談笑する者も、1人で歩いている者もいる。
中学三年生というもの以外に共通点を探すとすれば、強弱の違いはあれ緊張しているという所だった。皆地元では優秀だと褒めそやされている事も多いのだろうが、雄英は優秀な〝だけ〟で入学出来る程生易しいものではないだろう。それはヒーロー科のみならずどの科でも同じ事。
皆それをどこかで感じているからこそ、緊張しているのだ。
もっとも、今雄英に向かって歩いている振武は、そう強く緊張しているわけではなかった。もともとあった緊張は祖父との手合わせのインパクトと、一応免許皆伝を貰えたという自信によって吹き飛ばされた。
そして、これから合流する相手に会えば、きっと残っている体の硬さも解れるだろう。
そう思って歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
「おう、塚井おそ――」
プニッ
「……いやなんでだよ」
思わず突っ込んでしまった。
実に古典的、しかし王道なドッキリ。肩を叩いた手の人差し指を突き出し、相手の頬に突き刺すという、振武からすれば心底くだらないと思う行動。
それを真顔でやれてしまうあたりが、友人である塚井魔女子の良い点であり、同時に悪い点だった。
「ジョークです。緊張しているであろう動島くんの心を解してあげようと思いまして」
「そういうお前は緊張してないのな」
「そう見えるのは外側だけです。内面はおろおろしっぱなしです。
筆記は全く心配していませんが、実技が心配です。私の個性が不利になるようなものでなければ良いのですが」
そう言いながら、後ろにいた魔女子は振武の隣を歩き始める。
3年生の時間の大半を親しくしていた所為もあってか、塚井の突発的な行動にも慣れてしまった。少し前なら真顔で冗談を言われても愛想笑いしか返せなかっただろうが、今の振武は動揺しない。
「まぁ、上手くいくだろう。塚井は頭が良いんだ、どんな状況でだって何か出来るだろう」
「……気楽に言ってくれますね。私的には振武くんのような直接的な攻撃力のある個性の方が羨ましいです。自分の個性は嫌いではありませんが、こういう時に不安を感じます」
「いやいや、十分強いだろ」
索敵や1人で集団戦闘を行えるなど、それだけでも優秀だ。おまけに生み出す動物を変えればあらゆる状況に対応出来るのだから、ヒーローとして活躍する場も多いだろう。
「まったく羨ましいよ。俺もそういう万能性がある個性が欲しかったなぁ」
空を見上げれば気持ちの良い晴天だ。空気は少し冷たいが、気温が低いおかげで突き抜けるような青空だ。それを見て、振武は思わず笑みを深める。
「……動島くんは、変わりましたね」
そんな振武の横顔を見て、ポツリと魔女子が呟く。
「昔は鬼気迫る所があったというか、妙に硬い感じでしたが。
今はとても柔和です。弱いというわけではなく、逆に良い意味で余裕というか。私にも敬語をやめてくださいましたし」
「そうかな? そう変わらないような気がするんだが……話し方に関しては完全な気分だし」
「全然違いますよ。昔は「俺はお前らと違って忙しいんだ邪魔するな」のオーラが滲み出ていましたもん。新手のイメチェンかと思いました。
ほら、あれ以来動島くんに話しかけてくる方が増えたでしょう?」
……言われてみれば、と納得する。イメチェン云々はさておき。
あの事件で振武だけではなく焦凍や魔女子も一躍時の人になった。何せ学校の生徒と教師を(非公式ながらも)助けたのだ。一応事件の当事者達以外には秘されているが、それでも事情を知っている人間は3人を賞賛した。
その影響で、声をかけてくる者が増えたという側面もある。相変わらず忙しかったので全てに付き合う事は出来なかったが、昔より遊びに行く時間は格段に増えた。
「下級生女子から同級生女子まで皆さん言ってました「昔より表情が柔らかくなって素敵」って」
「その割に、告白される事はなかったけどなぁ」
唯一何もなかったと言えば恋愛面だろう。
女子に話しかけられる事も増え、魔女子のように友達になる女子は多かったが、告白どころかフラグさえ見えなかったように思う。だが振武の言葉に、魔女子が珍しく呆れ顔になる。
「告白がなかったからモテないというのは、大きな誤解です。良いですか、女の子は基本的に打算的です。勝てる勝負しかせず、恋愛面に置いては絶対大丈夫という自信がある時に告白という手段を使います、ようは最後の一押しです。
動島くんは、夢を追いかける事に一心不乱で、その姿に好感を持つ方が多かったんですよ。だから見守ろうという姿勢を崩さないという暗黙の了解が成立したんです」
「……女子の本音すげぇ」
打算的というのはなんとなく分かるが、見守るとはどういう事なのだろう。振武だって男だから別に、告白されて悪い気はしない……魔女子の言う通りだし、結局は付き合わなかったように思うが。
鍛える事は楽しかったし、自分がやりたい事のための努力はやりがいを生む。
それに前世も計算に入れるなら、中学生に手を出したら完全にロリコン扱いされる年齢なのだ。今の自分と前世の自分は別人だが、地続きであると認めてしまった現在では、抵抗感は低くともない訳ではなかった。
もっとも事情を知らない人間に話す気は欠片もないので、
「――でもまぁ、そんなもんなのか」
と返すだけに留めた。
「そんなもんです」
魔女子は振武の反応を気にしておらず、いつも通り返す。
「……でもそういう意味じゃあれだよな、塚井も変わったよな。
前はヒーローになるなんて言ってなかったのに、急に変わるんだから」
振武だけではなく、クラスメイトも教師陣も驚いていた。
魔女子はいつも『経営学でも勉強して、実家の手伝いでもします』と言っていたからだ。他の人間よりもヒーローというものから一歩引いた態度が基本姿勢だった。ヒーローになりたいと考える人間を馬鹿にせず否定もしなかったが、「私はあまり興味がありません」というのがハッキリと分かるくらいだった。そんな魔女子の心変わりは少なからず驚かされた。
「曲がりなりにも実戦を経験しましたから。興味がわいたんです」
「そうか。お前なら凄いヒーローになれるだろうしな。
頭もいいし、探偵ヒーローとかどうよ?」
ヒーロー飽和社会と言われているが、捜査というのは今でも警察の仕事だ。
だが、索敵や諜報活動に向いている個性を持っているヒーローも事実いる訳だし、そういう点での捜査協力なども、現代では珍しい事ではない。敵を倒したり災害救助だけがヒーローの仕事ではないのだ。
「探偵……は流石に難しいのでは? 捜査協力はさておき、推理をご披露する程頭脳明晰ではありません。シャーロックのようにぶっ飛んだ発想と膨大な知識量がある訳でもなし」
「そうかな、俺は割と似合うと思うけど」
探偵ヒーロー・塚井魔女子。いつもの真顔で「貴方が犯人です」なんて言われた日には、そうでなくても頷いてしまいそうだ……犯人でもないのに犯人だというのは、それはそれで犯罪なのだが。
「似合う似合わないではないと思いますが……ところで、動島くん」
「なんだ、塚井」
「――轟くんとは、仲直り出来そうですか?」
その言葉に、振武は何も返せなかった。
……あの事件以来、焦凍とは殆ど話していない。何度か魔女子が昼食を誘ってくれて同席する事はあるが、頑なに振武とは話そうとはしない。
当然だ。あんな話をして嫌われるのは解っていた。むしろ顔も合わせないだろうなと思っていた手前、一緒に食事をとるくらいは構わないといった態度なので、驚いているくらいだ。
もしかしたら焦凍の中でも、振武の言葉に思うところがあるのかもしれない。
そう思う事にしている。そうでも思っていないと、あんな約束はできないからだ。
「……まぁ、もう暫く無理そうだな。
悪いな、迷惑かけてるみたいで」
「いいえ、お気になさらず。私がお節介なだけですから。
折角苦難を乗り越えた仲間同士なんです。もしかしたら、雄英で同じクラスになれるかもしれません」
「そうなったらそうなったで、大変そうだけどな」
魔女子の言葉に苦笑する。
同じクラスになっても、焦凍はあの態度を崩さないんだろうな、と振武は思った。どちらの主張にも妥協点はなく、意志が強いのはお互い様。再び仲良くしようとするのは、どちらかが折れなければいけない。
どちらの主張を押し切れるかの、真剣勝負。
負ける気は欠片もない。
「……男の子ですねぇ、動島くんも轟くんも。どちらも頑固で素直じゃありません。
ところでご存知ですか? 推薦入学をする方は、希望すれば一般入試での実技試験を見学することも出来るそうです」
ずっと隣を歩いていた塚井は、トトトと振武の前に駆け出し、振り返る。
その顔は魔女子には珍しい、イタズラをする子供のような得意げな笑み。
「今日、見に行くと言ってらっしゃいましたよ」
誰が、とはあえて言わない。話の流れで誰が見に来るかぐらいは訊かなくても分かっているし、訊いてしまうのは野暮だ。
「そうか……んじゃ、気合い入れてカッコいいとこ見せなきゃな」
◇
雄英正面入り口。それはパンフレットの写真を見て想像していたものよりも、ずっと大きく立派だった。ヒーロー育成という観点において頂点と言われている学び舎。
動島覚が通った高校。その事実だけでも感慨深い思いに浸れる。
振武は今1人だ。先ほどまでは魔女子も一緒に門や校舎を眺めていたのだが、『私は筆記会場が少し離れた場所のようなので、お先に失礼します』と言って先に校舎の中へ入っていった。
(試験受ける人数だけでもかなりだもんな、試験やる場所だってばらけさせないとな)
何せ筆記に関してだけ言えば、普通科やサポート科、経済科だけを受験する人間もいる。いくらヒーロー科が目立っていても、他の科だって最高峰だ。その所為で筆記を受ける受験生達を考えれば、1つの講堂や大教室に収まるレベルではないだろう。そんなことを考えながら、自分も校門をくぐり、校舎に向かって歩く。
振武の通っている中学校も私立なだけに、学校としてはかなりの広さを持っているが、パンフレットを見る限りではここから見える場所だけでも雄英のほんの一部だ。まるで高層ビルのような校舎と門がただの玄関先なのだから、全体はどれほど広いのか想像出来ない。
「迷子になりそうだな……つか、迷子になる奴いるよな、これ」
案内の看板など置いてあるものの、これだけ広いとトイレを探すだけで一苦労で、トイレから戻るだけでも記憶力を試される。
多くの下駄箱が並んでいる場所で靴を履き替えてから廊下を覗こんで見れば、教室の扉は2、3メートルほどの大きさだ。一瞬無駄にでかくないかと思ったが、異形系個性を持っている生徒もいるのだからこれくらい無いと通れない者もいるかと納得出来る。
「さてっと、確か第二講堂だったよな……というかなんだよ第二って、講堂って2つも3つも必要なのかよ」
受験票を提示された時に渡されたパスは右胸に付け、同じく渡された案内用紙を見ながら学校内を歩く。外よりも中の方が人も多いが、廊下が広いため歩き辛さのようなものは特に無い。
振武の指定されている第二講堂は少し歩いた先だが、早く到着した事も相まって、まだ時間には余裕がある。と言っても、今日は観光で来ている訳ではない。なんの用事もなく校舎内をウロウロしていればカンニングや不審者など、余計な嫌疑をかけられないとも限らない。
トイレも先ほど済ませたので問題ない。喉も別に渇いていない。朝食は済ませているから腹も空いていない。
「とりあえず、指定されている教室に向かうしかないな……」
肩からずれてきたカバンを背負い直し、改めて歩き始めたところで、
「……あの、すいません」
突然声をかけられた。
振り返ってみれば、そこには少し気が弱そうな少年が立っていた。
緑色のもさもさした癖毛は妙に自己主張していて、同じような緑色の眼はどこか情けなく目尻を下げている。ソバカスも、どこか申し訳なさそうな表情も気の弱そうな雰囲気を強めているようで、一目見て彼を大人物だと考える者はいないだろう。
少なくとも、振武以外は。
「第二講堂ってどっちでしたっけ? 慌ててトイレに行っていたら、道覚えられなくて」
『僕のヒーローアカデミア』。おそらくこの世界を描いている漫画の、
自分が見た事がある主人公が、
迷子になっていた。
「ごめんね、一緒に行こうって事になっちゃって。
荷物講堂に置いてきちゃって、案内図とかもそこに置いちゃって」
「気にしなくていいよ、どっちにしたって俺も行こうとしてたんだし」
2人で歩きながら談笑している……ものの、振武の心の中は穏やかではなかった。
会っちゃったよ。
遭遇しちゃったよ。
つか同じ場所で筆記かよ、実技試験の会場まで被ったらそれはそれでややこしいぞ。
すでに自分でも反芻した事だが、振武は前世で『僕のヒーローアカデミア』を殆ど読んではいない。よって何となく世界観、超序盤のストーリー、数人のキャラクターを知っているだけ。ある意味「知らない世界に転生してきた」のに毛が生えた程度でしかない。
無論主人公である緑谷出久の事は覚えていたが、まぁ雄英のヒーロー科に入学すれば会えるかもなぁ、という程度の認識でしかなかった。
こんな所で会ってしまうとは思わなかった。
一応自分の勘違いなのかどうかの確認も兼ねてお互い自己紹介をしてみたのだが、笑顔で「緑谷、い、出久です、よろしくっ」と言われてしまった。
「焦凍の時もそうだったし、最近そんなんばっかだなぁ……」
「? 何か言った?」
「あぁいや何でもない、ただの独り言。えっと、緑谷、だっけ? 同じヒーロー科志望なんだ、多少の事は迷惑なんて思わないよ」
振武が誤魔化しつつそう言うと、出久は誤魔化されたとはまるで気付かずに苦笑する。
「ありがとう、でも、僕自信がないというか、いや自信はあるというか……と、とにかく、緊張しちゃってさ」
――まぁ「ちょっと前までは無個性で自信がなかったけど、今朝オールマイトに個性を貰ったから今は自信がある、かな? まだ試してないから実感湧かないけど」などと言い出せないから、そんな曖昧な言い方になるよな。
「――それでトイレに、ってか。まぁ気持ちはわかるなぁ、俺もちょっと緊張してる」
そこにわざわざ触れる気もなかったので、微笑みながら返す。
「う、うん……でも、動島くんはそんなに緊張してなさそうだね、羨ましいよ」
「あ〜うん、まぁそうだな。緊張ほぐしてくれるような相手もいたし、そういう意味で
は恵まれてるけど」
1人は祖父で1人は友人。
祖父には物理的に緊張を吹き飛ばされたし、
友人はその天然でマイペースな会話でほぐしてくれた。
どちらも冗談のような話だが、そうやって自分を気にかけてくれる人間が多いのは、ありがたい話だ。
父も、亡き母も、他の友人達だって心配してくれる。
「俺はそういう、人の縁ってのに恵まれてるみたいでさ。
周りの人に助けられてここまで来た、みたいな所あるから。本当に、恵まれていると思うよ」
「……その気持ち、少し分かるよ」
振武の言葉に、出久は小さく、だがしっかりと頷く。
「僕も、その、ある人に助けられたんだ。
ヒーローを目指す事さえ烏滸がましかった僕に、「ヒーローになれる」って言ってくれた人がいて、その人がいなかったら、多分ここにすら来れなかったんじゃないかな、って、思うよ」
拙いながら、話せないながらに、自分の言いたい事を言ってくれる出久に、振武は少し驚いた。こいつ、こんな話す奴だったっけ、と。
1巻しか読んでいない人間が何を語られる訳ではないが、振武の緑谷出久に対しての感想は「芯は強いがネガティブな奴」というものだ。
確かに心は強いのだろう、ヒーローにとって相応しいものなんだろう。だが自己主張が苦手で、臆病で。悪い言葉を使っても良いのであれば、少々陰気な奴だ。
(無個性なら、ヒーローなんて目指さなければ良いのに)なんて思っていた。
前世の自分は。
しかしこの世界に転生して、何物にも代えがたい夢を抱いてからは、見方が変わった。
この世界は、全てとは言わないが個性というものが重要視される。特にヒーローになるなら、ある程度の才能を必要とされ、その才能の大部分が個性という先天的なものが占めている。
自分で言うのもそれこそ烏滸がましいが、振武はたまたま良い個性を手に入れたように思う。そしてそれを活かせる技術を学べる環境があり、応援してくれる家族や友人にも恵まれた。
それが無かったら。何か1つでも欠けていたら。動島振武がヒーローを目指す事はなかっただろうし、目指したとしても途中で挫折していただろう。
緑谷出久も、そうなのだろう。
彼には、オールマイトという存在に出会えたという所が大きい。もし出会えていなかったら。ただ通り過ぎるだけだったら、夢を諦めていたかもしれない。
いや、前世の自分なら子供の頃の段階で諦めていただろう。
出久は、無個性だ、諦めろと周りの大人に言われても、それでもどんな形であれ努力を続けてきた。
この世界に来た今だからこそ分かる。
緑谷出久は、尊敬できる人間だ。
こりゃあ、俺も負けてらんないな、と。
だが、ここまで話してくれるのは少し予想外だった。
「……そっか、緑谷は凄いんだな」
思わず口をついて出た言葉に、出久は顔を真っ赤にして残像が現れるほど手を振る。
「い、いやいやいや、そんな事ないよ、本当にっ、僕まだまだ全然でっ」
「そうかな? 確かに恵まれたんだと思うけど、努力したのは緑谷なんだし、ちょっとは偉そうにしたって良いのに」
まぁ、ここで偉そうにしてたら、緑谷出久らしくはないが。そう思いながら、肩を叩いた。
「さて、そんなこんなで緑谷出久くん。
なんやかんや話している間に、もう第二講堂に着いちゃったよ」
「え、あっ、本当だ!」
第二講堂と大きなプレートが付いているそこは、受験生達の手を煩わせない為か扉が大きく開けられていた。
段々になっている席には、様々な制服を着た受験生達が指定された席に座り、今か今かと試験を待っている。
「緑谷は、どこの席なんだ?」
「えぇっと、僕はあそこらへん、かな」
出久が指を差したのは、この講堂の中でもだいぶ前の方に位置する席だ。振武も自分の席を確認してみると、ちょうど出久とは逆で後ろの方に設けられているようだ。
「席離れてるな、じゃあ、ここでお別れだ」
「そ、そうだね。ありがとう、案内してもらっちゃって」
「別に気にしないさ。
もし気にしてるなら、合格してからお互いこの学校で会った時、飯でも奢ってもらうよ」
深々と頭を下げる出久の背中を軽く叩いて、自分の席に向かう。
「あ、あの、動島くん!」
かけられた大きな声に、振り返る。
出久は真っ直ぐに動島振武を見ている。
……そりゃあ、この眼で誰かを助けるために飛び込みゃ、オールマイトも動かされるわな、と思う。真っ直ぐ過ぎて、腹に一物ある者は、きっと見返すことは出来ないだろう。
そんな強い意志の籠った目を持った
「が、頑張って!」
と言われたら、さらにやる気も上がるというものだ。
「おう、お前もな、緑谷!」
振武も同じくらいの声量で(周りに迷惑だなぁと一瞬思ったが、心の中で謝っておいた)返してから、再び自分の席に向かう。
これはより一層頑張らねば、と気合を入れ直しながら。
◆
何故初対面の人にあんなに話すことが出来たのか。
それは出久本人にも分からなかった。
ただ道に迷って、焦って話しかけた人が動島振武だっただけで、そこに深い動機があった訳ではない。というか、焦っていて誰に話しかけようなどと迷っている余裕はなかった。
どこかクールにも見えるその眼は、話しかけた瞬間「しまった、怖い人に話しかけちゃったかも」などと思ったが、想像していた以上に態度は柔和で、優しい人だった。
元々、あまり人と話すのは得意ではなかったが、逆に緊張しているのが良かったのか、振武が話しやすい相手だったからなのか、それとも両方なのか。とにかく、普通に話す事が出来た。
『努力したのは緑谷なんだし』
その言葉は、とても嬉しかった。振武は出久の事情を殆ど知らないが、それでも自分の努力を認めてくれたのは嬉しかった。
出久も彼の事情を何も知らない。
今日が初対面なのだから当然なのだが、それでも何となく「この人はきっと努力を積み重ねてきた人なんだろうな」と感じた。恐らく、出久などよりもずっと真っ直ぐにヒーローを目指してきたのだろうと。
根拠はない。ただの直感だ。
でもオールマイトに会って、今まで以上に夢に向かおうと決めた出久には、そう思えたのだ。
動島振武は、尊敬出来る人間だ。
僕も並び立てるように頑張らないとな、と。
「――よっし」
自分に気合をいれるように声を出し、筆記用具を出す。
家で何度も確認した通り、忘れ物は何もない。その事に小さく安堵の溜息をもらし、真正面を見る。
頑張ろう。
合格して、振武くんにお昼でもご馳走しよう。「あの時はありがとう」と胸を張って言えるように。
そして、全ての人間の運命を動かす、雄英入試が始まった。
原作主人公、登場!!
いや、こうでもしないと出久と出会うのってかなり先になりそうだしなぁ、ここで出会ってたら面白いよなぁ……と考えていたら、書いてました。
唐突だし、緑谷はこういう風に思うのかな? と原作キャラを書く時は探り探りです。
あまり原作キャラを自分の都合で改変したくない人間なので、取り扱う時はわりとビクビクしています。
「なんかイメージと違う」と思われたら申し訳ありません。
次回! 振武がヘッドバットをかますよ! 期待せずに待て!
というわけでまた次回。
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