plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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な、難産でした……。
そしてまた定まらない文字数……。
それでは続きをどうぞ!


episode3 無茶な戦いはヒーローの華

 

 

 

 

 

 本来、学校という大きな場所を占拠するには一定の組織力が必要となる。

 学校とは大きな建物の集合体のようなものだ。放課後でいくら敷地内にいる人間が少ないからとはいえ、その全員を拘束し、周囲に異変を知らせないようにするというのは、個性という超常能力が一般化されたこの社会でも、容易なことではないことは素人にも想像出来る。

 だがそれを、この集団はやってのけた。

 その殆どが、なんて事はないチンピラであるにも関わらず。

 

「〜♪」

 

 1人の少年が、機嫌良さそうに口笛を吹き、リラックスした姿勢で机に座っている。この学校の制服を着ている彼は少し長い髪で眼は少し隠れていたが、隠れていてもその病んだ眼はランランと輝き主張し続ける。

 目の前には、管理しやすいように1箇所に集められた教師陣。今少年とほんの3人の同い年頃の少年少女が、この教員室の教師陣を圧倒し、従えていた。

 

「――思ったより、気分が良いな。人を上から見下ろすってのは。

 なるほどなるほど、教卓であんたらが踏ん反り返っていられる気持ちが少し分かったよ。こんな偉くなった〝つもり〟になれるなら、そりゃあ大仰な態度も、大仰な言葉も頷けるよ」

 

 座っている少年の言葉に、教師達は何も言い返さない。

 図星を突かれたからではない、何も喋れない状態なのだ。

 口を何かで塞がれている訳でもなく、怯えて話せない訳でもない。三半規管を揺さぶられ、座っているだけの筈なのに視界は常にブレていて、嘔吐感を堪えるので必死だからだ。

 少年の個性により、彼らはすでに無力化されていた。

 

「さも気分が良いだろう。自分達が王様気分で生徒に説教し、教え導く。自己顕示欲の塊のあんたらには。

 しかも実際に権力はそちら側にある。あんたらに「無能」のレッテルを貼られれば、はいおしまい。その生徒の将来さえも自在になる。神になったような気分だよな、人の人生弄ぶってのは」

 

 少年は机から飛び降りるように立ち上がり、穏やかな口調で答えもしない教師達に話しかける。そもそも自分の個性の所為で酩酊しているような状態になっている教師達に果たして言葉が届いているのか疑問だが、少年には全くもって関係ない。

 自分の主義主張は常に正しいのだ。

 それは相手の反応など一切関係がない。

 

「……俺は、真面目にやってただろう? お前らに媚を売り、友人を減らしても内申点を取った、あんたらの要望にはいくらでも応えたじゃないか。

 それが、たった1回。たった1回の不備で退学か……お前らに、俺の人生踏みにじる権利あるのか!? なぁおい!!」

 

 生徒の声に顔をしかめる教師陣は多かった。

 彼の名前は反田(はんだ) (ひびき)

 ほんの数ヶ月前に、暴力事件を起こして退学にされた、この学校の元生徒だった。

 

「……お前らはきっとヒーローが来ることを期待してるんだろうがなぁ、無駄だぞ。

 どんなに騒いだってここに誰かが来る事はない。俺達の計画は完璧だ。それに必要な人材も搔き集めた。どうだ? お前らが無能と罵った俺はぁ、お前らをこんなに簡単に捕まえられたぞ!」

 

 ガンッ

 

「ぐっ」

 

 少年は興奮しているのか、手近にいたジャージ姿の教師の脇腹を蹴り上げる。教師は苦しそうに声をあげ、蹲っていた体勢のまま横に倒れる。

 その姿を見れた事がさらに少年を高揚させたのか、引きつったような笑みをさらに深めながら教師が苦しがっているのを気にせず蹴り続ける。

 

「おい響ぃ、ご満悦なのは勝手だが、そう時間ねぇぞ。どうするんだ、こいつら」

 

 そんな少年に声をかけたのは、すぐ側のソファーに座っている小柄な少年だった。

 それだけではない。他にも長身で体つきが良い青年と、異様に耳が尖っている少女が、思い思いの格好で教員室内で寛いでいた。

 

「……どうもこうもない。こいつらに自分の立場ってもんを分からせる。生徒には興味ねぇからな、俺の用事が済めば他の奴等にくれてやるよ。

 そんな心配するな、先生(・・)に言われた通りにやりゃ完璧だ。その為に力を貰って動いてるんだよこっちは」

 

 教師を蹴りつけて少し落ち着いたのか、少し息を荒くしながらも実に冷静に話す。

 そう、失敗するわけがない。その為に計画し、人を集め、力をつけた。

 絶対に大丈夫だ(・・・・・・・)。そのような確信と自信が少年の表情や所作から見る事ができた。

 少なくとも。

 窓の外から見ていた鼠には、そう見えていた。

 

 

 

 

 

「……犯人は、この学校の生徒。いえ、正しくは元生徒のようです。全て聞こえる訳ではありませんけど、教員室には全部で4人。恐らく彼らが主犯でしょう。先生方に恨み積もり積もってという様子です」

 

 眼を閉じながら、校舎の壁に隠れながら彼女――塚井魔女子はそう答える。

 

「生徒達を拘束しているのは10名、恐らくこちらは街の不良でしょう、お見かけした顔がいます。校門と裏門に2人ずつ。見回りをしている2人組が3組ほど校内を彷徨しているので、これは取り零しがないかの確認と見回り。屋上は恐らく個性を使用しているであろう人が2人。

 合計にして、総勢26名ですね」

 

「……良くそこまで分かるな」

 

 魔女子の詳細に富んだ情報に、驚き半分関心半分の言葉が振武の口から零れる。

 

「鼠やなんかの小さい生き物って案外気づかれないものなんです。

 言ったでしょう、探し物は得意だと」

 

 もし効果音が付いていれば「ドヤァ」とでも付きそうな自慢げな顔の魔女子に思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 それにしたってやり過ぎだ、というのが振武の感想だった。

 学校が占拠される。しかも26人なんて、学生からすればそれなりの人数だ。そんな中冷静に情報収集が出来てしまう魔女子は、天然やちょっと変わっている、程度の言葉で済ませられない程変わっていた。

 

「……そいつら、お互いに連絡取り合ってるのか?」

 

「他の方々の様子を見る限り、携帯端末などは所持しているようですが、気軽に定時連絡出来る無線の類は所持していないようです」

 

「だとしたら、そいつらの身に何か起きてもすぐに向こうにバレてって事はなさそうだな」

 

 身を小さく、壁に隠れるようにしながら話す。

 こうしている間にも周囲を見渡している人員がいるからか、簡単に姿を見せないようにしているのだ。

 

「だが、正直難しいな。ここで派手に動き回る訳には行かねぇし……動島、お前の意見は」

 

「轟の意見には同意できる部分があるが、この状況的に考えると、すぐにヒーローがやってきて助けてくれるって状況じゃないし、先生達の方が状況的にヤバいのは確かだ」

 

「私達で何か出来るでしょうか」

 

 3人の表情は険しい。

 この状況自体も辛い状況だが、そうではない。

 この状況で何が出来るのか。何をしてはいけないのか。

 少しでも判断を間違えれば他の生徒や教師に被害が及び、もしかしたら自分の命すら危うくする可能性があるという状況に、プレッシャーを少なからず感じているからだ。

 

「……このまま身を潜めるのは?」

 

「犯人達が探し回ってるこの状況でか? このままだと、俺達も見つかって人質にされんぞ。

 3人で打って出るか?」

 

「それだけでは何とも……悪い案ではありませんが、私達の個性や身体能力を加味しないといけませんね。

 学校を出て助けを呼びに行くのは?」

 

「それを想定していないとは思えない。現に校門と裏門は塞がれているし、それを知ったらすぐ奴らは逃げるだろう」

 

 焦凍、振武、魔女子の順にそれぞれ案を出すが、それぞれの反対意見に返せるほど論破出来るものがなかった。

 

(……隠れる、逃げる、打って出る。そのどれも危険がある時点で良いとは言い切れない。情報量が少な過ぎるっつうのはここまで大きいか)

 

 振武は苛立ちを誤魔化すように頭をかきむしり、必死に頭を回転させる。

 情報を。もっと情報を。

 

「……塚井、犯人達の個性は?」

 

「殆どが分かりませんが、屋上にいる人間が彼らの自信の象徴、この状況が現在露見しない理由だと思います。幻覚で学校全体を誤魔化しているのか、空間系なのか分かりませんが、今現在周囲で騒動が起きていない以上、それは間違いないと思います。

 通信妨害もされているようですし、おそらく屋上の2人が隠蔽・通信妨害を行っているのでしょうただ、時間制限があります。時間が経てば不審に思った親御さんから警察に通報されるでしょう」

 

 通じない携帯端末を見せながらの説明に、振武は小さく頷きながら考え続ける。

 魔女子の言った通り、犯人達にはタイムリミットが存在する。不審に思われ、通報され、ヒーローが駆けつけるまでの間だけ、彼らは自由に行動出来る。それを犯人達も理解して、適当な頃合いを見計らって逃走するだろう。

 主犯と思われる教員室にいる奴らの目的は、魔女子の情報を信じるならば教師……つまり学校側だ。生徒をそれほど重要視していない。

 だが主犯達がそうであるだけで、他の人間は違う。許可が出されれば、生徒達にも危害を加え始めるだろう。

 1番理想なのは、教員室にいる主犯と、頭数が多い体育館、そして屋上を同時に押さえる事。だがその為には、大人数が必要だ。こちらは3人、とてもではないが手が回らない。

 犯人達の大部分が普通に街にいる不良なのだとすれば、戦闘能力を考えれば振武自身には苦ではない。10人まとめて相手をする事だって難しくはない。

 しかし、他の2人……轟と魔女子がどうなのか。

 魔女子ともそれほど親しい訳でもなく、轟に至ってはついさっき再会したのだ、実力は分からない。

 

「……2人は、もし戦うとしたら、戦えるか?」

 

 振武が絞り出した声に、2人は顔を強張らせる。

 

「……俺の個性は〝半冷半熱〟。まぁ簡単に言えば熱と冷気だな、それを操る。

 これでもそれなりに鍛えてるから、それなりに戦える。大勢を一気に拘束する事だって可能だ」

 

「私は……出来なくはありません。もしもの時の為にと思って、戦える使い魔も作れます。1人や2人なら、無力化出来ます。

 でも、私本人が紙装甲です。お箸とシャープペンシル以上の重たいものは持てませんし、人を殴ったり、逆に避けたりは無理です。1発でやられる自信はあります」

 

 ……これが平時であったならば「じゃあ消しゴム持てねぇじゃん」とか「それは自信とは言わない」などのツッコミを入れるところであるが、今の振武にそんな余裕はない。

 

「俺の個性は〝超振動〟。拳やなんかの身体の一部とか、手に持った物を超振動させて戦える。格闘技も出来るから、こっちも轟と同じで戦闘には問題ない

 ――ここで提案なんだが、はっきり言えばこのままじゃジリ貧だ。だったら打って出る」

 

「……無謀じゃねぇか? お前の話も理解出来るが、俺らが動くよりプロヒーローと連絡をつける事を最優先にしたほうがいい」

 

 振武の言葉に、轟は冷静に言う。

 自分達が勝手に動く事。それこそ愚策だと彼は思っているのだろう。それは振武も理解している……いや、振武が1番理解している。

 力の足りない大きなお世話が、どれだけ大きな被害を生むのか。

 振武が理解していないはずがなかった。

 しかし、だからこそ。だからこそ、ここで何もしないという事は出来なかった。

 後悔したからこそ、今度こそ誰かが悲しむ状況にしたくなかった。

 

「確かにそうだが、今の状況じゃそれも難しい。それをぶっ壊さなきゃ始まらない。

 なら、1番リスクが小さくて、一応俺らにも出来る事をしていく」

 

「なんですか?」「なんだ」

 

 ほとんど同時に投げかけられた言葉に、振武は小さく頷く。

 

 

 

 

「陽動と、人質解放。まずはそっからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 ドゴッ!!

 

 人体を打ち付ける低い音が、校舎に鈍く響く。

 

「ガハッ――」

 

 振武の拳を腹に突き立てられたスキンヘッドの男は小さく、しかし溜めた息を吐き出すように絞り出すと、そのまま足から崩れ落ちた。

 

「っ――くっそみたいに弱いなぁ!! おら、かかってこいよ!!」

 

 バゴンッ!!

 

 出来るだけ大声を張り上げ、派手に目立てるように個性で腕を振動させて壁を殴る。壁は面白いように大きな音を立てて陥没した。

 ――振武の提案した作戦はこうだった。

 まず、振武が出て、校舎内を大暴れする。暴れていれば仲間同士で連絡を取り合い、生徒達を見張っている者達もそちらに流れていくだろう。

 校門を見張っている者も食いついてくれれば御の字だが、体育館に割かれている人材の大半を振武の方に誘導出来ればいい。

 その隙に焦凍と魔女子が生徒達の拘束と引きつけきれなかった犯人を無力化。

 そのまま全員を学校外に誘導する。

 見張らせている人数が多い割に、主犯達は生徒を軽視している。そのまま逃げて助けを呼ぶ事だって出来るはずだ。

 この段階で逃げれば、主犯達は諦めて逃走する可能性が高い。中断されれば教師達の命も助かるだろう。主犯達の個性が解らない状況で安易に教員室に向かえば、教師達の命だって危ない。

 ――と、振武は焦凍と魔女子に説明した。

 最初は当然反対された。俺への負担が大きすぎると。

 振武もそれ自体は分かっている。いくら自分がそれなりに鍛えていても、体力的に殆どの戦闘を引き受けるのは無理がある。

 だが、本人の戦闘能力が低い魔女子を守る役割が必要で、もし体育館に残る人間が多過ぎれば、基本的に1人1人を確実に倒す振武のスタイルより、一気に凍らせられる焦凍の個性の方が有用なのは明らかだ。

 

(1人1人はそう強くない……これなら、)

 

 捕まえられるならば、捕まえた方が良い。少なくとも振武はそう思っていた。

 ……焦凍と魔女子に話した作戦内容は、実は半分でしかない。

 もう半分は、状況次第で屋上2人も拘束、さらに教員室に行くというプランだ。

 個性がわからない以上、もしかしたらこの学校そのものに人を入れないような個性なのかもしれない。もしそうだとすれば、ヒーローが来た所で突入には時間がかかるだろう。

 時間がかかればかかるだけ、教師達の命が危ないのは必然だった。

 ならば邪魔を入れそうな者達をさっさと片付ける。屋上の2人の個性を予想する限り、戦闘になれば一瞬で片をつける事が出来るだろう。

 今倒した人数は6人。それほど時間はかからなかった。これならここに10人来たってそう難しくはない。

 問題なのは教員室。

 4対1、直前の戦闘も含めれば振武自身疲労しているだろう。そんな中突っ込むのは無謀……。

 

「……ってのは分かってるんだけどなぁ。そこまでやる事が視野に入ってる時点で、やっぱ俺、バカなんだろうな」

 

 2人にこれを話さなかった理由は単純だ。

 どう考えても受け入れてもらえるわけがない。自分でも愚策中の愚策で、蛮勇が過ぎると自覚はしていた。

 そうだ、なにも自分がやる必要性はない。

 生徒達と一緒に逃げ、あとは全てプロに任せれば良い。自分が何かをする必要性は1つもない。

 自分はまだ、ヒーローではないのだから。

 ――分かっているが、どうしても他の選択肢が浮かばなかった。少なくとも、この作戦の中で自分の命は二の次三の次だった。

 母だったら、同じ事をするだろう……そんな考えがなかった訳ではない。

 だが、それだけじゃなかった。

 

(……ここで逃げたら、死ぬほど後悔する)

 

 3人で外に逃げて助けを呼ぶ。

 最低でも生徒達を連れて逃げる。

 それが最善の行動だったし、理性で理解している。

 だが、振武の本能がそれを否定した。

 

 

 

 

 ヒーローは、悪から背を向けない。

 どんな困難でも笑って乗り越える。

 振武は少なくとも、ヒーローをそう定義している。

 

 

 

 

 キーンッ

 

 腕から耳鳴りのような音が聞こえている。

 ……10年の修行で、振武の個性は精度と威力を上げていった。振動は4万・8万・16万を目安に調整できるようになったし、拳や脚、手に持った物を自在に振動出来るようになった。

 相変わらず使い続けると熱暴走のように熱くなり、拳の当て方や制御を間違うと骨が折れたり肉が裂けたりする時はあるが、それも16万などの高出力を使いすぎたりしたらだ。

 長時間、4万の超振動で戦闘を行えるし、8万も拳を放つ瞬間に限定すれば何度だって使える。

 成長は、している。その自覚はある。

 だがまだヒーローではない。それは変わらない事実だった。

 

「……これで、心意気までヒーローじゃなくなったら、死ぬほどカッコ悪い!!」

 

 これで良いんだろうか、自分は全体的に間違えているのではないだろうか。

 ネガティヴな感情が渦巻いている自分の頭の中に喝を入れるように、声をはりあげる。

 

「っ、いたぞ! あそこにいる奴だ!!」

 

 その声で気づいたのか、それとももう既に見えていたのか。前から如何にもといったガラの悪そうな男達が、振武に向かって走っていくる。

 人数は……3人。

 本当はもっと来ることを期待していたのだが、もしかしたら自分を探している最中に分かれたのかもしれない。振武が考えたのは一瞬だった。

 数をそれなりに減らせば、残りは焦凍と魔女子がなんとかしてくれるだろう。それほど親しくもない2人に、振武は感覚的な信頼を抱いていた。

 

「っ――!!」

 

 タンッ

 

 音は軽快に。しかし振武の速度は、本格的な戦闘を経験していない男達にとっては反応出来るレベルのものでは無かった。男達と振武の間は、一息の内に距離はなくなった。

 

「えっ――」

 

 ドンッ!!

 

 1番前にいた男の間の抜けた声も無視して、振武の拳は男の横っ面を殴る。

 振動が4万に抑えられ、しかも何の防具も付けられていない拳。しかし男からすれば、まるで金属バットで殴られたような感覚に陥るほど、男にとっては強力だった。

 男は踏ん張ることが出来ず、その場で力を失った独楽のように1回転すると……そのまま倒れる。

 大きな音も立てず、呆気ないほど。

 

「てめぇ――ガハッ」

 

 ドガンッ

 

 すぐ後ろにいたBボーイスタイルの男はそれを見て即座に何かしようとするが、その反応がすでに遅かった。

 何かを言おうとした途中で、横っ腹に振動させた振武の脚が炸裂し、交通事故を彷彿とさせるような勢いで壁に叩きつけられ、そのまま何も言わなくなる。

 

「はッ!!」

 

 振武の動きは止まらない。

 蹴りを出した勢いを殺さず、そのままその隣で何が起こっているか分からず呆然としているタンクトップの青年の脇腹に、肘鉄を食らわせる。

 振武の祖父である振一郎には効かなかったその攻撃は。

 

 ――ボグッ

 

「――ゲフッ」

 

 骨の折れる鈍い音で、その効果を証明していた。

 3人を倒すまで、凡そ15秒もかからなかった。

 最短で最高の成果を。

 最小で最大の威力を。

 動島流の真髄を、振武はしっかりと学び、体現していた。

 

「――隙だらけだ、馬鹿野郎!!」

 

 隙、という言葉の時点で、振武は振り返っていた。

 存在に気付かなかった4人目。少し先にある曲がり角から出てきたのだろう。キャップを真横にかぶった男が何か棒のような物を振り上げていた。

 5人目、6人目も既に曲がり角から顔を出している。

 さっきの戦闘の音で寄ってきたのか。

 

(良かった、ちゃんと囮の役割は果たせていたみたいだ)

 

 3人を倒せば過半数はこちらにいるという事だ。4人くらいであればきっと2人は無力化出来ているだろう。

 一瞬の間にそれだけの事を考えながら、振武は拳を放てるモーションになり、

 

 

 パキ、パキパキピキバキンッ!!

 

 

 しかし、それは放たれる事は無かった。

 棒のような物を振り上げた男も、

 後ろから付いてきていた者達も、

 皆一様に凍りついていた(・・・・・・・)

 

「――なんで、」

 

 思考停止しても、言葉は止まらなかった。

 凍らされている男達にでも、身の凍るような冷気にでもなく。

 

 

 

「何でもも何もねぇだろう。

 1人じゃ大変そうだったし手が空いたからな。手伝ってやるよ」

 

 

 

 何故こちらに来るはずもない轟焦凍がここにいるか。

 まるで何も考えられなくなった頭は、その事への疑問しか浮かばなかった。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 時間は少し前に遡る。

 振武が出て少ししてから。振武がもう既に見回りをしている者達を4人ばかり倒してから。

 轟焦凍と塚井魔女子は、

 

「これで全員だな」

 

「はい、動島さんが役割をしっかり果たしてくれているからでしょう、あっさり終わってしまいましたね」

 

 振武が想定していたよりも簡単に、本当に言葉通りあっさりと、生徒達を見張っていた犯人を捕まえてしまっていた。

 その内容は実にシンプルだった。

 魔女子はまず、索敵に使用していた鼠を全て消し、新たに4匹の狼を生み出していた。

 幻想的で、この世界には存在しないはずの水色の狼は、魔女子がある程度気楽に使役出来る最大戦力だった。狼達はその優しい色合いに反して獰猛に、しかし確実に残っていた見張りの男達を誘導し、1箇所に固まらせた。

 振武が囮をして人数を減らした事も要因の1つだが、魔女子が使役する狼達の動きは、焦凍の眼から見ても素晴らしいと思えるものだった。

 翻弄し、時にその鋭い爪と牙で攻撃し、敵が放ってくる個性での攻撃を、風に煽られる草木のようにスルリと避ける姿は、野生の狼以上に洗練されているように感じた。

 1箇所に集まってしまえばあとは簡単だ。焦凍の氷結の個性を使えば、捕縛はスムーズに終わった。

 生徒達を縛っていた縄を解き、

 逆にその縄で凍らせた4人の不良達を拘束し、

 水色の狼達が睨みを効かせる。

 人数が少なかったとはいえ、まるで打ち合わせをしたような連携だった。

 

「では、このまま校門に向かいますが……どうしますか?」

 

「――どうしますかってのは?」

 

 安堵して開放された事を喜ぶ生徒達を尻目に、魔女子の目はどこか複雑そうだ。そして何故複雑そうなのか、焦凍は敢えて聞いたが、内容は薄々分かっていた。

 

 

「動島くんを助けに行くかどうか、です。

 隠せていると自分では思っていたようですけど、彼、他の敵も全員倒しに行くつもりでしたよ」

 

 

 ……振武の作戦を聞いた時。

 ただ作戦を聞いた限りでは、無茶ではあるが無謀ではないと焦凍は思った。

 振武の噂は聞いていた。身体能力が非常に高く、格闘技をやっていて強い。勉学も、そういう意味以外での頭も悪くない。きっと雄英に入ったら有名なヒーローになるんだろうなと。

 ヒーローを目指す人間、特に将来トップヒーローになれる人間には共通点がある。

 論理的な思考が出来るはずなのに、時にその論理を無視して行動する。

 このような危機や事件に関してはよりそれが顕著に表れるのだろう。もしこれで人質が居らず敵を倒すだけで良いのであれば、焦凍も遠慮なくそうしただろう。

 だが、

 

「……あいつ「まぁ全員ぶっ倒すけど」って眼が言ってたもんな」

 

「敵意はありましたが、殺意はありませんでしたね。あそこまで純粋に闘志を持てる人間はいません、尊敬します」

 

 そんな所尊敬しなくても良いと思うがな、と言いそうになるが流石に焦凍は黙った。

 ――最初に振武に会った時。2つの感情が自分の心に湧き上がってきた。

 1つは懐かしさ。

 まるで旧友に、親友に出会ったかのような喜びが混じっているそれは焦凍を困惑させた。

 もう1つは、妙な同族意識。

「こいつも、何かを固く誓ってしまったタイプの人間なんだな」と何の根拠もなく思ってしまった。

 何故ならその眼はあまりにも真っ直ぐで。

 真っ直ぐ過ぎて周りが見えていないような眼だった。

 第三者の立場として立った時。朝身支度をする為に鏡を見た時。そんな時に見る自分の顔と同じ、自分の眼と同じだった。容姿が似ている訳でもないのに、ドッペルゲンガーに会ったような感覚。

 ……轟焦凍の父親はヒーローだ。

 燃焼系ヒーロー《エンデヴァー》。

 事件解決数1位でありながら、オールマイト(No.1)を超えられない永遠の2番手(No.2)

 父は自分の息子にそれを超えさせようとした。

 自分の能力を強化できる個性の持ち主だった母を権力を使って娶り、焦凍を産ませた。

 焦凍には苛烈な訓練を強い、徐々に母の精神は蝕まれていった。

『お前の左側が憎い』

 10年前、そう言って自分の顔に煮湯を浴びせた母の顔を、焦凍は一瞬たりとも忘れた事はない。

 だからこそ、焦凍は左側の個性を戦闘で使う事を自ら禁じ、母の個性のみで父親を超えると決意したのだ。

 それから10年間。

 ひたすら己を鍛え、父親を否定しながら生きてきた。

 振武からは、自分のような感情は感じない。前向きで、周りを否定する事もない。きっと両親に愛され、真っ直ぐに生きてきたんだろう。少ししか話していなくても、なんとなくそんな印象を抱いた。

 ただその眼は、自分と同じく遊びがなく、抱いた信念を必死に守り通そうと思っている眼だった。

 

「……気になりますよね、やっぱり。

 動島くん、轟くんと似ていますから」

 

「……っ」

 

 魔女子の唐突な、だが的確に自分の心情を突いてくる言葉に、思わず顔を上げる。焦凍の目の前には、魔女子の複雑そうな表情があった。

 

「自由度がないと言いましょうか。自分の中での「こうするんだ」という前しか見えていません。一途とか、硬い信念と言えば聞こえが良いでしょうが、それは同時に「周りが見えていない」という事と同義です。

 それを否定する気はありません、むしろ素晴らしい事です。でもだからこそ、心配になります」

 

 魔女子の遠くを見るような眼に、焦凍は眼が離せなかった。

 まるで、引き寄せられるように。

 魔女子の悟ったような言葉を、焦凍は聞き逃せなかった。

 まるで、

 

 

「前のめり過ぎて、倒れたら傷ついて、2度と起き上がれないような」

 

 

 岩を穿っていく水滴のように。少しずつ心の内部に染み込んでくる。

 

「………………ハァ」

 

 小さく、息が漏れるように溜息をついてから、焦凍は歩き出す。

 向かっている先は、校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下への扉。

 

「塚井、悪いが皆連れて先に逃げてくれねぇか? もしかしたら校門見張ってる連中は残っているかもしれねぇが、それでもお前とその人数なら大した事はないだろう」

 

 いくら犯人達が喧嘩慣れしているとは言っても、30人以上の生徒達を2人で相手出来るほどではないだろう。実際見張っていたものに聞く限りはそう感じた。

 恐らく先ほどと同じようにあっさりと外に出られるだろう。

 

「……轟くんは?」

 

 魔女子の声には小さな諦めのようなものがあった。

 焦凍の答えを聞く前に、どのような返事が返ってくるか察しているのだろう。

 

「……あいつ1人にカッコ良い所総取りされんのも癪だからな。手伝いに行く」

 

 焦凍らしからぬ言い回しだった。

 別に宗旨替えする程、自分の信念は、目指している所は安くはない。自分がする事は父を、父の能力を使わず超える事。今までと何も変わらない。

 だが、

 

 

 

「アイツ相手なら、多少のお節介も悪くないと思ってな」

 

 

 

 動島振武となら、多少の無茶をしてでも一緒に戦いたい。

 何故かそのような気持ちが、轟焦凍の中にはあった。

 

 

 

 

 

 




戦闘シーン、振武くんの描写、轟くんの描写。
どこもかしこも「もっと書き方あったやろ!!」という自分へのツッコミがいっぱいです。
力量もそうですが、まだまだ至りませんで。これからも頑張りますんで、見捨てんでください!!

感想・評価お待ちしております。

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