plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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早速一週間と一日更新できなくてすいません、他作品の執筆が手間取りまして。
無事そちらが終わりましたので、こちらも更新です!
楽しんで頂けたなら幸いです。


episode3 ワクワク地獄の訓練風景

 

 

 

 

 

 

 ――今回の合宿の目的。

 それは“個性”の強化だ。

 授業で単純な技術や倫理、そして方法論は学んだが、“個性”そのものは成長していない自分達への新たな課題。

 授業でもやっていたし、どこでも当たり前の常識になっているが、“個性”は身体の一部。体力と同じように使えば限界はやって来るし、許容量を超えると自分の体を壊してしまう。

 だがそれは、筋肉や骨と同じでもあるという事。筋肉は使えば筋繊維が切れて、それを修復する際に回復される前以上に強化されるし、骨は折れて再生する過程でより折れ辛くなるようになる。

 つまり“個性”も、使えば使うほどその強さが上がる。

 振武の場合、それは体にかかる振動数の許容量と、熱への耐性がそれに当たるだろう。

 “個性”《超振動》は使えば使うほどその振動は自分の体を傷つける。最大出力を不用意にぶっ放せば筋繊維や血管が千切れ、熱で内側から火傷するという、実は意外と使い辛い“個性”だ。

 それを使えるようにしたのは、武術の鍛錬の過程で“個性”の特訓も出来たというのは大きいだろう。鍛錬出来る私有地があり、“個性”使用が楽だった。

 しかし当然、まだまだ成長の余地はある。震振撃・十六夜を使う度に内出血や筋肉がボロボロになったり、ひりつくような痛みを感じるのでは、まだまだだと判断されたのだろう。

 そこで、今回振武が受けている訓練は、

 

「伸ばせ、千切れ、筋肉を! ヘボ“個性”を!!」

 

「「イエッサー!」」

 

「声が小さい小僧ども!!」

 

「「イエッサァ!!」」

 

 猫耳付けてスカート履いたゴリラみたいにマッチョなおっさんに扱かれている。

 プッシーキャッツ4人目のメンバー、その名も「虎」。なんとなく響きが動島流活殺術師範代に似ているというかそのままだが、前述した通り猫耳付けてスカート履いている、普通……いや、その段階で普通ではないけど、普通の男性だ。

 彼は増強型の指導役としてここにいる。元々の身体能力を密接に関係する増強型は、とにかく肉体を酷使し、その超回復を使って“個性”を使用する器そのものを強化する、という事に終始する。

 本来ならば発動型に区分される振武は個別指導なはずなのだが、

『いや、お前は肉体にかかる負担や、肉体強化する事によって得られる利点が大きいからな。個別でやるより、虎さんの指導を受けた方が効果は大きいだろう』

 という相澤の鶴の一声で、緑谷と一緒に扱かれる事となった。

 まぁ、それは良い、体動かす方が好きだし慣れているけど。

 

「オラァ、プルスウルトラなんだろう!? しろよ、ウルトラ!!」

 

 ダメだ雰囲気が怖すぎる。

 扱きには慣れているつもりだったが、どうやらそうでも無かったらしい。振一郎のように「笑顔で無茶振りされる」のも怖いが「恐怖の理不尽」もジャンル違うだけで普通に怖い。

 本気で殺しに来ないだけ、まだマシな部類ではあるのだが、振武の心の中では「マジですか……」という絶望と落胆がミックスされたような複雑な心境だ。

 ――そもそも、この訓練の風景そのものに、ツッコミ所が満載なのだ。

 振武は手を止めずに、周囲を見渡す。

 

 

 

 どこか雷鳴が轟き、謎の光線が空を舞う。恐らく、さっき大きな発電機を持って何処かに消えた上鳴と、笑顔なのに何故かちょっと辛そうな青山だろう。

 どこかから叫び声も聞こえて来る。きっと洞窟の中では、黒影と格闘というデンジャラスな光景が広がっているはずだ。

 その上では、透明な球体に入った麗日が転がされている。見ているだけでこっちまで酔いそうな程景気よく転がっている。

 焦凍が風呂で暖まりながらひたすら氷結の個性を使い続けている。絵面だけはちょっと楽そうに見えるが、顔を見る限り余裕はない。

 その近くで爆豪がお湯に手を突っ込み爆破を続けている。彼の個性は掌から出るニトロのような起爆促進剤を利用するので、水の中でも爆発するのだろう。

 さらにその横では、尾白が尻尾で硬化した鋭児郎をぶん殴っているし、頭から血が出ても頭の球体をもぎり続けている峰田に、飯を食いながら個性を使い続けている百と砂藤に、聞き慣れない叫び声が聞こえたが……あれは恐らく口田だろう、聞き覚えがないという事は。

 そして、

 

「あはは、ネズミが14321匹、ネズミが14322匹……」

 

 暗い目で、笑いながら生み出したネズミを数えていた。

 周囲を取り囲むように、水色のネズミが大量に蠢いている。こちらも、良い絵面とはとても言えなかった。

 魔女子の個性はかなり特殊。様々な事を行える代わりに、制限も多い。

 一度に操作し生み出せる数の限界、行動範囲の限界、痛みのフィードバック、多くなれば当然動物の操作にも精細さを欠く、などなど……。

 その上限を引き上げる、あるいは緩和する方法としては、『沢山生み出して同時に操って細かい作業をし、さらにそれを第三者に倒される』というのが一番現実的だったのだろう。

 ネズミであればフィードバックはそう大きくなく、ある程度幻痛に慣れる上では最適で、数を出せるから総数の目安も付けやすい。遠くに移動させ細かい作業でもやらせれば、範囲拡大と制御能力も上昇。

 ……するのだが、振武からは地獄で新しく導入された拷問にしか見えない。

 丁度合流したのだろう、遠目でB組の連中が動揺している姿が見える。

 うん、分かる分かる。

 

「よっし、今の限界を10匹超えたね。

 じゃあこのまま、ネズミを指定の場所に移動させて、積み木でピサの斜塔作っといで、16分の1スケールね」

 

「いや、物理的に無理です、斜めのものを建てろとか……」

 

「がんばれー」

 

「応援の言葉に心がこもっていないです……鬼、悪魔、動島ぁ……」

 

 その場に座り込みながらも、ネズミは律儀に指定の場所へ歩き出していた。

 かなり遅いというか、非常にぎこちない動きではあるが。

 あと、人の家を鬼や悪魔と同列に扱わないで欲しい

 

「あいつだけハードルッ、高くないかッ、アレッ!」

 

「でもッ、塚井さんはッ、弱点多いからッ、しょうがないッ、よッ!」

 

 虎の指示に合わせて体を動かし続けながら言うと、出久も辛そうな声で答える。

 苦痛と言えば、常闇も結構酷いようだし、それもそうかと納得する……先ほどから、物凄い絶叫が響いているが。

 生きているのかな、あいつ。

 

「フンッ!!」

 

「グアッ!?」

「ブゴファ!?」

 

 そんな話をしていたので、予備動作に気付かなかった。虎の拳が出久の頬を、そして振武の脇腹を抉る。

 動き続けて披露しているのも相まって、想像以上の衝撃に悶絶する。

 

「我の前で団欒している暇があるなら筋繊維を痛めつけろ!!」

 

「い、イエッサァ……」

 

「グオォ、なんで俺だけボディ、しかも筋肉薄い所を……」

 

「貴様が話し始めたんだろうが!! 文句があるならもっとウルトラしろよ! なァ!!」

 

 もはや鬼教官どころかただの鬼だ。疲れよりも、精神的に結構な追い詰められ方をしている。

 筋トレや体作りは当然武術家に必要な事だったが、振一郎は無類の実践派だったので、あまりこういう修行を強いてはこなかった。

 どちらかと言えば、そういう意味でのトレーナーは壊だった。

 栄養面から考え、効率的な鍛え方から様々な事を教えてもらい、実践した。この人本当にヒーローなんだっけ、本当は別の何かなんじゃないかなと思えるくらい知識は豊富だったので、恐怖のブートキャンプと言うよりは超効率的筋肉の育て方といった感じだった。

 

(……でも、地味にだけど、前に進んでいる)

 

 技のバリエーションは増やせても、自力は一朝一夕で伸びていくものではない。10年かけて漸くここなのだ、振一郎や壊、その他大勢の先達たちに追いつく為には、これくらい自分を追い込まないと届かない。

 “個性”は十人十色。振一郎も似ている個性を持っていても、ある意味振武とは別種だったし、壊は全くの別物だった。独自に考える事しか出来なかった、“個性”の強化。

 それをプロに見てもらえる機会を放っておけるはずもない。

 

 

(強くなりたい)

 

 砂川鉄雄、《自動殺戮》と名乗った見聞木操子。

 そして、動島知念。

 敵は多い。

 戦いもこれから増えるかもしれない。

 

(もっと、)

 

 超えなければいけない壁がある。

 それをこの拳で突き崩すのが振武流だ。

 

(もっと強く、)

 

 ならば、どんなに辛くても、

 

 

 

(もっと、強くなりたい!!)

 

 

 

 前に進むしかない。

 

 

 

 

 

 結局丸一日を、“個性”を伸ばす訓練に費やしたが、“個性”が身体能力であるならば、当然それを使えば使う程体はエネルギーを消費する。どんな“個性”でも腹が減るのだ。どれくらい消費するかは人に寄るが。

 つまりどんなに疲れていても、食事の支度は自分でしろと言われれば自分でするし、出来たものが、まぁ家庭料理の域を出ない微妙なものだとしても、皆勢いよくがっつく訳で。

 

「モキュモキュモキュモキュ」

「魔女子、なんか謎の小動物みたいになってんぞ」

「ッ、焦凍くんも普段より食べていらっしゃるじゃないですか」

「ヤオモモも結構がっつくねー!」

「ええ、私の“個性”は脂質を様々な原子に変換して創造するので、沢山蓄える程沢山出せるのです」

「うんこみてぇ」

「瀬呂オラァ!!」

「フンッ!!」

「ブゥッ!? ちょ、耳郎殴るな、あと動島、殴ったついでに俺のカレー持ってくなよ!!」

「弱肉強食だ、そも食事中に汚ねぇし百に失礼だろうがアホ。百、大丈夫大丈夫、瀬呂バカなだけだから」

「え、ええ……でも「そうかも」とちょっと自分でも思ってしまいましたわ」

 

 百の悲しそうな顔を見たら口が裂けても、「うん、俺もちょっと思った」とは言えなかった。

 皿とスプーンが奏でる音と咀嚼音、あとは賑やかな談笑。いつも通り、騒がしい1年A組のクラスメイト達だった。

 

「ハハッ、見てみなよ拳藤! あっちは貧相なカレーをまるで餌のように食べているよ! あれがエリートとか笑っちゃうよね!?」

 

「いやこっちも大差ないしお前何もしてないじゃん、真面目にやれ」

 

「グハッ!?」

 

 隣の席で何か物間が何か言って、いつも通り拳藤から延髄に手刀を貰っているが、B組もA組と同じような状況だった。

 ほんの少し遅く来たとはいえ、彼らもまた同じ訓練を受けていたのだ。これはある意味必然だった。

 

 

 

「この合宿中は、ずっとあんな感じなんですかねぇ……」

 

 

 

「……………………」

 

 魔女子の珍しく暗い声色に、全員俯いた。

 短期間と銘打たれていても、明日も明後日もこんな状況が続くと想像すると、流石に皆気持ちが落ち込むのも、また必然だった。

 ……嫌な必然だけど。

 必然であって欲しくは無かったけど。

 

「あれ、そういえばデクくんは?」

 

「おかわりに向かったはずだが……見当たらないな」

 

 食事をしていた麗日と飯田がキョロキョロと辺りを見回している。

 ……どう言おうか少し迷い、結局振武は何も言わなかった。さっき、洸太の背中を追いかけた出久の事を。

 

「……主人公(ヒーロー)は、やっぱ凄いな」

 

 思わずそう呟いてしまう。

 きっと彼は、洸太の事を気にかけるだろうなと思っていたし、実際風呂から出た後の出久は何か考え事をしている様子だった。

 何かしらの事情を知ってしまったのか、あるいはもっと別の事か……それでも、誰かの悲しみに気付けるというのは、ヒーローの素養の1つでもある。出久ならば、救けを求める誰かを放っておけるはずもない。

 そしてきっと、出久の言葉ならば洸太に届くだろう。今ではなくても、きっとそれは遠くもない。普段あまり大仰な事を言わないが、出久の魂からの言葉には、自分とは違う強さと実感がある。

 ……そこまで考えて、悔しいような、悲しいような感情が現れ、振武は自分の皿に山盛りになっているカレーと一緒に飲み込んだ。

 これを口に出してしまえば、自分の焦りが余計に大きくなるような気がして。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……ダメ、だったなぁ」

 

 カレーを洸太に渡して、トボトボと皆のいる場所へ歩いていく。

 ――言葉では、言葉だけでは届かない。でも、届けたいと思ってしまう。

 我ながらなんて愚かで、人のことを考えていないんだろうと思ってしまうが、緑谷出久の衝動はそれをやめさせてはくれない。

 ――ヒーローとヴィラン、そしてその基盤となっている“個性”や超人社会を心の底から憎んでいる洸太。

 否定は自分の内側すらも傷つける。それが、出久には痛いほど分かる。

 “個性”が無かった頃、必死で“個性”が欲しいと考えていた子供の頃。それはあるいみ無“個性”だった自分自身を否定する事だった。

 得られないと言う事を理解しながら得ようとする行為は、それだけで自分を追い詰めていく。

 それは、得ているモノを否定し続けるのも同じだ。

 悲しすぎるし、辛すぎる。

 なんと声をかけて良いのか、どう言えば洸太の心の重しを少しでも軽くする事が出来るのか。今の出久の頭の中にあるのはそればかりだった。

 

「……動島くんなら、何か言えるのかな」

 

 彼の言葉には重みがある。

 お母さんがヒーローだったから? ヒーローである親を亡くしているから? 10年間鍛え続けて、真っ直ぐ前を向いて逸らさないから?

 それもあるかもしれない。

 出久から見て、洸太と振武はとても似ているように思えた。(ヴィラン)に親を殺されたという出来事は同じなのに、まるで真逆の答えを出しただけ。根本的な部分で似ている。だから言える言葉もあると。

 でも、それだけではなかった。

 動島振武は、緑谷出久に持っていないものを沢山持っている。

 “個性”や戦闘能力だけではない。“個性”がないという事実で足踏みをし続け、ただただ目の前の物を見ているだけに留まっていた自分と違い、困難だろうと何だろうと前に進んでいける自力があった。

 大人っぽいという意味だけではなく、精神的に振武は強いんだろうなぁと。

 もしこの世界がコミックだったら、彼こそ主人公に相応しいんだろうな、と思う。少なくとも、アレコレと悩み過ぎる自分より、ずっと凄いと。

 

「――でも、僕だって、」

 

 拳を握り締める。

 鍛えてきた自負がある。

 気持ちは負けていないと胸を張れる。

 力や信念で同等だと思うほどではないが、対等だと思っている。出久も、振武に負けていない部分があるはずだ。

 自分にしか出来ない事があるはずだと。

 対抗心で洸太を何とかしたいと思っているわけでも、別に動島振武を敵視するのでもない。

 救えるものを救いたい。

 その思いの種類は違えど、動島振武と同じものだと自信を持って言えるから。

 まずは強くなる事。

 自分に何が出来るのか、出来るようになるのか。

 それを見据える所から。

 

「――よっし」

 

 体は疲れているはずなのに、心が出久の足を速くさせる。

 早く強くなりたい。

 振武や、尊敬する人達と、同じ土俵に上がれるように。

 

 

 

 奇しくも、動島振武と同じ事を考えながらも。

 緑谷出久は前に進んでいた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 暗闇が森の中を支配する。

 動物は全て寝静まり、起きているのは闇の中を這い回る夜行性の動物ばかり。

 生徒達も全員床につき、教師達はその間に今後のプランを協議する。

 順風満帆、平穏そのもの。

 ――だが、本物の闇は直ぐ近くで蠢いている。

 7人の人影が崖の上から合宿場所を見ていた。

 ギザギザの歯をもった少女――トガヒミコ。

 巨体をコートで隠している男――《マスキュラー》。

 ガスマスクと学生服を着ている少年――《マスタード》。

 長髪で髭面の男――《マグネ》。

 蜥蜴のような頭部を持った男――《スピナー》

 拘束具を付けたまま立っている男――《ムーンフィッシュ》。

 そして、火傷の皮膚を縫い合わせたような異形の男――《荼毘》。

 敵連合、開闢行動隊の大部分がここに揃っていた。

 そして、そこに、新たに2人の影が現れる。

 

「……遅ぇ、来るならもっと早く来い」

 

「――誰に指図してんだ、ア゛ァ゛?」

 

 荼毘の言葉に、影の1つであった鉄雄が威嚇する。

 少し前までの彼だったら、何も言わずに殺そうとしていただろう。修行の成果か、あるいは理性を獲得しているのか、睨みつけても手を出そうとはしなかった。

 

「申し訳ありません。準備に手間取りました」

 

「まぁ、他のメンツはまだ出揃ってねぇから、別に良いがな。

 ――手筈通りで良いんだな?」

 

 荼毘の言葉に、もう1つの影である《自動殺戮》は首肯する。

 

「はい。こちらは目的の人物を狙います。少々おまけも相手する可能性は無きにしも非ずではありますがそれは此方達で出来るだけ処理いたします。

 アレ《・・》の命令権は此方に譲って頂けるという事で宜しいでしょうか?」

 

 相変わらず抑揚のない《自動殺戮》の言葉に顔を顰めながらも、荼毘は「ああ、」と答える。

 

「『在庫はあるから好きに使え』とよ……ったく、テメェらの考えている事は分からない」

 

「理解して頂かなくても結構です。我々は我々の理念の下行動するのみです」

 

 その言葉に、荼毘はさらに不快感を感じる。

 《自動殺戮》も、後ろで生徒達がいるだろう合宿場所を睨みつけている鉄雄も、荼毘からすれば邪魔で理解不能な奴にしか見えない。

 此処にいる連中には様々な理由がある。

 人を殺したい、悪事を行いたいという単純なバカもいれば、荼毘のようにステインの言葉に感化され、思想を持っている者。恨み辛みという奴もいる。複雑な奴からシンプルな奴まで多種多様だ。

 唯一共通点があるとすれば、その彼らの目的がヴィランにならないと叶わないものばかりだと言う、その一点のみだろう。

 鉄雄は思想そのものは解りやすい。

 ヒーローの息子に復讐というのは、オーソドックスと言っても良い。個人だろうが社会全体だろうが、恨みを持つ人間はヴィランの中にも多い。

 だがあの動島知念という正体不明の女に付き従い、しかも今回の計画に一応賛同している所からして、その復讐心が単純ではない事が分かる。

 つい最近までは殺す事しか考えていなかった奴が変化するというのは、それはそれで、薄ら寒い不安を濃くする。

 そして、特に異常なのは目の前の少女だ。

 ヴィランになる連中は、個人差が有っても我が強くプライドが高い。命令なんてあってないようなもんだし、実際自分達のリーダーである死柄木も命令はしてきたが大雑把な粗筋だけで、細かい部分は自分達に一任した。

 コントロール出来ない人間は適当に動かしてやった方が使い勝手が良いから。

 だが、目の前の少女はどんな命令でもどんな言葉でも従う。

 命令を下す人間順位付けはされているようだが、まるでロボットのように動島知念の言う事を聞き続ける。

 もし「自殺しろ」と命令したら、いつも通り「拝命しました」の一言で首を掻っ切りそうな程の従順。

 それはヴィラン云々を超え、生き物として気持ち悪いとすら言えるだろう。

 自己というのが存在しないのか、あるいはそういうのを抑えているのか。

 どちらにしろ、《自動殺戮》が自分達よりも病んでいるのはなんとなく理解出来る。

 

「……一応、こっちでとっ捕まえる可能性があるから聞いといてやる。

 本当にそいつで良いんだな? 正直引き込める様な奴とは思えねぇんだがな」

 

 開闢行動隊の目標は爆豪勝己だ。

 気性の荒い彼をヴィラン側に堕としてしまえば、ヒーローへの社会的批判は大きいだろう。ヒーローの最高峰である雄英高校出身というのは、その批判という炎にガソリンをぶちまける様に効果があるはずだ。

 自分達が直接ヒーロー達を殺すのではなく、支持されるべき市民、社会から否定される。それはヒーローの存在理由にすら罅を入れる事が出来るだろう。

 ――だが《自動殺戮》が、いや動島知念が求めている人間はそういう理由では芽がない。確かに強く、目の前の連中とは縁が深いが、彼を捕らえて意味があるようには思えなかった。

 ただただ、厄介事を抱え込む事になるのではないか。

 そういう危惧を感じている荼毘の言葉に、《自動殺戮》は無表情で頷く。

 

「構いません。我々の目的には、とても大事――だと知念様は仰っていました。

 私達が理解出来ない思惑があの方にはあります。此方はその命令に従うだけです」

 

 そこでようやく、《自動殺戮》は崖の下にある合宿所を見る。

 ガラス玉で出来ているような、無機質で、何も感じさせないその目に映す。

 

 

 

「私達は目標を――動島振武を必要としています。

 彼を奪う事こそ知念様の命令。主命。拝命した限り命に代えても完遂します」

 

 

 

 ――悪が、善の隣に擦り寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶり過ぎて感覚が……やっぱり定期更新って大事ですね。
次回、もしくは次々回から戦闘に入っていければいいなぁと思います。


次回! 振武が悪魔のコブラツイスト!! お楽しみ? に!!


感想・評価心よりお待ちしております。

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