plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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新年、あけましておめでとうございます。
今年もどうか一年、この作品をどうかよろしくお願いいたします。

さて、前回に引き続き特別話。
本当はもうちょっと早く更新しようと思っていましたが、諸々の都合で遅れました。
本編でも言っていますが(え)、この話も時系列無視ですし、内容的に重要な事は殆ど話していないので、飛ばしてしまっても支障はありません。
読まれる方は、どうか楽しんで頂ければなぁと思っております。
では、本編をどうぞ。


Special2 きた年

 

 

 

 

 

 

「「「「新年、あけましておめでとうございます

 今年も一年、よろしくお願いします」」」」

 

 ……………………。

 

「……なぁ、振武」

 

「なんだ、焦凍」

 

「俺達は何で何もない方向に皆で座ってお辞儀じているんんだ。

 何故着物が用意されていて、俺らは何も疑わずにそれを着て、しかも後ろに「謹賀新年」と書かれたセットがあるんだ」

 

「状況説明ありがとう。

 知らねぇよ」

 

「私達、ここまで何の疑問もなくやってしまいましたわ……これは、新手の“個性”!?」

 

「それって割とギリギリだからやめておいた方が良いと思うぞ百」

 

 

 

「さて、新年1発目にこのようなネタ回をお送りします事は申し訳ないですが、まぁそういうものです。

 例によって時系列やその他諸々は無視の方向でお願いします。

 ぶっちゃけ読まなくても成立するのでこういうお祭りがお好きな方だけどうぞ」

 

「誰に話しているの塚井、何であらぬ方向を見ているの塚井、帰ってきて塚井!!」

 

 

 

 

 

 

 

 新年を迎え最初に何をするかというのは人によるだろう。

 親戚同士の集まりを重要視したり、お小遣いを掻き集めたり様々。

 そんな中振武が選んだのは、初詣だった。

 

「…………寒い」

 

「そうか? 俺はそうでもない」

 

「お前は天然ホッカイロみたいなもんだからなぁ。この時ばかりは羨ましいよ」

 

 待ち合わせをしている駅前で、振武は焦凍にこぼす。

 新年を迎えていつも一緒にいる3人に連絡を取り、新年の挨拶をした後魔女子から提案されたのは「初詣に行きましょう」だった。

 魔女子も、百も、焦凍も、そして振武本人も。よく良く考えてみれば、友人との初詣というのをした事がない。

 せっかく仲良くなったのだからと魔女子が言い、良いですね行きたいです屋台というものがあるのでしょう!? と百が賛同し、俺と焦凍は同意した。

 年末年始は動島家と縁が深い人々との会合が多い振一郎はいつもの事だが、今年は壊も昼間は所用で出掛けるという話だった事も、同意した理由の1つ。

 こんな寒い日に1人で家にいたくはなかったのだ。

 

「お前も“個性”を使えば熱がこもるだろう?」

 

「お前みたいに微調整するのは大変なんだよ……出来るけど、ちょっと疲れるしやりたくはない」

 

 寒さに身を震わせながら、新年という事もあってか賑わっている駅前をボウっと眺める。

 ……そういえば、前世でも友人と初詣などしなかったなぁと思います。インドア系が多かったのもそうだが、映画が1000円になる魅力に負けて映画館を梯子したりはしていたが。

 そう考えると、我ながらちょっと寂しいというか、周囲に流されない妙な所があったのは昔からだったようだ。

 

「にしても、女性陣遅いなぁ」

 

 腕時計をチラリと見ると、待ち合わせ時間を10分ばかり過ぎている。

 普段真面目な魔女子と百が珍しい事だ。

 

「準備をしてから行く、と魔女子は言っていたけどな」

 

「なんの準備をしているやら……」

 

 魔女子が日常の中で何かを計画すると、だいたい振武はろくな目に遭わないのだ。

 どこか猜疑心とこれから起こる面倒ごとに、振武は遠い目をする。

 面倒な事はしませんようにと。

 ……そうしていると、振武と焦凍の目の前に一台の車が通る。

 乗用車の形に近いが、車体が異様に長い。セレブの代名詞、リムジンだ。運転席から、塚井家のメイドさん(運転で邪魔そうなのに、ちゃんとメイド服を着ている)が降りてきて、後部座席のドアを開ける。

 そこから現れたのは、振袖を着た魔女子と百だった。

 魔女子の振袖は白を基調にしたものだった。清楚に見えるが、しかしあしらわれている柄は文字通り華やかで、髪型や口を開かなければ可愛いその外見をより引き立てる。

 百の振袖は赤を基調としたもの。少し派手にも見えるその着物を、ちゃんと着こなしている。可愛いというよりも美人な百の姿を、より一層魅力的に見せている。

 

「遅れて申し訳ありません、少々着付けに時間がかかりました。

 いや、まさか百さんがあそこまで豊満だとはこちらも予想していなかったもので、」

 

「ちょ、魔女子さん、そういう事は言わないでください!

 ……え、えっと、遅れて申し訳ありません」

 

 どうだと言わんばかりに胸を張っている魔女子と、恥ずかしそうにしながらもこちらの反応を伺う百。

 その2人に、男性2人は何も言えなかった。

 元々容姿端麗な2人だったが、振袖はそれを見事に昇華させているのだから。

 

「あ、ああ、全然! それほど待っちゃいないし。

 なぁ、焦凍っ」

 

「……おう、そうだな」

 

 何とか言葉を出すと、魔女子は少し意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「おやおやぁ、ここまで女性陣がオシャレをしているのに一言も無しですかぁ?

 もうちょっと言ってほしい言葉があるんですけどねぇ私達は……ね、百さん」

 

「魔女子さん、ダメですよ強要しては……でも、そうですわね。

 似合うかどうかは聞いておきたいですわね」

 

 魔女子の言葉に、珍しく百が乗っかる。

 

「そりゃあお前……似合うよ。

 これ以上ないってくらい」

 

「ああ、馬子にも衣装だな」

 

「焦凍、それ間違ってる! 褒め言葉じゃないから!」

 

「……そうなのか?」

 

 即座にそう言い合う男子2人を見て、着飾った女子2人はクスクスと笑みを浮かべる。

 言葉選びという部分で下手なのは確かだが、取り敢えず自分達に対して好印象である事は、聞いているだけで分かったからだ。

 

「じゃあ、そろそろ行きましょう。なんだったら神社の前に車をつける事も可能ですが、」

 

「いや、それだと他の人に邪魔になる。

 そんなに遠い距離でもないしな」

 

「了解しました」

 

 そう言って4人は、神社に向かった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そして、

 

「なんで着いて早々逸れるんだよ……」

 

「まぁこれだけの喧騒ですから……」

 

 4人が来たのは、近所でもそこそこ大きい社を持っている神社だった。

 縁結びから交通安全、家内安全などざっくり言ってしまえば節操無しな御利益のおかげか、日常的に神社を訪れない人間も今日ばかりは多くお参りに来ている。

 入り口から少し入っただけで、身体の小さい魔女子は押し流され、それを救けようとした焦凍も道連れになってしまった。

 どれだけ体を鍛えヒーローとしての技術を磨いていても、物量には敵わない。

 

「俺達が一緒にいれたのも、単純に同じ流れにいたってのが大きいしなぁ」

 

 そう言って振武は頬を指先で掻くが、要因はそれだけではない事を自分自身よく分かっている。

 チラリと自分と百との間を見る。そこには、自分の右手と百の左手がしっかりと繋がれている。恋人繋ぎ……は流石に色々恥ずかしくて出来なかったが。

 その事実を口に出してしまえば、余計恥ずかしくなってしまう。

 だから振武は口に出さなかった。

 

「そ、そうですわね!」

 

 それは百もどうやら同じようだ。寒さと化粧ではない別の要因で、頬が赤くなっている。

 

「え、えっと……あ、め、メッセージが来ましたわ!

 どうやらかなり先に流されてしまったようで、先にお参りしてから甘酒を配っている場所でお待ちしていますと」

 

「まぁ、ここで合流する事も難しいしな。そうするか」

 

 相変わらず手を繋ぎながら、振武と百は参拝する列の中で自分達の順番を待ち続ける。

 ………………。

 ………………………………。

 …………………………………………………………。

 どうしよう。

 

 

 

 何を話せば良いんだか分からない。

 

 

 

 今年は本当に様々な事があった。

 雄英高校ヒーロー科に入って百と再会し、

 “個性”の測定から初めての戦闘訓練、

 レスキュー訓練をしようとして行ったUSJでヴィランに襲われ、

 その後間もなく体育祭でクラスメイト達と戦い、ようやく焦凍と魔女子が本当の友達になり、

 職場体験では父と衝突したり、ステインと知り合い、

 母の昔の記憶を見た事もあるし、リビングライフとぶつかり合った期末テスト。

 その後も……正直ここでは語りきれない程様々な事があった。

 きっと事情を知らない他人に話しても、半分も信じて貰えないかもしれない。そう思ってしまう出来事。

 でも、振武はそれを乗り越えて来た。

 多くの人を頼って、前に進んで来れた。

 躍進の1年、と言っても良いかもしれない。

 

「――ふふっ」

 

 不意に隣から聞こえて来た声に、振武は不思議そうな顔をする。

 

「なんだよ、いきなり笑ったりなんかして」

 

「いえ、少し思い出して。去年の今頃、私まさかこんな風になると思っていませんでしたから。

 いえ、雄英入学はもう視野に入っていましたけど、あんなに沢山の試練を経験するとは思ってもいませんでしたし、こんなに悩んだりするとは思っていませんでしたし……し、振武さんと再会して、こんな関係になるとは思ってもいませんでした」

 

 感慨深く、時々苦笑したり頬を赤く染めたりしながらも、百の目はどこか遠くを見ている。

 きっと見ているのは、まだ自分が体験した事を体験していない、過去の自分。

 

「嫌だったか?」

 

「――いいえ、いいえ。

 苦しくて、辛くって、胸が張り裂けそうになりましたし、肉体的にも精神的にも疲れました。もう二度と経験したくない。そんな事もありました。

 でも、楽しかったですわ。自分がちゃんと成長出来ていると実感出来ましたし、沢山お友達が出来て、好きな人が出来て。

 これから1年、また自分が想像も出来ないような出来事に出会えるかもしれないと思うと、楽しいですわ」

 

 百の笑顔は、誰よりも綺麗だ。

 惚れた弱み、なんて言われたらそれこそ世話はないと思うが、そういう意味ではなくても彼女の笑顔を素敵だと振武は思った。

 何かを積み重ね、必死に前に進んだ。ボロボロになった時もあるし、泣く事しか出来ない辛い事も沢山あった。

 だがそれでも、八百万百という存在はいつも自分の側にいてくれた。

 百自身が辛い時も、振武が辛い時も、いつも側で一番の味方でいてくれた。

 その事実で、振武がどれくらい救われたか分からない。

 

「……そうだな。

 これからまた1年、一緒に頑張ろう」

 

 相手の手を壊さないように、だけどしっかりと握り締める。

 百は一瞬、驚いたように目を見開いたが――直ぐに、満面の笑みを浮かべて振武の手を握り返す。

 

「ええ、一緒に、ですわね」

 

 

 

 

 

 祈る事、乞い願う事なんかない。

 ヒーローになるという夢も、自分が挫けず前に進む事も、百や他の友人と一緒にいる事も。全部振武が自分でなんとかしなければいけない事だ。神に頼む事ではない。

 でも、ほんの少し我儘を許されるならば。

 

 

 

 ――どうかこの心温かになる日々が、少しでも長く続きますように。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「お前、あれわざとだっただろう?」

 

「おや、わざととはどういう意味ですか?」

 

 参拝客に甘酒を無料で配る場所、そこから少し離れたベンチに座っていると、焦凍はそう魔女子に言った。

 何を言いたいのか理解していながら、魔女子は少しはぐらかす。

 

「振武と八百万を2人っきりにしてやりたかったんだろう?

 いくら身体が小さいからって、そう簡単に流されるお前じゃないだろう」

 

 その言葉に、「さぁ、どうでしょうねぇ」という。

 焦凍の言葉は、半分正解で半分不正解だ。

 確かに百と振武を2人っきりにしてあげたかった。まぁ今年一年色々あったのだ。2人っきりで話したい事もあるだろう。自分達がいては出来ない話もするかもしれない。そう考えると、離れた方が良い、というのはあった。

 しかし、

 

「もう1つあるとは考えないんですか?

 ――私が焦凍さんと2人っきりになりたかった、という理由があるとは」

 

 魔女子の言葉に、焦凍は何かを言いかけるように口を開きながらも、結局声が出せていない。

 簡単に言えば、照れている。

 表情が出ずらい焦凍だが、このような場で咄嗟に言葉が出なくてフリーズする事がたまにある。その癖が、魔女子は特に気に入っていた。

 フリーズしているという事は頭の中で自分の事を考えてくれているという事だし、少しでも意識してくれているんだなというのが分かるから。

 

「……お前、性格悪いな」

 

「さてさて、どうでしょうね」

 

 フリーズが解除され、元の仏頂面に戻ってしまう焦凍の顔を見て、魔女子は自分としては満面の、他人から見れば薄い笑顔を浮かべる。

 

「……今年は、本当に色々あったな」

 

「……ええ、そうですね」

 

 隣に座った焦凍とともに、少し遠くの空を見上げる。

 時間経過は、自然と人間を変化させる。

 現状維持なんて言葉はあるが真に維持される事なんてない。常に人間は変化する。

 焦凍と魔女子にとって、この1年は1歳歳を取った以上の変化を齎した。

 何せ、今まで頭の中で考え続けていた理想や信念を良い意味でぶっ壊されてしまったのだ。もはや病的とすら言えるレベルの考えを。

 それをぶっ壊したのは、まぁ友達である武術馬鹿なクラスメイトな訳だが。

 

「……焦凍さんは思いませんか?

 時々、1人になるのが無性に怖くなる事が」

 

 魔女子の言葉に、焦凍は少し黙って、先を促すように頷いた。

 

「私や焦凍さんは、1人で戦う事が当たり前でした。

 誰にも頼らず、側に寄らせず……それでも自分は大丈夫だと思いながら進んでいける、いいえ、進んでいけてしまうタイプでした」

 

 例え誰にも認められずとも――復讐を。

 例え誰にも認められずとも――救いを。

 そう思って己を律し、前に進み続けていた自分と焦凍は似ていたんだと思う。

 似ていたから、惹かれたんだと思う。

 その時は、ある意味それで良かったのかもしれない。

 何せ、2人にはそれしかなかった。

 それ以外を知る機会もなく、気付かせてくれる他人の存在がなかった。

 だが、それは既に終わりを告げた。動島振武という1人の真っ直ぐで、頑固なバカが自分達の心を救い上げてしまった。

 

「勿論、そうではなくなった今を嬉しく思います。喜びはたくさんあります。

 でも、時々怖いんです……もし、ここから先1人になってしまったら、今の自分が耐えられるのかなと」

 

 雄英に通っている間はまだ良いだろう。多くの仲間に囲まれているから。

 しかしこれからちゃんとヒーローになって、雄英から巣立ち、独り立ちしなければいけない時に……自分は本当に1人で立てるのだろうか。

 昔の自分だったら耐えられた静寂を、ちゃんと背負いきれるのだろうか。

 昔の自分だったら気にしなかった寒さに、怯えずに進めるのだろうか。

 

「……今の私は、昔よりずっと弱くなってしまいました。

 もう、1人で生きていける自信は、私にはありません」

 

 その時になってまた、恐怖から逃げて昔の自分と同じようになってしまったら……自分は、また今の自分に立ち返る事が出来るのだろうか。

 夜、目を閉じた時に考える事があった。

 

「先なんて俺には分からない」

 

 何に対しても素直な焦凍は、魔女子を見るでもなくハッキリと言う。

 

「耐えられないかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 

「……そりゃあ、そうですけど、私は、」

 

「でも、」

 

 魔女子の言葉を遮る。

 

「……お前は、弱くなったんじゃないと思う。きっとそれは、優しくなった、って事じゃないかな?

 俺達は、そういう意味での感受性ってのが酷く低かったんだ。自分で自分の心を閉じて、相手の気持ちなんざ考えなかった。

 でも、今じゃ考えちまう。他人に対しても、自分の気持ちに対しても、ちゃんと理解出来る。

 だから、弱くなったんじゃない……お前は、俺は、自分自身にも他人にも優しく出来る人間になったんだと思う。

 こいつは、ヒーローとしても、人間としても、弱さじゃなくて強みになるはず」

 

 珍しく饒舌な言葉に、魔女子は目を見開く。

 

「……それは、振武さんの受け売りですか?」

 

「いいや。でもあいつならそう言いそうだから」

 

 変えられたのは心ばかりではない。文字通りに感化された部分は、沢山ある。焦凍が言った言葉も、その1つなのだろう。

 

「で、これは俺の……あー、まぁ、あくまで俺が自分で言う言葉なんだが、」

 

 どこか言いづらそうにもじもじと動き、それから横においてある魔女子の手を掴み、優しく握る。

 

 

 

「月並みかもしれないけど……1人なんかじゃない。

 俺がいるし、振武や八百万がいる。クラスの連中がいる。

 これは、その、もう離れられないんじゃないか……腐れ縁的な意味でも、絆的な意味でも」

 

 

 

 物理的に側にいれないかもしれない。

 この先々、誰かが死んでしまう日は必ず来る。

 ……でも、それでも周りにいてくれる。

 魔女子が辛い時も、キツい時に「救けて」と一言でも言おうものなら、振武と百も含めたクラスメイト達が、なんやかんやと文句を言いながらも救けに来てくれるだろう。

 何か奢れよーなんて笑いながら、一緒に並んでくれるだろう。

 

「……それは、目に浮かびますね」

 

「ああ、だろう?

 少なくとも、俺はお前が辛いと思えば、すぐにお前の側に行く」

 

「おや。では夜中、自室に誘っても来てくれます?

 怖いから、不安だから一緒に寝てくれと言っても」

 

 半分は本心から、半分は揶揄いでそんな事を言ってみる。

 彼なら、またフリーズして揶揄うなよと言うかもなぁと、少し残念な気持ちを胸に抱きながら。

 

「………………………………………………………………なら、」

 

「え?」

 

 喧騒の中で小さな声を聞き逃して聞き返すと、焦凍はより一層強く魔女子の手を握り締めながら、

 

 

 

「お、お前がそれで、安心する、なら……」

 

 

 

 ………………………………………………………………。

 今度は、魔女子がフリーズした。

 そう言って欲しいなという言葉が、そのまま好きな人の口から溢れたから。

 ヘタレで鈍感と思っていた思い人から出た言葉に、驚きやら喜びやらで自分の感情を処理しきれない。

 

「だ、だけど、俺もその、平静ではいられないと、思うから、出来ればそういうのは、」

 

「……………………そ、そうですね」

 

 それだけ言い合って、2人は無言になってしまった。

 お互いそっぽを向き、段々と熱を奪われ生温くなってしまった甘酒を啜りながら、その熱を体に取り込んだかのように、頬を赤くして。

 塚井魔女子と、轟焦凍。

 彼らの恋路も彼ららしく、ゆっくりゆっくりと前に進んでいた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「さて、御神籤を引きましょう」

 

「待って、甘酒飲みに行ったら何故か、2人が手を繋いで甘酒飲みながら顔を真っ赤にしていたのに俺と百が目撃したのはスルー?」

 

「そんな事実はありません、無いったら無いんです分かれ」

 

「ちょっ、暴力反対!」

 

 大して痛くもない連続打撃を魔女子から受けながら、振武は焦凍をチラリと見る。

 表情は変わらないし何も言わないが、何故か「追求すんな」オーラが出ている。振武も野暮ではないので、これ以上追求するのは諦める。

 

「で、御神籤だっけ?」

 

「はい。やはり初詣の醍醐味といえばこれでしょう」

 

「いや、醍醐味かな?」

 

 もっと他にあるようにも思えるが。

 そう思いながら……振武はどうしようかと悩んでいた。

 簡単にいえば、振武はくじ運が悪い。

 引けば大凶ばかりという訳でもない。そうであれば、それはそれで話の種に出来るだろう。

 だが振武の場合、中途半端に良い御神籤に当たりはするものの、内容を良く良く読んでみるとあんまり良い内容が書かれていないと言うものが多い。

 しかも、ネタにし辛い、微妙にリアルな内容で。

 だから、振武は御神籤は苦手だ。

 

「まぁまぁ、こういう時でもないと中々引きませんし」

 

「そうですわね、私も年末は大体海外にいるので、こういう機会もなく……ぜひ引いてみたいですわ!」

 

「じゃあ、俺も引こう」

 

 振武の気持ちを知ってか知らずか、他の3人は引く気満々のようだ。

 ……ここで自分だけ引かないというのも空気が悪い。

 

「しゃあない、俺も引こう」

 

 財布の中から小銭を取り出し、受付の巫女さんに渡す。

 近くに置いてある神籤筒を振るい、数字の書かれた棒を巫女に伝え、その番号にあった御神籤を受け取る。

 言語化してみれば極めて簡単な動作で、あっという間に済んでしまった。

 

「済んじゃったよ……」

 

「動島くん微妙なお顔ですね、まだ見てもいないのに……あ、ちなみに私は中吉です」

 

「私大吉でしたわ! 幸先が良い!!」

 

「俺は、吉って書いてあるな。中身も結構良いぞ」

 

 どうやら、振武以外は良い結果に終わっているらしい。

 

「むぅ……よっし、男は度胸だ!!」

 

 そう言いながら、御神籤をひっくり返す。

 そこには、

 

 

 

『末小吉』

 

 

 

 と書かれていた。

 

「……え、何これ初めて見た」

 

 大吉、中吉、吉、小吉、末吉ならば振武も見た事があるが、末吉と小吉が合体したようなこれは見た事がない。

 

「確か、末吉の下、凶の上だったと思います……言ってはなんですが、」

 

「微妙、だな」

 

 魔女子と焦凍の言葉に、振武は少し項垂れる。

 また、途轍もなく微妙なものを引いてしまったようだ。

 

「ま、まだです!

 内容が良い場合もありますわ!!」

 

「そ、そうだよな!」

 

 百の言葉に、振武は細かく書かれた運勢を見る。

『願望』……『叶ったら儲けもん』

『病ひ』……『精神面要注意』

『諍ひ』……『自業自得』

『出産』……『機会を待て』

『縁談』……『もういらないでしょ?』

『取引』……『等価交換に重きを置いて』

『探物』……『しばし待て』

『抱人』……『まぁまぁ良し』

『待人』……『来らず』

『方角』……『南の方がマシ』

『学問』……『現状維持』

『旅行』……『思わぬ不幸が』

『家移』……『やめておけ』

『老後』……『望み薄』

 

「「「「………………………………」」」」

 

 読んでいた振武と、それを覗き込んでいた3人が沈黙する。

 なんだろう、文句は多々あるのだが、

 

「……なんでチョイチョイ現代語使ってくるんだこの神籤!!」

 

 なんだ『もういらないでしょ?』って!!

 なんだ『南の方がマシ』って!!!

 なんだ『望み薄』って!!!!

 

「なんでしょう、斬新な言い回しと微妙な内容ですねぇ」

 

「基本悪かったな。諍い『自業自得』に関しては……まぁ振武だしな」

 

「だ、大丈夫です振武さん!

 そういうのは、枝に結んでいっちゃいましょうっ」

 

 ちょっと楽しそうにしている魔女子と焦凍を尻目に、百は慰めるようにそう言う。

 

「そ、そうだな、確かに」

 

 そもそも神籤というのはあくまで起こる可能性を話しているだけで、絶対とは言っていない。

 だったら、取り敢えず枝に巻きつけ、あまり気にし過ぎないようにした方が良い。

 振武もそう思い直し、すでに大量の御神籤が巻かれている木の枝に触れる。

 ちょうど空いている小さな枝先にそれを巻きつけようとして、

 

 パキッ、

 

 と枝が折れた。

 

「「「「……………………………………」」」」

 

 ……何だろう。

 今、社に祀られている神様から、「もう無理だからYOU諦めちゃいなよ☆」と言われたよう気がする。

 

「……………………前途、多難ですね」

 

 

 

「――ちくしょーーーーーーーーーーー!!」

 

 

 

 取り敢えず、今年一年この運気に負けないように頑張ろう。

 絶叫しながらそう固く誓った振武であった。

 

 

 

 

 

 




さて、如何だったでしょうか。
まぁ相変わらずと言いますかなんと言いますか……こっからシリアスパートが長いので少し八茶け増した。
次回から、新章突入! 合宿編を始めたと思います!
原作だと登場人物が50以上いるストーリーで、自分はオリキャラも混ぜ込んだのでさらに増える……へこたれないように頑張ります!!


次回! 振武くんが森で絶叫するよ! ヤッホーーーーーーーー!!


感想・評価心よりお待ちしております。

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