plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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さて、もう明日には2016年とお別れです。
この小説を始めたのは五月なので、まだ一周年も経っていませんが、ここまで長かったなぁ……。

さて、せっかくの年末という事で特別話です。
時系列その他諸々は無視して楽しんで頂ければ幸いです。



Special ゆく年

 

 

 

 

 

 ――年末年始というものは、どの家庭どの会社でもバタバタする時期だろう。忘年会に大掃除、年末商戦を戦うサラリーマンもいれば、親戚達の料理を作るので大変なお母さんもいるだろう。

 それは動島流宗家である動島家でも例外ではない。

 年末には毎年、動島流の術派全ての師範代と動島家当主の会合が行われる。

 そこで動島流という流派全体のこれまでとこれからを話し合うのだ。

 集まる人間は全員武闘派揃い。

 荒くれ者でバトルジャンキーが多いこの流派の集まりがただの話し合いだけで終わるはずもなく、昔は師範代と当主達のガチンコバトルロワイアルの様相を呈していた。

 しかしいくら私有地とはいえ今の時代に個性も武術も使って殺しはしないものの10分の9殺しくらいは許容されるような文字通りの血戦が出来るはずも無い。

 時代の移ろいとともに、本当にただの会議になり、そしてここ最近のこの集まりは、

 

「ガハハ! 酒じゃ酒じゃ!!」

 

「日本酒をもっともってこい」

 

「カルアミルクとか、カクテルないのぉ」

 

「こんな所にそんなもんある訳あるまい。おい振武、焼酎持ってこい。芋とかが良いな」

 

「アンタら好き勝手こっちに注文すんな!

 俺は店員じゃ無いんだから適当に酒置いてある所から持ってきてよ!!」

 

 ……動島流のこれまでとこれからを話し合う、というお題目の元呑んだくれを生産する祭りだった。

 よく英雄譚で酒を飲み明かすなんて話がある通り、武術家というのは酒と切っては切れない縁を結んでいる。

 今の精神修養をメインとする格闘技ならば禁止する場所も多いだろうが、この動島流は元々武家から発生した生粋の戦場武術、ざっくり言えば人を殺し戦場で名をあげる事を前提とした流派。

 景気付けに呑んで、戦って、戦勝祝いに呑む。

 そんな事が当たり前な、ちょっとしたBANNZOKUの集団である。

 普段であれば知り合いのツテやお手伝いさんなどに臨時ボーナスを出したりして人手を稼いで、壊が裏方を仕切るのだが、あいにく今日は運がなかった。何処もかしこも忙しいらしく、人手が確保できなかったのだ。

 だから、結局振武と、

 

「振武さん、料理をお持ちしました」

 

「酒も、これで良かったか?」

 

「厨房の方はご心配なく。今動島くん父が猛スピードでツマミを作っている最中ですので」

 

 結局、振武の友人たちの手を借りる事になった。

 教室で憂鬱そうにしている振武から話を聞いた魔女子、焦凍、そして百が率先して手伝いに名乗り出てくれたのだ。

 

「皆ごめんな、年末の忙しい時期にこんな事頼んじゃって」

 

「いいえ、大丈夫ですわ。一度振武さんのお家には来てみたかったですし……それに、賑やかで楽しそうです」

 

 普段は鍛錬という極めて純粋な目的にのみ使われるこの道場も、料理が並べられ、酒瓶が大量に置いてあり、師範代達が赤ら顔で呑んだくれていればもはや見る影もない。

 

「私もですよ動島くん。本当は使用人もこちらに呼ぼうとも考えましたが、流石にこちらも忙しかったです。

 ……にしても、凄い光景ですね。此処にいる全員が、動島くんよりも強いんですか?」

 

 魔女子の言葉に、振武は「ああ、まあな」と頷く。

 十二術派全ての師範代。かなり年齢層は高いが、一人一人が術派を修めた達人達だ。当然本気になったら振武には止める事が難しい。

 少なくとも、個性を封印して怪我もせず、させずに倒すのは絶対無理。

 

「しかも皆、いい感じにバトルジャンキーな所があるからなぁ」

 

「それは、いい感じになのか? 悪い感じにではなく?」

 

「あぁ〜……大丈夫大丈夫、流石に節度は守っている……はず、」

 

 焦凍のツッコミに言葉を濁す。

 かなり無茶苦茶な人達なので、危険がないかと言われると素直にうんと言えなくなる。

 

「おい、振武」

 

 不意に掛かった声とほぼ同時に、振武が防御の姿勢をとる。

 パァンという気持ちの良い音が響き、全員一瞬で此方に振り返った。

 ……のだが、すぐに興味が失せたのか、飲んだくれに戻っていった。

 

「……まぁ、此れくらいは防げるようになったか」

 

 声をかけて来たのは、少し離れた所に座っている、白髪を背中まで伸ばした細身の男性だった。その青白い肌のせいで幽鬼のように見えるが、目は鋭く生命力に溢れている。

 威動(いどう) 延丸(のびまる)。通称《延々斎(えんえんさい)》。振武は個人的に(えん)じいと呼んでいる、動島流居合術の師範代。

 ……そう、道場を破壊した例の張本人だ。

 木刀を持ち、まるで先ほど振ったかのような格好をしている。

 離れているせいで普通はそれが届くわけがないのだが、彼の個性は《延長》。持っている武器の威力の有効範囲を伸ばすことが出来る。

 つまり木刀の衝撃を延長し、振武に攻撃を当てたのだ。

 

「……ねぇ、延じい。いつも思うんだけどどうしてそう気楽にこっちに攻撃してくるの? 挨拶のつもりなの?」

 

「お前が成長しているか確認したまでの事。

 お前ならこの程度防ぐであろうと踏んだから振るった。それだけよ」

 

「それだけよ、じゃねぇよ!

 割と力込めてたよね!? 打ちどころ悪けりゃ骨折るどころか死んじゃうよね!?」

 

「この程度を防げないなら、疾く死ぬが良い」

 

「さらっと言ったよ!! 延じいらしいけどさ!!」

 

 バトルジャンキーな動島流門下の中でも1番危ない人だ。

 こんな事も一度ではないので、振武は少し文句を言ってから3人に視線を戻す。

 すると、何と言えば良いのだろう、不思議な顔をしていた

 

「え、なに、何でそんなちょっと呆れてるっていうか、驚いたと呆れたを足したような顔をしているの?」

 

「いえ、するでしょう。

 普通飲み会の最中に木刀振るってそれを防ぐなんて事があるわけがありませんし、私達以外ちょっと目を向けただけで気にした様子も止める様子もない。

 ……振武さん、ここは普通の空間ではありません」

 

 振武の言葉に、魔女子がそう言うと、百も焦凍も何度も頷く。

 

「なんだろうな……動島がちょっと変な理由が分かった気がする。

 お前が変なんじゃない。この場が変なんだなって」

 

「ええ、そうですわね……そりゃあ、いきなり戦いを仕掛けてくるような場所で育てば、多少常識にそぐわない育ち方をするのは頷けます。

 逆に、良識ある振武さんが育っている事自体奇跡ですわ」

 

「こんなバトルジャンキーに囲まれて育ったら、東京ドーム地下にある地下闘技場で殺し合いしていたり、実際にダメージを受けてしまう想像力豊かなシャドーボクシングとか始めそうですもんね。

 よっ、戦闘民族!」

 

「誰が戦闘民族だ!!」

 

 流石に心外である。

 

「延じいが特殊なだけだって! 別に年がら年中こんな事している訳じゃないから!!

 あの人はなんて言うんだろう……ちょっと思い入れが強い人なんだって」

 

 ほぼ祖父である振一郎と同年代である延々斎は、本当は居合術ではなく刀術の師範代を狙っていたのだそうだ。

 しかし動島家当主であり全流派修得者である動島振一郎が最も得意とするのが刀術。刀術であっさり負けてしまった日以来、延々斎は事ある毎に対抗心を燃やしているらしい。

 しかも、その娘、孫に対しては対抗心というか、「自分が奴の子供を育て子供にそれを超えさせたい」という思いがあるらしく、ちょっかいをかけてきたり、未だに居合術に誘ってくる。

 もっとも無理にやらせる訳でも一々喧嘩を売るわけでもない、年齢を考えると少しヤンチャ程度だ。

 ……ただ、ここ最近「お前を育てられなかったのはしょうがないが、お前の子なら話は別だ。さっさと次代を生め」とか言ってくるのはもう笑うしかないが。

 振武の言葉に、3人はちょっと信用出来ないと言う目をしている。

 なんだその目は、嘘なんて一個も吐いていないぞ。

 

「まぁまぁ、落ち着け坊! お前さんもこっちに来て一杯やらんか!!」

 

 そう言って俺の腕を取って来たのは、活殺術師範代の獣形寅次郎が袖を引っ張って……いや、強すぎてもはや引きずって振武を座らせようとする。

 

「やらないですって! 俺未成年ですって!!」

 

「固い事言うようになったのぉ。儂が持って来たエロ本読んどったお前さんは一体どこに行ったんじゃ!」

 

「あれは寅さんが勝手に見せて来たんだろうが!! 友達の前で変な誤解を与えるような発言するなよ!!」

 

 3人の視線がどんどん冷たいものになっていくのを肌で感じながら、獣形の拘束を解く。

 

「なんじゃ、つまらん」

 

「寅次郎さん! いい加減若を悪の道に誘うのはやめてくださいっす!!」

 

 止めるように話しかけて来たのは、流鏑馬だった。

 馬である下半身を器用に寝かせて座っている流鏑馬は、大真面目な顔で獣形を睨みつける……赤ら顔で。

 

「若は何れは当主の座を継いで我らの盟主となるお方……それを未成年での飲酒やエロ本など言語道断!! エッチなのはいけないと思います!!」

 

「酔っても面倒臭い奴じゃのう。別にちょっとくらいなら良かろう」

 

「いいえダメっす!!

 動島宗家の跡取りとしてだけではありません! これからヒーロー界を背負って立つ優秀な若がそのような事をしてはならないんす、そもそも品行方正で顔立ちも格好良くておまけに頭も良いし強いし度量や器も十分で……っ、っ……プファー!!

 つまり若はとても素晴らしいという事っす!!」

 

 流鏑馬、話変わってる。

 酒を飲んでいると、流鏑馬はどうしてか振武を褒め殺そうとし始めるのだ。

 所謂褒め上戸だ。

 

「ホホホ、にしても、あの小さかった振武が、まさか友達を連れてくるとはのう。

 いやぁ、長生きはするもんじゃい」

 

 そう言い始めたのは、その側でフワフワと浮きながら日本酒を煽っている小さな老人だった。

 浮田(うきた) 重斎(じゅうさい)。柔術の師範代だ。下手をすれば保育園児と同じくらいの体躯を持つ老人。

 振一郎も入れたこの集まりの中でも、1番古株の師範代だ。

 

「振武は、あんま友達連れてこなかったのか……ですか?」

 

「ホホホ、無理に敬語にせんで良い。敬ってもらうほどのもんじゃあないよ」

 

 焦凍の言葉に、いつも通り優しげな笑みを浮かべている。

 

「子供の頃は、いつも道場にこもりっきりでのう。友達と遊びに行きたい年頃だろうに……いや、だからこそ強いんじゃけどな。

 だが、こうして友達がいるのが見れて、儂らは皆嬉しいんじゃ。だからこそ、皆今日は酔いが早い」

 

 ここの師範代の全員と面識がある振武は、言ってみれば自分の孫や子供、そして兄弟のように思っている人間が多い。

 道場で一緒に鍛錬するのは楽しかったし、そんな振武を誇らしく思っている。

 だがその反面、普通の子供のようにしている期間が極めて短い振武を、全員が案じていたのだ。どんなに武を極めようと結局は人間。そういう楽しみだってあって良いはずなのに。

 しかし今日は友達を連れて来た。

 しかも、とても仲の良さそうな。

 それが、皆嬉しいのだ。

 

「……にしては、無茶苦茶ですね、皆さん」

 

 師範代に揉みくちゃにされている振武を遠巻きに見ながらの言葉に、重斎はホホホと笑う。

 

「皆不器用じゃて」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 さて、途中から会話に参加出来ていない百と魔女子は、

 

「振武ちゃんにこんなに可愛らしい女の子の友達がいるなんて知らなかったぁ!」

 

「そ、そうですね……あんまり、そういうの、興味、なさそうだったけど」

 

 師範代の中でも数少ない女性陣に捕まっていた。

 片方は、紅の髪の毛を持つグラマラスな女性だった。グラビアモデルでもしているのではないかというスタイルの良さをしていて、1つ1つの動作が絵になる女性。疾房(はやぶさ) 早子(そうこ)、短刀術師範代だ。

 もう片方は墨のように黒いポニーテールを持ったスレンダーな女性。顔立ちは口を覆い隠すマスクをしていて見えない……何故かそれを付けたまま飲めているのは不思議だ。気配(きくばり) 薄絵(うすえ)という名の、隠密術師範代。

 

「お、お二人とも随分若いように見えるんですが、子供の頃から振武さんを知っていらっしゃるんですか?」

 

 話の流れ的に、面倒な事になりそうだ。

 そう思った百は、すぐに話を別の方に逸らす。

 

「中学入った頃くらいから知り合いかなぁ。

 私達の師匠はもうお爺ちゃんお婆ちゃんだったから引退してね。その時師範代に指名されたの」

 

「ほう。動島流の師範代は指名制なんですか?」

 

 興味深そうな魔女子の言葉に、2人の師範代は頷く。

 

「引退する師範代が次の師範代を指名する。まぁそう聞くとコネとか贔屓とかありそうに見えるけど、最終的には宗家の許しがないとダメだからねぇ。

 単純に実力で勝ち取った、って言っても良いかもしれないけど」

 

「し、振武君は、その、あの頃から、良い子、だったっ」

 

「あぁ〜、確かにね」

 

 気配の辿々しい言葉に、疾房は頷く。

 最初は宗家の息子と聞いて良い印象を持っていなかったが(あくまで偏見だったが)、実際会ってみれば普通に好青年という感じだった。

 男性女性を良い意味で区別せず接するし、家の権力を笠に着る子供ではなかったから。

 

「あんまり話す機会はなかったけど、遠目から見てた門下生女子の間では結構人気だよね。

 私ももうちょっと若ければ狙ってたかもなぁ」

 

「なっ!?」

 

 疾房の言葉に反応して、思わず膝立ちで立ち上がる。

 ……その反応を見て、疾房はニヤリと笑った。

 

「ふぅ〜ん、やっぱり君かぁ。

 動島振武のハートを射止めちゃった女の子はぁ」

 

「……アッ」

 

 しまった、嵌められた。

 

「ええ、その通りです。この八百万百さんは、動島くんにハートを射止められたと同時に射止めちゃった子です」

 

「ちょっ、魔女子さん!?」

 

 しかも売られた。

 魔女子も疾房と同じで、どこか楽しそうに笑みを深める。

 

「やっぱりかぁ! 最近真っ黒で地味な服装していた振武くんがオシャレしてるのを他の門下生が噂しててさぁ。

 そっかぁ振武くんもそんな相手ができたのかぁと思ってたんだよ!! ね、気配!!」

 

「う、うん……あ、でも、黒い服、ダサくないよ?」

 

 現在進行形で黒子のような服を着ている気配のフォローが入るが、恋バナの気配に興奮している疾房の耳には入らない。

 

「で、どこまで行ったの? Aくらいは済ませた? Bは流石に早い、いや、高校生ならあり……まさか、もうCまで済ませちゃったの!?」

 

「なんの話ですか!? というか、」

 

 そこで、百は不思議そうな顔をする。

 

 

 

「何故そこでアルファベットが出てくるんですか?」

 

 

 

 ……そこで、女性陣の中での空気が凍る。

 

「……魔女子ちゃん、だったっけ?」

 

「はい、魔女子ですが?」

 

「……マジで? こういう子なの?」

 

「はい、マジでこういう子なんです」

 

「え、何が!? 何がですの!?」

 

 疾房と魔女子の真剣な表情での語らいに動揺する百。

 しかしそれに返事をせずに、ビールジョッキを持った疾房が立ち上がる。

 

「おっしゃあ! じゃあ今日はとことん私が「そういう」知識を叩き込んであげるわ!!

 大人の女性として! 大人の女性として!!」

 

「別に好奇心とかそういうゲスな気持ちではない事を印象付ける為、二回言いました。

 ですが、個人的には興味があります」

 

「え、でも私まだお手伝いが、」

 

「多分、無理。こうなったら、疾房、止まらない」

 

 女性が3人集まれば姦しいとはよく言うが、姦しいという言葉以上の盛り上がりだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ハァ、ハァ……恥ずか死ぬ」

 

「大丈夫か、振武」

 

 一方獣形と流鏑馬に絡まれていた振武は何とかそこから脱し、焦凍の元にやって着ていた。

 

「大丈夫かじゃないって! 救けろよ!!」

 

「悪い、それは無理そうだったから。

 さっきお前の親父さんが来て「もう料理は出来たしお酒は勝手に持って行くだろうから、君らも楽しんで良いよ!」だそうだ」

 

「ああ、そりゃあ朗報だ……いや、逆に仕事あった方があの連中に絡まれる事もないんだけどなぁ」

 

 ……思えば、子供の頃からこんな感じだったかもしれない。

 毎年自分も参加させられているこの飲み会は、毎回の如くこのようなどんちゃん騒ぎになり、毎回絡まれる。

 面子そのものは時代とともに変わっても、その内容だけは変化がないというのは不思議な話だ。

 

「楽しそうだがな」

 

「一年に一回だからそう言えるんだって……それに、こういう形になったのは、ごく最近みたいだし」

 

 先代、つまり振一郎の父の時代はもっと厳格で、必要なことしか話さず、宗家と師範代たちの関係もまさしく「主君とその家来」というものだった、と振武は聞いている。

 しかし振一郎が当主の座を継いで暫くしてから、このようなものになっていった。

『主君と家来などという時代錯誤の関係は終わりだ。年末にしんみりする事もないだろう』と本人は言っていたそうだが、当時を師範代達は、なんでも振一郎の妻……つまり振武にとっては祖母にあたる人が、こういうのが好きだったからではないかと言っていた。

 どういう理由があるにせよ、厳格な会合よりもこっちの方が、ずっと楽しいとは思うが。

 

「時代とともに、色々変わるもんなんだな……」

 

「祖父ちゃんが当主をやめて俺がなったら、今度は俺が主催しなきゃならないと思うと、頭が痛いけどなぁ」

 

「やっぱ、継ぐのか?」

 

「俺以外継ぐ人間がいないからってのはあるけど、別に嫌じゃないしな」

 

 焦凍が手渡してくれた烏龍茶を飲みながら言う。

 そういうものだ、と言えばそれまで。だがこういうのを引き継いで行くというのも、また振武は楽しんでいる。

 その事が分かっているのか、焦凍も何も言わずに頷いた。

 

「……そう言えば、少し気になっていたんだが。

 動島流って、十二の流派があるんだよな?」

 

「うん、そうだよ」

 

「師範代も12人いるんだよな?」

 

「ああ」

 

「……1人、足りなくないか?」

 

「……あれ?」

 

 焦凍にそう言われてから、振武は道場内にいる人間を数える。

 今この場にいない振一郎は当主なので抜いても、……11人しかいない。どかどか入って来てすぐ様お祭り騒ぎが始まってしまったので、気にしていなかった。

 

「いないのは……銃砲術の師範代かなぁ。

 結構歳いってるんだから、遅れて来るんじゃないか?」

 

 ここ最近腰が痛いと言っていた。この寒良い時期だ、外を歩くのも辛いのかもしれない。

 少し心配になりながらもそう言うと、ガラリと道場の扉が開いた。

 どこか血色の悪い若い男性。身長は高くひょろりとした印象を持っている男。

 その顔は、見覚えがある。

 見覚えがあるどころか、

 

「な、なんでアンタが此処にいるんだ!?――リビングライフ!!」

 

 自分の期末テストの試験官を務めていた、リビングライフだった。

 

「今の俺はリビングライフではなく、修繕寺療自として来ている。そういう細かいヒーローとしての礼儀作法を理解していないとは、お前の先が知れるぞ動島振武。

 それに、俺が此処に来るのはなんの問題もない。何故なら俺は銃砲術の師範代に指名されたのだからな」

 

「――ハァ!?」

 

 初めて聞いた事実に、振武は驚きの声を上げる。

 

「なんじゃ、知らんかったのか?

 銃砲術の若造は腰が悪くて、指導も出来んほどじゃったからのう。銃砲術は使い手が少ない、じゃからあの若造を指名したんじゃろうて」

 

 ポカンとしている振武に、笑いながらそう言う重斎。

 ……つまり、何か。

 いつか動島流宗家を継いだ時に、目の前のこの嫌味な男も、

 

「よろしくな、動島振武。

 俺は師範代だからと言って未熟なお前に従う気はない。俺に納得して貰えるように精々言葉を尽くすんだな。もっとも、俺に弁舌で勝てるとは欠片も思わないが」

 

 ……前途多難である。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 百は道場と玄関を繋ぐ廊下の縁側に座り、窓を開けて冷たい空気を感じてた。

 普通だったら寒くてしょうがないのだろうが、女性陣の熱気と、話の内容があまりにも恥ずかしすぎて感じた熱を冷ますにはちょうど良い。

 

「もうっ、もうっ、お二人どころか魔女子さんまで調子に乗って……あ、ああああんなのまだ私達には早すぎます!!」

 

 頭の中に浮かんだ女子トークの内容を振り払うように頭を振る。

 ……他にも、様々な人達に話しかけられた。

 武術の1つを修めた達人というのは、もっと厳しい人達だという百のイメージは、フレンドリーで明るい人達を見て一変した。

 振武が育った要因の1つだと思うと、なるほどと思える部分が沢山ある。

 無茶苦茶な所、だけではない。

 人と接する事、何か1つに純粋に打ち込む事、それでいて他の事を忘れていない事。どこもかしかも、振武との共通点を見る事が出来て楽しい。

 自分の家とは少し違う、でも同じ暖かみを持っているこの家を、百はとても気に入っていた。

 

「――おや、こんな所で1人でいて良いのかい?」

 

 老齢な、しかし強さを感じる声に、振り返る。

 1人の老人。背筋は伸び、偉そうではないが堂々とした振る舞い。そして何より、その目元は振武と同じ雰囲気を感じさせる。

 動島振一郎。

 振武の祖父で、此処に来た時に挨拶をした人。

 

「こんな忙しい時期にわざわざ手伝いに来てもらったのだ。

 何が出来るわけでもないが、料理くらいは食べていきなさい」

 

「大丈夫ですわ。先ほど沢山頂きました。

 今は、ちょっと涼もうと思いまして……えっと、」

 

「振一郎で良い。ここには3人も動島がいるからね……そうか、なら良いんだがね。

 私も少し涼もうかな。構わないかね?」

 

「ええ、勿論ですわ」

 

 優しい言葉でそう言いながら、振一郎は百の隣に座る。

 ……似ている。振一郎の横顔を見ながら、百はそう思った。顔だけではなく、立ち居振る舞いにも何と無く似ている。

 振一郎の中に振武がいるのではなく、きっと振武の中に振一郎の要素があるのだろう。

 話に聞いていた厳しい修行や、武術家としての強さはそこにはなく、「振武さんが歳をとったらこうなるのかもしれない」と思える。

 

「楽しめているかな?

 むさ苦しい呑み会で大変申し訳ないが」

 

「いえ、そんな事はありませんわ。

 皆さんとても優しくて明るいです。このような集まりでしたら、また来たいと思いました」

 

「あはは、いつもああいう感じではないんだがね。でも、喜んで貰えたなら良かった。

 ……少し、昔話に付き合ってくれるかい?」

 

 振一郎の言葉に、百は姿勢を正してから頷く。

 

「ありがとう。

 ……あの集まりを、こういう形にしたのは私の妻でね。

 病弱で、非常に物静かな女だった。外で遊ぶよりも、布団の上で静かに本を読むような。

 だが不思議でなぁ、1人で寝ているより、賑やかな場所が好きな女でもあった。ああやって皆がどんちゃん騒ぎをするのを、少し離れてニコニコ見ているような」

 

『皆さんが楽しそうな方が、ずっと楽しいです。振一郎様は違いますか?』

 そう言って振一郎に笑いかけてくる女だった。

 思えば実に馬鹿な女だった。病気がちな癖にこんな荒っぽい家に嫁いで、人間らしからぬ自分の言葉を受けて結婚を決めるような。

 人に優しく、まるで太陽のような女だった。

 人に光をもたらし、人の心に優しさを届けるような女だった。

 

「思えば娘……振武の母だがね。あの子が情に篤くなったのも、振武があそこまで人を思いやれる人間になれたのも、全部妻のおかげなんだと思う。

 人殺しの集団、強くなる事しか考えてこなかった動島がここまで変わったのは……まぁ、あの女が発端なのだろうなぁ」

 

「……そんな方を、振一郎さんは愛したんですのね」

 

 その言葉に、振一郎は笑みを浮かべる。

 

「……ああ、そうだな。

 だから私は今の動島をそれなりに気に入っている。妻の息吹は、これからも絶やしてはいけないし、絶える事はないだろう。

 次の当主は振武だ。あいつなら、この流れを大事に守ってくれる」

 

 妻や娘に似て、とても優しい子だ。

 だからきっと、これから先も大丈夫。あの孫がいてくれるならば、動島は変わりつつもそこにあり続ける事が出来る。

 

「……だが、あの子は私にも似てしまってねぇ。

 きっと戦いとの縁は、これからも切れないだろう」

 

 ヒーローとなるのだから当然そうだが、それだけではなく。きっと危険なところに喜んで飛び込んで、喜んで戦うだろう。

 しかしそれは危ない道だ。

 少しでも踏み外せば、行く末は修羅か殺人鬼か。

 実戦的武術を修めるという事は、そういう危なっかしさを孕んでいる。

 

「……私が頼むべき事ではないが、傍にいてやってくれないか?」

 

 振一郎の言葉を、百は一度反芻するように押し黙ってから、

 

「頼まれずとも。

 私は振武さんの傍にいたいです」

 

 真っ直ぐな目で返してくれた。

 その姿勢も、目も、言葉も、不思議と亡くなった妻に似ているような気がした。

 ……女の趣味は遺伝するものというがな。そう思って、真一郎は笑みをかみ殺す。

 

「ああ、ありがとう」

 

 万感の思いを言葉に込める。

 ここから先、孫に降りかかる苦難と、その幸福を予感しながら。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そういえば、もう1つ言わなければいけない事があったんだ」

 

「? はい、なんでしょう」

 

「うむ……結婚式は、ウェデングドレスでも神前式でもどちらでも構わない。

 ただ、曾孫が出来たら是非私に名付けをさせてくれ。勿論、私がその時生きていれば、だが」

 

「なっ、そんなっ、まだ早すぎます!」

 

「早いのか……私個人としては出来るだけ早い方が良いのだがなぁ。

 何せこの歳だ、出来るだけ早く曾孫を、」

 

「そういう意味ではありません!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は悪いことも多々あるが、

 反面良いことも沢山あるのだ。

 そんな優しい世界を感じさせる年末だった。

 

 

 

 

 

 




如何だったでしょうか?
新年も、特別話一話を出しまして、新年一発目の更新をしたいと思います。
どうかお楽しみに。

では、よいお年を。
また新年に会いましょう!

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