「……お前、入院何度目だ?」
「……3回目です」
「“個性”の不正使用については?」
「……昔一度、」
「ほう……つまり今回で2回目か」
「……ごめんなさい」
病室という病気を治す部屋の中で、心の病気になりそうなほど空気が重い。包帯を巻かれ、思うように右腕を動かせない振武は、ただただこの空気に耐えるばかりだった。
ベッドの横に備え付けてあった椅子に座った相澤は、小さく溜息を吐く。
「人の少ない場所での襲撃、救けを気楽に呼びに行けない状況。おまけに情報操作されてそこで何があったかはお前しか知らない……最後の部分が幸いした、知っている人間がいないから、何とでも都合はつけられる。
現場の状態を見るに、お前が勝手に暴れたってのは考えられないしな」
例え自分の命を守るためとはいえ“個性”をライセンスなしに使用した事実は変わらない。それに対する対応としては、とても優しいものだった。
「ありがとうございます」
「俺の決定じゃない……俺が決定して良かったなら、厳罰をくれてやる所だ。礼を言われる筋合いじゃない」
そう言って顔を背けているが、目の前にいる振武の担任は厳しいながらも優しい先生だ。
ちゃんとこちらに納得出来る理由がなければ、例え知り合いの子供だろうと除籍処分にしていただろう。そう考えると、かなり危なっかしい事をしたのだな、と改めて実感する。
「それに、もっと大きな問題もある。
……今回、お前狙いで襲撃をかけてきた。
……砂川鉄雄、《自動殺戮》と呼ばれる少女、そして動島知念。
この3人は、振武個人に縁があると言っても良い存在だ。
名前や存在は知っていたが、とうとう目の前に出てきた。
動島振武の……いや、動島そのものの敵。
「……ですよねぇ」
そんな連中が振武を狙わない理由がない。
記憶している限りでは何か目的があるので、殺されはしない。とはいえ、やはり良い気分ではないのは確かだ。
「まぁ、ヒーローになれば恨み辛みってのは売り払うほど手に入っちまうもんだ。今から慣れておくんだな。
学校にいる間は俺らが守ってやるが、他はどうしようもない。登下校や普段の生活をどうするか考えておくんだな」
「それは大丈夫です……あの、父が、」
「……ああ、なるほど」
振武の少ない言葉に、理解して頷く相澤。
つい数時間前まで散々泣かれて、おまけに「登下校は僕が送る! 毎日ちゃんと僕が守る! なんだったらお風呂もお布団の中も、」と言い始めたので取り敢えず無傷の左腕でどついておいた。
心配してくれるのは嬉しいが、1日の半分を父で埋め尽くされるのはたまったものではない。
結局ヒーローとしての仕事や他の仕事もあるので、しばらく登下校だけ付き合ってもらう事になった。
昼間ならば家に門下生や動島流の師範代がいるし、夜になれば振一郎がいる。
戦力的には十分どころか過剰過ぎるくらいだ。
「まぁ奴さんも流石に動島本家に突っ込んでくる事はないだろう。
どれほど強いかは知らないが、あそこの連中全員を敵に回したくはないはずだ」
「だと、良いんですけどね」
相澤の言葉に、振武は少し戸惑いながら答える。
……動島知念。
まるで戦闘欲求しか存在しない飢えた肉食獣が喋っているような印象を受けた。あの女がそんな頭を働かすのか……いや、予想以上に理性的な部分もあるので、馬鹿みたいに戦おうとはしないと思いたいが。
「……まあ、俺からは以上だ。今回は腕に軽く穴が空いただけだ。今日中にリカバリーガールが来るから治癒して貰え。そうすりゃ、明日から学校来れるだろう」
そう言って立ち上がった相澤に、振武は目を見開く。
「……おい、何だその顔は」
「あ、いや、もっとお説教食らうと思ってたので」
優しくも厳しい相澤先生。
振武はそれほど怒られた事はないが、上鳴や芦戸が説教されている所をよく見ていた。それを見る限り、自分の担任は説教し始めるとかなりシッカリ怒るタイプだと思ったのだが、予想外にあっさりしていてつい驚いてしまった。
そんな振武に、相澤は溜息をこぼす。
「これから気をつけろって事以外に言う事はない。今回はお前に過失があったかと問われると難しいからな。
それに、俺までお前を怒り始めると、――流石に少し多すぎる」
多すぎる?
何故そんな言葉が出て来るのかと不思議に思っていると、相澤は少し意地の悪い笑みを浮かべて出入り口の方に歩き始める。
そこには、見慣れた人影が3つ。
「説教は、お前の友人達に任せるさ。
お前ら、後は頼んだ」
「……ああ」
「承知致しました」
「こってりと絞りますのでご安心を」
「……程々にな」
そう言って相澤は、病室から出ていった。
「……百、塚井に、焦凍、」
出入り口に立っている3人の名前を口に出す。
怒っている、悲しんでいる、安堵している。様々な感情をその表情に浮かべていて、3人の表情は非常に複雑そうだ。
少しの間だけ振武と3人との見つめ合い、意を決したように百が近づき、先ほどまで相澤が座っていた椅子に座る。
「……振武さん、貴方は今まで何を学んだんですか?
期末テストで一体何を学んだんですか?」
百の言葉は、いつも笑みを浮かべてくれるそれとは違って、厳格で鋭く、そして突き放すように冷たいものだった。
「それは……、」
戸惑って言葉を濁す振武に、百は真っ直ぐ見つめながら話す。
「振武さんが、戦いに真剣なのは分かります。ヴィランの事も気にかけ、そこから逃げたくない気持ちも。
でも、時と場合があります。お話に聞いたような状況では簡単に人がいる場所に逃げる事が出来なかったというのも分かりますし、もし逃げたらお寺の方々に被害が及んだかもしれない可能性も分かります。
でも、1つでも多くを救うと考えるなら、その場で敵と戦うのは下策です。自分を守る、自分の命も守る事を考えれば下策よりも酷い」
その通りだ。
あの状況で振武が鉄雄に相対する必要性はなかった。勿論寺の人間に危害を加える可能性があったが、鉄雄はあの場で冷静ではなかったし振武しか見えていなかった。
自分を囮に、ヒーローが駆けつけられる場所まで逃げれば良かった。
しかし振武はそれをしなかった。
自分の力をどこか過信していたのかもしれないし、もしかしたらあの男に興味のようなものを抱いていたのかもしれない。
それは個人としては良かったとしても、ヒーローとしてはアウトだ。
「――というのが、クラスメイトとして。同じくヒーローを志す者としての言葉です」
そう言うと百の顔が歪み、椅子から立ち上がって静かに、だが力強く振武を抱きしめた。
「――怖かったですわ」
涙声になり始めている百の声が耳元で聞こえる。
「振武さんが怪我をして、傷付いて。もしヒーローを目指せなくなっていたら、いえ、もし死んでいたらと思ったら、とても怖かった。生きた心地がしませんでした。
私がそばにいなかった事を後悔しました。私がいてどうにかなる状況じゃないのは分かっていますが……それでも、これ程の悔しさは今まで味わった事がありませんわ。
良かった。
死なないで良かった。
振武さんが無事で良かった」
温かい雫が頬に触れる。
……そうだ、すっかり忘れていた。
戦う事に慣れすぎで、大事な事を忘れていた。
死ぬ気もないし、傷付く事だって出来るだけしないようにしていたが。
それでもここに、自分がどうにかなったら悲しんでくれる、悲しんでしまう人がいるんだと改めて実感する。
「……うん、ごめん」
百の背中に手を回し、壊れないように優しく抱きしめる。
「やれやれ、百さんが真理を言ってしまったので、私達が言う事がぐっと減りました。ね、焦凍くん」
「ああ。もっとも、俺はそれほど怒っちゃいない。正直、あの状況であれはしょうがない、と思う。
でも、心配はした」
ベッドの近くに寄ってきた2人に、振武は苦笑する。
「2人も悪い。心配させちまったな」
「それはもうしょうがないです。振武さんですから。
ですが、振武さんもいい加減『逃げるが勝ち』という言葉を学ぶべきです。真っ向勝負で勝つ事だけが勝利ではないんですから」
魔女子らしい言葉に、振武は頷く。
……鉄雄や《自動殺戮》はさておき、動島知念に相対した場合、逃げる方が良いだろう。
あれにはまだ勝てない。
手も触れずに武器を操るあの“個性”もそうだが、それ以上に底知れぬ強さを感じた。
祖父である振一郎と同じ、強者の気配。体の根幹が震えるような威圧感。
コミックじゃないんだからと思うかも知れないが、人間も生き物も自分の立場に合った立ち居振る舞いしか出来ない。わざと偽装するのは結構大変なのだ。
彼女は自分より強い。
心の奥底でそう思ってしまう。
……だが、同時に疑問が湧き上がる。
何故振武はそれでも、鉄雄を守ろうとしてしまったのか。
敵も味方も守りきる。それが振武の理想で、その事から一個もブレていないのは確かだ。
だが強い敵に、自分が死ぬかも知れない状況で救けようと、
否、
常に能動的。
動島振武が救いたいと思うから救う。
信念からくる行動だったのに。
どうしても救けなければいけないと思った。
「……俺の、犠牲?」
「? どうかなさいましたか、振武さん」
振武の独り言に反応して体を離した百に、振武は誤魔化すように――いいや、実際に誤魔化す為に笑顔を浮かべる。
「ううん、何でもない。ハハッ、百顔ボロボロ」
「そっ、それは泣きましたから!」
「うん、分かってる。ごめんね、ありがとう」
百の涙の跡を指先で拭いながら、相手も自分も誤魔化す。
心に痼りがあるような感覚を誤魔化す。
何でだろう。
今まで向き合って怖いと言う事はあっても、向き合う前から怖いと思った事はなかったのに。
心の中にあるその薄暗いナニカが何であるか理解出来ないまま、振武はそれを遠ざけた。
◇
薄暗い自室の中で、動島知念は熱心に書類を見返していた。
何度も何度も読み返した動島振武に関する書類を、もう一度精査しようと必死に洗い出し続けている。
そうしていると、机に置いてあるコップの水が何もしていないのに波紋を生み出す。
恐らく、先ほどから微妙に揺れているこの建物の振動を受けているのだろう。最初は面倒だとも思っていたが、これが延々と続けば慣れていくものだ。
「師匠。此方にいらしたのですか」
自分の可愛い弟子の声に、知念は顔を上げる。
「操子。入る時はノックして私の許可を得てから入りなさい……お前がそんな無作法をするとは、珍しいな」
「しました。3回ほど」
その言葉に、知念は目を見開く。
「本当かい?」
「はい。しかもドアを開ける時に『開けますよ』と言いました。先程の語り掛けも3回目。つまり計7回は師匠の応答を待ちましたが返答がありませんでした。
何かの緊急事態と察しましたが。間違いだったでしょうか?」
「それは……すまなかったね」
集中していたとはいえまさか弟子の気配にすら気付かないとは。
どこか悔しく、同時にそこまで気配を自然と消せる弟子の成長に喜びながら書類の束を机に置く。
「少し集中し過ぎたようだ。何か用事か?」
「……鉄雄様を止めていただけますか。
昨日。厳密に言えば振武様襲撃から帰還して以降。ずっと鍛錬の場で個性と武術を鍛え続けています。あれでは過労死してしまう可能性が高いと愚考いたします」
弟子の言葉に、知念は目を細める。
「ああ、いや、ぶっ倒れるまで好きにやらせておけば良い。
振武を殺せなかった事が……いや返り討ちにあった事が……いや。救われた事がよっぽど嫌だったのだろう。むしろ良い傾向じゃないか」
復讐相手を殺せず、倒される可能性が発生し、どころか命を救われてしまった。
その事実が彼の中でどこまで憤りと情けなさを膨らませたか分からない。分からないが、少なくともその憤りと情けなさは彼の原動力になったらしい。
『力がいる! 選り好みしている余裕はねぇ――もっと力がいる!!!!』
帰ってくるなりそう叫んだ鉄雄は、前に知念が教えた武術の一端と個性をどう合わせるかの試行錯誤に入った。
本当であればちゃんと教えてからやって欲しかったが、今の彼に何を言ってもしょうがない。頭が冷えた頃にしっかりと鍛え直すくらいだ。
「……そうですか。分かりました」
知念の言葉に、《自動殺戮》は言い返す事もなく頷く。
彼女にとって動島知念の言葉は全てだ。言葉を挟む事も疑問を浮かべる余地もない。
「それにしても師匠。師匠も無理をし過ぎです。
いくら師匠は体力があるとは言え昨日からずっと書類と睨めっこです。それでは目を悪くされます」
「分かっているんだがね……どうにも引っかかるんだよ」
書類を軽く手で叩きながら言う。
「動島振武の最後の行動……あれはちょっと、いやかなりの想定外だ。
まるで怯えるように人を救おうとしていた……まるで救わなければ自分の存在価値がないとでも言うように」
正義や信念、もしくは衝動というものは『能動的』か『受動的』かに分けられる。
『能動的』は言わば自ら発する思いの力。どちらかと言えば正義や信念は此方の領分で、振武もこちらの方だと思っていた。
だが、最後のあの瞬間だけは『受動的』だった。
自分が犯してしまったもの、もしくは内に秘めている感情が状況に合わせて体を動かしてしまったような。
「それは御母堂の事があるのでは?
振武様は幼い頃御母堂を鉄雄様の御尊父に殺されたと聞いています。その情景と被ったからでは?」
「いいや、それはないだろうね」
《自動殺戮》の言葉にハッキリと首を横に振る。
「そもそもそれじゃあ前提がおかしい。資料にも矛盾が生じる。
何せあいつは、母親の死を乗り越えてヒーローになったんだ。今更それが取っ掛かりになる事はない。信念の原動力であっても、強迫観念の根本にはなり得ない」
もし母親の死を乗り越えておらず強迫観念になっているならば、動島振武があそこまでヒーローとして身も心も強くなると言う事はなかっただろう。
逆説的に言えば、母の死という常人では中々経験出来ない巨大な壁を一度乗り越えたからこそ、他の壁も乗り越えられる力を得たのだ。
そうでなかったならば、動島流をあの年齢で修得し切る前に潰れていた。
勿論断言は出来ない話だが……それでも今までの情報を総合的に見ればそうなる。
「何かあるはずなんだ。あそこまでの恐怖心、あそこまでの強迫観念に育つ何か……しかも本人が気付かない何かだ。
これは大きい。肉体的・精神的に強かったとしても、あれじゃあ使い物にならない。私の目的には到底程遠い」
完全無欠の動島でなければ上手くはいかない。
もし本当に無理ならば、知念1人だけでもどうとでもなる。だが出来るだけ貴重な人材を消し去らないようにしなければいけない。
だが知念どころか本人が自覚がない状態では改善させようもない。
「……最悪、お前の“個性”、本来の使い方をさせないといけないかもしれないな」
動島流を振るわせる為に無理矢理型に嵌めている《自動殺戮》の“個性”。
これの本来の使い方をさせれば、動島振武の心の闇を知り、さらに振武自身にその感情の根源を理解させる事が出来るかもしれない。
「――拝命しました。
私は師匠の意に従うのみです」
機械人形のような少女は頷く。
拾われ、
鍛えられ、
“個性”まで使い方をねじ曲げられた少女は、
それでも、自分を改悪した師匠に従い続ける。
◇
6階建ての鉄筋コンクリートで出来た建物。
個性黎明期から建てられているこの建物は老朽化が進んだ結果、つい最近になって取り壊しが決定している建物。すでに人は居らず、中にはコンクリート剥き出しの壁と床が残っているのみである。
それを目の前に、老人は刀を腰にさげ、じっとそれを見据えている。
「……振武の様子はどうだった?」
老人の言葉に、暗闇の中から1人の人間が姿を現わす。
動島壊……いや、コスチュームを着ている今の姿であるならば、分壊ヒーロー《ブレイカー》。主君に忠誠を誓う忍のように膝をついてこうべを垂れる。
「幸い怪我は大きくありません。多少動揺しているようでしたが、心配はないかと」
「そうか。まぁ、そのように育てたからな。
むしろ君の方が動揺したんじゃないか?」
「そりゃあ息子が母親の墓前に行ったのにボロボロになって帰って来たら動揺しますって普通……でもそれ以上に、動島知念がとうとう表舞台に出てきた事の方が、驚きですけどね」
今まで巧妙に隠れ、ブレイカーがその手腕とコネを使い、さらにエンデヴァーやグラントリノ、オールマイトや動島振一郎の助力まで受けていたのに見つからなかった人物。
裏切り者の子供。
動島の闇。
それがまさかこんなタイミングで、しかも息子の前に出てくるとはブレイカーも思っていなかった。
「準備が整ったのか。或いはもういい加減隠れる事に飽きたのか……どちらにしろ一度表に出てきた以上、これからの行動は過激になっていく筈。
敵連合との繋がりは既に把握出来ています。彼らが動き出す時に、彼女達も自然と動き出すでしょう」
「ああ、そうだな……やれやれ、過去の負債をこのような形で背負う事になるとは」
もう何十年前になるだろうか。
既にヒーローというものが資格制になった世界で、動島振一郎は剣をとった。
あの頃は、まさしく振一郎は剣鬼だった。
己が武を高める事と裏切り者を断罪する事。
それしか考えていなかった自分に、奈々が、グラントリノが、そして1人の女が自分を人間に変えてくれた。
それが良かったのか悪かったのか分からない。少なくともその時より今の自分は弱いだろう。
だが、それでも楽しかった。
家族を持ち、娘を愛し育て、その孫も愛し育てた。
他の親や祖父とは違う、風変わりで不恰好な愛し方だったかもしれないが、それでも我が子も我が孫も可愛い。
守りたい。
殺す事、倒す事ばかり考えていた若い頃よりも、その一点において動島振一郎は強い。
「……知り合いに依頼しておいた。
夏に入るまでに、一通りの書類は揃うだろう」
振一郎の言葉にブレイカーは仮面の奥で息を呑む。
「いよいよ復帰、ですか」
「復帰、は少し違うな。
私はヒーローでも何でもなかった。正義の仮面を被ったただの戦闘狂いさ。あの頃の私を知っている人間など、殆どいない。何せヒーローとして活動している訳ではなかったのだから。公式記録にすら残っていない」
「それでも、貴方は動島を名乗る事はしませんでした。
動島振一郎ではない存在として戦った」
「その方が刀を振りやすかっただけだ。他意はない」
裏切り者を捕まえ、断罪する。
それしか頭になかった当時は、それを完遂する為だけに本名ではなく別の名を名乗った。
今にして思えば随分悪辣な名前だが、しかし当然だろう。
人が人を斬ろうとするならば、人ではいられない。
〝鬼〟に――〝羅刹〟になる以外に道はない。
腰に下げている怪刀『乱丸』の鞘を握り、そして柄を持つ。
刹那、という言葉がある。
時間の最小単位。指を鳴らす間の時間に六十か、あるいは六十五の刹那が存在すると言われる。
一時では遅すぎる。
一分ではまだ遅い。
一秒でもなお遅い。
刹那の領域に足を突っ込まなければ、真の剣技に至れない。
キンッと鍔鳴りの音が響く。
「動島流居合術……
真一郎がそう呟いた瞬間、
目の前に聳え立っていた建物が
縦、横、斜め、縦横無尽に走ったズレは、大きく、しかし美しく建物を歪め、土煙と盛大な音とともに崩れていく。
あまりにも呆気なく。
あまりにも強力に。
「……お見事」
「見事でも何でもない。これくらいは若い頃も出来た。
やれやれ、歳は取りたくはないものだな。“個性”を使ったのに
口惜しい、悔しい。
そのような表情を浮かべている振一郎の言葉に、ブレイカーは必死に表には出さずに動揺する。
動島流継承者。全ての流派を納めた、両手で数えられる人数しかいない強者の1人。
何十年も彼の元にいるが、未だ一度も本気を見た事がない。
そんな男の……全力。
そうなってしまった時、そんな化け物が必要な戦場で自分は生きて帰れるのか。それを考えるだけで、口の中が乾いていくほどの緊張感が湧き上がってくる。
それを押し殺し、ブレイカーは頭を下げる。
「おかえりなさい――《羅刹童子》」
嘗て戦いの場において〝鬼〟と呼ばれた男。
先先代ワン・フォー・オール継承者も、グラントリノも畏れた男。
あのオール・フォー・ワンの首を落とそうとした男。
刀剣の鬼神の準備は、もう既に整っていた。
この小説を書き始めたのは5月だったのですが、もう年末……時が経つのは早いですね。
ここでお知らせなのですが、年末年始からしばらく、更新は一週間に2回、最低でも1回にしていきたいと思います。
誤字脱字を少なくするべくペースを落とすというのもありますが、別サイト様(某なろう様)でオリジナル小説を書いていこうと思いまして。
転載は自分の主義的に反しているので、こちらに投稿する事はないと思いますが、書きあがればご紹介したいと思います。詳しくはTwitterで。
そして、年末年始には特別話を出しまして(折角ですしね!)、それからいよいよ合宿編に入りたいと思います。
キャラが多い……書き分け大変そう……。
どうかお楽しみに!
次回! 動島流の人達がどんちゃん騒ぎするぞ! どんちゃん!!
感想・評価心よりお待ちしております。